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M属性 ~嗚呼、あなたに踏まれたい~  作者: 高谷正弘
第二章 港湾都市サーガラ
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六十四夜 脱皮

「まずいな……いや、陽動か?」

 ジャーラフは盗賊団に別行動の兆しを視た(・・)

 中心で指示をしている者のそばから、二十数人が分離し街中に移動する。ほかは変わらず、いやより激しく威嚇してレンガを投げ返していた。

 しかし意識は後方に向いていて、表面だけの騒ぎであるのがわかる。

「――離れてった奴らはどうしてんだ? 逃げ遅れた領民がいたか、ほかに盗賊(なかま)がいて呼びにいったのか」

 ジャーラフは盗賊団の狙いがわからず、スクルドを呼び状況を知らせた。

 人質が取られあるいは盗賊の増援があっては、行動に選択肢が必要となる。

「街の中にはぐれた領民はいない、盗賊の増援もいないな。別動隊の意識は周囲に分散している、近くの建物に手あたり次第入って何かを探してるようだ」

 スクルドはそこまでわかるのかと、ジャーラフに再度驚く。しかもこれは「力」の発端でしかない。

 坊主に無理はさせないようお願いされていたが、今は頼らせてくれと謝罪した。

 盗賊にすれば領民の逃げ遅れがいないと知らないのだから、無駄な動きをしてくれるのならむしろ助かる。

「でなければ目的は、住居からの略奪か?」

 先んじて頭をよぎっており、集った誰もが同意した。だがアマゾネスの市民は、申し合わせたかのように質素倹約をしている。

 金目の物や豪華な家具は、ほとんど皆無といっていい。

「あっ! あたしの使い慣れた鍋、盗られたらむかつくなあ」

「あんな錆びた鍋、盗賊だって盗りゃしねえよ!」

 一部で上がった批判が即座に突っこみをくらう、計らずも笑いが起きた。

 そんな物でもいいから、戦利品扱いしたいのか?

 スクルドは思考するも判断がつかず――…。

「近くの建物に、手あたり次第(・・・・・・)入ってる?」

 そして疑問がわく。


「ジャーラフ! 別動隊は、傭兵の養成所に向かってないか!?」

 アマゾネスで一番大きい建物は養成所であり、街のどこからも確認できる。

 なにか気がついたのか叫ぶスクルドに、ジャーラフは今一度確かめて返答した。

「――いないな、むしろ方向としては逆だ」

 スクルドが理解をしめし、誰もが次の言葉を固唾を呑んで待つ。

 養成所に盗られてやばい物はあったかと。

「盗賊の狙いは領主――姐さんの館に集められた、剣闘士競技会の収益だ!」

 意外というか真っ当というか、全員が微妙に驚き口を開ける。

 スクルドの瞳だけが輝いていた。

「それは盗賊の襲撃があったときに気がついた。だが領民への脅しや奴隷とするのを断念したのなら、なぜすぐに領主の館へ向かわない?」

 住居を漁る必要はなく、行動が支離滅裂である。ジャーラフが代表して反論し、周囲もそうだよなと顔を見合わせていた。

 スクルドだけ面白くてたまらないといった表情をしている。

「略奪目的なら可能性から言って、向かうのは大きな建物――養成所じゃねえか?

