ハロウィーンの惨劇(4・終)
屈強な警備員に連行されてきたのは、五十がらみの神経質そうな男だった。
黒い帽子をかぶり、真っ黄色な道士の法服を着ている。コスプレと言えばコスプレだが、おそらくこの人は本物だ。威厳が違う。
「シャ先生ではありませんか」
ヤンさんが目を丸くしている。
「ヤン先生、遊園地を出ようとしたところをいきなり引き戻されたのだが、何なんだね、これは」
メリーさんが腰に手を当てて立ち塞がる。
「やっぱり道士が犯人だったのね。わかりやすい衣を着て。さあ、ダーシービエンを出しなさい!」
強気である。
「ダーシービエン? 何だねそれは」
「ティエンペンツィオの形をしている宝具よ! 持ってるでしょ!」
「……」
「ミイラ男の背中にしっかりと形が残っていたわ。藁入りの体を強くぶちすぎたようね」
何が話されているのかさっぱりわからない。
私とかがみんは顔を見合わせる。
「しらばっくれても無駄よ。うちの駐車場には防犯カメラがついていて、あなたがキョンシーたちを誘導している姿がはっきりと写っていたのだから」
「えっ!?」
シャ先生も驚いたが、私たちも驚いた。今までそんな話は一言も出てこなかったからだ。
「ふっ、気がついていなかったようね。さあ、宝具を今出すのなら命だけは助けてあげる。でも、逆らうのなら無常鬼を呼ぶ。あなたはそれだけの大罪をおかしたのだから。生きながら地獄へ落ちるなんて、とんでもなく貴重な経験になるでしょうね」
「……そんなことができるものか。生者は冥界には行けない」
「ふっ、いつから勘違いしていたかしら。ここが現実の世界だなんて」
メリーさんが警備員に命ずると、一人が帽子をとった。
見る見る顔が変形し、羊に――いや、山羊にかわった。
巨大な角が伸びた額。三角のあごひげ。金色の瞳に横長の瞳孔。その顔で無表情に道士に詰め寄る。
シャ先生は額からだらだらと汗を流しだした。膝ががくがくとふるえて今にも崩れ落ちそうだ。
震える手をふところに入れると四十センチほどの飴色の四角い棒を取り出した。
「これがダーシービエンです」
うやうやしく差し出す。それを警備員から受け取るメリーさん。
素材は桃か何かだろう。四方に漢字のようなそうでないようなくねくねした文字が浮き彫りになっている。
「ダーシービエン――シカバネを鞭打つ法具。私も実物を見たのはこれが初めてよ」
メリーさんは、ためつすがめつ観察している。
「で。どうしてこの六甲羊牧場に喧嘩を売ろうなんて考えたの?」
「そ、それは……」
メリーさんは、話が長くなるのを察してか、シャ道士に椅子をすすめ、自分も手近の椅子に腰かけたのだった。
謝霊峯。神戸南京町の道観、翔鳳堂の住持である。といっても、土産物屋や占いの店との兼業の小さな道観だ。
数年前、六甲羊牧場に行ったお客さんと話していて「翔鳳道院」の話が出た。謝先生は「名前が同じなのはたまたまでしょう」と言ってスルーしたが、そのことがずっと心の奥底に残っていた。
ある日、たまたま立ち寄った図書館で六甲修験についての本を見つけた。そこには、明治年間に修験道が禁止されたときに、正法道院の管長が謝霄吉という道士にすべてを譲り渡したと記されていた。二人は、山岳修行を通じて知り合った親友だった。というか、正法道院自体がきわめて道教に近かった。護符の書き方や北斗七星の信仰、『北斗経』の読誦といった共通点。そして、正法道院の行者がめぐる磐座のルートが北斗七星をかたどったものだったのだ。
その後、正法道院は看板をおろして一民家となった。鳥は通ってもバスは通わぬ山奥。が、内実は華僑や修験道の信徒がつどう儀礼の場だった。
第二次世界大戦のあと、新憲法で信教の自由が認められると時の管長は翔法道院の額をかかげた。
そして、高度経済成長にともなう新宗教ブーム。華僑を中心にたくさんの信徒が集まってきた。
その頃の翔法道院は、かなり広い敷地を持っていた。今の六甲羊牧場の全てが含まれるくらいの。
ただ、好事、魔、多し。
神戸の近くに新たな義荘を開こうとして失敗した翔鳳道院は、担保の広大な土地を失い、翔鳳堂とお墓だけを保つことになった。
そして、観覧車が建っている岩石の岡こそ、磐座の道が指し示す北極星の場所、翔法道院のかつての聖地だったのだ。
「そこで、遊園地が破産した時、私はその入札に参加しようとしたのです。ですが、羊牧場の入札額にわずかに及ばず悔し涙を流しました。そして、ヤン先生ののお屋敷にお祓いを頼まれて行ったとき、この計画を思いついたのです。ハロウィーンに紛れてたくさんのしシカバネを送り込めば、また遊園地がつぶれて今度こそ真武台―……この聖地を手に入れられる、と思ったのです」
