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体育館に巣くうモノ(3)

 翌週のバドミントンの授業は急遽健康診断に変更された。

 誰もいなかった医務室に髪の白くなったお医者さんが来て、看護師さんも一人いた。その前に学生がずらずらと並ぶ。

 どうやら人面疽の件が公的機関で問題になったらしい。

 全員が、膝を見せるように言われた。

 あとは、簡単な問診だった。

 最近の体調はどうか、気になる疾患はないか、食事はきちんと摂っているか。

 お医者さんの横には「清肺湯」と書かれた漢方薬の箱がでんと置かれていた。「90」と表記された大手漢方薬メーカーの製品だ。スマホで調べてみると、その成分には貝母(ばいも)が含まれていた。人面疽の症状が残っている人には薬が直接配布されるのだろう。

 女子の後に男子の診察が続いたので、その日は実質休講だった。出欠は学生証のスキャンですませてあるので問題はない。

 私たちバドミントンクラスの女子は、フードコートで手持ち無沙汰にしていた。それは観光学科の実習生たちも同じだった。当局の指示で食事の提供はなし。紙カップの安い飲み物がまず売り切れ、缶ジュースがそれに続いた。

「電車代返せ、と言いたいところ。だよね」

「本当、徒労だよねー」

 新体操のクラスで何か病気が広まった、ということはみんなが知っていた。けど、その実態を知っている人間は限られている。次の授業がある人は移動してしまっただろうし、騒ぎを知っているのは四階にいた野次馬くらいなものだ。マットルームにいた女子たちは、自らに不都合な話は広めはしない。まあ、新体操の先生が結婚願望の強い欲求不満のオールドミス(死語)だ、程度の話はしたかもしれないが、そのくらいの噂は日常茶飯事である。

 杏奈ちゃんがいたので私から声をかける。

「晩ご飯、一緒にどうかな」

「うん、ええよ。そやけど、まだずいぶん時間があるね」

「そうだ、『0の通り』見に行こっか」

「うん」

 杏奈ちゃんは実習チームのリーダーにことわってからエプロンをはずす。

 二人で向島駅に向かう。

「ひょっとして、このあたりって人面疽がよく発生するの?」

「うーん、私も見たのは初めてだった。でも、お爺ちゃんから対処法は聞いていた。昭和初期まではよく出たみたいなんだ。その頃は、人面瘡に焼酎を飲ませたんだって」

「へーえ」

「アルコール度数が高い方が効果が上がるみたいやね。宿主の熱とかの症状も軽くなるみたい。副作用で酔っ払っちゃうのは問題だけど」

 ふと気づいた。杏奈ちゃんは、うちとけてくると京言葉が出るのだ。

 めざす『0の通り』は……

 本当にただの通りでした。

「京都の人って、0が好きなのかな。ほら、京都駅も0番線があるし」と私。

「あ、知ってる! 北陸本線の乗り場やね。それでもって、1番ホームがないっていう」

「そう、それそれ」

「でも、0番ホームって、探せば日本全国にあるらしいよ。0番線マニアも結構いるらしいし」

 杏奈ちゃんは、話してみると予想外に都市伝説に詳しかった。牛頭天王とは、お釈迦さんの伝説をギリシア人の船乗りが間違って伝えたものだ説とか、酒呑童子の正体がシュタイン・ドッチというフランドルの貴族だった説とか、陰陽八卦がライプニッツの二進数の元となった説とか(まあ、これは事実らしいんだけど)。

 私は、ふとたずねてみた。

「何か、伏見区特有の知られざる都市伝説ってないのかなあ」

「う、うーん。一つあるにはあるんだけど…… 現在進行形の謎事件があるんよ。連続赤い靴盗難事件」

「えっ!?」


 それは、巨椋池(おぐらがいけ)総合体育館で起きている怪事件だった。

 赤い靴といっても、体育館にヒールのついた靴で来る子はいない。大体が、スニーカーだ。特にどこかのメーカーの靴が集中して盗まれる、というわけでもない。手当たり次第に盗まれているのだ。

 それが、今年の四月以降に起きているという。

 盗まれた靴がどこかに隠されていた、という情報もない。ただ、消えるのだ。エントランスの靴箱から。

「最初はキーが同じでたまたま誰かが履き違えたのかな、なんて言ってたんだけど、それなら別の靴が残っているはずじゃない。それが、ないんだ。仕方なく、室内履きで帰った子もいる」