 なのに見当違いの建物に潜入している理由はなんだ。

 偵察者は領主の『少し立派な建物』に目星はつけていた。だが慣れない街の中、さらに暗闇に方向感覚が狂い発見が困難になる。

 ――奴ら姐さんの館がどこにあるのか、わからないんだっ!!」


「……っあ!」

「ああ――――~っ!!」

 気がついた者が我先にと大笑いした。

 突如の爆笑に怪しみ盗賊の攻撃が一端止まるほど、お腹を抱えて大笑い。

 剣闘士競技会の収益がどこに納められているのか、人質を取り案内させるか脅して持ってこさせればすむ。

 盗賊にとって領民の一人もとらえられなかったのは、完全に予定外だった。

「さっさすが姐さんっ! これを狙って豪華な館にしなかったとは!」

「言うなバカ――~! 笑いが収まんねえだろっ!!」

「はっ……腹痛え!」

 笑い転げる集団の理由が聞こえたのか、家政婦長がため息をつく。

「ク、クソ女どもが……っ!」

「おいてめえら、やっちまえ――!!」

 笑いの理由はわからずとも、笑われたと察した盗賊の攻撃が激しくなる。

「シ――ッ!」

「おおっと危ねえ、サンキューシーちゃん!」

 折よく飛んできたレンガをカレシーが震えて知らせ、盾で受け笑いが収まった。

盗賊団(バカども)につき合う必要はねえ、だが放っときゃいずれ当たり(・・・)を引かれっちまう。ここまでどうにかやってきたけど、二択を突きつけられちまったなあ」

 領民を守り立てこもるか、収益金を守り打って出るか――。

 誰にとっての幸いか、剣闘士競技会の収益は図らずも高額となり、昨夜のうちに領主の館へと運びこまれている。

 スクルドの挑発が功を奏し、盗賊の意識を闘技場(こちら)へ向けさせていたのだ。

「スクルド……あんた気がついてたのかい」

 問われたスクルドが肩をすくめて笑う。

 集った伝令たちは呆気に取られ注視した。剣闘士競技会優勝者の思惑を、やっと理解できたのだ。

「さって、どうするかね」

 真上の三日月を見上げ、ジャーラフと視線を合わせる。

 領主の館へはまだ距離が離れていても、発見されないとは言い切れない。そして夜が明ければ、確率は格段に高くなるのだ。

 申し訳程度の木柵、ガラスの入った格子状の窓――「少し立派な建物」

「その前にボクのほうか……調子に、乗りすぎたな」

 緊張がとけたせいで気がつく、ずいぶんと「力」を行使していた。

 広範囲を最大限に集中して「視て」いたため、精神に気だるさがある。拳を強く握っても、浮ついた感覚が返った。

「長距離の『風舌(ふうぜつ)』は……もう使えない」

「シ――?」

 カレシーが顔を覗きこんでくる。ジャーラフは自虐の海に沈みそうなところを、自嘲に切り替えてごまかす。

 今は悩む時間すら惜しい。


「でも無茶しても……姐さんは金より、ウチらの安全を喜ぶんじゃないっすか?」

「だよなあ、金を持っていかれるのはしゃくではあるけど」

 伝令たちが眉をひそめながらも安全策を講じる。

 それでよかったんだと、豪快に笑い飛ばしてくれる領主の顔を浮かべた。

「――このさい問題は、もう銭金じゃねえ」

 スクルドの意外な言葉に、皆が注視した。

 剣の柄に手をかけ、盗賊に対応している兵士を頼もしく見渡す。

「アマゾネスは盗賊の略奪を許した――そんな噂が流れてみろ、因果伯や傭兵所の抑止力なんざ意味がなくなる」

 そしてそれは、姐さんが造りあげたこの街の否定となる。

 流した汗も培った時間も、すべてが破壊されるのだ。

「それだけは許されない、あたしらは一度だって……負けちゃいけないんだ!」

 皆は再度緊張し、ことの重大さに喉が鳴った。

 出身も暮らしも違う女たちが集まって、誰もがかけがえのない故郷となった街。

「だったらこっちから打って出よう! 奴らも無傷なのは減ってる、数から言えば負けっこないよ!」

 あたしらは煉瓦を作れない、養蜂もできないし服を繕えるほど器用じゃない。

 けど剣を振れる、体力だけは自信がある。このときに備えた苦しい訓練だった、役に立てるこの身が誇らしい。

