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かぐや姫の犯罪(4)

「『自殺扉』って何だ?」と眉をひそめた会長がたずねた。

「建物の二階以上の外壁にある、巨大な扉のことなのー。そこから飛び出すと自殺できそうなのでそう言われています。搬入や搬出に使う大きな扉で、大きな家具屋や楽器屋によくあるんですよー」

「あ、あれか。工学部の廊下の端にある機械搬入用の扉か」

 会長がうなずいた。

「不吉な名前ですね」と澪さん。

 たぶん、俗称だ。

 メリーさんが先を続ける。

「さっき見た動画なんだけど、一般の民家なら障子の向こうの縁側に背中を向けてワードローブを置いた感じなのー。その奥に見えたのは空だけでした。ということは、あやひさんの家とされる場所は、建物のかなり上の階にあり、しかも外に手すりや腰壁(こしかべ)のない場所、つまり自殺扉がある建物だということになるのです」

 確かに、タンスの裏を抜いただけで外がきれいに見えるようにするのは難しい。下の引き出しは膝くらいの高さ、腰壁や手すりは子供が落ちないように一メートル程度の高さはある。どうしても人工物が見えてしまうのだ。

「ということは、スタジオ!?」

「かもしれません。ここで、あやひさんがプレゼントしてもらったのがグランドピアノだったこと、その他にもジュークボックスやホームバー、ハープのようなかさばる物ばかりだったことが関連してきます。これらは自殺扉から運び込まれたのか――いいえ。彼女の部屋とされる建物の同じフロアに元からあったのです!」

 会長が頭を抱える。

「わからない。自分の持ち物をプレゼントされたように見せて、いったい何のメリットがあるというのだ」

 メリーさんは、ちっちっちっ、と人差指を振る。

「たとえば、売れない在庫を抱えた古物商があるとします。買い取り業者に頼んでも二束三文なのー。でも、ネットアイドルがほしいと言ってそれが売れたとしたら? 古物商にはお金が入り、ネットアイドルには現物が届きます。もし、古物商がアイドル当人とかその関係者だとすれば、一切物を動かさずに現金が手に入るのでーす。おそらく彼女の部屋は大きな倉庫の一角に作られたセットです。間取りも自由に追加できます。ピアノを動かしてパネルを組み立てればピアノ室が完成します。そこに、きれいに掃除した在庫を動かしてくれば、ご家庭の音楽ホールが即席でできるのでーす」

「では、あやひさんが亡くなったのは? 飛行船型ドローンも在庫にあったってわけ?」と私。

「そう。昔の家具屋の屋上には必ずと言っていいほどアドバルーンが上がっていました。それを改造したのです」

「そうか。君が水素気球と言ったのは、そういうことか」

 一人、納得する会長。

「そう。水素の生成は簡単なのー。電気分解ですから。もちろん、古いアドバルーンなら修繕は必要だと思う。でも、最近の接着化学の技術を使えば……」

 メリーさんは、アマリ会長に後をふる。

「ああ。柔軟性を保ったまま補修できる。接着剤を気化させてバルーンを膨らませ、水蒸気で固着させる、これで数ヶ月はもつと思う」

「というわけですー。ただ、問題は、水素気球は法律で規制されているってことなの。火災事故が起きやすいので、届け出とか設備とかが必要なんですよねー。そして、個人レベルだと、おそらくヘリウム気球という体にして安価な水素気球を飛ばしていると思います」

「ああ。ヘリウムは高いからなあ。最近、とくに」

 しみじみと言う会長。

 私は疑問をぶつける。

「ヘリウムなんてどこにでもありそうですけど、そんなに高いんですか?」

「ああ。日本では全部、輸入品だ」

「へ?」

「天然ガスから抽出しているんだ。主な生産地はカタールとアメリカ。中東で戦争が起きると、一気に高騰する」

……そ、そりゃあ水素ガスに手を出しちゃうよね。

「で。その飛行船型ドローンはどこに行っちゃったんでしょうね」

 不意に背後から声をかけられた。

 渋めで、ちょっと癖のある声だ。

 振り返ると、すごく分厚い胸板(おそらく防弾チョッキ入り)と、太い腕が目に入った。

「あっ、雑司(ぞうし)刑事!」

 私は思い出した。

 京都府警のベテラン刑事さん。予測科学研究所の事件で知り合った人だ。

菫川(すみれがわ)あやひさんの事件の捜査ですか?」

「ええ。現場百回、ついには辻占に頼ろうって気になりましてね」

 自嘲気味に語る。

 辻占とは、道行く人の言葉から啓示を受ける昔ながらの占いだ。が、これは韜晦(とうかい)で、事件現場に犯人が現れないか探っていたのだろう。

 ていうか、そこまで捜査に行き詰まっていたのか!

