↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
M属性 ~嗚呼、あなたに踏まれたい~  作者: 高谷正弘
第二章 港湾都市サーガラ
71/189

六十九夜 リグ公爵

 馬の発情期は春先から9月頃まで、ただしこれは牝馬の話。

 その期間意外は牡馬か近づくのすら嫌がり、時に攻撃したりと完全に拒否する。

 そこで「当て馬」を近寄らせ、動かなければ発情期中と確認していた。

 牡馬に発情期はなく、誘われればオスは年中発情できる。



「――んじゃあ買ってくるから、ルタは肉抜きアラヤシキクレープだな?」

「は――い、お願いしまス」

 ラクシュが自分はどうしようかと悩みながら、2人から離れる。ルタはヨーギに乗ったまま手を振って答えた。

 中央広場の通りは今日も賑やかで、青年の姿は混雑のなかに消えていく。

「どんどん焼いてくよ――後ろの方は、道にはみ出さないでね――~!」

「へいお待たせしやした――次の方どうぞ――~!」

「すんませんねえ、でも待たせるだけの価値はありますから――~!」

 約2ヵ月前にアマゾネスで行われた剣闘士競技会により、サーガラはかつてないほどの静けさに包まれた。

 地元商人や個人商店にとっては、思い出したくもない悪夢だったろう……。

 だがそれはより大きな実りとなって返ってくる。商人や屋台持ちたちが、修行によって「絶品3食」をさらに高めたのだ。

 そして「サーガラフライ」なる名物まで生み出す。

 通常は元王都のマナスルであっても、海の魚を食べるには干して燻製にするか、塩漬けにして運ばないといけない。

 新鮮な魚貝類を使用するフライは、サーガラだけで食べられる料理だった。

 誰かが名付けた城の「ノッチ噴水」に続き、自慢はいくらあっても嬉しいのだ。

 次いで公衆浴場「アラヤシキ」の開店と側溝の設備。噂には聞いていたが、街が見違えるほど磨き上げられたと絶賛される。

 特に女性はお風呂にはまり、アマゾネス製のシャンプーを我先にと購入した。

 カレンデュラシャンプーを基本とし、炭シャンプーに塩シャンプー。どうしても値の張る蜂蜜シャンプーにすら手を伸ばす。

 艶やかに流れる髪といい香りに、すれ違う男性は思わず目を奪われている。

 行商人はアマゾネスまで幾度も往復し、嬉しい悲鳴を上げていた。

「ありがたいねえ。あんたがアマゾネスまで、買いに行かなくてもよくなったよ」

「ああ、そうだね……うん」

 これらが領主であるサンガ伯爵の、息子の手腕によると広まる。時期領主の器と今後のサーガラ領の発展に、市民は沸きに沸く。

 連日城館に、感謝の声が届けられていた。

 ある褐色の少年がその噂は事実でないと止めたのだが、奇天烈な少年はその方がサーガラのためになるからと願い出る。

「未来は明るい、それだけで領民は安堵し歩めるのです」

 その深い瞳に恐縮しつつ、震えて理解をしめす。

「嗚呼……あの方は賞賛など求めておられないのです。きっと誰にも想像できない神聖不可侵な世界を、心に描いておられるのでしょう――~…!」

 心から(ひざまず)いて崇拝し、羨望の眼差しを向けた。

 もしアユムが内心を告白したら、その評価がどうなったか誰にも分らない……。


「ん……あれ亜人だろ、ポツンとなにしてんだ?」

「港で荷を下ろす、労働者って感じでもなさそうだしな」

「大道芸人じゃねえの、親方のお供をしてんだろ」

 ラクシュを待っている2人の姿を、物珍しい視線が流れていく。マントをまといフードをかぶっていても、亜人であるのはひと目で分かるからだ。

 ルタは目線を合わせないよううつむき、ヨーギは気にせず周囲を見渡している。

「あっプラム――!」

 ちょうど混雑の切れ間、果物を扱っている個人商店が見えた。

 ヨーギは喜び、蹄の音も高くそちらへ向かってしまう。

「ちょっ……待った待ったヨーギ? 1人でうろつくなって言われただロ!?」

