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M属性 ~嗚呼、あなたに踏まれたい~  作者: 高谷正弘
第三章 新王都アムリタ
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七十二夜 ところにより暴風雨

 なによりまずカター船長を船倉へと運ぶ、今度は船員から批判はなかった。

 しかし1人では、いやラクシュと2人でも担げそうにはない。予備に持ってきた引っ越しベルトはあるけど、今船長から目を切るのは――。

「そうだヨーギ、カター船長の運搬をお願いできませんか?」

「え――~…」

 ……凄く嫌そうな顔をされる。

 まあ血だらけの巨体を、背に乗せたくはないだろうなあ。

「ウダカについたらデザートを、プラムのコンポートをご馳走しますので」

「ヨーギやる――っ!」

 手を合わせお願いすると、どうにか承諾していただけた。

「ジャーラフ、頼む(・・)

 振り向いて伝えると、ジャーラフは無言で船倉への扉横に立つ。さっきの怒りが残っているのか、青き瞳にひと筋ナイフの光を放っていた。

 様子見していた船員も因果伯(ぼく)の連れだと了承しており、慌てて頭を下げ直す。

「プラム、プラム、コンポートってな~に?」

「凪とはいえやはり少しは揺れますね、これ以上の損傷は防がないと……」

 ヨーギが船長の巨体を乗せ、軋む階段を鼻歌で下りていく。

 ぼくとラクシュは落ちないよう両脇から支え、後ろからルタもついてくる。

「……あれ?」

「ん、どうした?」

 船倉につき船長のマントを脱がせて敷くと、妙な違和感を感じた。

「いえ……どうにかあお向けに寝かせましょう、できる限り動かないようなんとか固定してください」

 ヨーギが軽々と持ち上げ、寝藁の間に尻尾をうまくたたんで寝かせる。

 ぼくはこの時初めて、左胸の創傷を見た。プールポワンが血で赤黒く貼りつき、剣身幅で縦に深く抉られた、生々しい傷跡。

「ありがとうヨーギ、ここでお願いします。様子を窺う者がいるかもしれません、ルタは船倉に誰も入室させないでください」

「は――い!」

「はいでスっ!」

 ヨーギが手を振り、ルタが小さな体を踏ん張って見せる。

 取り敢えず船長の身柄はこれでよし、ぼくは深く息を吐く。

「後は犯行現場となった、見張り台の検証ですね」

 夜間になにが起こったのか……証拠や原因の裏づけには、現場の保存が最重要。

 ――が立ち上がろうとして力が入らず、思わず愚痴がこぼれた。

「ラクシュ、勘弁してくださいよ」

「いやすまない。あの状況から早い解決には、強権が1番だと思ってね」

 ヴィーラ王国においては殿下の影だろうからと、素直に謝る。

 確かに効き目は凄かった。あのままでは暴行が拡大してパニックとなり、私刑に発展した恐れもある。

 早期鎮圧を見越した見事な采配と言えよう。

 ラクシュは大立ち回りの時に比べ、今は安堵した表情をしていた。船長はよくしてくれたと言ってたし、不謹慎は分かっていたのだろう。

 なにより失言して混乱を誘発したぼくには、これ以上言うべき資格はない……。


「さっきも言いましたが、誰の犯行かハッキリとは分かっていないのです。そんな現場に王太子(あなた)を長く留まらせる訳にはいきません」

 甲板の船員に聞こえるかもしれない、若干だが声を落とす。

 誰がどこでカター船長と関わり、心に闇を抱えたか分からないのだ……どうにか安全を確保せねばならず、それにはやはり犯人の特定か。

「ぼくをふくめ、全員(・・)例外ではないのですから」

「ならば俺か、船長を軽々と担ぐヨーギが犯人かもしれないんだな?」

「ヨーギ――~?」

 ラクシュは暗に疑われたのにも関わらず、口の端を上げ楽しそうに返した。

 ヨーギも自分が話題に上がって、意味も分からず楽しげな声を上げる。

「もちろん被疑者となります、ですが可能性からいって除外対象ですね」

 ゆえに船長の搬送を頼んだり、今後の方針を話してもいるのだ。ヨーギに苦笑し違うよと手を振った。