 メリーさんが、純真な目をしてたずねた。そういえばこいつも警察でマイナー言語の通訳としてアルバイトしてるんだった。

「あやひさんの家ってどこにあったんです?」

「京都御所の南側、夷川通(えびすがわどおり)のど真ん中です。昔ながらの家具屋が集まっている通りですよ。でも、街中なので、自殺扉があって飛行船が出入りできるような建物はないですよ。何せ高さ制限がありますから」

「じゃあ、親戚の持ちビルとか」

「それもないですねえ。光吉(みつよし)家具のビルもとっくに人手(ひとで)にわたってますから」

「それだ!」

 メリーさんは、大きな声をあげた。

「今の所有者は、誰?」

「えっと、確か夷川家具協同組合、だったかな。管財人から実質の管理をまかされている団体です。まあ、家具は移動にも金がかかりますし、在庫は元のままほこりをかぶっているみたいですよ」

「たぶん、そこにあやひさんの撮影スタジオがあるの。京都の人たちは外部の人間を嫌うから、倉庫と在庫の管理はあやひさんかその知り合いがしていたと思うの。ネットアイドルを使って在庫を売る方法は、協同組合もからんでいた、となると、どうしてあやひさんが死ななくてはならなくなったのかが謎ね」

 メリーさんは、頬に指を当てて考え込んでいる。

 澪さんが雑司刑事にたずねた。

「えっと、光吉(みつよし)家具っておっしゃいました?」

「え、ええ」

「そこなら、五階建で自殺扉もあります。私、子供の頃に遊びに行ったことがありますから」

 思わぬ所から情報が出てきた。

「ちょっと、捜査を引っかき回さないでくださいよ」

「大丈夫です。友達の家に遊びに行くだけですから」

 お手上げのポーズをとる刑事さんだった。


 京都市の高さ制限条例は、古いピルには適用されない。高さを下げろと言われても無理だからだ当然だ。というわけで、かつての光吉家具は大阪で万博――エキスポ七〇があったころに建てられたままの姿を保っていた。真正面は賀茂川。周囲は駐車場と廃墟ビルと民家だ。

 スタイリッシュな、というかレトロモダンな入り口には、ベニヤ板が貼られていた。誰かがスプレーペンキでいたずら書きをしている。

 澪さんは感慨深げだ。

「ここ、昔はとっても広々とした建物に思えたんですよ。今見ると、意外と小さく感じます」

「小学生の頃の来た場所だと、そういう感じになるよね」と会長。

 澪さんは、建物の横を通って雑草だらけの打ちっぱなし(・・・・・・)の空き地へと入っていく。

 建物の近くはきれいなのに、少し離れたところには家具の破片らしい物が散らばっている。なんか治安が悪そうだ。

「あれが自殺扉です」

 澪さんが、建物の横についた大きな鉄扉を指さした。

 皆で、夕日に照らされた建物をぽかんと見上げる。

 各階の扉はずらしてつけてあった。奇数階はこちら側、偶数階は反対側のようだ。

 裏手には、さび付いたらせん階段がある。段が抜けていてここから登るのは危険そうだ。

「裏口から入れると思います。鍵の隠し場所は……」

 澪さんは、たくさんある郵便受けの一つを開いて天井をさぐる。

「昔と一緒です」

 にんまり。

「これでシャッターを開けて……」

「ちょっと待ったー!」とメリーさん。 「親しき仲にも礼儀あり、なのでーす」

 ピンポーン。

 チャイムを鳴らす。

 何度か鳴らすと、返事がかえってきた。

「はーい」

 女の人の声がした。

「あっ、小学生の頃によく遊びに来ていた天王寺澪です。ご無沙汰しております」

「え、あ、あわ!? 澪ちゃん!? ほんまに久しぶりやねぇ。鍵は開いてるし、上がってきて」

「はーい」

……本当に知り合いだったんだ!