ヤン先生ののお屋敷、という誤解はスルーするメリーさん。
「よくまもまあ、そんなケガれたことができたものね。かりにも自分たちの元聖地なんでしょ」
「それが…… 真武台にはある言い伝えがありまして。『この地で亡くなった者の魂は天へ向かう列車に乗れる』というのです。葉落帰根――屍が故郷に行くことがかなわずとも、真武台に送れば魂はコンゲンに還ると言われているのです」
「コンゲン?」
謝道士は混元という字と概念を説明する。どうやら真武台への巡礼を果たした死者からはあらゆる魔やケガレが消滅し、その魂は宇宙生命の源へと帰還する、ということらしい。
――まあ、そう言われたら、ゾンビを送り込みたくもなるよね。
「で、ついでに義荘にあふれていた死体を厄介ばらいしたというわけね。『天へ向かう列車』に乗せることで」
「はい」
しゅんとなる謝道士である。
メリーさんは、右手に持ったダーシーピエンをばしばしと左の掌に叩きつけていた。
「ねえ、あふれかえるシカバネなんだけど。もう一度これを使って動かすことはできないかな」
「えっ?」
ぽかんとする謝先生。
「うちとしても大量の死体を放置されるのは困るし、もう彼らは清浄な体なんでしょ。それならどこか別の場所に捨ててもいいんじゃない? どこかの港とか」
「は、ははは。試してみます」
「うまく行ったら今回のことは見逃してあげる。でも、今度またこの遊園地に手を出したら、分かってるわよね。……さ、とっとと行って」
謝先生は、人間の容貌に戻った職員に両側から抱えられるようにして裏口から出ていったのだった。
儀式はうまく行ったようだった。
事務室の壁に掛かった大きなスクリーンには、見覚えのゾンビたちがふらふらと出口に向かうところが映っていた。
十六分割された画面の中の光景は、まるでここが魔界の中だと証明しているような光景だった。その一つでは、観覧車がゆるゆると動いていて、死体の撤去作業が進んでいるようだ。
「ねえ、メリーさん。駐車場の監視カメラってどれ?」
「え? そんなものないわよ」
意外な返事が返ってきた。
「えっと、さっき駐車場の監視カメラで見たって……」
「あ、あれははったり。あたしが見たのはSNSにあがっている写真だけ。入場待ちの先頭に『気合い入りまくりの異様な集団がいる』って投稿。遊園地に入るのに何も話してないって不気味すぎるじゃない。そして、道士が五鈷鈴をふるいながらその団体を先導しているって。目立ちまくりだったのー」
「じゃあ、警備員さんの顔も……」とかがみんがたずねる。
「うん。こういうこともあろうかと用意しておいたマスクなのですー」
「ひえー! めっちゃ精巧だった! 『アルタード・ステーツ』かと思った!」
古い映画を喩えに出す。
……いや、かがみん。多分キミは騙されている。目の前で変身してたじゃん。
「あのー、ティエンペンなんとか、てのは……」
「あ、天蓬尺のことね。台湾での発音なのー」
メリーさんは漢字を説明する。
「天蓬大元帥? 猪八戒!?」
かがみんが鋭く突っ込む。アニオタの知識、恐るべし。
「その前世だよ」と私。「でも、今信仰されている天蓬大元帥は、三つの頭と六本の腕を持った怖い神様らしいよ。それこそ魔物退治に呼び出されるくらいの」
「へーえ」
メリーさんが補足する。
「まあ、あれは形だけ似せたシカバネ使役用の専用法具でしょうね。普通、キョンシーに使ったら、破壊しちゃうでしょうから」
なるほどね。
「で、謎がひとつ残ってるんだけど。観覧車って天に昇ってもすぐに戻ってくるじゃない。『天へ向かう列車』って何なんだろうね。何でそんな伝承があったのかなあ」
「ふっふっふっ、それはですねえ」
メリーさんがニヤリとした。
「ヒント。正法道院の和尚さんが倒した化け猫のことを、世間一般では何と呼ぶでしょう」
「火車」
かがみんが答える。
「あっ!!」
その瞬間、私にはわかってしまった。
……そうか、そうだったのか!
「えっ、えっ?」
今度はかがみんがおたおたする番だった。
「サツキ、説明してあげて」
「こほん。では。火車は中国語だと列車を意味するの。昔の蒸気機関車のなごりね」
「ふむふむ」
「で、その火車が藩主の棺桶をくわえて天空へと連れて行こうとした。明治時代にその話がごっちゃになって、真武台というプットフォームに行けば天へと連れて行ってくれるって話になったんじゃないかな」
「ひょえー!」
驚いているかがみんはとても可愛いのでした。