 ラクシュが簡単に答えるぼくを見て、どういう意味かと無言で先をうながす。

「……ヨーギの体で昨夜の嵐の中、シュラウドを上がって行けたとは思えません。またいくら見えにくいとはいえ、船員と見間違えたりはしないでしょう」

 ヨーギはケンタウロスの少女。人の手足と違い(ひづめ)でロープを伝うのは至難だし、外見の差もありすぎる。

 コーティは当直の交代にきた者は、フードで顔が見えなかったと主張していた。

 それ以外に違和感はなかったのだろう。

 同じ理由で痩身のジャーラフと、子供の背丈であるルタも除外される。

「ふむ……亜人の外見では、ごまかしようがない訳か」

 皮肉だな……ラクシュが頭を掻き独り言ちた。

「また――ラクシュでもありませんよ」

 ぼくが先手を打って否定すると、ルタが嬉しそうに目を細める。

「なぜだ? 俺はサーガラに行く時もこの船に乗ってる、その時船長となんらかの確執が生まれたかもしれん」

 ラクシュも気がつき、わざとだろう自ら被疑者説を披露した。

 このおどけにはルタの、お説教の瞳を返されていたが……。

「可能性と申したでしょう。一国の王太子が、こう言ってはなんですが一介の商船の船長を暗殺する理由は皆無です」

 その気になれば国に圧力をかけ、いくらでも闇に葬ることができるのだから。

 身分の格差が激しいこの時代、命の重さも決して等しくはなかった。ラクシュはなるほどねえと、他人事みたいに面白がる。

「ぼくが船長に手を掛けた可能性の方が、この際遥かに大きいですね」

 震える膝に力を入れ、立ち上がると階段へ向かう。

 科学検証が行えないと、無実の証明は難しい。どうやってこの状況を収めるか、なにより情報がまるで足りないのだ。

「ああ、それはない」

 アユムとは別の理由でなと、後ろについて歩きながらあっさりと否定。

 四角く光がもれる甲板への出口を、真っ直ぐ見つめていた。

「信用されてるのか思いつきか、相変わらず読めない方だ……」



 ☆



「因果伯として命じます、船倉には誰も近寄らないでください!」

「「はは――――っっ!!」」

 カター船長の身柄は、誰の手にも触れさせず確保しておかなければならない。

 甲板に顔を出すと船員の視線が一斉に集まり、そこでぼくは叫んだ。皆が伏して返事をする……今は因果伯の立場を利用させて貰おう。

「ああ嫌だなあ、立場を偽装した上に命令なんて……」

 ラクシュが腰に手を当て笑っていたので、ジト目だけは返しておく。

 まだ早朝だが日が上がれば今日も暑くなりそうだ。昨夜の当直者は早く休みたいだろうし、通常業務へと戻ってもらう。

 現場の保存にも限界がある、ぼくは気を取り直し見張り台を見上げた。

 凪とはいえ船はゆるやかに波打っている。見張り台はマストの帆桁よりもさらに上空にあり、大きく揺らいでいた。

「ジャーラ……」

 さすがに衆人環視の中、女性に抱き支えて貰うのはぼくとて恥ずかしい。

 それに彼女には周囲を警戒していて欲しい。

「ラク……」

 王太子につき添いのマネをさせるのは、いくらなんでも失敬か。

「――キラナ船員長、今朝異常が発見されてから、見張り台に上がりました?」

「いえ、当直ではないので」

「では他に上がった方はいますか?」

 船員を見渡し、手を挙げてうながす。

 当直であり第一発見者のカストロ髭が、おずおずと手を挙げる。さらには船長を降ろすのを手伝った2人も手を挙げていた。

「上がったのは3名ですね、皆さんは後ほど話を聴かせてください。では船員長、少しお願いがあるのですが――」


「ひぃえええええ――――~…っっ!!」

 キラナ船員長に支えてもらい、シュラウドを伝い見張り台まで上がる。

 その間ぼくの悲鳴ともつかない叫びが木霊し続けた……幸いまったく下を見ていなかったので、残っていた船員の表情は分からない。

 ただぼくの醜態で、因果伯への権威が損なわれてないかが心配である。

「こっこれなら……「飛翔」を使って、自分で飛ぶ方がマシだな……っ」

