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ハロウィーンの惨劇(2)

 夕食は、早めに羊食堂でとった。

 名物のラムステーキゴルゴンゾーラソース添え。牧場の敷地でとれた野菜もたっぷりだ。

「産地直送なのですー」とメリーさん。

「それを言うなら地産地消だよ」と私。

……ん、ちょっと違うか。

「でも、さっきまで遊んでいた羊さんを食べるのかと思うと、ちょっと心苦しいですね」

 そう言いつつラムステーキをほおばるかがみん。……お前は天然か!?

「食物連鎖が命をつなぐ――それが娑婆(しゃば)世界のルールなのー」とメリーさん。

 てな話をしていると、外のスピーカーからピンポンパンポンというチャイムが鳴りアナウンスが響いた。

「ただ今の時間をもちまして、当牧場の通常営業をおわります。皆様、気をつけてお帰り下さい」

 ドボルザークの『新世界より』の第二楽章が流れる。いわゆる「家路」だ。これを聞くとどうしても家に帰りたくなってしまう。

 これはまずいと思ったのか、レストランの中には陽気なワルツ曲が流れはじめる。これで外の音はかき消された。

 デザートのアイスが出るのを待っている間、スマホで今後の動きを確認する。

 更衣室には、観覧車の向こうにある多目的ホールがあてられている。メイクの場所もそこにあった。遊園地時代にはお化け屋敷や展示会、上映会、雨天のライブ会場にも使われていた場所だ。私たちはここには寄らず、再度観覧車に乗ることに決めた。百万ドルの夜景は見逃せない。

 コスプレコンテストには、ネットで写真をあげて参加する。審査員には有名コスプレイヤーが呼ばれていた。結果発表で私たちが審査台に上がる可能性はまずない。ハロウィーンに合わせた怪物系のコスプレが選ばれるはずだ。そして、版権物のコスプレが入賞する可能性はまずない。私たちが狙うのは「爪痕を残す」――というか、単なる「記念受験」なのだ。かがみん曰く「応募者一覧に乗るだけで目標達成!」

「優勝はアルパカのセーターなのですぅ」

 メリーさん、賞品に目が行っている。確かにデザインが可愛い。てか、お前さん、着る機会があるのか!?

「いや、さすがにそこは自重しないとだめでしょ。オーナーなんだから」

「羊毛のふとんも可愛いのですー」

「それも誰かにあげようよ」

「ぐすん」

 などと言っていると、早くも園内入り口のレジに人が並び始めた。先んじてコインロッカーにかけつけ、更衣スペースに飛び込みたいのだ。

「一度外に出て再入場するってのはどうかな」

 私の不用意な発言に、メリーさんとかがみんが「ダメ」と声をそろえる。

「おそらく外には入場待ちのゾンビたちが長蛇の列を作っているのです」

「そうですよ。コスプレイベントの部だけをめざして来た人もいるんですから」

 ようやく会計をすませた私たちは、園内に出て目をしばたかせた。

 見渡す限りのゾンビ。

 そして、たまに狼男にドラキュラ。

 ミニ恐竜にキノコ人間。

 キョンシーにキャットピープルに巨大ロボット!?

 コスプレのまま車で来て入園した人たちだ。

 日本橋ストリートフェスタもかくやという人の多さだった。あちらは更衣室代が必要だが、こちらはコスプレでの入場でもOKなのだ。


 とりあえず私たちは観覧車に向かった。

 昼間来た時の数倍の混みようだ。どうやら誰もが、まず「百万ドルの夜景」を見ておこうと考えたらしい。

……合成の誤謬か!?

「ただ今、観覧車は二時間待ちとなっております」

「着ぐるみでの観覧車への乗車は禁止です。中での化粧、血糊の使用、飲酒は禁止です」

「係員の指示に従っていただけない場合は、乗車はおことわりしております。その場合、チケットの払い戻しはありません。後日のご使用となります」

 悲痛なアナウンスが流れる。

 すぐにアナウンスが切り替わる。

「本日の観覧車は、すでにチケットが売り切れています。繰り返します。本日の観覧車は、すでにチケットが売り切れています」

「あちゃー、やられましたー!」

 かがみんが見えない扇子で自分の額を叩く。

「どこか遊べそうな所ってないかなあ」と私。

「ジェットコースターとかフリーフォールは撤去されているのー。プールはこの季節にはあいてないし……」

 スマホを拘束でいじるメリーさん。

「確か、ティーカップは動いているはずなのですぅ」

 観覧車に続く道から分かれた道を下る。

 騒音が出ないという理由から撤去をまぬがれた数少ない施設だ。

……動いてはいましたが、猫の着ぐるみ軍団――ティーカップ・キャッツが占拠していました。

 半ばやけになって彼らと写真をとり――いえ、楽しくはあったんですけどね――次の場所へ。

 廃墟商店街(実はレトロゲームの宝庫)をぬけて古寺の屋外セットへと移動。

 そこで可愛い幽霊たちと遭遇する。中学生くらいだろうか、とにかく可愛い。

 彼女たちとも記念写真を撮って、セットの中も見て回る。

 そこには位牌や骨壺がいっぱいあって、ホラー感が激強(げきつよ)だった。

「不気味さがひとしおですね」とかがみん。

「ホラー映画のロケに使えそうなのですー」とメリーさん。

 網をかけた古井戸があったり、忍者屋敷みたいな仕掛けがあったり、上下が反転した会食の間があったり。

 一番奥には憤怒の顔の猫の像が仏像の代わりに安置してありました。


 ここの自販機で参拝記念の冊子をワンコインで買う。昔の遊園地の写真集や絵はがき、『六甲修験の歴史』なんて高そうな本もあった。

 さらに奥にすすむと、やたら天井が高い台所があった。広さは二十畳ほどもあるだろうか。中央には空中にしつらえられた棚があって、大黒天を中心に色んな神仏が祀られている。