 薄暗い一階に入る。節約のためか、ほとんどの蛍光管が消えている。「夷川家具協同組合展示場」というホーローの古びた看板が、正面のホワイトボードのマーカー受けに立てかけられていた。

 その手前は商談スペースなのだろう、応接室の形に家具が並べられている。古いカタログが事務戸棚に並んでいた。

 天井がやたら高い。少しかび臭く、かなり気温が低い気がする。

 澪さんは、委細かまわず奥のらせん階段に向かう。建物の真ん中あたりだろう。外のさび付いた階段とは違って、ゴージャスな金色でブドウを模した飾りがついていた。

 二階にあがると、家具が並ぶ一角にだけ明るく電灯が光っていた。傘立てやエクステリアも置かれている。

 ちょっと疲れた――というかやつれた感じのお姐さんが出てきた。

「久しぶりやねー! ……えっと、そちらの方たちは?」

「大学のサークルのお友達です。こちらは鼓堂茜(こどうあかね)さん。夷川家具協同組合の事務員さんです」

「こんにちは。どうぞ自由にご覧になってください。どれも市価の三分の一の値段です。輸送の手配とかもこちらでしますよ」

 お姐さんは営業モードに入った。ただ、あまり期待はしてなさそうだ。

「楽器とか絵画は置いてる? ピアノとか、おしゃれな絵画がほしいのー」

 メリーさんは、行儀よく並んだ等身大の動物の陶器を見わたしつつ、さりげなくたずねた。

「それでしたら五階にございます。ちなみに、ご予算はどのくらいですか」

 メリーさんは、ポシェットからちらりと札束をのぞかせる。

「現金ならこのくらいならあるけど……」

 鼓堂さんの顔がほころぶ。

「どこに設置なさるのでしょう。ここにある品は、どれもけっこうかさばりますが……」

 メリーさんは、スマホから六甲山のお館の写真を引っ張り出す。

「ここの玄関ホールに置きたいの-」

……田舎の小学校の体育館ほどもある玄関ホールを見せやがりました。

 鼓堂さん、これには驚いた様子だった。

「どうぞ、こちらへ。今、エスカレーターを起動します」

 鼓堂さんは、小走りに柱の隠しパネルへと駆けていく。

 今まで気がつかなかった場所のエスカレーターが動き出した。同時に、全館の照明がつく。

……いや、わかるわー。上客を捕まえたかったら、誰でもそうするよね。

 エスカレーターへの通路には、藤棚のような枠にたくさんのミニ灯籠が吊されていた。牡丹灯籠の映画に出てきそうな感じだ。

 二階から五階へ、掃除の行き届いていないエスカレーターで移動する。

 寝具、キッチン、鏡。エスカレーターからは、色んな家具がうかがえる。全てが倒産品なのだ。

 会長は、原子模型に目が釘付けになっている。その隣りは惑星模型だ。

 五階の大型楽器売り場へとつく。

 明治時代の雰囲気を漂わせたオルガン。普通のアップライトピアノ。横になっているのはコントラバだろうか。吹田の万博記念館で見たようなどこかの芸術家が作った巨大金管楽器もある。

「ここは、楽器店だったの?」とメリーさん。

「はい。昔は五階全部が楽器店になっていました。どれもお買い得ですよ」

 博物館にあるようなガムランや編鐘(へんしょう)のセットもある。首を伸ばして値段を見た会長がアワアワしている。

「撮影用の貸し出しもしているんですよ。この間も、映画のロケで使いたい、て言われて、場所を作ってここで撮影しました」と鼓堂さん。

 メリーさんは、一通りグランドピアノを見て回る。どれもおそらくコンサートホールで使用するレベルの物だ。

 そして、残念そうに肩をすくめた。

「ハマーシュタインのピアノが買いたかったのー。あの音色がとっても好きなのー」

 鼓堂さんの顔が、一瞬こわばった。


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