ドッペルゲンガー(2)
このとき、胡さんと王さんを連れてきてよかったと心底思った。私だけでは怪異と話せないからだ。
二人にメリーさんの居場所をきいてもらう。
……二人も会話にはかなり難儀していた。が、最終的には「筆談」という手段で解決した。
メリーさんは一週間前にどこかに出かけたきり帰ってきていないのだとか。「箱入り娘」である雅ちゃんには、部屋の外をうろついて捜索するほどの能力はない。いや、それをすると確実に捕獲される。人間に化けられないのだから。
そして、メリーさんは出かける前に「偽者をつかまえてやるー」と息巻いていたと教えてくれた。
「ドッペルゲンガーをつかまえるって!? それってやってはいけない行為では?」
私の記憶では、ドッペルゲンガーは、姿をまねた相手を殺すという。呪いの力で。
王さんが訂正した。
「それ、ちょっと違います。ドッペルゲンガーは『死の予兆』と言われているだけで、直接手は下さないはずです」
「怪異同士が対決したらどちらかが消えてしまうんじゃないかな」と胡さん。
怪異がそう言うのならそうなんだろう。
「ねえ、雅ちゃんはメリーさんの居場所、わからないかなあ」
日本人形は首を横に振る。
私は、胡喜媚と王貴人の子孫にたずねた。
「こういう場合、冥界の役所に届け出るとかありかな」
「うーん、日本の制度はよくわからないよ」
「だよねー。台湾だと土地公や城隍神に届け出るんだけど」
確かに、日本では中華圏ほど官僚制的な神々の配置と序列というものはない。信仰はあくまで個人対神、神にも厳しい上下関係はないのだ。そして、私が知っている神様といえば、伏見稲荷のお稲荷くらいだ。でも、電話をかけて通報というわけにもいかない。何らかの通信手段があればいいのだけど。
私は、ふと思い出した。子供の頃に遊んだコックリさんのことを。漢字で書くと狐狗狸さん。そういえば、目の前に狸の怪異もいる。
私は、丸顔の可愛い怪異に期待のまなざしを向けた。
「えっ、何!?」
何を勘違いしたのか、雅ちゃんが包丁を取り出す。
「ケケケケ。タヌキジル。イケニエ」
不穏当な発言をする。
「ホェェェェ」
白目を剥く磬鳴ちゃん。後ろ向きにばったり倒れて王さんに支えられた。
……やっぱりこの子、狸だわ。
「包丁はしまって。殺生禁止! 料理しない!」
「チッ」
口の悪い人形だ。
私は三人(正確には二人)に告げた。
「メリーさんの居場所を探すために日本古来の儀式をします。コックリさんという神託を受け取るための儀式です」
「えっと、そんなことしなくても、この子に神降ろしをしたらいいんじゃないかな」
王さんは、磬鳴ちゃんの肩を支えつつ新基軸の提案をする。
「神降ろし? そんなことできるの?」
「可能です。梓巫女なら私も出来ますし」
「でもそれって、イタコみたいに死者の霊を呼び出すんだよね」
「カミオロシという技法があります。これを使って、稲荷の神をこの子に降ろします」
「は?」
「カミグチとも言います。お稲荷さんが降ったら、サツキさんが質問してください」
「ワタシハ?」
「あんたは人形らしくそこで見学していなさい」
厳しい王さん。
雅ちゃんは脚を投げ出してベッドにこちょんとすわった。
「えっと、唱え言とかは調べなくていい?」
「大丈夫、暗唱出来ます」
さすがは日本文化の研究者、おさおさ怠りないのだった。
「天清浄地清浄内外清浄六根清浄……」
王さんは呪文を何度か繰り返す。
そして、自らの長い髪を引っ張って梓弓の弦がわりにつまびいた。
ビン、ビン、ビンと心地よい音が響く。そう、彼女は由緒正しい琵琶精なのだ。
「いたいりませいたりませ稲荷の大神よいたりませ。やよ、いたりませ。いざ、いたりませ。このヨリシロをヤシロとなしていたりませ。いたりませ、いたりませ。いたりましなばこのヨリシロの口を借りて、その御声を聞かせたまえ」
ケーン!
