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M属性 ~嗚呼、あなたに踏まれたい~  作者: 高谷正弘
第三章 新王都アムリタ
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八十一夜 第二種接近遭遇

「――どこへ行った!?」

「この辺に追い込んだはずだ! いきなり消えやがった!」

「いや……匂いは残ってる、そこらの家に隠れやがったか?」

「舐めやがって絶対逃がさねえ、探せっ!!」

 縄張りを侵されたワーウルフの集団が、遠吠えと共に四方へ散る。

 数人はスタンガンの一撃を受けていたが持続力は低い。むしろ只人に反撃されたことに怒りを燃やし、手当たり次第ドアを叩き路地に鼻を寄せた。

 いきり立つ群の中に、犬の耳を後ろに寝かし怯えた表情が2人。

アレ(・・)と、まだやるのか?」

『皆殺しにするぞっ!!』

 今まで感じたことのない覇気、絶対的な死の告知。

 自らの呟きに驚愕し、騒ぎから距離を取ると……2人は速攻で尻尾を巻いた。



 真下で物騒な叫びが上がっている。

 ぼくは3階建ての屋根にあお向けでへばりつき、大きな青空に息を吐く。

「変だなあ、たった3階分をっ飛んだだけなのに……」

 焦ってたせいだろうか、心臓が高鳴り動悸が収まらない。

 ジャーラフは慣れているのか、屋根に立ち上がって気配を探っていた。

奴ら(ワーウルフ)の意識が散漫になった、見かけは憤っているが――」

「このまま諦めてくれれば、いいんだけどね」

 ジャーラフの言葉を拾う。

 犬は嗅覚>聴覚>視覚の順で優れている。今さらだが身を潜めて凌ぎ切るのは、困難だったなと苦笑した。

 狼の狩猟成功率は低いとも言われており、この際信じたいデータである。

「なにはともあれ、ジャーラフのお蔭で助かったよ」

 声をかけたが意識を集中してるのか、後ろを向いたまま尻尾を立て震えていた。

 ジャーラフが瞳を閉じ意識を集中すれば『カルマ』の揺らぎを、気配を広範囲で「視る」ことができる。

 邪魔をしては悪いと、ピクピク動く猫の耳を温かい目で見守った。

「……こっちを見るな」

「え? なにジャーラ――」

「ニタニタとしまらないうす笑いなんかうかべるなっ!!」

 バーカバーカと怒鳴られ、なんだか分からないけど屋根を這って距離を取る。

 ジャーラフなら独りでも屋根に上がれただろう。速攻で身を隠さなきゃと抱きかかえたけど、プライドを刺激しちゃったかなあ。


「――ヨーギが、こちらに走ってきてる」

「ええっ!? なんだってヨーギが?」

 怒りによってか頬を若干赤くし、ジャーラフが振り向いて宣言した。

 想定外すぎる報告に戸惑い疑問形になったけど、事実に相違ない。

「はっきりと場所は定まっていないのだろう、時に立ち止まり右往左往している。だが意識が周囲に分散し、誰か(・・)を探しているようだ」

「へえ、誰を探してるんだろうねえ――~」

 殺気がちらつく瞳にとぼけて返す。

「迷子になっているのかもしれん、ここから誘導して……時間がかかり過ぎるか。荒れた奴ら(ワーウルフ)がいるし放ってもおけん、まったく手間のかかる――『風舌(ふうぜつ)』!」

