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M属性 ~嗚呼、あなたに踏まれたい~  作者: 高谷正弘
第二章 港湾都市サーガラ
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六十五夜 後夜祭

「アマゾネスだっ!」

 街を視界にとらえた――と確認する間もあれ、急激に近寄ってくる。

 感情が爆発したせいか、どうやら恐るべき速度で飛翔していたようだ。対比する物がなく距離感がつかめなかった。

 マーラさんの姿は引き離され、木々に隠れて確認できない。

 立ちのぼった煙も気になったけど、闘技場の周囲に多くの意識が集まっている。

「ノルブリンカっ街に着陸――…降りるよ! 道についたら走って!!」

「へっちゃく――~なにっなに? なにィ!?」

 徐々に爆風を弱め、速度と高度を落とす。

 二人分の質量と加速はばかにならない、無事に軟着陸できるよう調整する。

「――っ!?」

 集中していると、ノルブリンカの体が最大限に緊張した。

 視線の先を確認してぼくも息をのむ、襲撃者が闘技場に乗りこんでいたのだ。

「アユムっ落とせェ(・・・・)――!!」

「え……っあ! わああノルブリンカ――!?」

 有無を言わせぬノルブリンカの叫びに手を離してしまう。

 心臓が跳ね上がったがもう遅い、落下の振動に続き土埃が巻き上がる。だが同時に鬨の声もあがり、無事に降り立ったのだと胸をなでおろした。

「心臓に悪いなあ、さすがはS属性というべきか――…とぉ!?」

 安堵したせいか集中力がとけ、立ち眩みのような倦怠感が襲ってくる。どうにか意識は保てたけど、首筋に冷や汗が流れ息が上がって苦しい。

「飛翔」はまだまだ、使いこなしてるとは言えない――。



「鳥じゃあるまいし……アユム、あんたいったい……」

 どんな「力」を啓いたんだ――襲撃者を無造作にぶん殴りつつ、ノルブリンカはぼくを見上げ動揺していた。

 しかし破顔する兵士によって、意識がアマゾネスに向けられる。

「――姐さんっ!!」

「おう、皆は無事かっ!?」

 シュヴーアハンドで返し、フルフェイスでわからないが笑い返す。

「アマゾネスにちょっかいかける輩は、返り討ちですよ!」

「姐さんにウチらの雄姿を見せる、いい機会だ――っ!!」

 近場の襲撃者を蹴り飛ばし、兵士が我先にと報告していた。

 手足に血がにじむ包帯を巻きながら、誇らしげに腕を掲げる。

「どうやら味方……みたい、だな」

 過客が現れたプレートアーマーに腰を抜かしていた。兵士の様子から賊ではないと判断し、ようやく緊張を解く。

 驚かせてごめんね、ここはノルブリンカにまかせていい。

