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M属性 ~嗚呼、あなたに踏まれたい~  作者: 高谷正弘
第三章 新王都アムリタ
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八十四夜 磁器との遭遇

絢爛(けんらん)とは、ヴィーラ殿下のためにあるお言葉だわっ!!」

 ウダカ城に向かう貴族用馬車(コーチ)で、乗り合わせたビハーラ嬢が頬を染め叫ぶ。

 身支度をお手伝いしたのだと経緯を事細かに描写し、家臣としてお仕えする意義をこれまでかと鼻息荒く語る。

「殿下の燃える瞳に包まれようと仕立てたドレス、まさか御本人に袖を通していただけるなんて! ええ家宝として後の世に残すのは無論、赤は高貴な色として領民の着用禁止を布告しましょう――~!!」

 ……暴走が始まって怖いけど、まあ気持ちは分かります。

 しかし少しだけ、意外に感じてもいた。

「ヴィーラ殿下であれば、白いドレスをお選びになるかと思ったのですが……いえ赤色であれ、その美貌にいささかの目減りも感じませんけど」

「……そりゃあ殿下を表すのは白だけど、私は持ってないのよ。どんなにお父様に頼んでも、手に入るのはくすんだ灰色の生地ばっかり!」

 ビハーラ嬢が口を尖らせ反論するのを、ぼくは内心で納得する。

 欧州は12世紀頃、すでに高度な染色技術を誇っていた。

 数世紀の間赤にしか染められなかったのだが、10色の染料に複数の彩色を可能にした時代と言われている。

 その中にあって「白」は、難航の極みだった。

 マグネシアなどの鉱物をベースに複雑な手順を踏む必要があり、高価な上沈んだ灰色になるのが関の山……。

 領民が通常「白色」と表現する場合は、この「灰色」を指している。

「ぼくのシャツやメイドさん用のエプロン等――他の色と組み合わせれば気にならないけど、ワンピースは無地だけに粗が目立つかもしれない」

 殿下ですら普段着ておられるのは、白に近い程度なのだ。文字通りの真っ白は、入手困難なのだろう。

 ビハーラ嬢は周囲が見えないほど、殿下を敬愛なさっている。

 謁見の間で見た大輪の白バラ、光沢のある白いワンピースドレス……あれこそが「白色」だと思われているのかもしれない。

「あのレベルを求められたら、ローカァ伯爵とてお辛いだろうに」


 しかし同じ時代に、白を習慣に取り入れた王妃もいた――。


 ぼくの指摘は、思った以上に痛いところを突いたようだ。ビハーラ嬢のトーンが一気に下がり、膝に肘をつき頬杖をしてむくれている。

 その伯爵令嬢とは思えぬ姿勢に、同席するソーマ卿が額を押さえた。

 ビハーラ嬢は今夜、殿下と同型のピンクのワンピースドレス。赤いドレス同様、普段着のドレスも殿下のマネをしていたふしがある。

「そういえばこの時代に代表される、コタルディを着用した姿を見ていない」

 貴族社会の取り分け女性にとり、美容は重大な関心事。マナーがなっていないと批判や嘲笑を受けたこともあっただろう。

 一切取り合わず、貫き通したのだ。

 強く気高く誇り高く――なにより美しい殿下を、心より崇拝しておられる証拠。

「海上貿易は今後も盛んになるでしょう、きっと気に入る生地が手に入りますよ。今宵とて殿下のおそばに控える姿は、美しい二輪のバラに思えました」

 バラは古代ギリシャの時代から、美しさと香りで人々を魅了してきた花の一つ。

 殿下はもちろん、高貴な女性を象徴する例えに用いるに相応しい。落ち込ませたお詫びとばかりに、せめて励ましの言葉をかける。

「バっ……バラってアユム、そんなとんでもない! それに殿下と並び称しては、不敬にあたりますよ!?」

 若干頬を染め表情に華が咲き、分かりやすく立ち直られた。なぜかソーマ卿まで珍しくも顔色を変えぼくを見ている。

 ビハーラ嬢は殿下とタイプは違えど、十分魅力に溢れる少女だと思うんだけど。

「でも……でもそうよね、早く兄様とご結婚なさらないかしら? そうしたら――殿下と姉妹になれるんです! 2人で領地を漫遊し名物を食べたり、困ってる領民を助けて盗賊を懲らしめ無言で立ち去ったり……嗚呼、なんて素敵な未来!!」

