六十六夜 後日談
百数十人の盗賊がサーガラまで連行される。
通常犯罪行為に対しては、領地を治める領主が裁判をおこなう。だが盗賊に関してはサーガラに送る段取りとなっていた。
アマゾネスに対しての抑止力狙いである。
一見して屈強とわかる元傭兵らがボロ布になっていた。足をケガした者が多く、苦痛に顔を歪めている。
身を引きずって歩く姿が悲惨さを強め、まさに戦死者の葬礼すら匂わせた。
今までとは桁違いの規模となった大行列。見せつけられた領民は口数も少なく、道の両端に立ち止まり見送っている。
だがなにより目を引いたのは、盗賊を連行するアマゾネスの兵士だった。
先頭で誇らしく胸を張る、サンフラワー色の兜をかぶった兵士。連れだった兵士の誰も彼も、見慣れぬ胸甲を輝かせているのだ。
説話で受け継がれ、神話となる乙女たちではなかったか。
「アマゾネスの指揮官が剣闘士競技会で、神のように女兵士を動かしていた!
それは襲撃でも発揮されてたんだ。住民が危険を察すると一糸乱れず行動して、俺を白亜の闘技場まで引っ張ってくれた。
盗賊は二百人――いや、三百人はいた。
そりゃあ生きた心地しなかったさ、壁の向こうで殺すと怒鳴ってるんだ。全財産差し出せば命まで取られないかもと、物陰で震えてた。
それなのに、ばあさんが投げるためのレンガを割ってる。
投げ返されるレンガの雨を物ともせず、子供まで兵士にレンガを運んでた。俺もなにかしなくちゃと、指示してくれと願い出たんだ。
『姐さんの希望は、皆さんを無事に家族の元へ送り届けることです!』
どうかケガだけはしないでください――頭に巻いた包帯に血がにじみ、荒い息で汗を流しながらも笑う。
姐さん……彼女らは領主を、親しみをこめてそう呼んでた。
しょせんは女がやる見せ物だと、興味本位で見にいった自分が恥ずかしくなる。己をまっとうする、彼女らのまっすぐな瞳がうらやましくなった――」
居合わせた過客が酒場で街角で、アマゾネスの雄姿を語る。
大規模な盗賊団の襲撃は、噂は尾ひれをつけて拡散していった。行商人を通じて他領に流れ、吟遊詩人をして詩となる。
街を知らなかった者たちですら、その名を深く印象づけていく。
『黄鬼が守護する街は〝アマゾネス〟――白亜の闘技場で鍛えられし女神の戦士。四百人からなる盗賊をひと睨みで石化し、ひと晩で壊滅させる――恐るべき怒りは炎の雨を降らせ、すべてを焼き滅ぼす鬼の血族――~…』
それは過去最大の抑止力効果をもたらした。
「銀に輝く女神の戦士……アマゾネスは、なんだかすごいぞ……」
☆
アマゾネスに向かい、豪華な馬車数台と護衛の騎馬が列を組む。
宮中伯や法官、儀典長に徴税官と司教。有力貴族や騎士が集う大名行列である。
襲撃の傷跡が落ちついた数日後。
サーガラの行政をつかさどる大臣格らをともない、サーガラ領領主サンガ伯爵とサーランバ卿は再びアマゾネスを訪れた。
「サーガラの『アラヤシキ化』を促進するには、見てもらったほうが早かろう」
サンガ伯爵が会議上で提議する。ついぞなかった領主の提案にとまどいつつも、有力者たちの日程が組まれた。
なにより昨今やたら耳にする、「アマゾネス」に興味があったのも一因。
「万の言葉をつくしても、培った常識はくつがえらない」
領主にとってここ数日の出来事は、意識改革をもたらすに十分だった。
ただし決定権を持つのと、評議会を軽視するのは意味がまったく違う。各部署の意見を聴き主張を検討し、尊重するのもやはり重要なのだ。
父の視線は重き歴史を語り、息子は心に刻みこむ。
夕方――アユムが街の前で、サンガ伯爵を出迎える。
秘書となってそばに控えるサーランバ卿とも、視線で挨拶を交わす。