 突然の行動にルタがこけそうになり、焦ってヨーギの背にしがみつく。

 問われたヨーギは、不思議そうにルタを見る。

「……いや違う、オイラがいるから1人じゃないとかじゃないノ!」

「ヨーギプラム欲しい」

「すぐにラクシュが戻ってくるから、そしたら――ヨーギ危なイっ!」

 ルタは周囲の視線が自分たちの後方に向かったのと、迫る蹄の音を聴いて叫ぶ。

 しかし草食動物の本能か、それより早くヨーギは体を横に振っている。

「きゃあ――っ!」

「うおっ! なんだなんだ?」

 敏感すぎた反応に周囲の誰も対応できず、押し合いとなって場は騒然となった。

 荷馬車の馬がヨーギのすぐ後ろで竿立っていななき、市民の悲鳴が重なる。

「なにやってんだ亜人っ!」

「「わああああ――――っっ」」

 御者の行商人が批判するも、馬の興奮は収まらない。

 逃げる市民がぶつかり合い、数人が将棋倒しとなって道の中央まで躍り出た。

「ルタ、ヨーギ! こっちだっ!!」

 気がついたラクシュが市民を避けて駆け寄り、スペースを見つけ誘導する。

 荒ぶる馬に話しかけながら、2人の間に割り込む。

「悪いなあ――あいつは俺の連れなんだ、そうだいい子だろう? でもお前さん、ちょいと早急すぎるぞ」

 暴れ跳ねる馬に平然と、あるいは楽しそうに語り続けた。

 意思の疎通がかなったのか、激しい息を吐き馬が落ちつきを取り戻す。

「よ――しお前もいい子だな。すまない、まあ気持ちは分かるがこらえてくれ」

「てめえその亜人の飼い主か!? この……っ!」

 ラクシュは馬の首を軽く叩き、人に対するように謝罪する。

 行商人が馬車から降りて文句を叫んだ。しかしフードを取った青年は、明らかに貴族といった様相で口を紡ぐ。

 青年の会釈に会釈を返し、それ以上関わらないよう背を向け馬をなだめた。


「おお、どうやら大事はないようだ。ではケガをされた方や、手当てが必要な方は申し出なさい! なに領主に遠慮すると損をしますぞ!?」

 貴族と見られる高らかな笑いに安堵の笑いが続き、騒ぎが急速に縮小していく。

 混乱は最小限で食い止められたといえよう。

「ふう……あのなあお前ら、ウチと違うんだからもうちょい慎重に動けって!」

 少し離れた場所で、ラクシュがため息まじりのお説教をする。

「申し訳ありませン……」

「ヨーギお腹減った――~!」

 ルタが小さい背を見せるほどうな垂れ、ヨーギはマイペースに自己主張。

 毎度なのかラクシュは苦笑し、購入したアラヤシキクレープをルタに渡す。

「今度からヨーギの果物を先に買おうな、とにかくここを離れ――…」

 ラクシュはふと気配を感じ振り返る。

 ヨーギが喜び跳ねるのをルタが止め、周囲のざわめきもスローに感じた。

 騒ぎから離れた処に、4頭立ての豪華な貴族用馬車(コーチ)が停まっている。容姿端麗な少年が座っていて、こちらを見ているのが鮮明に映った。

 なぜだろう、どこかが違っていたのだ。

「ラクシュ? 早く離れた方が……」

 ルタが身動きすらせずに停止してしまった青年へ声をかける。だがそれすらも、ラクシュには遠く聞こえた。

 艶やかに濡れる黒髪、見目麗しい少年と視線が合う。

 そして理解する、見つけた(・・・・)――のだ。

 一瞬の間に探し求めていた少年だと悟っていた、己の心を指し示すように呟く。

「――アユム卿だ」



 ☆



「もしやキミは アユム卿ではっ!? いや― 探しましたよ。」

 貴族風の青年が手を挙げ、気さくに声をかけてくる。

 ぼくは驚きと戸惑いを隠せずにいた。親友か宿敵か、真逆に感じた「予感」……さらに彼の素性にも。

 ジャーラフがいつの間にか馬車の屋根から降り、礼を取りながら呟いたのだ。

「『パシュチマ連合王国』原初の連合――『パシュチマ王国』の王位継承第1位。ヴィーラ殿下の婿にと名乗りを上げている、リグ公爵閣下だ……」

「リグ……公爵(・・)閣下っ!?」

