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M属性 ~嗚呼、あなたに踏まれたい~  作者: 高谷正弘
第三章 新王都アムリタ
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七十一夜 されど天候不順

「皆さんっ無事ですか!?」

 早朝――といっても船倉では日で時間も読めないが、船員長が駆け下りてくる。

 その顔は憔悴し、疲労が積もって混然としていた。積荷の間でシーツに包まれ、動き出す皆を確認し安堵している。

 寝藁を敷いてはいるが、荷の圧迫感や寝苦しさから寝ぼけ(まなこ)は隠せない。

「どうしたんですか? なにか問題でも……」

 唯一起きていたぼくの質問に、キラナ船員長は一つ息を呑む。

「――っカター船長が、殺されました!」


 3人がかりでロープを引き、カター船長の巨体が見張り台から降ろされていた。

 はおったマントがその巨体を隠し、識別を困難にさせている。ロープ揺れる度に甲板に血が落ち、それが生物であるのを報せていた。

「通してください、ぼくにも応急手当は行えます!」

 まだ間に合うかもしれない。

 ぼくは酔いも忘れて、船長を取り囲む輪に無理矢理分け入る。船医が身を屈め、うつ伏せになった船長の体を下から起こし覗き込んでいた。

 巨体であり尻尾があって、容易にあお向けにはできなかったのだ。

「ダメだな……心臓をひと突きだ、体も氷みてえに冷てえし手の打ちようがねえ」

 死んじまってると、血で濡れた手を拭きながらかぶりを振る。

 ――欧州において医者とは理容師を指し、その認識は18世紀まで続く。整髪用の剃刀で、腫れ物の切開や骨折の治療、外科処置に抜歯まで行う。

 船には船医の配置義務があり、戦場経験者が勤めたので信頼は厚かった。

 船員から絶望とも思えるため息と、喉の詰まる音が漂う。

「船長――…なんてこった!」

「嵐の夜だぞ? なんだって船長が見張り台に!?」

 不安と疑問が、船員の精神に暗雲をもたらす。


「……どうだ?」

 いつの間にかラクシュが横で屈み、ぼくにだけ聴こえる声で問う。

 注意深く船長の身を検めながら、思わず眉をひそめる。太く重い声で笑っていた口が薄く開き、(まぶた)は固く閉じられていた。

 胸に創傷が確認されたそうだが、うつ伏せで見ることができないのは幸いか。

「死斑は出ていない、ならば死亡後それほど経過していない――バカかぼくは! ウロコで判断がしがたいだろ……落ちつけ、只人とは違うんだっ!」

 魔獣や盗賊の襲撃を体験はしていたが、血の匂いと惨劇の色に慣れはしない。

 首元から顎にかけ死後硬直を検める。マントに大量の赤黒い血が付着しており、まくって確かめるが首に外傷はなかった。

 吹き出した血ではなく擦れた跡が確認でき、犯行に使用した短剣等を拭き取ったのではないかと思われる。

 その他、手足などにも外傷はみられない。

 だけどこれは――。

「どうした……?」

 ぼくの動揺を察したのだろう、ラクシュがより小さく囁く。

 思考が途切れないよう、ぼくは震えながら息を吐く。

「いえ……このまま日に晒しては遺体が変質します、急ぎ船倉に運びましょう! それと犯行現場とされる見張り台には、誰も近寄らないようにしないと――」

