七十八夜 港湾都市ウダカ
ウダカは「ヴィーラ王国」の北西に位置する、港湾都市である。
木々が生い茂った山裾の崖に面しており、コの字に囲った係留施設は船着き場に適した漁港となっていた。
城壁塔を思わせる三角錐の屋根からタワークレーンが突き出し、ガレー船が所狭しと停泊し、水揚げ場や加工場に人が溢れている。
他国との海上貿易も多く、香料、絹織物、紙、塩、手工業製品などの高級商品。
穀物、酒、オリーブ油などの低価重量商品まで手広く参入していた。
馬車に比べ多額の航海経費は必要だが、ガレー商船による独占交易場といえる。
それも15世紀に造船技術が上がり外洋航路の開拓が始まると、キャラック船による圧倒的な大量輸送により変わる。
ガレー船の時代は幕を閉じ、大航海時代となっていくのだ。
移りゆく世にあって、ウダカには二つの城門があると言われていた――。
長めの棒を2本肩幅に置き、その間をシーツで覆いS字に折り返す。近距離ならシーツがズレず十分利用可能――「応急担架」である。
シーツではなく上着の袖を通す方が手軽なのだが、異世界で衣服はまだ贅沢品。
あたら疎かに使用はできなかった。
カター船長の巨体を応急担架に乗せ、船員2人が特殊な紐で簡単に持ち上げると周囲からどよめきが起きる。
「これは楽でいいですなあ、さすがは因果伯様!」
アマゾネスで製作した引っ越しベルトを、搬送用に調整したのだ。
ですけどその爵位で呼ぶのは、控えて欲しい……。
「こちらのベルトはしばらく必要でしょうから差し上げます、無理をせず十分療養なさってくださいね」
船長はなによりもまず医者に行き、診察を受けた方がいい。「力」による治療の効果を疑うではないが、見知った言葉で説明される方が安心できる。
全身で持ち上げる引っ越しベルトは扱いやすく、救助活動にも使用できた。
悪用されることもない道具だし、特許の申請しておいてもいいだろう。
「なのでまた作りますから、恨めしそうにしないでください」
引っ越しベルトに興味津々だったラクシュが、未練がましくベルトを触る。
「ああなんとか、到着したなあ……」
コグ船が停泊すると、船員は誰ともなしに天をあおいだ。
仕事の一段落と開放に息を吐く。心はもう酒場へ向かっているのか、肩を組んで談笑しながら騒いでいる。
「おうラクシュ! 次は負けねえからなあ――!」
「陸に飽きたらまた顔だしな、リベンジかましてやるからよ!」
船員が腫らした顔と歯を見せ、王太子が返り討ちだと吠え大笑いが続いた。
船の周囲には荷の積み下ろしに労働者が集まり、組合員の号令がかかっている。
サーガラでも幾度か目にした、日に焼けたたくましい筋肉の男たち。ウダカではその多くに「亜人」がふくまれていた。
バラバラの服装に多様な背格好、異世界を垣間見せる情景。
「貧血には肉や魚などの動物性食品、特にレバーがいいです。身体に有害ではなく「苦手」程度でしたら、薬だと思って食べてくださいね」
下船し荷の運搬手続き終了後、カター船長に食事療法として勧めておく。
肉と聞いて、野菜好きのリザードマンが苦渋に満ちた表情をした。
「まあ他にも、重要な栄養素を取り入れる方法はありますけどね」
是非にと手を合わせられ、場に少しだけ明るい笑いが広がる。
周囲のざわめきの中、船長と船員長は岸壁から懐かしそうにコグ船を見上げた。
「因果……いえ、あなた方には本当にお世話になった。道中お気をつけて」
「ありがとうございました、心より感謝いたします……」
船長を表す黒い羽つき帽子が胸で揺れている。応急担架のそばにつき従っていた船員長が、重々しく礼をとった。
船で移動する時はまた報せてください――残念にもそんな言葉は続かない。
2人の間でどんな結論に達したのか、船も船員もこのままとはいかないだろう。
人の口に戸は立てられない。荷主から組合へ、職人ギルドから領主へ通達され、ことの顛末が問われる。
海法を用いた裁判によって、身の振り方が告げられるのだ。
互いの心情をぶつけた2人の瞳に濁りはなく、ぼくは無言で手を差し出した。
「友好をしめす挨拶――ぼくの国の風習です」
意図は分からないだろう、しかし2人は応じてくれ握手を交わす。
