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23奇人変人魔技師様

 朝の出発が遅めだったせいか、道具屋を出たところでいい時間になってしまった。

 そこそこ混んでいたお店で、やっぱり少し注目を集めつつ軽くお昼を食べて。適当に割り勘させてもらった会計に微妙な顔をしたラーシュをスルーして歩き出したところだった。


 ラーシュは背が高い。私の背は彼の肩口に届かないくらいだ。

 当然足だって長く、歩幅も違う。それでも彼は私の歩く速度に合わせてくれているから、ついていくのが大変なんてことはない。

 というか、そう思ったのなんて一度もないんじゃないだろうか。


「ラーシュ、紳士……」

「ねえよ。つうか何が」


 物凄く胡乱げに見られたけど笑ってごまかしておく。

 つい言ってしまうけど、彼は優しい人だとか、そういう風に思われるのがあまり好きじゃないようだし。


「次はどこに行くの?」

「こっからなら魔道具屋の方が近い。何かほしいモンは」

「むしろ何が必要なのかわからない。私の装備、色々効果ついてるし」


 今はいくつか外しているけど、私の装備には魔道具が多い。当然、装飾品も。

 重ねてつけている首飾りは猛毒耐性のものと魔力微回復のもの。指輪は結界魔法を仕込んだもの。髪留めは精神汚染耐性のもの。

 魔法の媒体となる腕輪には魔秘石が嵌っている。わざと輝きを落とすように表面を濁らせてあるその石は、ランクで言えば破壊不可の古代遺物(アーティファクト)である魔天石を抜かして最上級のものだ。

 【看破】でこれが国宝級のものだとわかった時には遠い目をしてしまった。絶対に誰にも【鑑定】されないように、ギルドでは外しているくらいだ。


 ……ベルナンド老。いくら必要ないからって、これは簡単に人にあげていいものじゃないだろう。

 冥道に入れるようになったら一言言っておこう。入れるまであと六ヶ月切ったし。


「そんだけ色々つけてんなら、隠蔽の魔道具くらいいるだろ」

「隠蔽、って確か相当高いんじゃ……」


 隠蔽というのは、姿や気配、鑑定系のギフトを弾く効果があるとされている。一番下のランクのものはステータスの隠蔽だ。

 いくら非常識で不作法でも、他人を【鑑定】する人はいるだろう。そうされたくない人、主にお王侯貴族や大商人や上級冒険者がつける魔道具だと、ヨエルさんが話をしてくれたのを思い出す。

 この言い方だとラーシュも持っているんだろう。未だに【看破】をしたことはないけど、きっと弾かれる。


「ただの隠蔽だったら金貨三枚ってとこか。存在全て隠せる最上級のは晶貨三枚でも足りねえな」

「ちなみにラーシュのは……ってこれは聞いたら駄目か」

「構わねえよ。俺のは魔力通せば音以外全部隠せる。そこそこ深いとこの迷宮品だし、店に出せば結構値が張るんじゃねえの」


 何て事のない風に言いながら、軽く左腕を上げてラーシュがバングルを見せてくれる。

 スタイリッシュな悪役っぽさを助長させるような黒い革のそれは、確かに上質な素材のようだ。残念ながら視ることができないのでわからないけど、見た目的にはそこまですごい品には思えない。

 ただ、よく見れば魔力を纏っているのがわかる。普通の装飾品と魔道具の違いはこうして見分けるんだろう。


「せっかく買うなら中途半端に下のランクの魔道具じゃない方がいいのかな。さすがに晶貨はきついんだけど」

「貴族じゃねえって言い張るならせめて無理っつっとけ」

「あ、ごめん」


 ベルナンド老からの餞別、晶貨数枚は本当に虎の子だ。出したら色々とまずい。

 まぁ……金貨銀貨も袋いっぱいにあるし、魔石も袋の中にじゃらじゃらしているからそれだけでも非常識な額なんだけど。


「晶貨がきついっつうならそこそこのランクのでいいだろ。【鑑定】弾いて気配薄くするヤツくらい。デザインもそれなりなら構わねえか」

「うん、シンプルなのでいい」

「お前に似合うやつがあるといいけどな」


 ……何か、この流れってデートみたいだ。

 考えを消すように、軽く頭を振ってしまう。片眉をあげた彼が無言で疑問を呈したけど、さすがにこれには応えられない。

 彼が非常に優しい紳士だったとしても、偉大な先輩である方が先なんだから。




× × ×




 装飾品なら、とラーシュが案内してくれた魔道具屋。その店内は何というか、結構雑然としていた。

 普通の店なら店内は明るく清潔感を、となるんだと思うけどそこは全く無視の方針らしい。もしかしたら光を嫌う魔道具があるのかもしれない。

 中は薄暗く、下から間接照明のようなもので照らされた装飾品が、天上に吊り下げられている。壁に作られた棚にも装飾品は置かれているけど、頭上に垂れている数多の装飾品のインパクトが強くて最初視界に入ってこなかった。

