八〇一戦線異状あり(3)
ミケネコさんは、ちょっとためらってから答えた。
「ええ、僕は生物学的には女性です。でも、心の中は男性です。中学の時に自分の体に違和感を覚えて、それ以降、葛藤を抱えながら生きてきました。でも、その事と今回の事件に関係があるのでしょうか」
ちょっと不思議そうだ。
「物凄く関係があります」とメリーさん。「ところで、ミケネコさん――勇さんが新しい住所を知らせた方ってどのくらいいます?」
「えっと、勤務先の人事課くらいですね。それ以外だと、そう多くはないです。住民票と本籍地は今の家に移しました。両親からは義絶されていますし、年賀状をやりとりしている小学校の同級生くらいです」
「生ラーメンを送ってきたおばあちゃんというのは?」
「ええ。母方の祖母です。あの人には知らせました。一人暮らしなので、万が一の時は頼ってくれと言っています。その他の親族とは連絡をとっていません」
「そのおばあさんは、あなたの性自認には理解があるの?」
「とは思えません。普段、僕が男の姿をしていることも知らないと思います。祖母の元を訪れる時は女装して行きますから」
……そうか、この人にとって女性の服を着ることは女装なんだ。
メリーさんは質問を続ける。
「そのおばあちゃんは何歳ぐらいの人です?」
「六十五歳だったかな。……でも、どうしてです。エロ同人誌とは縁もゆかりもないお年寄りですよ」
メリーさんは、ちっちっちっ、といいながら人差し指を横に振った。
「勇さんは、ショタコンという言葉を知っていますか?」
「はい。少年好きの人のことですよね」
「その語源はご存知?」
「さあ」
いきなりの質問に戸惑っている。
「正太郎コンプレックス、です。アニメの『鉄人28号』の主人公が金田正太郎。半ズボンの美少年です。このアニメが放送されたのが一九八〇年頃、ロリコンの対義語としてアニメ雑誌でショタコンという言葉が作られ、そこから広まりました。それ以前、『海のトリトン』がアニメ化されたのが一九七二年です。その頃からすでに腐女子の間ではトリトンのエロ同人誌が作られていました。もっとも当時は仲間内での手描き回覧が限界でしたけどね」
「そんなに昔から……」
「というわけで、あなたのお婆さんはかつて同人誌の世界にどっぷりと浸かっていた可能性があります」
「はぁ」
「あたしの推理はこうです。あなたのお婆ちゃんは孫の顔が見たい。けど、あなたのお母さんからは『男に興味がない』と聞かされている。そこで、お祖母ちゃんはあなたの性的嗜好を変えようと考えた。男に興味を持たせるにはどういう手があるか――簡単なことです。あなたをゲイにすればいいのです。ただし、彼女にはあなたの嗜好が読めなかった。下手な鉄砲数撃ちゃあたる、というわけで色んな傾向の同人誌を送りつけたのです。ただし、ショタ物は避けました。子供に手を出されては元も子もないですからね」
勇さんは蒼白になっている。手が小刻みに震えていた。
「そんな、まさか、お婆ちゃんが犯人…… まさか……」
「もちろんこれは一つの仮説です。ただの嫌がらせという可能性もあります。けど、大量の薄くて高い本を送りつけるなんて地味な嫌がらせ、普通の人はしません。以上が私からの回答です」
メリーさんが、かがみんと私の顔を見た。もう行こう、と言いたげだ。
かがみんがうなずいた。
「これは放送では使えないですね。何か進展があったらまたご連絡ください」
私も同意して立ち上がる。
後には、心の底まで打ちひしがれた青年と、私たちが飲食した伝票が残されたのだった。