 事件後は現場保存が、なによりも重要となるのだ。

 ラクシュに答えたつもりがぼくの声は大きく、発言はかなり突飛だった。

「……はあっ!?」

 疑問を浮かべた船員の顔が周囲から迫り、慌ててつけ足す。

「し、調べたいことが……現場検証や物的証拠の有無が、重要なんです!」

 科学検証が行えない時代、事件直後の調査がどれほど大切か――を説かねばならないのに、舌が回らず言いよどむ。

 昨日会話を交わした者の惨事に、余裕を失っていたのだ。

「調べるってなにをだ? 胸を刺されて殺されたって聞いただろ!」

「おいガキっ! なにか隠してるんじゃねえだろうな!?」

「見張り台になにかあるのか? 誰か犯人を見かけたか!?」

 やばいと思った時はもう遅い。

 皆気が立っており、話ができる状態ではなくなってしまった。


「ここいらに海賊が出たって噂があるぜ、襲われたってこたあねえか?」

「ハッそれで見張り台の船長だけ殺してったのか!? バカぬかすんじゃねえ!」

「オイ海賊はウダカで捕まったって聞いたぞ――!」

「第一見張りの始末なら矢で射るだろう、船長はナイフで殺されてるんだよな?」

 船医が頷き、海賊説を発言した船員に批判が集まる。

 疑問と憶測が至る所で飛び交い、混乱に拍車がかかった。

「海賊でもなんでもいい、なにか見た奴――そうだ見張り、昨夜の当直は誰だ!」

「船長が見張り台にいるのが変なんだ、なにか知ってるだろ!」

 若い船員――昨日船倉を覗いていたコーティに視線が集まる。

 見張りの当直は大変で、若手が長時間させられる仕事となっていた。

「おっ俺は知らねえよ! 交代の奴がきて、それっきり船室で寝てたんだから!」

 若い船員は一瞬呆然とし、向けられる目に状況を理解したのか絶叫する。

 否定して手を振り回す姿は、猜疑心を呼び起こすのに十分な態度だった。

「コーティ、まさか……お前が?」

「嘘をつくなよコーティ! じゃあ誰と交代したってんだ!?」

「正直に言え、てめえがナイフで船長を殺ったんだろ!」

 若いコーティは皆より頭一つ背が低い、詰め寄られて姿が見えなくなる。

「嵐の最中だぞ!? フード被ってて顔なんか見える訳ねえだろ!」

 雨の時は寒さと濡れ防止に、通常はフード付きのマントをはおり作業を行う。

 皆も昨夜の嵐を思い出したのだろう、顔を見合わせ言いよどむ。

「……っ昨夜、コーティと交代した奴はいるか!?」

 叫んで問うが出てくる訳がない、自分が犯人だ疑ってくれと自供するに近い。

 返答がなく、コーティへの当たりが強くなった。


「皆一旦落ちつけ! 誰が犯人かより、今後の意思統一を図らねばならん!!」

 キラナ船員長が興奮する船員の前に立ちふさがる。

「これが落ちついていられるか、船長が殺されたんだぞ!」

「仲間にナイフを突き立てる奴をかばうのか!?」

「コーティの荷を調べろ、ナイフを隠し持ってるに違いねえ!!」

 まずは寄港し組合に報告を――そんな船員長の説明は、怒号に掻き消された。

「コーティは普段から、船長の文句を言ってたからなあ……」

「それはお前らもだろっ! 今更キレイごと言うんじゃねえよ!!」

 疑いを掛けられたコーティが吠える。

「船長は短剣を持ってる、襲われりゃやり返すはずだ! 俺はケガもしてねえし、ナイフも持ってねえって!!」

「なんだその言い草あ、半人前が知った風に語るな!」

