22大人げない人達
そこは大きな道具屋と言われて想像していたものより、更に大きかった。
冒険者用というよりファルク全体用の道具屋みたいで、生活用品から冒険者の遠征用品まで何でもござれ。まるでホームセンターのようだ。
入口が二つあって、一応一般人と冒険者でエリアは分かれているものの、隔てられていないので一気に買い物ができる。
こんなに目立つ大きな店なのに全然気づかなかった。冒険者に馴染むのもいいけど、ファルクをほとんど知らないというのも問題だろう。これからもちょくちょく回ってみよう。
「…………」
目の前に所狭しと並ぶのは、冒険者の必需品やらあったお役立ちアイテムやら。
私が冒険者になりたての時に買った冒険者御用達セットは本当に初心者用のものだ。必要最低限、これだけあれば一応遠征も可能というギリギリのラインのもの。
足りないものも多いし、グレードアップしたいアイテムも多い。
カンテラは小さ過ぎる。採取用のスコップは無駄に大きい。飲料水を入れるもう少し大きめな皮袋がほしい。不測の事態のためのソーイングセットもあったら嬉しい。
布袋はいくつあっても足りない。そう言えば油が残り少なかったか。油と言えば装備の手入れに使う油も。予備のナイフは二本くらいいるかも……
「おい」
「うん?」
「無言で勢いよく物色すんな。怖え」
「あ、ごめん」
同じく無言でついてきてくれたラーシュに謝りながら、ざくざく籠に入れていた商品を確認する。
この店は規模のせいか、まるでスーパーマーケットのように買い物籠とカートがある。ファンタジーでショッピングカートって、とは思うけどまぁいいだろう。
さっと店内に視線を流せば、結構賑わっている。
向こうも目的があるからか、さすがに私とラーシュを遠巻きにする人はいない。やっぱりちらちら見られるのは変わらないけど。
「楽しいね、ここ」
「お前がいいならいいんじゃねえか」
「ラーシュは何か買う? あるなら、ついでだから入れておいて」
「いや」
ちらりと私を見て、その手元を見てから彼が軽く首を振る。と思ったらおもむろに籠を奪われて。
「え、それ私のだよ?」
「知ってる。そんなに買い物すんなら邪魔だろうが」
「そうだけど……」
何で紳士対応? 今日のラーシュ、いつもにも増していい人過ぎるんだけど、どうしたの。
聞きたいけど、荷物を持っている割に機嫌がいい彼を見ていると黙っておこうと思ってしまう。
それに……単純だけど、優しくされるということ自体はとても嬉しいから。
申し訳ないながらもラーシュに籠を持ってもらったまま、買い物を続けていく。
生活用品の方も後で見るけど、ひとまずは冒険者の細々した用品だ。
冒険者御用達セットで足りなかったものは手に入れた気がするから、他には遠征用品か。日帰りの依頼しかやったことはないけど、そのうち何日かかかる依頼もこなす日が来るだろう。
長い棚を抜けて次の棚を覗けば調味料や携帯食料も売っている。道具屋と言うには品ぞろえが半端ない。ほぼ何でも屋だ。
「ハイネ、塩は持ってるか」
「持ってない。ていうか水以外の食糧は携帯食だけ、ちょっと」
「…………」
すみません、呆れた目を向けられる意味もわかります。
考えればわかることだ。不測の事態で動けなくなった時、生きながらえるには食糧が必要だ。コーサディルの食文化はわりと発展しているから、塩だって日常的に使える。普段使いでも緊急事態でも、最低限塩はあってしかるべきもの。
ベルナンド老から持たされたものに食料はない。迷宮で休憩する時ご飯を食べるくらいで、特に蓄えておこうとは思ってもいなかった。
せっかくストレージがあるのに、何をやっているんだ私。
「……これと、これ。それとこっち」
陳列された品物を次々と指差されて、慌ててそれを手に取って籠に入れていく。勿論塩も入れておいた。
某栄養補助食品のような固形状のものと、香辛料を固めたもの、小瓶に入ったものは栄養剤だろうか。
「空間系の魔道具だろ、お前が持ってんの。かさばらないのに使わねえでどうすんだ」
「う、ごめん……」
「お前の血親はそんだけの装備品やってんのに、何だって基本的なこと教えてねえんだよ」
「ああ、あの人は亡者だから何も食べないし、忘れてるんじゃないかな」
「は?」
あれ、言っていなかったか。故人だとは言った気がするんだけど……うん、言っていない。
