九十三夜 学びの園
「いっ如何されましたか!?」
ギャンベゾン姿の巨漢が、ウダカの東にある外側城門前に辿りつく。
軍馬を牽いた巨漢の息は、見るからに上がっていた。門衛は急報の使者ではと、平民の行列を遮り慌てて駆けつける。
名乗った訳でも指摘されたでもなく、誰もが正当な騎士と認識していたのだ。
「騒がせてすまぬ、得がたき御方の元へ馳せ参じたのだ」
騎士は穏やかな口調で述べ、詰所を借りれないかと告げた。
その圧倒される気配とは逆に、余りに優しい物腰しに門衛は思わずうろたえる。
「は……っいえ、はっ! どっどうぞこちらへ!」
「せめてエールでお口汚しを、おいすぐに準備しろ!」
その日は殿下が街にお越しと、商人が集い大行列となっていた。
騎馬で移動する貴族にとって行列を無視するのは当然で、平民にとっては怒りも湧かない意識の外である。
だがその巨漢の騎士から、なぜか誰も目が離せなかった。
『カルマ』と呼ばれる不可思議な「力」を発しているのだと、理解できる者は門衛の中にすらいない。
騎士が礼を述べ、門衛を率いて城門へ歩む。
居合わせた者全員が、戯曲を朗々と謡いあげるステージに思えただろう。
新王都から約1日、80キロの距離を騎馬を牽き駆け抜ける。
果たして急使であっても行えたであろうか……伝書バトほどではないが、執念と呼ぶべき強行であった。
巨漢の騎士は荒れた髪をキッチリ整え、馬に積んだプレートメイルと膝下までのサーコートをガッチリと着込む。
自ら課した「己の立つべき場所」への想いが奮い立つのを感じ、疲れを忠誠心でねじ伏せ騎乗の騎士となる。
「ハ――ッ!!」
光の卵と噂される屋敷へと、襲歩の馬が疾走した――。
「……パス」
「ではスペードの6、これで上がりです」
「やっぱりアユムが止めてたのか! お前なあ……っ!」
「酷い酷いっ! 私スペードの並びは3枚も持ってるのに――~っ!」
ラクシュが素に戻って訴え、ビハーラ嬢が半泣きで手を上げた。
パスを続けていたヴィーラ殿下も幾度か口を開くが、文句を叫ぶのは子供過ぎと自粛したのか歯を食いしばる。
堰を切ってスペードが次々と並べられ、テーブルにキレイな縦列を敷く。
「あっ殿下はAを持っておられたんですか、それは残ってしまいますねえ」
ゲームですよと明るく接したのだが、トランプ越しに無言で睨まれた……。
4種の記号から7を中央に配し、同じ記号の数字を順番に並べていくゲーム。
「七並べ」である。
皆初心者なのでパスは無制限、本来はパスも駆け引きだけどそこは配慮する。
手持ちのカードを並べ終えたら上がり。
ヴィーラ殿下が4位となり、カードを集めると視線でぼくの前に突き出す。
「配れ」ですね、はい。
「殿下、そこまで真剣な顔でやらずとも」
なんだかノリが、ジャーラフと似てるなあ……。
王道の改善案とプレゼントをお渡しした後、運よく「木口」に恵まれる。
戦闘訓練での精神疲労が完全に回復し、見事な「力」に感謝が絶えない。しかしなぜか皆が疲れを訴えるので、屋敷に戻りパウンドケーキを給仕した。
木板を削って製作した「丸い小皿」に、フォークと共に乗せ提供。
取り皿扱いで見慣れた平たく硬いパンではないのに気がつき、なぜ木なのだろうと疑問の目が流れて楽しい。
ヴィーラ殿下とビハーラ嬢には蜂蜜酒を、ラクシュにはコーヒー。
残念ながら殿下もコーヒーは合わず、飲んでいる姿を見て眉をひそめていた。