「プールヴァ帝国」と対をなす大国の王太子。

 ファンタジー作品で定番中の定番、放浪する王子様。なぜそのような方が領民に雑ざり、しかもぼくに声をかけてくるのか。

 見れば後ろには、先ほどもめていた亜人2人が控えている。

「こう言ってはなんだけど、ちょっと……護衛とは思えないんだけど」

 いや啓いて(・・・)いるのなら、話は別か。

 立場ある方のお忍び旅なら、従者は少数の方が目立たない。小説でも護衛はごく少数ってのが、ストーリー上の醍醐味だよねと納得。

 ケンタウロスの少女がお腹がすいたと不平をもらし、パーンが手で制していた。

「……護衛とは思えないんだけど」

「あれ、ジャーラフじゃないか! 久しぶりだなあ、見違えたよ!」

 リグ公爵が今気がついたように視線を向け、楽しそうに挨拶する。

「閣下におかれましても、御壮健でなによりです」

 ジャーラフがフードで顔を隠し、会釈した姿で微動だにせず返答した。

 なんだか最初に会った頃を思い出す硬さだ。

「なんだよジャーラフ、俺としては昔のラフな物言いのままでいいんだが」

 なあと頭をかき、苦笑しながらぼくに同意を求める。

「はっ……ええ、まあ」

 そうは思いますが、気安く答えていいのだろうかと喉が詰まった。

 ジャーラフは殿下につき従っていたそうだから、その時お会いしたのかな。

「そのような訳にはまいりません、御立場が違います」

 横を見るもフードに遮られ、その表情は分からない。

「あの……先ほど、リグ公爵閣下……と?」

 サンガ伯爵とサーランバ卿が、爵位と状況に困惑しながらたたずんでいた。


「やんごとなき御方が御来城くださったのだ! 本日の陳情や目通りは中止せよ、全衛兵を配して万全の警備を整えるのだ――っ!!」

「「はは――――っっ!!」」

 路上ではなんだし、宿で話ができないかとリグ公爵に持ち掛けられる。

 しかし城館に場を設けますと、サンガ伯爵が右手を胸に嘆願されたのだ。確かに他国の王位継承者に万一があれば、いち領主の責任問題では済まない。

 場合によっては国家間の戦争に雪崩れ込んでも、なんら不思議ではないのだ。

 しかもヴィーラ殿下の婿にと名乗りを上げている方である。領地を上げ歓迎し、けっしておろそかにはできない。

 最大限のもてなしと貴賓室を用意されるが、リグ公爵が困った顔をする。

「そちらの立場も分かるし、強要する気はない。理解には努めるつもりだけど――多分こうなると思って、領主を訪ねなかったんだよなあ」

 堅苦しいのは苦手なんだよと、煌びやかな室内を見回しため息をついた。

 どうもぼくを探して約2ヵ月、サーガラ領内をウロウロしていたそうだ。確かに城館に来ればすぐに会えたか、情報を聴き出せただろう。

「ぼくが言うのもなんですが、もう少し御自身の安全を考えてください」

 無謀な行動に妙な違和感を覚えつつ、両者を立てる代案を模索する。

「おお、これは素晴らしい! 水平線が存分に見渡せる!」

 そこで何度か利用してた城館の3階、海に向けたバルコニーに誘う。リグ公爵が景色に喜んでいたので、サンガ伯爵もどうにか納得した。

 ぼく1人で相対するのはと、サンガ伯爵を探すが警備の指示に走り回っている。

 サーランバ卿は涙目で首を振り、ブリハスパティ卿は仕事があり、ノルブリンカは察して遁走し、ダーナ卿は修行に出ていて、プリンスは誘わなかった。

 なんとかジャーラフだけ、羽交い絞めにして同席させる。

「面識があるんだろう? 頼むよ!」

「ううっ……仕方ない、だけどボクはなにも話さないからな!」

 それでいいからとつき合ってもらう。

 公爵――国家において王位を除く最上級の爵位であり、血によって繋がる王族。

 立場的にはヴィーラ殿下と同じ、次期国王であり王太子。皆の気持ちも分かる、軽々に会話が楽しめる身分差ではないのだ――。


「ヨーギそれ俺のだ! 自分のは食べちゃっただろ!!」

「やだ――っ! ヨーギの――~!!」