 しかも狭い店内の真ん中には天上を支える様に柱が立っていて、それを飾る様にしてまたも装飾品が。

 雑然、というか怪しさが爆発している。大丈夫か、ここ。


「ラ、ラーシュ……」

「この間は店内に入らなかったから知らねえだろうが、あの魔道具屋の筋は大体商売する気がねえ造りしてる」

「よかった。ファルクの魔道具屋は基本的にこうなのかと思った」

「ンなわけねえだろ……おい、いるか」


 頭上スレスレの首飾りをうざったそうに見てから、ラーシュが奥に声をかける。

 カウンターの向こうにはドアがあるから、そこから店主が出てくるんだろう。そう思っていたのに。


「やあ、おはよう! 冷やかしなら消えてね! ボクに話しかけるなら何か買ってね!」


 ぴょこんと、カウンターから生首が生えた。

 とてつもなく陽気な声の、とてつもなく陰気な顔の男の首が。

 ついで手がひょっこり出てきて、非常にやる気がなさそうにその人は立ち上がった。


 ……駄目だ。ツッコむと駄目な気がする。何かすごく普通の会話ができなさそうな人種な気がする。

 これから店を利用するのに、わざわざ観察するんじゃなかった。いや、観察しなくても変人なのは確実だけど。


「ジジイ、隠蔽の魔道具はどれだ」


 そして全く気にしないラーシュもすごい。Gランクの固定期間があったとは聞いているけど、ファルクに来たのは何年も前じゃないだろうに、慣れている。

 もしかしたら魔道具屋の店主、もしくは魔技師って皆変わり者なのかもしれない。

 というか、ジジイって……下手したら私より幼そうなんだけど。コーサディルの人って外見で年齢が測れないからなぁ。


「隠蔽って言ってもランクがあるからね! キミはもう持ってるじゃないか! 迷宮品だよね? いいなぁ、それ一回弄らせてよ!」

「断る。今日買うのは俺じゃねえよ」


 そう言ってラーシュは私の背中を軽く押す。

 ある意味気後れしながらひとつ息をついて、まず笑顔を浮かべて。


「こんにちは、隠蔽の魔道具を探しているのは私です。【鑑定】系を弾くもので、軽く気配隠蔽がついているレベルのものはありますか?」


 名乗らないものの、失礼にならない程度に簡潔に要望を伝える。

 店主らしき男性はゆっくりと首をひねって、更にひねって……そうしたら。


 ポロリ、と。

 首がとれた、


「………………ひ、」


 引きつった喉から、悲鳴が出そうになった瞬間。

 突然目の前が暗くなった。


「ギフトだ。落ち着け、大丈夫だから」


 早口で耳元に吹き込まれる言葉を理解するのに、数秒かかった。


「……ぎふと」

「デュラハンの混血なんだと。首がとれんのが普通なんだよ。わかったか?」


 普通。人間の首が取れて普通。ギフト。ギフトだから有り得る。

 何度も噛み砕いて飲み込む。無意識に浅くなっていた呼吸を整えて、大きく息をつく。


 人の首が取れる場面なんて、勿論生まれてこの方見たことがない。フィクションでもないその光景は、さすがに衝撃的過ぎた。

 ラーシュが口じゃなく目を塞いでくれたのは助かった。あれ以上目に焼き付けていたら、例え血が出ていなくても確実に叫んでいた。

 いくらなんでも、冗談のように人の首が落ちて冷静でいられる程荒んだ生活はしていない。


 目を覆っている彼の手を軽く二度叩いて、もう大丈夫だと示す。

 喉の奥が変に乾いてしまって、うまく声が出そうになかった。


「ジジイ、初対面のヤツに悪趣味なことすんじゃねえよ。蹴り倒されてえのか」

「やあやあ、それはすまないね! 創作意欲が沸いてしまってね!」


 創作意欲が湧くと首が取れるのか、デュラハンは。その前にアンデッド系の魔物から血はとれるんだろうか。ファンタジーすごい。


 ゆっくりと視界が開けるけど、色々とツッコみ要素が多過ぎてツッコめない。

 何だか一瞬で疲れた。すごい店だな、色々と。


「ごめん、取り乱して。ありがと、ラーシュ……」

「いや」


 見上げながらそう言うと、ラーシュは、瞬きをひとつしてさらりと離れる。

 深い紅玉色の目には、動揺している私に呆れたような色はない。それどころか、何故かどことなくすまなそうな雰囲気をしている。

 今のどこに、ラーシュに非があると言うんだろうか。いくら不測の事態と言っても、何の実害もないのに。


「キミのそのチョーカー、ちょっと見せてよ! あーびっくりさせてごめんねでも見せて!」


