表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
M属性 ~嗚呼、あなたに踏まれたい~  作者: 高谷正弘
第二章 港湾都市サーガラ
62/188

六十夜 誰がための戦いか

「はああああ――――っっ!!」

 濃霧におおわれた世界で、マーラの蹴りが複数の穴を覗かせる。

 ダーナ卿はあらゆる手を講じた。

 蹴り足を流しバランスを崩させ、体で圧力をかける。鍔迫り合いで受け、柄頭で脛や甲を打ち据えた。

 蹴り足に合わせて返し、ハイヒールを(しのぎ)ですり上げ、隙を誘い出鼻を挫く。

 しかし肉体強化の差か、いっかな効果を得られない。

 焦りにより、技の乱れすら感じていた――。

「甲冑を撫で斬り、魔獣を両断するために研ぎすました刃先。それゆえにもろく、薄氷を踏んでいると気がつかなかった……っ」

 拙者は「力」に、おごり高ぶっていたのか!?

 だがそれでこそと震える心もあったのだ。猛獣や魔獣とは違う、意思を持つ者が死力をつくしてこその戦い。

 困難を討ち果たしてこその道。

「こいっマーラ!!」

 気を吐き、胸から吠えた。

 意気に応じのか、風切り音に続いてみぞおちにヒールがくいこむ。激痛に腹部が引きつり、熱波が服を焦がし燃え上がる。

 歯を食いしばって耐え左手で蹴り足をつかむ、一瞬の停止だけでいい。

「でやあああっっ!!!」

 濃霧を断ち割り、ひと呼吸三連打が閃く。

 打ち終わりに合わせて喘ぎ、たたらを踏んでよろけた。通常なら刃先のあるなしに関わらず、骨が砕け痛みに耐えうずくまる連撃である。

 しかしマーラは平然と、さらなる蹴りを放ってきた。

「な……っ!?」

 仰天の声すら遅く、ダーナ卿は燃える蹴りを数発もろにくらう。

 悶絶しかけたが辛うじて意識を繋ぎ、転がって火を消す。膝をついて剣を構え、痛みをこらえて睨みつける。

 焼けて穴の開いた部分から、肉体強化の淡い光がもれていた。

 肉体強化でも痛みが平気なわけではない。蹴られる覚悟で(カルマ)を満たさなければ、すでに勝敗は決している。

 だがマーラは全身に受けた連撃に、ひるむ素振りすら見せていない。

 視界は揺れるがどうして己だけ寝ていられよう。ダーナ卿は蹴りを受けながら、感嘆と称賛に満たされていた。

「見事っ! なんとすばらしき、精神と肉体であろうか!!」

 強敵、天敵、好敵手――身近にここまでの強者がいたとは。

 武者震いが全身を貫く、巡り合わせに感謝した。

「ありがたき幸せ! 拙者のすべてを剣にこめ、貴女(あなた)を討ち果たす!!」


「……うふふ~っ」


 霞む目にマーラの態度を怪しむ、口元が上がり笑みを浮かべていたのだ。

「鼻歌だと!? 戦いの最中に、こ奴!!」

 怒りが気を整え、戦いを愚弄するのかと瞳に覇気が満ちる。

 しかし不審な瞳に変わるのに時間はかからなかった。苦痛によってマーラの頬が染まり、興奮による甘い吐息がもれている。

 赤く長い舌が蛇となり、唇の下のほくろを舐めまわした。

 どちらの理由かあるいは両方か、ダーナ卿はなんだか逃げ出したくなる。

 焦りにより、技の乱れすら感じていた――。



 ☆



「――フッ!」

 ノルブリンカの一撃がプリンスをとらえる。

 マーラを悶絶させた右ボディブローは、プリンスを少しずらしただけ。拳が痺れる衝撃に次いで、鉄の燻りと熱波が伝わってきた。

「このっ……イヤらしい『力』の使い方しやがって!!」

