体育館に巣くうモノ(4)
「そんなー、ひどいですよ-。私はただ、トイレに捨ててあった物を回収してきただけなんですから」
警備員さんは、困惑している。
「その中に入っているのは私のローファーパンプスですね。メアリージェーンタイプ、色は真っ赤なヤツ!」
私と杏奈ちゃんも、キッと睨みつける。
「た、確かに中身はおっしゃるとおりです。二階の男子トイレに放置してあったんです」
「証明できますか?」
「ええ。監視カメラの映像があるはずです」
警備員さんは、鍵を取りだして控え室の扉を開く。
そこは意外に広い部屋で、壁のスチールラックにはたくさんのモニターが置いてあった。
「靴、かえしていただけます?」
警備員は素直にメリーさんに紙袋をさし出す。
「何、このにおい!?」
袋を開くとエタノールの強いにおいが広がった。
「その靴の中を消毒したみたいです。私にはよくわかりません」
「失礼な!」
メリーさんはお冠だ。
警備員さんは、メインモニターの前にあるキーボードを操作すると、表示する場所と時間を入力する。
モニターの一つに数分前の映像が現れる。
二階の男子トイレに手ぶらの警備員さんが入っていくところが映っていた。時間は五分ほど前だ。
すぐに手に紙袋を提げて出てくる所が映っていた。紙袋は、掃除用具入れにあった物なのだろう。トイレの中の様子は映されていない。
「おかしいですね。もう一度巻き戻して」
タイムスタンプが飛んでいた。
「この間の映像は?」
「AIが飛ばしているんです。ハードディスクにも限界はありますから、全ての映像を記録しているわけではないんです」
「それじゃ、下駄箱のある部屋の映像を見せてもらえる? 靴を盗んだ犯人が映っていると思うの。時間はそうね、十五分くらい前からかしら」
「はいはい、どうぞ」
警備員さんは、メリーさんの言うとおりに操作する。
そこにはちゃんと私たちが映っていた。
メリーさんが自分の靴を脱いで一番上の靴箱にしまうところがしっかりと映っている。
その場を去る私たち。
何人かの人通りは映っている。けど、メリーさんの靴が入った箱に手を伸ばした者はいない。
「あっ!」
靴箱の中身が一瞬にして消えた。まるで誰かがマジックを仕掛けたように。
「巻き戻して!」
真っ赤な靴の踵は防犯カメラの画像でもはっきり確認出来る。それがパッと消えてしまったのだ。
「おかしい! 何なんですか、これ!」
そのしばらく後に私たちの画像が出てきた。
メリーさんがおたおたしている。
杏奈ちゃんが冷静にたずねた。
「AIが飛ばしている部分は、どこにも記録されていないのでしょうか」
「さあ…… でも、もし見たとしても何も映っていないと思いますよ」
私は別の可能性に気づいた。共犯者がいる可能性だ。犯人の映った動画を編集する相棒がいたとしたら。
「ここの警備の方って、お一人なんですか」
「ええ、土日は二人体制ですけどね。平日は大して事件も起きないので、一人配置なんです。何かあったら応援が車で駆けつけます」
「そういえば、二週間前のマットルームでの事件はご存知ですか。あの時は、警備の方の姿が見えなかったんですけど」
「ええ、覚えています。ただ、あの時は三階の柔道場で指導をしていたもので。ほら、医学部生の召集があったじゃないですか。岩熊君が四階にかけつけたんで、私が代わりをつとめていたんです」
……えっ!? あのでっかい人、岩熊さんっていうんだ。見た目そのまま!