微妙に生まれた間を、流そうか迷う。
でも、彼になら言っても問題ない気はする。私の奇異な立場をなるべく避けるようにしてなら。
「ラーシュがよければ、近いうちに話すよ」
「…………」
迷うこともなく視線で了承される。
亡者が血親なんて、普通はないだろう。場合によっては頭がおかしいと思われるかもしれない。
でも、彼はきっとそんなことは言わない。今だって私に対して奇異の目を向けていないから、それくらいわかる。
人を信用することがこんなに簡単だなんて、この世界に来てはじめて知った。
何の打算もない、砕けた付き合いがこんなにも楽しいものなんてはじめて知った。
だからこそ、少しずつ踏み込んでいきたいと思ってしまう。近づくのを拒否されないから、尚更。
軽く頭を振って思考をリセットする。
こんなの、買い物中に考えることじゃない。というか今日はもう考えないようにしよう。キリがない。
「ねぇ、この香辛料っぽいのは非常食になるの?」
「違え。沸かした湯に削って入れればそれなりの味になるやつだ。いつでも携帯食齧りゃいいってモンでもねえし」
「ああ、そういう。お鍋とか包丁とかあった方がいい?」
「ないなら買っとけ。袋に入れておけば容量食わねえだろ」
「はぁい」
「……そういう器具は向こうだ」
ぐっと肩を抱かれる。
戸惑いはあるけど不快なわけじゃなくて、そのままにしておく。そうすると、上の方から小さく満足げな笑いが。
何なんだ。いつか聞こうとずっと思っているけど、本当に、何なんだ。
連れて行かれた陳列棚で大して吟味せずに鍋とポットとお玉、まな板と包丁を買う。ついでにお皿やカトラリーも。
冒険者用の無骨で収納しやすいものもあるけど、私の場合はご飯セットとして袋にいれればいいから普通のものだ。
【看破】すれば簡単に素材や丈夫そうなもの、評価がわかるから買い物も楽だ。
……こんな風に【看破】使っているの、きっと私だけだろうけど。
さすがに籠に入りきらなくなったから、カート置き場らしきところからカートを引っ張ってくる。
視線で“引いてやる”と言われたけど、ラーシュにショッピングカートという組み合わせがあまりにも違和感に満ちていたので、無言で断っておく。そもそも私の荷物だし。
「こんだけあれば充分だろ。後は?」
「香油」
「いらねえだろ」
「絶対、いる」
花の香りがするなんて絶対にない。きちんとしたいい香りをまとっておかないと、また嗅がれてしまう。普通に前から気付いていたような感じだったし……
うん。それ以上は、考えてはいけない。いけないったらいけない。
「これだけ大きな道具屋ならあるでしょ? それともやっぱり雑貨屋の方が置いてあるのかな」
「……ここでも置いてあるんじゃねえか」
あからさまに不満げなラーシュに内心謝りながらも流しておく。自前の体臭で問題ないなんて思えるような上級者じゃないので。
さっとカートを押しながら棚の間を通り抜ける。
後ろからラーシュがついてきているのはわかっているけど、もう体臭については話さないでおこう。くだらないことでモメたくない。
目の細かい櫛、合わせ鏡をするための手鏡、タオルは三枚程。ぽいぽいカートに入れて、ついに香油のコーナーへ。
「……あの、ラーシュ」
「何だ」
「よく考えたらさ、これって完全に冒険者関係ない買い物になってるよね? ついてきてもらうのも悪いし……」
「ここまでついてきといて今更だろ」
「……だね」
本当に手持無沙汰で申し訳ない気持ちはあるんだ。でもそれより気まずいと言うか、何と言うか。
引くつもりなんて毛頭なさそうなラーシュを連れて、香油が並ぶ棚の前に立つ。
思ったよりも陳列幅が多く、それなりに種類もある。ご丁寧なことにサンプルがあって、色は淡黄色から茶褐色くらいまでのものが多い。少しお高いものはほんのりピンクがかっていたり。
色んな香りがあるんだなぁ……馴染みのない香りの名前が多いけど、薬草辞典にあった香草とかが素材に使われているものもある。
「あ、いい香り……」
「癖が強い」
「……鼻いいね」
「職業柄な」
嗅覚まで鍛えないといけないのか、冒険者は。
でも、確かに癖が強そうな香りだ。アジアンテイストというか。買うなら普段使いできる、強過ぎない香りがいい。
気になったサンプルをいくつか開けてみるけど、何となくしっくりこない。