 握力の限界が訪れる前、ほうほうの体で見張り台に到着。

 半固定のロープは大きく弾んで上がりにくい。上空だとさらに体が傾き、海面が真横に迫って感じるほど平衡感覚が狂う。

「例えセントエルモの火が燈ろうと、もう二度と上がるもんか……」

 頭を振って意識を保ち、見張り台には入らず現場を検める。手摺や周辺を触らないのはもちろん、ここで吐いては現場保存が台無しだ。 

 床はカター船長の血で赤黒く染まり、半ば乾いていた。

 マストやシュラウド、手摺の一部にまで血が散っている。人ならば血圧の急激な低下によるショック状態――失血死に至る量。

「ロングボウやクロスボウが射かけられた跡はない。この際外部からの攻撃説は、除外対象としてもいいな」

「少なくともカター船長と同船してから、海賊と遭遇したことはありません」

 船員長の補足に、下を観たくないので視線を向けず頷く。

 海賊の件は噂レベルで留めてもよさそうだ。山を根城に農村を襲う盗賊と違い、海賊はほとんどが遭遇戦で出現自体極少数。

 商船は定期便と呼べるほど数は多くなく、風任せで自由度も低い。

 この時代で海賊に襲われるのは、「運が悪い」と言えるほど記録は少ないのだ。

 だが防衛に備えるのは、商船側からすれば当然であった。積み荷がある分どうしても出足は遅くなり、操船も難しく逃れられないからだ。

 船は船員の確保や整備など、所持するだけで多岐にわたり資金が必要。

 商人が共同で出資し保有する、大変貴重な財産である。造船技術が上がり操船が容易になると悪意(かいぞく)も増えた、皮肉な歴史といえよう。

「召喚先で魔獣の来襲、立ち寄った町で盗賊の襲撃……その上乗船した船で海賊に遭遇してたら、疫病神と非難されても反論はできなかったなあ」

 苦笑しつつもチェックを続けると、手摺に細く擦れた跡を発見した。しかし血を削っていることから、船長を降ろす時についたロープの跡だと判明。

 他に短剣による新たな傷や、船長が抵抗し暴れた跡も発見できない。

「昨夜ここで、なにが起こったのか……」

 手摺に引っかかり、微かに揺れる船長の黒い羽つき帽子を拾う。

「カメラがあったらなあ、まあ似たことはできるけど」

 紀元前にはピンホール現象を利用した、カメラ・オブスクラが登場。感光材料を用いた初の「撮影」成功は、19世紀である。

 誰も理解できない独り言に、腰を支えていた船員長が怪しんでいた。

「さてここはOK――調理用以外で、船内に武器となりそうな物はありますか?」



「船の武器庫、と呼べるのはこちらになります」

 息も絶え絶えになりながらもう1度シュラウドを下りて、船尾楼にある船長室へ案内してもらう。

「なあ……本当に因果伯なのか?」

 腰を抜かすぼくに、船員から疑いの眼差しを向けられていたけど……。

「鍵は船長室に保管されているはずですが、場所はカター船長しか知りません」

 海賊の対策用として、船長室の一角に扉つきの武器棚があった。頑丈な扉を前に説明を受け、とても打ち破れそうには見えずむしろ安堵する。

 ウォード錠の鍵穴も薄くホコリをかぶっており、使用された形跡はない。

「……念のため、鍵の有無を検めさせてください」

 船長室の固定された机にコンパスや小物が揺れ、棚には蝋板がキッチリ収まり、巻かれた羊皮紙が所狭しと並ぶ。

 隙間なく詰め込まれた部屋を見て、少しばかりゲンナリしてしまうけど。

「ふん、そういやあ見当たらねえなあ」

 護衛よろしく追従してきたラクシュが、残念そうに見渡す。

「ほれワインの樽とか酒袋だよ、舶来の品があると睨んでたんだが……」

「なんのことかと思えば、でも確かに酒類は見当たりませんね。お酒はあまりたしなまれないのでしょうか?」

 なんとなく船乗りは、酒豪ってイメージがあったんだけど。

「つき合い程度でなら、目だって大酒飲みではなかったですね。航海のお礼に港で贈答された品なども、船員に渡していましたし」

「見るだけで保養だったんだが……いや匂いを嗅げれば……ひと口だけでも……」

 キラナ船員長の返答に、ラクシュが口を尖らせブツブツと嘆く。