 ……色々考えている場合でもないらしい。

 興奮したような店主、の体がカウンターから身を乗り出すように立ち上がる。

 取れてしまった首は落ちたままでいいんだろうか。声は聞こえても見えないと怖い、というか気味が悪い。見えるのか、それで。


「ええと……チョーカー、ですか?」


 視線をどこに持って行っていいかわからないから、店主の手元を見ながら首を傾げる。


 いつもしている魔道具の首飾りは二つとも外してある。首元を唯一飾るチョーカーは、冒険者の遺品だ。

 魔道具ではないけど、素材がアダマンティンという、明らかに上級の武器や防具に使うものだ。何の変哲もない装飾品、とは言えない。

 チョーカーというか、首を覆うアイテムは魔法士に好まれるらしい。魔法を構築するのは呪文(スペル)を紡ぐために、喉を守る意味でつける人が多いとマリタさんから聞いた。


「すごく質がいいアダマンティンだね! しかも古い! 無駄な細工が一切ないわりに首輪じみてないしちょうどいい細さで(まじない)も入れてなくて真っ新なんて珍しいね! いいねぇ、それに入れる石はどうしようか! 半端なものじゃ素材がかわいそうだね! 純度の高い魔晶石? それとも奮発して魔輝石? 属性は無でもいいけど闇もいいよね! 西のヘンタイおじさんに呪刻んでもらうのも嫌だけどせっかくだからそっちに回してみようか! どう?」


 ……どう、と言われても。

 この展開についていけないのは、私だけなのかな。


 一息の提案を脳内で反芻して再構築すると……このチョーカーを元に隠蔽の魔道具を作る、ということでいいんだろうか。

 いつの間にそんな話になったんだ。普通に店売りのものを買うつもりだったんだけど。

 何だか職人魂に火をつけてしまったようだ。


「素材持ち込みならどんくらいの値になる?」

「無駄遣いレベルの素っ気ないアダマンティンなんて滅多にいじれないからね! 魔石まで持ち込みなら大特価金三枚でやってあげてもいいね! あ、ヘンタイおじさんの分は別ね! あっちは金一枚」

「……ハイネ、何かいい魔石あるか」

「え、あー……ちょっと待って」


 あくまで淡々と相手をするラーシュにいきなり話を振られて、慌ててストレージのポーチに手を伸ばす。

 ベルナンド老からもらった魔石がたくさん入った袋を出しながら、一声かけて後ろを向き【看破】で確認してみると。

 ……うん。無魔晶石はある。魔輝石はあるけど、属性違いだな。とりあえず魔晶石を出そう。


「無魔晶石ならいくつかあるんだけど」

「見せて見せてー!」


 ひょい、と体がカウンターに生首を置く。

 陰気な顔に無気力そうな表情が乗ったままなのに、声だけは物凄く弾んでいる。色んな意味で心臓に悪い光景だ……


 どうにか笑顔がうまく張り付いていることを願いながら、私はカウンターに魔晶石を三つ出す。

 小指の爪くらいの大きさのもの、それより一回り大きいもの、丸くカッティングされたもの。

 【看破】してみても、どれが適したものかはわからない。お任せしよう。


「ふんふん、どれも純度は悪くないね! せっかくだから未加工のがいいかな! こっちのをオーバルにして埋め込むか、こっちのをドロップにして垂らすか、迷うねぇ! 彫金は品よく少し入れて石もさりげなくきらりと光るものにしたいよね! 何にしても顔に負けそうだけど君は元々そういう雰囲気っぽいから構わないね!」

「どんな意味ですか」


 思わずツッコんでしまった。そんなに派手な顔はしていない……はず、なんだけど。


「そのままの意味だね! 前払いで全額入れてくれれば優先でやるよ! ていうか早く弄らせて! お金ちょうだい!」


 首なしの体が私に両手を差し伸べてくる。

 言っていることは色々アウトだし、絵面も相当まずい。


 怖気づく私の肩に、ラーシュが軽く手を置く。


「このイカレたジジイは腕だけは確かだ。店の筋から言っても金取って雑な仕事はしねえよ」

「いや、それはいいんだけど……何か、すごいんだね、この系列の魔技師さんって」

「そうか? 腕のいいヤツにはこういうのが多いが」

「…………そう」


 私は、まだまだ冒険者というかこの世界に染まりきれないようだ。

 どこか乾いた笑みを浮かべながら、私は無言でポーチから金貨を取り出した。

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