六十一夜 騎士
「こっ……この霧はいったい、アユム卿――っ!?」
アユムとサーランバ卿の戦いは、ほぼ一瞬でついていた。
濃霧におおわれ状況が理解できず、サーランバ卿の焦りが増す。盾を構えアユムがいた場所に突進する。
剣で打ち合うしか頭になかったのだ。
だがつまずきつつ走ろうと、あの奇天烈な服はどこにも見えない。
「アユム卿はどうやってこんな……いや、なぜこんなことを!?」
疑問に答えてくれる者はいない。
己だけ取り残された、先の見えない真っ白な世界。
「――ゥ……ヒュゥ……」
ふいに、風を切る音が聴こえた。
草笛にも似た旋律は一定のリズムでくり返され、心の不安が増幅する。
「……アユム卿?」
「ヒュン、ヒュン、ヒュン……」
どこから鳴っているのか、霧に阻まれ距離感と方向が把握しづらい。
草笛は止まずさらに強く響く、動悸が早くなり力をこめすぎた手が痺れてきた。
「アっアユム卿――っ! 正々堂々と、戦ってくださいっっ!!」
力のかぎり打ち合って負けるのならば本望。憧れ嫉妬したアユムに、騎士として立ち向かいたかったのだ。
そんな覚悟を拒否するかのように、上空から剣が降ってくる。
右斜めに放り出された「それ」を、最初は理解できずに戸惑う。近寄って見る、やはり彼が佩刀していた剣だった。
「剣を捨て……アユム卿っ!?」
「ビュンビュンビュン――…」
疑問の叫びに草笛の音が重なり、光の輪が瞬く――。
「空気を『凝縮』させる……濃霧、どうやらうまくいった。因果伯が『独自の術』を啓くさいに提唱するのも、よりイメージしやすいからだろうな」
綿さながら、握ってしまえそうな白い霧。
『賊や追いはぎはそういった心の隙間を狙う、気をつけろ』
アユムは歩きながら、ジャーラフの言葉を振り返っていた。
心の隙間、人は周囲が見えなくなる瞬間がある。集中しているとき、怒りに我を忘れているとき……心が支配されているとき。
「サーランバ卿が納得できるまで、打ち合うべきだったのか」
彼がそれを望んでるのはわかっていた。ウールドやバクティ卿からも剣の訓練は受けており、ある程度は相手を務められる。
だがそれとて絶対に正しいともいえなかった。
己で解決しないといけない選択は数多くある。騎士の想いがわかるわけはなく、わかると答えられるほど人生経験が豊かでもない。
「他者の人生に責任を持てる者など、いようはずもないけど……」
自問し自答し、答えの出ぬままに歩くほかない。
『全力で、相手をしてやってほしい!』
ノルブリンカの瞳に、アユムはあえて剣をまじえぬ方法を取った。
先読みや心理戦――それがアユムの使える、唯一の「全力」だったから。
霧の先にサーランバ卿の影が薄く見えてきた。足に細い紐が幾重にも巻きつき、倒れてもがいている。
アユムは霧を発生させたあと、後方に下がった。
両手の手袋に中庭の土をつめ、紐で編んだリストバンドをほどく。紐はあらゆる行動の補佐に役立つ、防犯グッズとして仕込んでおいたのだ。
霧のなか叫び声でサーランバ卿の方向を知り、剣を投げ距離を測った。
両端に手袋の重り、真ん中に「組み立て式簡易五徳」の輪を繋ぐ。輪に指をかけ回転させ投擲すると、重りと遠心力で標的の脚や体に絡みつく。
狩猟用武器――「ボーラ」である。
「技術の革新、これも科学者のジレンマかなあ」
「――あっ」
少年から誰も理解できない、奇妙な苦笑が発せられた。
アユムに気がついたサーランバ卿が絶望の表情を浮かべる。なんとか足に絡んだ紐を切ろうと、剣で挽き突き刺した。
だが束ねられた細い紐は異様に硬く、一向に切れる様子がない。
それは防弾チョッキや補強材に使用され、太さ一ミリで四五〇キロを吊り下げる最高レベルの有機線維――「ザイロン」である。
試合用の刃を潰した剣で、容易に切れはしない。
「まっ待って……まだ! だって――そんな……っ」