「その未来に、ラクシュも入れてあげてください」

 ビハーラ嬢が興奮して手足を振り回し、車輪が抗議の悲鳴を上げていた。

 因果伯の立場上で、王族の婚礼を軽く語っていい訳がない。ソーマ卿もさすがに看過できず、ビハーラ嬢へお説教の目を突き刺す。

 しかし夢見る乙女は留まることなく、心はすでに世直しの旅に出ている。

「ええい控えおろう~ここにおわす御方をどなたと心得る――っ!」

 似たセリフを、船でも聞いたなあ。

「しかしそうか……婚礼で殿下に「純白のウエディングドレス」を仕立てるのは、難しいかもしれない」

 ぼくは自分で言っておきながら、なぜだか思った以上に気持ちが沈んでしまう。

 花嫁のイメージは純白――イダム卿の婚礼でこの時代は違うと思い出したのに、習慣とは本当に恐ろしい。

「あっそうかプリンスが真っ白のマントをはおってた、購入先を訊いておけば……いや挙式まであまり時間がないし、殿下に直接うかがった方が確実かな」

 しかしそれではサプライズにならない――唸って腕を組む。

 隣でソーマ卿も腕を組み、なにやら苦悶していた。

 陽気な妄想と沈んだ暗さを内包した馬車は、ゆっくりとウダカ城の門を潜る。



 ☆



 ウダカ城は海を望む崖の上に、まさしくそびえ立っていた。

 規模こそマナスル城の半分ほどだが、城外からは切り立ったのこぎり狭間の城壁と主塔の上部しか望めない。

 歴史ある人工の岩山が、松明を遮り巨大な暗闇を演出する。

 中庭で馬車から降りたラクシュが、立ち止まって城内を見上げていた。

 ヴィーラ殿下と何事か話しているけど、その表情までは見えない。

 この城は「パシュチマ連合王国」への要として建造され、何世代か前には国境の覇権を争い幾度となく血を流しあっている。

「外から眺めたことはあるだろう祖先が渇望した地に、王太子はなにを想うのか」

 山の木々が瞬く星を振り払い騒めく。

 寄せては返す波が風を穿ち、飛沫さえ感じる海鳴りに……ふと、尋ねてみる。

「ぼくまで城を訪問する必要、なかったのでは?」

「昨日ラズベリーパイを作ってくれると言ったでしょう!?」

 ビハーラ嬢が心底信じられないと憤り、詰め寄ってきた。

「作ると申したのはプラムのジャムですが……いえ、はい分かりました」

 ヴィーラ王国の三大都市、主要であるウダカ城に興味がなかった訳ではない。

 しかし正直明日の方が重要であり、準備をしていたかったのだ。

 殿下がいつまでウダカに滞在されるか分からない。いやお忍びで来ておられるし安全を考え、すぐにでも新王都へお帰りいただくのが筋だろう。

 ならば最短、明日が山場となる。

 それなのに当然とばかり馬車に押し込まれ、連れて来られたのだ。

「殿下に目通りかなった訳だし、急いで新王都へ向かう必要なくなったのよね? だったら季節のデザートを全部食べたい! そうだ客間ではなく、アユムの部屋を用意させましょう! 毎日変わった食事が楽しめるわ――っ!!」

