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M属性 ~嗚呼、あなたに踏まれたい~  作者: 高谷正弘
第三章 新王都アムリタ
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七十四夜 雨天決行

「カター船長は夜になると、船長室にこもって出てこなかったそうですね」

「へっへい! だから姿を見るまで、殺されたのは間違いだろと思ってやした」

 船倉に向かいながら、すれ違った船員にそれとなく訊いてみた。

 船長が嵐の夜に外へ出るのは本当に珍しいと口をそろえる。なぜだか妙に恐々と答えてくれ、覗いてた船員も慌てて顔を隠す。

「……因果伯って、怖がられているんだろうか」

 ぼくが出会った因果伯は皆――まあ、変な方もいたけど。

 他の船員はコーティほどあからさまに批判しない。だが船長の素行は問題ではと誘導すると、口を注いでその態度に不満を表す。

 しかし船長の資質問題としてはその1点だけ。

 非や間違いがあれば率先して改めていく、懐の広さは全員が認めていた。ぼくの第一印象もそうだった。

「根深い恨みを買ったり、船員をまとめるのに不十分な方とは思えないけどなあ」

 まして命を狙われるなど――。

 そして船員から話を聴き、さらなる疑問が湧く。見張り台に向かう船長の姿を、誰一人として見ていないのだ。

 船長室から甲板へは直通、目撃者が少なくて当然だ。

 だが昨夜も当直は何人か起きている。顔を合わせないようわざと隠れない限り、すれ違いはあったはず。

「船長は夜間働かない――船員に不満があると分かっていれば、むしろ姿を見せて解消すべきではなかったか?」

 料理の批判も知ってからは改めたと、料理番のチャテーが主張していた。不満に気がつかなかった可能性もあるけど、総じて話の通じない方ではない。

 コーティ犯行説と同じで、船長像と実際の行動がちぐはぐなのだ。

「犯人のアリバイ偽装もそこまで巧妙ではない、その予感はある。ならば後は……ぼくの知らない、異世界(こちら)の常識か」


「カター船長、見張り台でなにがしたかったんですか?」

「――なにが?」

「わあっ!?」

 真後ろにジャーラフがいて、思わず心臓が飛び出しかける。

 気配を完全に絶っており、いつからいたのかまったく気がつかなかった。

 黒のレザーに酷似した紐が幾重にも巻かれた姿は、亜人が存在する世界にあっても特殊な様相である。

 見慣れてはいるのだけど、正面に立たれると少しドギマギしてしまう。

「音もなく忍び寄る姿は、本当に猫だね」

 お腹で寝ているカレシーが身動きをし、思わず抱きしめて安全をアピール。

「ねえジャーラフが見張り台みたいな、高い所に上りたくなるのはどんな時?」

「高い所? ん~そりゃ「(ちから)」が届きにくい時かな。塔なんかの高い場所の方が、なんでか遠くまで伝わるんだ」

風舌(ふうぜつ)」の特性か、電波みたいなものかな。

 カター船長が『カルマ』を啓いてたかは分からない。例え啓いてても緊急時って訳でもない、陸地と交信する必要があるだろうか。

 っ海賊に船の場所を教え襲わせる、マッチポンプ!?

 それを知った船員と口論となり逆襲を――いやだったら身の危険があったんだ、船員も黙ってる必要はないよなあ……んん。

「ジャーラフ……個別に話を訊いた以外で、異質な行動をとる船員はいた?」

「殿下のお姿がちらつくのだろう、大人しいものだ!」

 眉を上げ鼻息も荒く、誇らしそうに胸を張った。

 そうなるとこれで、かなり絞り込まれたことになる。

「ありがとう、ああそうだぼくよりラクシュを――…」

「なんか難しいことを考えてるようだけど、この船に乗り込んでからこっちお前に(・・・)向けられた敵意はない」

 リグ公爵閣下にもな、そこは安心していい――先手を打たれ無事を告げられた。

「えっ妙な言い回しだね、ぼくとラクシュには……?」

「コーティと呼ばれてた若い船員が、ボクたちに敵意を向けていた」

 やっぱり気がついていたのか、でもなんだってジャーラフに確執を持つのか。

「ボクたちに(・・・)だ、分からんか?」

 ジャーラフの耳が寝て尻尾が丸まっている、辛い……笑み?