まだ一合も打ち合っていないのだ。これで終われるわけがない、そんなつもりで挑んだ試合ではなかった。
皆で歯を食いしばり、騎士となる夢を見たのだ――。
アユムが自分の剣を拾いあげ、倒れているサーランバ卿に鞘のまま突きつける。
霧の影となりアユムの顔は見えなかった。
サーランバ卿は荒い息のなか肩を落とし、自分の負けを悟る。
「うおおお――――~っ! こっこれが因果伯の戦いかあ――っ!!」
「魔獣の討伐をなさる方々は、こうでなければならないのだな!!」
「なにも、見……終……っ」
――霧が吹き飛ぶ。
複数の松明が辺りを照らす騎士学校の中庭に、生徒の大歓声がわいた。一階から幾分残念な悲鳴もあがってはいたが……。
三者三様の決着がついていたのだ。
勝ちを受け入れられない、肩を借りて歩くノルブリンカ。
負けたのが信じられない、余裕で肩を貸すプリンス。
勝ちを受け入れられない、ボロボロで落ちこむダーナ卿。
負けたのが信じられない、すっきりした顔のマーラ。
そして絡まったザイルを、どうにか解こうとしているアユム。呆然と座りこみ、頭を下げるサーランバ卿。
ほかはどうあれ、「主役」の勝敗は明らかだった。
「サーランバ……」
二階の廊下で見ていた、サーランバ卿の同期たちもうなだれている。
しかし同期の何人かは納得できていなかった。見難いが上から状況は把握でき、そして紐が解かれていて確信する。
「サっサーランバは負けていない! 卑怯な罠にはまっただけだっ!!」
「それは騎士の戦いではない! ちゃんと勝負をしてくれ――~っ!!」
一部からわきあがった若い批判に周囲は苦笑し、あるいは我がことを懐かしむ。
一階にいた先輩騎士が大きな声で、しかし真摯に答えた。
「君たちは盗賊の罠にかかっても、同じように叫ぶのか? 卑怯だやりなおせと」
先輩騎士からの意外な返答。
すぐには理解できない問いに、小姓たちは顔を見合わす。
「だっ……だってあんなの、騎士の戦いなわけ――」
「盗賊や魔獣に騎士の心得などない。背後から頭上から、寝こみを襲ってくるぞ」
顔に刻まれたシワと刀傷、歴戦ある大騎士の立ち姿。
数人が驚き、慌てて右手を左胸に敬礼をしていた。
「どれだけの爵位であろうと、想い描いた未来があろうとも、敗れれば終わりだ。土の上に伏し、すべてが露と消える」
戦場経験がある者ほど重く胸に刺さる言葉だった。昨日酒を酌み交わした仲間も夢を語り合った同期も、今日屍となる。
やりなおしはできないのだと悟る瞬間。
「だっ――~…で、でも……っ」
遅れて気がついた小姓たちは愕然とし、何も言えなくなった。
それでもサーランバ卿の姿に悔しさを耐えられないでいる。そばにいた従騎士が優しく肩をたたき、心情に理解をしめす。
同期の批判や悔しさの叫びを、サーランバ卿はどう受け止めたのか。
疲れた顔に、薄い笑みを浮かべていた。
「ありがとうございますアユム卿、これでサーランバも納得できたでしょう」
サンガ伯爵が歩み寄って礼をとる。
一方的な主張とはいえ、負けた以上は騎士をあきらめるはず。今後は継承者として尽力してくれると胸をなでおろす。
しかし打算とは別に、サンガ伯爵の表情は晴れていなかった。
まだ幼き息子の必死な志に、親として思うところがあったのかもしれない。
「お父……さま?」
笑みと覇気のない父の顔に、むしろサーランバ卿が驚く。
「アユムチームの、二勝一敗になるのね」
ごめんね――~と頬をツヤツヤさせ、マーラが甘える。
「あっそこはちょっと違う、あたしとプリンスは引き分けね」
ノルブリンカが手を挙げ訂正した。
疲労は回復したのか、屈伸運動で調子を整えている。
「おや? 僕はノルブリンカハンマーで吹き飛ばされ、素直に投降したのだが」
プリンスが凹んだブレストプレートを誇って見せ、にこやかに負けを報告した。
なにやら恐ろしい技名がついたようだ。
