七十三夜 ……凪
「それではまず――昨夜から、今朝にかけての状況をうかがいたいのですが」
ぼくは船長室の椅子に座り、改めて今回の事件について質問した。
3人が顔を見合わせ、第一発見者のナムダが代表し1歩前に出る。因果伯を前に厳しい教師に睨まれた生徒みたいに話しだす。
「昨日嵐がくるとキラナ船員長から聞きやした。天気もよかったし半信半疑な奴もいたんですが、船員長は今まで何度も当ててるし信頼もあったんでさ」
そしてその通り天候が崩れ、見る間に暴風雨――嵐となる。
「嵐となったのは何時頃で……あっいえ、すいません続けてください」
腕時計などない時代、おおよその犯行時刻を知るのも難しい。
船員たちは雨か波か分からないほど荒れ狂う甲板で働く、体感も鈍るだろう。
――懐中時計が登場するのは17世紀、王侯貴族だけが有する高級品であった。
しかし時間の推定にはもう一点、時代を距てても変わらない被害者の声。筋肉の硬化により関節が動かなくなる……「死後硬直」がある。
「死後硬直は死亡時から約1~4時間後、顎から始まる」
カター船長の首元を検めた時、知識をもとに顎の硬直を調べたのを思い出す。
だがぼく程度の、素人による検視はあてにならない。
事件前の被害者の運動量は測れないし気温も同様、筋量や年齢によって数時間のズレは容易に起こる。
「ただし科学調査が重要視されず技術もない時代、アリバイの偽装にそこまで手をかけるとも思えないけど……」
頭を振るぼくの横顔を、ラクシュが不思議そうに見ていた。
「でっけえ嵐だったんですが、事前に覚悟ができる分根性も沸くってもんす」
時化を乗り切るには帆を畳み船首を風浪に立て、荒れ具合によっては錨を流す。
土砂降りの中で作業を行い、隣にいるのは「誰か」すら分からない。
雨避けにフード付きのマントをはおるからだ。一歩間違えれば海の藻屑となる、訓練の手順通り動くのに必死でもあった。
自走できない帆船の辛い所で、海原に翻弄され頼り気に漂う木の葉となる。
キラナ船員長の指示に従い操船し、幸い夜半には嵐の峠を過ぎひと息つけた。
当直を残して残りは船室に戻りさっさと寝る。
「正直亜人の船長より、天候を読める船員長の方がずっと頼りになるんでさ」
「おっおい……」
後ろに控えた2人が、困り顔でつつき合っていた。
現在の状況的に言うべきではない、思わず口に出たのだろう。
「ほどなくして船室の天板を叩く雨音が消え、仮眠しながら幸運だと思いやした」
ナムダは見張り台の交代要員でもある。
明け方前に起き出し、調理室に立ち寄り作り置きの軽食をかっこむ。甲板に出た処で――守護聖人様、そしてぼくと出会う。
「まあ確かに……すぐ交代には行きゃしませんでしたが」
ぼくとトランプを見比べ、カストロ髭が苦笑して頭を掻く。
「亜人が船長してる船っすからね、皆けっこういい加減なんすよ」
「その船長も死んじまったけど、船員長がいりゃあ問題ないっすけどね」
「おっおい……」
ナムダが2人に振り返り、困り顔で手を振っていた。
現在の状況的に言うべきではない、思わず口に出たのだろう。
「そっそれで遅くはなっちまったけど当直の交代に向かい、見張り台で血まみれの船長を発見したんでさあ!」
「「そうっす、そうっす!」」
大騒ぎしてたら後ろの2人が気がつきマストまで来たので、このままにしておけないとロープを使い船長を降ろす。
今度は3人そろってその通りだったと頷く。
「そこで思い返してみると、交代で船室を出た時コーティはいなかったんでさ!」
「おい本当か!?」
「じゃあやっぱり、コーティが……っ」
先に俺以外と交代していたのなら船室で見たはずだ、と主張する。
「全員の顔を確かめた、訳ではないんですね?」