 ひどい話だ。

 学生は裕福な子ばかりではない。スニーカー一足買うのに何日か分の全てのアルバイト代をはたいた子もいるだろう。

 仕方なく、靴袋持参で対応している子もいる。砂やホコリの発生源になるので本当はルール違反なのだが、やむを得ず黙認されているのだとか。

 ちなみに、バトミントンの授業ではそんな警告は一度もなかった。知らぬが仏、というヤツか。

 杏奈ちゃんは先を続ける。

「で、体育館に頼んで監視カメラつけてもらったりしたんだけど……」

「ふむふむ」

「犯人はわからずじまいだったんよ。ほんま、誰か何とかして、って感じ」

 私は、一呼吸おいてから思い切って言った。

「プロの探偵に頼んでみる?」


「呼ばれて飛び出てじゃじゃじゃじゃーん! メリーさんでした~」

 なんか浮かれてやがります。マジで探偵の出番だ、と言ったからだろう。そして、電話すると行動が早いんだわ、この子。

 まあ、何度か電話を受けなくちゃいけないって面倒くさいお約束はあるんだけどね。それを考慮しても市内の京都文化大学から最速五分。魔界探偵が登場しました。今日の服装は真っ赤なゴスロリです。

 杏奈ちゃんは目を真ん丸にしている。まあ、驚くよね。

「何、赤い靴連続盗難事件だって。それはあたしにも因縁の深い事件になりそうね」

 メリーさん、見えないパイプをくわえている。

「あ、赤い靴履いてた女の子事件!」

「そう。その子の名前がメリーだったっていう」

 そう。「異人さんに連れられて行っちゃった」少女誘拐事件だ。

 でも、あれにはもはや定番のオチがあって、宣教師が連れて行こうとした女の子が肺結核だった。で結局は療養所に入れられたのだとか。名前は確か、キミちゃん。てか、メリーさん、外靴のままだったのね。警備員さんにみつかったら叱られるよ!

「ミズ・ウィンチェスター!?」

 しかし、杏奈ちゃんが驚いていたのは都市伝説が理由ではなかった。単に、自校の有名講師がいきなり現れたのが理由だった。

「わざわざすみません」

 恐縮している。

 事情を聞いたメリーさんは、さっそく犯行現場となった靴箱を見に行く。

 外光を取り入れたドーム状の部屋。

 並んでいるのは透明なアクリル窓がついた普通の金属製下駄箱だ。今の私もそうだが、ここで室内用のシューズに履き替えて、外靴はここに預ける。

 幸い誰かに見とがめられることもなく、無事、一階の下駄箱区画へとたどりついた。

 無機質になりがちな靴箱の団地だが、ここのは明るい雰囲気だ。真ん中の通称「お立ち台」を中心に、放射線状に配置してある。色とりどりに塗り分けてあるのがポイントで、東西南北がそれぞれ濃い緑色、薄い緑色、朱鷺色、薄紫色になっている。各々三列。端っこにはコインロッカーもある。陰陽道の準色にもとづいた色分けだ。このあたり、デザインにセンスを感じる。

 鍵は、そう特殊な物ではない。ホームセンターに持って行けば複製は簡単な感じだ。

 メリーさんは、しきりに真ん中のお立ち台の上を気にしている。

 あ、戻って来た。

「監視カメラって?」

「ええ、あそこです」

 杏奈ちゃんは、天井の半球形のカメラを指さす。広くなった端の方からロッカーと下駄箱を見通せるように四個。確かにお立ち台の上に取りつけるよりは合理的だ。

「でも、そうそう全ての靴箱が見られるわけじゃないですし、もう自衛するしかないんじゃないかって」

「ふふーん。……ここは一つ、罠を仕掛けてみますか」

 メリーさんがニヤリとした。


 というわけで、メリーさんが真っ赤なエナメルの靴を監視カメラのすぐ真下の靴箱にあずけた。

「ふっふっふっ、犯人は絶対にひひっかかるの~ あとは、監視カメラがきちんと働いていることを祈って、離れた所で見張るだけなのー」

……失敗のフラグが立った気がした。

 そう、ちょっと目を離した隙にメリーさんの靴は盗まれてしまったのだ。

 錠は解かれていて、刺さっているはずの鍵はメリーさんの手の中にある。

「さて、警備員室に文句を言いに行きますか!」

 奥の事務室をめざす。

 その隣りに警備員室がある。

 そこに、初老の警備員さんが戻ってきた。

 手には紙袋をさげている。

「あっ!」

 メリーさんが警備員さんを指さした。

「あなたが犯人ね!」

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