 ジャーラフの前方に「タラーク」に酷似した文様が浮かび、淡く発光する。

「いつ見ても、見事だなあ」

 ヨーギは『カルマ』を啓いた因果伯、しかもS属性。例えどれほどの相手でも、同じく啓いた者でもなければ相手取るのは困難だろう。

 しかし非がなくとも、因果伯が他国の領民を害すれば個人の問題では済まない。

 火種は飛び火し、国家間の諍いへと発展しかねないのだ。国家の要たる因果伯、その振る舞いは容易に大火へと結びつく。

「苛立ってはいるけど、見捨てないのがジャーラフの優しさだなあ」

「あそこに見えるでっかい木は貴族の庭園で、危ない輩は来ない。話は伝えた(・・・)からお前は身を隠し、大人しくしてろ。いいか、大、人、し、く、してろっ!」

 はだけた胸に指を突きつけ、区切るごとに爪を打ち込む。

 視線に誘導されると、街外れに丘とも思える巨木が白い花を咲かせていた。

 感嘆し息がもれるのは爪が気持ちがいいからだけではない。ただ闇雲に逃走していたのではなく、避難地を目指していたのか。

「お前が動くと本当に厄介な状況になる! 少しは――大きく、自覚しろ!!」

 はい、すみません。

「人を疫病神みたいに……」

 心で謝罪しつつも口を尖らせ反論する、ジャーラフには甘えっぱなしだなあ。

 カレシーが頬を寄せ、慰めるみたいに擦りつけてくれる。


「……なんとか病だっけ、気分はよくなったか?」

 ジャーラフがぼくの前に座り、少し長くなった前髪を払って顔を覗く。

 気配を読んだのか顔色か、気を遣わせていたようだ。だが一旦背をただしたかと思うと、オレンジの瓦を砕く勢いで頭を下げた。

「ごめんっ! 気がかりがあって、目を離してた!!」

「えっ……気がかり?」

 突然の告白に驚き、内容が頭に入ってこない。

 うつむくジャーラフの表情は見えなかったが、態度から切実さが伝わる。

「――今回は(・・・)だぞ!? 奴らに絡まれるまで放っておいたのは、護衛であるボクの判断ミスだ。調子に乗んなバカ!!」

「ああ、うん……はい」

 謝ってるのか怒ってるのか、胸倉をつかみ覆い被さり詰め寄る。ぼくはそこまで気を回してたのかと、むしろ感謝しか浮かばない。

 ジャーラフは荒げた息をため息と一緒に吐き、表情に影を落とす。

「なんかまた難しいことを考えてるようだけどさ。アマゾネスの救助に遅れたのを気に病んでるんなら、お前はちゃんと間に合った(・・・・・)

 胸につっかえている想い。

 言葉で表せない想いがジャーラフによって容を得る。まるで傷口を塞ぐように、はだけたベストのボタンを留めていく。

 ぼくはただ、されるがままになっていた。

「国を磨け――いくら殿下とのお約束でも、国の盗賊全て退治するなんて無茶だ。だけどアマゾネスが守れたのは、アユムが避難訓練を指導してたから。事前に対策していたから対応できた、皆感謝してるんだ」

