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ハロウィーンの惨劇(3)

 私たちは、大観覧車へとつづく長蛇の列の横をすりぬけてその下にある事務室へと向かおうとした。

……無理だ!

 殺気立ったゾンビの群れの横をすり抜けて進むのはあまりにも危険すぎた。

 一旦レストランに向い、適当な職員をつかまえて先導してもらう。職員はメリーさんが名乗ると快く先導を引き受けてくれた。

「すみません、通して下さい」

 職員の呼びかけには誰もが素直に従う。

 おもちゃの兵隊のような遊園地の制服がここまで頼もしく思える時が来ようとは!

 事務室では、何人かの職員が青ざめた表情で頭を抱えていた。

「オーナー!」

 凛ちゃんが立ち上がった。

 いや、全員が、だ。

 そして、メリーさんに敬礼をしている。

 その理由は一瞬でわかった。壁の高い位置にメリーさんの肖像画がかかげられていたからだ。

「何が起きたの?」

 メリーさんの問いかけに、誰もが口ごもる。

 凛ちゃんが口火を切った。

「死体が、出ました」

「はへ!?」

 メリーさんが気の抜けた声で答えた。そこまでの大事は予想していなかったらしい。

 凛ちゃんは続けた。

「観覧車に乗っている全員が死体なのです!」

「はぁ。またまたご冗談をファインマンさん」

 メリーさんはジョークだと思ったらしい。よくわからないジョークで返している。が、私とかがみんにはその場の異様な悲壮感がひしひしと伝わっていた。

「現場を見ていただいた方が早いと思います。こちらにおいで下さい」

 凛ちゃんが先導する。

 私たちも、メリーさんに続いて裏側の扉をぬける。

 そこは、観覧車の降り口だった。

 数人の死体がころがっていた。全員がハロウィーン向けのコスプレをしている。

 ドラキュラ伯爵とその花嫁。魔女のおばちゃんとミイラ男。おそろいのカチューシャをつけた緑の顔の家族連れ。

「最初は、この家族連れでした。私たちは、気絶したものだとばかり思って、大急ぎでラットホームに降ろしました」

「次がこの魔女とミイラ男でした。そして、ドラキュラ伯爵と花嫁。全員の死亡は脈をとって確認しました。そのあとは乗車を微速回転にし、全てのキャビンをチェックしました。現状保持のために他の死体はそのままにしています」

 すごく冷静で的確な説明だった。この子は肝が据わっている。他の職員のようにぶるぶると震えていたりはしない。

 メリーさんは脇の下を確認している。そういえば、何かの推理ドラマで脇の下にテニスボールをはさんで死体に偽装するトリックがあったっけ。

「警察には連絡した?」

「いいえ、まだ。あまりにもことが大きすぎるので。それに、オーナーはアメリカで探偵のライセンスを取得されたとうかがっていますから、まずご相談しようと思った次第です」

「賢明だわ。……まず、死体を調べてみましょう。ゴム手袋とかあるかしら。あと、懐中電灯をありったけ持って来て」

「取ってきます」

 職員の一人が清掃に使うポリエチレン手袋を箱ごととってきて差し出す。

 メリーさんはまず、家族連れの検屍から始めた。まるで生きているように見える死体だ。全身をひんむかず、少しだけ衣服をはだけてチェックしている。

「外傷はなし。サーモンピンクの死斑。……サツキ、においはどう?」

「卵が腐ったように臭いがする」

 そう。人形の怪異であるメリーさんは、臭気にはかなり鈍感なのだ。多分、味覚も。

「カルボキシヘモグロビン……」

 メリーさんは、呪文のような言葉をつぶやく。

「一酸化炭素中毒ね」

 家族全員の簡単な検屍を終える。

「次。魔女とミイラ男」

 魔女の指輪と首飾りを調べる。

「これはイミテーション。コスプレ用ね。魔女の首には索条痕(さくじょうこん)あり。ミイラ男は…… 腹部にかちかちに固まった血のあとがある。これは刺されたからかもしれない」