 気がかりはまだ残っている、立ちのぼっていた煙の確認を――…。

「わ! わっあれ! ちょっと! で~~~~っ!」

 ぼくはコントロールを失い、フラフラと蛇行をくり返して闘技場に不時着。

 砂埃に包まれ、寝っ転がったまま喘ぐ。

「ああもう……しまら、ない……っなあ」

「きゃあっアユムさま!? いっいつお帰りに……」

「おい坊主、大丈夫か!?」

 気がついた市民が叫び、兵士が駆けつけ助け起こしてくれた。

 このまま寝ていたかったけど、なによりも確認しなければならない点がある。

「ぼっぼくは平気です、それより兵士の方に……領民に犠牲者は、出ましたか?」

 ぼくは祈りにも似たまなざしで返事を待つ。

 兵士は質問の意味を理解し、ひとつうなずいて背をたたく。

「安心してくれアユム、皆ケガはしてるけど命に別条はない!」

 やっつけてやったと、たくましい顔で笑う。

 打撲に骨折に切創――重軽傷はあっても、命にかかわる重体はいない。

 報告を受けながら、言葉が頭に染みこんでいく。大きく息を吸って吐き出す……やっと精神を取り戻せた。

「……よかった」

 急激に力が抜けるのがわかり、慌ててまだ終わっていないと活を入れる。

「よう坊主、姐さんといっしょに帰ってたのか!」

「あっアユムさま、ケガをされたんですか!?」

 領民の集合場所に向かうと、兵士や市民が声をかけてきた。

 二か月ばかり滞在し顔見知りも多い、無事を確認できて意識が整っていく。


「お帰りなさいませ、アユムさま」

 蝋板を手に張りのある声で、家政婦長が避難の指示をしていた。

「あっ家政婦長、遠目ですが煙がのぼっていました! 盗賊が放火をして、火事が起こったのですか!? すぐに水樽を開放しなきゃ……そっそうです、火災訓練の指揮を執って――」

「ええ、遊撃隊に何事か起きたようです。兵に状況を知らせ、類焼を防ぐよう通達しております――アユムさまっ!」

「えっあ……はっはい!」

貴方(あなた)さまがうろたえてどうするのです! 婿らしくドンと構えてらっしゃい!」

 慌てるぼくを心を、大人の凛とした瞳がたたく。

「ゴホン……では取り急ぎ状況の経過と、現況をお知らせいたします」

 煤や泥が手足に衣服に点在していた。だけどいつもと変わらぬ姿勢を見せられ、市民はどれだけ勇気づけられているか。

 若き領主や経験のともなわないぼくでは、到底成し得ぬ年長者の振る舞い。

 落ちつけと自分に言い聞かせ、低く息を吐いて報告に耳を傾ける。

「それ以降ジャーラフさまの、遊撃隊の動向はわかりません。ノルブリンカさまがお帰りになられたのなら、闘技場(こちら)は大事ないですね。領民は今夜このまま、つめておいたほうがいいでしょうか?」