父に随行し、領主としての気概を吸収する……新たな目標が過酷であり楽しく、少年の瞳が輝いていた。
「申し訳ございません、領主は体調がすぐれずお出迎えがかないませんでした」
アユムの釈明に父と弟はすべて想像でき、苦笑を返答とする。
本来なら領主であるノルブリンカが出迎えて然るべきなのだ。しかし大勢を引き連れてくると聞くなり、どこかへ遁走してしまう。
ジャーラフの気配察知もかわす、見事な逃げ足だった。
「奴は山に向かったはずだ! 絶対にとらえてみせるっ!!」
プライドが刺激されたジャーラフをなだめるのにひと苦労する。だけど珍しくも落ちこみ、皆に顔を合わせづらかったのだとアユムは理解をしめす。
それはいいが――なぜ自分が領主の代理になるのかと、反論はした。
「街を管理する家政婦長か、剣闘士競技会優勝者のスクルドのほうが――…」
あらゆる説得が無駄に終わり、アユムはカレシーをなで心を落ちつかせる。
「ぼくの周りには、無茶を乞う方が多くはないか……?」
「シ――~?」
愚痴っぽくぼやいたが口元はほころび、理不尽のうれしさが隠せずにいた。
ぼくは自分の性格がけっこう好きだ、どんなときでも前向きになれる。
「全部坊主が作りあげたモンだろ、胸張って出迎えてやんな――!」
スクルドが背をたたいて笑い、次いで少し寂しげにつけ足す。
「元婿候補として、最後に姐さんを助けてやっておくれよ」
噂の「アマゾネス」が木柵と空堀に囲まれているのを見て、サーガラの有力者は皮肉な笑みを浮かべる。
コンクリートの製造工程に合わせ、市壁を建てる予定だが施工前だった。
「地方の町でも、これよりはましな防衛をおこなっておるのでは?」
「まあしょせん市井の噂とは、大袈裟なものですからな」
話のタネにはなるかなと、聞えよがしな諷刺も街を歩き驚愕に変わる。
整備された道を幾度も指さし、側溝の流れに首を上下させ、洗濯習慣が身についた市民の服は汚れもなく、輝く髪はいい香りがした。
「弾」にしたレンガ作りに住居の建設に、忙しげに働く市民は男性と遜色はない。
ついには白亜の闘技場を見上げ、口を開け石化する。
「こんな街を……女の細腕で、造りあげたのか……」
詳しい説明は翌日にと、アユムは領主の館に招く。
「少し立派な建物」を見てどうにか自尊心を回復させたが、催された晩餐会の料理に我を忘れて胃につめこむ。
提供されるパンも、肉も、酒も、見覚えのある料理まで格段においしいのだ。
「しっしかし配膳がこれではな……客を持てなす、マナーがなっておらん!」
「まったくです! どんなにうまくとも……キミこの肉をもう少しもらえないか」
批判に同意は返されども、口に運ぶ手は止まらなかった。
「生クリーム」と称される、舌の上で溶けるデザートを奪い合い気がつく。
見慣れぬ「フォーク」と呼ばれる食器を優雅に扱う市民に比べ、口元を指を汚して食べる自分たちは子供か田舎者だと。
旅の疲れを癒すため、食後に露天風呂に入って夜空を見上げ息をもらす。
「ああ……この街は、真実アラヤシキだ……」
「これがコンクリート……かね」
翌日には街外れの徳利窯を視察。
サンガ伯爵も工程を見るのは初めてで、石灰石とセメントを交互に見比べる。
有力者たちは完成試作品のU字側溝を、触ったりたたいたりしていた。どう見ても石だと疑問と想像のはざまで揺れている。
彼らにとっては世界が塗り替わる、衝撃が続いているのだ。
「アユム卿、サーガラで徳利窯を建てるのは難しいですか?」
サーランバ卿がそばに控え、領主が次に問う質問を投げかけた。コンクリートが有用であればあるほど、所領で管理したほうが効率的である。
