幻術茶屋(2)
というわけで、私は女子会を開くことにした。
蓮見杏奈ちゃん、天王寺澪さん、山口寧々さん、支倉かがみちゃん、そしてメリーさん。
京都文化大学、京都大学、立華女子大学、京都美術大学、京都文化大学講師、という全く違うベースに生きている人たちだ。共通点はメリーさんと私の知り合いということ。あとは、当日予定が空いているか、と、参加費を支払えるかどうか。無料招待券とは言っても飲食代は別だ。それでも、席料が只、というのはとてもありがたい。
あらかじめチケットの二次元バーコードで席と滞在時間を選択しておく。これはすでに済ませてある。
予約の十分前に四条河原町の嘉月堂本店前に集合。そろったところで裏通りへと入って行く。
「しのぶ会館」という有名な飲み屋ビルの角を西に向かって曲り……
実はこのあたりで私は方向がわからなくなっている。あとは、うにょうにょと進んだら幻術茶屋の入り口だ。
もう少し先に行ったら新京極商店街、そこを少し進んだら錦神社。その鳥居が両側の建物にぶっささっている有名スポットのだがそれはさておき。
幻術茶屋は、意外にも灰色のビルの中にあった。敷地内に大きな提灯が二つ出ていて、「幻術茶屋」という達筆の文字が記されている。
私はスマホの画面を門番のような出で立ちの店員さんに見せる。「蘇利古」や「安摩」の面のような化粧をした店員さんが案内についてくれた。服装は、作務衣に水干を着けている。こういう演出が嬉しい。そこで軽く「撮影録音の禁止」「SNSへのネタバレ禁止」「携帯の電源はオフにしておくこと」という注意を受ける。
メインの食堂は、緩い折り返しの斜路を下った先、神社の扉のような防音扉の向こうにあった。通路もすべて竹林風になっていて、まさに幽玄の世界だ。
扉を開くと、そこは音楽と光の目くるめくページェント。
……ページェントって何かときかれたら困るのだけど、『てくてく京都』にはそう書いてあった。たしか「きらびやかで壮観なパレードやイベントを指す言葉」だ。
「ようこそ、幻術の世界へ」
蘇利古に加えて、烏天狗の面と装束をつけた店員さんが出迎えてくれた。『てくてく京都』情報では、幻術茶屋には京都の伝統産業が出資していて、使う衣装や小道具は本物の修験者が使う物なのだとか。……在庫整理!?
「すごいのでーす! ワンダホー!」
メリーさんが期待通りの反応を見せてくれた。
ボックス型の席に案内される。舞台がほどよく見えていい位置だ。
ナレーションが始まる。
「時は室町末期。京の街に一人の若き修行僧が現れた。名を七宝行者、のちの果心居士である」
八坂神社の西楼門の階段下で地獄絵図を掲げて絵解きをする行者のCG。あるいは実写の合成。それを輪になって見る庶民や武士。
「筑後の生れで奈良の元興寺で修行していた七宝行者は、やがて外法の幻術に夢中になって破門された。そして、京の都で自らの教えを広めようと辻説法をはじめた」
ナレーションの間に先付けが配膳される。店員さんはてんやわんやだ。
澪さんは、ナレーションにふむふむとうなずいている。
飲み物は自分のスマホから注文する形式だ。メリーさんが操作の途中で分からなくなったと言うので私が操作してあげた。
「こんなの、音声認識にすれば早いのでーす!」
ごもっとも。
「オペレーションがよくないですね。配膳もユーザーインターフェイスも」
杏奈ちゃんが容赦なく突っ込む。
なんとか飲み物の注文をすませる。飲み物がそろったところで小声で乾杯。
先付けの蓋を取ると、ふろふき大根にごぼうの甘煮といった京料理だ。
寧々さんは、「こんなん食べたの久しぶりやわあ」と満足げだ。
メインは『てくてく京都』で紹介されていた大膳料理ではなく、コース料理になっていた。たぶん、テーブルの大きさが原因だろう。内容は、淀の鯉のなます、水野の沢の根芹(水野ってどこだろう。伏見区の水野左近?)、八幡の筍の焚いたん山椒の葉のせ、甘く煮た丹波黒豆 、蕗の佃煮、鯖寿司、鱧の落とし梅肉あえ、 鰆の西京焼き、お豆腐のタルタルソースのせ(!)、など。
「ほんまの和食やん!」
澪さんが感動している。
お酒は英勲と月の桂とを注文した。おちょこはとりあえず人数分。
飲めない子には、宇治の煎茶とほうじ茶が出た。至れり尽くせりだ。
いい感じに酔ってきたところで、舞台では火芸、水芸、太神楽といったパフォーマンスが披露された。立体音響の祇園囃子が耳に心地よい。
「時は天正十五年……」
ナレーションが年号を言うとすぐに澪さんが突っ込む。
「室町幕府が滅亡して十五年。時のたつのが早すぎやよー」
寧々さんが「そこはフィクションということで」となだめる。
酔いが回ってきた私は、かがみんをからかっていた。
「どう? 何かコスプレにしたい衣装とかあった? 創作意欲、わいてきた?」
かがみんは、ちょっと困惑気味だ。
「うん、参考にはするよ」
メリーさんは一人静かに微笑みながら手酌をしている。元々が人形の怪異なので、この子はザルなのだ。てか、英勲はあんた一人の物じゃない!
