生駒山荘事件(3)
「これは、本当の映画館みたいなのですー」
メリーさんが嘆息したのもむべなるかな。ホールには様々な映画のポスターが貼られ、奥には重厚な深紅の防音扉がしつらえられていた。
個人の邸宅の中にあるのではなく、どこかの田舎町にある歴史あるミニシアターの風情だ。隅にはポップコーンの機械と飲料の自動販売機、ミニバーカウンタまである。ただし、ポップコーンの機械は空っぽで、自販機も電源は入っていない。酒瓶もひょっとしたら中は色水の飾りかもしれない。
蠣崎監督が説明をはじめた。
「昭和の名優、夏目兎角自身が設計した。晩年はここに引きこもって、一日に何本もの映画を見ていたという。奥の倉庫には、その頃のフィルムがたくさん保管されていた」
刀掛けだけがある展示台の前に行き、隠されたパネルに暗証番号を入れる。
ガラスケースが持ち上がった。鹿の角を使った刀掛けに、刀身を抜いて孤月と鞘をかける。刃紋がみられるようにこう展示するのだ。
そして「閉」ボタンを押す。ガラスケースがしまった。
横には少し離れたところに同じ型の展示台がもう一基あった。中には十手鉄砲と四枚の鍔が飾られている。
「これが十手鉄砲か。撃ってみたいねえ」
橙原さんが物騒なことを言う。さすが音響と効果音の専門家だ。
「これの使い方が面白いんだが……」と赤ら顔の帯刀氏。
ベテラン女優の翡翠さんがたしなめる。
「ネタバレはだめですよ。これから本編を見るのですから」
「そりゃそうだ」
頭をかく帯刀氏。
初駒の大将もやってきた。監督に挨拶する。
「本日は、試写会に参加させていただいてありがとうございます」
深々と頭をざげている。
「業界人以外の感想はありがたいからね。映画館に脚を運んでくれるのは、そういう一般の人なんだから」
石動氏も大将に話しかける。
「ここ、上に道場があるんですよ。今日は孤月で巻藁を斬らせてもらいました」
「いいなあ。普段はマグロ切るばかりで、巻藁斬れるのって古武道大会くらいなものだからねえ」
「大将も、一本斬ってきますか。石動君、あとで案内してあげてよ」
「はい」
どうやら大将も同じ流派の道場仲間らしい。
ひとしきり展示品を見学する。
四季の鍔は、春は梅、夏は朝顔、秋はもみじ、冬は雪景色とおしゃれな彫刻がほどこされていた。孤月にはどんな鍔がついているのだろうと見てみると…… どうやら動物シリーズのようだ。犬と竜と牛と……
「何だろうね、これ」
「山羊なのですー」
「だよね。この鍔だけファンシーだよね」
「だよねー」
ブザーが鳴った。
ロビーにいた人たちはずらずらとシアターに入る。
木製の椅子にベルベットのクッション。そのすれ具合まで往年の映画館の感じだ。――私も、イメージだけで言っているけど。
石動氏が、くさびをはずして扉を閉めた。とくに鍵をかけるということもない。
そして、約二時間。
私たちは物語の世界に包まれる夢のような時間をすごしたのだった。
エンドクレジットがおわり、照明がついた。
「面白かったのー」
メリーさんが素直な感想を言った。
「十手鉄砲って、暗殺に使ったんだね。捕り方が来て取り囲まれ時に、キセルを吹かしながらそっと見せるのが大好き!」
「いい感じにとぼけたのですー」
ネタバレ解禁とばかりに内容について語り合う。
「刀の鍔ってあんなに簡単に変えられるんだ」
「あたしも知らなかったのー。季節ごとに鍔を変えるあたりがとてもマニアックだったのですー」
「土用専用の鍔、なんて思いもつかなかったよねー。そうか、今ついている鍔は、十二支からとってたんだ」
「四季の鍔って言い方自体が罠だったのね!」
後ろからクリップボードが差し出された。
「さあ、思いの丈を感想に書いてくれ。名代さんたち、よろしく!」
監督はにやりとしている。私たちの感想を耳にして気を良くしているらしい。
向こうではナコちゃんがクリップボード配りをしていた。主演女優が下っ端扱いなのが可哀想だ。これ、犬彦先生が来てなくて正解だったわ。映画の出来以外の要素で原作者大荒れとかになったら笑い話じゃ済まないもの。
……という内心のつぶやきは伏せておいて。
カリカリカリ。
感想を書く。
全面的に高評価、というか大満足。でも、気になったことはきっちりと書いておく。これで名代としての役割は果たした。
ちらりと見ると、メリーさんも同じ所を指摘していた。撮り直しするほどでもないが、居合をしている人からしたら気になることだろう。
「アンケート用紙ははずして出がけにボックスに入れておいてください。クリップボードは外の長机にお願いします」
蠣崎監督が声を張り上げる。