「ラクシュのマイナスポイントに、なってやしないかなあ……」
ソーマ卿も額にシワを寄せ寡黙に固辞し、代わりにハーブティーを好まれる。
プリンスも無言になったっけ、男性がコーヒーを気に入る訳ではなさそうだ。
「コーヒー連合王国の設立は、中々に遠い話となりそうだな」
「骨を折るのもまた一興、仲良く両国で歴史を刻みましょう」
ラクシュが同意を求め頭を掻くので、思わず軽口で対応してしまう。
「リグ公はずいぶんと……このアユム卿と、気安く接するのですね」
なにかをふくんだ言い回しだったけど、殿下に2人が出会った経緯を聞かれた。
サーガラでの出会いに船での騒動から話が広がり、トランプとはなにかと問われゲームに興じる運びとなったのだ。
「サンドイッチの例もある、ケーキをつまみつつでもそう行儀悪くはないかなあ」
パンに具材を挟んで食べる……サンドイッチの原型は古代ローマにも存在する。
レシピに記載すらしない、自然に発祥したポピュラーな料理だった。
名称が明確になったのは18世紀の中期、諸説はあるがサンドウィッチ伯爵――ジョン・モンタギューにちなんでつけられたとするのが有名。
賭博中に手早く食べられるのが受け、19世紀に爆発的な広まりを見せる。
最初は接待トランプをするつもりだった。
ソーマ卿はゲームに興味がなく、ルタは皆に飲み物を給仕した後消え、ヨーギはケーキに夢中でどこ吹く風。
ルタとヨーギにはイチジクではなく、ラズベリーだけのパウンドケーキを焼く。
どうやら気に入って貰えたようだ。
シャンティ卿とローカァ伯爵夫人は、優美な舞踏会と大量の華が舞い散る別世界に入ってしまう。
「あなたもすっかり、「お母様」になったわねえ」
「もう会う度に言わないでください、シャンティ卿を見てると月日を感じないわ」
からかわれ頬を膨らませながらも、笑顔の絶えないティータイム。
……背景に竜虎の影絵がかすむのは、気のせいだろうか。
結果卓を囲むのは、トップ王族2人に由緒ある貴族の御令嬢となったのである。
平民意識の強いぼくにとっては、緊張感この上ない配置。まあ……勝負とはいえゲーム、気楽にルール説明をして遊び始めた。
「船でも思ったが、このように遊びながら数字を学べる方針は確かにいいな」
「私でも読み書きが上達する? 蝋板にいくら書いてもすぐ忘れちゃうの――」
ラクシュが知育玩具として興味をしめし、ビハーラ嬢がヴィーラ殿下と卓を囲む緊張感から徐々に脱する。
パウンドケーキに舌鼓を打ち笑い声が絶えないホール、なんだかいい雰囲気だ。
「――勝負事に、手加減は許さんぞ」
しかし殿下がぼくの弛緩した心を看破し釘を刺す。
アマゾネスの家政婦長が脳裏にチラつき……自分だけパス3回と、一応の縛りを科して人知れず手加減していた。
はい……ゲームとはいえ勝負、ですね。
「ボコボコにして矜持を傷つけたら、殿下はどんな反応を為さるだろう」
そんな気持ちがあったのも確かである。どうにも殿下相手だと、沸き立つ感情を押さえられないなあ。
忠実な家臣として、悩み多き選択であった。
「軽食としてサンドイッチはいいな、昼食に作ってみよう――はい、ダイヤのK」
「アユム、ここ止めてるの絶対お前だろ!」
「もう――~パスパスっ!」
「ぬう、貴様という奴は……」
ゲームって性格が出るよね。
☆
「殿下はフォアグラが、不得手でございますか?」