 だから必要以上に思い悩むな――ボタンを全部留めると、一つ胸を叩く。

 ジャーラフと視線が合う、真っ直ぐに見返してくる青い瞳。

「お前が頑張ってるのは誰よりボクが知ってる。胸を張れ、もっと自信持てっ!」

 猫の耳が尻尾が立つ、牙を光らせ心を蹴り上げて笑った。

 大人しくしとけよ――立ち上がり、無造作に3階の屋根から身を躍らす。思わず耳をそばだてたが、微かな落下音すらさせずに消える。

 ぼくは少しばかり余韻を味わっていた。

 ジャーラフが笑う、なんだかそれだけで嬉しかった。

「怒らせてばっかりだからなあ……」



 ☆



 恐々と屋根を伝い渡って、でっかい木が座す庭園に降りる。

「ああ……遠目に白く見えたけど、こちらも西洋菩提樹だったのか」

 確か6~8月が開花の時期、ローカァ伯爵家にも植えられてたけど遥かに巨大。

 虫に強く幹が軽くて扱いやすい。家具や楽器の製作に適しており、欧州において長く親しまれた歴史を紡いでいる。

 養蜂の許可を貰っているのか、藁で編んだバスケットが数個置かれていた。

 街中ではあるが、西洋菩提樹の花には微香があって蜜源に適している。

 立派な石垣の塀に囲まれた、コの字を描く3階建ての屋敷。家畜小屋に鳥小屋、放し飼いの豚が寝そべり、鶏が我が物顔で歩いていた。

 小さいながらも菜園まで広がり、遠く何事かを話す笑い声――。

 まるで一つの世界を現した、西洋菩提樹を中心とする気持ちのいい庭園。

「外側の都市部に貴族の屋敷があるのは変だと思ったけど……後に移り住んだ者は必然的に、空いている外側都市部へと広がるしかないか」

 マナスル同様、城郭内が「限定空間」であるのに変わりない。

 通常であれば城郭都市の周囲に村を構え、有事の際は城郭内に避難する。しかし国境に面しており、サーガラの様に城壁の外に住むのは抵抗があるのだ。

 暗い路地と悪意から解放されたせいか、傾きつつある日の光すら輝いて映った。


「さて話を伝えた(・・・)とされる貴族は、どこにおられるだろう」

 不法侵入で衛兵に追われても困る、早々に連絡を取りたい。

「それにしても便利な「力」だな。スーリヤ様も目視の距離なら使えるそうだし、ぼくにも可能性はあるだろうか……」

 スーリヤ様にお願いすれば、いずれは――長寿であるエルフに師事する?