 周囲には巨大なかまど――おんくどさん――があった。お茶用の釜もある。壁には巨大な木の札や柄杓が掛けられている。

 さらに奥へと向かう。破れ放題の障子に(ふすま)。そして、幽霊画の掛け軸(とられないかと心配だったけど、よく見たら壁に貼り付けられていた)。ここだけ蛍光灯がついて妙に生活感があった。

 遊園地のセットにしてはやたら本格的だった。柱の材木が太くて黒光りしていたりする。「ほんまもんの京都生活」で過ごした町家(まちや)がミニチュアに思えるほどの豪壮さだ。。

「ここ、元々は本物のお寺だったんじゃないかな」と私。

「かもしれないですね。遊園地ができる前は、ここは六甲修験のお寺があったっていいますから」

 記念冊子をめくりつつかがみんが答える。

 入り口に戻る。

 メリーさんが、玄関に掛けられた黒ずんだ扁額を見つめる。

「篆書か隷書でこう書いてあるのー」

 地面に枝で書いてみせる。奇をてらわない隷書だったので、これは私にも読めた。

「翔鳳道院」

……なんか聞き覚えがあるような

「ショウホウドウイン?」

 かがみんが「あっ」と声を上げた。

「遊園地ができる前にあったお寺の名前です。この冊子にも載ってました。これは、いいネタになりますねえ」

 そして、自撮りで解説を始めた。

「ここ、翔鳳道院の建物は、今も六甲羊牧場の一角にありました。ここの創立にはある化け猫のお話がかかわっているのです」

 扁額をクローズアップ。

「元々、翔鳳道院は『正しい法の道の院』と書く小さなお寺でした。そこの和尚さんは一匹の黒猫を可愛がっていたのです。猫はスズメやネズミをとることで、寺の畑と仏像と経典を守っていました。時には袈裟をかぶってはおどって見せ、月夜の晩には近所の猫たちを集めて和尚の代わりに説法をしたのです」

 思ったよりもファンタジーな話だった。

「黒猫はたまにいなくなり、数ヶ月後にがりがりになって帰って来ました。和尚さんは『修行をして来たのだな』と温かく出迎えるのでした」

……猫アルアルだね!

「何年かがたち、大飢饉の年。托鉢にまわっても何も食べ物が手に入らない日々が続き、和尚さんはついに飢え死に寸前にまでなりました。すると、袈裟をかぶった黒猫が言いました。『明日、明石藩の藩主の葬儀が行われます。そこで、葬列の後についていき、托鉢をなさいませ。きっといいことがあるでしょう』。そこで和尚さんは黒猫の言うとおりに最後の力をふりしぼって托鉢へと出向きました」

 かがみんが語ると子供向けの絵本の読み聞かせになってしまう。

「その日は朝は晴れていたのですが、昼頃になると一天にわかにかき曇り、暴風雨で葬送の列も進めない有様となりました。葬儀を先導する僧侶たちは数珠をもみ読経するのですが、一向に効果がありません。そればかりか、黒雲の中から人の背丈ほどもある化け猫の顔が出てきて藩主の棺桶をくわえて飛び去ろうとしたのです。そこで、和尚さんが不動明王の真言を唱えて寺の宝である数珠を投げつけて一喝すると、化け猫は棺桶を口から落として姿を消したのでした。たちまち黒雲も消え、暴風雨も夢幻のように消えたのです」

……これじゃ、日本昔話だよ。

「和尚さんは、次期藩主の一行に手篤くもてなされ、数日を藩主の舘ですごしました。そして、かなりのお布施をいただいて寺に帰った和尚さんは、寺の縁側に額から血を流した黒猫の死体をみつけたのです。そのそばには、和尚さんがなげつけた数珠が置かれていたのでした」

……うわっ、このオチはわかってたけど泣くわー!

「それはつまり、黒猫は化け猫だったということなのですね!」

 メリーさん、それは言わぬが花、というものですぞ。

「で。正法道院から翔鳳道院にかわった理由は?」

「明治五年の修験宗廃止令ですね。神仏分離令の一環で正法道院は寺として残り、その後、いろいろとあって、南京町の大旦那が取得、道教系の翔鳳道院として維持し続けたそうです」

 ピンポンパンポンというチャイムが鳴りアナウンスが響いた。

「急なお呼び出しで申し訳ありません。お客様の中にミズ・メリー・ウィンチェスター様はおられませんでしょうか。おられましたら、至急、大観覧車下の事務室までお越し下さい。繰り返します。ミズ・メリー・ウィンチェスター様、至急、大観覧車下の事務室までお越し下さい。」

 凛ちゃんの声だった。切迫した声だ。

「あれっ、観覧車が止まっている!」

 かがみんが夜空を見上げて言った。

……確かに!

「これは、事件の予感がします!」

 メリーさんが拳を握りしめた。

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