晩餐会でフォアグラのソテーに、一切手をつけておられないように見えたのだ。
ハートのQを卓に並べながら質問する。手札にうなる3人が、真ん中の7に近いカードを出せと背後の影で訴えていた。
「……体調を崩さないのも王族の義務か? 執事の小言は聞き飽きてるぞ、どうにもあの生臭さと歯応えは受けつけん」
ヴィーラ殿下にも諫言する方がおられたのか、なんだか少しほころぶ。
「古代ではドライイチジクを与えた、ガチョウのフォアグラを好んでたそうです。ぼく自身食べたことはないのですが、どんな味だったか気になりませんか?」
カードを弄んでいた殿下の手が止まる。なんの話が始まったのかと、皆の意識もぼくに向いた。
――「フォアグラ」は世界三大珍味に数えられる高級食材である。
専用飼育されたガチョウや鴨に大量の餌を与えた食用肝臓であり、通常飼育での食用肝臓も品質的には同じだが、「レバー」と呼ぶ。
王道の整備同様、古代ローマ崩壊後に文化は一反衰退を見せた。
19世紀までは鶏の肝臓も多く用いられたため、質が高かったとは思えない。
残念ながら悪質なフォアグラは、独特の香りを失い食感も悪くなる。フォアグラではなくレバーとして調理するなら、相応の料理にすべきだろう。
「フォアグラは10月から3月が美味しい時期とされています。もしよろしければお作りしますよ、テリーヌならさらに食べやすいかもしれませんね」
にこやかに話したのだけど、殿下に怪しんだ表情をされる……。
「それは私も是非食べてみたいな、なにしろアユム卿の料理は絶品だ!」
ラクシュが空の小皿を未練がましく撫で、ビハーラ嬢も弾けたように頷く。
しかしヴィーラ殿下は――無言で、テーブルにカードを伏せた。
「よかろう好きにせよ……と言いたい所ではあるが、なにを企んでおる? お前とは貴族や諸侯と別種の駆け引きが要求される、毎回では我とていささか疲れるぞ」
カードを扇状に広げて指さし、意地の悪い笑みを浮かべる。
手の内を晒せ――と。
「ああ……アユム卿? 頼むから美味しい料理の話だけに、しておいてくれよ」
ラクシュが王道での問答を思い出したのか、なにやら疑惑の目を向け出す。もう勘弁してくれと目が訴えており、分かりましたとにこやかに笑う。
だのになぜか、周囲を巻き込みさらに暗くなった気がした。
「ふう……リグ公、どうも此奴の策謀好きは筋金入り。若さに似合わず裏の読めない好々爺でして、他にも迷惑をおかけしておらねばいいが」
「なっなに、権謀術数は世の常! ここまで一芸に秀でている家臣など、世界中を探しても見つかりませんでしたよ」
ぼくを探してサーガラをうろついたのだと聞き、思わず殿下がほころぶ。
「相変わらず諸国を漫遊されておられるのですね、羨ましい――」
殿下が自分の小皿に残っていたパウンドケーキを半分、ラクシュの小皿に渡す。
少しばかりぎこちなくはあったが、2人は目を細めて笑い合った。
とてもお似合いだけど若干引っかかる。忠実な家臣をつかまえて策謀好きとは、まあ察せられたみたいですね。
「レバーは鉄分が豊富な食材です。女性の貧血は鉄の欠乏がもっとも多い原因とされており、思春期の女性には積極的に取り入れて欲しい予防対策なのです」
男性より女性の方がレバーを苦手とする傾向にあった。牛乳に浸すなど下処理をきっちり行い、生臭さを消し去る手順が必要。
意外な進言に、カップルの視線がシンクロした。ね、料理のお話でしょう?
