生駒山荘事件(4)
もちろんことわる理由などない。
ケーブルカーの駅までテクテク歩いてそこから頂上に向かう。
心配していた入園料は、なんと! ただだった!
もちろん、中の乗り物に乗るにはチケットが必要だ。回数券につられてちょっとした額を注ぎ込む。
「わーっ、レトロな遊園地~」
「あの飛行機の塔とか、他じゃ見られないよね」
はしゃいでいるのは、ナコちゃんと私だけで、メリーさんはうかぬ顔だ。
「ここには霊の気配を感じるのです-」
「えっ!?」
「こっちの方角に強い霊を感じるのー」
地図を見たら、そこはお化け屋敷になっていた。
「そして、あちらからは神聖な霊気を感じるのです」
地図を見てもそちらには何も書いてない。
とりもなおさず行ってみる。
ほとんどシャッター商店街的な雰囲気の場所がある。
けど。
さらに奥に行くと、大木の林の向こうに古びたお寺が見えた。読経と太鼓と錫杖の音が聞こえてくる。
「遊園地の奥にお寺!?」
「意外とここの地主さんだとか!?」
「今日の目的は遊ぶことなのですー。くわばらくわばら」
きびすを返すメリーさん。さすがは怪異だ。
遊園地のメインとなる場所に戻り、ジェットコースターやホラーハウスを楽しむ。
あっという間の三時間でした。
生駒山荘に戻る頃には、空気が肌を刺すように寒くなっていた。これは予想外だ。
私とナコちゃんは、肩をすぼめながら暗い道を進む。メリーさんだけが涼しい顔だ。
山荘前の駐車場には、大きめのバンが停まっていた。生駒グランドホテルのロゴが入っている。
「ケータリングだね」
「なのですー」
「監督、太っ腹!」
廊下をぬけて談話室に入ると……
監督が床に坐り込んで酒瓶を抱えていた。ぐでんぐでんに酔っ払っている。周りの人たちは、まさしく敬して遠ざける感じだ。
「『風の森』なのですー」
メリーさんは、一升瓶のラベルに興味津々だ。
「あんたも飲むかい」
監督の言葉に、石動氏がお盆に乗せたぐい飲みを持ってきた。
……え!? 映画業界ってこんな飲み方するの!?
差し向かいで飲んでいるのは昼間は見かけなかった初老の紳士だ。
「お前の言いたいことはよーくわかる。完璧に俺の采配ミスだ。あいつを突っ込んだのは俺だから、全て俺が悪い」
こちらもやけ酒ぎみだ。自分のことを言われたのかとナコちゃんゃんがビクリとする。
けど、違った。
監督は続けた。
「いや、プロデューサーに責任はないです。俺の、監督の話をきかないあいつが悪いんです。……くそっ、電話しても出やがらねえ。くそ老害が何様のつもりだ」
「まあまあ、電話に出られないことなんてざらだから」
なだめる紳士。
ということは、この人が制作の総責任者、貞樹プロデューサー――映画会社の偉い人ということか。
「何があったんです?」
近くにいた翡翠さんに話をきく。
「音響の橙原|さんと喧嘩したらしいの」
「喧嘩じゃねえよ、指導したんだよ」
蠣崎監督は苛立たしげに訂正した。
「俺はただ、アンケートで不評だった効果音を削れって言ったんだ。そしたらあんにゃろう、しのごの抜かして抵抗しやがった」
翡翠さんが補足してくれた。
「刀を引き抜く時の音と、鍔鳴りを消してくれって言ったんだって。そしたら橙原さんが、時代劇には付き物の音だからそれは消せないってごねたらしいの」
……まさか、アンケートで指摘した事が争いの種を招いたってこと!?