 すでにアマゾネスを襲撃した者は大半が逃げ、ノルブリンカが追撃は街中だけでいいと指示を飛ばしていた。

 確かにこれ以上被害を重ねることはない。

 窮鼠猫を噛む――追いつめられた盗賊が居なおり、逆襲に転じる可能性もある。

「リスク回避にはそのほうがいいですね、衛兵を配置して警備を――…」

「きゃあああっ!?」

「おい……クソっ!」

 別種の騒ぎが起こり視線を追う。襲撃者が逃げるときに火を点けたのか、街中でさらに複数の煙が発生していた。

 右往左往し悲鳴と混乱の声が挙がる。

 先ほどのぼくも同じだったろう、家政婦長に感謝して息を整えた。

「皆さん落ちついて! 繰り返した火災訓練通り、速やかに対処してください!」

 大きく手を打ち鳴らし、できるだけ通る声で記憶を刺激する。

 沢から離れた場所には、水をためた大樽を設置しておいた。避難訓練に合わせ、火災訓練もすでに実地していたのだ。

「防災設備の水樽は把握していますね、各住居区ごとに点呼してグループ行動! 本番こそが練習通り――慌てず! 焦らずです!」

「そっそうだ、以後の延焼を避ける……はっはい!」

報告(ほう)連絡(れん)相談(そう)……よっよし、衛兵集合しろ――っ!!」

 くり返し復唱する姿に、無理やり笑顔を作って送り出す。

「伏兵がいる可能性もあります! 皆さんは必ず衛兵と共に行動してください!」

「はいっ!!」

 家政婦長がほほえまれた気がして、なんだかうれしかった。


 大扉が開かれ、衛兵と連れだった市民が担当地区に散っていく。

 上空からは見ていたけど、あらためて闘技場前の広場に向かい辺りを見回す。

「彼らが……」

 深いケガを負った男たちが倒れている。武器を外して一か所に引っ立て、端から縄で縛られていた。

 街おこしに奔走したアマゾネスに、わだかまる悪意の異物感。

「――っ落ちつけ、今は冷静になれ!」

 ここでぼくがざわついてどうする、上に立つ者は常に感情を押し殺すべきだ。

 家政婦長の戒めを忘れるなと、頬をたたいて胸を張る。

「勝って兜の緒を締めよといいますっ! 夜が明けて安全を確認するまで、最後の踏ん張りどきだと肝に銘じてください!!」

「兜の緒か、なるほどうまいことをいう!」

「さすがは婿さんだ――!」

 ついことわざを叫んでしまい、兵士が脱ぎかけた兜をたたいて笑いが起こった。

 緊張に固まっていた兵士が息を吐き、ぼくはふと違和感を覚える。人垣を追って視線が流れ、意識が集約されていく。

 まだ闇夜のなか、松明(たいまつ)の光が届かない足元に小さな影。

「通してください! すみません!」

 ぼくをみつけ、王冠をかぶった蛇が見上げていた。

「カレシー、おいで!!」

「シ――――~!」

 ぼくが両手を広げると、カレシーが走ってきて飛びつく。

「シ――シ――」

「ごめんカレシー、遅くなっちゃって」

 頬に顔をすり寄せてきて、ぼくも無事を喜び強く当て返す。

 外れてしまったのか、赤いマントを体に巻いていた。不安にウロコをさすってもケガをした様子はない、だけど若干違和感が……。

「あれ? シーちゃんの王冠、少し大きくなってない!?」

 光のかげんじゃない、明らかに輝きも増している。

 体もひと回りたくましくなって――疑問に見つめていると、マントを鼻でつつきつけてくれとねだった。

「シーシ――~…」

「うん、はい……っ!」

 マントを取り、あらためて首元で縛り蝶結びにする。

 楽しそうに鎌首をもたげ、体を振って広がりを喜んでいた。ずいぶんとお気に入りになったんだね。

「みんな! シーちゃんを踏まないでください! 道をあけて!」

「いやシーちゃんはすごい! さすがはアユム卿の()者だ!」

 遊撃隊のメンバー、スコグルとゴンドゥルも現れる。

「赤マント」の二つ名を持つ賢いカレシーは、すでに街の人気者。それにも増してカレシーは見事だったと、口々に褒めて下にもおかない称賛っぷり。