 瞳を輝かせ舞う姿は微笑ましいのですが、そういう訳にも参りません。今までも料理人として誘われはしたけど、ここまで強引なのは初めてだ。

 暴君(・・)の姿に心揺れたが、ぼくが(ひざまず)く御方は1人である。

 助け船にソーマ卿を見るが、寡黙な姿で頷いていた。デザート――食後の甘味は(バラ)以上に、老若男女問わず魅了してしまう。

「料理人の誤解、といておくべきだったかなあ」


 無表情の衛兵に囲まれ、中庭を通り主館へ向かう。

 城らしい狭く急な階段を上り2階へ。

 門口の扉が重々しく開け放たれると、実質一辺倒の簡素なシャンデリアが蝋燭(ろうそく)を灯し客人を暖かく迎えた。

 蛍光灯ほど強い光ではなく、松明と星明りに慣れた目にはむしろ優しい。

「殿下をウダカ城にお招きできるなど、真実(まこと)に恐悦至極でございます!」

 アーチ状の天井、両端に石柱が連なり、石畳が幾分削れる時代がかった通路。

 閉鎖空間に……ウマー伯爵の世辞溢れる言葉が乱反射し、脳を揺さぶった。

 ウダカ領は主要都市でありながら「パシュチマ連合王国」とは長きに渡り友好な関係を保っており、地理的に距離もあって重要視されなかった経緯がある。

「喜びもひとしおなのだろうけど、申し訳ないがぼくの耳には少々きつい……」

 従者の皆さんに苦笑をもらすと、理解されたのか苦笑を反された。だが思い立ち表情をこわばらせ、すぐ無表情に戻る。

 領主であるウマー伯爵に対し不敬は行えないのだ、深慮がなく申し訳ない。

 思えばローカァ伯爵家に集った衛兵も、終始感情を隠していた。兵士としてならそれこそが正しい姿勢だろう。

 マナスル城と異なる雰囲気に、気楽に接してくれたメイドさんたちを思い出す。

「スーリヤ様の、人柄のお蔭だったんだなあ」

 ヴィーラ殿下のお顔は見えないが、王族として感情的になれない場もある。

 シャンティ卿も殿下のそばで、なにも感じないと素知らぬ顔をしていた。

「う――~ん、年の功ですねえ」

 シャンティ卿の耳が一瞬動いた気がしたが、気のせいだと言い聞かせる。

 ビハーラ嬢は堂々と耳を押さえ、ソーマ卿が眉で苦渋の表情を伝えていた。


「懇意にしている行商人がおりまして、大海原を越え大陸から珍しい商品を幾度も手に入れ寄港しておるのです。いや命懸けの船旅です、全ての品に価値があるともいえますなあ、これは失礼いたしましたっ!!」