「あっでも! ……いやまあ確かに、そうっすけど」
ぼくは机を指で叩きながらも、念を押して問う。3人は不満気に声を詰まらせ、口ごもって主張を強行はしなかった。
因果伯のブラフが功を奏しているのだ。
船員用の船室にもガラス窓はない。船倉と同様で蝋燭かランプをそばまで持っていかなければ、顔を確認するのは困難だろう。
コーティへの疑惑が時間を置き、確信へと塗り替えられてしまったのだ。
「俺の前に見張り台にいたのはコーティだ、奴が船長を殺したに違いねえです!」
☆
「俺はカター船長を殺してないっ!」
次に来て貰ったのは疑われてるコーティ、船長室に入るなり開口一番で叫んだ。
暴行や脅迫は行わないよう通達してある。だが他の船員から疑いの目で見られ、精神の居場所を失っていた。
船員内ではすでに、コーティが船長を殺したことになっているのだ……。
落ちついてとなだめるが、心がささくれ立っており言葉が通じない。
「貴族の名に従いコーティに庇護を授ける、けして無下にはしない。国家の要たる因果伯としても誓おう!」
心で因果伯の皆さんに、権威をお借りしますと頭を下げる。
彼とてこのままでいいとは思っていないだろう、ようやく瞳に意思が宿った。
なにかにすがりたい気持ちだったのかもしれない。ぼくの決意表明にラクシュの頬が震えた気はしたが、見なかったことにする。
「心が読め……嘘が、見破れる……?」
カードマジックを披露すると、若干だが希望が生まれ険が緩む。
落ちついたのを確かめ、まずは昨夜から今朝にかけての状況を聞く。
「……嵐になるって船員長に聞いて、また見張り台だと思った。若手はずっとやらされるから仕方ないけど、きついんだ……よ、です」
「話しやすい言葉でいいですよ」
ぼくの微笑みに息を吐き、コーティはうつむき加減でポツリポツリと続けた。
「見張り台では命綱をつけ、手足を踏ん張る。雨風にさらされて大きく揺れるし、吹き飛ばされないよう縁にしがみつくんだ」
マントをはおっていても全身濡れて震えが止まらない。
それでも他に船はいないか、陸に近すぎないか目を凝らす。岩礁を見落とせば、座礁の危険だってつきまとう。
「倍率が低くてもいいから、望遠鏡があればなあ……」
――歴史に「望遠鏡」の記録が表れるのは、16世紀頃である。
しかしレンズの特性により遠近感が異なるのは、13世紀には知られていた。
17世紀の初頭オランダのメガネ職人が「発明」したとの説もあるが、原始的な望遠鏡自体はすでに存在していたのだ。
ゆえにメガネ職人の特許の申請が認められなかった経緯もある。
望遠鏡は海戦において非常に便利な道具とされ、以降各地で競い普及していく。
「透明に近いガラスは貴族ですら高価な品だと、温度計を考えた時に分かってた。ましてやレンズなんて、試しにと製作するのも大変だな」
視力が現代人に比べ格段に優れてるのはマナスルで確認したが、嵐の見張り台で周囲に意識を向け続ける困難さに変わりないだろう。
「どれくらい経ったか足を引く感触がして、ああ交代が来たって思ったんだ」
フラフラになりメシを詰め込んで寝てたら、今朝の騒ぎで叩き起こされる。
「そうして意味も分からず、疑われてしまったと……」
ぼくは凪中ですら二度と上がりたくないと思った。嵐の中で見張り台の上か……脳が想像を拒否するなあ。
「交代した船員はフードを被っていて顔が見えなかった、それは確かですか?」
「交代に喜ぶ力もなかったよ、誰かなんて確かめる気になるもんかっ!」
「髭も?」
意外な質問にコーティの息が一瞬止まる、やっとぼくの顔を見た。
視線が合い幾分冷静になったのか、虚空に昨夜の様子を思い出している。
