六十夜 誰がための戦いか
「はああああ――――っっ!!」
濃霧におおわれた世界で、マーラの蹴りが複数の穴を覗かせる。
ダーナ卿はあらゆる手を講じた。
蹴り足を流しバランスを崩させ、体で圧力をかける。鍔迫り合いで受け、柄頭で脛や甲を打ち据えた。
蹴り足に合わせて返し、ハイヒールを鎬ですり上げ、隙を誘い出鼻を挫く。
しかし肉体強化の差か、いっかな効果を得られない。
焦りにより、技の乱れすら感じていた――。
「甲冑を撫で斬り、魔獣を両断するために研ぎすました刃先。それゆえにもろく、薄氷を踏んでいると気がつかなかった……っ」
拙者は「力」に、おごり高ぶっていたのか!?
だがそれでこそと震える心もあったのだ。猛獣や魔獣とは違う、意思を持つ者が死力をつくしてこその戦い。
困難を討ち果たしてこその道。
「こいっマーラ!!」
気を吐き、胸から吠えた。
意気に応じのか、風切り音に続いてみぞおちにヒールがくいこむ。激痛に腹部が引きつり、熱波が服を焦がし燃え上がる。
歯を食いしばって耐え左手で蹴り足をつかむ、一瞬の停止だけでいい。
「でやあああっっ!!!」
濃霧を断ち割り、ひと呼吸三連打が閃く。
打ち終わりに合わせて喘ぎ、たたらを踏んでよろけた。通常なら刃先のあるなしに関わらず、骨が砕け痛みに耐えうずくまる連撃である。
しかしマーラは平然と、さらなる蹴りを放ってきた。
「な……っ!?」
仰天の声すら遅く、ダーナ卿は燃える蹴りを数発もろにくらう。
悶絶しかけたが辛うじて意識を繋ぎ、転がって火を消す。膝をついて剣を構え、痛みをこらえて睨みつける。
焼けて穴の開いた部分から、肉体強化の淡い光がもれていた。
肉体強化でも痛みが平気なわけではない。蹴られる覚悟で気を満たさなければ、すでに勝敗は決している。
だがマーラは全身に受けた連撃に、ひるむ素振りすら見せていない。
視界は揺れるがどうして己だけ寝ていられよう。ダーナ卿は蹴りを受けながら、感嘆と称賛に満たされていた。
「見事っ! なんとすばらしき、精神と肉体であろうか!!」
強敵、天敵、好敵手――身近にここまでの強者がいたとは。
武者震いが全身を貫く、巡り合わせに感謝した。
「ありがたき幸せ! 拙者のすべてを剣にこめ、貴女を討ち果たす!!」
「……うふふ~っ」
霞む目にマーラの態度を怪しむ、口元が上がり笑みを浮かべていたのだ。
「鼻歌だと!? 戦いの最中に、こ奴!!」
怒りが気を整え、戦いを愚弄するのかと瞳に覇気が満ちる。
しかし不審な瞳に変わるのに時間はかからなかった。苦痛によってマーラの頬が染まり、興奮による甘い吐息がもれている。
赤く長い舌が蛇となり、唇の下のほくろを舐めまわした。
どちらの理由かあるいは両方か、ダーナ卿はなんだか逃げ出したくなる。
焦りにより、技の乱れすら感じていた――。
☆
「――フッ!」
ノルブリンカの一撃がプリンスをとらえる。
マーラを悶絶させた右ボディブローは、プリンスを少しずらしただけ。拳が痺れる衝撃に次いで、鉄の燻りと熱波が伝わってきた。
「このっ……イヤらしい『力』の使い方しやがって!!」
プリンスの炎をまとうプレートアーマーに悪態をつき、即座に距離をとる。
熱さは肉体強化で補助し、殴った右拳は変色するが融解はしてない。数度試して確信した、マーラばりの一点火力ではないと。
「そりゃそうか、だったら着ていられるわけがない――なら、イケそうだ!」
自分なりに納得し、フルフェイスが不敵に笑う。
「それが噂の、『黄鬼の鎧』か」
「生徒が勝手にそう呼んでるだけさ。茶トラ猫を模してんだ、カワイイだろ?」
緊張をほぐすため軽口をたたき、猫耳の横で手のひらを動かした。あれは猫耳ではなく鬼の角だと、こめられた揶揄に教官だけ気がついていない。
ノルブリンカは全身を、プリンスは頭部以外をプレートアーマーに包んでいる。
両者は肉体強化により、重さを感じさせない動きをしていた。
だがノルブリンカの打撃力はあまり高くない。筋力はあるが速度がない、持続力の強化により多くを求めたからだ。
