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ハロウィーンの惨劇(1)

「六甲羊牧場って知ってます?」

 マンションの玄関ホールで会ったかがみんにとうとつにきかれた。

 きらきらした目で上目遣いをしている。これは、何か頼みたい時の顔だ。

「うん、知ってるよ」

「そこでコスプレコンテストとハロウィーンパーティーがあるんですよ。一緒に行きませんか?」

 お願いー、という感じで両拳を口元に当てている。たぶん、この顔でお誘いされたらどんな男でもイチコロだろう、などと思いつつ。

「う、うーん」

 私は躊躇した。あそこは、四不象の件でいやな思い出があるのだ。

……でも、まあ、事件が起きたのは敷地が別のメリーさんの舘だし、まあいいかな。

 かがみんは説明を続ける。

「夕方から夜にかけてのイベントなんですけど、夜は神戸市内のビジネスホテルかどこかに泊まって、翌朝帰ればいいと思うんですよ」

 身をよじらせてお願いオーラを出している。

「うん、たぶん行けると思う。いつもの地雷ちゃんの親友コスでいいのかな」

 かがみんの顔がぱーっと明るくなった。

「ところでかがみん、あの牧場って、メリーさんがオーナーだって知ってた?」

「はへっ?」

 かがみんはぽかんとした。

「本当の話だよ。本人にきいてみてよ」

「はい、そうします」

 もちろん本当でした。


「それじゃ、あたしの舘に泊まっていけばいいと思うのー」

 のほほんと言うメリーさん。

「ありがとうございます!」

 心底嬉しそうなかがみんだ。

 この展開は予想しておくべきだった!

「あそこかぁ。ちょっとイヤな思い出があるしなあ……」

 本当はトラウマレベルの事件だったのだけど。

「それは大丈夫だよ。きちんと道士に来てもらってお祓いもしたし。……ってヤン主事は言ってた」

 メリーさんはあっけらかんとしている。

……お前に人の心はないのか!? いや、まあ、元々怪異だからないのかもしれないけど。

「えっ、何、何!?」

 かがみんがくいついて来た。

「ミスティックムーンナイト」のネタにされたら大変だ。ここはうまくごまかしておかないと……

 メリーさんがからかうように言った。

「凛ちゃんのことでしょ。安心して。あの子、牧場にかえって来たから」

「はあっ?」

……まさか、四不象が復活した!? てか、そうなるとヤンさんはどうなったの!?

 訊きたいことはたくさんあった。

「凛ちゃん、近くの森の中を記憶喪失でうろついていたんだって。で、ヤンさんが保護したんだって。今は普通に働いているよー」

「何が、あったの!?」

「おそらく、四不象(ヤバイノ)が形を借りたの。その時に記憶もすっくり奪った」

「てか、働かせていい年だっけ!?」

「うん。日本では中卒から働けるよー。神隠しにあってた期間もあるし、それを加算したら無問題(モーマンタイ)

 ブイっ!

 確かに問題はなさそうだ。

「神隠しって?」

 かがみんが目を輝かせる。

「うん。ちょっとした知り合いの話」

「そうなのでーす。これはプライバシーにかかわる話なので、部外者には秘密なのでーす」

 引き下がらざるを得ないかがみんだった。


 というわけで、ハロウィーンイベントの当日、私たちは電車とバスを乗り継いで六甲羊牧場についた。

 昼間は動物と触れ合って、日が暮れてきたら一時間ほど閉園。神経質な動物は畜舎にしまって、そこからがコスプレイベントに切り替わる。レストラン利用者は精算時に割引料金での再入場をするかどうかが選べる。出口が分かれているのだ。こうすると、晩飯組は金を落としてくれるし、イベント参加費も取りっぱぐれがない。なかなか考えてある。

「でもね、一つだけ難点があるんですよ」とかがみん。「昼間はコスプレ組は観覧車に乗れないんです。荷物の制限もあるし。ねえねえ、オーナーのお力で何とかなりませんかー」

 苦笑するメリーさん。

「たぶん、何らかの理由があってそう決めたのだろうし、あたしの一存では何とも言えないのー」

「でも、でも。せっかくの撮影日和なのに……」

「ほら、長物とかもあるし、血糊メイクとかでゴンドラの中を汚されたくないんじゃないかな。密室だからって着換える子とかもいそうだし」

 私の推測にかがみんはへこむ。

「軽いお化粧くらいなら許してもらえると思うのー」とメリーさん。「知らんけど」

……大阪人か!?