「試写前に巻藁斬らせたのも、それを言わせるための策略だろうって。俺がそんな策を弄する男に見えますかってえの」
またぐいとあおる。
「あああ……」
メリーさんは、『風の森』の大吟醸が残り少ないことの方が気になるようだ。
「策を弄する、ねえ」
苦笑いする殺陣師の枯堂先生。
プロデューサーが主演女優を振り返る。
「ナコちゃん、『春鹿』か『みむろ杉』を持ってきて。食堂の冷蔵庫にあるはずだから」
「はい」
使い走りである。プロデューサーには逆らえない。
すぐに『春鹿』を抱えて戻ってきた。
「お酌して」
「はい」
このご時世、それはないんじゃないの? と思ったら、翡翠さんが動いた。
ナコちゃんから一升瓶を奪いとり、封を切って近くの若い男の俳優――この人も昼間はいなかった――に渡し、すいっと監督の横に坐った。
「効果音の編集くらいあーたでもできるでしょう。ご自身でなさればよろしいいじゃない」
とくとくとく。
お酒がつがれる。
「い、いやまあ最終的にはそうなんですけどね。なんと言うか、人の領分を土足で踏みにじるみたいでいやなんですよ。それに、橙原さんって時代劇の世界じゃ大御所でしょ。
なるべくもめたくないんすよ」
大女優相手だとさすがに弱気になる蠣崎監督。
「まあ、その音響関係で、観客が指摘するくらい違和感があるのなら、消したらいいんじゃねえか。棺桶に片足突っ込んだ爺さんなんかほっといてさ」
プロデューサーも投げやりな感じだ。「知らんけど」と空耳が聞こえてくる。
そして、ぼそりと付け足した。
「原作者の意見はどうなんだろう」
「原作者は……」
メリーさんが、監督の言葉にかぶせるように言った。
「鍔鳴りはおかしいのです。整備不良もいい所なのです。季節ごとに鍔の交換をするようなこだわりがある人が、そんなガチャついた刀を使うわけがなかのです。そもそも、そ
んな音がしたらこっそり近づいた時に気づかれてしまうのです!」
理路整然とした指摘だった。
「他の人の意見はどうかな」
メリーさんに同意する声は上がったが、橙原氏を擁護する声は皆無だ。
「よし。お前が削ってくれ。俺が全責任をとる。……そろそろ食事にしないと、せっかくの花火が始まっちまうぞ」
貞樹プロデューサーが宣言すると、皆は食堂へと移動したのだった。
食事をすませた私たちは、監督に先導されて屋上への階段をのぼった。
外からは切妻屋根にしか見えなかった屋上だが、その背後にはちょっとした宴会スペースが広がっている。昼間の寿司の残りや夕餉の洋食のおかず、そして色んなお酒が運ば
れていた。つまみも追加されている。生駒グランドホテルのスタッフは、裏方として最高の働きを見せてくれた。
花火が始まった。
そのすがすがしい光景には、誰もが心を洗われる。
「そういえば、四季の鍔の裏側って見てないのですー」
『風の森』を手にしてご機嫌のメリーさん。
「ああ。確か朝顔の裏は花火だったなあ。春は霞、秋は月、冬は……白鳥だっけ。まったくみごとな彫金技術だ。あとで見ていくといい」と監督。
「武士は贅沢を禁じられていたから、刀装具に凝るしかなかったんだよね」と枯堂先生が補足する。
「橙原さんも、意地を張らずに現れたらいいのに」
翡翠さんが妙なことを言った。
「え?」と監督。
「だってほら、あの方の車でしょ、あのシトロエン。撮影所でお見かけしたことがありますもの」
花火の光に時々照らし出される駐車場には、いかにも頑固爺さんが乗っていそうな古風な車が停まっていた。
「……そんな馬鹿な。四時頃に帰ったんじゃないのか」と監督。
「どなたかクラシックカーに乗っていらした方はいらっしゃる?」
翡翠さんの問いかけに、屋上にいる人たちは首を横に振るばかりだ。
「まさか、どこかでおっ死んでるんじゃねえだろうな」
貞樹プロデューサーの軽口に誰も笑わない。
「あれ、多分、帯刀さんの車ですよ。酔っ払い運転はしたくない、て言っておられましたから」と石動氏。
「なるへそ。まあ、酔っ払い運転で出演者逮捕、なんてことにならなかったら御の字だから、皆さんも遠慮なく置いてってくださいよ」
監督の言葉に笑い声が広がった。
花火がおわった。
火薬の残り香に包まれた私たちは、二階の談話室へと戻る。
監督が挨拶した。
「これで本日の試写会はお開き。撮り直しはありません。あとは公開をお楽しみにしていてください。では、恒例の一本締めで」
よーい、ポン!
一呼吸置いて拍手が広がった。めでたく解散である。
スマホで迎えの車を呼ぶ人、ホテルを予約する人、動きは人それぞれだ。
プロデューサーが柿の葉寿司をついばみながら言った。
「僕も完成した映画を見てみたいなあ。ていうか、完成一歩手前のヤツだな。どうだろう、あと二時間ほど時間を取ってもらえないだろうか」
「いいですよ。僕は次の作品の台本のチェックがあるので三階の自室にいます。何かあったら携帯に電話してください――あー、地下だと無理かな。一階で」
「映写機の使い方がわからないんだが」とプロデューサー。
「OKOK。そこまではおつきあいします」
「四季の鍔の裏側が見たいのー」とメリーさん。
「はいはい。ついてきてね」
千鳥足の監督は、階段の灯りをつけて下へと降りていく。まるで映画のチャップリンのようながに股で。
ロビーの照明をつけたところで監督は「あっ」と叫び声を上げた。そして続けた。
「なんだこりゃあ!」