「――いやフードは被ってたけど、口元は見えた。髭は、なかったな」
では年季の入ったカストロ髭の、ナムダではない……。
第一通報者を犯人として疑うのは捜査の鉄則。
ナムダは本当はコーティと交代しており、甲板でぼくと会ったのを幸いに交代していないと主張してる可能性もあった。
しかしそうなると、コーティへの疑いは晴れない……。
「船長の文句を言ってたそうですけど、思い当たる節は?」
見張りの当直だった件もあるが、船長への批判も疑われている要因と思われた。
「それは嘘だっ!」
コーティが目を剥いて否定する。
「文句は皆も言ってる、船長は夜になったらさっさと寝ちまうんだ! 嵐だったらなおさらだ、船室にこもって絶対出てきやしない!!」
疑惑を吐き出して楽になりたいのかもしれない、絶叫に近い吐露。
「風や波の様子を見定めて操舵員に指示送らなきゃいけないのに、船員長に操船を任せる指示を出すだけ! だから亜人は信用できないんだっ!!」
皆知ってるし腹を立ててる、俺だけじゃないと喉を詰まらせた。
カター船長が見張り台にいたのに驚いたのは役職の関係だけではない、嵐の夜に外に出たことが意外だったのか。
――この時代の帆船は船内で操船する。船長が甲板から船内の操舵員に命令し、舵柄を押し引きする大変手間のかかる操舵法だった。
上部甲板で操舵する装置、「舵輪」が登場するのは18世紀である。
「亜人に偏見を持つなとキラナ船員長は言うけど、どうしたって腹が立つだろ? でもだからって殺したりしない!」
コーティは吹っ切れたのか開き直ったのか、大きく息を吐く。
歳はぼくより少し上に思える。殺人事件の容疑者となり逃げ場のない船の上で、他の船員から疑いの白い目で見られているのだ。
どれほどのストレスを与えられているのか。
ぼくはふと、壁にかけられたフード付きのマントを手に取り広げた。船長が着ていたので予備だろう、ぼくなら3人は包めそうだ。
巨大なマントの手触りと、船倉で感じた違和感……。
「最後に、セントエルモの火――船乗りの守護聖人様は見ましたか?」
ぼくは振り向かずに問う。
突如出た名称に、コーティは何事かと記憶を探っていた。
「……誰が言ったか知らないけど、まだそんなに乗ってないんだ、仕方ないだろ」
返答に疑問が浮かび、なんの話かと首を傾げる。
「守護聖人様だろ? お会いして初めて船乗りと認められるって何度も聞いたさ、まだ半人前だっていっつもバカにするんだ!」
ああ船乗りの間では、そういった表現で伝わっているのか。
「俺だって早く、一人前になりてえよ。そうすりゃ今みたいに、疑われずに済んだかもしれない……」
胸の内を吐き出して少しは楽になったのだろうか、苦笑にも似た笑み。
「当直は交代する前、調理室に寄って軽食を食わせて貰うんだ。料理番のチャテーなら誰が来たのか知ってるはずだよ」
☆
「昨夜は知っての通り大嵐でした、俺らは当直用の食事を用意しなけりゃならん。慌ただしくて食いにきた船員の顔なんか、いちいち確認しちゃいません」
次は料理番のチャテー。
武器棚は荒らされていなかった。つまり凶器の入手経路は、乗船以前に準備していない限り調理室だけとなる。
甲板でコーティを殴ったチャテーと、手伝いが1人後ろに並ぶ。
カードマジックを披露し、同じように昨夜から今朝にかけての状況を聞く。
チャテーが因果伯の存在に一つ息を呑み、身振り手振りを交え簡素に答えた。
「誰1人も、ですか? 声をかけられたりとか、話を聞いたりも?」
「ないですな、こっちは背を向けて仕事してるし当直もさっさと寝てえでしょう。交代要員の人数分作っちまったら、次の仕込みに入るんですわ」
日々の流れ作業となっているそうだ。