息子の様子にサンガ伯爵の頬が緩み、たのもしくも見守っていた。
「……建てられないこともないですけど、今のサーガラに必須ではないですね」
アユムはしばし虚空を見つめ、時期尚早と判断する。
側溝は木枠でも代用できるし、即時必要となる城壁の補修もない。
「アマゾネスでセメントに加工して、サーガラに送ってコンクリートにする。このほうが輸送の面で効率的です」
確かにコンクリートの有用性を考えれば、早期に徳利窯を増やさねばならない。
それもふくめてマナスルに石灰石と設計図を送っていたのだ。
元王都であり、王道が国の端々まで繋がる中心地――マナスルに二基目を建てたほうがなにかと都合がよかった。
視察に向うに移動がしやすく、「現物」を見せて説得力が得られやすい。
サーガラの有力者たちがアマゾネスを見て、驚愕しているみたいに。
「マナスルではぼくの無茶振りに、怒鳴っているんじゃないかなあ」
頭を抱えた皆の顔が浮かび、アユムは笑いをこらえる。
「コンクリートは王国の内外へと広まります。ヴィーラ殿下からご承認たまわる、一大事業になりますね」
殿下が危惧する王道の整備にもコンクリートは適していた。石灰石はアマゾネスに莫大な富をもたらす、かけがえのない資産となる。
かつて塩の輸送に使われたルートは、塩街道と呼ばれた。
いつしか「アマゾネス←→サーガラ」間は、石灰石を運んだ道……「石街道」と呼ばれていくのだろうか――。
奇天烈な少年が笑みを浮かべ、何世紀も未来を虚空に描く。
「王道の整備が整えば、行商人や過客の移動もスムーズになりますね! 町や村の繋がりが深まれば、それだけ領地の発展と安定が強まります!」
サーランバ卿が数年後の未来を虚空に描く。
「そのとおりです、ですがよい話ばかりでもありません。発展は同時に悪意が忍び寄る可能性も、高まってしまうのです」
「悪意……ですか?」
「笑顔で玄関をノックするのは、善意ばかりではないんですよ」
憂慮すべき点でしょうね――。
若干だが眉をひそめるアユムに、サーランバ卿は思考の深さを覚えて感嘆する。
「王国へ広がる……殿下がお認めになる、一大事業……っ!?」
アユムと次期領主の語らい、そして殿下の名が出て――有力者たちは想像した。
それは鼻につくウダカへの牽制、絶大な一撃となるのでは!? すなわち王国が発展しそれにともない、サーガラが件の中心となるのでは!?
「アっアユム卿! この灰はほかにどのような製品に生まれ変わるのでしょう?」
「確かに経済の影響は問題も発生する! 卿のお考えもふくめ今後の展開を――」
「あっ私にはなんの権限もございません! アマゾネス本来の領主をまじえねば、詳しいお話はできかねます――!」
さらに詳しく聞こうとアユムにつめ寄ったが、手を上げてかわされてしまう。
有力者たちはサンガ伯爵令嬢の覚えをよくせねばと、貢ぎ物やご機嫌うかがいの算段で表情が険しくなった。
因果伯が彼女が苦手だと、言ってはいられなくなったのだ。
ノルブリンカはそれを一番嫌うと知っている父と弟は、困った顔を見合わせる。
「しかしさすがは殿下であられる。『悪あがき』などと冗談めかしておられたが、やはり国を救うためにお招きされた方だったのだ。まるで歴史に記される――」
「英雄ですねと、以前申し上げたことがあります。そうしたらなんだか寂しそうにほほえまれて……」
サンガ伯爵の感嘆をこめた評価に、サーランバ卿は若干うつ向く。
「もしかしたら英雄と呼ばれるのが……お嫌いなのかもしれません。それでも僕にとっては未来を指し示していただけた、尊き方に変わりはありません」