 ヨーロッパの田舎を模した建物群をぬけて牧場エリアに入る。

 気を取り戻したかがみんは、動画撮影に入った。

 羊コーナーはワンカットできりあけげて、リャマとアルパカとビクーニャの南米ラクダ科コーナー(野生種のグアナコはさすがにいない)へと行く。やはり珍しい動物の方が視聴率につながるのだろう。

 カラフルなポンチョをまとったインディオの係員が案内してくれた。男性はチュジョ(耳当てつき帽子)、女性はカラフルなモンテーラ(丸い帽子)や山高帽をかぶっている。

「わお! 本格的な制服なのでーす!」

 興奮したメリーさんは、スペイン語ではなくケチュア語かアイマラ語で話しかけている。

 職員の人は最初は驚いていたが、とてもフランクに話し始めた。ジョークを言ったのか笑い合ったりしている。

「あとで一緒にチッチャを飲まないかってさそわれたのでーす」

 チッチャとは、現地で飲まれている微発酵のトウモロコシ酒のことだ。今では製品化されてネット通販でも買える。

 こういう交流は、私にはうらやましい限りだ。かがみんはその様子をにこにこしながら撮影している。

 そして、大観覧車へと向かう。

「うわっ、すごい列!」

 老いも若きも並んでいる。

 元々は、羊牧場の隣りにあった遊園地の目玉だったとか。

 神戸の街と大阪湾が一望出来る、高さ百二十メートルの巨大観覧車。ゴンドラの数は七十二基。各定員は六名。バブルの頃に計画され、デフレ経済最悪期に着工、完成したのはいいけど、落雷で電源が壊れて観覧車はほぼ役に立たず。その後、遊園地は粗放経営で倒産してしまった。以上、ネット情報。

「羊牧場が買いとって敷地に組み込んだのー。いわば居抜き物件ね」

 メリーさんが得意げに説明する。

 でも、おそらくその事業を推進したのは(ヤン)一族だ。多分、メリーさんはハンコをついただけ。

「避雷針を立てて落雷対策をして、発動機は最新のものに取り替えたんだって。最初から建造するよりはよほど安上がりだったそうなのー」

 コインロッカーに荷物をあずけてから私たちも行列に並ぶ。優先パスがないあたり、平等主義日本という感じだ。

「『ファンタズム』の地獄の世界を思い出すのですー」

 メリーさんが昔の映画を引き合いに出す。

「そんな不吉な」とかがみちゃん。

 青い制服を着た職員が持ち物チェックと携帯型金属探知機での保安検査をしていた。

「あっ、凛ちゃん!」

 私は思わず声をかけてしまった。

「えっと、こんにちは」

 作り笑いをする照根凛ちゃん。どこで会ったのだろうと必死に考えているようだ。

「元気そうでよかった!」

 私は適当にとりつくろう。

 そして、メリーさんの番になると直立不動で敬礼した。

「ミズ・ウィンチェスター。ご来臨、ありがとうございます」

 その声に、他の職員の空気感もピリつく。

「楽にして。今日は遊びに来ただけだから」

 金属探知機がメリーさんの左下腕部に反応した。が、もちろんフリーパスだ。

「厳重なチェックなのね」

「はい。たまにナイフとか危険な物を持ち込む人がいますから」

 横では、カップルが組み立て式のライフル型モデルガンと手錠を没収されていた。もちろん、預かり証と引きかえにだが。

……何を撮影する気だったんだか。

 保安チェックの停滞を脱けると後は割と楽だった。

 階段をのぼってゴンドラに乗り組むプラットフォームへと進む。ここに来ただけでもかなりの高さだが、周囲を見ても山並みに阻まれて肝心の景気は見えない。

「ここはかつて修験道の聖地として知られたショウホウドウインがあった場所です。ショウホウドウインには面白い伝説があって……」

 かがみんは必死でナレーションを入れている。が、風音とゴンドラがきしむ音が強くて同時録音はできていないらしい。それでも必死で話し続けているのは、あとで別録のナレーションをかぶせるつもりなのだろう。そういえば、遊園地の陽気な音楽も常に流れている。ネットテレビでも著作権に厳しいので、同録は初手からあきらめているということか。

 ナレーションに一区切りがついたところでかがみんの袖を引っ張って先に進ませる。後ろの視線が痛い。

 そして、十八分の空の旅に出発する。

 六人掛けとはいうものの、ミニバンタイプのタクシーほどの広さだ。そこを三人で占有する。

「よい空の旅を」と職員さんがにこやかに送り出してくれた。お辞儀するとともに「ガチャリ」という錠が閉まる音がする。

「閉じ込められたのー」

 メリーさんが不穏なことを言い出す。

「そりゃそうでしょ。中から空けられたら自殺する人とかいるかもしれないし」

「そうですね。それじゃ、録画を再開しますね」

 かがみんがスマホを手に周囲を撮影し始めたのだった。



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