「パイ生地が柔らかくて、全部食べられるなんて凄いでス!」

 ぼくにできる最大のもてなしとして、晩餐用に製作していたカスタードクリーム入りラズベリーパイをお出しする。

 15世紀前のパイ生地は小麦粉と脂身を使用し、焼くと大変固くなった。

 そのため「容器」として扱われ、中身だけ食べるのが主流である。しかしぼくはパイ生地にバターを挟み、サクサクした食感をあたえた。

 さらにラズベリーのすっぱさとクリームの甘さが、味覚を刺激し際立てる。

「あの、よかったらどうぞ」

 ぼくの分を勧めると即座にフォークが3本突き刺さった。興味のあることは覚えるのも早い、皆見事にフォークを操っている。

『フォーク……? それを、俺に使えと?』

『熊手は農民が用いる道具でス。アユム卿、あまりにも失礼ではないでしょうカ』

『いっいや、それでこそ(・・・・・)だ! ぜひ使わせていただこう!』

 リグ公爵の困惑の瞳に、パーンが眉をひそめ苦言を呈す。

 他国の王族に勧めるのは気が引けたけど、気に入っていただけたならよかった。

「フォークの分だけ指先が伸びたみたいだ、使い慣れれば便利だな!」

 そういった考え方もあるのか、テーブルの上に鉄の嵐が吹き荒れる。

 ……会話はまだない。

「スーリヤ様より食い意地の張っ――…」

 どちらに対しても失礼な単語が脳を駆け巡ったので、「国によって常識は違う」と心に言い聞かせた。

 まあ喜んでもらえて幸いだ。

 後ろに控えたジャーラフの喉が鳴り、取り置きがあるよと目で知らせる。


「へえ……なんというか理性的な飲み物だな、うんうまい」

 ひと騒ぎが収まり、リグ公爵がぼくの飲んでいたコーヒーに目をつける。

 どうやら気に入られたようだ、甘いデザートのあとにはうってつけだろう。

「リグ公爵は異世界(こちら)の、クレメンス8世になるのかもしれないなあ」

「悪魔の飲み物」であるコーヒーの香りと味に魅了された、16世紀の教皇。

 なんだか同好の士がいて嬉しかったが、ジャーラフが露骨に嫌そうな顔をした。

「またアレを飲んでる……」

 猫にカフェインは厳禁である。

 しかしたんぽぽコーヒーは、コーヒーと違いカフェインは入っていない。

 たんぽぽを主原料としたお茶、と言った方が近いだろう。そこで大丈夫だと思い勧めたのだが、どうもお腹を緩くしてしまったようだ。

 以降目の敵にされ、視線が痛い。

「にんにくは大丈夫ぽかったのに……完全に猫と同じじゃ、ないんだろうな」

 ケンタウロスの少女が床に座り込んで船を漕ぎだし、パーンは椅子の背もたれですでに寝息を立てていた。

 リグ公爵がぼくの視線に気がつき苦笑する。

「ああ気にしないでくれ。こいつらの気安さには、ずいぶんと助けられてるんだ」

 王太子としての立場、想像もできない重圧があるのだろう。

 表情がごく自然で、堅苦しいのは苦手と話すのは本心に思えた。

「にしてもアユム卿の料理はうまいなあ、『絶品3食』も出自は卿なんだろう? その類い稀な英知は国家の宝と呼ぶに値するね」

 お腹をさすり、気分良さげに海を眺める。

 立場ある方に褒められると嬉しい。ヴィーラ殿下に拝謁する際にも製作したら、気に入っていただけるだろうか。

 合わせて海を眺め、いずれ訪れる未来に想いを馳せた。

「しかしその割に名が轟かない……どうにも、冷遇されているように思えるが」

「ぼくが望んでいるのです。評価も賞賛も、全て職人の努力に与えられるべきと」

 ぼくは道を指し示しただけですので――。

 リグ公爵は軽い反論に批判や戸惑いも見せず、当然とばかりに口の端を上げる。

 どうもそう返すのが、分かっていて問うた感じだ。

「だがその道が何処へ続くのか、導があってこそ高みへ至れるのではないか?」

「……この地(サーガラ)より北西に、1人の領主が造り上げた女性だけの街(アマゾネス)があります。注目され評判となっていますが、同じ改革をする者が現れるでしょうか」