「皆の危機に体を張れないで、なにが傭兵だっ!!」


 盗賊百五十人VSアマゾネスの兵士百人――。


 ケガをしていようと男性の体力に筋力、戦争の経験がある元傭兵。犠牲は前提の戦いに、伝令たちは覚悟を決める。

 スクルドがジャーラフを見ると、察して答えた。

「残って威嚇してる奴らに、戦意を保っている者は少ない。収益金を盗りさっさと逃げ出そうとする気配すらある。

 首領すらこちらが守りを固め、大扉を開けないと判断している。

 せっかく得た地の利を捨てはしないと。ゆえに打って出れば心理の裏をかける、多くの賊を討てるはずだ。

 怖気づいた奴が逃走すれば呼応して拡大し、それだけ被害は抑えられる。だから問題となるのは、この別動隊を――…」

「? よし、サンキュージャーラフ!」

 ジャーラフの言葉が途切れ、スクルドが首を傾げながらもうなずく。

「なに、どうしたって勝つのはわかってんだ」

 顔の傷がゆがみ笑みを形作る。

「おまえら剣闘士競技会で婿さんに指揮されたんだろ。チョーダの変形つったか、相手を手玉に取る……三匹の蛇だ!!」

「そっそうだ! 盗賊団相手に、あの余興の再現だ!」

「今度も婿さんに習い、誰一人かけることなく完全勝利してやる――っ!!」

 伝令が拳を振るって盛り上がる、そのなかでジャーラフだけ目を伏せていた。

 ナインメンズモリスの大銀貨(コマ)が投石を受け、一枚だけ離れている。状況を閃き、頭に浮かんだ部隊の配置案。

 だけど心理的に、それ(・・)が適しているとは認められなかったのだ。

「アユムが話してた部隊行動……でもだって、ボクの『力』はすべて……っ」

 体の感覚が鈍くなっていた。

 スクルドが闘技場に残り、過客を守る人数の検討をしている。強制的な二択に、打って出る判断を下したのだ。

 ジャーラフは知らずのうちにシューズをなで、アユムとの記憶をたどっていた。

 まっすぐに見つめてくる、ヴィーラ殿下とよく似た瞳。

『――どうかこの子だけでも、助けてください!』

 なんであいつは、いつもいつも……。

『――殿下も盗賊の襲撃を知ったら、守れとおっしゃるんじゃないかなあ』

 バジリスクのときも盗賊を撃退したときも、勝手な行動ばかり……。

『――アマゾネスをまかせられるのは、ジャーラフしかいないんだ!』

 黙れバカ――!!


「ボクが遊撃隊となり、別動隊を討つ!」

 ジャーラフは不機嫌な顔で、三択目を告げた。



 ☆



「なっなんだオイ――ぎゃあ!」

「うぉ……クソっ!」

 闘技場の大扉前。

 破城槌が失敗し、盗賊に攻略する様子はなかった。そこへ両端の届く範囲から、突如大量のレンガが撃ちこまれる。

 本陣で油断していた賊が数人、体を押さえうめく。

 収益金の発見報告を今かと焦れていた首領は、この集中攻撃に激昂した。

「ちょっ調子に乗りやがって! おいてめえら、ボサボサせず斬りこめ――っ! なにをトロトロとレンガを投げ返してやがんだっ!!」

 兵士を釘づけにする指示が一転し、反撃命令へと変わる。疑心暗鬼の目的変更、盗賊の首領は作戦の一貫性を失っていた。

 すでに戦う意思が薄れていた賊は、それでも命令に従い対応する。

「――っいくぞ!」

 盗賊の意識が大扉前から両端へ移行する――間隙を縫って、三つの影が走った。

 即座に大扉が閉められ、再び(かんぬき)が降ろされる。賊は一人として走った影をとらえておらず、大扉が開いたのすら気がつかなかった。

 たとえどんなに巧みな陽動であっても、敵中の突破は不可能である。

 意識の方向を「視る」、ジャーラフ意外は。

「ついてこれるか!?」

 夜目が利くジャーラフは、松明(たいまつ)も持たずに暗闇の路地を疾走した。

「この街なら、目をつむっても走ってみせるさ!」

「問題ありませんっ!」

 杖を持つ兵士――ゴンドゥル。

 揺れる髪の兵士――スコグル。

 ジャーラフは闘技場から突出し、遊撃隊となる提案をする。盗賊は因果伯の影に脅えている、女だけの街を落とせない理由だと。

 そんな状況でもし、別動隊が帰ってこなかったら?