望むと望まざるとにかかわらず、世に記される方を英雄と呼ぶのでしょう――。
アユムに熱いまなざしを向ける子に、父は肩を抱いて目を細めた。
数名にわかれ街を自由に見て周ることになり、アユムはやっと解放される。
ひと息つき鍛冶場を覗くと、セツがなにやら指示を飛ばしていた。
盗賊の襲撃で破損した武器や防具の修繕を、弟子――女性鍛冶職人にまかせ指導を実施しているのだ。
すでに長期の滞在となり、帰路も視野に入れなければならない。
サーガラの鍛冶場を空け続けては、職人ギルドに説明が必要となる。家政婦長が出張費をふくめ、アユムに賃金の相談をしていた。
二人には本当にお世話になった――振り返っていると、どこか違和感を覚える。
「あれ、バンダは治療中かな?」
見れば鍛冶場の隅でマーラがバンダの手を取り、意識を集中させていた。
不祥事で火傷を負ったバンダの手だけ、大きく淡い光を放っている。肉体強化された「カルマ」を、他者の「カルマ」に呼応させ導く。
S属性による治療法――「按手」である。
欧州では一八世紀まで、国王が手をかざすと病気が治るとされていた。
「啓いた者が『カルマ』を通り、向こうの世界へ渡って国王にまでのぼりつめた。なんてのは妄想しすぎかなあ」
「妄水」ほど深く全身を癒す効果はないが、新陳代謝は著しく向上する。
張り飛ばされた頬の痣はすっかり消えていた。手のひらに火傷の痕はあっても、すでに痛みはなく後遺症もない。
バンダは仕事を再開するつもりだったのに、マーラが許さなかったのだ。
「職人は体が資本でしょ~大切にしないとね、バ~ンダ?」
「それは因果伯も同じっスよ、なんですかマーラさま?」
「ふふ、呼んでみただけ~」
「えへへへへ……っス」
二人は視線が合うとほほえみ、喧騒ある鍛冶場で別世界を作っていた。
仕事場なのに、マーラに手を取られたバンダの顔つきが違う。
「心の炎を制すんだ! 雑念をもって当たる奴は、鍛冶場からたたき出すぞ!!」
「はっはい――っ!!」
普段にも増して熱い作業場に、別種の感情が渦巻いてはいたが……。
「邪魔しちゃいけないな……」
アユムは気がつかれる前に、顔を引っこめて通りすぎる。
「アユム卿、少々お話をうかがってもよろしいかな?」
声がかかって振り向くと、老輩の姿は記憶にあった。顔に刻まれたシワと刀傷、歴戦ある大騎士の立ち姿。
線を引いた目が印象的な、騎士学校でお会いしたクータスタ卿である。
騎士長として若き騎士の育成を助け、戦場では正騎士十数名と、数百人の兵士を統率して戦う指揮官。
正騎士らしい三名が姿勢をただし、後ろに控えていた。
だがなぜかアユムに、友好とは真逆の視線を投げている。サーガラの有力者たちがアユムから離れたのを見越し、声をかけたのだ。
「いや平和な治政において、武官など発言力が低くてな――…おっと」
先日アマゾネスが盗賊の襲撃を受けたばかりであり、失言だったとわびた。
アユムは元騎士団総長のハスター伯爵も、似た発言をしていたと気がつく。
「軍隊や騎士が昼行燈でいられるのは、もっとも優れた国ではないでしょうか」
「ヒル……アドン?」
瞳に不思議な世界を映す少年に、クータスタ卿は驚きつつも理解をしめす。
「それで私に聞きたい話とは、なんでしょうか?」
にこやかに問いかけられ、むしろ控えていた騎士たちは言いよどむ。
クータスタ卿が振り返ってうながすと、一人が胸を張って進み出る。
「……この街で開かれた剣闘士競技会で、アマゾネスの指揮官が見事な部隊行動を見せたそうです。それが卿の手によるのなら、ぜひ一手指南していただきたい!」
「部隊行動の指南、ですか……?」
丁寧ではあるが挑みかかる視線を向けられ、アユムは首を傾げた。