嵐の継続時間によっては当直も増え夜を徹す作業となる、無理もないだろう。
なぜか害虫がいなかったので、これ幸いと調理室にこもり交代で仮眠を取る。
「ちょっとでもこっちが大人しくなると害虫が暴れ出す。咬まれて動けなくなった船員もいるんで、普段は調理室で寝たりしねえんですがね」
なので船室には戻っておらず、コーティがいたかどうかは分からない。
ぼくはそっとお腹を撫で理解をしめす。
ほどなく雨は止み、風はまだあったが自分らもひと息ついた。
「夜明け前に起き出し、朝食の準備をしていたら騒ぎが起こったんでさ」
これだけだと手を広げる、ぼくは頷いて返答とする。
調理用のナイフは確かに武器となる、だが数は大体しか把握していないそうだ。
「使い慣れてるモンもあるが、皆に手伝いを頼んで渡したりもする。そん時にでも盗られてりゃ分からんです」
もし無くなっていたとしても判断はつかないと、申し訳なさそうに頭を下げた。
「カター船長への不満が、船員内にあるみたいですね」
「まあ俺も……船長に不満がない訳じゃねえ、最初はけっこうもめたりもした」
後ろに立った手伝いが、言わなくてもいいと袖を引く。
「この方ぁ嘘が見破れる! 俺に後ろめたい事はねえし疑われるのはまっぴらだ、ちゃんと話すべきだ!」
「もちろんです、証拠もなしに無暗に疑ったり犯人扱いはしません」
背をただし毅然とした態度で答えると、チャテーは息を整え説明する。
「カター船長は肉を食わないんでさ。食えないって訳じゃないとは言ってたけど、ニンジンとか野菜の方が好きで多く召し上がってた」
そのせいで船員にも野菜を勧め、肉が食えない日々が続く。
楽しみのメシに肉が出ない。さすがに批判を生み改められたが、訊けばそんなに肉を食いたいと思ってるとは知らなかったそうだ。
以後は船長分だけ野菜の料理を作る運びとなり、忙しい最中に手間が増える。
「只人と亜人との違いに仕方ねえと割り切っちゃいるが、ぼやきくらい出まさあ」
船内では献立表が製作されていた。
パンに塩漬け肉に干し肉、ワインが不満なく振舞われ、曜日によってはスープやチーズ、魚が食卓に出たりと変化をつける。
これらの食事は賃金とは別に、経費として支給されていた。
驚くことに18世紀に猛威を振るった壊血病は、当時これら食料品によって抑えられていたとされる。
船員は一般的な農民などより、遥かにいい食事が楽しめたといえよう。
航海での暮らしは刺激が少なく、博打と食事だけが楽しみとなるためであった。
逃げ場のない船の上、ストレスが解消できねば……人の精神は容易に狂う。
「トカゲの主食は、昆虫か野菜だったかな」
チャテーの話を聴きながらぼくは記憶を掘り起こす。環境による変化が激しく、大型のトカゲの場合はまた違っている。
ジャーラフを見ても、実在する動物にどこまで類するのか判断は難しい。
「確かに俺は手が早いがキラナ船員長に次ぐ古参なんだ、長いつき合いとなる船長を殺しやしませんよ!」
☆
「昨夜は予想通り嵐になりました。操舵員に指示を送り縮帆、皆古参と呼べるほど優秀な船員で問題なく働いてくれました」
ぼくが眠ったか失神した頃である。
最後に話を聞くのはキラナ船員長。カードマジックに驚きはしたけど、規律正しく胸を張り今朝までの状況を話す。
「幸いにも夜半には嵐の峠が過ぎ、当直を残して交代要員は仮眠と指示しました。私も船員に引継ぎし船室に引き上げ……今朝呼ばれて、飛び出したのです」
慣れもあったのでしょう、もっと気を張っていればと悔やむ。
天気予報などなく……いつ止むともしれない雨と波と風に翻弄され続けるのは、それだけでストレスと疲労が蓄積するだろう。
どれほど天候に気をつけていても自然相手、想定外な遭遇は避けられない。
