京大生はおことわり(5)
「状況は?」
警官は私たちをチラ見してためらう。雑司刑事が続けるよううながした。
「自室で、梁にロープをかけて首を吊っていました」
「くそっ! 見張りをつけておくべきだった。扉を取り外すと言った時点で気がつかないはずがないんだ」
雑司刑事は、痛恨の判断ミスに顔をしかめる。
「遺書は、あったの?」とメリーさん。
「ありませんでした」
「そう。ところで、執事さんの出身はわかるかしら」
「さあ、そこまでは……」
「仕方ないわね。メイド長と話をしましょう」
刑事でもないのに現場を仕切り出すメリーさん。
「ああ、それがてっとり早い」
すっかり落ち込んだ雑司刑事は、その意見にのる。
私たちが向かったのは、二階のメイドたちの待機室だった。
出勤したはいいが、することがなく閉じ込められたメイドたちは、登場した私たちにオタオタしている。
刑事さんは一番年かさのメイドさんの前に立つと、単刀直入にたずねた。
「執事の岩手氏の出身はどちらです?」
「宮城県です」
「彼について知っていることを全て話してください」
「えっと、何から話していいのか……」
「生い立ちとか職歴とか。本人からを聞いた話を話してください。推測はまじえずにお願いします」
初老のメイドさんは、静かに語り始めた。
岩手氏は農家の出身で、地元の大学を卒業したのち、康造氏の父、紘一氏について選挙運動のスタッフになった。
選挙後は刺木一族が関係する不動産会社に就職したものの、そこの風土が水に合わず十五年ほど前に退職。紘一氏をたよって執事としてお屋敷に入ったという。その生活がよほど気に入ったのか、口癖は「滅私奉公」だったとか。
「ですから、岩手さんの自殺は、殉死なのだと皆で申していたところなのです」
老メイド長は、涙ながらに語った。
「殉死、ですか」
「ええ。ついこの間、ご実家の法要も済ませられて、心が死に向かっていたのでしょう」
メリーさんがたずねた。
「岩手氏が長男なの?」
「いいえ。長男さんは立派な農場を持ってらして、この間もそこでできたおみやげをたくさんいただきました」
ふむふむ、とうなずく雑司刑事。
メリーさんがたずねた。
「そのおみやげって?」
「はい。ハムとかベーコンとか。豚肉の味噌漬けもありました」
「それだ! それってひょっとして生肉の味噌漬け!?」
「いえ。でも、生肉感はありました。低温熟成の、なんとか……」
周りのメイドたちに視線をむける。
「んめあーとん、という商品名でした」
「地元でしか売ってないそうです。ゆくゆくは全国に販路を広げたいとおっしゃってました」
「とてもおいしかったですよ。もう口の中でとろけるようで」
沈んでいたメイドたちが一瞬花やぐ。
「それ、イララギコウゾウ氏も食べたの?」とメリーさん。
「はい。大喜びで召し上がっていました。追加注文をなさったほどです。まあ、これは一週間も前のことなんですけどね」
メリーさんはガッツポーズをとった。
「よっしゃ! 謎は全て解けた!」
メイドさんたちはポカンとしているのだった。
私たちは談話室に入ってメリーさんの話を聞くことにした。ここなら使用人に盗み聞きされることはない。
「……つまり、あなたの推理では追加注文で届いた豚肉の味噌漬けに寄生虫がいて、それが原因で康造氏が亡くなった、それが発覚すると実家に大打撃となるのでそれを隠すために密室トリックを実行した、と?」
雑司刑事の質問にメリーさんは首を横に振る。
「後半は合っていますが、前半は断定しづらいところです。岩手氏は、コウゾウ氏が書斎で亡くなっているのを見て、んめあーとんが死因だと思い込んだ。そこでオツマミの痕跡をなくし密室を作ったのです」
「では、遺言状の件は?」
「あたしの早とちりでした。コウゾウ氏は、ミソラちゃんの教育がいい方向に進んでいると聞いて遺言状の内容に手を加えたのです。最初はおそらく、遺産の半分は兄弟と均等割にしていたのでしょう。けど、書き直しているうちにだんだん怒りが湧いてきて、兄二人の相続権を剥奪しようと決意した。そんな所ではないでしょうか」
「う、うむ。参考にしよう」
刑事さんは、私たちに立ち去るようにとうながした。
私たちは図書室へと向かった。
ゴスロリ仲間ということで、宇宙ちゃんはメリーさんにすっかりなついている。……可愛いヤツめ!