 なにが面白いのか繰り返し大笑いする。

 ウマー伯爵がもたらす振動を鼓膜に受けながら、晩餐会用のホールに向かう。

「ささっ殿下どうぞ――~!」

 薄暗い通路に連動する妙に堅牢な扉が開かれ、そこで様相は一変した。

 30畳ほどの、通路の幅を広げた細長い部屋。片面にはガラス入りの格子窓が、豪華なシャンデリアの光を受け輝く。

 石壁を色彩豊かなタペストリーが覆い、紋章の入った盾と剣が飾られ、胴体部が角ばったプレートアーマーが出迎える。

 15世紀に登場した甲冑――「カステンブルスト」のさきがけだろうか。

「ああここは、ウマー伯爵の「コレクション部屋」だな」

 配した棚の上には刺繍が煌めく赤いテーブルクロスがかかり、ステンドグラスや小さなガラス鏡、そうかと思えば古代の銀貨。

 鳥や架空動物を象った陶器の置物、宝石をあしらった色とりどりの短剣。

 まさしく「ズラリ」と、多種多様な一品が埋め尽くしていたのだ。

「同じ領主でありながら、スーリヤ様の「探究部屋」とは全く違うなあ」

 有力貴族としての立場を誇張するため、見栄やハッタリもあるのだろうけど……向こうがものぐさジャージ大学生なら、こちらは裕福な親を持つ小学生。

 完全な個人的嗜好だろう、特に珍しい舶来製を多く収集されておられた。

 思いつくままに掻き集めたおもちゃ箱の隅々まで照らすのだと、シャンデリアだけでは足りず金の三又キャンドルまで複数灯っている。


 申し合わせたように、皆はゆっくりと無言で歩く。

 こんな場所で無配慮に動かれてはシャレで済まない、ルタがヨーギの横を離れず監視していた……さすがだ。

 しかしふと、見事な黒テンの毛皮に目を奪われ山羊の脚が止まる。

 高級な毛皮は財宝の価値を持っていた。

 特に黒テンの毛皮は16世紀、イングランド王ヘンリー8世が王族や貴族以外の着用禁止を布告したほどの一品である。

 ビハーラ嬢の暴走もかくやと思わせるほど、貴ばれたのだ。

「ルタは目が高いなあ」

「――っゴホン!」

 管理を任されているのだろう執事さんが咳払いし、目ではなく眉を釣り上げた。

 そういえばローカァ伯爵家からいつの間にか消えていた……全体の指揮、主人の財産管理も執事の大切な業務である。

 この部屋の準備のため、先に帰っていたのだ。

 ――招かれた席で陳列品を鑑賞する場合、じっくりと注視してはならない。後にそれとなく素晴らしい品だと話題にし、賛嘆するのが貴族のマナー。

 ルタが弾かれて背をただし、ぼくと視線を合わせると2人で忍び笑う。

 見れば殿下も、興味なさそうに眺めている……本当にないのかもしれないけど。

 ウマー伯爵はルタの行動が愉快だったのだろう。無礼とたしなめる様子もなく、ぷるぷるとお腹が震わせ心底ご満悦そうだった。


 部屋の中ほどで食堂棚に変わる。

 光沢を放つ金と銀で製作された、ナイフやゴブレット。見るからに高価な品で、これらの食器は晩餐会で使用されるのだろう。

「そういえばアカーシャが、使い込んだ銀のゴブレットを大切にしていたっけ」

 あの年齢だと半年で急激に成長して、大人になってるかもなあ。ちょっと想像がつきづらいけど……。

「にへら~」としか形容できない笑みを向けてくれた、赤毛の幼女を思い出す。

「あっ陶器の水差しにタンカード!? うわぁいいなあ、あれ欲しいっ!」

 装飾が彫られた水差しとビールマグには、銅緑色や黄色の釉薬が光り、ズシリと存在感を表している。

「どうにか交渉して……いやせめて、購入元を聞けないだろうか!?」

 フラフラと目移りしてしまう、ウマー伯爵の策略に見事に乗せられていた。

 複雑な模様を描く陶器の壺に感嘆していると――それ(・・)が、目に飛び込んだ。

 赤いテーブルクロスを光が丸く切り取る、輝くばかりの白い平皿。

「――こっこれは! これは、磁器(・・)ですねっ!?」

 貴族の嗜みも忘れ、手を伸ばして抱え上げた。

 向こうの世界(アラヤシキ)では13世紀末、マルコ・ポーロが航海の果てに中国から持ち帰り世に広めたとされている。

 白く薄く硬い……透明釉が掛かる東洋の美しい磁器は、くすんだ灰色や赤茶色の陶器しかなかった欧州を虜にした。

 しかし食器として使用したのではなく、王侯貴族のコレクションや値打ちのある財産としての意味合いが強い。

 金銀宝石以上の価値に扱われ、美術品として飾り、保管場所に護衛を配置する。

「白い黄金」の時代を経て18世紀、世に名を遺す名窯が数多く誕生したのだ。

 磁器の登場を待たねば、欧州の陶芸は花開かない。

 数万の磁器が埋め尽くすツヴインガー宮殿の「磁器の間」と比べようもないが、すでに磁器の価値を認め所持しておられたとは――。

「陶器の皿すら見かけないのに……ウマー伯爵、なんて素晴らしい品でしょう!」

 まさか磁器に出会えるなんて!