 ぼくは、やっと理解する。

 サーガラでも何度か聞き、今回も心情として浮かんでいた。思っている以上に、皆の心にひっかかっている事情。

『――だから亜人は信用できないんだっ!!』

「只人と亜人の、格差か……っ」


 船倉に横たわるカター船長の枕元に、黒い羽つき帽子が置かれていた。

 ぼくは船長の短剣を抜き、検めながら考えを整理する。

「いかにも小さく見えた短剣だったけど、ぼくが持つとちょっとした鉈だね」

 銀の刃が鈍く光り、殺傷力のある「武器」だとしめす。

「ルタ……好物ってある?」

 短剣を見ながら、通路に立ち塞がる山羊の角を持つ少年に声をかけた。

 軽快に奏でられていた音楽が止み、横笛(フルート)から口を離して振り返る。

「サーガラで食べた、アラヤシキクレープが最高でしタ! あっオイラは肉抜きでしたけどね、普段はキャベツとか豆類が好きでス」

 虚空を見上げ横笛を抱いて、嬉しそうに味を思い出す。

 肉はダメだけど卵はいけるのか。実在するヤギとは違って、動物性食品の全てがNGな訳ではないのだな……。

「ヨーギリンゴ――!」

 ヨーギが手を挙げ会話に入ってくる。

 馬は甘い物が大好きだ。蜂蜜でニンジンのグラッセを作ったら、病みつきになってヤバイかもしれないなあ。

「皆さんには随分とお世話になってますからね、ちゃんとご馳走しますよ」

「わ――――~い!」

 今にも飛び上がらんばかりに喜ぶヨーギがほほえましい。何事もマイペースで目が離せないけど、なんでも許してしまいたくなる笑顔だ。

 たてがみを思わせる太い三つ編みが荒れ、何気に治してあげると殺気を感じた。

 周囲を見渡すも発見できず、冷や汗が流れる。

「……これは、いるな」

 被疑者を見張る刑事じゃないんだから――と独語したら、雪の降る中街灯の下であんパンをかじり牛乳を飲むジャーラフが浮かび、お腹が震えた。

「そういえば只人に近い祖先にあたる猿に、ネギ類はNGな場合があったっけ」

 亜人の進化の過程は分からないけど、只人同様完全に同一ではないのだろう。

 船長の口に立ち並んだ鋭い歯を見る、肉など簡単に噛み砕きそうだ。

「野菜の方が好きとは、とても思えないなあ」

「リザードマン」――二足歩行の、トカゲ。


「この世界の……常識」

 エルフであるスーリヤ様は、マナスルの領主を務め尊敬の念で迎えられている。

 ワーキャットであるジャーラフは、国家の要である因果伯。「亜人」に対してのぼくの印象は、2人が基本となっていた。

 サーガラではもっと多くの種族と触れ合う。

 ドワーフ、ハーフリング、ハーピー、ケット・シー、リザードマン、コボルト。

 そしてパーンにケンタウロス。幻想文学で幾度となく親しみ、心弾ませた物語に登場するキャラクター。

 まだ見ぬ未知の世界に、むしろ心躍るほどだった。

「ぼくにとって亜人は興味こそあれ、格差を引きだす存在ではなかったけど……」

 憧憬の想いが、得た情報を覆い隠してはいなかったか。

 船内のどこかで騒めきを感じ意識が戻る。頭を振って短剣を鞘に納め、この場をルタとヨーギに任せて船倉を出た。

「不可能を消去し、最後に残ったものがいかに奇妙であっても真実となる」

 こちらは列車の屋根ではなく見張り台だけど――と妄想で遊ぶ。おそらく世界一有名な探偵は、この状況でどういった行動に出るだろうか。

 探偵であれば、刑事や民事に関係なく依頼を受け「調査」を行う。

 警察であれば、公権力を有し法で定められた犯罪行為の「捜査」を行う。

 依頼により先手が打てる探偵と、仕事として多くが後手となる警察。

「同じく事件解決を目指そうとも、意味は全く違うんだ」

 ぼくがやるべきは、求められているのはどちらだろう。


 甲板に出ると見張り台を洗っていて、赤く濁った水が降っていた。

 映像を証拠として残せないから仕方ないけど、なにか取り逃がしてはいないかと胸騒ぎがしてしまう。

 凪でやることがないのだろう、数人の船員が暇そうに海を眺めている。

「海が泡立っていません? 有名な魔獣、クラーケンが現れる前兆だそうですよ。リヴァイアサンとかヨルムンガンドとか、怖いけど見たくもありますね」