盗賊や騎士程度なら問題はなくとも、魔獣レベルの防御力には歯が立たない。
「あたしよりあんたの鎧のほうが、異彩を放っちゃいるけどね」
プリンスの燃えるプレートアーマーは、埋めこまれた赤い鉱石によりそれ自体が「カルマ」の影響下にある。
「炎生」使いでありながら、防御に「力」を割いたのだ。
ノルブリンカはこの軽薄な男から魔獣の圧力を受けていた。そうこなくてはと、頬をつたう汗に歓喜をもらす。
一撃にかけ拳を握りこむ、狙うはむき出しの顔面。
「しかし驚いたな、確かに対面が対戦者とは言及しなかった。夏の暑い最中に炎の対決は無粋だったと、騎士学校生に弁明を考えていたんだが」
プリンスがある意味のんびりとした感想を述べる。だが周囲の気配を揺れる炎で探っているのか、いっさい隙を見せない。
ノルブリンカはプリンスを中心に回りながら、どうにかつけいる術を探す。
中腰になり全身の筋肉を肉食獣のごとく絞り、じりじりと間合いをつめていた。
「そいつは悪かった、無駄にしちまったな。この組み合わせが最善なんだってさ、ウチの大将はやると決めたら徹底的にってのが信条で」
適当に合わせたつもりだったのに、案外的を射ている気がして笑える。
プリンスも合わせて笑い、少年がいる方向に顔を向けた。
「アユム卿か……街を磨き、あの白い石を生み出し、『風舌』に見紛う部隊行動、すべて意味のあるカラクリだった。ならばこの霧もそうなのか?」
「だろうね、ぶっちゃけあたしにもよくわからんが……」
先ほど覚えた違和感、アユムは何かが違う。
この時点で霧の主目的が「姿を隠す」ためだったと、気がついた者はいない。
「まっいいや――いくぞっ!!」
迷いを吹っ切り、ノルブリンカが弾けた。
プリンスとは頭ひとつ以上の身長差がある、まずは体を崩さないといけない。
集中して足に腹に、連続で重い一撃をたたきこむ。常人なら防御ごと吹き飛ばす威力の拳がうなりをあげた。
だがむしろ殴る拳が蹴る足が、赤白く変色していく。
構わず続けた攻撃が受けられ避けられ、つかんで打点をずらされる。やっとこじ開けた部分を、炎が舐めるともとに戻ってしまう。
まるで修復され続ける壁、真っ赤に焼けた不可侵な赤き城壁。
「生きてんのかこの鎧は――っ!」
イラだち回転をあげつつも、ノルブリンカは狙っていた。
崩せずともプリンスの意識は、下半身に向けられていると。
「この甲冑は特注でね、そうは破れない。かといってこの美貌を殴るのは勘弁してくれないか、多くの貴婦人が嘆き悲しむのだ」
「――っ!?」
プリンスが苦笑し、ノルブリンカのたくらみをあっさりと暴露する。
狙いがバレばつが悪くなったのか、ノルブリンカはタックルに移行した。察したプリンスが身構え受けて立つ。
低い姿勢からのぶちかましに、衝撃と破裂音が響く。
「こ……いつっ!?」
組みついたノルブリンカに容赦なく熱波が襲う。
地面に二本の轍を残して、相撲なら勝っていた電車道が止まる。ノルブリンカは熱さに耐え切れず転がって離れた。
炎が触れていた肩に首筋に二の腕に、変色し変形して残る熔け跡。
「邪土」により発現させた、超高純度――百パーセント鉄のプレートアーマー。
妙な光沢を放つ鉄は延性が非常に高く、極めて割れにくい。関節部分に隙はなくはるかに強靭な構造を保ち、装着者に融通が利く甲冑へと装える。
しかし「鉄」である以上、無敵なわけではない――。
「――奇天烈な奴だが……アユムには、いい話も聞いたなあ」
フルマラソン後でも笑い、一・五トンの木材を運べる彼女の息があがっていた。
「カルマ」を啓く者の戦いは、それだけ消耗が激しかったのだ。大きく深呼吸し、笑っているのかフルフェイスが揺れる。
「部隊行動の基礎だってさ、命令の単純化、戦力の集中、そして迅速な行動」
それは命令系統の一本化、部隊の適切な配置、指令の対応速度をしめす。
なぜかゆっくりと、指折り数えて話しだした。
プリンスは瞬時に妙な気配を感じ、周囲の気配に意識を巡らす。一騎討ちであり援護や投擲はないと推測しつつも警戒する。