何度かの会釈、賭け事好きの船長と真面目な船員長はウダカの喧騒に飲まれる。
ほんの数日のつき合いだったけど、多くを学び多くの心情が駆け巡った。
「只人と亜人の、格差か」
「――っと!?」
独り言ちたぼくは大きな影に包まれ、いきなり背を突き飛ばされる。
2メートル以上はある、筋肉質な緑色の体――オークが下目使いに睨んだ。
「只人のガキが、邪魔だっ!」
「あっすいません、ボ―ッとしていました」
素直に謝ったぼくを怪しんだのか、豚の鼻から息がもれた。
鋭い牙を光らせ舌打ちすると、岸壁の床板を鳴らし通り過ぎていく。
「おいアユム、こっちだ!」
ジャーラフが慌てて腕を引く、珍しく気配を消さず顔も隠してはいない。
どうやらぼくのいた場所は、荷を積み下ろしする労働者の集合場所みたいだ。
商人風のワーウルフが点呼を取っており、この場では只人の方が異分子。
「わあ本当に邪魔してたみたいだね、申し訳ない」
「……いいから、離れろ」
気がついて周囲を見れば、複数の亜人が眉をひそめて睨んでいる。ぼくの視線を察したのか、ジャーラフが言い淀みながら体を揺らす。
「あのなアユム勘違いするなよ、別に亜人全員が……ってる訳じゃないからな!」
猫を思わせる耳が跳ね、自由に遊ぶフルテイルの尻尾が目に飛び込む。
ぼくは格差なんか気にもしていなかったなと、思わず笑みがこぼれた。
「なんだよ?」
「いやジャーラフも、亜人だったな――って」
だけどなにも違わないよねと続けたかったんだけど、その前に蹴りが飛んだ。
お尻の激痛に頬の高揚を感じ座り込むと、ジャーラフが音を立て離れていく。
剣呑な黒い靄を発生させ、青く輝く瞳に人垣が割れていた。
「一体どうしたんだろう? ジャーラフも船に乗るのは初めてで、体調が万全ではないと言ってたからなあ」
ラクシュがため息交じりに腰を屈め、妙なことを言い出す。
「アユム……お前鈍いって言われたこと、ないか?」
なんだろう、このデジャビュ。
「さ――てこれからどうする? ひと息ついて新王都に向かうのか、ここの領主に会いに行くのか」
「そう、ですね――…おっと!」
ラクシュが背を伸ばし水平線を望む、マネをして腰を伸ばすとよろけた。
船に乗っていたのを身体が記憶し、地面が揺れ動く症状――「下船病」である。
「どうもさっきから、妙に光が眩しいとは思ってたけど」
ストレスなど自律神経の乱れにより招く。まあ流血事件に関わって平気なほど、ぼくは恐れ知らずではない。
止まっているより動いた方がいいと、軽くストレッチして歩き出す。
船の騒動で選択を持ち越してたけど、本来の目標はここから2日の距離。新王都――ヴィーラ殿下がおられる領地。
「……いずれはウダカも磨きたいですけど、今は新王都へ向かいます。8月中には辿りつきたいですし、なにが起こるか分かりませんから」
「おっM属性の「予感」か、8月にそんな大層な事件が起きるのか?」
頭で手を組み、なんだかとても嬉しそうに顔を合わせた。
「ええ殿下に関わる、とても重要な件です」
事前情報かカマかけか、ぼくの属性をなんのてらいもなく言い当てる。
受け流してニヤリと笑うと、視線が合って小さな火花が散った。油断ならないと思うべきか、だからこそと賞賛すべきか。
「ですのでまずは、宿を探して出立の準備ですね」
「ふん……それなら急がなきゃな。宿ならいい所がある、アユムにも関係あるから遠慮なく泊まれるぞ!」
こっちだと笑うラクシュと、青空の広さがなんとも相応しい。
改めて日ざしを遮り南東をあおぐと街の賑やかさが飛び込んでくる。その最たる例が亜人の多さだろう。
先ほどのオークが荷物を背負い上げ、ドワーフが忙しげにセカセカと歩き回り、船の点検かマーマンが道具を持って海に飛び込む。
水揚げされた魚を塩漬け保存するため、大量の樽をケンタウロスが牽いていた。
ラクシュに聴いてはいたけど、同じ港湾都市のサーガラとはまったく違う彩り。
複雑に混ざり合った、混沌が生み出す秩序。
その中ではヨーギとルタもとけ合い、マントを脱いで表情には気楽さが見える。
「そういえば数多の種族がいるのに、なぜ「只人」と「亜人」に分けるんだろう」
