七十四夜 雨天決行
「カター船長は夜になると、船長室にこもって出てこなかったそうですね」
「へっへい! だから姿を見るまで、殺されたのは間違いだろと思ってやした」
船倉に向かいながら、すれ違った船員にそれとなく訊いてみた。
船長が嵐の夜に外へ出るのは本当に珍しいと口をそろえる。なぜだか妙に恐々と答えてくれ、覗いてた船員も慌てて顔を隠す。
「……因果伯って、怖がられているんだろうか」
ぼくが出会った因果伯は皆――まあ、変な方もいたけど。
他の船員はコーティほどあからさまに批判しない。だが船長の素行は問題ではと誘導すると、口を注いでその態度に不満を表す。
しかし船長の資質問題としてはその1点だけ。
非や間違いがあれば率先して改めていく、懐の広さは全員が認めていた。ぼくの第一印象もそうだった。
「根深い恨みを買ったり、船員をまとめるのに不十分な方とは思えないけどなあ」
まして命を狙われるなど――。
そして船員から話を聴き、さらなる疑問が湧く。見張り台に向かう船長の姿を、誰一人として見ていないのだ。
船長室から甲板へは直通、目撃者が少なくて当然だ。
だが昨夜も当直は何人か起きている。顔を合わせないようわざと隠れない限り、すれ違いはあったはず。
「船長は夜間働かない――船員に不満があると分かっていれば、むしろ姿を見せて解消すべきではなかったか?」
料理の批判も知ってからは改めたと、料理番のチャテーが主張していた。不満に気がつかなかった可能性もあるけど、総じて話の通じない方ではない。
コーティ犯行説と同じで、船長像と実際の行動がちぐはぐなのだ。
「犯人のアリバイ偽装もそこまで巧妙ではない、その予感はある。ならば後は……ぼくの知らない、異世界の常識か」
「カター船長、見張り台でなにがしたかったんですか?」
「――なにが?」
「わあっ!?」
真後ろにジャーラフがいて、思わず心臓が飛び出しかける。
気配を完全に絶っており、いつからいたのかまったく気がつかなかった。
黒のレザーに酷似した紐が幾重にも巻かれた姿は、亜人が存在する世界にあっても特殊な様相である。
見慣れてはいるのだけど、正面に立たれると少しドギマギしてしまう。
「音もなく忍び寄る姿は、本当に猫だね」
お腹で寝ているカレシーが身動きをし、思わず抱きしめて安全をアピール。
「ねえジャーラフが見張り台みたいな、高い所に上りたくなるのはどんな時?」
「高い所? ん~そりゃ「声」が届きにくい時かな。塔なんかの高い場所の方が、なんでか遠くまで伝わるんだ」
「風舌」の特性か、電波みたいなものかな。
カター船長が『カルマ』を啓いてたかは分からない。例え啓いてても緊急時って訳でもない、陸地と交信する必要があるだろうか。
っ海賊に船の場所を教え襲わせる、マッチポンプ!?
それを知った船員と口論となり逆襲を――いやだったら身の危険があったんだ、船員も黙ってる必要はないよなあ……んん。
「ジャーラフ……個別に話を訊いた以外で、異質な行動をとる船員はいた?」
「殿下のお姿がちらつくのだろう、大人しいものだ!」
眉を上げ鼻息も荒く、誇らしそうに胸を張った。
そうなるとこれで、かなり絞り込まれたことになる。
「ありがとう、ああそうだぼくよりラクシュを――…」
「なんか難しいことを考えてるようだけど、この船に乗り込んでからこっちお前に向けられた敵意はない」
リグ公爵閣下にもな、そこは安心していい――先手を打たれ無事を告げられた。
「えっ妙な言い回しだね、ぼくとラクシュには……?」
「コーティと呼ばれてた若い船員が、ボクたちに敵意を向けていた」
やっぱり気がついていたのか、でもなんだってジャーラフに確執を持つのか。
「ボクたちにだ、分からんか?」
ジャーラフの耳が寝て尻尾が丸まっている、辛い……笑み?