「成長期に必要なビタミンAも多く含みます。感染症や生活習慣病の免疫力アップに役立ち、子供の発育を正常に促す栄養素です」
ホールから見える庭園に目を向けると、皆がぼくに釣られる。
数人の子供たちが元気に働いていた。
「さらにビタミンB2など、お肌の美容に欠かせない働きも担うのですよ」
「ビタツー……お肌の美容!?」
美容と聞いて、傍観してたシャンティ卿とローカァ伯爵夫人が見事に食いつく。
まだそこまで気にしていないビハーラ嬢が、2人を見て驚いていた。
「そして実は今回のイチジクも、鉄の含有量が豊富なんです」
上品な甘みを味わえたイチジクのデコレーションケーキは、大好評を得てすでに皆のお腹に収まっている。
今回イチゴの見立てとしたイチジクだけどもう一点、健康管理の側面もあった。
ヴィーラ殿下がフォークに刺したパウンドケーキを、思わずも見つめる。
「アユム卿の言葉は信用しているが、さすがに肉とイチジクが同じとは……」
ラクシュが代表してだろう、疑惑と戸惑いを伝えてくれる。
「食材にふくむ栄養素の一部が同じなのです、重要なのは……選択できること!」
不得手だったら無理にレバーを食べる必要はなく、他の手段もあると認識する。
体内で独自に作り出せない栄養素を、食品から摂ることが肝心なのだ。
他者は平気でも個人的には受けつけない――アレルギーの問題もある。科学検証が行えない時代、苦手や嫌いといった感覚はけして軽視できない。
「ましてや摂取する食料が異なる亜人の子供、ぼくは只人向けの料理しか知らないのです……それでは今後、なにかしらの問題が発生しかねません」
好きだけど体質に合わない、苦手だけど健康には重要。大人なら今までの経験で分かるだろうけど、上手く心を表せない子もいるだろう。
シャンティ卿の助言を思い出していた。
――イチジクはこの時代、ある意味有名となる。
黒死病が蔓延した際、イチジクが病原菌だと排除対象にされたのだ。
それが後にはイチジクを塗布すると腫れが引くなど、医薬品として用いられたと記録が残されている。
どのような経緯で噂が逆転したのか、それほどの大混乱だったのだろう……。
「肉が苦手なリザードマンの船長にも、貧血対策の栄養素として伝えたっけ」
代わりにと食べておられるかな――そんな想いの最中、金属が弾ける小さな音。
ヴィーラ殿下がフォークを取り落とし、額を押さえ汗を滲ませていた。
「で、殿下っ!?」
そこにいた全員が立ち上がり、焦りと共に口を開け注視する。
イチジクからレバーを連想した? そこまで苦手だったのですか!?
「いや、問題はない……ジャーラフ、こちらへ来るよう伝えてくれ」
殿下が皆に手を挙げ、虚空に向け返事を返す。
それだけで「風舌」があったのだと分かり、皆は安堵して腰を下ろした。
「不得手といえばコレだな……便利なのは認めるが、一向に慣れん」
浅く息を吐き、深く椅子に体を沈める。
分ります、ぼくも精神の主導権を握る綱引きに慣れなくて脳がしびれてしまう。
「どうもノンビリとはしていられなくなった、好々爺の孫は休息日が嫌いらしい」
「ステューパ卿が、早くも到着したのですか!?」
2日の距離を1日……素晴らしいなあ。
「さてアユム卿、此度の企み――「布石」が見えてきたな」
ドキリと鼓動が弾んだ。
「布石、ですか?」
ラクシュは意外だったのか、殿下の背に伸ばしていた手を下げながら問う。
「ええ此奴の底意地の悪さが、にじみ出ていますね」
先ほどの「報告」を整理するために軽く頭を振ると、黄金色の髪が波打ち惜しげもなくオーブが舞い散った。
微かな汗まで輝き、ヴィーラ殿下が挑むように笑う。
「我がウダカに赴いてから、此奴が打っていたカード……」
まずはウダカ城で陶器の食器製作を訴え、国の発展に繋がると意義をしめす。
そしてインフラと称す、コンクリートでの整備や伝書バトによる通信網の構築。
亜人をふくめた子供の成長に必要な栄養、日常の食事に対する改善策――。
テーブルに広げたカードを指さしながら、一つ一つ開示した。
「王国の改善案だけではない、一見バラバラな主張に見えて、意図した画策をその只中に忍ばせている!」
我を試す気か――殿下の指が、シャンティ卿の屋敷に響く木霊を発生させる。
お見事です、ヴィーラ殿下。ぼくは思わず心で拍手と絶賛を送っていた。
「シャンティ卿の屋敷を子供たちをも巻き込んだ、時代に抗する「悪あがき」……殿下に制度改革の許可を、いただきたいのです」
すでに構想を伝えてあったシャンティ卿を見る。
どうぞ――とウィンクを反された。
「聖職者用の教育とも、戦士を育てる学校とも、親方に従う職人とも違う制度」
只人と亜人が関係なく育ち飛び立つ、ハチドリが守りし園。
テーブルに置いたカードを、占うように1枚めくる。
引いたカードはクラブの2。
クラブは「知恵」や「学問」を意味し、そして2は「努力」を暗示させる。
「ハチドリが謡いしこの地を、学びの園――「学園」にしたいのです!」