正騎士は騎士数名と、百数十人の兵士を統率して戦う指揮官。彼らにとって噂のアユムは、対抗心を燃やすのに十分な存在である。
プライドを刺激していることにまったく気がつかない少年は、一策を講じた。
「私の指示は単純です、皆優秀でしたから意識改革をしたのです」
アユムは領主の館に誘ってチェスを取り出す。何事かと怪しむ騎士たちに笑い、手際よくコマを配置していった。
手作りの、不格好だが愛着のあるコマ――。
ジャーラフが襲撃のときに「ナインメンズモリス」をかたどって、うまくいったのだと興奮していた。
新たな「力」の使い方を鼻息も荒く語る。
「今のボクならアユムにだって勝てる!」
そう言って胸を張り勝負を挑むが、アユムは遠慮もせずボコボコにしてしまう。
ジャーラフはしばらくの間、姿を現さなかった。
「アユムさまはとても博識でいらっしゃいます。ですが世情を師事すべきですね、誰もが私どもの領主ほど強くはないのですよ」
理由がわかっていないアユムに、家政婦長が呆れて首を振る。
「でもジャーラフはぼくを倒そうと、真剣に挑んできたんです。そんな彼女相手に手抜きをしたら、逆に失礼になると――あっはい、ごめんなさい」
「ならばこそです! アユムさまは度量をしめす責務があるとご自覚すべき――」
世人の心や人情……思いやりをとうとうと語る家政婦長のお説教は、蝋燭の火が消えるまで続いた。
あのアユムを教育する、家政婦長は使用人や兵士にまで尊敬の目を向けられる。
「かつて侯爵令嬢の乳母をしていただけですよ……そういえば少し、雰囲気が似ておられるかもしれませんね」
アユムはなんとかジャーラフを探し、お詫びにとチェスを紹介したのだ。
当初は数字の教材用にトランプを用意していたが、羊皮紙を購入してから一考。
「ここまでとは想像していなかった……これはちょっと、まずいな」
そこで木材を削り、二人でチェスのコマを製造することに変更した。
料理を手伝わせたときに、ジャーラフの手際は察している。だけどそれ以上に、興味深げだったのも覚えていたのだ。
……家政婦長の視線が痛いのもあった。
「オイなんでそう、キレイに掘れるんだ?」
「木目の流れを見るんだ、慌てなくていい指を切らないようにね」
「アユムのに比べると格好悪いなあ、同じコマなのに……」
「正解はないよ、ジャーラフのコマも世界にひとつしかないんだ」
この時代、すでにチェスの原型は存在している。
ただし現在のルールが主流となるのは、一六世紀に入ってから。
「命令系統の一本化、部隊の適切な配置、指令の対応速度――戦術の認識差です」
チェスボードを戦場に見立て、剣闘士競技会での部隊行動をなぞる。
欧州で戦術論が台頭するのは、こちらも一六世紀から。一四世紀には軍事編成としての兵科はあっても、参謀は存在しなかった。
国の間で会戦の日時通達がなされ、平野に双方の騎士と兵士が集結して開戦。
騎士の一騎打ちなど名誉が重要視され、倒した騎士の武具や馬を奪い捕虜にし、身代金による保釈や戦後処理をおこなう。
血統を重んじ殺し合いを回避した、一種のトーナメントに近い。
勝敗を決定づけるのはより多くの騎士、重装騎兵をそろえることだった。陣形の編成投入や地形、気象状況で有利不利はあれど部隊行動はほぼない。
騎士の騎馬突撃が華やかし時代、正々堂々と応じるのが美徳とされたのだ。
ゆえに縦列を敷き意図的に敵軍の中央を突破し背面展開など、部隊全体を生物のごとく能動的に運用する――「戦術」は彼らにとって未知の概念である。
これは参戦する「兵の質」と大きく関係があった。