「おっ……おお、あったあった! これだろ鍵束!」

「あれ? そこは先ほど見たんですが、見落としてましたか」

「まっこんだけゴチャゴチャしてりゃーな」

 けどアユムも結構抜けてるな――と、ラクシュが発見した鍵束を見せびらかす。

 手分けし一刻は探しただろうか……雑多な部屋がさらに雑多な状態になった頃、3人に安堵のため息が流れる。

「なにはともあれ使われてなかったとしても、一応中を確かめて……」

「鍵穴の状態からして盗られてはないでしょう。ですが棚に妙な隙間でもあれば、なんらかの手段を用いた可能性も……ラクシュ?」

 ラクシュが武器棚の前で、幾度も合わない鍵をカチャカチャと鳴らす。

「ダメだ、そもそも大きさが合わない――っおおこれなら! あっいやギザギザが全然違って動きもしない、なんだよ期待させやがって――~!」

 鍵束を放るのでキャッチすると、装飾をかたどったウォード錠が悲し気に鳴く。

 ――「鍵」は古代エジプトから存在する。

 最古のエジプト錠は木製で、扉の開閉に使用した。古代ギリシャでさらに発展しパラノス錠となり、古代ローマではついに南京錠が誕生する。

 そして中世ヨーロッパのウォード錠は、権力の象徴とすら呼ばれていた。

 人は安全な住居を、得た財産を、地位を守るために鍵を欲したのだ。

「他に鍵束があるのか、武器棚の鍵だけは別にしてたのか。まあ必要とする状況(・・・・・・・)を考えれば、隠すのは当然だろうが」

「ええその場合(・・・・)はやはり、鍵は船長の――」

「――実は因果伯様、お伝えしなければならない件がございます!」

 ベッドの周辺を調べていると、船員長が幾分真剣な顔で迫る。

「え? ええ、なんでしょうか」

 ラクシュが気のないふりをしながら、瞬時に意識を切り替えた。手袋に仕込んだナックルダスターの硬い音が届く。

 ぼくは思考の切り替えが間に合わず、むしろ緊張で動悸が上がる。

「驚かれるでしょうが……カター船長は大層、大層博打がお好きでして!」

「ええっ!? あ……っええ、はい」

「呆れられるのは当然です。船員の模範となるべき船長がそれでは困るのですが、どうにも改めて貰えず。船長の名誉のため、どうか公言を控えていただけたらと」

「あっいえ博打好きは、ひと目で気がついていましたから」

 棚にはサイコロが入った壺に数種類のチェス――あれはキツネとガチョウかな、所狭しと溢れる博打道具。

 やりかけのバックギャモンが、静かに主を待っていた。

 船倉でもゲームに反応していたし、博打好きはイメージ通りみたいだ。

「おおっさすがは因果伯様! 恐ろしいまでのご慧眼ですね!」

「真面目な奴だなあ、博打に目くじらを立てる奴は貴族にもいないぞ。熱中し過ぎるのはまずいが、祭日ともなれば為政者すらダイスを振ってる」

 ラクシュが苦笑し、机に転がっていたサイコロを振る。

 この時代ではすでに、「ハザード」等のダイスゲームが広く親しまれていた。

 博打の魅力から身を滅ぼす者までおり、平民は祝日と週末意外はこれを制限すると禁止令が出たほどである。

「はっ……そ、そうなのですか」

 照れる船員長に笑い3人で鍵を探したけど、雑多な部屋に痕跡はなかった。


「洗いざらい部屋から出して調べれば……見つかるかもしれんが、後は――」

「ええ後は鍵束から、武器棚の鍵だけを持ち去られたか」

 やはり気がついていたかと、ラクシュが口の端を上げる。

 基本的に船長と船員長以外は、武器の所持を認められていない。ゆえに武器棚を「必要とする状況」は、海賊に対する他に船員による反乱もあった。

 船長の不在中に潜入し、剣や斧を持たれては対処不可能。

 そのつもりがあったのか分からないが、武器棚を押さえておいた可能性は残る。

「まあ鍵を持ち去ったとしても、鍵穴の様子から武器棚を使った形跡はないんだ。無理矢理こじ開けて確かめる必要はないだろうが……」

 ここまでやって、武器棚は関係ないと分かっただけか――。

 ラクシュが腰に手を当て、若干埃を被った頭をかく。