 自問自答に苦笑が混じった。

風舌(ふうぜつ)」――同時通話はできなくとも、この時代において貴重さは計り知れない。

 無い物ねだりしていたらちょうど菜園から帰るのか、(クワ)を抱えた数人の使用人が通りかかったので会釈する。

「突然の訪問失礼します、こちらにお住まいの貴族にお会い……したいのですが」

 彼らが思ったより、いや思った以上に若いことに驚き言葉が濁る。

 どうみても10歳前、小学校低学年から中学年ほどに見えた。使用人が我が子を連れてきたのだろうか、にしては振る舞いが堂に入ってる。

「あっご、御主人様はお屋敷におられます。ぼくは……私はクラトゥと申します、ご案内いたしましょうか?」

「よろしければお願いします、ありがとうございます」

 一番年上と思える子がかしこまって対応してくれた、それでも10歳ほど。

「御主人様だって――シャンティ様が知ったら悲しむぞ――~」

「言ってやろ、言ってやろ――~」

「おい止めろお客様の前だぞ、シャンティ様が笑われるんだぞ!」

 使用人の無調法は主人の恥。

 ピタリとお囃しが止まる、話し方から察するによほど慕われた方なのだろう。

「このお兄ちゃん、お客さま?」

「そうだよ。お客様をホールへご案内するから、皆は先に片づけを済ませてくれ」

 クラトゥが手の平を指して先に立ち、屋敷の玄関へと導いてくれる。

 他の子もぼくに会釈すると、鍬を抱え直し歩き出す。先ほどの失態を繕う気か、足をそろえ緊張する仕草に頬が震えた。

 後ろをついていく一番小さい子が、不思議そうに問う。

「ねえお兄ちゃんのお客さま、どこから入ってきたの?」

「――っあ"」

 我ながら間抜けな声。

 鉄柵門は遠く庭園の反対側で、門番小屋もあり通常なら門番に到着を知らせる。

 門番が使用人に来客を告げ、使用人がさらに屋敷内の使用人に告げ――といった手順を経ないと、主人には取り次げない。

 客が単独で「ずかずか」と入るなど、貴族の屋敷では有り得ないのだ。

 子供たちが全員振り向いて塀を見上げ、対応してくれたクラトゥも気がついた。

 ここは石垣の塀を乗り越え降り立たねば、不自然な場所――。

 その場に、不穏な空気が流れる。

 ここは大人として気の利いた言い訳を……いや、子供に嘘はつきたくない。そも嘘を重ねるのは情操教育的によくない。

 正直に塀を乗り越えたと……不審者決定だな。

 子供たちが顔を見合わせジリジリと下がり始める、やばい完全に不法侵入者。

「お――い、片づけにいつまでかかってんだ」

 かけられた声に、ぼくをふくめ全員が体を震わせる。

 屋敷の角から、黄色に先っぽが黒の耳――ワータイガーの子供が顔を出した。


「あっ……昨日の!」

 知った顔に思わず安堵するが、思えば通りかかっただけで会話もしていない。

 ワータイガーの子供も、誰だと不審な表情を浮かべる。

「なっなんだよ、カゥムの知り合いか?」

 クラトゥが若干だが緊張をといた表情を浮かべた。

 しかしカゥムと呼ばれたワータイガーの子供は、眉を寄せ首を振る。

「ほらヨーギ……ケンタウロスの荷物を珍しそうに見てたよね? 打ち抜き井戸の工具なんだよ、そうだ興味があるなら今度――」

 少しでも良い印象を持ってもらわねばと、どうやら余計な説明をしてしまった。

 話を聴きながらカゥムの表情が驚きから不安へ、そして恐怖へと変わっていく。

「……オレは――ってない!」

「触ってない? ああ危ないからね、ケガをしてないんならよかった」

「盗ってないっ! オレじゃない!!」

 話が繋がっていなくて戸惑う、どうしたらその返答になるんだろう。

 思考している間もなく、カゥムがその場から走り出す。

「待って、えっとカゥム? なにか誤解が――っ!」

 追い駆けようとして、他の子供たちの疑惑が大きくなっているのに気がつく。

 この場を放置して駆け出したら、もう言い訳すら通じないのでは……クラトゥが小さな子を背に隠し、守るように後ずさる。

 今にも鍬がぼくに向けられそうな雰囲気。

「おっ落ちついて! そうだまずは、お話をしよう――!」

 危害は与えないと手を挙げたら、佩刀していた剣が高らかに鳴った。

 心に悲鳴が木霊し、ぼくも子供たちも蒼白となる。重なる鼓動と張り詰めた空気が破裂する前に、ざわめきが届く。