ぼくは、やっと理解する。
サーガラでも何度か聞き、今回も心情として浮かんでいた。思っている以上に、皆の心にひっかかっている事情。
『――だから亜人は信用できないんだっ!!』
「只人と亜人の、格差か……っ」
船倉に横たわるカター船長の枕元に、黒い羽つき帽子が置かれていた。
ぼくは船長の短剣を抜き、検めながら考えを整理する。
「いかにも小さく見えた短剣だったけど、ぼくが持つとちょっとした鉈だね」
銀の刃が鈍く光り、殺傷力のある「武器」だとしめす。
「ルタ……好物ってある?」
短剣を見ながら、通路に立ち塞がる山羊の角を持つ少年に声をかけた。
軽快に奏でられていた音楽が止み、横笛から口を離して振り返る。
「サーガラで食べた、アラヤシキクレープが最高でしタ! あっオイラは肉抜きでしたけどね、普段はキャベツとか豆類が好きでス」
虚空を見上げ横笛を抱いて、嬉しそうに味を思い出す。
肉はダメだけど卵はいけるのか。実在するヤギとは違って、動物性食品の全てがNGな訳ではないのだな……。
「ヨーギリンゴ――!」
ヨーギが手を挙げ会話に入ってくる。
馬は甘い物が大好きだ。蜂蜜でニンジンのグラッセを作ったら、病みつきになってヤバイかもしれないなあ。
「皆さんには随分とお世話になってますからね、ちゃんとご馳走しますよ」
「わ――――~い!」
今にも飛び上がらんばかりに喜ぶヨーギがほほえましい。何事もマイペースで目が離せないけど、なんでも許してしまいたくなる笑顔だ。
たてがみを思わせる太い三つ編みが荒れ、何気に治してあげると殺気を感じた。
周囲を見渡すも発見できず、冷や汗が流れる。
「……これは、いるな」
被疑者を見張る刑事じゃないんだから――と独語したら、雪の降る中街灯の下であんパンをかじり牛乳を飲むジャーラフが浮かび、お腹が震えた。
「そういえば只人に近い祖先にあたる猿に、ネギ類はNGな場合があったっけ」
亜人の進化の過程は分からないけど、只人同様完全に同一ではないのだろう。
船長の口に立ち並んだ鋭い歯を見る、肉など簡単に噛み砕きそうだ。
「野菜の方が好きとは、とても思えないなあ」
「リザードマン」――二足歩行の、トカゲ。
「この世界の……常識」
エルフであるスーリヤ様は、マナスルの領主を務め尊敬の念で迎えられている。
ワーキャットであるジャーラフは、国家の要である因果伯。「亜人」に対してのぼくの印象は、2人が基本となっていた。
サーガラではもっと多くの種族と触れ合う。
ドワーフ、ハーフリング、ハーピー、ケット・シー、リザードマン、コボルト。
そしてパーンにケンタウロス。幻想文学で幾度となく親しみ、心弾ませた物語に登場するキャラクター。
まだ見ぬ未知の世界に、むしろ心躍るほどだった。
「ぼくにとって亜人は興味こそあれ、格差を引きだす存在ではなかったけど……」
憧憬の想いが、得た情報を覆い隠してはいなかったか。
船内のどこかで騒めきを感じ意識が戻る。頭を振って短剣を鞘に納め、この場をルタとヨーギに任せて船倉を出た。
「不可能を消去し、最後に残ったものがいかに奇妙であっても真実となる」
こちらは列車の屋根ではなく見張り台だけど――と妄想で遊ぶ。おそらく世界一有名な探偵は、この状況でどういった行動に出るだろうか。
探偵であれば、刑事や民事に関係なく依頼を受け「調査」を行う。
警察であれば、公権力を有し法で定められた犯罪行為の「捜査」を行う。
依頼により先手が打てる探偵と、仕事として多くが後手となる警察。
「同じく事件解決を目指そうとも、意味は全く違うんだ」
ぼくがやるべきは、求められているのはどちらだろう。
甲板に出ると見張り台を洗っていて、赤く濁った水が降っていた。
映像を証拠として残せないから仕方ないけど、なにか取り逃がしてはいないかと胸騒ぎがしてしまう。
凪でやることがないのだろう、数人の船員が暇そうに海を眺めている。
「海が泡立っていません? 有名な魔獣、クラーケンが現れる前兆だそうですよ。リヴァイアサンとかヨルムンガンドとか、怖いけど見たくもありますね」