 先ほどおもちゃ箱と失言したのを詫びいるほど、磁器の平皿は手に重く感じた。


「~~~~~~っ!?」

 ウマー伯爵の聞こえぬ悲鳴が、空気を震わせる。

 磁器の平皿を掲げるぼくを指さし、わなわなとお腹が震えていた。

「おっ落ちついてくださいませ御客人――っ! けして落とさぬようゆっくり……ゆっくり元に戻してください。落ちついて元に――~お願いでございますうっ!」

 かしこまっていた執事さんが、真っ青な顔をして狼狽え叫ぶ。

 まずかった、見慣れた(・・・・)磁器の平皿に思わず気楽に接してしまう。彼の失態になりはしないだろうか。

「ほう……確かに、これは美しいな」

 珍しくヴィーラ殿下が「白い黄金」を褒め、魅入っておられた。

 持ち上げた磁器の平皿が、蝋燭(ろうそく)を反射し淡く光り輝いていたのだ。

「はい、磁器の特徴はまさに輝くばかりの「白」です。殿下にお似合いですね」

「……なんのことだ?」

「え?」

「いや殿下に褒めていただけるとは幸いです、アユム卿っ大変失礼とは存じますがそれはかなり高価な品でして一旦! 一旦お気持ちを静めていただき、大変高価な品でしてっ一旦――~っっ!!」