「あんたねえ、剣も抜かずに何言ってんだ。それであっこまで追いこまれたんだ、まあいいところで引き分けにしてやるよ」
若干悔しさもにじんでいるのか、頭を軽くたたき皮肉な笑みを浮かべる。
「引き……えええ――――~っっ!!?」
黄鬼の引き分け宣言。
信じられない発言に、今夜一番のどよめきが呼応した。騎士学校生がプリンスに憧れと尊敬のまなざしを注ぐ。
「女性に向ける剣は持っていない、それが美しい女性ならなおさらだ!」
プリンスは注目には慣れていると、舞台上から観客に向かい高らかに謳う。
ハイハイと手を振るノルブリンカとは対照的に、ダーナ卿がさらに影を背負って袖幕に隠れる。先ほどからひと言も発していない。
「じゃあ~一勝一敗一引き分けね、勝負はどうなるの?」
ダーナ卿以外が顔を見合わせた。
サンガ伯爵が口を開け発言する前に、サーランバ卿が姿勢をただし宣言する。
「そも僕の望んだ戦いです、アユム卿に負けたのですから決心はつけます」
完全に納得した表情ではない、しかしなにかしらは吹っ切れていた。
居並ぶ人生の先輩は、少年に対し固く口を結ぶ。軽々な助言はむしろ、道を迷わせることを知っていたのだ。
信じて待つことも、ときには優しさになる。
「おおそれはよかった! 敵に背を向けたりせず、立ち向かうがこそ真の騎士! なに新たなゴブレットに注ごうと、ワインの味に変わりはないさ」
僕たちも戦った甲斐があったなと、松明に輝く金髪をなでてウィンクをひとつ。
騎士を目指した経験や努力が消えるわけではない、それもまた真理か。
「これぞ騎士道! 騎士学校の諸君よ、僕に学びたまえ――!」
緞帳が下がりプリンスに惜しみない拍手が送られた。あるいは彼らしい主張に、サーランバ卿が頭を下げて感謝する。
「あんたは剣闘士競技会がやりたかっただけだろ」
ノルブリンカの突っこみも、やや歯切りが悪い。
ある意味プリンスの唯我独尊さに助けられていたら――。
「これはいったいっ! どうしたことだ――っ!!」
騒ぎを聴きつけた「静かな熊」の、疑問とも怒号とも取れる絶叫が轟いた。
☆
「全員正座――っ!!」
ブリハスパティ卿の反論を許さない雄たけびに、騎士学校の一室に放りこまれた関係者七人は即座に従う。
絶叫で察し速攻で背を向けたプリンスも、襟首をつかまれ引きずられてくる。
なぜかサンガ伯爵も素直に正座していた。
普段は大人しすぎる息子だが実はとんでもない「力」を持っている。今さらだが因果伯なのだ、「カルマ」を啓いた者なのだと挙動不審におちいっていた。
鬼の形相で仁王立ちする巨漢に言葉を失う、どんなに静かでも熊は熊なのだ。
怒らせてはいけないのは、誰なのかを……。
「正座は仏教における礼拝の姿勢なのですが――」
アユムは空気を読んで突っこみを呑みこみ、状況と理由を説明する。
ブリハスパティ卿は腕を組み、目を伏せ黙って聞いていた。
「――それで勝負する運びとなり、騎士学校の中庭でおこなわれました」
騒ぎとなってしまい申し訳ありませんと締めくくり、深々と謝罪する。
うむっと肩をたたく、ブリハスパティ卿の瞳は優しかった。
「ブリハスパティ兄さま、すべて僕が悪いのですっ! 立ち会われた皆さまには、どうか寛大な処置をお願いします!」
伏して頭を下げた弟にうなずくと、まずは四人に向きなおる。
「君たちは因果伯ではないのかっ! 国の要と称される立場でありながら、分別を持たずにどうするっ!!」
騎士学校が揺れ、梁から埃が落ちる。
正座をする床にまで振動が伝わる重い言葉だった。
「……なんか兄貴、弟二人には優しいよなあ」
ノルブリンカが口を尖らせ抗議する。
妹にも優しくしてくれと言外に語っており、自分だけ助かるつもりかと三人から睨まれていた。
「わかっていないようだな、ノルブリンカ……」
ブリハスパティ卿が深いため息をつく。
「こういった遊びに使うのであれば、今後君らの「偸金」はいっさい見合わす!」