やがて、プロジェクトマッピングは秋の紅葉から冬の雪景色へと移りかわる。それとともに世界が吹雪にみまわれる。落ち散らばっていた紅葉もいつの間にか消えて霜柱の立った地面へと変化していた。館内にも冷気が感じられる。なかなか凝った演出だ。
舞台には、ピエロのような水玉模様の水干を着た人物が現れた。顔全体に陰陽マークの模様を描き、一身にスポットライトを浴びる。
「さては皆さんご覧じろ。果心居士が幻術をご披露いたしますぞ。しばし箸と盃を置きたまえ」
そして、皆の視線が集中したところで扇を広げ、超ハイスピードの雅楽に合わせて滑稽な踊りをはじめる。
「さあさ手が伸び脚が伸びるぞ、どんどん伸びるぞ」
……えっと、何ですか? 私の手足がキリンみたいに伸びているんですけど。
「と、思えばそれは幻。そなたらの体は大きくふくらみ鬼のような屈強な姿になるのじゃ」
……されてしまった! 腕がぱんぱんで、服の袖がはち切れそうだ。
これは凄腕の催眠術師だ!
「かと思えば、今度は小さくなって、どんぐりころころどんぐりこ。鼠穴にも転がり込みそうな小ささになったのでございます」
……は、箸が遠い! というか、体が動きにくい。丸で夢の中だ。
幻術師は、パン、と手を叩いた。
感覚が正常に戻る。
「まずは手慣らしのほど、ご堪能いただけましたでしょうか」
人々のざわめきに満足そうだ。
「続きましては、皆様の目の前に現れ出でる今一番会いたき人」
舞台では大きな扇を持った天狗面の人が現れて、虚空に向けて大きくさし招く。
すると、天界からあまたのきらめく光が降り注ぎ……
「お婆ちゃん!」
目の前には、大学への合格が決まったすぐ後に亡くなったお婆ちゃんがにっこりと微笑んでいた。
「彩月、楽しそうでよかったよ。私はあの世からずっと見守っているからね。あんじょういい人生をお歩み」
杏奈ちゃんの前には柔道着姿の岩熊さんが立っている。
「君を一生幸せにする。だから、卒業したらすぐに結婚してくれ」
ひざまづいて婚約指輪を差し出している。
と思ったら、別の人が現れた。
「ちょっと待ったー」
コック姿なのは厨房の人ということだろう。いい感じの中年のおじさんだ。
「僕と一緒にレストランを開こう。君とならいいパートナーになれると思うんだ」
口元にこぶしをあてる杏奈ちゃん。目が泳いでいる。
……二人の間で心が揺れているのね。
澪さんの前にはアマリ会長がいた。学会に行った時のスーツ姿だ。
「今までいろいろとすまなかった。ようやく人生の道筋がついた。これからは君との時間を大切にしていくよ」
「いえ、そんな。私は無理しろとは言いません。どうか今まで通り研究に専念して」
……何かリアルな会話をしている。幻術に飲み込まれた感じだ。
山口寧々さんの前には大天使教の祭司服を着たお爺ちゃんがいた。
「すまんな。心配をかけてしもうた。そやけど、わしはもうなごない。今生の別れができんでも、どうかこらえてくれ」
寧々さんは、本気で泣いている。
かがみちゃんの前にはマジカルメイルとピコ太がいた!
「私のこと忘れないでいてくれてありがとう。でもね、人はいつか大人になるもの。私は本気でかがみちゃんのことが心配だよ」
「そうだよ。夢はいつかは醒める。君はこれからの生き方としてどんな道を歩みたいの?」
何か二人に説教されている。
メリーさんの前には……
誰も出ていなかった。
ただ、酒杯を手に私たちの姿を不思議そうに見ている。
「これ、おいしいのです-」
そして、丸い瓜の煮物の最後の一切れを頬張っている。幸せそうだ。
……金星人さん、完全にふられたな。
お婆ちゃんが言った。
「世の中には他人をだまそうという人が一杯いるんよ。他人を信じすぎんように、賢く生きなさい」
「はい」
「いい男を見つけたら、ちゃっちゃとつかまえて、安楽に暮しなさい。結婚がつまるところ女の幸せですよ」
「は、はい」
それは、本当にお婆ちゃんが言いそうなことだった。
コースのシメは水羊羹と水まんじゅうだった。
「幻術って凄かったねー」と私。
「でも、本気で修羅場になる人もいそうですね」と寧々さん。
メリーさんだけが首をひねる。
「えっと、みんな本当に会いたかった人が見えていたの?」
「うん、見えてたよ」
「でも、お互いに見えていた人が分かるのって、不思議ですね」と澪さん。「他人に思考が漏れ出すなんて、常識で考えたら金輪際ありえないことなんですけど」
「そのあたり、怪異の専門家としてのご意見は?」
メリーさんに話を振ると……
バチン。
急にフロア全体の照明が消えた――というか、落ちた。
……演出?
他の席のざわめきも消えていた。そんなバカなことがあるはずがないのに。
「メリーさん!」
「はいなー!」
「これはちょっとやりすぎですね」と寧々さん。
「えっと、停電かな」とかがみん。
「杏奈ちゃんは? 澪さんは?」
返事がない。
慌ててスマホの電源を入れる。
ぼーっとともったスマホの明かりに浮かび上がったのは……