 カゥムの戸惑う声が近づいてきて、今度は女性に肩を押され顔を出した。

「違う違うっ! オレは盗ってない、シャンティ様オレじゃないよ!!」

「ハイ、アユム。話は聴いた(・・・)わ」

「シャンティ様気をつけてっ! 剣を持った暴か……え?」

 女性がぼくを見て手を振るので、子供たちが鍬を構え盾となるも唖然とする。

 ジャーラフがぼくの名前も伝えて(・・・)くれてたのか――ほっと胸を撫でおろす。

 クラトゥが鍬を下げ、戸惑った表情で女性を見上げていた。

「シャンティ様の、お知り合いですか?」

「知り合い……んまあそうね、カゥムも落ちつきなさい。少なくともこの少年は、無暗に疑ったりはしませんよ」

 カゥムが疑惑をふくめた目でぼくを見るので、できるだけにこやかに笑う。

 改めて背をただし、貴族と思しき女性に丁寧に会釈し挨拶。

「アユム・カベウラ卿です。初めてお会いする方に誤解を招く登場をしてしまい、大変申し訳ありませんでした」

「はあん?」

 シャンティ卿は首を傾げてなにか思い立ち、喉で笑ってからつけ足した。

「説明されなかったみたいね、じゃあこの方が早いか――あっ! ヴィーラ殿下のローブをまくった変態坊主っ!」

 大声で叫んで、面白そうにニヤリと笑う。

 先ほどからの妙な違和感、名前は聴いたにしても「無暗に疑ったりしない」などとぼくを知っているかの口調。

 ウダカに派遣されている、3人目の――。

「変態!? やっぱり犯罪者だ、シャンティ様を守れ――っ!!」

 クラトゥが雄叫びを上げ、鍬を構えた子供たちが殺到する。

 なんだか今日は、追われてばっかりだなあ……。



 子供に囲まれ笑うのはシャンティ伯爵、17人の因果伯の1人である。

 大きな(つば)つきの三角帽子を被り、黒のコタルディをまとう。ほとんど魔女の出で立ちそのものだが、高位の聖職者を表す見事な権杖が微妙にズレていた。

 なんだかこの方が持つと、失礼ながら鈍器(メイス)に思えてしまうのだ。 

 見た目は10代半ばほどなのに、先代から因果伯として仕えている。

「ハスター伯爵と同じく、肉体強化によって若さを維持されてるんですか?」

 つい不思議に思って訪ねてしまい、無言でにこやかに流された……。

 背後の影が襲ってきそうなのは、属性を訊いたせいか年齢を訊いたせいか。



「先ほども思いましたが、内側都市部とはまた違った幻想的な屋敷ですねえ……」

 見ればカゥムに限らず、子供たちには亜人の子も多く混ざっている。興味が湧き庭園の探索を希望すると、シャンティ卿手ずから案内してくれた。

 高い外側城壁の圧迫感はあるけど、敷地内は多様な種が混然と生活する世界。

「あら噂に語られる、アラヤシキの方がよっぽどではない?」

 首を傾げて返され、価値観の違いでしょうかと笑い合う。

 巨木の西洋菩提樹を間近で見上げ、養蜂を手掛けた話をする。

「ああハーブ……タイムも育ててるんですね、これはいい」

 タイムは蜜蜂の大好物であり、養蜂する上で適していると聞いたそうだ。

 アマゾネスでも巣箱の近くに植えていたほどの重要なハーブ。

「おい、早く小屋に入れよ――!」

 日が傾き鳥小屋を眺めていると、放し飼いの豚が追い立てられてきた。

「豚とはいっても、ぼくから見ればイノシシに近いな」

 立派な牙と剛毛を蓄えており、現在に見る品種改良後とは明らかに異なる姿。

 豚は遊び足りないのか足を引き、妙に暴れるので係の子が罵倒してる。なにかに怯えている風にも見えるけど。

「いうこと聞けよ! こいつめ、動けって!」

 都市で飼われる豚はゴミや汚物処理係を兼任したため、「卑しく不浄な動物」と忌み嫌われていた。

 冬には市民の胃をも満たす大切な存在なのに、処置や対応はかなり乱暴。

「せめて、感謝して育てようよ」

 言葉にしてしまい思わず口を押える、ぼくが文化摩擦を起こしてどうする。

 幸い誰にも聞こえておらず、ほっと胸を撫でおろす。

 子供たちはシャンティ卿を見るや、背をただし挨拶してたのだ。その眼差しには尊敬と憧れが宿り、けっして無頼な感覚をしている訳ではない。

 いつ頃からか芽生え、社会に蔓延する「常識」に沿っているだけ……。

 ――常識とは、真理ではない。