 プリンスの炎をまとうプレートアーマーに悪態をつき、即座に距離をとる。

 熱さは肉体強化で補助し、殴った右拳は変色するが融解はしてない。数度試して確信した、マーラばりの一点火力ではないと。

「そりゃそうか、だったら着ていられるわけがない――なら、イケそうだ!」

 自分なりに納得し、フルフェイスが不敵に笑う。

「それが噂の、『黄鬼(オーガ)の鎧』か」

「生徒が勝手にそう呼んでるだけさ。茶トラ猫を模してんだ、カワイイだろ?」

 緊張をほぐすため軽口をたたき、猫耳の横で手のひらを動かした。あれは猫耳ではなく鬼の角だと、こめられた揶揄に教官だけ気がついていない。

 ノルブリンカは全身を、プリンスは頭部以外をプレートアーマーに包んでいる。

 両者は肉体強化により、重さを感じさせない動きをしていた。

 だがノルブリンカの打撃力はあまり高くない。筋力はあるが速度がない、持続力の強化により多くを求めたからだ。

 盗賊や騎士程度(・・)なら問題はなくとも、魔獣レベルの防御力には歯が立たない。

「あたしよりあんたの鎧のほうが、異彩を放っちゃいるけどね」

 プリンスの燃えるプレートアーマーは、埋めこまれた赤い鉱石によりそれ自体が「カルマ」の影響下にある。

炎生(えんじょう)」使いでありながら、防御に「力」を割いたのだ。

 ノルブリンカはこの軽薄な男から魔獣の圧力を受けていた。そうこなくてはと、頬をつたう汗に歓喜をもらす。

 一撃にかけ拳を握りこむ、狙うはむき出しの顔面。

「しかし驚いたな、確かに対面が対戦者とは言及しなかった。夏の暑い最中に炎の対決は無粋だったと、騎士学校生に弁明を考えていたんだが」

 プリンスがある意味のんびりとした感想を述べる。だが周囲の気配を揺れる炎で探っているのか、いっさい隙を見せない。

 ノルブリンカはプリンスを中心に回りながら、どうにかつけいる術を探す。

 中腰になり全身の筋肉を肉食獣のごとく絞り、じりじりと間合いをつめていた。

「そいつは悪かった、無駄にしちまったな。この組み合わせが最善なんだってさ、ウチの大将はやると決めたら徹底的にってのが信条で」

 適当に合わせたつもりだったのに、案外的を射ている気がして笑える。

 プリンスも合わせて笑い、少年がいる方向に顔を向けた。

「アユム卿か……街を磨き、あの白い石を生み出し、『風舌(ふうぜつ)』に見紛う部隊行動、すべて意味のあるカラクリだった。ならばこの霧もそうなのか?」

「だろうね、ぶっちゃけあたしにもよくわからんが……」

 先ほど覚えた違和感、アユムは何かが違う。


 この時点で霧の主目的が「姿を隠す」ためだったと、気がついた者はいない。


「まっいいや――いくぞっ!!」

 迷いを吹っ切り、ノルブリンカが弾けた。

 プリンスとは頭ひとつ以上の身長差がある、まずは体を崩さないといけない。

 集中して足に腹に、連続で重い一撃をたたきこむ。常人なら防御ごと吹き飛ばす威力の拳がうなりをあげた。

 だがむしろ殴る拳が蹴る足が、赤白く変色していく。

 構わず続けた攻撃が受けられ避けられ、つかんで打点をずらされる。やっとこじ開けた部分を、炎が舐めるともとに戻ってしまう。

 まるで修復され続ける壁、真っ赤に焼けた不可侵な赤き城壁。

「生きてんのかこの鎧は――っ!」

 イラだち回転をあげつつも、ノルブリンカは狙っていた。

 崩せずともプリンスの意識は、下半身に向けられていると。