 メリーさんは、魔女の口を開いて中をのぞく。めちょっ、といった感じで糸を引いている。

「臭いは?」

「ものすごく臭い。まるで香水をかけた生ゴミのよう」

 ミイラ男は…… けっこうな高齢者のようで、老人特有のカビ臭いにおいがした。嗅いでいるだけでこちらまで年をとってしまいそうだ。

「次、ドラキュラ伯爵と花嫁。あー、これは明らかに胸に打ち込まれた杭が死因なのー」

 そして、お腹を押しながらぶつぶつとつぶやく。

「おかしい。こんな死体があるはずがないの!」

 二人の口の中を調べてから考え込む。

「……サツキ、臭いは?」

「えっと、何と言うか、古本とか藁の臭いがします」

「でしょうね。この死体の喉には、藁が詰まっているもの」

 花嫁は、ベールをとって確認する。

「撲殺!? にしては出血が少ない。どこかから運ばれた!? そんなものを運んでいたら、観覧車に行くまでに目立ってしかたないよね」

 そして、背中に残った棒状の痕跡に目をこらす。

 メリーさんは、念のためと言いつつ職員にたずねる。

「観覧車乗り場に誰かが等身大の人形を抱えてきたらどうする?」

「絶対にのせません」と異口同音に答える。

「残りの死体も調べた方がいいわね。あと何人か調べてみないと」

「えっと、それは死体を取り出すということでしょうか」

 目を丸くする凛ちゃん。

「そう。あと三セットだけ調べさせて」

 私は、気難しい顔をしたメリーさんにおそるおそるたずねた。

「ひょっとして、全員、死因が違うとか?」

「かもしれない。……でも、全員、誰に支えられるわけでもなく観覧車をめざして歩いてきたのよね。絶対にありえないことなんだけど」

 職員たちがうなずく。

「結論を出すのはまだ早いかもしれないけど、一応、あたしの中では結論は出ている。残りの三セットはその確認。ほら、全員の背中に何かで叩いたような痕があるでしょ。これがヒント」

「何なんです?」

 かがみんが空気を読まずに結論をせかせた。

「……全員、ゾンビ!」

 えっ!?

「というと、全員がゾンビで、ここまで自分の足で歩いて来て観覧車に乗り込んだ、と?」

「で、観覧車の中で全員死んだ――いえ、永眠についた、ということでしょうか?」

「そう。動機はおそらくいやがらせ。観覧車で大量の死体が出たとなったら、ここの経営は破綻する。おそらくそれが狙い。……ヤン主事を呼んで」

 メリーさんが厳命した。


 さらに三セット、検屍が続いた。

 頭に斧を突き立てられたフランケンシュタインの怪物。めちゃくちゃよくできたキャットウーマン(おそらくは服毒死か窒息死)。人気アニメのコスプレをした女子たち(おそらくはキャバ嬢。死因は絞殺一名、リストカット一名、嘔吐物による窒息死一名、死因不明一名)。そして、ゾンビーナース。全員の背中に棒状の痕が残っていた。

「大体の死因はわかったわ。てんでばらばら、死後の経過時間もばらばら。それが一斉に観覧車で死んでしまうなんて、普通ならありえない」

 場所を観覧車の管理室に移す。

 メリーさんの苛立ちにびくりとするヤン主事である。さっきメインの管理室か来たばかりなのだ。

「ところで。六甲羊牧場って、どこかに恨まれていたりする?」

「いえ、そんな」

「汚水や産業廃棄物でもめたことは?」

「いえ。専門業者によって適切に処理させております」

「遊園地の取得でもめた所ってなかった?」

「公平な入札でした」

「四不象に命を狙われるような覚えは全くなかった?」

「めっそうもございません。ごく普通の人間として平々凡々に暮しております」

「四不象の死体って、きちんと焼却したよね。まさか何かの餌に混ぜたりとかしてないよね」

「はい。きちんと燃やして炭と灰にいたしました」

 うーん、とうなるメリーさんである。顎に指を当てたままフリーズしてしまった。

 私はヤンさんにたずねてみた。

「メリーさんの館を道士にお祓いしてもらったってきいたのだけど、その人ってどこの人なんでしょう?」

「神戸南京町のシャ・ムキ先生です。有名な方ですよ」

「ひょっとしてその人、義荘の経営をしていたりしません?」

「ギソウ?」

「中国語だとイーチュワン」

 大学で習ったとおりに、チュワンはきちんと捲舌音と鼻韻母で発音する。

「はぁ」

 ピンと来ないようだ。私の発音がよくなかったか。

 メリーさんが補足してくれた。

「故郷に送るまでの間、棺桶を預けて置く場所のことでーす。さつきのおかげで、犯人が使った手段がわかったの。……今すぐ園内放送を使いたいんだけど、いいかな」

「はい、こちらをどうぞ」

 凛ちゃんがマイクを差し出した。

「あっ、その前に、全ゲートに係員を配置して。逃げ出そうとする者がいたらふん捕まえてって伝えて。駐車場のバスが空で逃げ出そうとしいたらそれが犯人」

「はいっ!」

 職員たちが動き出した。インカムでの伝達はすぐにすむ。

「警備員の配置が完了しました」

 その言葉にメリーさんがニヤリとした。

「それじゃ、いつものチャイムを鳴らして!」

 凛ちゃんがコンソールのボタンを押した。

 ピンポンパンポン。

「えー、六甲羊牧場にご来園の方の呼び出しです。ニー・ハイスーダ・タオシー!……」

 メリーさん、いきなりぶちきれました。

 結構、長い罵倒が続きました。

 最後の「把你送入地獄パーニースンルーティーイー!」は私でも聴き取れました。

 そして、放送のボタンを切るメリーさん。

「これで細工は流々なのでーす!」

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