現に対戦者が変更し驚かされていた。
戦場では明確な規約など存在しないことを、彼は知っていたのだ。
「すごいな、こいつ……」
ノルブリンカは普段と違い、戦いに関して真摯なプリンスを胸で称賛する。
「『邪土』を単に鉄として利用する発想、奇天烈な少年じゃないとできないのさ」
「単に鉄……として?」
懐疑的な問いは、体を阻害する抵抗によって答えを得る。
少年はこうも言った――。
「ノルブリンカのは『力』によるプレートアーマーだ、でもプリンスのは違う!」
ノルブリンカが手を振る、両手のひらが肌むき出しだった。
プリンスの機能的なプレートアーマー。炎をまとっていない腿当の膝関節部に、黄色い鉄が「溶接」されていた。
関節にすりつけた鉄が冷え固まるのを、会話で繋ぎ待っていたのだ。
「迅速な行動――を、阻害させてもらった!」
ノルブリンカが走り寄る、プリンスは油が切れた機械となって動きが鈍った。
殴るか? タックルか? 対応しつつ両手をクロスし顔をカバーする。頭部以外なら防御してみせると。
しかしノルブリンカは、無造作に手足を絡め抱きついた。
「なっノル……!?」
意外な行動に反応が遅れる。
ダメ押しとばかり、熱により赤く変色した全身をプリンスに溶接した。
「アマゾネスに腕のいい鍛冶屋がいる、打ちなおしてもらいなよ」
背中が縦に割れ、ノルブリンカは「力」を解除して蝉のごとく脱皮する。
飛びずさり、再び叫ぶ。
『熱いトタン屋根の猫』!
頭上に文様が浮かび、サンフラワー色のプレートアーマーに包まれていく。
勝機を逃さず、両腕に力をこめた。
『添い寝フレンド』!
プリンスも再び叫ぶ。
プレートアーマーの胸、腕、足に埋めこまれた赤い鉱石の前に文様が浮かぶ。
呼応し脈打った瞬間、赤い鎧が白くなる熱量を発した。周囲の濃霧が吹き飛び、体に溶接されていた「鎧の抜け殻」が崩れていく。
数秒で溶け落ちる勢いに、接近は許さぬ意志があった。
「あんた最高だよ――っ『邪土』!」
ノルブリンカの前方に「カーン」に酷似した文様が浮かび、淡く発光する。
正座でスライディングし、両腕を地面に深々と突き刺す。かき出せるだけの土を強引に掘って文様に投げつけた。
土は影に包まれ土の形を保ったまま消え、鉄の塊となって発現する。
「なんとっ!」
目の前に突如現れた鉄塊に、驚愕したプリンスの叫びが重なる。
「ぶっとべえええ――――っっ!!!」
ノルブリンカは雄たけびをあげ殴りつけた。
二度の「炎生」により、プリンスのプレートアーマーがどれだけの熱量を発したのか定かではない。
だが鉄塊を一瞬で溶かしきる術はない。
ノルブリンカの拳で打ち出された鉄の砲弾は、まさしく質量兵器だった。
城門を穿つ砲撃音と吹き飛ばされた扉の破壊音。プリンスのブレストプレートは下部が凹み、足が浮いて天を見上げた。
霧はプリンスの「力」で吹き払われ、松明が照らす騎士学校の中庭が現れる。
遠くで騎士学校生の歓声がわきあがっていた。
「……ほとんど、観られなかったんじゃないかねえ」
ノルブリンカが息を吐きながら歩み寄る。
見ればプリンスのプレートアーマーから炎は消えていた。大の字に寝っ転がり、なにやら面白そうに感想を述べている。
「ノルブリンカ投石機……あるいは、ノルブリンカ破城槌か」
「おい、かんべんしろよ」
サンフラワー色のプレートアーマーが割れ落ち、褐色の肌があらわになった。
苦笑はしているが滝の汗と荒い息で、積み重なった疲労が見てとれる。
「最初からアレを使っていれば、もっと効率よく行動できたのでは?」
「準備するまでに隙が多いし、大して狙いもつかないからなあ。動きが遅い奴じゃなきゃ当たんないよ」
本当は頭部を狙ったのに、座った角度ではブレストプレートに阻まれた。
こいつわかって言ってんのか? と少し見直したノルブリンカが手を伸ばす。
「騎士らしく助命嘆願すべきかな」
「けっ……ぬかしやがれ」
それを受けプリンスは――手を上げた。
☆
「痛ぅ……っ!」
あの靴の妙な段差が一点火力となり、威力を増しているのか!?