ブーヴィーヌの戦いやクレシーの戦い。歴史に名を遺した戦争で例外はあれど、通常主戦力となる騎兵はそろえられても千名前後。
絶対数が足りなかったのだ。
兵士に雇える数も多くはなく、嵩を増すため賦役として農民を徴募。剣を持ったこともない素人を戦地へ送ったのだ。
当然だが陣形や命令伝達がとどこおり、「団子状態」となるのが関の山。
常備する兵士不足により部隊行動の土壌は育たない。そのため戦場を渡り歩き、金銭で雇用される傭兵が重要となっていく。
この時代百名――中隊規模が動かせれば、十分に勝敗を決定づけられた。
「縦列で敵陣を突破!? そんな無茶を……いっいや信じられん!」
「むっ無駄に兵を動かすより、そうだすかさず相対して剣をまじえたほうが――」
観戦記でアユムチームに一人の負傷退場も出なかったと聞いており、口ごもる。
時代にふさわしくない戦場を、チェスのコマが浮かばせていた。
「確かに剣闘士競技会では鮮やかすぎでしたね。四十五名なら個別の武勇が意味をなします、ですがあの規模でも部隊行動の重要性が立証できました」
一三~一四世紀は騎士の最盛期であり、戦術を一概に信じるのは難しい。
さらに永世中立国の騎士であり、戦争を経験したことがない。兵科を別けて規律正しく行動する盗賊など皆無である。
彼らにとって戦は常に、敵味方入り乱れての乱戦を指す。
だがパイク兵の出現にクロスボウの進化、火砲の研究が進み三兵戦術の運用と、今後騎士の時代は急激に衰退していく。
アユムは戦史の移り変わりの速さに、悶々とした気持ちになっていた。
「人類にとっての、業か……」
「――確かに四十五名なら、開始する前から行動の指示をしておける。だが戦場は目まぐるしく様相が変わる、どうやって以後の指示を知らせるのだ?」
少年の意図を悟ったのか、一人寡黙に目を伏せていた騎士が質問する。
伝令を走らせても限界があり、経験則からの疑問だった。
アユムは首から下げていた、六センチほどの小さな鉄の筒を取り出す。
見慣れぬ小道具に騎士たちが注視するなか、おもむろに息を吸い吹き鳴らした。
「ピィィィィ――――ッッ!!!」
「なっ……!?」
クータスタ卿と騎士たちが驚愕し、耳を押さえて剣の柄を握る。給仕をしていた使用人が身を震わせ、家政婦長が何事かと飛び出してきた。
聴こえる範囲にジャーラフがいたら、怒鳴りこんで来たかもしれない。
日常に聞く音ではなく、緊急時に信号として遠くまで響かせる。非常に高く耳に残る音を出す笛――「呼子笛」である。
アユムはアマゾネスの市民に、何かお礼ができないかと模索していた。
今回の襲撃でひらめき、セツに試作品を頼んだのだ。呼子笛の大きさなら子供やおばあさんに持たせられるし、邪魔にもならない。
山中で迷ったときにも使えると、全市民分をお願いしてある。
一二世紀にはすでに、木や骨のホイッスルが作られていた。用途としての説明は問題なくても、金属での製造は一九世紀である。
音質がまったく違い、室内の反響を考慮せず張り切って吹きすぎた。
集まった皆に謝罪し、咳払いをして説明を続ける。
「教える笛……? ああいや、ナルコー笛か。確かにこれは危険を教える音だな、けっして聞き間違えんじゃろう」
クータスタ卿が汗を落としながら、小さな鉄の筒を注視していた。
「騎士が出陣の合図に角笛を吹くのと同様に、兵がとるべき行動を数や鳴らし方で指示しておくのです。先日の襲撃も『非常事態発生』の合図を決めておいたので、初期行動の迅速さに繋がりました」
以後に楽隊から発達した鼓笛隊が情報の伝達に組織される。ラッパや太鼓や笛を装備させる習慣も、一六世紀からである。
轟音に度肝を抜かれたこともあり、騎士たちは二の句がつけなかった。