「ていうか、冒険者に香油って必要なの」
「女は大抵持ってんな。依頼中はにおいに敏感な魔物もいるからつけない奴も多いが、オフならつける」
「実際に見てきたみたいな言い方」
「……さあな」
はぐらかさなくても、聞かないよ。めんどくさい女まで引っかけてしまうくらいに遊んでるのなんてわかってるし。
少し意地悪な返しをしてしまったせいか、すっと目を細めてラーシュが黙る。
別に不機嫌にさせたいわけじゃない。この辺でやめておこう。
「うーん……」
素材を混ぜて作っている香油は、やっぱり作者のセンスに左右されやすい。
これだけ探しても、いまいちピンとくるものがない。
やっぱり大きな店より、雑貨店とかを見て回った方が好きなものに出会えそうな気がする。
でも、あれだけ香油が欲しいと騒いでいて“やっぱり買わない”はなぁ……
悩んだあげく手に取った香油は、まぁ無難な甘い香りのもの。
とりあえずこれを試してみよう。もしかしたらつけるといい感じかもしれないし。
「やめとけ」
「え、いや……でも」
「あんま好きじゃねえんだろ。別に、」
不自然に切った言葉の続きは、私が気にしているからあえて言わないようにしたんだろう。
妙な空気が少し流れて、何だか一気に脱力してしまう。
ささいなことでモメて、ささいなことで譲り合って。いい大人同士がそれをやっているなんて、正直馬鹿馬鹿しい。
いくら恥ずかしいからって、私も何を意固地になっているんだろうか。
軽く肩をすくめて、おおげさに溜め息をついてから、残念そうに声を作ってみる。
「いいのが見つかるまで、自前で頑張るかな」
「……それでいいんだよ」
何だか、くだらない喧嘩みたいだ。
それすら楽しいなんて、私は本当にぼっち過ぎる女だ。
「他に買うモンは?」
「ないかなぁ。ね、ラーシュは本当に何もないの?」
「……ロープくらいか」
「ほら、あった。もう通り過ぎたよね、冒険者セットのあたりだし」
カートを押して戻ろうとすると今度こそ奪われてしまう。
だから似合わないんだってば、あなたとカートが。
無言で主張してみるけど、今度は完全に流される。何だって、荷物持ちをしたいんだろうか。
「お前くらいの女だったら、普通男に荷物持たせて闊歩するモンだろうが」
「普通……?」
頭の中でぱっと思い浮かぶのは、異性を侍らせて買い物をする派手なセレブの図だった。
私は家にいた時は自分で買い物をするような生活じゃなかったけど、確かにそういうのが好きな性質の人はわりといる。
コーサディルの貴族はよほど上位じゃない限り外で買い物するんだろうか。そのわりに見かけないけど……ファルクは冒険者の都市だからかな。
「……そんなに貴族的な顔してるかな」
「違えよ。貴族女は街なんか歩かねえ。つうか、自分が貴族女の平均値みてえなこと考えんじゃねえぞ」
「え、これくらいじゃない? 会ったことないけど」
「中途半端な自覚持つのはやめとけ」
真顔で言われてしまうと逆に不安になる。
自覚って、実はこの顔が大して貴族っぽくないとか? もしくは貴族にしては残念系だとか?
私、一応自分の顔はいい方だと思っていたんだけど……この世界の貴族女性は、そんなに突き抜けた美人ばかりなんだろうか。
周りからは貴族っぽいと認識さていたけど、実はほんのり雰囲気貴族レベルだったんだろうか。酔っ払いに絡まれたのも生物学的に女だからで、商人の男性に好かれていたのもただのタイプの問題、ということでは。
知らなかったまさかの新事実に思わず顔を隠したくなってくる。
これは、相当恥ずかしい。どうして誰も指摘してくれなかったんだろう。
「おい、いきなり無表情になるな」
「ごめん、調子乗ってたのかもしれない」
「逆だ。もっと調子乗るくらいのレベルだっつってんだよ」
「はい?」
間抜けに聞き返した私に、ラーシュが溜め息をついて。
「俺がいい女だっつってんのに、普通より下なわけがねえだろうが」
「あ、そうなんだ」
「大体、俺の――……だろ、お前は」
「うん?」
聞き取れなくてまたしても聞き返してみるけど、今度は無言を返される。
アップにした髪を崩されない程度にくしゃりと撫でられて。
「何でもない。行くぞ」
ちらりと一瞥して、颯爽と歩き出すラーシュだけど。
……やっぱり、カートが壮絶に似合わない。