「ナイフなら調理室に――メシ作る時にだって、使うじゃねえか!」

 壁に追い詰められ、無実を明かすためだろう焦って余計なことを叫んでしまう。

「てめえ言うに事欠いて、俺が船長殺したってのかっ!?」

 おそらく料理番だろう、群衆をかき別けコーティの胸倉をつかむ。

 誰が止める間もなく腕を振り上げ殴りつけた。

「俺が何年船長と船に乗ってると思ってやがる!!」

「俺は、殺しちゃいねえって――っ!!」

「てめえが殺ったんだ! そうだなっ!!」

 コーティが壁に叩きつけられながらも否定し絶叫する。

 周囲から取り囲まれ、繰り返される強要と恫喝。

「待ってください皆さん! 彼が犯人と決まった訳では――」

「うるせえ、ガキは船倉に戻ってろっ!」

 ぼくはまったく抵抗できず突き飛ばされ、甲板で跳ね転がった。

 体調の悪さもあったけど、息が詰まって即座には立ち上がれない。ジャーラフが助け起こしてくれ、その青き瞳が怒りに燃えている。

 お腹のカレシーまで身動きをした。

「ぼっぼくは、大丈夫だから……っ」

 汗を滲ませながら笑顔を作り、呼吸を整えお腹をさする。

 今カレシーが起きると話がややこしくなる、ぼくは急ぎ冷静さを取り戻す。

 皆殺気立っていた、恐怖が精神を歪め怒りの矛先を探してるのだ。どうにかして止めなくては、このままでは疑心暗鬼からパニックが発生する。

 証言のみで犯人扱い――「魔女裁判」だ。


「やっぱり、この船は守護聖人様でも許さない――…」

 誰かの嘆きにも似た声に重なり、ふいに音楽が鳴り響く。

 皆が海の上でなぜと困惑に耳をそばだて、視線をさまよわせる。船倉への扉前、ヨーギの背に乗ったルタが横笛を吹いていた。

 理解が唖然とした表情を生み、困惑が言葉をなくす。数舜ではあるが小さき亜人を見守る形となった。

「おっ……おい」

「――ご清聴ありがとうございまス!」

 ルタがヨーギの背からピョコンと飛び降り、笑っていち礼する。

 もう少し吹いてたら疑問が叫ばれ、怒号に変わったかもしれない。一連の行動はルタの容姿も相まって、批判しがたいタイミングで行われたのだ。

「さて貴様ら……誰の前で揉め事を起こしてるのか、分かっているのか?」

 ラクシュが進み出て、さして大声でもないのに通る声で問うた。

 おそらくルタに目配せし、吹かせたのは彼だろう。意外な展開と貴族にも思える青年からの言葉に、先とは違うざわめきが広がる。

「お見事っ!」

 ぼくは心で賞賛と感謝を繰り返した。

 普段はざっくばらんな青年であろうと、一国の王太子なのだ。人心を掌握する術を当然のように心得ておられる。

 船員は身動きもせず、息を呑んで次の言葉を待った。

 ここでラクシュの身分を明らかにしても仕方ない……場合によっては彼らにも、危害が及ぶ可能性もあるのだから。

「無事ウダカにつくまで、ぼくらで王太子(かれ)を守ろう!」

 肩を支えてくれるジャーラフに視線を送る。

 ラクシュは大きく息を吸うと、盛大に叫んだ。


「ここにおわす御方をどなたと心得るっ! 恐れ多くもヴィーラ王国を支える要、国家の威信を守護し奉る尊き存在――因果伯であられるぞ!!」

 胸を張り、手の平でぼくを指差す。


「――へ?」

 今……なんて言った!?

「このような奇天烈な服を着る者は、因果伯しかおられないっ!」

 今……なんて言った?

