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かぐや姫の犯罪(3)

 AIコンセルジュ。それは、広告やSNSのつぶやきを強力かつ強制的に選別してくれるアプリだ。育てれば育てるほどユーザーの好みを把握する。おかげで日々、快適なネットライフが送れる。もふもふの動物動画とお菓子と飲み物と都市伝説と展覧会情報だけを見ていると、主義主張の争いや戦争、言論の応酬とは無縁にななってしまう。

 反面、近所の事件や騒動の情報も入ってこなくなる。おそらく、地震や津波が起きてもAIコンセルジュは私の目に触れないよう排除するだろう。たとえミサイルが降ってこようとも。

 というわけで、一時的にAIコンセルジュを停止する。

 SNSのトップニュースに事件のことが出ていた。

 ネット配信者の菫川(すみれがわ)あやひさんが鴨川の河合神社の近くの河川敷で発見された――それも無残な姿で。

 写真こそなかったものの、イラストで再現された状況は想像するだに恐ろしかった。

 川の中の飛び石にザクロのように飛び散った頭蓋。その肉片は、円を描くようにあたり一面に飛び散っていたという。身元が確認できたのは、身につけていた財布の中身のおかげだった。

「えっ!? 彼女が、そんな……」

 かがみんと一緒にネットで見た彼女は、マスクをつけた姿だった。誰かが投げ銭をして一分だけ素顔を拝むことができた。本当にどこの令嬢かと思わせる気品のある顔立ちだった。

 ネットを検索する。

 澪さんが、その間にワイドショー的な情報を伝えてくれる。

「彼女、最初は普通の貧乏系配信者だったらしいんです。ワイシャツにリボンタイの高校生の姿で、親の会社が倒産して明日食べるものもないっていう設定で」

 確かに、ネットのインタビューでは最初にもらったのが一箱十二個入りのカップ麺だと書いてあった。それで一週間、食いつないだのだとか。

 本当に何もないがらんどうの部屋から始まった配信。そこにこたつとミカンが届き、電気ケトルが届き、服もそこそこの物が集まった。

 だが、ハマーシュタイン事件で全てがかわった。

「ハマーシュタインのグランドピアノがほしい」

 女子高生がつぶやいたのは、めちゃゃくちゃマニアックな要求だった。

 二十世紀末に倒産したドイツの有名ピアノメーカー。そのグランドピアノともなると、数百万円はくだらない。それに、あやひの部屋に入るわけがないだろうと誰もが突っ込みを入れた。けどあやひは別の部屋に置くから大丈夫と答えた。

 当人はいたってまじめだった。ネットオークションにハマーシュタインのグランドピアノがかなり安値で出ていたのだ。この買い時は逃せない、と。

 配信を見ていた誰かがプレゼントすると言い出した。

「ありがとー。感激ですー。これ、お母さんの夢だったの!」

 大はしゃぎするあやひである。

 さて、ネット配信には配信者の住所を隠す巧妙なシステムがある。

 そして、ネットオークションは匿名で出品でき、落札者がどこに送るかも自由に設定できる。プレゼントだと、受け取り側の住所も匿名にできるのだ。たとえ配信会社の住所にしてあったとしても、どこに転送されるかはわからない。

 つまり、ハマーシュタインのグランドピアノは、現物がどこから出てどこに行くのかがプレゼントをした視聴者には一切わからないようになっている。

 一週間後の放送では、カメラはあやひの部屋から出て別のピアノルームらしい部屋へと入り、そこに鎮座しているピカピカのグランドピアノを映し出した。

 CGでない証拠に、あやひはその鍵盤に向かってクラシックを一曲、弾いて見せた。リクエストにあったジャズも。

 さすがは元社長のお嬢様である。即興で弾くピアノの曲はみごとだった。

 この時、あやひが住む家が予想外に広いということもわかった。

 このことはかえって令嬢への興味をそそらせた。

 彼女の要求はいつもマニアックだった。

 一九二〇年代のテキサスのジュークボックス。ミニチュア書斎やホームバー。ちょっと大きくて日本の家屋だとためらわれるようなかさばる品を好んだ。かと思うとロシアで作られたバラライカ、インドでの西ベンガル州で作られたシタール、ギリシャで作られたハープのような、なかなか手に入らない楽器を要求した。それに応えようと視聴者の課金はどんどん積み増していった。

 そして、中秋の名月事件が起きる。

 その動画は、誰かが録画し、編集した形で残っていた。

「中秋の名月が見たい」という女子高生の要望。それは課金によってかなうと言う。しかも瞬時に。

 課金がされた。

「このタンスの扉を開くと、向こうに満月があるんです」

 単純なトリックだった。洋タンスの裏の板が抜いてあったのだ。

 カメラが反対に向き、あやひを映す。

「もっと近くで見たいなあ」

 課金によって月の拡大率が上がっていく。

 どんどん、どんどん。

 おそらく望遠鏡の接眼レンズを使ったのだろう。それを一瞬の暗転でスイッチしたのだ。

 そして、その望遠鏡はかなり高性能な物のようだった。

 トリックとはわかりつつも、視聴者はその映像に期待し、映し出された月面に魅了された。

「おっと、そろそろ放送終了の時間です。皆様、よい眠りをー」

 放送は終了した。

「これだけだと、何もわからないですね」と澪さん。

「かなりいい機材をそろえていますよね」と私。

「これまでの投げ銭でそろえたのね」とメリーさん。

 安楽椅子探偵の限界と言うべきか。そこで話題がつきる。

「ここは現場に行ってみるのでーす」

 メリーさんが陽気な声をあげた。


 ミステリー研の部室から歩いて十五分。

出町(でまち)の飛び石」という割と新しい名所がある。平成初期に作られた、河床の安定と親水空間を目的とする鴨川の飛び石だ。そこには亀と千鳥の石(というかコンクリートの塊)があって、たまに昔からあった物だと勘違いする人もいる。菫川(すみれがわ)あやひが亡くなっていたのは、ちょうどその亀石の上だった。賀茂大橋の北側で、鴨川デルタを横切る道。いまだ通行止めにはなっていたが、血痕は洗い流されたらしく、ブルーシートの類ももうなかった。

 賀茂大橋の上には花束やおそなえが置かれ、警察もあえて撤去していない。野次馬も多く、横手には警察のいかついバスも止まっていた。

「何が起きたのかは明白なのです」

 メリーさんが現場を指さしつつ自信たっぷりに言った。

 皆が息を呑んで続きを待つ。

「空中からの落下です」

「えっ?」

 それは一番あり得そうにない説明だった。

 私は思いつきを口にした。

「まさか、ドローンで運んで落としたとか!?」

「確かにドローンタクシーの実験はされていたなあ」と会長。

 澪さんも首をかしげる。

「電力会社の保守用には実用化されていますよ。……ということは墜落事故!?」

「その可能性は高いです。でも、私が思い描いているのは、飛行船型ドローンです」

 メリーさんは、橋のたもとの野次馬の少ない場所へと皆を誘導する。

「水素飛行船にマルチコプタードローンを搭載、半固体リチウムイオン電池で駆動。塗装は可視光の九九%以上を吸収する黒色塗料を使用。これで、京都の夜を優雅に飛行すれば、ほぼ見つかる可能性はゼロなのでーす」

「水素気球にすれば、けっこう大きい離着陸スペースが必要だぞ。それに、そんな飛行船、市販されているのか!?」

 珍しく会長が気色ばんでいる。

「いいえ。おそらくは自作です。そして、この推理の鍵となったのが『自殺扉』です」


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