別の意味で恐怖していたダーナ卿はしかし、勝機が見えなかった。
マーラの止まらない連撃。
体を切り替え左右の蹴りが主体となり、剣に匹敵する有効距離がある。そうかと思えば自在に跳び回り、額が重なる近距離で膝を穿つ。
武術と違い急所を狙わず、背に足に場所を問わず蹴りこむ。
攻撃に「型」がなく動きがとらえきれないのだ。強化された瞬発力で受けども、限界なのは目に見えていた。
「カルマ」の影響を受けた剣とはいえ、このままでは先に砕け散る。
マーラのハイヒールとて「力」は同じなのだから。
「――っ!」
ダーナ卿は引き足に合わせ、一転剣を鞘に納め鈴の音を鳴らす。
意外な行動に怪しみ、マーラの動きが止まる。
一瞬の思考戦――。
『邪土』!
叫んだダーナ卿の前方に再び文様が浮かぶ。
『炎生』!
合わせてマーラの前方に文様が浮かぶ。
ダーナ卿は己の文様を無視し、腰を落とした姿勢でマーラに滑り寄った。連撃が止まる瞬間、炎の砲弾を飛ばす刹那を狙ったのだ。
絶対の自信を持つ抜刀術。
マーラが文様を蹴り飛ばす――より速く、ダーナ卿の斬り上げが勝った。
「炎生」により発生した、「カーン」に酷似した文様が縦に割れて消える。刀身の一部が返還され、剣に生まれた炎は瞬く間に消えた。
ダーナ卿は「邪土」に特化しており、「炎生」は使えない。
同じS属性だからこそ奪えた「力」――勢いのまま唐竹割りに剣を落とす。
熱風が吹き荒れ、霧が吹き飛んだ。プリンスの二度目の「力」によって、松明が照らす騎士学校の中庭が現れる。
白い世界でくり広げられた、戦いの悪夢が覚めていく。
ダーナ卿の背後で、「邪土」により発生した文様が静かに消えていった。
マーラの脳天数ミリ先で剣が止まっている。
刀身に残った微かな熱が感じられる距離。マーラは剣にすり寄って空を見上げ、ひとつ息を吐く。
次いで――手を上げた。
「負け~」
「――っ」
決着のひと言を受け、ダーナ卿は剣を収めると膝から崩れ落ちる。
ここだけ見れば、どちらが勝者か判断はつかなかった。
「『斬る』ことが己の道だと、定めたのではなかったか?」
一か八かの賭けに出ただけ……炎の砲弾が早ければ、敗れていたのだから。
これが勝利と呼べるのか? 自分は逃げただけではないか! ダーナ卿が苦悶の表情で肩を落とす。
葛藤が巡り、勝者である優を誇る気もせずうなだれた。
そしてそれ以上によほどやり辛かったのか、ほほえむマーラを見上げる。
「二度とお主とは、戦いたくない……っ!」
それは最大の誉め言葉であり、心からの本心だった。
「……ダーナ卿って、意地悪ですねえ」
マーラはクスクスと笑う。
しかし少し考え、体をくの字に曲げて座りこんだダーナ卿にささやく。
「でも~あんた今いちかも」
息が止まり苦手意識が増大したのか、ダーナ卿はさらに肩を落とした。