 粘度を持った青い水がゆらりと広がる海。

 一見平和そうではあるけど、異世界(こちら)には比喩ではなく魔獣が存在する。

「とっとんでもねえ、腰が抜けっちまう! 近寄りたくもありませんぜ!」

「今は、あんたの方が……」

「おいよせやめろ! へへっすいやせん因果伯様、こっこいつ酔ってるんでさあ」

 お許しください――ぼくの軽口に飛び上がって驚き会釈して逃げて行く。考えを読まれないためか、頭を押さえている者もいた。

 比喩ではなく、魔獣を前にした逃亡である。

「そこまで、怖がらなくとも……」

 色々あって凹んでいたら、ラクシュが手を挙げ笑いながら歩いてきた。

「いや凄い反響だ! アユムのカードマジックで全員が因果伯だと信じてるぞ!」

「只今それを確認し、呻っていたところです」

 他のも教えろと迫ってくるが、こちらの片がついたらとごまかしておく。

「えっ……あれ? ラクシュ、唇の端切れてません!?」

「ああ荒くれ者と仲良くなるには、喧嘩(コレ)が手っ取り早い。しかし狭い空間で多数を相手取るには、より足捌きが重要だったな」

 いい鍛錬になった――さっき感じた騒めきはこれか。妙にスッキリとした顔で、腕に残った防御創(・・・)を誇らしく掲げる。

 船員の雰囲気を見てきて貰ったのだ。

 王太子になにをさせるつもりと思ったが、なんだか喜んで引き受けてくれた。

 それがそんな手段に出るとは……お酒も呑み盛り上がったのか、若干頬が赤い。

「別の意味で、御独りにすべき方ではなかった……」

 これも人心掌握術なのかなあと頭を抱える、後でルタに謝っておこう。

「アユムは佩刀が許されてる身分なんだ。剣を突きつけて真実を迫れば、因果伯の権威もあるし誰でも白状するんじゃないか?」

「使わない剣を佩くことにこそ、意味があるんです」

 我ながら甘いとは思うんですが――この世界では通用しない倫理だろうか。

 意外な返答だったのか、珍しくもラクシュが目を瞬かせていた。

「コーティの様子はどうでした?」

「あっああ……孤立しちゃいるが、船員は見ないよう考えないようにしてるな」

 剣ほどではないけど、因果伯に心を読まれ怒りを買うのはやはり怖いのだろう。

 現代人であれば「未知」は興味にも繋がるだろうけど、この時代にあっては死に直結する恐怖に他ならない。

 ぼくの意識とは別に、場は整ったと言える。

「時間がない……か」

 空を見るも天候は全く読めず、風が吹けば明日中にはウダカに着くと聞いた。

 ぼくはポケットのトランプから1枚抜き出して、飾り気のない羊皮紙で作られたカードを反し表柄で占う。

「名探偵、みなを集めて「さて」と言い……」

 思わずミステリー川柳を口ずさんだ。

 少なくともぼくは、これ以上犠牲者を出したくはない。

「ならばやるべきは、探偵役か!」

「おっおいまさか、また誰か犠牲者が出るのか!?」

 ラクシュの動揺に無言で頷く。


 引いたカードはスペードの2。

 スペードは夜と時間を表し、そして「騎士」や「死」を暗示させる。



 ☆



「キラナ船員長の読み通り、少し風が出てきましたね」

 手を足をかけ上がる度にロープが軋み、はおったインバネスコートが軽く舞う。

 ぼくは再びシュラウドに張りつき、腰を支えてくれるキラナ船員長に話す。

 見張り台に上がるのは二度目であり少しは慣れ、声をかける余裕も生まれた。

 正直……上がりたくはなかったけど。

「ハッタリに凝りすぎたかなあ」

 後悔が押し寄せてくるが、アレ(・・)くらいやらねば印象深くできなかっただろう。

 マストの上空には月が座り、昨夜現れたセントエルモの火を思わせた。


「――「さて」皆さん、事件はあらかた分かりました!」

「「おお――――~っっ!!!」」

 日が暮れる前、因果伯(・・・)が甲板に集まった船員に宣言する。

 名調子の役者を前に、観客が大歓声を上げた。ラクシュと殴り合ったのだろう、幾人も顔を晴らしタオルを巻いている。

 しかし靄が晴れてスッキリとした表情をしており、日常に復帰する期待も重なり大いに沸き立っていた。

「だが間違いは許されません。確実にするため今晩犯行現場の見張り台に上がり、月の下で『カルマ』を使います!」