「お父さんのの死因となった寄生虫って何だと思う?」
「あたしは、色んな寄生虫の複合作用だと思っている。アニサキス。アジア顎口虫、回虫。広東住血線虫。住血吸虫。その内の何種類か。グルメの宿命ね」
私は驚いた。
「えっ!? 住血吸虫って撲滅されたのでは!?」
「それは日本住血吸虫。世界各地にはまだ残っているし、これだけ海外との交流が盛んになると、また日本にも広がるかもしれない。あるいは、復活した日本住血吸虫がばらまかれたとか」
メリーさんは意味ありげな視線を宇宙ちゃんに向ける。
「えへへ。でも、それはないの。私の力は、すでに体の中にいる寄生虫を活性化するだけだから」
「え?」
私と右原さんは宇宙ちゃんの発言に驚く。
「君の正体は何なのか言ってみて」とメリーさん。
「罔象女神、井戸女童、井戸童子、好きなように呼んでもらっていいよ。私は、梅雨の井姫という呼び方が好きだけど」
「梅雨の井、というと聚楽第の名水の?」
突っ込まざるを得ない私。実はここ、知る人ぞ知るミステリースポットなのだ。
「そう。千利休が使った名水の井戸。もう涸れてるけどね」
「名水なのに、寄生虫を活性化、またわけのわからないことを」
「説明が難しいのだけど、ネットで調べてみて」
右原さんがスマホを取り出す。
「梅雨の井は昭和二十五年に石組みが崩れてポンプ式に変更、四十年代に地下鉄烏丸線の工事が始まると水は涸れる。平成になってからは井戸があった八雲神社が地上げで壊された」
「そう。私は散々な目に遭ってるんよ。とくに地上げで集まった怨念が強かった。八雲神社って、八坂神社の分社なの。ご神木のモチノキは触ると祟ると言われていたくらいだし。その頃の私は全人類を憎んでいた。疫病で亡ぼそうと思っていた」
「八坂神社というと、明治維新の前は祇園感神院と呼ばれていた神社なのー。その頃の主祭神は牛頭天王なのでーす。牛頭天王は、『巨旦将来』の一族は疫病で亡ぼして、『蘇民将来』の子孫だけを助けた・つまり、救済の神であり、疫病をもたらす神でもあるのでーす」
京都のお守り「蘇民将来子孫」の由来となった説話だ。私も京都学の授業で習った。
「でもまたどうしてこの家の娘になったの?」
私は素朴な疑問をたずねてみた。
その日、梅雨の井のそばに化生した梅雨の井姫は、途方に暮れた。かなりの家が打ち壊され、反対運動の心のよりどころだった八雲神社も更地となっていた。全人類を亡ぼすどころか、最初の拠点すらなくなっていたのだ。
そこで一人の青年と出会う。岩手達朗――首をくくった執事さんだ。
バブル経済の末期。地上げにはまだ、いやがらせや脅迫まがいの手段をとる会社が残っていた。
岩手達朗は、そんな会社に嫌気がさして上司と大げんかをし、「お前はクビだ、出ていけ」と追い出されたところだった。
八雲神社の境内に残ったベンチにすわり、ご神木のモチノキをぼーっと眺めてる。
触ると祟ると言われている木。今までこの木を切ろうとした人間は必ず不幸な目に遭ってきた。むしろ祠の方があっさりと更地になったくらいだ。
夜食がわりに買っておいた菓子パンをカバンから取り出す。
その目の前に、白い和服姿の痩せ細った少女が霧から抜けだしたように現れた。
「そなたが、このあたりの土地を買いあさっている元締めか」
生意気そうな少女の詰問に、岩手はなげやりに答える。
「ああ。今日の夕暮れまではそうだった。けど、今はただの無職さ」
「命拾いをしたな。次の元締めは誰じゃ。そヤツを締めてやらねばならぬ」
「さあな。誰か適当なのが昇格してリーダーになるんだろう。まあ、誰がなろうとただのお飾り、いざとなったらとかげの尻尾切りなんだけどな。……あんたはここの神か何かかかい?」
「うむ。我は梅雨の井姫。この地にアダなす者を血祭りに上げに来た。行く行は全人類を亡ぼす所存」
「そりゃまた大きく出たなぁ。……まあ、これなと喰って頭を冷やしてくれ」
梅雨の井姫の目の前に差し出されたのは、岩手達朗の夜食となるはずだった菓子パンだった。
はむっ。
袋のままかじった。
さすがに咬み切れない。
「ちょっと待て。困った女神さんだな。ちょっと貸してみ」
達朗はビニール袋を破るとアンパンを差し出す。
こわごわかじる梅雨の井姫。
「……なんじゃこれは! 方量も無い甘さじゃな」
梅雨の井姫は、目を丸くしている。
「これは白餡パンだ。全人類を亡ぼしたら、これも食べられなくなるぞ」
「うっ、うっ、それは思いもよらぬ不覚、我の浅慮であった。……ところで、率爾のことで申し訳ないのじゃが、そなた今夜一晩、我を泊めてはくれぬか。あてにしておった社がこの有様では、いかんともしようがないでな」
「いいとも。貧乏アパートの一室だが、それでよければ泊まっていってくれ」
達朗は、貧乏そうな自称女神を自分のヤサへと案内したのだった。