「ほう……?」

 ぼくの挑むような問い返しに、リグ公爵と交差した視線が小さな火花を散らす。


「現れると思いますよ、なにしろ『女の細腕』で上手くいったんですから」

「ん"ん"っ……そ、そうか」

 リグ公爵が軽く肘を滑らし、呆気に取られる。

「ですが整備されていない道に不安を覚え、川に立往生し、石に転んで座り込み、周囲の反対を理由に、『この道は間違ってる』と多くは利口になるでしょうね」

 盲目の家庭教師が語っていた。

『どんなささやかな成功も、他人の目には触れない挫折や苦難の道を経ている』

 例え頂が見えても、そこへ至るための困難と苦労を推し量ることはできない。

 世には結果しか現れないのだから――。

 失敗し辛酸をなめ、それでもあがいて、遥かな頂きを目指す者。

 ノルブリンカ、サーランバ卿、セツとバンダ、職人の皆さん。誰もが霧のなかに足を踏み入れ、迷いながらも歩き続けた。

 1歩ずつ……1歩ずつ……。

「彼らが踏み出し切り開いた道に比べれば、ぼくの知識など些細なことです」

 ああそうだ……今だからこそはっきりと言える。歴史を紡ぐのは英雄じゃない、記録されない無名の彼らこそが築いたんだ。

 心を満たしていく想い、旅で出会った笑顔が、光をまとい揺れていた――。

 リグ公爵は一つ頷き、目を細める。

 控えるジャーラフの緊張が伝わった、相手は隣国の王族だぞと。分かってるよ、しかしどうも誘導された気がするんだ。

 どこまで計算してるのか分からないけど、ぼくを試してるのではないだろうか。

「なるほど、正解を与えるのではなく導く……己で歩む過程(・・)こそが必要なのだな」

 得心がいった――と笑うその瞳に覇気をまとう。

 ぼくは驚いて目を見張る、短い会話のなかで端的に要約してみせたのだ。物事を見定める視点が常人とは違う。

 王族の気質か……雰囲気も口調も違うのに、黄金色の髪の少女が思い浮かぶ。


「アユム卿――のちの生涯を、俺と共に歩んでくれないか?」

 突然我が意を得たりとばかりに、リグ公爵が前屈みに告げる。

「幸い因果伯ではないのだ、国を移住したとしても然したる問題はない。ましてや名も無き(・・・・)騎士を臣下とするのに、咎める者は少なかろう」

「たっ大変ありがたいお誘いですが、ぼくには大切な主命がございまして……」

「ふむ……」

 リグ公爵が目を伏せ、コーヒーを淹れたゴブレットを軽く弾く。

 澄んだ鈴の音が、波音に重なり世界を支配する。

「王太子たるこの俺が、頭を下げて頼んでいるのだぞ?」

 突如リグ公爵の覇気が増大し、ライオンのたてがみがたなびく。

 ヴィーラ殿下とはまた違う、肉食獣が恐怖によって獲物を捕らえる気配。

「俺はヴィーラ殿下の婿となる、ヴィーラ王国を世界に冠たる国とする。そのため――アユム、お前が欲しい!」

 決定事項のごとく宣誓した。

 決意と野心があふれる空気に絡め捕られ、彼の視線がそらせない。しかもけして大言雑言とは感じなかった。

 この方ならあるいは――そう思わせるだけの「力」を、秘めているのだ。

 そして根底にあるのは、これは……狂気!?