 街の陰に飲まれた賊仲間が「何か」によって排除されれば、疑惑と恐怖は奴らにひとつの選択を突きつけるに違いない。

 命を惜しんでの撤退。

 収益金を狙う別動隊の居場所を探し、報告を出させず極秘に討ち取る。

 それは「月の瞳」を持つ自分しか果たせないと。


「――面白えっ! 乗った!!」

 スクルドは三択目にいたく賛同し、自分もいくと譲らなかった。立ち向かい戦うのが彼女の性なのだ。

 しかし周囲がどうにか押し止める。

「剣闘士競技会優勝者のあんたが! ここをまとめないでどうするんだ!」

「大将は陣地でドンとしとくもんだぜ、ここはウチらにまかせときな!」

 先ほどの機転も合わせ、すでにスクルドは誰もが認める大将。

 強さが信条の兵士、アユムくらいの例外でなければ従う者はいない。スクルドは景気づけにかぶった、サンフラワー色の兜を挟み持つ。

 優勝を悔やむ日がくるとは思わなかった。

「仕方ねえ……だがジャーラフ独りでいかせるわけにはいかない。万一があったらあたしは、坊主に死んでお詫びしても許されない!」

 そこで準優勝のスコグルと、ゴンドゥルの二名は同行させろと捻じこんだ。

 アマゾネスにおける精鋭である。

 だがジャーラフは難色をしめした。状況的に隠密行動が原則で返り討ちはマシ、人質とされ交渉のコマ扱いされるほうが問題なのだ。

「捕らえられた場合、自らを処分する覚悟がいる」

 それでもやるかと。

 スコグルは震えながらも了承し、ゴンドゥルは生真面目に胸を張る。

 ジャーラフはため息をつき、折れるしかなかった。

「闘技場には指示が送れなくなる、守備を固めて期待はしないでくれ」

 盗賊の出方次第では、闘技場(こちら)が主戦場となる可能性が高い。残された皆にしてもけっして楽な状況ではない。

 隊長も二名抜ける、危険度が増すのを言葉を濁さずしめした。

「本来はあたしらだけで戦うはずだったんだぜ、そこにジャーラフがいてくれた。女神の寵愛意外のなんだってんだい!」

 盗賊の接近を知らせてくれなければ、領民にどれだけ犠牲者が出ていたか。

 ジャーラフには感謝してもしきれない恩がある。

「シ――~?」

 意識の変化を察したのか、カレシーが顔を覗かせ周りを見回す。

「おっとシーちゃんにも、ちゃんとお礼を言っとかなきゃな」

 腰を屈め頬をさすると、気持ち良さそうに目をつむった。緊張のなか灯った数舜の暖かさに笑顔が重なる。

 ジャーラフは目で合図し、二人をともなうと大扉に歩きだす――。



「なあ……首領(かしら)の様子、変じゃなかったか?」

「ハナから怒りっぽい奴だったが、あっこまで話が通じねえほどじゃなかった」

「いいからさっさと金を盗ってずらかろうぜ、この街気味が悪いや」

 闘技場から叫び声が響く街の中。路地裏の影にひそむ三人の前を、松明(たいまつ)を持った別動隊二十数人が通りすぎた。

 愚痴と非難を口にしながら、複数の建物にわかれて入る。

 なんの危機感も持っていない。隠れてる奴がいても女だ、どうにでもなると高をくくっていたのだ。

「手前の建物に二人、まだ二階で漁ってる……いけるか?」

 ゴンドゥルに指示を出すと、無言で杖を握りしめた。

 ジャーラフと違い二人は気配を消せない。だが賊は階段の裏にひそむ影に気づくことなく、文句を言いながら降りてくる。

「ぐ……っ」

 後ろを歩く賊の延髄を杖で殴ると、鈍い打撃音が室内に響く。

 賊の大多数が元兵士であり、チェインメイルや革鎧を着こんでいた。隙を突いて行動不能とするには、剣で斬るより打撃武器のほうが有効なのだ。

 なんの予告もなく突如の攻撃に、賊の意識は叫ぶ間もなく一瞬で霧散する。

「ん、あっ?」

 前を歩く賊が音に振り返ったのに合わせ、スコグルが頭部を打つ。攻撃の初手はゴンドゥルにまかせ、スコグルは次点の補佐と最初に定めていた。

 命令の単純化は混乱に勝ると、アユムから指導されていたのだ。

「よしっまかせろ! ……っ!?」

 ゴンドゥルが気絶した賊をあお向けにし、腰の短剣を抜きためらう。

 チェインメイルが胴体部はもとより、首元も隠していたのだ。

「盗賊をボコるのは見せしめの意味もあります、命まで取っては……」

「わかってる! しかしこいつらは……っ」

 スコグルの戸惑いにゴンドゥルが言い淀む。止めを刺す――生命を奪う行為に、迷ったせいもある。

 ジャーラフのおかげで死者こそ出ていない。