只人も一種族でしかないだろうに――。
ふと思いついた疑問に、ルタが遠くを視る目で歴史を紡ぐ。
「それはですネ……世界には元々、只人だけしかいなかったからでス」
ラクシュの背を見失わないよう歩くと大通りに出た。
多くの屋台が並び街頭商人の声が響くが、アラヤシキクレープ――「絶品3食」はまだ出店していない。
ルタが残念そうに見渡しており、なんだか気の毒になる。
「レシピを受け取った行商人で、ウダカに来た方はいなかったみたいですね」
――情報の伝達速度は、メディアの進化によって加速した。
20世紀初頭でも、世界の情報を得るには船で一週間近くかかっている。
ラジオが普及して半日、テレビで数分から30分と言われた。ネット時代なら、ほぼリアルタイムだろう。
マナスルで屋台を興したのは約半年前。
情報伝達の主となる行商人の移動は職人ギルドが管理するため、噂も得ることのできない領地が発生する。
定期航路が開き、商人が海上交易に積極的に進出するのはもう少し後の時代。
「世界」の広さは、まだ自国とせいぜい隣国を指す尺度であった。
「屋台がこれではお風呂も期待できないか、そうなると工具類がさらに重要だな」
今ぼくの荷物は、大半がヨーギの背にある。
打ち抜き井戸の工具――井戸掘り器が約10キロ、鉄の連結支柱が8メートルで約100キロ、支柱用安全ハンマーが約5キロ、手押しポンプ×2で約30キロ。
外筒とする銅パイプはないけど、金具ふくめ約150キロの重量となった。
ヨーギは他にも大きな遠心分離機や、旅の必需品まで一手に引き受けている。
荷馬は約150~170キロを運べる、輓馬は1トン以上可能といわれていた。
しかしいくら肉体強化していても、常時200キロ以上を背負っていては負担があまりにも多く申し訳ない。
「引っ越しベルトで、どうにかできる重量じゃなかったなあ」
バールのようなものやハンドミキサーにパスタマシン、試供用に購入した鉄製のフォーク十数本、各種の大瓶小瓶を詰めたバックパックを背負い直す。
それだけでもズシリと感じ、徒歩を想定した重さではなかったと反省。
ヨーギに感謝しつつも、早々に荷を運ぶ馬車を手配しなければ――。
「デッザート、デッザート」
ヨーギがスキップを踏み、馬の四肢が軽やかに跳ねる。
「……そういえば、1.5トンを担いで山を下りる領主がいたっけ」
S属性――『カルマ』の人知を超えた「力」には、幾度も衝撃を受けるなあ。
「宿で窯と調理場を借りなくっちゃね」
期待に輝く瞳に答えたいと、デザートのレシピを頭に思い浮かべた。
「奇天烈ドッグもアユム揚げも自制か、もっと食っときゃよか――っコラ坊主!」
とても自制心を感じないラクシュが振り返って叫ぶ。
亜人の子供がヨーギの背負う荷に触ろうとしたのを、目の端にとらえたのだ。
「わあっ大丈夫、ケガはしてない? これけっこう危ないんだよ」
ヨーギだから軽く見えても、鉄の支柱や鋳物の重量はそれだけで危険である。
奇妙な工具に興味が沸いたのだろうけど、万一の恐れがあった。
腰をかがめ視線を合わせる。黄色に先っぽが黒の耳――ワータイガーの子供が、恐怖と疑惑の表情を映す。
「おいそこ、なにを騒いでる!」
人混みの向こうから、巡回の衛兵が声をかけ向かってくる。なにかあったのか、そういえば妙に衛兵が多い。
対応のため腰を浮かしたら、ワータイガーの子供がきびすを返し走り去った。
小さい体が、街の影に吸い込まれ消えてしまう。
「驚かせちゃったかなあ、萎縮してなきゃいいけど」
「……なに、ガキにとっちゃどってことないさ。それより宿はこっちだ」
ラクシュが衛兵になんでもないと説明し、先頭に立って大通りを迷いなく進む。
ぼくはもう一度雑踏を見返す。亜人が行き来する街並みに城壁が陰影を落とし、世界を2色に遮っていた。
軽い上り坂の大通り、混雑する屋台で折よく新鮮なプラムを見つけ購入。
「うんいいね、デザートに適してる。レモンがあればジュースも作れるんだけど、季節が合わなかったか」
生鮮食品は、保存するにも限界があった。
