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かぐや姫の犯罪(2)

「チベットのどこかの話だ。少年と母親が、先祖伝来の竹藪を大事にしてきた。けど、その地の領主が竹を切ってひともうけしようと思いついた。建築資材にするのだ。母子の涙が降り注ぐと竹には(ぶち)模様ができた。それでも領主は無慈悲に竹を持って行ったが、一番太くて低い一本だけは守りぬいた。するとその中から美しい女の子が現れたので、斑竹姑娘(ハンチククーニャン)と名づけて育てた。成長した少年と姑娘は相思相愛になった。けど、娘の美しさを聞きつけた領主のバカ息子とその四人の友達が求婚に来た。そこで娘は求婚者に難題を出した」

 会長は、そこで詰まった。

「まあその何だ、五人は娘が出した難題をやり遂げることが出来ず、少年と姑娘は無事に結婚することができた、というお話だ」

 澪さんが手にした本のページをめくる。

「この本にも載っていますね。領主の息子には撞いても割れない金の鐘、商人の息子には叩いても壊れない(ぎょく)の樹、役人の息子には火鼠の皮衣、臆病なホラ吹きには海竜の額の玉、傲慢な男には燕の巣にある金の卵を求めた。……本当にそっくりですね!」

「そうだろう。火鼠の皮衣とか、竜の玉とか、燕の巣とか、とっても似ている。だから、『斑竹姑娘』が『竹取物語』の元ネタなんじゃないか、て大いに話題になったんだ」

 私は、疑問を口にした。

「その話っていつ頃記録されたんですか?」

「一九五四年だそうです」と澪さん。

「つまり昭和二九年。日本が第二次大戦に負けた九年後だ。『竹取物語』がそれ以前にチベットに伝わっていたとしても何の不思議はない」

「えっ、そうなんですか? その頃のチベットって鎖国していたんじゃないんですか?」

 私は少なくともそう習っていた。澪さんもうなずく。

 会長は、人差し指を立てて横に振る。

「その昔、退役軍人の矢島保治郎(やじまやすじろう)という人がいた。チベットに到着したのが明治四四年。この人は四川経由でラサに入り、一度日本に帰国してから今度はインド経由でラサに入っている。日本とチベットの提携を実現させようとしたんだ。宿の屋根に日章旗を掲げて役人にとがめられたりもしている。が、これがきっかけでチベット国旗が作られた。デザインにも協力したそうだ。軍事顧問として才覚をあらわし、ついにはダライラマの親衛隊長として警護の指揮を執るにいたった。チベット人の娘と結婚して子供もできた。が、国際情勢が理由で大正七年に妻子とともに帰国した。とまあ、日本とのつながりが全くなかったわけじゃない。矢島氏が伝えたかぐや姫の物語が土着化した可能性は十分にある。というわけで、今では『斑竹姑娘』が『竹取物語』の元ネタだという説はほぼ否定されている」

「でも、どうして金の鐘なんでしょうね」と私。

「そりゃあチベットは仏教国だもの。お釈迦さんが托鉢に使った鉢が光るなんてことが通るわけがない。質素倹約が僧侶の心得だからね」

「領主のバカ息子は、結局、金メッキの鐘を作って持ってきたそうです。でも、錐でけずったらすぐにバレました」

 そのほかの求婚者は、偽の玉樹を作らせて職人たちが代金を払えと押しかけて来たり、探し出した火鼠の皮衣が燃えてしまったり、摩天楼のツバメから目をつつかれてエレベーターにした桶から落ちてなくなったり。海竜を探しに行った若者は嵐に遭って海外の島に住み着いてしまったとか。

「これがのっているのが『金玉鳳凰(きんぎょくほうおう)』という民話集で、『千夜一夜物語』みたいな連環体の物語だそうです。漢族の古典やインドの仏典もネタになっていて、面白く変えられた話も多いそうです」

 澪さんがさらっとまとめた。


「アターックオブザキラーカンガルー♪」

 廊下から素っ頓狂な歌声が聞こえてきた。メリーさんだ。最近のアニソンを歌っている。

「おっはようございまーす」

 なぜか芸能人挨拶だ。

 ホワイトボードを一瞥して首をかしげる。

「何の話?」

 みんなで一から説明する。そして、話はなぜチベットの民話が日本最古の物語と似ているのか、というところまで来た。

「それ、たぶん、英訳が元ネタなのー」とメリーさん。

「え? 英訳!?」

「一八八八年にイギリスの学者のヴィクター・ディキンズが英訳して世界に紹介したのが最初。鎖国中のチベットはラサ条約以降、イギリスの実質の保護下にあったし、ダライラマが映画や自動車を楽しんでいたって史実もあるの。だから、英訳版の『竹取物語』が出回っていたとしても不思議はないのでーす」

 自信満々である。

 スマホを見ていた澪さんが新情報を加えた。

鄭振鐸(テイシンタク)という文学者が 『竹公主(チクコウシュ)』の題で翻訳して紹介した、という話もありますね。一九二二年、大正一一年のことです。これを指摘したのが京大大学院文学研究科・修士課程在籍中の宋成徳さん。今は中国で教授をされているようです」

「というわけで、一時話題になったチベットの民話起源という説は、今はもう誰も言わなくなっている」

 会長が自分で蒔いた話題の種を自分で刈り取ったのだった。


「そういえば、かぐや姫がいただき女子の元祖だったって話がありますよね」

 澪さんが新しい方向に話題を変えた。

「一億円以上みつがせて、ホストにつぎ込んでいたってあれですよね。でも、あの人はキャバクラか何かで太客をつかんだんだんじゃなかったでしたっけ」

 会長もうなずく。

「ああ、そうだ。魅力的な自分を演出し、身の上話で同情をさそってみつがせた。かぐや姫みたいに高慢な態度で物を要求したのとは真反対だ」

「男の人って、そんな見たことも話したこともない人に入れあげられるものなんでしょうか」と澪さん。

 会長は苦笑する。

「声優とかはあるかもなあ。……あるいは、かぐや姫自身が、時々庭に出て可愛いアピールをしていたとか」

……その可能性は考えてなかった。

 けど、確かに美人だという噂が広まるには、目撃証言が不可欠だ。五人の貴公子のモチベーションが続いたのもそういう理由があったのかもしれない。じらしにじらし続けたあげく、無理難題を出す。……いや、石上中納言がポンコツだったのがいけないのだけど。

「あっ、そういえばネット配信者で投げ銭もらったら一分だけマスクをはずす、て子もいますよね。『見ても可愛くないよー』とか言いながら、はずしたら可愛いんですよ。これで投げ銭を稼いでいます」

 私の何気ない発言に皆が動きを止めた。空気が重い。

「えっと、友達がネット配信やってて、その関係でちらっと見ただけなんですけど。投げ銭はしてませんから」

「その子、菫川(すみれがわ)あやひ?」と澪さん。

「今朝、死体で発見されたあの子?」とメリーさん。

「今、ネットのニュースはその件でもちきりだ」と会長。

「えっ、えーっ!?」

 AIコンセルジュでトレンドを一切排除していた私は、あまりのことに驚くしかなかった。

 

 


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