しかしこの街が襲撃を受けたのを振り返り、態度が変わる。過客の話半分でも、盗賊百五十人を相手取ったのだ。
兵士と領民に一人の犠牲者も出さなかったのは、奇跡以外の何物でもない。
「っアユム卿どうか陣形や部隊行動など、詳しく教えていただきたい!」
一人が右手を左胸に乞うと、残りの二人も深々と頭を下げて追従する。
クータスタ卿の線を引いた目は、さらに細くなっていた。
☆
「――ふざけんなっ! てめえの話は全部違ってたじゃねえか!!」
静かな山中にふさわしくない怒号がこだまする。
肩にズキンガラスを止まらせた「女」を、盗賊の残党六名が取り囲んでいた。
ほかにも逃げ切った仲間はいたはず。だが慣れぬ領地で連絡はつかない、盗賊団はすでに瓦解していたのだ。
盗賊の首領は今さらながら不可解な状況にイラだち、殺気を放つ。
しかし漆黒のマントをはおり、フードを深くかぶった「女」は微動だにしない。
「そも俺はなぜこんな、得体のしれない『女』の指示を聞いたのか!?」
襲った街の規模、行動の素早さ、売上金の場所、因果伯の存在。
ことごとく想定外であり、さらに身震いする異常事態が襲う。
「アレは、いったいなんだったんだ……っ!」
「何か」が体をたたくと――「動いてはならない」ただそれだけが意識を支配し、疑問もなくしたがっていた。
仲間が女兵士に足を打たれ、倒れることもできずうめいている。
「次は自分の番ではないのか」
彼らにとって永劫の長さに感じた支配がふいに消え、体が自由になった。
盗賊はわめきながら我先にと逃げ出す。助けてくれと叫ぶ声を無視し、剣を捨て後ろも見ずに走る。
追いすがる兵士の影に脅え、横を走る仲間を押し、肩をつかんで引きずり倒す。
松明を建物に投げ捨て、暗闇のなかを散りぢりに山に分け入った。また「何か」によって支配される恐怖。
精神を狂わされる悪夢を振り切るのに必死だった。
「それだゾ! 近くに異質な存在はいなかったか!?」
「女」は問われる疑問を無視し、幾分興奮して首領につめ寄る。アマゾネスの領主は因果伯であり、S属性であるのは確認していた。
しかし今回の襲撃では状況的にO属性――「綺人」を使った節があるのだ。
ここ数か月で監視対象の街は、見違えるまでの変貌を遂げている。公衆浴場といわれる施設に、立ちならぶ屋台……そして奇妙な窯。
街への出入りが激しく、領民の動きが把握しづらい。
領主の婿が来たと噂も流れたが、それとわかる貴族は確認できない。屋台店主が二つ名を持っていて、調べるべきかと疑惑を持つ。
剣闘士競技会目当てで往来していた馬車に、因果伯が乗っていたのか?
「風舌」使いに気配を察知される危険があり、それほどアマゾネスに近寄ることはできなかったのだ。
ヴィーラ王国の抑止力を削るために打った手で、逆に疑問が増える始末。
見極めて確証を得なければ、主君へ報告しに帰れない。「何か」について情報を得るため、捨て駒だった盗賊に再度接触するほかなかった。
「訊いてるのはこっちだ! 罠にはめやがって、ただじゃすまさねえっ!」
首領は一歩飛びずさり剣を抜く。
二人までが剣を抜き、三人は逃亡のとき捨てたのか素手で囲いを縮める。腹の虫が収まらず、不満をぶつけようとしていた。
「女」の表情はフードで知れなくとも、誰が見てもわかる身ぶりでため息をつく。
「敗者にも見合った役割を授けてやったではないか。あんたらにこれ以上『力』を使うのは、無駄に等しいのだゾ」
ひるみもせず肩をすくめ、口元が上がっている。
彼女の余裕がどこから生まれるのか、残党に気がつく術はない。
「やっちまえ――っ!!」
『綺人』!