「この甲冑は特注でね、そうは破れない。かといってこの美貌を殴るのは勘弁してくれないか、多くの貴婦人が嘆き悲しむのだ」

「――っ!?」

 プリンスが苦笑し、ノルブリンカのたくらみをあっさりと暴露する。

 狙いがバレばつが悪くなったのか、ノルブリンカはタックルに移行した。察したプリンスが身構え受けて立つ。

 低い姿勢からのぶちかましに、衝撃と破裂音が響く。

「こ……いつっ!?」

 組みついたノルブリンカに容赦なく熱波が襲う。

 地面に二本の(わだち)を残して、相撲なら勝っていた電車道が止まる。ノルブリンカは熱さに耐え切れず転がって離れた。

 炎が触れていた肩に首筋に二の腕に、変色し変形して残る熔け跡。


邪土(じゃどう)」により発現させた、超高純度――百パーセント鉄のプレートアーマー。

 妙な光沢を放つ鉄は延性が非常に高く、極めて割れにくい。関節部分に隙はなくはるかに強靭な構造を保ち、装着者に融通が利く甲冑へと装える。

 しかし「鉄」である以上、無敵なわけではない――。


「――奇天烈な奴だが……アユムには、いい話も聞いたなあ」

 フルマラソン後でも笑い、一・五トンの木材を運べる彼女の息があがっていた。

「カルマ」を啓く者の戦いは、それだけ消耗が激しかったのだ。大きく深呼吸し、笑っているのかフルフェイスが揺れる。

「部隊行動の基礎だってさ、命令の単純化、戦力の集中、そして迅速な行動」

 それは命令系統の一本化、部隊の適切な配置、指令の対応速度をしめす。

 なぜかゆっくりと、指折り数えて話しだした。

 プリンスは瞬時に妙な気配を感じ、周囲の気配に意識を巡らす。一騎討ち(ジョスト)であり援護や投擲はないと推測しつつも警戒する。

 現に対戦者が変更し驚かされていた。

 戦場では明確な規約など存在しないことを、彼は知っていたのだ。

「すごいな、こいつ……」

 ノルブリンカは普段と違い、戦いに関して真摯なプリンスを胸で称賛する。

「『邪土(じゃどう)』を単に鉄として利用する発想、奇天烈な少年じゃないとできないのさ」

「単に鉄……として?」

 懐疑的な問いは、体を阻害する抵抗によって答えを得る。

 少年はこうも言った――。

ノルブリンカ(あたし)のは『力』によるプレートアーマーだ、でもプリンス(あんた)のは違う!」


 ノルブリンカが手を振る、両手のひらが肌むき出しだった。

 プリンスの機能的なプレートアーマー。炎をまとっていない腿当の膝関節部に、黄色い鉄が「溶接」されていた。

 関節にすりつけた鉄が冷え固まるのを、会話で繋ぎ待っていたのだ。

「迅速な行動――を、阻害させてもらった!」

 ノルブリンカが走り寄る、プリンスは油が切れた機械となって動きが鈍った。

 殴るか? タックルか? 対応しつつ両手をクロスし顔をカバーする。頭部(ここ)以外なら防御してみせると。

 しかしノルブリンカは、無造作に手足を絡め抱きついた。

「なっノル……!?」

 意外な行動に反応が遅れる。

 ダメ押しとばかり、熱により赤く変色した全身をプリンスに溶接した。

「アマゾネスに腕のいい鍛冶屋がいる、打ちなおしてもらいなよ」

 背中が縦に割れ、ノルブリンカは「力」を解除して蝉のごとく脱皮する。

 飛びずさり、再び叫ぶ。

熱いトタン屋根の猫(スラップスティック)』!

 頭上に文様が浮かび、サンフラワー色のプレートアーマーに包まれていく。

 勝機を逃さず、両腕に力をこめた。

添い寝フレンド(フリーハグ)』!