『彼とは生涯の友となるか……生涯を賭け、戦う敵となるだろう――』

 中央広場で感じた予感が、危機感が全身を駆け巡る。

「ぼ、ぼくは――…」


「ア、アユムは殿下とのお約束があるんだ! お前にゃんかについてくもんか!」

 ジャーラフが飛び出してテーブルを叩く。

 その音で思考から覚醒できたけど、首筋に冷たい汗がにじんでいた。

「次は新王都に向かうんだよな!? こんな奴放っといて早く行こう!!」

 腕を引っ張り立たせようとする、だけどさすがにそれはまずいだろう。

「ジャーラフ落ちついてくれ、ぼくも殿下とのお約束が大切なのは分かってる」

 つかまれた手を軽く叩き頷いて苦笑する。ジャーラフが口調と態度に気がつき、小さく失礼しましたと呟き引く。

 耳が下がりしっぽを体に巻きつける、苛立ち焦っていたのだ。

「っあはははは――! 許してくれジャーラフ、悪気はないんだ!」

 リグ公爵は気にもせず、むしろ楽し気に笑う。

 次いで居住まいをただし、一国の王太子が本当に頭を下げた。

「アユムの言動に興味があって試してしまった。この通りだ、すまない!」

「あ……あっいえいえ!」

 なんとも、読めない方だ。

「また御人の悪い態度をなさって、アユム卿に嫌われてしまいますヨ! 第一婿となられるのなら、国の移住を勧める必要はないでしょウ」

 そう言われればそうだ、勢いに飲まれてしまった。

 いつの間に起きたのか、パーンが執事よろしく口を尖らせる。リグ公爵もお説教に幾分バツが悪かったのか、頭をかきながら話をそらす。

「約束といえば、1年半でヴィーラ王国を磨き上げろ――だってなあ、笑ったよ。まったく殿下も無茶をおっしゃるが、お蔭でアユムの手腕が拝見できた」

「――っえ!?」

 因果伯すら知らなかった内情をさらりと暴露され、ジャーラフが驚く。

 ぼくはその瞬間、まとっていた違和感の正体に気がついた。

「彼はぼくを探してたと言った、ならばなぜマナスルではなくサーガラなのだ?」

 ヴィーラ殿下が広めている「魔獣を討伐したアラヤシキの少年」は、マナスル(・・・・)における英雄譚なのだ。

 ぼくが旅に出た経緯を知る者は少ない。

 ましてサーガラへ向かったなどは、国の有力者と極少数に限られる。他国の情報を得る手段を持っていると、手の内を明かしたのだ。

 ぼくの「実情」も、どこまで把握しているのか……。

「怖い方ですね、リグ公爵閣下」

 息の詰まりを感じ、思わず声に出た。

「俺の名はラクシュミー、ラクシュと呼んでくれ」

「公爵」を愛称で呼び捨てにせよと……瞳を真っ直ぐに見つめ、挑むように笑う。

 だが確かに、身分が明らかとなる発言は控えるべきだろう。それでサンガ伯爵に素性を知られたのだから。

 王太子として、立場を重んじる思慮深さが垣間見えた。

「やれ礼式だ王族の常識だのと縛りやがって、俺は人形じゃねえぞ……」

 ブツブツと口を尖らせている、本気で嫌なだけだろうか。


「まあ急ぐ話でもない、時間をかけて口説かせてもらうよ」

 コーヒーを飲み干し、口の端を上げる。

 この主張の強さ、やはり殿下に似ているな……ジャーラフの反応は真逆だけど。

「そうだ新王都なら船でウダカに向かうのが速いぞ。サーガラに来る時よくしてくれた船長がいるんだ、乗せてもらえないか交渉してみよう。ルタ頼む――!」

「はいでス!」

 話を振ると山羊の角が飛んで駆け出す。

 立場的にも身分的にも断り辛くはあるが、ここは断固として拒否したい。

「なんだ遠慮などするな、俺とお前の仲だろう」

「大変ありがたい話ですが、お会いしたばかりの御方に――はい本心で……」


「いえ、本気で――」



 ――数日後、城館で出立の準備を整える。

 すっかりお世話になった執事さん、料理長、使用人の方々にお礼をした。貴族が挨拶に来たのに驚き、次いでご無事でと笑顔を交わす。

 セツはさっそく手押しポンプを製作しており、2本ほど購入させてもらう。