「他者を害してはならない」

 そんな誰もが当然だと頷くことすら、戦争で、教義で、状況次第で軽視された。

 異なる価値観や習慣が、正義の名の下迫害された歴史をぼくは知っている。

向こうの世界(アラヤシキ)の方がよっぽど……か」

 ワーウルフの子がぼくを見上げ、視線が合うと年上の子の背に逃げた。

「先ほどのカゥムも、ぼくに対してではなく只人(・・)を恐れているように感じました」

「亜人の状況はアユムが街中で知った通りよ。虐げられた者はそのはけ口を探す、結果力の弱い女と子供が割を食う」

 亜人というだけで、この子たちは無実の罪を着せられ処罰を受ける――。

 威嚇してきたワーウルフが、種全体の資質ではないだろう。港では商人風の姿を見ており、立派に地位を確立している者もいた。

 だけど騙され疑われた者は、諦めと怒りの(おり)を積もらせていく。

 苦しみに心が支配され、癒されぬ痛みが生む連鎖。

「港で睨まれたのも、ぼく個人ではなく只人に向けられていたのか」

 おそらく多くの亜人が、カゥムやこの子と同じ目で只人を見ているのだろう。

 膝を折り視線をワーウルフの子に合わせる、困惑する瞳が……いっそ悲い。

『――亜人全員が嫌ってる訳じゃないからな!』

 青い瞳を思い出し、笑みがこぼれる。

 その言葉だけで、少しでも救われた気がするから。

「本当に、ジャーラフには甘えっぱなしだ」


「私はパシュチマ連合王国の出身でね、亜人の友達はごく普通にいたのよ」

『カルマ』を啓いた者が他国に移る、当時は結構もめたけどね――。

 軽く話されてるけど、大層な問題となったのではないか。

「向こうでも縄張りに馴染めない子や逃げ出した子、捨てられた子を保護して養育する施設があって……まあ真似事ね、放ってもおけず屋敷を開放してるわけ」

 児童養護施設だろうか、教会の扉前に捨てられた逸話は数多くある。

「それではその……亜人をかばって迫害を受けたり、偽善だと意趣返しされたりといった問題は?」

「最初はあったわね。でも奴らにはタップリと教育(・・)してあげたから、いくら物忘れが激しくてもここには近寄らないわ」

 安心してジャーラフを待ってればいい――笑う横顔に剣呑な空気をまとう。

 この方も褐色の領主と同じく、『カルマ』を啓いた方なんだと実感できた。

「私1人が手を差し伸べても、大したことはできないけどね」

「そうでもありません、ハチドリのひとしずく……ですよ」

 彼女にも歴史があるのだろう、遠くを見る瞳がぼくに向き直り小首をかしげる。

「――ある日森が火事になり、多くの動物は我先にと逃げ出しました」

 しかし一羽のハチドリだけが、小さなクチバシで水滴を運び消火活動をします。

 そんなことをして一体なんになる、他の動物は意味がないと笑いました。

「ハチドリは言います、自分にできることをしてるだけ――」

 諦めは世を停滞させるだけ。誰かのひとしずくの勇気が、歴史を創っている。

「私はそのハチドリほど、立派じゃないわよ」

 シャンティ卿が意味を理解し、少しばかり照れて三角帽子の鍔で顔を隠す。


 ウダカに残る、ハチドリが守りし園――。

 僭越ながらぼくにもなにかお手伝いできないかと、敷地内を見渡す。幸い多くを自給自足でまかない、因果伯の俸給だけでも十分やっていけてるそうだ。

 ぼくは騎士として、大企業の課長クラスの高級取り。

 公衆浴場や側溝の施工は領地の経済活動として、マナスルでもサーガラでも領主から先行投資をしていただけた。

 参入してた石鹸製造も、すでに国家事業に組み込まれ安定供給が取られている。

 その上マナスルの徴税官にお任せした特許使用料など――資金繰りに困ったり、収益の算出に頭を悩ませたりはなかった。

 工具類や試作品以外で、支出することがほとんどないのだ。

「思えばずいぶんと楽させていただいてる、ヴィーラ殿下に感謝だなあ」

 13世紀の金融機関では、すでに貸借の際一定利率の対価――「利息・利子」の徴収は通例として行われている。

 貴族が平民や職人に高い利付きの貸出を行い、奴隷へ売却し地上げを行う。

「高利貸し」による強制徴収の悲劇は、枚挙に暇がない……。


 借金はないそうだけど、資金援助だけでは焼け石に水……有効活用すべきかな。