 だがアマゾネスを襲撃し街を踏みにじった盗賊に、怒りが収まらないのだ。

「おいゴンドゥル、よせ」

「いややる、やらせてくれ! こいつらは許しておけないっ!」

「違う、無駄な体力を使うな。奴らが異常に気がつくまで、どれだけ数を減らせるかが決め手なんだ」

 精神の疲労は肉体にもおよぶ。

 ジャーラフは体に巻いた黒い紐を外し、何束かを二人に手渡す。迷いのない青い瞳に息を吐き、手早く縛って物影に隠した。

「次にいくぞ」


 小用かふいに路地に入った賊を、横合いから組み伏せる。遅いと呼びにきた賊を路地に引きこみ絞め落とす。

 ゲリラ戦は迅速さが重要。

 影にひそみ賊のあとをつけて拘束し、次々と戦果を挙げていった。


 別の建物の一階、奥に二人手前に一人。

「奥の左はボク、右はゴンドゥル。ボクが飛びこみ、意識が向いたら入り口の賊をスコグル……頼む」

 スコグルが了承し、鞘のまま剣を構える。

 ジャーラフが影のごとく走り、入り口にいた賊が驚く。声を発する前にスコグルの剣が頭部に決まった。

 鞘のまま殴り、打撃武器としたのだ。

 ジャーラフが賊の肩をたたき、振り返る(あご)先に掌底を見舞う。ぐらりと体を揺らし膝から崩れ落ち失神する。

 ゴンドゥルも延髄に杖を打ち倒していた。

「やるなあジャーラフ、確かにあんただけでもいけそうだ!」

 手際のよさにゴンドゥルが称賛し、スコグルも何度となくうなずく。

「残念だが戦っていては、広範囲を『視る』ことができない――上からくるぞ」

 賊が何事かぼやきながら階段から降りてくる。

 倒れている仲間に驚く前に行動不能にした。ジャーラフは二人に縛るのを頼み、意識を集中して「視る」と残り十六人。

『遅えなあいつら、なにさぼってんだ!』

 離れた場所でイラついている賊の声が獣耳にだけ届く。ここまで減らせば異常に気がつく者もいる、なにより領主の館が近づいていた。

 そして闘技場では、散っていた賊の光が数か所に集まっている。

「闘技場にいる奴ら、何かをたくらんでるな……」

「ジャーラフさま、隠せる物影がないので互いを結んでおきました」

「あれなら気がついても、自由には動けないだ……ろ、う」

 淡く発光する見慣れない文様に、手をはたいて報告にきた二人が驚いた。

風舌(ふうぜつ)」――特異な「力」を啓く、因果伯の姿。

「よし……急ごう」

 集中を解いたジャーラフが虚空を見上げて眉根を寄せる。

 ゴンドゥルとスコグルは状況の悪さを理解した。だがこちらも放置はできない、別動隊を殲滅せねば作戦自体が瓦解する。

 闘技場に残った仲間を信じ、歯を食いしばって焦りを押しこめた。


 領主の館の隣と、向かいの建物へ賊が侵入していく。

 数人になったところで、フードの女性が道を横切ろうとしてつまずき倒れる。

「きゃ……っ」

 賊は小さな悲鳴に気がつき、下卑た口笛を吹いた。

「嬢ちゃん逃げ遅れたのか? 怖がるこたねえよ、こっちきな」

「――っ嫌、こないで!」

 女性は震えて足を引きずり、家の扉をたたくも焦ってうまく開かない。

 賊は半笑いを浮かべて早足に追いすがる。

「オイ、手間ァ取らせんな!」

「まあ待て怯えてるじゃねえか、皆のいるところに連れてってやるよ」

 やっと開いたとばかりに女性が建物に入り、室内の闇が正体を浮かべた。

「四人――」

 フードからジャーラフの青い瞳が輝く。扉の影に控えていた二人が指示を受け、武器を構え息を殺した。

 ジャーラフは暗い部屋の奥、扉の対面まで逃げて腰を抜かし座りこむ。

「なあ嬢ちゃん、大人しくしてりゃあなにもしねえって」

「この街の住民か? 聞きてえことがある、領主の館ってのは――」

 賊の一人が松明(たいまつ)を持ち、剣をちらつかせながら順次入ってくる。

 三人目までがジャーラフを囲むと、四人目は逃走に備えてか入り口で止まった。

「めんどくせえなあ、殺っちまったほうが早え……オイっ!?」

 とっさの判断――視線を向けられたゴンドゥルが杖で脇腹を突く、返す刀で顎を打ち上げ昏倒させる。

 三人目はスコグルが打ち倒したが、残り二人は打撃と倒れた音に気がつく。

 振り返る一人目の首に革紐を巻きついた。ジャーラフが背後を取り、背負い投げで頭から床にたたき落とす。

 ゴンドゥルの杖が二人目の鳩尾、スコグルの剣が肩に決まるも一手遅かった。

「なん……だあってめえらあ!!」