 だけどぼくには聞こえていなかった。

 ジャーラフの気配を確認した途端、意識は一点に集中していたから。

「カレシーは脱皮したんだ」

 振り返らずともわかる、不機嫌なジャーラフの声。

 いつもどおりの声に胸がつまる。ジャーラフは人混みを離れ、半透明の破れた皮を両手で持っていた。

「言いたくはないが命を救われた、その件に関しては――感謝してやる」

 口を尖らし複雑な表情で、皮を手渡そうと歩いてくる。冷静になれと幾度もくり返した理性を、感情が凌駕した。

 ぼくはカレシーを首に巻きつけたまま、ジャーラフに走り寄って抱きしめる。

「にゃっ!?」


「わあああ――――~っ!!」「ええええ――――~っ!?」

 周囲から起きる、歓声と疑問の絶叫。

 それも気にならずジャーラフの体を放し、肩を力いっぱい揺すってしまう。

「ジャーラフケガはない!? 限界を越えたりとか、痛いところはないっ!?」

「おっおい、アユムっ!?」

 返事を待たずに腕や腰や太ももを軽くたたく、ケガをした形跡はない。

 頬を挟んで持ちもう一度間近で見た。少年を思わせる精悍な顔立ち、ウェーブのかかった黒髪には猫の耳が立つ。

 驚きで固まり言葉に詰まって赤面する、困惑できるくらい無事なんだ。

「よかった――っ! ジャーラフ本当によかった!!」

 ぼくはさらに強く抱きしめた。

 嫌だろうけど、ごめんな。

「ごっごめん『風舌(ふうぜつ)』で知らせるつもりが……調子に乗って長距離は使えなくて」

 ぼくの勢いに押されたのか、珍しくジャーラフが戸惑いながら弁明をする。

「いいんだ……これはぼくの気持ちなんだから、『力』を使う必要はないんだ」

 抱きしめたまま答えた。

「飛翔」を使った影響か、今になって膝が揺れ力が抜けてしまう。襲撃の知らせを受けたときの恐怖がよみがえって、へたりこみそうになる。

 心臓が早鐘となり高鳴っていた、ただ……無事を喜んだ。



 ☆



「――ハッ……ハア、ハア……ハア」

 少し遅れてマーラもアマゾネスに到着する。

 胸をわしづかみ滝の汗を流し、息も絶え絶えに周囲を見回した。アユムが使った奇妙な「力」も気になる、だがそれよりも……。

 一度深呼吸し、避難場所とされる闘技場に小走りで向かう。

「こっちだ、一列にならべ――っ!」

「間が空きすぎよ、もっとつめて――!」

 通りの建物が何軒か燃えて煙がのぼっており、消火活動(バケツリレー)の声が響く。

 行動することで受けた衝撃を和らげようとしているのだ。だがふとした気の緩みから感情に浮かび上がり、顔をおおい肩を震わせてしまう。

 煙に包まれた建物を見上げ、目を潤ませ呆然と立ちつくす。

「あっマーラさまも、帰ってきてくれたんすね!」

「えっマーラさま……?」

 気を張れと発破をかけていた衛兵まで、マーラを見つけて明るくなる。

 変な人だけど悪い人じゃない、理解している市民が目頭をこすり――驚いた。

 汗だくで喘ぐマーラの全身から、淡い光がもれていたのだ。

「……どきなさい」

 大量に水の張った大樽を、汗を落としながらも両手で軽々と持ち上げる。

 煙をあげる建物に、コップの水を撒く手軽さでぶちまけた。二階から一階へ――周囲を照らしていた炎が消え、白い煙が立ちこめる。

 空になった樽を放り投げ、止めとばかりにもう一樽ぶっかけ完全に消す。

「おっおお……やっやる――~っ! さすがは因果伯だ!!」

「お手数をおかけして……あっありがとう、ございます!」

 背に歓呼に受けるマーラの表情は、濃い影をまとっていた。

 いつもの笑みが消え、表れているのは深い怒り。


「……っ因果伯!?」

 疑問の声に重なって、数人の男が建物の陰から現れる。

 手には剣や斧を持ち、そうでなくとも明らかに盗賊の気配だった。マーラの姿を目にし、隠れてやり過ごさず飛び出したのだ。

 表情を歪め足を引きずり、痛いのは敗走かケガか。