それは最大限の非難であり決別宣言だった。
「うわあ――っ! ごめんなさい兄さま、二度とやりませんから許しください!」
ノルブリンカの月桂冠は特注品、兄妹だからと仕上げてもらった一品である。
大のお気に入りであり、因果伯全員が同じ意見だった。
「やりすぎでしたっ! 拙者の不徳といたすところ、心を入れ替え精進します!」
「あっあっごめんなさい! もう贅沢言いません~なんでも従うのでご勘弁を!」
「僕としたことが調子に乗りすぎでした! 伏してお詫びいたします!!」
我先にと謝罪合戦がくり広げられる。
あの自尊心が高いプリンスですら頭を下げ、アユムは驚いていた。
『鉱石にS属性の返還価値を複数内包させ、単体で数度の返還を可能にさせます』
スーリヤさまの研究発表で重要性は聴いている。だがそれだけではなく、武器や防具自体が「カルマ」の影響を受けていたのだ。
使いこむほど所持者に呼応し、より適した能力や付加価値を内包させていた。
ダインスレイフ、エクスカリバー、干将・莫耶、村正――世に残った妖刀伝説や異名の原因ではなかったか。
S属性にとって、「偸金」がどれほど不可欠かを表す喜劇である。
「これからは『ドゥルガーの生贄』さながらに、体を張るのだな」
「お兄さま――っ! お慈悲を――~っ!!」
ひと通り懺悔を受け終え、ブリハスパティ卿はもう一度ため息をつき宣言する。
「この件はヴィーラ殿下にご報告するからな」
これが止めとなり、因果伯四人の聞こえぬ悲鳴がこだました。
呆然自失し肩を落とす因果伯を尻目に、ブリハスパティ卿は居住まいをただす。
頭を下げる弟に向きなおり、優しく告げた。
「サーランバよ安心なさい、サンガ伯爵家は私が継ぐ」
突然の宣告に、父も弟も言葉を失う。
「そも領主の嫡男として生まれたのだ、彫金士になりたいなどと身勝手を言うべきではなかった。悩ませて悪かったね、これからは進みたい道を選びなさい」
兄の瞳はあくまでまっすぐで、決意にあふれる力を秘めていた。
「まっ待ってください! 因果伯の爵位を、返上なさるおつもりですか!?」
「私とてありがたくも、殿下のお役に立ってきたとの自負はある。お怒りになられ鞭打たれようと、伏して願い出るつもりだ」
きっと理解していただけよう――。
驚いて問うたアユムに、ブリハスパティ卿の返答はいっさいためらいがない。
「ブリハスパティ兄さま……っ」
兄はこんなにも巨漢だったのかと、サーランバ卿はあらためて知る。
だからこそ信頼され、彫金士としても名を馳せているのだ。兄だからと安心して「偸金」を頼む因果伯も多い。
そしてそれは道は違えど、父の背と同じなのだ。
「兄さま、ごめんなさい……」
うめきながら発し、たくましい兄の瞳を見据えて宣言した。
「僕がっ家督を継ぎます!!」
口を真一文字に結んだ、固い決意。
「サーランバ!?」
巨漢の兄は、弟が無理をしているのではと深慮する。
サーランバ卿は心を打ち払いながら、二度三度と頭を振った。
「僕はきっと意地を張っていただけなのです。ままならない未来など当然なのに、許していただける優しい懐で暴れていた……っ」
心のどこかで、アユム卿なら打ち合いに応じてくれると。
納得したいと泣く僕を、抱きしめてくれると望んでいた。
「アユム卿に教えてもらいました。騎士は……外の世界は子供の感傷を許してくれるほど、甘き場所ではないのだと」
同期の叫び声で気がついた、僕はあのとき……死んでいたのだ。
なにも成せず、なにも達せず、戦場に横たわる骸となっていた。そんな覚悟すらなかったことに気がつく。
ただ騎士になるのだと叫び、行く先でどうするか想像もしていなかった。
そこからが始まりなのに――。
「僕はサーガラが王国一美しい街だと思っていました、でもそれしか知らなかっただけです。サーガラの街から一歩出れば、輝くアマゾネスの街があるのに……」