 プリンスも再び叫ぶ。

 プレートアーマーの胸、腕、足に埋めこまれた赤い鉱石の前に文様が浮かぶ。

 呼応し脈打った瞬間、赤い鎧が白くなる熱量を発した。周囲の濃霧が吹き飛び、体に溶接されていた「鎧の抜け殻(おもり)」が崩れていく。

 数秒で溶け落ちる勢いに、接近は許さぬ意志があった。

「あんた最高だよ――っ『邪土(じゃどう)』!」

 ノルブリンカの前方に「カーン」に酷似した文様が浮かび、淡く発光する。

 正座でスライディングし、両腕を地面に深々と突き刺す。かき出せるだけの土を強引に掘って文様に投げつけた。

 土は影に包まれ土の形を保ったまま消え、鉄の塊となって発現する。

「なんとっ!」

 目の前に突如現れた鉄塊に、驚愕したプリンスの叫びが重なる。


「ぶっとべえええ――――っっ!!!」

 ノルブリンカは雄たけびをあげ殴りつけた。


 二度の「炎生(えんじょう)」により、プリンスのプレートアーマーがどれだけの熱量を発したのか定かではない。

 だが鉄塊を一瞬で溶かしきる術はない。

 ノルブリンカの拳で打ち出された鉄の砲弾は、まさしく質量兵器だった。

 城門を穿つ砲撃音と吹き飛ばされた扉の破壊音。プリンスのブレストプレートは下部が凹み、足が浮いて天を見上げた。

 霧はプリンスの「力」で吹き払われ、松明(たいまつ)が照らす騎士学校の中庭が現れる。

 遠くで騎士学校生の歓声がわきあがっていた。

「……ほとんど、観られなかったんじゃないかねえ」

 ノルブリンカが息を吐きながら歩み寄る。

 見ればプリンスのプレートアーマーから炎は消えていた。大の字に寝っ転がり、なにやら面白そうに感想を述べている。

「ノルブリンカ投石機(マンゴネル)……あるいは、ノルブリンカ破城槌(シュトルムボック)か」

「おい、かんべんしろよ」

 サンフラワー色のプレートアーマーが割れ落ち、褐色の肌があらわになった。

 苦笑はしているが滝の汗と荒い息で、積み重なった疲労が見てとれる。

「最初からアレを使っていれば、もっと効率よく行動できたのでは?」

「準備するまでに隙が多いし、大して狙いもつかないからなあ。動きが遅い奴じゃなきゃ当たんないよ」

 本当は頭部を狙ったのに、座った角度ではブレストプレートに阻まれた。

 こいつわかって言ってんのか? と少し見直したノルブリンカが手を伸ばす。

「騎士らしく助命嘆願すべきかな」

「けっ……ぬかしやがれ」


 それを受けプリンスは――手を上げた(・・・・・)



 ☆



「痛ぅ……っ!」

 あの靴の妙な段差が一点火力となり、威力を増しているのか!?

 別の意味で恐怖していたダーナ卿はしかし、勝機が見えなかった。

 マーラの止まらない連撃。

 体を切り替え左右の蹴りが主体となり、剣に匹敵する有効距離がある。そうかと思えば自在に跳び回り、額が重なる近距離で膝を穿つ。

 武術と違い急所を狙わず、背に足に場所を問わず蹴りこむ。

 攻撃に「型」がなく動きがとらえきれないのだ。強化された瞬発力で受けども、限界なのは目に見えていた。

「カルマ」の影響を受けた剣とはいえ、このままでは先に砕け散る。

 マーラのハイヒールとて「力」は同じなのだから。

「――っ!」

 ダーナ卿は引き足に合わせ、一転剣を鞘に納め鈴の音を鳴らす。

 意外な行動に怪しみ、マーラの動きが止まる。

 一瞬の思考戦――。


邪土(じゃどう)』!

 叫んだダーナ卿の前方に再び文様が浮かぶ。

炎生(えんじょう)』!

 合わせてマーラの前方に文様が浮かぶ。

 ダーナ卿は己の文様を無視し、腰を落とした姿勢でマーラに滑り寄った。連撃が止まる瞬間、炎の砲弾を飛ばす刹那を狙ったのだ。

 絶対の自信を持つ抜刀術。

 マーラが文様を蹴り飛ばす――より速く、ダーナ卿の斬り上げが勝った。

炎生(えんじょう)」により発生した、「カーン」に酷似した文様が縦に割れて消える。刀身の一部が返還され、剣に生まれた炎は瞬く間に消えた。

 ダーナ卿は「邪土(じゃどう)」に特化しており、「炎生(えんじょう)」は使えない。

 同じS属性だからこそ奪えた「力」――勢いのまま唐竹割りに剣を落とす。

 熱風が吹き荒れ、霧が吹き飛んだ。プリンスの二度目の「力」によって、松明(たいまつ)が照らす騎士学校の中庭が現れる。

 白い世界でくり広げられた、戦いの悪夢が覚めていく。

 ダーナ卿の背後で、「邪土(じゃどう)」により発生した文様が静かに消えていった。


 マーラの脳天数ミリ先で剣が止まっている。

 刀身に残った微かな熱が感じられる距離。マーラは剣にすり寄って空を見上げ、ひとつ息を吐く。

 次いで――手を上げた。

「負け~」

「――っ」

 決着のひと言を受け、ダーナ卿は剣を収めると膝から崩れ落ちる。

 ここだけ見れば、どちらが勝者か判断はつかなかった。

「『斬る』ことが己の道だと、定めたのではなかったか?」

 一か八かの賭けに出ただけ……炎の砲弾が早ければ、敗れていたのだから。

 これが勝利と呼べるのか? 自分は逃げただけではないか! ダーナ卿が苦悶の表情で肩を落とす。

 葛藤が巡り、勝者である優を誇る気もせずうなだれた。

 そしてそれ以上によほどやり辛かったのか、ほほえむマーラを見上げる。

「二度とお主とは、戦い(つきあい)たくない……っ!」

 それは最大の誉め言葉であり、心からの本心だった。

「……ダーナ卿って、意地悪ですねえ」

 マーラはクスクスと笑う。

 しかし少し考え、体をくの字に曲げて座りこんだダーナ卿にささやく。

「でも~あんた今いちかも」

 息が止まり苦手意識が増大したのか、ダーナ卿はさらに肩を落とした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