宵越し三晩 あるアラヤシキでの「可換」
彼は売れない漫画家だった。
連載が終了したり、いい物件が目についたり――彼女に振られたり。
なにかあるたびに引っ越しをする、半分趣味みたいなものだった。
そのたびに礼金システムと引っ越し業者に、お金を落としているのだが……。
無駄にしてると理解しているのか怪しいものだ。
趣味だと言われればそれまでか。
そのくせ資料だと自分に言い訳し、漫画や小説を買いあさった。
部屋の両脇に設置した天井までの本棚に、横置きするほど本が詰め込まれる。
布団の周囲はダムのように本が積みあがっていた。
さらに押入れには本が詰まったダンボールが、100に届く数鎮座してるのだ。
子供の頃から買い集めた蔵書の重み、どうするんだこれ。
それは引っ越し業者が言いたいセリフだろう。
すでに生涯12回目の引っ越し作業中。
淡い光を感じ、台所用品が詰まった箱に目がいく。
チェックしたら――なにがどうなっているのか分からかった。
台所用品と書かれているのに、PC関係が詰まっていたから。
配線コードと、なぜ捨てないのか旧式ケーブルの束と、HDDの空箱。
その下にカセットガスの買い置きや、100均のプラ製品が敷いてあった。
ああそうだ漫画家友達に渡された、防犯グッズも入れてたはず。
締め切り前に手伝ってくれと泣かれ、アシ料金の代わりに貰ったっけ。
大量の美少女フィギュアにモデルガン、生まれる前の古雑誌に鉄のお面。
漫画家は妙な「資料」を持っている奴が多い。
防犯グッズ――催涙スプレーにも、有効期限でガスもれとかあるのかな?
放置されてたのか少し埃があって、誰が買ってどう巡ってきたのやら。
結局使うあてもなく、しまいっぱなしにしていた。
探したけどあの特徴ある形はなく、他のダンボールだったかもしれない。
まあ今後も使う予定はないから、捨てる手間が省けてむしろよかったけど。
何度も使い回しされているダンボール。
次の引っ越しまで一度も開けられないダンボールまである。
消してある名称や読みにくい指令が書かれており、なんだかわからない。
他は大して調べもせずダンボールを閉じた。
こんなことをしているから、無くなった物やどこかへ行った物が数多くある。
ふいに聴きたくなった音楽を探し、まずはCDケースを探す。
見つけたCDケースから、別のCDが出てくるなんてしょっちゅうだ。
カバーをかけた文庫本が本棚に並ぶ。
見慣れない表紙だと思い買ったら、すでに持っていてしかも3冊目でうめいた。
買った覚えのない電池や延長コードやマウスが転がり出る。
人はなぜ無意味に、二股コンセントを買ってしまうのか……。
まあいいか今はこっちが本命だ、ダンボールを開けて新居の整理。
限られたスペースに本棚をどう配置していくか、これが最高に楽しいのだ。