「けっ……どんなバケモンかと思や女じゃねえか、やっぱハッタリだったか!」

さっきの(・・・・)はいったい何だ? てめえがやったのか!?」

「ちっもういい、このままじゃ腹の虫がおさまらねえ! 殺っちまえっ!!」

 賊の一人が人質を取ろうと、手近の市民に手を伸ばす。

 しかし伸ばした手は、触れることすらできなかった。

「――っえ?」

 漆黒のマントが閃くと、肩と肘の間に関節を増やされる。

「……離れてなさい」

 賊の腕を打ったマントが石畳の上にひるがえり、青黒いコタルディが舞う。

 マーラが幽鬼のごとく逆光に浮かび、襲撃者の前で仁王立ちになった。

「ぎゃああああ――――っ!! 腕があ、俺の腕がああああっっ!!」

「なっなんだおま――…」

 賊が発した疑問を、マーラの足が風を切ってたたき落とす。

「人が枯葉みたいに舞うのを……初めて見た」

 驚愕か恐怖か、居合わせた衛兵がのちに震えながら語る。

 昨日の戦いと五〇キロを走破した疲労がなければ、どうなっていたのか。現れた五人の男は一撃で吹き飛んだ。

 石畳を転がり壁にたたきつけられ、うめき声をあげ大半が気絶した。

「ひぐ……っ!? あっま待て、待ってくれ! わっ悪かった、許してくれ!」

「とっ投降する……っ! 俺らは首領の命令にしたがっただけ――…げえっ!」

 なんとか意識を保った二人の言い逃れも許さず、腹をかち上げる。

 胃液を撒き散らしながら、糸の切れた人形が夜空を旋回して落ちた。

「ひっ……ひいいいい――――~っっ!!!」

 生き残った一人が蒼白となり、悲鳴をあげ後ずさる。やっと理解できたのだ――自分たちが何に、誰に手を出したのか。

 気が収まらないマーラは、折り重なって気絶する賊に「力」を使う。

「封印しておいてと、言ったのに……」

 のちに話を聞いて、アユムは頭を抱えて嘆く。

 アユムはマーラの感情が高ぶっているのを察していた。

 同時に街についていれば止められたのに、おじさんの忠告を忘れ突っ走った自分の責任だと深く反省する。

 心の奥で「よくやった!」と、手を打ってはいたけど……。


炎生(えんじょう)』!

 足元に「カーン」に酷似した文様が浮かび、淡く発光する。

 石畳を蹴り砕き、マーラのハイヒールが青く燃えた。

「全員っ消し炭にしてやる」

「ゆっ……ご、まっま――――~っ!」

 淡々と語るマーラに、腰を抜かした賊が逃げようともがき泣き叫ぶ。

 衛兵や市民は何が起こっているのかわからなかった。ノルブリンカの「邪土(じゃどう)」は何度も見ていたが、「カルマ」自体は知らないのだ。

 悲鳴をあげる賊に近づくマーラを、止められる者はいない。

「えっマーラさま!? マーラさま、やめてくださいっ!」

 彼女の炎がどれほどの威力か、間近で見続けたバンダ意外は。

「もう十分っス、あなたのすばらしい『力』は、こんな奴らにゃもったいない!」

「……こいつらは、それだけのことをした」

 マーラの無表情な怒気。

 バンダも消火活動に参加していて、騒ぎで気がつきマーラの前に立ちはだかる。

「こんな奴らどうでもいいんスよ! 降参してる奴を相手に、マーラさまが――」

 バンダの説得は最後まで続かなかった。

 マーラの張り手が左頬をとらえ、体を半回転させ膝から崩れ落ちる。

 ノルブリンカを下がらせる腕力。蹴りじゃないだけマシ、などと言えない破裂音が焼け跡に鳴り響く。

 鍛冶場で鍛えた体でなければ、無事ではすまなかった。

 賊へつめ寄ったマーラは、足を引かれて歩みを止める。バンダが倒れながらも、青黒いコタルディの裾を握っていた。

 頬が青く腫れ上がり、大量の鼻血が流れ落ちている。


「アユムさまば、自分の得にもだらないのに、皆が喜ぶからやるっでお方なんス。踏んでいただきだいっでのは、正直よぐわからないっスけど……マーラざまど鉄を打つのは、楽しかっだっス」