「それも重要な進捗ですよ。この大海原で武器は船を護るための要です、使用されなかったのを幸いとしましょう」

 違和感と疑惑を、一つずつ消していく他ない。

 武器棚は除外対象としても、乗船時に持ち物検査をする訳ではない。隠して持ち込めば発見は難しい。

 依然として、全員が被疑者の可能性はぬぐえない……。

「ではキラナ船員長、先ほどの関係者に話が訊けるよう手配してください」

「了解しました!」

 そのままスペースのある船長室で、個別に事情聴取をすることになった。


「カター船長は自らの意思で見張り台に上がり、刺されたと見ていいでしょう」

 ぼくは机で手を組み、現在までに分かっていることを推論として話す。

「船長は胸を刺されています。甲板や船室で襲われたのなら、嵐といえど吹き出す血はどうしても残り目につきます」

 さらに海に落とせば済むのに、わざわざ見張り台に上げるのも疑問。

 いつ他の船員が現れるか分からず、悠長に証拠隠滅や運搬などしていられない。

「船員は船長が見張り台にいるのを意外に思ってました。しかしどんなに意外でも以上の点から、船長が自ら上がったと推定できます」

「ん――~…全船員が犯人で、どこかで船長を囲み手にかけたんだとしたら?」

 ラクシュは顎に手を当て、起こるべき状況を想像していた。

「複数犯なら証拠隠滅も運搬の時間も、手分けできないか!? そして見張り台に運んでコーティの犯行に見せかけ、俺たちを裁判の証人にしようと企んだ!」

 話しながら辻褄が合たのだろう、手の平を打ち「分かった」と指を突きつける。

「んんっしかしなんでそうまでして、コーティを犯罪者にする必要があるんだ? 今度はそっちが分からなくなるなあ」

「動機は取り敢えず置いておきましょう。全船員が犯人であり襲ったのであれば、鍵は船長の――立派な体格です」

「さっきも言いかけてたな。確かに巨漢だから斬られ拘束されてもそう易々と屈服はしないだろうが、多勢に無勢なら限界はあるだろう」

 2人でも運ぶのをためらうほどの、たくましい巨漢。

「そしてその場合は、手足に真新しい防御創や縛られた縄痕が残るでしょうね」

「――あっ!」

 戦闘後の経験を思い出したのだろう、ラクシュが自分の腕を見て気がつく。

「全船員犯行説に可能性があるとすれば、船長の意識がなかった場合です」

 船長が寝入った頃合いを見定め、船長室(ここ)に忍び込み襲う。

「しかし先ほど検めましたが、血痕や争った形跡はありませんでした」

「鍵を探すと言ってる割りに、妙な場所を検分してるなとは思ってたんだ……」

 ラクシュが息を吐き、崩れていないバックギャモンやベッドに視線を送った。

「食事に毒を混入した場合でも、嘔吐や下痢などの症状が表れます。ならば薬草や麻酔薬による、意識の混濁を狙った可能性はどうか」

「マ、スイ……?」

 古代ペルーではすでに、麻酔を用いた手術の記録が残されている。しかし正式にエーテル麻酔法が確立したのは19世紀。

 この時代にもマンドレイク等の幻覚を引き起こす薬草はあるが、どれも吸入薬。

 船長の体格からいっても、大量に使用しないと血液中には溶け込まない。効果が表れるのは遅く同じく抵抗を許す。

 静脈麻酔薬でもなければ、即効性は得られないのだ。

 次点に鎮痛剤として使用されたアルコールが上げられる。

「船長はお酒を嗜まれなかったようです。ぼくも飲まないせいかアルコール臭にはけっこう敏感で、部屋にも本人にも酒気は一切感じ取れません」

 いずれの説も除外対象としていいだろう。

 犯行現場(・・・・)が、船長室とは思えない――。

「ゆえに船長は自らの意思で上がり、見張り台の狭さが仇となって抵抗もできず、刺された状況を推測してみたのです」

「だがそれだと、当直だったコーティ犯行説が深まるな」


『カター船長とコーティに確執があった。船長が見張り台を目指し、シュラウドに巨体を預ける無防備な状態。辿りついて安堵する不意を突き、闇にナイフが閃く。胸から溢れ出す血――ナイフは海にでも捨て、当直を交代したと部屋に戻る』