 興味がなさそうだった殿下の称賛にウマー伯爵が覚醒するも、血の気が引いた顔に笑顔を張りつけ言葉を絞り出していた。

「あっ申し訳ありません、軽率でした!」

 慌てて謝罪し、できる限り音も立てないでそっと元に戻す。

 膝を折らないのが不思議なほど震えていたウマー伯爵はそうしてやっと、大量の汗と共に大きな息を吐いた。

 値段を聞くのもためらうほど高価な品……重ねて申し訳ない。

 どうやら先ほどの話に出ていた、懇意にしている行商人が大陸から持ち込んで、大層気に入り購入したようだ。

 厳重に梱包され、荒波を乗り越え長き旅をし、この地に辿りついたのだろう。

 傷一つない磁器の平皿が、矜持をしめして輝く。

「だが美しきだけではな、磁器(これ)の利用価値はいかほどか」

 そんな想いに我関せず、殿下が質疑する。

 美しい左の眉が少しだけ上がり、分からないのが(しゃく)なのだと表していた。

「これは食器です! 料理を盛りつけて運び、色合いによって目も楽しませます。その中にあって磁器は、特殊な製法で焼かれた当代随一の品と言えます!」

「それほどの品か……」

 木の板を皿代わりにするのは、衛生管理の面からも見直したい。

 洗剤代わりに炭や砂でこするのはまだマシ、平民間では拭くだけで水洗いすらしない場合もあるのだ。

「水の貴重さは重々承知だけど……現代でも「水がもったいない」からと、食器についた洗剤を水洗いせず拭くだけで済ませるそうだからなあ」

 料理に洗剤の匂いがするだろうに、これも文化の違いだろうか……。

 感染リスク――木製食器はどうしても、雑菌の繁殖が問題であった。

 一ヵ所に盛られた料理を取り合い、深皿のスープを数人で回し飲む習慣。食器や料理が1人ずつ用意されるのは、15世紀以降である。

 平皿の普及が同じく15世紀なのを考えると、その存在の大きさがしめせた。

「シャンティ卿の屋敷で陶器の平皿を製作できないか思案中なのです。親方を招き流通経路を確保すれば、必ずや国の発展へと繋がります!」

「ヒラザ……ふむ」

 殿下に必要性をここぞとばかりに説明する。

 国家を巻き込んだ計画の提案が、現実味を帯びていく。


「旅をして食の重要性を痛感いたしました、領民の健康と安全は食からです!」

「……」

「こちらでプラムのコンポートも作りました、陶器の器なら味もまた変わります。そうそうビハーラ嬢に、ラズベリーパイをお作りする約束でしたっけ」

 調子に乗って話しを膨らませる、振り返るとビハーラ嬢が真っ青になっていた。

 ラクシュが何度もウィンクしており……肌に、帯電した空気を感じる。

 ヴィーラ殿下の瞳に、恒星が発現しつつあった。

「ほう……また(・・)我の知らぬ料理名が出たな。確か貴様、マナスルでも美味な料理をスーリヤにだけ作っておったなあ」

 あっやばい、スーリヤ様を「個人名」で読んだのも気がつかないほど感情的。

「もっもちろん殿下にもお作りします! 季節的に全ては無理ですが――」

 殿下は「分からない」といった状況が、ことの他お嫌いである。

 説明するのに夢中で、微妙な表情の変化に気を回すのを失念していた。

「ローカァ伯爵令嬢! 家臣でありながら我より先に食したプラムのコンポートとやらは、美味であったか!?」

「はっはは――! 大変美味しかったで……いえ美味しくは、でしてえ」

「さすがは殿下が招いた料理人(・・・)であると、感謝が絶えぬほどでした!」

「そ、そうです美味な料理人(・・・)でして! 殿下のお蔭をもちまして――っ!!」

「料理、人?」

 突然矛を向けられたビハーラ嬢が直立不動で叫び、ソーマ卿がフォローする。

 2人には本来の主命――「国を磨き上げろ」の説明をしていない。ぼくを料理人と呼ぶ姿勢に虚を突かれたのか、殿下の追及が弱まった。

「アユム……卿の腕は確かです。その彼が申すのですから、この磁器なる器の価値は計り知れないでしょうね」

「リグ公もそう思われるか、確かに素晴らしいですね」

 ラクシュがさらにフォローし、幸いにも殿下の興味は再び磁器の平皿へと移る。


「まったく見事なおもちゃ箱ですね! ねっウマー伯爵、他にも逸品が!?」

「おもちゃ……ええ、ええもちろんです! そちらのコットンも大陸から輸入した一品でして、持ち上げても決して壊れませぬのでどうぞどうぞ!」

 欧州はコットン――木綿が生産されず、珍しさから「子羊を産む木がある」等のバロメッツ伝説が流布したほど。

 ウールやリネンより高級品として扱われ、普及するのは17世紀以降である。

 ぼくがチャンスとばかりに歩を進めると、状況を見守っていたウマー伯爵も頭を振り子にして賛同した。

 しかしその刹那、ヴィーラ殿下の瞳がにやりといたずらっ娘のように細まる。

 あろうことか片手で磁器の平皿を持ち上げ、ぼくに突きつけた。

「面白いっ! ではこの価値ある器で、我を唸らせる料理を作って見せよ!!」

「~~~~~~っ!?」

 ウマー伯爵の聞こえぬ悲鳴が、再び空気を震わせる。

「またこの方は、無茶をおっしゃるなあ」

 ぼくは頭を振り、平然と反論する。

「そんなことをすれば、晩餐の準備をしているウダカ城の料理人や、ウマー伯爵の骨折りを無下にするでしょうに」

「どうした料理人(・・・)、誰もが美味と唸るのは世辞か!? ならば食の重要性とやらも高が知れておる――前言撤回するがよい!!」

 殿下が腰に手を当て、胸を張って勝利宣言とばかりに笑う。

「僭越ながら殿下……」

 向こうの世界(アラヤシキ)でも食事は作っていた。だが料理道具や調味料、食材の違いにここまで振り回されたことはない。

 こちらに来て早半年――。

 毎日パンや料理を製作し、試行錯誤を繰り返す。ぼくも成長しているのですよ。

「夜を徹した聴衆会(しょうぶ)の結果、お忘れになりましたか?」

 声をからしたものの、新王都へ出立する直前までぼくの口は閉じなかったのだ。

 殿下は思い出したのか一瞬ひるむが、主従関係における明確な征服欲を瞳にこめ覇気は一向に衰えない。

 背筋が震えるほどの興奮――嗚呼、本望(それをこそ)である。

「その主命(しょうぶ)、謹んでお受けいたします!!」

 ヴィーラ殿下の持論は、全て受け容れる。

 両者の唇は笑っていたが、またもやその視線の交わる時空が帯電し歪んでいた。


 ウマー伯爵が膝から崩れ落ちるのを、執事さんが真っ赤になって支える。

 焦点の定まらない目で、消え入りそうに神に祈っていた。

 磁器の平皿を食器に使われるせいか、殿下に反論するぼくを見たせいかは不明。




 隣国の王太子「お前……ヴィーラ殿下相手だと、妙に突っ込みが鋭いな?」

 奇天烈な少年「そっそんなことないですよ、ぼくは忠実な家臣です!」

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