「女」の口元に見慣れない文様が浮かび、淡く発光する。
『こいつ以外は全員敵だゾ、殺し合え!』
首領を指さして命令すると、残党五人は互いに向き合って威嚇した。
間髪を入れず剣が閃き、火花と怒号が重なる。
「おっ……おいてめえら!? おいなにを――」
首領は目の前の「女」に受けた指示と、アマゾネスで経験した「何か」が同質であるのを理解できていなかった。
「事情を知るあんたには訊かねばならん件がある、喜べ少しだけ長生きできるゾ」
誰の小姓か奇妙な少年が街をうろついていた、あるいは何か関係が――。
「女」がにじり寄り、首領は脅えながらも剣を向けた。
周囲では仲間同士が斬り結び、素手の者が倒され剣が振りかぶられる。
「ガァガァ――ッ!」
突然ズキンガラスが威嚇し、「女」の肩から飛び立つ。
次いで男たちの頭上を影がおおい目を疑った。人が担げようはずもない丸太が、狙いすまして投げこまれたのだ。
非日常さに首領をふくめ残党六名は声もあげられない。
同士打ちの場に落雷の音が響き土砂が舞う。賊は丸太に押しつぶされ、うめき声だけはかろうじてあげられた。
「――ちっ!」
「女」は間一髪で避け、この異様な行為に心当たりがあり舌打ちをする。
木々の間から、サンフラワー色のプレートアーマーをまとった黄鬼が現れた。
木漏れ日に輝く、絵物語から抜け出した姿。
「仲間割れだ――~? てめえらには、落ちる地獄すら選ばせねえっ!!」
発せられたセリフは、まさしく鬼ではあったが。
「――冗談じゃないよ、まったくっ!」
父が大勢を引き連れてアマゾネスにくると知らせを受け、ノルブリンカは早々にトンズラを決意した。
夜中に領主の館をコッソリ抜け出すと、庭で奇天烈な少年の声を拾う。
「この辺りをよく知らない者なら、逃走に選ぶ地形は山を降りる南西でしょうね。視察に行くならそちらがいいかなあ」
苦笑まじりの軽口は、窓の影に消えていった。
ノルブリンカはあてもないので、南西の山あいを走ってみる。すると枝を裁った跡を見つけ、この辺りは市民の行動範囲外だと気がついた。
次いで野営の痕跡を発見し、足跡を追って谷底の沢沿いに降りてきたのだ。
「アユムがすごいのか、M属性の『予感』がすごいのか――」
笑っているのか肩が揺れども、フルフェイスで表情は見えなかった。
「女」は数舜思考し、覚悟を決める。
S属性相手に正面から対峙すれば、戦うのも逃げるのも不可能。盗賊として捕縛されるのも問題だ。
マナスルに魔獣を引きこんだ「男」に、どんな処断が下されたか。
寛容にほど遠い主君は、間違いなどけっして許さない。
「ならば、一か八か……」
「女」は汗を落としつつも舌なめずりをする、因果伯を手駒としてくれようゾ。
『っ綺じ――…へ?』
「女」が最後に見たのは、眼前に迫るサンフラワー色の拳だった。
鈍器に風穴の空く音が反響し、多くの枝を巻きこんで吹き飛ぶ。意識があっても着地は期待できなかった。
高い渓谷に吸いこまれ、着水の音が派手にこだまする。
「クアッ!? カアア――~ッ!!」
ズキンガラスが主を見失い、旋回しながら悲しげに鳴く。
「あっちゃあ、やりすぎた! 獣避けに『力』をまとってたんだっけ」
右手を振って眺め、腰に手を当て肩を落とす。
振り返ると丸太の下敷きになり、小さくうめいてる六名の残党。
「まあこいつらを引っ立てて視察と言い張りゃ、あんまり怒られずにすむかな」
ざっくばらんな軽口は空の雲と同じく、風に吹かれ消えていった。