 頑なに料金を受け取らなかったが、正当な報酬ですからと無理矢理渡す。領主に拝謁した噂が広まり、鍛冶職人を志す若い徒弟が詰め掛けているのだ。

 鍛冶場を建て増しするなり、なにかと入用になるだろう。

「もう慣れちまいましたけど、そういうとこ本当に変わらないですねアユム様……ではありがたく、頂戴いたします」

「ぼくの方こそ、本当にありがとうございました!」

 セツが照れながら鍛冶屋の魂を差し出すので、笑って握手する。

 熱く応じたセツの背が揺れ、思わずも長いつき合いとなっていたのを感じた。 

「アユム様についてきて……俺の世界が、変わりました……っ!」

 因果伯の皆とは城館でお別れをする、密偵がいないとは言い切れないからだ。

「ああもう出立するのか、寂しくなるなあ」

「シ――~!」

 シーちゃんも元気でな――ノルブリンカが背を叩き、カレシーの頬をなでる。

「マーラさんにもお世話になった、ご挨拶をしたかったのですが……」

 アマゾネスの重要性は、サーガラの有力者もこぞって認めていた。

 そのむねヴィーラ殿下に嘆願し、因果伯の派遣も希望される。なぜかマーラさんも熱望したので、滞在を延長していたのだ。

 バンダも同様に音沙汰がなく、挨拶できなかったのが残念だった。

「あいつらは放っとけ――あんだけあたしに付きまとってた奴が、殴れって言って来なくなったんだ。邪魔したら馬に蹴られっちまうぞ」

 はあ……と首を捻っていたら、また大笑いされる。

「アユムのお蔭で気がつけたと心底感謝してたよ、ありがとうな」

 ブリハスパティ卿には、笑って達者でなと抱きしめられた。

「アユム卿はヴィーラ王国にとり大切な方だ、どうかご壮健で。そして兄として、どうにも奇天烈な弟が心配でなあ」

「じっ自重いたします……」

 ダーナ卿はまだ修行から帰ってこない……定期的に連絡はあるそうだが、よほどあの戦いがこたえたようだ。

 強さが信条の彼らしさに、異国を想い成果を願う。

「やあ親愛なる隣人アユム卿……君は一体、何者だ?」

 プリンスがどこかで見ていたのか、右手を差し出す。反射的に握手に応じると、覆いかぶさって耳元でささやかれる。

 口調は軽いのだが、目は笑っていなかった。

「――ぼくは壁裏歩夢、ごく普通の少年ですよ。ヴィーラ殿下の(いしずえ)となるために、アラヤシキから来ました」


「出航――! 錨を揚げろ――っ!!」

 1本マストのコグ船が、ゆるやかにサーガラの港を離れる。

 風の関係で今日まで見送られていたのだ。

「まあ8月中には新王都につきたいし、最短距離の行路も知っておくべきだろう」

 なんとか自分をごまかし、半分ジャーラフに抱えられる形で船の縁に立つ。

「ノルブリンカの件、いつまでもお待ちしておりますぞ――っ!!」

 見送りに来ていただいたサンガ伯爵が手を振り叫ぶ。

 やはり領主たるもの、あそこまで強引でこそなのだろうか。

「アユム卿――磨き上げられたサーガラを、ぜひ見に来てください!!」

 サーランバ卿が両手を広げて叫ぶ。

 波間の光を反射した瞳が、果てない未来を輝かせていた。

 帆が風を受け、船がサーガラから離れていく。人影はすでに遠く見えなくなり、オレンジの屋根が青い海に浮かんでいる。

 ふと遠くで、呼子笛の音が響いた気がした。

 鉄道の気笛合図で、4秒吹く長緩吹きが5回。これは市民を招集する時に吹く。

「また……いたずらされたのかなあ」

 シルフが帆をベッドに弾み、遊んでる気配を感じる。けっして聞こえる距離ではないのだ、でもぼくはあの山間の街を思い出した。

 胸から下げていた呼子笛を取り出し、応じてみる。

 かつての貧困と……現在の笑い声が覆う街に、谷間の風は変わらず吹く。


 一路、ウダカを経由し新王都へ――。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。