翡翠さんは、監督の手を取ってぶんぶんとふるった。
「面白かったわ。さすが、職人監督と言われるだけのことはあるわね。もちろん、腕がいいという意味でよ」
おべんちゃらという感じではなく、心の底からの賞賛だった。
「いやー、CGが加わるとこうも変わるものなんですね。僕も、演じていてあのシーンにはぎこちなさを感じていたんですが、こうして流れで見るときちんと伏線になっていたのですね」
「だろう。演技に出ちゃうとまずいんで、君の台本だけ細工しといた」
「これは一本取られました」
笑い合っている。
……監督、何を仕掛けたんだろう。とにかく、なにか面白いテクニックを使ったみたいだ。
「今までの最高傑作なんじゃないか。蠣崎クロムのお株がまたあがったね」
帯刀さんもほめちぎっている。絵面だけ見ると名俳優と名監督のほのぼのとした光景だ。ただ、酒臭い息が漂ってくるのが玉に瑕だが。
「このあとなんですが、八時頃から近くで花火大会があるんです。うちの屋上から見えるので、ご覧になってはいかがでしょう」
「ああ、ありがとう。ただ、この後、難波で飲み会があるんだ。車は置いていっていいよね。さすがに飲酒運転でつかまるのは格好悪いからね」
「もちろんですよ。楽しんできてください」
いそいそと出て行く帯刀氏。
私とメリーさんもナコちゃんから声をかけられた。
「八時から花火大会があるんですよ。石動さんや、出演した若い俳優さんも参加されるみたいです」
若い女性が自分だけになるのが不安なようだ。
「うん。残ろうか」
「はいなのー」
シアタールームから誰もいなくなったことを確認した監督は、扉の内側から首をのぞかせながら言った。
「僕はアンケートに目を通すから好きにしてて。晩飯は七時に洋食のケータリングがあるんで、こちらも期待しておいてくれ」
そして、監督は扉の奥に首をすっこめたのだった。
現在時刻は三時。夕食は七時。四時間の空白はなんとも中途半端だった。
スマホで検索してみる。ここから犬彦先生の自宅まで約一時間半。往復すると三時間だ。報告をしていたら一時間くらいすぐに過ぎるだろうし、そもそも犬彦先生が自宅にいるという保証ない。報告はメールですませばいいのだ。そうすれば、花火が終った頃に出発しても二時間くらいで家に帰れる。
「とりあえず、あたしは着替えるのー」
そうだった。メリーさんは映画を見る間もずっとブルマー姿だったのだ。
「その格好って、ナコちゃんに勧められたの?」
メリーさんは首を横に振る。
「ううん。衣装の中にあった一番動きやすい服装をしたの」
「羽織袴とかはなかった?」
「あったけど、袴は後片付けが面倒だからやめておいたの。袴のひだを合わせて、紐を折りたたんで、めっちゃめんどうなのー」
心底イヤそうだ。
「それに、アグイ流では、今は洋装が基本なの。いざ戦い、て時にわざわざ江戸時代の服装に着替える人はいないでしょ」
「あ、それ、聞いたことある。薩摩示現流なんかはそうだよね」
「そうなのー。時代に合わせたアップデートなのでーす」
納得のいく話だった。
「サツキも衣装庫を見に来る? たぶん怒られないと思うよ」
この家を仕切る監督はシアタールームにこもりきりだ。私は、メリーさんの後について二階の衣装庫へとむかった。
衣装庫ではナコちゃんが着替え中だった。
メイド服の背中のチャックに手を伸ばそうとしてきりきりまいしている。尻尾を追いかける子犬みたいで可愛い。
「助けてください~」
涙目だった。
「服がぴちぴちすぎて、自分だけじゃ脱げないんです」
当然、助けてあげた。
てか、この子、めっちゃ可愛い。町娘の役を演じている時の演技も可愛かったが、忍者になってからの動きは多分スタントマン――スタントウーマンの動きが凄かったのだろう。本性はドジっ子だ。
「助かりました!」
何度も頭を下げる。
「もう、こういう時は相身互いだよ」
えへへ、と恥ずかしそうに笑っている。
「あっ、しまったのー。メイド服姿の写真を撮って犬彦先生に送ってあげるのでした」
無茶を言うメリーさん。
「そういうの事務所的にダメですよね」と私。
「他ならぬ犬彦先生に送るのならいいですよ」
せっかく脱いだメイド服をまた着始めるナコちゃん。
衣装庫の中で三人で写真を撮る。
「これでよし、と」
犬彦先生への送信を終える。
「てか、これだとまるでコスプレイベントだよねー」と私。
そう、私もめったに着ないドレス姿で、何のために集まったのか目的が謎の集団だ。
「で。このあとどうしよう?」
「もちろん、生駒山上遊園地に行くのですー!」とメリーさん。
「私もご一緒していいですか?」
ナコちゃんがうるうるした目で頼んできた。