冬に氷を採氷するにしても、ランニングコストは膨大となるだろう。使用できるのは王侯貴族のみで、普及するとは言いがたい。
――冷蔵庫の原型、氷を利用した冷気保存庫の登場は19世紀初頭である。
そして20世紀に開発された電気冷蔵庫は、小さな家を買えるほど高価だった。
上流階級やレストランなどの業務用とされ、憧れの家電と呼ばれたのだ。
それが1世紀の間に日々進化し、21世紀ではあって当然の製品となる。食材の低温保存は鮮度を保ち雑菌の活動を弱め、料理の幅すら広げた。
人がどれほど食を重視しているか、判明する一端であろう。
「つくづく冷蔵庫って、偉大な発明品だなあ……」
当たり前に使用していたけど、生活する上でどれほど大切だったか身に染みる。
まあどうやって代用なり代替するか、悩むのも楽しいんだけど。
食に自問自答していると、あおぎ見る巨大な内側城壁が近づいてきた。外掘りは埋められているが元は外側城壁、側塔と落とし格子付きの巨大な門。
混雑を別けて通った馬車が城門前で止まり、門衛が身分の提示を求めている。
ラクシュが平然と歩を進め、ぼくは少しばかり戸惑う。
「内側の城門を潜るのなら、徒歩よりも貴族と分かる騎馬か馬車が必要では?」
しかしさすがと言おうか、ボロを着てても貴族にしか見えないラクシュは、軽く挨拶をして門を潜っていく。
ルタが門衛に証文を提示し、ヨーギも後に続いた。
亜人ゆえか一瞬眉をひそめられたが、貴族の従者にヘタなことは言えず黙認。
そして貴族に見えないぼくは、胡散臭そうに身分の提示を求められる。
「見慣れぬ風体だな、隠そうとしても分かる。大道芸人だろう、ここは下賤の者が気安く訪れていい場所ではないぞ!」
「……佩刀は、してるんだけどなあ」
まあもう慣れたけど。
サーガラでの失敗を踏まえ、貴族の証文は常に携帯していた。マナスル領領主の印章が押された手形を提示すると、手の平が返る。
「たったた、大変申し訳ありません! こやつにすぐさま責任を取らせますゆえ、この場はどうかお怒りを沈めていただければと――…」
「しっ失言でした、どうか――~どうかお許しくださいっ!!」
元であろうと王都領主の名は、封建社会において絶大な効果をもたらす。
門衛の隊長格が飛び出てきて、平謝りするのをなんとかなだめた。事のなり行きが分かっていたのか、ラクシュがお腹を抱えて笑う。
「どうだいアユムの英知で、このうざい城門をぶち壊してみないか!?」
「……かんべんしてください」
☆
ウダカは「パシュチマ連合王国」との、国境線に位置する城郭都市でもある。
「命を生み育むため、命を奪い合う」
国境は異なる社会を区分する壁。近代においては物理的に壁を構築するほどの、国家が有する領土の象徴であった。
国境の維持や変更、廃止の問答は農耕社会から記録が存在している。耕作や農園に適した係争地での紛争は、枚挙にいとまがないのだ。
多くの実りを得るために大地を血で洗う、産業革命以降もそれは変わらず続く。
領土の確執はそのまま、社会生活を営む人類の確執と呼んでも差し支えない。
だが「ヴィーラ王国」が永世中立国を掲げて100年。「パシュチマ連合王国」とは、小競り合いと呼べるほどの諍いすら数を減らした。
他領へ赴くのに数日から数十日かかる時代、ほとんどが口頭伝達の時代。
海上貿易を通して互いの文化が発展し、情報の重要性が価値を生む。遠方交流による需要と供給は、興味と刺激をもたらし受け入れられたのだ。
武力ではなく、利益の追求を持って経済面から矛が収まる。
両国間の国境は変更こそされないが、数年かけ形骸化していった。数十年をかけ生活習慣や価値観――「常識」の共有となっていく。
「パシュチマ連合王国」とは、友好的な状態を保っているといえよう。
商人の往来が頻繁になると、それらはさらに顕著となる。最も明確に表れたのが「亜人」の移民であった。
貧困、求職、戦争をふくめる政治不信、人々は安全な生活を求めて壁を越える。
結果ウダカは、人種のるつぼと思えるほど多種多様な喧騒を見せたのだ。
しかし移民は、新たな問題をも可視化させた。
ウダカは城郭都市の際に建造した内側となる城壁と、移民が増えたために周囲を大きく包んだ外側となる城壁が存在する。