 二人目が苦痛にうめきながら叫んだ。血管迷走神経反射でも起こらないかぎり、腹部への打撃で気絶にはいたらない。

 数人が仲間の叫び声を怪しみ、何事かと意識を向け走ってくる。

 建物から出てきた偵察が見回し、松明の光を反射するガラスの入った格子状の窓――「少し立派な建物」に気がついた。

 一瞬口を開け、隣を指さして叫ぶ。

「ここだっ! 領主の館はこの建物だ――っ!!」


「ちっ……見つかったか」

 呼吸困難で喘ぐ二人目に杖を落とし、ゴンドゥルが苦渋の表情を見せた。

「あと十二人だ」

 賊の松明(たいまつ)を消しながらジャーラフが告げる。多数に挑むのだ、残りの人数がわかるだけでもありがたい。

 外の賊は仲間を見にいくべきか、領主の館に向かうべきか逡巡していた。

「ボクのあとに続け。ゴンドゥルは領主の館横、スコグルは向いの路地だ」

 一対多の場合、左右後方に回りこまれない場所が重要となる。

「ジャーラフさま!?」

 スコグルが疑問の声を上げた。ジャーラフの鎧は黒いレザーの紐で、それも縛るのに使い肌が部分的に見えている。

 短剣すら持っていないのは、無駄のない姿を見ればわかった。

 隙を突くのならともかく、正面からの戦いに備えているとはとてもいえない。

「気持ちはありがたいがね、あんたまで命をかけなくていい。こっからはあたしらだけでいく、これまでの力添え心より感謝する!」

 ゴンドゥルが杖を握りなおして笑い、スコグルを見つめる。

「はい! この身が果てようと、斬って斬って……斬り続けてみせます!」

「我らが、姐さんに……っ!」

 若い兵士の震えは消えていて、二人は笑い合う。闘技場で皆と別れをかわした、心残りはもうない。

 覚悟はとうにできていた。


「……勘違いするな、ボクはヴィーラ殿下に永遠の忠誠を誓ってる。脅威が迫ったときに領民を守るのは義務だ」

 ジャーラフの青き瞳に、ひと筋ナイフの光が放たれる。

 漆黒のマントが闇をまとって現れ、ゴンドゥルとスコグルは圧倒されていた。

「ジャ、ジャーラフ……さま?」

「因果伯として当然だ、礼なら殿下に言え」

『毎日ありがとうジャーラフ!』

 想い浮かんだのは黄金色の髪の少女ではなく、屈託なく笑う少年だったことに、ジャーラフは気がついていただろうか。

 迷いもなく建物から疾走し、影も残さない速度で跳ねる。

 月夜に本気で走る彼女をとらえるのは、何者にも不可能ではないか。第二関節で握り猫の爪――「バグ・ナウ」が鈍く光った。

 慌てて二人も飛び出す。

 賊の松明(たいまつ)四つがほぼ同時に消され、犯人の影すら誰も追えない。

「すっげえ――っ!」

 ゴンドゥルが闇のなかを駆けながら、状況も忘れ感嘆する。

「えっおい火が!」

「なっ……なんだ今のは!?」

 場に混乱の罵声があがった。三日月の夜ならば真の闇とはならない、道に立っていれば人影となり浮かび上がる。

 路地の闇に隠れ、ゴンドゥルとスコグルは人影を見るたびに突きこんだ。

「おいっ! 誰か松明を――ぎゃっ!」

 暗闇から突如殴られ斬られる、致命傷にはほど遠いが恐怖が勝った。

 叫び声が混乱に拍車をかける。

「落ちつけよバカ野郎っ!」

「うるせえ誰がやった!? 俺に近寄るなあ!!」

 賊は剣を抜き放ち、むやみやたらと振り回し仲間の血煙をあげた。

 闇夜に疑心暗鬼が浮かび、近づく者に剣を振り同士討ちの様相を見せる。罵声と誰何(すいか)の声が重なり、パニックとなるのに時間はかからない。


「ちくしょう火が……これじゃあどうしようもねえ、なんかねえか?」

 種火を持った賊が建物に入り、明かりにと手探りで火を放つ。

 寝ワラがシーツに燃え広がり、壁に伝わり見る間に炎となった。なにかが倒れ、陶器の割れる音が重なる。

「うおっっ!?」

 恐怖の叫び声があがり、一面が明るくなった。谷間を駆ける風にあおられ、炎は瞬く間に混乱する者たちの眼前へと迫る。

 生物としての恐怖に、性別関係なく思考を停止させた。

 混乱のなかゴンドゥルとスコグルだけ一瞬早く立ちなおる。住み慣れた自分たちの街に似つかわしくない、盗賊の異物感。

 路地より見える範囲の賊を打ち据え、斬り裂いて血煙が舞う。

「痛えっ! このクソアマァ殺してやる!!」

「こっちにもいたぞ! 見せしめだ、血祭りにしろ!!」

 賊はやっと敵が確認できたのだ、路地にひそむ女兵士二人(・・)