 旅の仲間だと笑いかけてくれる、奇天烈な貴族――肉の焦げる匂いと音がする。

 燃えるハイヒールに、バンダの手が触れくすぶっていた。

「――バンダ!? 放しなさい、手が! 鍛冶屋の手がっ!!」

「マーラざまァ!!」

 バンダが火傷した手で、屈んだマーラの頬を弱々しく打つ。

 それでもマーラには、十分な衝撃の痛さが広がった。バンダの気持ちが熱い塊となって胸に集まり、全身に広がり満たしていく。

 気がついたのだ、これこそが痛み(こころ)なのだと。

「バンダ……」

 ハイヒールの青い炎が静かに解除されていった。

「マーラさまば人を暖める炎っス! 人を豊かじする炎っス! どうかごんな奴らのせいで、汚れないで下ざいっ!!」

 火傷の痛みに汗が吹き出し顔が歪む。

「マーラざまは、俺の女神様"っス!!」

 視線が交差する、真剣な鍛冶職人の……プロの瞳。

 マーラは目を背けて空を見上げ、深々と嘆息する。再びバンダを見る表情には、呆れたような困った笑みが戻っていた。

「……お世辞言っちゃって、もう」

「へへ……っう!」

 返答に安心したのか、バンダも笑おうとして痛みにうめく。

「バンダっ! いっ今按手(あんしゅ)を、按手(あんしゅ)使うから待って!」

「アン……シュ?」

 マーラの両手が大きく淡い光を放ち、バンダを包んでいた。

「ああっ誰か火傷を冷やす水を! 樽の水は――全部ぶちまけちゃった!?」

 周囲に問う間もあらば、バンダをお姫様抱っこしてアラヤシキまで駆けだす。

 軽々と抱き上げられたバンダの胸中は、複雑だったろう。

「大丈夫バンダ、私がきっと治すから! ごめんね、ごめんねバンダ……っ」

 ありがとう――。



 ☆



 ――ノルブリンカは盗賊を追い返し、気配を探りながら街を見て周る。

 闘技場に戻り皆の無事を確認すると、力が抜けて座りこむ。黄鬼(オーガ)と恐れられた、サンフラワー色のプレートアーマーがうなだれていた。

 安堵し心が落ちつくと、自己嫌悪がわき上がってきたのだ。

親父(おやじ)を批判していたくせに……自分は決断を、怠ってはいなかったか?」

 木柵と空堀では足りないと自覚していた。それなのに抑止力がうまくいったのを理由に、市壁建造を後回しにしてはいなかったか。

 皆が無事だったのは結果論でしかない、誰もが犠牲になり得たのだ。

「襲撃を許したのは領主の、あたしの……せいだ」

 無力感にさいなまれ、心が沈んでいく。

「なに言ってんすか姐さん、あたしら誰も姐さんに完璧を求めちゃいねえですよ」

 急に落ちこんだノルブリンカに、スクルドが呆れ顔で宣言する。グン、ヒルド、ゲイルスコグルに集った兵士、市民も当然だと笑う。

 ノルブリンカは顔を上げずに声だけ聴く。

「だいたい優勝者のワイン取り合って、暴れる領主がどこにいるんですかい」

 スクルド……だって飲みたかったんだもん。

「鍛錬してる端から素手でぶっ倒してったら、練習になりゃしませんぜ」

 グン……だって見てたら体がうずいたし。

「盗賊退治はいいですけど、領主が先陣を切って飛び出すのは危険ですわ」

 ヒルド……だって一番に駆けつけられるじゃん。

「隣の席の肉に手え出すのは止めてください、いやマジで」

 ゲイルスコグル……ってかおまえら言いたい放題だな。

 ノルブリンカの気持ちがなんとなく浮上した。そもそも長い間、落ちこんでいられる性格ではないのだ。


「だけど貴族の残飯(ほどこし)じゃない、あたし(・・・)に用意された料理を食わせてくれた」

 スクルドは懐かしさに目を細める、あれがきっと「食事」と呼ぶのだ。

 異口同音の声があがり、ノルブリンカはやっと顔を上げる。

「姐さんは領主じゃない、欠点だらけだから――あたしらの姐さんなんだ!」

 包帯を巻き痣を作りすり傷に埋まりながら、皆笑っていた。