距離を置いた二重の城壁、二つの城門。
内側の城門を通れるのは貴族と名誉市民――三代に渡って家督を守った職人や、上層平民として登録された家系だけであった。
ウダカの人口2万人、構成は貴族0.3、名誉市民8、平民91.7。
これはあくまで市民の数であり、亜人を中心とする移民はふくまれていない。
城門を潜ると街の様相はガラリと変わる。道は十分なスペースがとられ、馬車がすれ違っても余裕があった。
屋台や街頭商人は影を潜め、個人商店や地元商店が建ち建築様式の差を表す。
木々の合間に貴族の豪邸が見え隠れする、完全に別世界であった。
「今通ってきた大通りや、内側城壁の周囲はまだマシな方さ。外側城壁のそばには藁ぶき屋根が並んでた」
ウダカに何度か立ち寄っているラクシュが、こともなげに告げる。
それは亜人の住居を指すのだろう。
ぼくは馬車でサーガラに向かう際に寄った村を思い出す。風と雨を遮るだけの、仮宿に思える粗末な小屋。
14世紀末になると、城壁は大砲の発達で無用の長物となった。異世界でいえば数十年後に訪れるのだろうか。
しかし「城」は19世紀になっても、国境と同じく「権力」を象徴し存続する。
宮殿と呼ばれ快適な住居性が求められ、着飾った貴族が宮廷生活を送ったのだ。
外部の攻撃から財産守る防壁から、権威を表す絶対的な壁へと役割を変えて。
「……まさしく、二つの城門ですね」
城壁により隔てた身分の格差に、思わず呟いた。
人の営みに関心を持たない海風が、葉を揺らし心地よく通り抜ける。
大通りから少し離れた山肌近くを歩くと、木々の奥にウダカ城がそびえていた。
左手には4メートルはあろう、段差をそのまま利用した石積みの塀。沿うように右手には並木が均等に並び、緑に包まれた木漏れ日の道。
紅葉時はオレンジの光に包まれた、幻想的な空間に変わるのではないだろうか。
貴族をしめす鉄柵門が豪華な屋敷を演出する。庭園には家名のシンボルだろう、巨大な西洋菩提樹が葉を輝かせていた。
ぼくは頬を撫でる風に髪を流しながら……ふと、尋ねてみる。
「あの――~…向かってるのは、「宿」ですよね?」
「ああ姉上の嫁ぎ先、気楽な宿さ」
王太子の姉上、それは取りも直さず元リグ公爵令嬢を指す。
宿とは一体……。
なんとなく人生について考えたくなったが、頭上から断ち切る声がかかった。
「ラクシュミー兄様――っ!?」
塀の上に顔を出し、破顔した乙女が叫ぶ。
丸くドングリを思わせる瞳、凛と上がった眉のギャップに意思の強さを感じる。
ヴィーラ殿下に似た赤いワンピースドレス。亜麻色の髪をツインテールにして、赤いリボンで留めていた。
塀の上に軽やかに立つと、裾がはためき形のいいふとももが露わとなる。
色彩のせいで若く見えるが10代半ば、異世界では大人と判断される年齢。
少しは恥じらいを持った方が……。
「やっぱり兄様だ! ほらねソーマ、隠そうたってダメよ!!」
「……別に隠してはおりません。ビハーラ嬢、危険ですから降りてください」
塀の向こうから憮然とした男性の声が届く。
会話が成立しているのかいないのか、乙女は無造作にこちらへダイブする。
「ええっ!?」
ラクシュが受け止めると思いきや、そのまま石畳に激突。石を砕く鈍い音と乙女の悲鳴が重なるのが想像できた。
仰天し駆け寄ろうと足が浮くも、赤いドレスが何事もなく舞い上がる。
その体から、うっすらと淡い輝きがもれていた。
「また宿代わりに立ち寄ったのでしょうっ! たまにはお土産でも持ってお母様の顔を見に来たのだと体裁を整えないと、対応が粗野になりますよ? あっルタ――相変わらずカワイイ! ヨーギホーイホ――ッ!」
二の句がつけないとはこのことか……。
いつものことなのかルタは丁寧に会釈し、ヨーギは乙女と手を取り踊っている。
「土産ならあるさ、ほら」
ラクシュが苦笑しつつ顎でぼくを指す。
4メートルの段差を平然と飛び降り、ぼくに関係がある存在――。
つまりはそういう方。
乙女が振り向きぼくに気がつくと、指を突きつけて叫ぶ。
「あっ! ヴィーラ殿下のローブをまくった変態坊主っ!」
……これ、毎回言われるんだろうか。