 今までいいようにやられた恨みを晴らすべく集まる、だが狭い路地に対応できる人数はかぎられていた。

 しかも全員が同士打ちの末大小のケガを負っており、イラだちに拍車がかかる。

「女のくせしやがって、男の戦いに首を突っこむな――っ!!」

 ――傭兵として雇われるも負け戦で逃げ出し、盗賊に身をやつす。

 当初は手が震えた悪行にも動揺しなくなり、腐臭は嗅ぎ慣れて気にならない。

 俺らは地獄(ゲヘナ)に投げこまれ、業火で焼かれ続ける。だが死ぬなら戦場で、敵と剣をまじえてでなければならない。

 名も知らぬ田舎でわけもわからないまま、女に殺されるなど許されない――。

「戦場は女子供の遊び場じゃねえ! 引っこんでろっ!!」

「寝言は地獄でほざきやがれっ!!」

 朱に染まった杖を振るい、炎に浮かび上がったゴンドゥルが咆える。

 暗闇の不安から一転、目の前に炎が広がり……人は狂気に酔う。

「ぐあっ!?」

「なにして……ぎゃあっ!」

 路地につめかけていた賊数人が突如叫び、剣を取り落としてもだえる。

 女兵士を斬ろうと振りかぶり、前のめりに倒れて昏倒。見れば腕や足を押さえ、ほかにも数人倒れうめいていた。

 賊の間を影が縫って走ると、苦痛の怒声が増えていく。

「おいどうなってやがる、どっから狙われた!?」

「知るかよ! てめえの剣が当たって――があっ!」

 目の前の仲間が突如膝をつき、疑問は恐怖へと塗り替えられた。

 ジャーラフは気配が読め、対象者の意識の向きもわかる。裏をとって防具の隙間を狙い膝裏を挫き、無力化していたのだ。

 しかし所持する武器が剣かクロスボウかまで、把握できるわけではない。

 ましてや錯乱し、狙いもつけず闇雲に放たれた矢の軌道まで読めない。ただその射線上にジャーラフがいたのだ。

「どっどうなって、なんだクソぉ! わあああっっ!!」

 賊のわめき声と発射音が重なる。

 風切り音が自分に向かっているのを、ジャーラフは一瞬あとに気がつく。

「ジャーラフさまっ!!」

 燃える建物に照らされ、スコグルが真っ青になって叫ぶ。


「カっ……カレ……」

 クロスボウの矢は、ジャーラフに届かなかった。

 喉元寸前でカレシーがインターセプトしていたのだ。

 遅れジャーラフの心音は最大限に上がり、背に滝の汗が吹き出た。九死に一生を得たのだと理解する。

 カレシーの小さい牙が矢に刺さり、軽々と噛み砕く。

 二つになった木片がゆっくり舞い落ちた。どこか遠くで、炎の爆ぜる音がする。

 そこにいた誰もが睨まれた蛙となって、カレシーから目が離せない。表情のない小さき「蛇の王」の、輝く緑の瞳に見据えられていた。

 カレシーは怒っていたのだ。

 いつも自分を見てくれる、優しくなでてくれる。深い瞳で語りかけてくれる大切な存在から、守ってとお願いされたのだ。

 こいつは別にどうでもいいが、今だけはなによりも優先される。

 されなければならないのに、危害をくわえる輩がいるのだ。


 カレシーは激怒した。


「ハァ――~…ッ!」

 威嚇に重なり、カレシーの口内に見慣れない文様が浮かび淡く発光する。

 ジャーラフの青い瞳は、瞬く輝きをごく間近でとらえた。それは「王の属性」、O属性をしめす「カルマ」の文様。

「ジャッ!!」

 振動が地を伝わって波打ち、空気が緑の衝撃となってアマゾネスの街に広がる。

 すべての生物の体をたたき、波紋となって通り抜けた。

「……カ、カレシー?」

 ジャーラフが恐る恐る問いかける。

「何か」が起こったのだ、だが今のはなんだ!?

 異変は静かに、だが確実に起きていた。

「ジャーラフさま――…っこれ!」

 スコグルの困惑した声はすぐに理解できた。なぜか賊だけが一人残らず、金縛りにあっていたのだ。

 炎が照らすなか、驚愕と困惑の表情を張りつけ石像のごとく立ちつくす。

「まさかカレシーが……『カルマ』を啓いた!?」

 敵対する者にだけ「綺人(きじん)」で動きを封じた!?

 属性を――「力」を知る者だからこその動揺。

「スコグルっ考えるのはあとでいい! 今が好機と力の続くかぎり殴れ!!」

 ゴンドゥルが手近の賊の顔面を打ち砕く。賊は叫び声すらあげられず震えながらもなお立っている、倒れることもできない。

 杖を返し二人三人と、無造作に据え物打ちしていく。

「はっはい!!」

 スコグルも剣を構え、アユムさま直伝とばかりに機動力を――足を狙う。

 動けぬ賊たちの胸中は恐怖で満たされていた。殴られ斬られているのにうめき声もあげられず、なぜかかたくなに従ってしまう。

『動いてはならない!』

 ジャーラフは表情の読めないカレシーの横顔を凝視する。

 バジリスクが肉体強化をおこなった節があると聞いた。だがそれは「蛇の王」の特性であり、「カルマ」とは断定できないと。

 しかしもし魔獣にも「属性」があるのだとしたら?