「しかしなあ、ナイフは準備してたんだろ? つまり最初から刺す気があったのに「交代した」なんて、他の船員に訊けばすぐ分かる嘘をついたりするか?」

 やはりこの方は視野が広いなと、感心してしまう。事前にナイフを準備していた計画性と、以後の主張がちぐはぐなのだ。

 交代した船員がいなければ、現在疑われているように犯人と断定されてしまう。

 だからこそ逆に「フードで顔が見えなかった」「交代した」と立場を危うくする発言に信憑性があると思うのだけど……。

 単にナイフは持ち歩いていた、焦ってごまかしたとの可能性も捨てきれない。

「船長を殺した犯人がこの中にいる――か、犯人はコーティで決定なのか?」

「……このままでは証拠がなくとも、若いコーティの犯行とされるでしょうね」

 この時代の裁判とは、証言者の発言力と印象が全てである。

 宗教の圧力や強要、投獄による拷問や迫害……果ては権力者、官職による一方的な宣告が「裁判」と呼ばれた。

 貴族であらねば自由な発言権すらない。

「真犯人は……そうですね、インジャン・ジョーです」

 ラクシュが首を傾げるので苦笑を返す。

 船員に因果伯だと認識された以上、いち目置かれ責任が発生する。誰かに任せるといった放任はできないだろう。

 エドガー・ポー、クリスティー、エラリー・クイーン、カーター・ディクスン、数多くの推理小説を読んだけど、まさか自分がこういった現場に遭遇するとは。

「快刀乱麻を断つのは難しいですが、できることをやりましょう」

 ぼくは裁判で訴え出た、トムになれるだろうか――。


 ただどの説でも引っかかるのは、カター船長が見張り台に上がった理由。

 そしてこの時代、欧州の時点で排除していたけど……もう一つの可能性。



 まず船長室に通されたのは、第一発見者のナムダ。

「よう坊主……いや因果伯様、へへっもっと早く教えてくれればよかったのに」

 年季の入ったカストロ髭が、困った形で笑い揺れた。

 昨夜セントエルモの火を教えてくれた船員さん。それと船長を下ろすのを手伝うため、見張り台に上がった2人が入ってくる。

 ぼくは3人に頷き、トランプを取り出す。

 おもむろに何枚か選んで外し、残りを机の上で扇状に広げた。賭け事が大好きなナムダが目を光らせる。

「今回は博打じゃありませんよ、ちょっとした証明です。1枚引いてください」

 全員が意外そうな顔をするなか、顔を見合わせ代表してナムダが引く。

 なにを始めるのかと、ラクシュが興味津々で目を輝かせていた。

「記号がぼくには見えないように持ち、3人で確認してください」

 訳も分からず小さなカードを指でつまみ持ち合う。

闇癡(あんち)』……。

 そばにいるラクシュにすら聴こえないほどの呟き。

 ぼくの前に、30センチほどの見慣れない文様が浮かび淡く発光する。識者ならば梵字の「マン」に酷似していたと指摘しただろう。

「な――…」

「――そのままっ!」

 突然現れた文様に疑問の声が上がる前に、右手の平を向け念を送る仕草で叫ぶ。

 3人は息を呑んで固まり、身動きもできなくなった。

「ぼくはこの『カルマ』を使い、皆さんの心が読めるのです……っ!」

 噂で聞くだけだろう『カルマ』の単語と浮かぶ文様、3人は身震いし汗を流す。

 これはなんなのか、なにが起こるのか分からない恐怖。

 手持ちのトランプの束を半分に分け、一方の上に引いたカードを置いて貰う。

「皆さんが引いたカードはこれですね」

 ぼくには見えないようにめくり、確認してもらうと3人が何度も頷いた。

 半眼となり、念をこめて裏側からカードを指差す。

「ふむ……中々に興味深いカードを引きましたね」

 再び半分の束に引いたカードを置き直し、残りを重ねて一束にする。