 意味が理解できず、期待が疑問の表情に変わる。

 ラクシュだけが意外な展開に喜び、袖幕から目を輝かせていた。

「カター船長の心に、直接訊くのです!!」

 言葉を理解するために費やされる一拍の間、驚きが絶叫へと変わる。

「うっ嘘だろ? 死んだ奴の心まで、分かるってのか!?」

「因果伯様に不可能はねえ! なにしろ国の要となるお方だ……っ!」

「凄え凄えっ! 俺ら『カルマ』を見たって、方々で自慢できるぞ!」

 噂が尾ひれをまとい、想像が妄想をからめ拡大してゆく。

 ナムダがカストロ髭を震わせ、チャテーが腕を振るい話題の中心となっている。

 あちらこちらで恐れを持って語られる、『カルマ』と呼ばれる不可思議な「力」――実はカードマジックなんです、とはもう言えない。

「本当の因果伯に、迷惑をかけてないかなあ」

 ぼくは独り、罪悪感に胸を押さえた。

「今夜は必要な当直以外、指示があるまで甲板に出ないでください! 皆さんの心が雑ざってしまうのです!」

「「はは――――っっ!!!」」

 怒号のごとき返答を受け、興奮が冷めやらない船員が騒ぎながら船室に向かう。

 その喧騒の中、若い船員の姿がないのに気がついた者はいただろうか……。


「ぼくはもう一つの可能性――自殺(・・)ではないかと、ずっと考えていました」

 格子状のロープが手の平に食い込む。高さに慣れると恐怖心も薄らいで、気持ちよさに頬が高揚するが振り払う。

 キラナ船員長が突然呟いたぼくを、驚いた顔で見返していた。

「ぼくたちが甲板に出た時、カター船長は見張り台から降ろされている最中……」

 刺し傷が背中なら他殺との断定も無理はありませんが、創傷は胸。船長が自分の短剣で胸を刺し、マントで血を拭って鞘に戻す。

 首元に大量の赤黒い血がついていた理由がこれで判明します。

「船長にどれほど信仰があったか分かりません。行動としても少し異常ですけど、不可能ではないでしょう」

 教義によって自殺は禁止とされている。

 だけどそうであって欲しかったと心で呟く。マストの軋みが聞こえ、見張り台が目の前に迫っていた。

「可能性ではなく、それが真相では? 船長は自殺されたのですね!?」

「残念……とは妙な言い方ですが違います。船倉で検めたところ船長の短剣には、血を拭いた跡はありませんでしたから」

 胸を刺し吹き出した血は短剣を、握った手や袖をも赤く染めたはず。その痕跡を完全に消すには、状況的にも時間的にも無理があり過ぎる。

「カター船長の胸の創傷は深く、重体すぎた(・・・・・)んです」

 よいしょとぼくは見張り台に手をかけ上がる。船員長は同意が即座に否定され、戸惑いが困惑した表情を表す。

 狭い見張り台の中は船長の血が染みとなり、月明りの下で黒く陰って見えた。

 誰か(・・)に聞かせるよう話を続ける。


「犯人は船長を刺した後、血に濡れた短剣を見て動揺したのでしょう」

 もちろん自分の服では拭えない、雨もすでに止んでいる。これは船長の血が滲んではいても、雨によって崩れていないことから分かります。

 犯人はなんとしても血を拭きたかった、そこで倒れている船長の服で拭った。

「しかしこれも妙な話なんです。船員長の言った通り、犯行に使用した凶器は海にでも捨てればいいんですから」

 キラナ船員長は黙ったまま、ぼくの自説に耳を傾ける。

「なぜそうせず、わざわざ拭いて保持しなければならなかったのか」

 その気になればナイフはどこでも手に入ります、事前に購入し隠しておくことも調理中に返さず盗むことも。

 船員30名――被疑者の誰もがナイフを所持し、捨てることができたのです。

「しかし状況的にたった1人だけ、それができない者がいた――さっどうぞ」

 ぼくは見張り台から手を伸ばし差し伸べた。

 手を取った船員長の目が、ぼくの後ろを凝視する。

「いっ因果伯様――!!」


「ここでカター船長を刺した、犯人だけ?」

 見張り台のマストの影から若い船員が現れ、無防備なぼくの背後に立つ。

 月の逆光によりその姿は黒く浮かび上がり、表情は読めなかった。

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