かぐや姫の犯罪(1)
今日のミステリー研は澪さんが一人で店番をしていた。
「こんにちはー」
挨拶をしつつ、つい物陰に会長の姿を探してしまう。気分は、ミステリー研の部室に住み着いている精霊探しだ。
「会長は学会で発表だそうです」
文庫本を置いた澪さんが、心を読んだように答えてくれる。
「あ、そうなんですか」
二人っきりだと会話がつづかない。
……私も、府立図書館で借りた推理小説を読もうかな
と思っていたら、澪さんがぼそりと言った。
「かぐや姫って実在したんですよ」
「え? ええー!?」
あわあわする。
「ミステリー研の良心」と思っていた先輩の口からそんな発言が出るとは!
「その心は!?」
「垂仁天皇の妃の一人にカグヤヒメノミコトという人がいるんです」
「はあ、びっくりした。それは初耳です」
「その父親が大筒木垂根王。大きな筒になった木の根が垂れている王、という意味なの」
「つまり、竹を意味しているということですね」
澪さんはうなずく。ホワイトボードに「大筒木垂根王」、その下に「迦具夜比売命」と書き、さらに「垂仁天皇」と横線で結ぶ。二人の間の子として「袁邪弁王」という字も記す。
「オザベノミコト。天皇との間には子供もいます」
「でも、『竹取物語』では讃岐のミヤツコってありますよね。名前が違うような……」
「実は大筒木垂根王の弟は讃岐垂根王というの」
「ひょえ~っ!」
思わず変な声が出てしまう。
「垂仁天皇の祖父である開化天皇の妃には竹野比売という人がいます。まあ読み方はタカノヒメなんですけどね。その間に出来たのが、ヒコユムスミノミコト」
ホワイトボードに「比古由牟須美命」の名が加わる。
「この人の子が大筒木垂根王。ね、竹に縁があるでしょう」
「つまり、『竹取物語』はそういった背景をぎゅっと詰め込んで、サヌキノミヤツコがタケトリノオキナになっている、と?」
「ええ。ただの竹取の人がミヤツコなんてカバネをもらえるはずはないし、髪上げ裳つけといったお祝いも盛大にしている。屋敷も外からはのぞけないほど広い。庶民ではなく中級官人と考えるべきでしょうね」
言われてみればそうだ。ただの竹取りのお爺さんが金持ちになったからと言って上流階級の風習をまねることができるとは思えない。
「で、ここで讃岐垂根王の話に戻るのだけど、大筒木垂根王は弟の娘を譲り受けたんじゃないかと思うの」
「え? 竹を切るとその中から出てきたんじゃ……」
「それは『桃太郎』との混同ね。タケトリノオキナは竹を切ったりはしていない。かぐや姫は、 『三寸ばかりなる人』で、光る竹の中に入っていた。それだけ。これは、拾い親の風習を示していると思うの」
拾い親とは、子供の無病息災を願うために行う、形式的な捨て子のことだ。その子は親以外の人が拾って名をつけ、本来の親が譲り受ける。それが、拾い親の風習だ。有名なところでは徳川秀頼の幼名が「拾丸」だったり、徳川吉宗が一旦和歌山城中の松の木のそばに捨てられて、家老に拾われたという例がある。
「かぐや姫は、三ヶ月後には髪上げ裳つけをしている。ひょっとしたら拾い親をしたのは十四、五歳になってからかもしれない」
「あるいは、讃岐垂根王が失脚したり亡くなったりして、まだ若い娘をひきとったのかも」
「その可能性もあるわね」
話題は『竹取物語』に出てくる求婚者たちに移る。
「この人達、立派な貴族のように思えるけど、実際は『色好み』と言われる五人なの。かぐや姫を見ようと集まった男達の中でも、最後まで粘ったスケベ男なわけ。少なくとも原典ではそうなっているわね」
「そりゃまたイメージがくずれちゃいますね」
澪さんは、文庫本を見ながらホワイトボードに名前を書き上げていく。
「石作の皇子、車持の皇子、右大臣阿部御主人、大納言大伴御行、中納言石上麻呂足。身分の高い順に書いてある」
「でも、何年も通い続けて手紙を出したり和歌を送ったりしているんですよね。それって純愛じゃないですか?」
「ひょっとしたらこの五人で誰がかぐや姫を落とすか競っていたのかもよ」
澪さん、にんまりしつつロマンを潰してくる。おそるべし、京大文学部。
「で、かぐや姫が七十になる翁の願いを受け入れて五人と見合いをすることになるのだけど、愛情の深さを示すためにそれぞれに課題を出したというわけ」
澪さんは、求婚者の横に要求したプレゼントを書き足していく。
仏の御石の鉢、蓬莱の玉の枝、火鼠の皮衣、竜の頸の玉、燕の子安貝。
「これを見て何か気づかない?」
と言われても、気のきいたことが言えそうにない。
「火鼠の皮衣が火浣布――石綿だって説はきいたことがあります」
「そうね。手に入らなくはない。でもこの五つの中だと、中納言の子安貝だけ異様に入手しやすいと思わない? 他の物は海外や異界に行かないと手に入らないのに、燕の巣はけっこうどこにでもある。現に、御所の大炊寮に燕が巣を作っているときいて、採りに行っている。まあ、中納言はつり上げた篭から落ちて苦しんでから死んでしまうのだけどね」
「唯一、かぐや姫が涙を流した相手なんですよね」
「それ、違うよ。原典では、ちょっと悲しくなった、とだけ書いてあるの。だから帝は『多くの人を殺してしまった心の持ち主だ』と評しているし、竜の頸の玉を採りに行った大伴大納言も『かぐや姫という大盗人が人を殺そうとしたのだ』と言っている。かぐや姫は、冷酷な人として描かれているの」
澪さんは、ふーっと溜息をつく。
「でもね、根本的には石上中納言がポンコツだったのがいけなかったのよ」
「ポンコツ?」
「だって、要求したのが子安貝ですよ。安産のお守り。あなたの子を産みたいって言ってるようなものじゃない。普通わかるでしょ」
「ははは」
私も、かぐや姫が本当は返事をしていたとは知らなかった。そういう裏があったのか!
「ということは、石上中納言が本気で燕の子安貝を探したのは、全くの徒労だったということですね」
「そう。鈍感男には困ったものだわ」
なんとなく澪さんが言いたいことが伝わってきたのだった。
とまあ、かぐや姫の話をしていると、ノックとともにドアが開いた。
「あっ、会長。お疲れ様です」
アマリ氏である。今日は珍しくスーツにワイシャツ、ネクタイ姿だ。大きなショルダーバッグを斜めがけにしている。
「ふう。学会発表、終えてきたよ」
「ご苦労様です」と澪さん。
ホワイトボードを一瞥した会長は、どんな話をしていたのかを見抜いた。
「かぐや姫の伝説か。あー、確かアレ、チベットの民話にそっくりな話があるんだよなあ」
「チベット!?」
「斑竹姑娘。求婚してくる金持ちの息子達に要求する宝物が『竹取物語』とそっくりなんだ。え? 知らない?」
……世代間ギャップというやつだ。会長の世代、あるいはその親の世代には常識だったことを私たちが全く知らない――たまにあることだ。
荷物を置いたアマリ氏は、斑竹姑娘の話を始めた。