「おお『カルマ』よ、我が問いに答えよ! 浮かび上がりその心をしめせ――!」

 トランプを前に両手を広げ意識を集中する、気分は壺で薬を調合する魔女。

「皆さんが心に想い描く記号は――これですっ!」

 1番上のカードをめくると、そこにダイヤのキングが表れた。


 ――トランプの起源は諸説あるが、欧州では14世紀に記録が残っている。

 どのようなゲームが存在していたのか詳細はなく、装飾の豪華さから王侯貴族が美術品としていたのではないかとの説もあった。

 残されている現物は、とても平民が手にできる品物ではないのだ。

 初期は78枚あったとされ、15世紀には現在の52枚となる。何十年何百年とかけ、トランプは手軽に扱える遊具として人の手を渡り続けた。

 おそらくはその時代その場所でしか広まらず、歴史から消えたゲームも……。

 各地で名称や図形が試行錯誤され、新たに生まれては消えていく。世界中で淘汰された結果、トランプの数字や絵柄には全て意味が付随する。

 時間、季節、星座、職業、象徴。

 一種類13枚は13週×四種類は四つの季節=1年間の52週を表す。

 1から13の数を足すと91、四種類の数全て足すと364、ジョーカーを入れ365日となるのだ。

「初めて知った時は、見事だと驚いたっけ」


 ダイヤは夏と商人を表し、キングは皇帝カエサルの絵柄が記される。

 古代ローマ最大の英雄であり、「ブルータスお前もか」のセリフが有名。謀反により暗殺され、部下や友人の裏切りを暗示するカード……。

「ええ――~っ!? 俺らが見たのと同じ、王様の絵だ!!」

「因果伯様は、こんな不思議なことをしちまうんですなあ!」

「いっいや、心を読むのも凄いけど……中に入れたのに上に――」

「アユム――っどうなってんだコレ――~!」

 驚愕の絶叫がラクシュふくめ4人から上がる、どうやら正解だったらしい。

 疑問が議論に変わり、自説が繰り返し叫ばれる。まあ本来の『カルマ』もかなり自然の摂理を超越してるし、ごまかせるかな。

「ぼくは嘘が見破れます、それを踏まえ慎重に話してくださいね」

 ニコリと計算された笑みを浮かべる。

 こんなことで先ほどの醜態を、取り戻せるとは思ってなかった。だけど因果伯の先入観は想像以上で、3人は震えながら深々と顔を縦に振る。

 効き目がよすぎたかな……。

「心が読めるってのは、なんの「属性」なんだ?」

 雰囲気からO属性だよな、いやMか――などとラクシュが食いつき唸っていた。

 後で説明が大変だ。



 トランプの束をABの半分に分ける。

 客がカードに視線を向けている間、Bをテーブルに置いてAの1番下のカードを小指で引っ掛け仕掛けを作る。

 ――「ブレイク」と呼ばれるテクニック。

 Bの上にカードを戻させ、気を引きながらAの仕掛けカードをBの上に重ねる。

 Aをテーブルに置きBを持つ。

「選んだのはコレですね?」など、Bのカードを仕掛けふくめ2枚一緒にめくる。

 ――「ダブルリフト」と呼ばれるテクニック。

 選んだカードに見せかけ、Aの上にカードを置き直してその上にBを重ねる。

 この時会話などを混ぜ、どれだけ自然に行うかがポイント。

 選んだカードはBの上から移動していないが、客からは中に置いたのに1番上に移動して見えるのだ。

 初歩の「カードマジック」である。

 小学校の誕生会で披露し、褒められたネタ。ブレイクやダブルリフトは使うが、演出と脚色に凝れるかが勝負所だった。

 今回は因果伯の権威に、かなりの部分で助けられたといえよう。

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