決戦
アレクサンドラと黒竜の戦いは続いていた。
アレクサンドラはいくら傷付けようと立ち所に回復してしまう黒竜に苦戦を強いられていた。
長い戦いはアレクサンドラの体力を削り、息が上がっている。
両者が激突する毎に大地は抉られ、草木は焼かれた。アレクサンドラが降り立った時と比べて見る影もない。
一体何人もの人間がこの場から逃げ切れただろうか。大地に転がる死体はその原型を留めず肉塊と化している。
この大地に生きているのは二匹の竜しかいなかった。
アレクサンドラは黒竜の猛攻に堪らず空を飛び距離を取った。
黒竜は羽がなく上空のアレクサンドラに吠えるだけである。そして届かないと分かると周囲を見回した。
目についたのは遠くにある小さな村。そこに微かに人の匂いがした。
それを感じとった黒竜はアレクサンドラ事など忘れ本能のまま村に走っていく。
「くっ!やらせるか!」
アレクサンドラは黒竜を追いかけて上から火を吹いた。火は黒竜を包み込んだがそんな事お構いなしに黒竜は村目掛けて突っ込んでいく。
アレクサンドラは急降下し黒竜の上にのしかかった。
「この国のものは全て我の所有物だ!好きにはさせん!」
アレクサンドラが降りてきたなら黒竜の獲物は村から背中に乗るアレクサンドラに移った。
黒竜は背中に乗るアレクサンドラを体を振り無理やり剥がすと大きな口を開けて噛みつこうとする。
アレクサンドラは両手で黒竜の口を押さえてるとその口の中に火を吹き、黒竜の口内を焼いた。
流石の黒竜も怯み、もがき苦しんだがその傷も瞬く間に治ってしまった。
無尽蔵の体力と再生力を持つ黒竜と違いアレクサンドラは碌に休めていない。既に満身創痍であり。終わりの時が刻一刻と近付いていた。
「もはや……ここまでか……」
アレクサンドラが諦め掛けたその時、アレクサンドラは凄まじい速さでコービンがこちらに向かってくる事を察知した。
黒竜との戦闘に集中するあまり、接近するまで気付かなかった。そしてその後ろを追う強大な存在も。
「あやつめ、まさか本当に緑竜を呼ぶとは」
アレクサンドラは遠くに緑竜の姿とその前を飛んでいる召喚竜の姿を捉えた。
だが様子がおかしい。助けに来たと言うよりコービンは逃げている様に見える。
「ふっふ、一体何と言って連れてきた」
これにはアレクサンドラも戦闘中ではあるが口元が緩んでしまった。
「アレクサンドラ様ーーーー!!命令を無視して申し訳ありませーーん!!」
コービンはアレクサンドラに向かって叫んだ。この期に及んでコービンは謝罪から入った。
「よい!そのまま其奴を黒竜に突っ込ませろ!」
「はい!!」
コービンは黒竜に向かって突撃していった。勿論緑竜も付いてくる。
コービンと緑竜の存在に気付いた黒竜は大きく口を開けて両者を喰らおうとした。
コービンが黒竜の口に丸々入ってしまうか否かのところで召喚竜は急上昇し黒竜の口を避けた。
召喚竜の急な動きに合わせられない緑竜はそのまま黒竜と正面衝突し鈍い音を立てながら揉みくちゃになった。
緑竜は下敷きになった黒竜を無視してコービンを追いかけようするが、それを黒竜が拒んだ。黒竜は緑竜の腕に噛みつき喰らおうとする。それを緑竜は押し退けて、なおコービンを追うとした。
コービンは黒竜の周囲を旋回し何とか緑竜が黒竜の相手をする様に仕向けた。
「うわ!ひぃ!こっちに来るな!」
コービンは情けない声を上げながら二体の竜の間を飛んでいく。
「逃げるな!餓鬼!」
緑竜はちょこまかと飛び回るコービンを追っていく。
「グルオオオアアアアアア!!」
黒竜は口を開けて緑竜に噛み付く。
コービンを追う緑竜、緑竜を喰らおうとする黒竜、黒竜の周りを飛ぶコービン。三者の思惑は激しい衝突となり大地を揺るがした。
そして遂に黒竜が緑竜の上に覆い被さる態勢になった。
「邪魔をするな!殺すぞ!」
緑竜が叫び黒竜を睨みつけた。緑竜の標的が完全に黒竜になった。
怒りに狂う緑竜は黒竜の首元に噛みつき力任せに振り回す。黒竜も抵抗し爪を立てて緑竜を引っ掻いていく。
こうなればコービンの出番は無い。竜同士のぶつかり合いから死にそうな思いで戦線から離脱した。
緑竜と黒竜の戦闘は更に激しくなった。
アレクサンドラと違い緑竜は完全に頭に血が昇っているのでその戦闘も荒々しい。
緑竜は黒竜の頭を地面に押さえつけ、大地が割れるまで何度も踏みつけた。
緑竜の息が切れた隙をつき黒竜は緑竜の足に噛みつき引っ張り、今度は緑竜を地面に叩きつけた。