 調子を合わせたのか、ヨーギとルタがぼくに向かい(ひざまず)く。

 目まぐるしい状況の変化に思考が鈍り、言葉が出てこない。船員が、ジャーラフでさえも口を開け呆然としていた。

 皆の困惑をよそに、ラクシュは止めの一撃を喰らわせる。

「ええいっ下がれ下がれ下がれ、下がりおろう! この御方に反抗するはすなわち――ヴィーラ殿下への謀反である!!」

「ひぃっ!?」

 船員は慌てふためき、飛び上がって転ぶように平伏した。

 疑われていたコーティだけ、殴られた頬を押さえ遅れて頭を床につける。荒海で鍛えられ、筋肉と褐色の肌に覆われた男たちが汗を流し震えていた。

「殿下といやあ魔獣の骸を積み上げ、その上で高笑いしてたっていうぜ……」

「自分に逆らう者には容赦なく、街まで巻き込んで焼き払ったって噂だ」

「太陽を喰らいその瞳に宿したとか……関わっちゃなんねえ」

 嗚呼……素晴らしきかな、ヴィーラ殿下。

「――いや違う、ラクシュどういうつもりですか!?」

 目で訴えたが、片目をつむりその口元は上がっていた。

「アユム卿いかがいたしましょう。こ奴ら全員魔獣の餌にするもよし、業火に身を晒し、御身を煩わせた罪を償わせるもよし!」

「ひぃぃ……っ!」

 ラクシュがことさら左膝を立て(ひざまず)き、ぼくに頭を下げて見せる。

 船員たちから小さく悲鳴が上がった。

 開いた口がふさがらなかったが、今はこのお芝居に乗るしかない。ここで否定しもめると混乱がさらに増加する。

 どうにも操られてる気がするけど、今は時間がない。

 ぼくは一つ咳払いをし、震える後頭部へ向け宣言する。

「先ほども言いましたが、誰が犯人か明確には分かっておりません。許可するまで全員甲板から移動しないでください!」

「はっはは――っ!!」

 後頭部がさらに低く下がり、怯えた声が甲板に木霊した。

 昨夜の状況を擦り合わせるため、主要な人物に話を聞かないといけないだろう。


「申し訳ございません、海法に「流血にいたらざる事」と定めております。全員が犯罪者になるところでした……」

 理性的な声――キラナ船員長が改めて頭を下げた。

 上の立場の言葉と、自分たちに向けられた疑惑に皆がやっと顔を見合わせる。

 頭を押さえられた形だが、興奮は収まってくれるだろう。

「しかしコーティが怪しいのは間違いねえ、次は俺らが殺されっちまう」

「ナイフなんかどこでも手に入る、サーガラで買ってまだ持ってるかも……」

「縛って閉じ込めておく方が、安全なんじゃねえですか?」

 船員長は一つ頷き、汗を落とす船員に理解をしめす。

「犯行に使用したナイフは海に捨てればいい、今持っていなかったとしても犯人ではないと断定できない」

「そっそんな――!」

「船員長が決めたんだ! 誰も文句ねえよな――っ!!」

 皆が大きくそうだと呼応して盛り上がり、コーティへの疑いを深める。

 コーティがなにか反論する前に、船員長が落ち着けと続けた。

「だが――いいかだが、見張りを交代したのが本当だったら……どうだ?」

「っどういう、意味ですかい!?」

 船員の1人が眉根を寄せ、息を呑んで訊き返す。

 思い当たる不安が、精神の縁まで達し揺らめいていた。

「コーティが殺った証拠はどこにもない。因果伯様、そう言うお話ですよね?」

 船員長がぼくを見つめるので、思わず頷く。

「つまりカター船長を殺した犯人が、裁かれもせずこの中にまぎれてしまうんだ」

「こっこん中に、船長殺した犯人がっ……!?」

 船員長を中心に疑念の波が弾け、膝をついたままそばにいる者から避け離れる。

 全員が己を取り巻く恐怖の正体に気がついた。

 人間が1番恐怖を覚えるのは「理解不能」。犯人がどこの誰か分からないより、コーティであってほしかった(・・・・・・・・)のだ。

 ここは周囲を海に閉ざされた、逃げ場のない船の上。



 コグ船は近距離貿易などで使用された、中型の帆船である。

 横帆の1本マストで船体は30メートル前後、30名ほどで操船ができた。

 それまではオールで海面に抵抗を受け舵を切っていたが、船尾舵が取りつけられよく知る「帆船」の容へとなってゆく。

 ガレー船に比べ人力による漕ぎ手を必要とせず、数倍の積荷を積載可能。

 しかし風上に向かって操船する技術はまだなく、天候任せである。そのため公海はせず、海岸沿いに航行し頻繁に寄港していた。

 商用の他に軍用としても使用されたが、船員が少なくて済むので海賊も好んだ。

 ロングボウやクロスボウを射かけ、接舷して斬り込む。身代金が期待できる貴族や騎士以外は、奴隷として売られるか皆殺しにされる。

 後に自衛のボンバード砲が搭載され、船首と船尾に戦闘用の塔楼が備えられた。

 13~14世紀は陸海上ともに大きな変革期である。徐々に大型船が建造され、外洋への航路がとられる時代となるのだ。


 船員30名+ぼくたち全員が、今件の被疑者と言えた。

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