白亜の闘技場に領民の力を目の当たりにする。名も知らぬ領民の一人一人が街を支えているのだと、初めて知った。
それでもなお生まれ育ったサーガラが美しき街だと、誇りだと胸を打っている。
もっと輝く街にしたい想いがわいたのだ。
『食材に対する敬意です。育てた方や調理した方への、感謝をこめた言葉ですね』
「イターダキマスの心を――誰もが奇天烈ドッグに、かぶりつける国へと!」
「縁」なのだと、巡り合わせなのだと奇天烈な少年は笑った。
この気持ちを、僕も次の者に受け渡したい……。
「お父さま、未熟な身なれど精一杯つくします! どうか導いてくださいっ!!」
父の目を真正面から見据え、手を組んで意思を姿に表す。
幼き息子の決意に貫録のある父は一瞬たじろぎ、いつもの言葉が口を滑った。
「うっうむ、決心はありがたいがことは重要である。幾度か会議を経て――~…」
喉がつまり慌てて息を吸う、瞳孔が開き胸が苦しくなって天を見上げる。
サンガ伯爵は静かに目を閉じ低く長く息を吐く。課せられた三代目領主の肩書、亡き父に代わり幼きころから所領経営に携わった。
別の人生は知らない、幼き息子と同じ境遇だったのだ。
そもサーガラは小都市で、市民千五百人の港町。サンガ伯爵家が代々盛り立て、ヴィーラ王国有数の大都市へと発展させる。
常に見知らぬ先々代と比べられ、愚痴も吐けぬ日々が心に厚い鎧をまとわせた。
数多くの苦悩や選択、自分の決断がまねいた領民の苦境や死。なぜもっと詳しく精査しなかったのだと、後悔の念にさいなまれる。
胸中を潰して心配ないと笑う年月、心から笑えたときが幾度あろうか。
領主として、より多くの領民のためだけに生きてきた。ここにいる者は誰一人、倍する人生を歩むサンガ伯爵の歴史を知らない。
サーガラの「顔」でいるのに、いかばかりの未来を捨ててきたか。
幼き息子と目線を合わせる。
だがそれでも必死に歩いてきた道を、指し示せるのではないのか。違えた失敗も後悔も、この子に伝えられるのだから。
我知らず額に首筋に汗が流れ落ち、震える口をこじ開けて絞り出す。
「――よくぞ申したサーランバ! 次期領主としての働きに期待するぞ!!」
サンガ伯爵にとって、それは渾身の決断だった。
「っはい!!」
白き霧が晴れ、先に立つ父の影が光のなかに見える。サーランバ卿は若者らしい滑沢な声で返答した。
ブリハスパティ卿は初めて聞く父の決断に驚き、次いで静かに目を閉じる。
希望あふれるだけの道ではない、だが背を守れはしようと。
アユムは若き少年の決意に、心の内で称賛していた。
騎士を目指したのと同様、彼の選択が正しいとは誰も言えない。「無欲」とて、望んだ未来が見えるわけではないのだ。
悩み、考え、相談し、向き合い、戦うしかない。
すべてが糧となり踏み出す力となる。道を見つけた少年がうらやましく、虚空に彼の亜人を思い浮かべる。
「人生は経験を積むための旅なんだ、解決するための問題じゃないよ」
赤い服を着たクマさんがとぼけた顔でつぶやいた。
「成長するために……か」
サーランバ卿が同期の元へいく。
彼らだけにしかわからぬ、彼らだけの物語を語るため。
静かな熊以外は足のしびれと戦いつつ馬車に乗る。城館でつつましく食事をし、割り当てられた部屋にそれぞれが向かう。
「お風呂に入りたいなあ」
少年は別段潔癖症でもないのに、ない物ねだりの苦笑をこぼす。
カレシーはついてくるかな、ジャーラフは嫌がるだろうな。想像し笑いつつも、ベッドに入ると夢も見ず寝た。
「――っ!?」
寝息がささやく夜半に、少年は突如跳ね起きる。
時計がなく正確な時間はわからない、だが三日月はすでに真上に到達していた。
脳がしびれ肩で息をしながら頭を振る。それでも告げられた内容を反芻すると、完全に目が覚めた。
「このままではアマゾネスが――…全滅するっ!?」