馬乗りなった黒竜は緑竜の首を食いちぎろうと大きく口を開けたが、緑竜の尻尾が黒竜の首を締め上げた。
それでも黒竜は自慢の爪を突き立てて必死で緑竜に攻撃をしようとする。しかし、そんな黒竜の後ろからアレクサンドラが爪で切り裂いた。
黒竜はバランスを崩して地面に倒れ込んだ。緑竜は何度も黒竜の顔面を殴っていく。アレクサンドラも黒竜の体をまで何度も爪で切り裂いた。
いくら丈夫な黒竜でも二体の竜を同時に相手する事など出来はしなかった。無抵抗に二体の竜に蹂躙されている黒竜の動きは次第に弱っていった。
そして遂に黒竜の動きが止まった。その瞬間、アレクサンドラが黒竜の首元に噛みつき、力の限り噛み締めた。
「グオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」
黒竜は苦しみの雄叫びを上げた。
そしてアレクサンドラは黒竜の首を噛みちぎった。
黒竜の頭は大地に落ち、体は力無く倒れ込んだ。首からはおびただしい量の血が吹き出して辺りを赤く染めていく。
黒竜との戦いは半ば強制的に共闘したアレクサンドラと緑竜の手によって幕を下ろした。
しかし緑竜の戦いはまだ終わっては無い。
「今度はお前だ小僧!何処にいる!」
緑竜はまだ頭に血が昇っており大地を踏みつけながらコービンを探した。
「こちらでございます!緑竜様!」
コービンの声が聞こえた方を見ると、コービンは少し離れた小高い丘の上で正座していた。
「申し訳ありませんでした!この通り!いかなる罰も受ける覚悟でございます!」
コービンは土下座をして全力で謝った。
「罰など無い!今ここでお前を殺す!」
「ひいい!」
緑竜が土下座するコービンに近付こうとしたがアレクサンドラが間に割って入ってそれを止めた。
「まあ待て」
「邪魔をするな!」
制止するアレクサンドラを緑竜は睨みつけた。今にもアレクサンドラに噛みつこうとするそんな迫力が緑竜にはあった。
アレクサンドラは人の姿になりコービンの横に立った。そして緑竜を真っ直ぐ見つめた。
「此奴は我の家臣だ。家臣の失態は王の責任だ。ここは我に免じて引いてはくれぬか?」
アレクサンドラは緑竜に向かって頭を下げた。それは美しい綺麗なお辞儀であった。その姿にコービンも緑竜も驚き絶句した。
まさかの対応をされ完全に気が抜けしまった緑竜は、「お前が頭を下げるとは……」そう呟き信じられない物を見る様な目をした。
コービンも何か言いたげで口をパクパクさせているが何も言葉がでない。コービンが今まで生きてきて初めての状況である。
「その小僧はお前が頭を下げる程の人間なのか?」
緑竜は頭を下げたアレクサンドラに質問した。
アレクサンドラは顔を上げて答えた。
「ああ、我の自慢の家臣だ」
アレクサンドラはそう言い切った。コービンは嬉しさのあまり目に涙を浮かべている。
コービンは今まで多くの人間に仕えてきたが褒められた事など一度もなかった。そしてコービンの為に頭を下げる人間なんて当然いる筈がない。
コービンはこれまで長い年月誰かに仕えてきて初めて心から報われたと思った。
アレクサンドラの言葉聞いた緑竜の目からは殺意がすっかり消えていた。
「まあよい、今回だけは許してやろう。珍しいものも見れたしのう」
「寛大な決断と此度の助太刀、誠に感謝する」
アレクサンドラは改めて緑竜に向かって頭を下げた。
「やめろ、やめろ気色が悪い。ワシはもう帰る」
「そうだ、出来れば黒竜の体を持って行って欲しい。頭はこちらで封印する」
「そうじゃな、また駆り出された敵わん」
緑竜は頭を失った黒竜の体を腕で持ち上げて飛んでいった。その後ろ姿は何処か楽しげでもあった。
コービンはそれを見送ると今度はアレクサンドラに土下座をした。
「アレクサンドラ様!ありがとうございました!アレクサンドラ様のおかげで私は今もこうして生きていられます!」
コービンの心からの感謝の言葉である。
「それは我の台詞だ。よくぞ緑竜を連れてきた。感謝する」
これもアレクサンドラの心からの感謝の言葉であった。
「アレクサンドラ様……」
コービンの目から涙が溢れた。鼻からは鼻水が流れ顔はぐちょぐちょである。
「泣くな。帰るぞ我が城へ」
「はい!」
アレクサンドラは竜の姿に戻り飛び立った。コービンのその後ろにしっかりとついていき、二度と戻らないと覚悟していた王都を目指した。