「そうだ生きた先行投資、皆の手に職をつける!」

 例えば陶器による平皿の生産。

 向こうの世界(アラヤシキ)の歴史通り15世紀に普及するのであれば、ひと足早く貴族や諸侯が入手を競うかもしれない。

 高額の需要が見込める供給、衛生を広めるための躍進にもなるし一石二鳥。

「こちらに平皿を――陶器を、焼く窯はありますか?」

「離れに職人が引退して使わなくなった鍛冶場はあるけど、陶器の窯はないわね」

 陶器のヒラ皿? と不思議そうに返される。

 ならば当初の予定通り、陶器職人に平皿の試作を焼かせてもらおう。希望する子の徒弟入りをお願いし、腕を磨き独立する際に新たな窯を建てる。

 生産ラインが組めれば、職人として生計が立てられるのではないか。

 鍛冶場があるなら鉄の食器……スプーンの製作はできないだろうか。鍛冶職人を招き指導して貰いながら研鑽を積む。

 陶器と鉄食器の教練場として安定供給に繋げ、適額での交易が見込めれば――。

「う~ん……鍛冶職人の徒弟になれるのはいいけど、皆が適してる訳じゃないわ。特に暑さや力の弱い子、上手く心を表せない子もいるし」

 只人(・・)の弟子になって、やっていけるかな――。

 結局は只人と亜人の確執問題に辿りつくのか。

 少なくとも最初は只人の下につかなくてはならない。それに技術職にはセンスも求められるし、設計や開発に携わるなら読み書きできた方が都合はいい。

「まずは職業訓練へと至る、土壌が必要となって――…あっ!」

 シャンティ卿がべそをかくワーウルフの子あやし、腰に手を当て発破をかける。

 優しさだけではなく強さとたくましさをもち接してるのを見て、剣闘士競技会での構想を思い出し喉を鳴らす。

「基本となる、土台を忘れてた!」

 頭を抱えて苦笑しながら、シャンティ卿に必要性と計画の提案を熱く伝えた。

 興味深く聴いて貰えていたが、ふいに眉をひそめられる。

「それが噂の、()者……ね」

 カレシーが、ぼくの襟から顔を覗かせていた。


「シーちゃん……どっどうしたの?」

 リアルに彩色された石像のごとく固まり、しかし緑の瞳は強く輝く。

 状況からよほどのことだと分かったけど、声をかけずにはおれない。ぼくを守るかのように、傾く太陽に陰る鉄柵門を凝視している。

 精神が緊張し汗が流れた、確実になにかが迫っているのだ。

「ぼくを追って、ワーウルフが襲撃にきた!?」

「さっきも話したけど奴らは十分教育してある、獲物(アユム)を取り逃がした程度で逆上するとは思えないけど……」

 カレシーの様子が疑惑を加速させ、シャンティ卿も異常事態を察した。

「皆っ――作業は一時中断! 急ぎ屋敷に入りなさい!」

 周囲に呼び掛けると、子供たちは疑問を持ちつつ小さい子の手を引き移動する。

 ふいに騒めきに割って入り、馬の蹄が木霊した。

「えっヨーギも、誘導されてきた?」

 空気が変わるかと安堵したが、鉄柵門に映る影はケンタウロスではない。

 逆光に影をまとう一頭が、なんの遠慮もなく門を開き「ずかずか」と入る。

 ここは貴族の、まして因果伯の屋敷。例え上流貴族であっても先触れも出さず、門番の取り次ぎすら無視する態度はとれまい。

 たった1人を除いては――。

「そうだジャーラフが気がかりとすることなんて、一つしかないじゃないか!」

 ぼくは遅まきながら理解した。

 昨日から様子が変だった。こちら(・・・)にお忍びで訪れるのを知り、ぼくに伝えるべきか迷っていたんだ。

 影が乗馬する主の輪郭を形作る。

 そうしてシャンティ卿も理解し、片膝を立てて(ひざまず)いた。離れていた子供たちは、主人の行動にすら気がつかず魅入っている。

 周囲の時が止まって感じ、存在するのはぼくとカレシーだけ。

 黄金色の髪が逆光を跳ねのけ、光のオーブを惜しげもなく巻き散らす。炎を思わせる双方の瞳が輝いた。

 ぼくが忠誠を誓い、(いしずえ)となるべき存在が馬上から雷鳴を轟かす。

「――お前は、本当に意外な処に出現するな」

 それは割とぼくのセリフではないのか、反論を思い浮かべるも跪く。

 ヴィーラ殿下が、まさしく突如顕現される。

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