 魔獣の縄張りか気配かはわからない、だがカレシーは狼や猛獣を遠ざけていた。

 もしかしたら無意識に、「力」を使用していたのでは?

「シ――~?」

 ジャーラフの視線に気がついたのか、カレシーが小首をかしげる。

 ウロコに薄く亀裂が入り、淡く発光していた。



 ☆



 闘技場の戦闘は熾烈を極めだしている。

 盗賊はようやくアマゾネスの手ごわさを認め、攻城戦として対応。裏手で支柱と木材を組んで梯子(はしご)を作り、数か所から一斉に攻略してきたのだ。

 ほとんどは倒し退けたが、白壁上の柵が部分的に破壊された。

「見ろよっ! 本気になりゃあ、なんてこたあねえんだ!」

「クソ女どもが調子に乗りやがって、片っ端から斬り殺せ――っ!!」

 盗賊は後手に回っていたぶん、この成功で勢いに乗り殺到する。やっと真っ当な(・・・・)戦いとなったことに、安堵すらしていた。

 だがアマゾネスの兵士とて、尻ごみする者は一人としていない。

「見ててください、姐さんっ!」

 一気呵成に叫び盾を構えて突進。剣が甲冑が衝突し、鈍い打撃音と激しい怒号が闘技場の壁で乱反射し合う。

「なっんだこいつらの鎧、けっ剣を通さねえ!」

「感謝するぜ――っ婿さん!」

 市民が過客を避難させ、斧や薪を構え盾となり前に出た。

「過客を守りな! 姐さんに恥じィかかすんじゃないよ!」

 全体指揮を執っていたスクルドが駆けつけるか逡巡する。梯子はほかにもあると報告を受け、一点に集中するわけにはいかなかったのだ。

『奴ら数か所から斬りこむ気だ、ロープではなく梯子に注意しろ』

「ちっ……せっかくジャーラフが伝えてくれたのに、対応しきれなかったか!」

 一部でさらに喧騒が起き、スクルドが檄を飛ばす。

「てめえら今こそ胸を張れっ! こっからがアマゾネスの生きざまだぞっ!!」

我らが姐さんにっ(ラウレア――――ッ)!!」

 スクルドが兵たちに向きなおり、大将さながら剣を掲げて吠えた。四人となった隊長と兵士市民が全員、天にこだまする雄たけびをあげる。

 呼応するかのように、奇妙な衝撃が体をたたき通り抜けた。


「っな……んだ、今の?」

「何か」はわからない、海に飛びこんだら空だった……そんな一瞬の異質さ。

 辺りに視線を巡らすと、見渡すかぎりの賊が停止している。今まで剣を振っていた賊も構えたまま固まり、低くうめいていた。

 まさしく「石化」していたのだ。

 突然のことに理解が追いつかず、兵士は隣と顔を見合わせ汗を落とす。

 疑問や困惑で決断がつかない静寂のなか、さらに上空から何かが降ってくる。

「なんだあれ……っ避けろ――っ!!」

「え……っええ、わあっ!?」

 何かが石畳に墜落し、振動と土砂が舞う。

 ふくれ上がった土埃がおさまる前に賊が一人ふっ飛ぶ。線を引いて家に激突し、壁に黒い風穴を開けた。

「……っ今度は、なんだあ!?」

「まっ待って、ねえあれって――っ!」

 何事かと注視されるなかを、影が歩いて出てくる。

 現れたのは妙な光沢を放つ、サンフラワー色のプレートアーマー。甲冑と呼ぶにはいささか苦しく、体に張りついたボディスーツに近い。

「姐さんがきた――っ!!」

「――待たせたな、ヒヨッコどもっ!!」

 淡い光があふれ月に輝く姿は、まさしく神に等しかった。

「さっきの石化は、姐さんが? まっなんでもいいや、おいてめえら何してる! 寵愛どころじゃねえ、女神ご本人の降臨だぞ!!」

「うおおおおおおお――――~っっ!!!」

 スクルドが鼓舞か確信か、鬨の声をあげる。

 勝鬨(かちどき)に近い雄たけびが続き、長時間の戦闘を物ともせず兵士に力がわく。

 女神(ノルブリンカ)の神託――。

「全員っ!! ぶん殴れ――――っっ!!!」

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