磬鳴ちゃんが突然叫んだ。稲荷の神(の眷属?)が下ったのだ。
「今ここにおるぞ。まさにおるぞ。怖れつつしんで迎えたてまつるがよい」
まさに伏見稲荷のお塚で聞いた稲荷大神の声だ。
私は敬意を込めて二礼二拍手し、稲荷の神にたずねた。
「かけまくもかしこき稲荷の大神にかしこみかしこみたずね奉る。この屋のヌシのドクター・メリー・ジェーン・ウィンチェスターは今いずこにありましょうや」
「……う、うーん。難しいことを聞くのう。少なくともこの世にはおらぬようじゃ」
「まさか、ドッペルゲンガーに殺されてしまったとか?」
「それは違う。メリーさんは今、この世ならざる異世界におる。今、この世におるのは、えっと…… ちょっと検索してみるね。あっこれか。今こちらにいるのはメリー・ジェーン・ワース、別名ブラッディー・メリー。出身はアメリカ。メリーさんのドッペルゲンガーとしてこの世に出てきたみたいね」
ブラッディー・メリーという名前はなにげにヤバそうだ。確か、異端者をたくさん処刑した英国女王メアリー一世の異名だったはず。
「その魔女って、凶悪なモンスターですよね」と王さん。
「ええ。かなり凶悪ね。この世界で悪事をして、罪を全てメリーさんにおっかぶせるつもりかもね」
「取り締まれないんですか」
「国際指名手配がかかっているわけではないし、日本の神としてそれは無理。人を殺しでもしたら別だけど……」
今のところ出ている被害は、食い逃げと澪さん無視と無断休講くらいだ。けど、この先エスカレートしないという保証はない。いや、むしろその可能性大だ。
「メリー・ジェーン・ワースを止める何かいい方法はありませんか」
「うーん、そこまで動向はつかめないの。自力でつかまえて問いただしてみて。前例のない事件だから、私にも正直どうしていいのかわからないのよ」
「はあ」
いつものようにやる気のない女神様だ。
「もういいかしら。切るわよ」
磬鳴ちゃんの口を借りたお稲荷さんは、電話口のような調子で告げた。
「ケーン!」という鳴き声がまた響いた。
「……はっ!? 私はいったい何を!?」
意識が戻った胡さんは、きょろきょろとあたりを見回している。
「あなたを依り代に使ったのよ。丁度気絶していたから」と王さん。
「はぁっ? ヤウシウ・オー!」
ご立腹の胡磬鳴さんでした。
「王さん、メリー・ジェーン・ワースに心当たりがあるの?」
自力解決のため、手近なところからたずねてみる。
「直接会ったことはないけど、話にはきいているわ。魔女にして鏡の怪異。鏡の前でメリー・ワースの名を四十七回唱えると現れる。長い爪を持っていて呼び出した者の顔をひっかく。ナイフで襲ってくるとか、ナイフとともに切り取られた舌を持っているという説もあります」
磬鳴ちゃんが口を開いた。
「私が香港で聞いた話はこうです。学校のトイレの電灯を消して洗面台に水を張り、しばらく水を見てから急に鏡を見るとブラッディー・メリーが現れるって。正体はセイラムで火あぶりになった魔女だとか。老婆にも若い女にも変化できるみたいです」
セイラムとは、十七世紀に魔女裁判が行われたアメリカの村のことだ。
「ということは、誰かが魔女の霊を呼び出してしまった?」
二人はうなずく。
「誰が呼び出したのかがわかるといいのだけど。もう一度、カミオロシをやってくれないかな」
首をぶんぶん横に振る磬鳴ちゃん。
「それは無理です。ヨリシロは心身への負荷が大きいのです。一日に何度もさせられたら…… 気絶します」
……死ぬとは言わないんだ。
「うーん、とりあえず、メリーさんの近くの誰かがメリー・ワースを呼び出したってことのようね」
犯人に心当たりはない。
会話が止まる。
私はずっと気になっていたことを口にした。
「ドッペルゲンガーってお金とかどうしてるんだろう」
「そりゃあメリーさんの持ち物を複製しているんじゃないですか? 鏡の怪異だけに」と王さん。
「でも、それなら食い逃げなんてセコイことしなければいいのに」
「ですよねー。本人に成り代わるのなら、講師の仕事もさぼらなければいいのに」
そこかーい!
私も考えてみる。十七世紀の魔女だから、札束を見てもお金だと思わなかった?
……ありそうにない。
「ひょっとして、コピー出来るのは外見だけとか?」
「かもしれないです」
「あるいは、鏡の世界から出てきたから、文字が反転していて紙幣が使えないとか」
磬鳴ちゃん、ナイス推理!
王さんが提案した。
「鏡の世界の住人にきいてみたらどうかしら。メリー・ワースのこととか、あちらの住人がドッペルゲンガーになった場合のこととか」
「鏡の世界の悪魔? 悪魔は代償が高くつきそう」
「いえ。ムラサキカガミを呼び出すんです」
またしても新機軸の提案が出た。




