八〇一戦線異状あり(2)
夜中のネットテレビは送る側も受け取る側も多少頭のネジがゆるんでいる。だから、運営側も配信者が暴走しないようしっかりとチェックしている。今回の「ミスティックムーンナイト」では、同人誌の表紙や内容を映さないことが厳命されていた。ただそうなると言葉だけの説明になって、いまいちヤオイ同人誌のヤバさが伝わらない。それに加えて「ご近所のメリーさん」のテンションが異様に低かった。かがみさんのハイテンションが空回りする。女の子が二人、過激なエロ同人誌を見ながらワーキャー言う、という場面を期待した視聴者には残念な結果だったろう。……そう、見学していた私にも残念に思えた。
放送が終った頃には視聴者数はかなり減っていた。
かがみさんはがっくりと肩を落とす。
「はぁ。これなら『メリーさんの舘探訪記』とかにした方がまだよかったですよ-」
「そだねー。でも、あそこでのことは話せないことが多すぎるのー」とメリーさん。
私も、つい口をすべらせる。
「本当にそうだったね。あれは恐怖だった」
かがみさんがピクリと反応する。
「メリーさんの舘に行ってきたんですか?」
「うん、ついこの間」
「あそこって、縁がないと行き着けないって言われる所ですよね!」
私は黙ってメリーさんを指さす。
「ひょえー! 深夜に行ったんですか!?」
「うん。タクシーで行った」
「中に入れたんですか? 噂のでっかいホール、ありました?」
「あったよ」
「子供の霊は出ました?」
「出たっちゃあ出たけど……」
「あれはヤバかったのー。……いえ、違うの。本当はただの可愛い羊たちと触れあえる楽しい場所だから。昼間に行ったらアルパカとかリャマとかビクーニャとも遊べるところだからー」
必死でごまかすメリーさん。
「どんな子供でした? 幽霊以外に何か心霊現象は起きました? 写真とかあります? ケチケチしないで教えて下さいよ~」
かがみさんが私の肩を揺さぶりながらせまってきた。それがちょうどアヒル口になっている。
……もー、こいつ可愛いんだからー
つい話してしまいそうになるのをぐっとこらえて話を元に戻す。
「ところでこの同人誌の件だけど、怪異事件の可能性はある?」
「うーん、それなんだけど…… 怪異性はゼロ。何の痕跡も感じられない」
「てことは、ただのいやがらせ!?」
「そうね。ただ、引っ越した先にまで送りつけてくる、それもかなりの頻度で、て所が謎なの。探偵魂に火がつくわ」
言葉とは裏腹にテンションが低いままだ。ヤオイ本がよほどトラウマになったらしい。
「これは直接三花猫さんに会ってみるしかないよね」と私。
「いいですねー。こちらかコンタクトしてみましょうか」とかがみさん。
「会ってみたいよね、近くならいいんだけど」
「あっ、神戸の人ですよ。転送されてきた段ボール箱に元の住所の痕跡が残ってましたから。バーコードのシールをはがし忘れると、発送した地域が特定出来ちゃうんですよねー」
……かがみさん、恐ろしい子!
というわけで、次回の放送内容が決まった。
土曜日。
私たちは神戸の異人館街にやってきた。
肝心のかがみん――かがみさんは、めちゃくちゃ眠そうだ。
服装は、かがみんは地雷姫、私はその親友の穂乃果の格好をさせられた。最初は義姉の貧乏刑事雫を薦められたのだが、ウィッグがいやだと反発して穂乃果役を勝ち取ったのだ。この子なら髪型も私に近いし、手持ちのダボダボパーカーでごまかせる。何より、サングラスにマスクをしているのが常態というのがいい。
三ノ宮駅からシティーループというバスに乗る。おしゃれな外観がうれしい。北野異人館バス停で降りて、そこからしばらく歩く。
山手八番館にある「サターンの椅子」に坐ったり、うろこの家で景色をながめたり、風見鶏の舘や萌黄の舘を見て回る。これだけでも番組が一本とれそうなくらいの動画が撮れた。
カメラマンは私とメリーさんで交代してつとめた。「支倉かがみ」の冠番組なので、これは仕方がない。
指定された時刻が近づいたので、三花猫さんご指定のカフェに入る。
異人館街にしては凡庸な造りのマンション。その半地下になった場所にあるカフェだ。内装は無機質でなぜか中に階段での上がり下がりがあり、客の入りは今一。ちょっと残念なカフェだった。
約束の時間をすぎて二十五分。
タートルネックに背広姿の雰囲気イケメンの青年が声をかけてきた。
「支倉かがみさん?」
「はいですー」
かがみさん、ぴきっと細くなる。
……お前は緊張したフクロウか!?
青年は、笑みを浮かべつつ挨拶する。
「失礼、ミケネコです。遅くなってどうもすみません」
かがみさんの横にどかっと坐った。
私は、その言動に違和感を抱いた。
わざと潰したような低い声。キザっぽさを演出するかのような大ぶりな動き。
二人は名刺交換をしている。
「『ご近所のメリーさんです。名刺はきらしていてごめんなさい」
……大学講師の名刺は出さない。賢明だ。
「私はかがみさんのアシスタントです。名刺をつくってないので……」
かがみさんがテーブルに置いた名刺をちら見する。
一級建築士、デザイナー、魚住勇。フューチャークリエイターという会社名が入っている。住所は垂水区になっている。そこに会社があるのだろう。
……ていうか、三花猫ってミケネコって読むんだ!
ネットで流れていくコメントだと読み方まではわからない。
「ちょうどこちらで仕事があったので、このカフェに来ていただいたんです。それが思いのほか長引いてしまって。お詫びにここの会計は僕が持ちます」
なんかせこい。絵に描いたようなダメリーマンっぷりだ。
かがみんは……
ダメだ、ぽーっとしてやがる。
やめておけ、そいつは……
「ミケネコさんが女性だとは思わなかったのですー」
メリーさんが無邪気な声で突っ込んだ。