 ノルブリンカのプレートアーマーが弾け、割れて欠片となり落ちていく。彼女の心情を表し舞い散っていく。

「姐さんは因果伯だ、今回にかぎらずいつ街を離れるかわからない。頼りない妹だけどあたしらが抑止力になって、『家』を守って見せる!」

 スクルドが胸をたたき、周囲の兵士は拳を握って同意する。

「命令系統の一本化、部隊の適切な配置、指令の対応速度――今日の襲撃を戒め、坊主の教えを生かせるよう訓練しましょう!」

 若手の兵士が叫び、新たな目標に瞳が輝き盛り上がった。

坊主(むこ)探しだって、しなきゃなあ」

 グンが混ぜっ返し、離れて騒ぐ集団に目を移す。

 ジャーラフに抱きつくアユムを見て、姐さん振られたなあと笑いが起こる。

「見ててくれ姐さん、汚ったねえガキもおかげで強くなれたんだ! 放っといても大丈夫だっていえるほど、もっともっと強くなるから――なあ皆っ!!」

「ラウレア――ッ!!」

 スクルドの呼応に、地響きのごとき返答が返った。


「王国にひとつくらい、こんな街があってもいいじゃないっすか!」


『王国にひとつくらい、こんな街があってもよかろう――』

 かつて「あの少女」が発した言葉と重り、ノルブリンカは言葉を失う。

 少女の瞳はなにかに抗い、強く激しく輝いて見えた。

 たとえ女性が中心となって運営をする街を造ろうと、「カルマ」を啓こうとも、常識の呪縛からは逃れられない。

 地位、権利、生命――女性の身分は、社会の底辺におかれる時代。

 だがこれより五百年後、この三重苦と戦った盲目の家庭教師が生まれる。

『失敗したら初めからやりなおせばいい、そのたび強くなれるのだから』

 知るはずもない格言を受け、ノルブリンカは膝に力を入れ立ち上がった。

 サンフラワー色の欠片が鳥の巣となり、よみがえったひな鳥が産声をあげる。

「もう一度……何度でも……っ!」

 走り続け抗い続ける、それが彼女の「属性」だったから――。

 ノルブリンカはこの町を領地として受けるさい、長く伸ばしていた髪を切った。

「領主の息女」であるこれまでの自分を断つ。どこに嫁ぐつもりも婿を迎えるつもりもないと、意思表示をしたのだ。

 幸いにも啓いたので、もっと爵位が高くなければ婚姻しないと突っぱねる。

 さもなくばパイプ役となり、すでに子を成していたはず。髪も地位も未来すら、自由を得るために返還したのだ。

「それなのに、こんなステキな家族を持てたんだな」

 ノルブリンカがスクルドに抱きつき、ヘッドロックをかける。

「ね"っ姐ざんっ!?」

「ヒヨッコのくせに、生意気言ってらあ!」

 喉の震えを、ごまかすかのように。



 ☆



 ――カレシーはわき上がる気持ちを持てあましていた。

 なぜかわからないがムカツク……。

 大切な存在が安堵し、心から喜んでいる。それ自体はなにも問題はない、むしろ自分も幸せな気分だ。

 しかし自分以外を抱きしめるのは、それは違うのではないか。

 カレシーは自身の心が揺れ動くのにイラだち、二人を見比べ眉根を寄せる。

――ッジャ(何なんだおまえはっ)!」

「にゃ――っ!?」

 威嚇の振動を上げジャーラフの腕に咬みつく、なにかせずにはいれなかった。

「なにすんだてめえっ!!」

「ジャ――ッ!!」

 総毛立って直立するジャーラフ。本気で痛かったのか目に涙をためて怒鳴るも、それ以上の迫力で叫び返される。

 激しく争う二人に、周囲から止めてくれと願われるもアユムは応じなかった。

 どこかでマーラが賊を吹き飛ばし、驚愕の悲鳴があがる。少ししてから痛そうな破裂音が鳴り響いた。

 ノルブリンカが笑いながら、チキンウィングフェイスロックをかけている。

 足元には痙攣する数人の兵士が横たわっていた。


 奇天烈な少年は周囲の騒動を、しばらくの間ほほえみながら味わう。

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