粘度を持った青い水がゆらりと広がる海。
一見平和そうではあるけど、異世界には比喩ではなく魔獣が存在する。
「とっとんでもねえ、腰が抜けっちまう! 近寄りたくもありませんぜ!」
「今は、あんたの方が……」
「おいよせやめろ! へへっすいやせん因果伯様、こっこいつ酔ってるんでさあ」
お許しください――ぼくの軽口に飛び上がって驚き会釈して逃げて行く。考えを読まれないためか、頭を押さえている者もいた。
比喩ではなく、魔獣を前にした逃亡である。
「そこまで、怖がらなくとも……」
色々あって凹んでいたら、ラクシュが手を挙げ笑いながら歩いてきた。
「いや凄い反響だ! アユムのカードマジックで全員が因果伯だと信じてるぞ!」
「只今それを確認し、呻っていたところです」
他のも教えろと迫ってくるが、こちらの片がついたらとごまかしておく。
「えっ……あれ? ラクシュ、唇の端切れてません!?」
「ああ荒くれ者と仲良くなるには、喧嘩が手っ取り早い。しかし狭い空間で多数を相手取るには、より足捌きが重要だったな」
いい鍛錬になった――さっき感じた騒めきはこれか。妙にスッキリとした顔で、腕に残った防御創を誇らしく掲げる。
船員の雰囲気を見てきて貰ったのだ。
王太子になにをさせるつもりと思ったが、なんだか喜んで引き受けてくれた。
それがそんな手段に出るとは……お酒も呑み盛り上がったのか、若干頬が赤い。
「別の意味で、御独りにすべき方ではなかった……」
これも人心掌握術なのかなあと頭を抱える、後でルタに謝っておこう。
「アユムは佩刀が許されてる身分なんだ。剣を突きつけて真実を迫れば、因果伯の権威もあるし誰でも白状するんじゃないか?」
「使わない剣を佩くことにこそ、意味があるんです」
我ながら甘いとは思うんですが――この世界では通用しない倫理だろうか。
意外な返答だったのか、珍しくもラクシュが目を瞬かせていた。
「コーティの様子はどうでした?」
「あっああ……孤立しちゃいるが、船員は見ないよう考えないようにしてるな」
剣ほどではないけど、因果伯に心を読まれ怒りを買うのはやはり怖いのだろう。
現代人であれば「未知」は興味にも繋がるだろうけど、この時代にあっては死に直結する恐怖に他ならない。
ぼくの意識とは別に、場は整ったと言える。
「時間がない……か」
空を見るも天候は全く読めず、風が吹けば明日中にはウダカに着くと聞いた。
ぼくはポケットのトランプから1枚抜き出して、飾り気のない羊皮紙で作られたカードを反し表柄で占う。
「名探偵、みなを集めて「さて」と言い……」
思わずミステリー川柳を口ずさんだ。
少なくともぼくは、これ以上犠牲者を出したくはない。
「ならばやるべきは、探偵役か!」
「おっおいまさか、また誰か犠牲者が出るのか!?」
ラクシュの動揺に無言で頷く。
引いたカードはスペードの2。
スペードは夜と時間を表し、そして「騎士」や「死」を暗示させる。
☆
「キラナ船員長の読み通り、少し風が出てきましたね」
手を足をかけ上がる度にロープが軋み、はおったインバネスコートが軽く舞う。
ぼくは再びシュラウドに張りつき、腰を支えてくれるキラナ船員長に話す。
見張り台に上がるのは二度目であり少しは慣れ、声をかける余裕も生まれた。
正直……上がりたくはなかったけど。
「ハッタリに凝りすぎたかなあ」
後悔が押し寄せてくるが、アレくらいやらねば印象深くできなかっただろう。
マストの上空には月が座り、昨夜現れたセントエルモの火を思わせた。
「――「さて」皆さん、事件はあらかた分かりました!」
「「おお――――~っっ!!!」」
日が暮れる前、因果伯が甲板に集まった船員に宣言する。
名調子の役者を前に、観客が大歓声を上げた。ラクシュと殴り合ったのだろう、幾人も顔を晴らしタオルを巻いている。
しかし靄が晴れてスッキリとした表情をしており、日常に復帰する期待も重なり大いに沸き立っていた。
「だが間違いは許されません。確実にするため今晩犯行現場の見張り台に上がり、月の下で『カルマ』を使います!」