嵐の直後であれば仕方なく、当直の交代要員だったナムダの証言とも一致する。
「今件は想定外すぎですが、嵐は船乗りにとって特殊な状況ではないのですか?」
「日常、ですね」
船員長は微かに微笑みながらも言い切った。
船員は皆、実戦で叩き上げて操船技術を培う「航海のプロ」である。
航行のほとんどが「サーガラ←→ウダカ」等の近海であり、風の状態で最寄りの港に寄港し、操船手順を幾度となく繰り返す。
地形、水深、危険個所など、全船員が船長と違わず記憶する義務があるのだ。
船員のほとんどは読み書きができず、風や太陽や潮境を経験として受け継ぐ。
若手のコーティが見張り台に上るのは、けっしてイジメではない。船員は操船のベテランへと育てられるのだ。
ゆえに商船であっても、荷の上げ下ろしは港の専門業者が仕事にしていた。
飲料水から食料の積み込み、船の損傷や修理まで、港湾労働者にとっての貴重な収入源となっている。
昨夜の嵐を思い出し、あれが日常かと思うと嫌な笑いが出た。
「そういえば運良くお会いできたのですが、守護聖人様は凄かったですね」
「ええ見事でしたね。船乗りならたまに拝みますので特殊とまでは思いませんが、嵐が過ぎたとホッとしますよ」
「操船の指示などは、本来なら船長が行うのですか?」
ならば「この船」においての特殊な状況、気になるのはこの点。
「通常はそうですね、むろんカター船長も日中なら指示して……して、いました」
過去形に、キラナ船員長はうつむき加減で話す。
船長は夜や雨が降ると部屋から出てこない、これはどうやら事実みたいだ。
コーティや皆が批判する気持ちも分かると言う。
「しかしカター船長は、貴族の後ろ盾なしに船員から上り詰めた船乗りなのです。実力がともなわなければ船長など任されません」
凪になれば何日でも漂わなければならない。残された食料に積み荷の保存に賃金のやり取りにと、信頼のおける人物でないと船員をまとめるのは困難だ。
荒くれ者相手に腕力も必要となる、船長の巨体はそれだけで説得力があった。
「確かにカター船長は亜人ですが、それと船長の資質とは別問題です!」
血統を批判の理由にする者もいるが、それは航海には関係ないと強く主張する。
『この船は亜人が船長だから、守護聖人様でも祝福しなかった』
そんな船員の呟きを何度か耳にした。
しかし商船は「仕事」である、感情に任せ好き嫌いでやってはいけないのだ。
キラナ船員長は胸を張って答え、横にいたラクシュも頷く。
「最後に――この凪は、いつ頃収まりそうですか?」
「天候と潮のうねりから、たぶん明日早朝にはウダカへ追い風が吹くと思います。皆さんには不便と危険な思いをさせてしまい、申し訳ありません」
そう言って深々と頭を下げる。
客船ではないが、船員長の立場から責任を重く感じているのだろう。
「ありがとうございました、考えをまとめますから」
カードマジックを盾に、主要人物には偽りない話を聞けたと思う。
船員長にお礼をして席を立ち、ラクシュには頼みごとをして独り船倉へ。
「誰の犯行か分かっていないんだろう? お前を独りにさせていいものか……」
それはむしろ、王太子に向けるセリフですけどね。
丸腰のぼくを見て不安気に問う、武器の所持が許されるのは船長と船員長だけ。
「ご心配なく、ちゃんと防犯意識は持っています」
佩刀はしていなかったので、代わりにとポケットを一つポンと叩く。
凪ではあるが船体が軋み、眩暈にも似た揺れが定期的に襲う。
「板子一枚下は地獄」
そのことわざ通り、足元ほんの数メートル下には暗く深い海。大地に根付いていないのが、こんなにも不安を増幅させる。
それはこの事件の深さか、嵐の前の静けさか……。