「ほほーう、彼が弟子というわけですか」
メリーさん、にやりとする。
「弟子、というか、同じ道場のOBと現役生という関係ですね。私、こう見えても黒帯ですから」
警備員さんはのほほんとしている。
警備員室で得られそうな情報はもうなかった。
とりあえず犯人扱いをしたことをわびたメリーさんは靴を返してもらい、次の場所へと向かった。
三階の柔道場。
あの医師の卵、岩熊君がいる場所へと。
柔道の授業はちょうどおわったところで、岩熊君が柔道場に向かって退室の一礼をしているところだった。
「岩熊さん、ですよね」
私の声に、巨躯の学生はこちらを振り返った。
「やあ、先日はどうもご苦労様でした」
男子のロッカールームに同行しつつ話をきく。
「いつもこの時間におられるんですね」
「ええ。柔道整復師の資格も取りたいんで」
きけば広域大生だと言う。中高とずっと柔道をやってきて、地方大会での優勝経験もあるのだとか。
「医学部の勉強って大変なんですよね」
「ええ、でも、医師の国家試験は、多分大丈夫です。合格率九割なんで」
……おっと、そんなに門戸が開かれていたのか!
「単位もそろっています。ただ、勉強ばかりだと体がなまってしまうので、週一でここに通っています」
純朴そうな青年だ。
「えっと、こちらの方は?」
メリーさんのことをたずねる。
「メリー・ウィンチェスターでーす。初めまして。グッドトゥーシーユー!」
「グレイトトゥーミーチュー、アズウェル」
なかなか手慣れた返し方だ。握手している。見た目によらず、頭もよさそうだ。
「ジュードーができるオイシャさーん、素敵でーす。このあと飲みに行ってお話ししませんか?」
メリーさん、珍しく積極的だ。
「それが……」
言いにくそうな岩熊さん。
「僕、お酒飲めないんですよ。それに、明日の予習もありますし」
「おーっ、それは残念でーす」
あっさりと引くメリーさん。
「よろしければまた声をかけて下さい。フードコートによくいますので」
岩熊氏の視線は杏奈ちゃんに向いている。
……そうか。メリーさんよりも杏奈ちゃんの方がタイプだったか。
ちょっと悔しかった。
体育館のシャワールームで軽く汗を流した後、私たちは玄関ホールで再集合した。
メリーさんは、やはり真ん中のお立ち台の上を気にしている。よく見れば、何かのプレートをはずしてパテで埋めた跡がある。
「何か、あるの?」
「うーん。あそこから視線を感じるのー。絶対に、何かいるー」
不安そうだ。
怪異は怪異を知る。本当に何かいるのかもしれない。
「ていうか、あそこ何か欠けている気がしない?」と私。
「う、うーん。杏奈ちゃん、知ってる?」
「初めて来た時から空っぽです。なんか飾ればいいのに、て思ってました」
そこに、警備員さんが現れた。
鍵のかかっていないロッカーをチェックしつつ、忘れ物の靴下やタオルを紙袋に入れている。
そして、全てのロッカーに除菌スプレーを噴霧している。地味で面倒な仕事だ。
私は声をかけた。
「あのー、すみません」
「はい、何でしょう」
「真ん中のお立ち台なんですけど……」
「あー、楠部彦弥の彫刻ですか。今はどこかの博物館に移管されました」
「楠部彦弥?」
「あれでしょ。巨大なくくり猿。外国の方からクレームがつきましてね。宗教的な物を展示するのは、スポーツ施設としてはいかがなものかって。で、三月の中頃に運ばれていきました」
「くくり猿?」
「ええ。一種の魔除けです。まあ、楠部彦弥の作品ということもあって、撤去されてしまったんです」
「クスベヤヒコって誰?」
メリーさんがたずねる。
「京都の陶芸家です。楠部彌弌のひ孫と自称していたんですが、それが噓だってバレて姿を消しました。まあ、作品自体は悪くはなかったんですが、経歴詐称はいけませんわなあ」
警備員さんは、一礼すると仕事に戻った。
「クスベヤイチって?」
杏奈ちゃんが説明する。
「京都の有名陶芸家です。……って知っている人は少ないか。すごくオーソドックスな清水焼の作者で、京都市美術館のすぐ南側で作品を作っていたんですよ。逆に楠部彦弥の作品は、パワフルな現代芸術って感じで好きだったんですけどねえ」
「なるほど……」
メリーさんはしばらく考え込んでいた。
そして、お立ち台に向けてびしりと人差し指をつきつけた。
「犯人は、お前だ!」