意味が理解できず、期待が疑問の表情に変わる。
ラクシュだけが意外な展開に喜び、袖幕から目を輝かせていた。
「カター船長の心に、直接訊くのです!!」
言葉を理解するために費やされる一拍の間、驚きが絶叫へと変わる。
「うっ嘘だろ? 死んだ奴の心まで、分かるってのか!?」
「因果伯様に不可能はねえ! なにしろ国の要となるお方だ……っ!」
「凄え凄えっ! 俺ら『カルマ』を見たって、方々で自慢できるぞ!」
噂が尾ひれをまとい、想像が妄想をからめ拡大してゆく。
ナムダがカストロ髭を震わせ、チャテーが腕を振るい話題の中心となっている。
あちらこちらで恐れを持って語られる、『カルマ』と呼ばれる不可思議な「力」――実はカードマジックなんです、とはもう言えない。
「本当の因果伯に、迷惑をかけてないかなあ」
ぼくは独り、罪悪感に胸を押さえた。
「今夜は必要な当直以外、指示があるまで甲板に出ないでください! 皆さんの心が雑ざってしまうのです!」
「「はは――――っっ!!!」」
怒号のごとき返答を受け、興奮が冷めやらない船員が騒ぎながら船室に向かう。
その喧騒の中、若い船員の姿がないのに気がついた者はいただろうか……。
「ぼくはもう一つの可能性――自殺ではないかと、ずっと考えていました」
格子状のロープが手の平に食い込む。高さに慣れると恐怖心も薄らいで、気持ちよさに頬が高揚するが振り払う。
キラナ船員長が突然呟いたぼくを、驚いた顔で見返していた。
「ぼくたちが甲板に出た時、カター船長は見張り台から降ろされている最中……」
刺し傷が背中なら他殺との断定も無理はありませんが、創傷は胸。船長が自分の短剣で胸を刺し、マントで血を拭って鞘に戻す。
首元に大量の赤黒い血がついていた理由がこれで判明します。
「船長にどれほど信仰があったか分かりません。行動としても少し異常ですけど、不可能ではないでしょう」
教義によって自殺は禁止とされている。
だけどそうであって欲しかったと心で呟く。マストの軋みが聞こえ、見張り台が目の前に迫っていた。
「可能性ではなく、それが真相では? 船長は自殺されたのですね!?」
「残念……とは妙な言い方ですが違います。船倉で検めたところ船長の短剣には、血を拭いた跡はありませんでしたから」
胸を刺し吹き出した血は短剣を、握った手や袖をも赤く染めたはず。その痕跡を完全に消すには、状況的にも時間的にも無理があり過ぎる。
「カター船長の胸の創傷は深く、重体すぎたんです」
よいしょとぼくは見張り台に手をかけ上がる。船員長は同意が即座に否定され、戸惑いが困惑した表情を表す。
狭い見張り台の中は船長の血が染みとなり、月明りの下で黒く陰って見えた。
誰かに聞かせるよう話を続ける。
「犯人は船長を刺した後、血に濡れた短剣を見て動揺したのでしょう」
もちろん自分の服では拭えない、雨もすでに止んでいる。これは船長の血が滲んではいても、雨によって崩れていないことから分かります。
犯人はなんとしても血を拭きたかった、そこで倒れている船長の服で拭った。
「しかしこれも妙な話なんです。船員長の言った通り、犯行に使用した凶器は海にでも捨てればいいんですから」
キラナ船員長は黙ったまま、ぼくの自説に耳を傾ける。
「なぜそうせず、わざわざ拭いて保持しなければならなかったのか」
その気になればナイフはどこでも手に入ります、事前に購入し隠しておくことも調理中に返さず盗むことも。
船員30名――被疑者の誰もがナイフを所持し、捨てることができたのです。
「しかし状況的にたった1人だけ、それができない者がいた――さっどうぞ」
ぼくは見張り台から手を伸ばし差し伸べた。
手を取った船員長の目が、ぼくの後ろを凝視する。
「いっ因果伯様――!!」
「ここでカター船長を刺した、犯人だけ?」
見張り台のマストの影から若い船員が現れ、無防備なぼくの背後に立つ。
月の逆光によりその姿は黒く浮かび上がり、表情は読めなかった。




