五十九夜 因果伯VS因果伯
「おい急げよ、始まっちまうぞ!」
「これは見逃せないよな! 自分の試合より胸が高鳴る!」
騎士学校にざわめきと興奮が広がっていた。
騎士の道を承認してもらうため小姓が対決する。しかも話を聞いた因果伯が志に感銘を受け、参戦を表明したのだ。
魔獣討伐の経験がある正騎士ならば、その多くが目撃していた。
「カルマ」――不可思議な「力」を啓く因果伯の存在。戦場に生きる者にとっては憧れであり、渇望した夢である。
「啓くことがかなえば、一騎当千となれる……っ!」
継承権や生まれの不遇に関係なく、栄達を望めるのだ。
特にサーガラの騎士学校では、ノルブリンカが臨時教官を務めていた。在校生は体の髄まで畏怖を刻みこまれている。
腕が哭く打ちこみ、奈落が黒い顎を開ける城壁登攀、肺が憤る甲冑遠泳。
鬼が嗤い亡者が血に伏す、地獄の徒手格闘。
「ヒャハハハハ――…ッもう好きにしろ――っ!」
「ああ殺したいんだろ!? わかったよ、さあ殺せ――っ!!」
「どうなったって知ったことか、やってやる――っ!」
特訓と称し、サンフラワー色のプレートアーマーに幾度死を迫られたか。
「あの鬼……黄鬼も、戦うのかな?」
本人に言えようはずもない、いささか揶揄をこめた二つ名。
うっかりもらした従騎士は、青ざめた同期に羽交い絞めで口を押えられた。
「カルマ」に触れた者は啓きやすくなる、縁を結んで啓いた者がいる。
――希望から生まれた俗説か。
そうでなくとも因果伯の戦いは見逃したくない。
少しでも近くで見たいと、対決の場となる中庭に面した廊下や部屋に、在校生がギリギリまでつめ寄り集まっている。
すでに夕暮れとなり、松明は掲げられたが観戦しにくかったのだ。
普段なら雑用に走り回る小姓も、空きが出て隙間から覗く。先輩騎士たちも気を紛らわしたくはなかった。
今や遅しと盛り上がる、アマゾネスの剣闘士競技会に勝るとも劣らない熱気。
「大々的に主催すれば、興行にできたのではないか?」
馬上槍試合を彷彿とさせる熱狂に、サンガ伯爵だけが悔しがっていた。
「……大騒ぎですね」
「見物する生徒の前で、恥ずかしくない試合をしなきゃなあ」
「やっぱり変ですよ~サーランバ坊ちゃんのお姉さまが、なぜこっちなのかしら」
「そりゃあおまえ……っいいから、決まったあとでゴチャゴチャ言うな!」
「あっ婿さんと離れたくないんですね、キャ――~鬼が照れてる~」
「マーラ! てめえいいかげんにしろよっ!!」
一方の主役であるアユムは、対決をおこなう中庭に向かっている。
作戦を共有した黄鬼とマーラも、言い合いしながら廊下を歩く。
プリンスが対決を公言しまくっていた。外から響いてくる騒動の意味がわかり、納得はすでについている。
暗い廊下から、松明が掲げられた中庭が切り取られて見えた。
「お――――~っ!!」
さらに大きな騒めきが起こった。一方の主役であるサーランバ卿たちが登場し、プリンスが手を振って盛り上げたのだ。
暗闇を背負い、三人がならんで浮き彫りになっている。
遅れてアユムたちも中庭へ一歩踏み出す、空気の変化に肌がヒリヒリと震えた。
「夜にサッカー場へ出た選手って、こんな感じなのかな」
少年が手をかざして明かりをさえぎり、誰も理解できないセリフをつぶやく。
「召喚の間で聞いたっけ、アユムはM属性だったよな?」
中庭の中央へ向かいながら、松明に照らされたノルブリンカが振り返る。
観客と化した騎士学校生たちは、教官に声援を送っていいのか迷い……幾人かは直立不動となっていた。
鬼の先輩たちが蒼白となっており、まだ特訓を知らない小姓たちは言葉を失う。
「――『邪土』は、使えませんでしたねえ」
少年がとぼけた口調で返すので、見つめ合った二人がどちらともなく忍び笑う。
ノルブリンカが少年に向ける瞳は優しく、とても仲良く見えた。
「なあもしかしたら……結婚すれば臨時教官に、こなくなるのでは?」
心からの切望に、周囲の生徒までアユムに希望のまなざしを向けた。
サンガ伯爵は娘婿にと、否が応にも願望を高める。
「こんな騒ぎに巻きこんで、悪かったなあ」
周囲から複雑な想いが注がれてるアユムに、ノルブリンカは言葉を探していた。
弟の気持ちと騎士へこめられた想いを、どう説明すべきか。
それなのに少年はちっとも騎士に見えず、戦ってる姿はさらに想像しにくく吹き出してしまう。
佩刀しているのにも今さら気がついた。
「なにしろ剣の稽古をしてるのも見ていないし――」
――えっ!?
突然の違和感に内なる声が叫ぶ。
そうだこのM属性の少年は、「一人で盗賊三十六名を撃退した」のだ。
「S属性なら……しかし物影の多い町中、よほどうまく立ち回らねば逃亡される。いったいどうやって!?」
四方八方に逃げられ後手に回る、苦い状況を何度も経験した。
疑問が鎌首をもたげ背後からおおいかぶさる。震えが起きて動悸が激しくなり、理解不能な恐怖が走った。
背に冷たい汗が流れ、あらためて松明に照らされたアユムを見る。
自分はどれだけ、この少年を知っているのか。誰にも優しく、驚くほど聡明で、ちょっと抜けてる、頼もしい弟のような――。
少年の影が幾重にも重なって踊り、巨大な魔獣のごとく危険な存在に映った。
「ノルブリンカ?」
どうしましたと小首をかしげ笑う少年に、荒くなった息をごまかして吐く。
いつの間にか立ち止まっていたのだ。本当の弟はとっくに中庭の真ん中にいて、緊張を隠せずうつむいていた。
「……アユムのことだから、打ち合ってやるつもりかもしんないけどさ」
ついに言葉を探し出せず、見つからぬまま少年に向きなおる。
図星だったのか少年は気まずく体を震わせた。ノルブリンカは真面目な視線で、ささやくように言葉を選ぶ。
「全力で、相手をしてやってほしい!」
決心と、覚悟をこめた笑み。
それがなにを意味するか、本人もわかってはいなかった。しかし全力で走るのが彼女の生き方である、それしか知らないのだから……。
ノルブリンカは前を睨み、再び歩きだす。
背を見つめていた少年は、ひと呼吸して目を閉じた。語られた言葉を呑みこみ、彼女の想いを理解する。
半眼に開いた瞳になにを映したのか。
少年は静かに、両手の手袋を外した――。
☆
サーランバチームは、サーランバ卿、ダーナ卿、プリンスとならぶ。
各自、革鎧に剣と盾、日本刀、プレートアーマーにツーハンドソード。
アユムチームは、アユム、ノルブリンカ、マーラとならぶ。
各自、燕尾服に片手剣、丸腰にチュニック、丸腰に貴族服。
同属性――くしくも同じ「力」が対面におり、視線による戦いが起こっていた。
騎士の決闘ではあるが騎士に見える者はいない。サーランバ卿は兵士だったし、プリンスのプレートアーマーは時代を先取りしすぎている。
因果伯の存在がいかに異質であるか、この顔ぶれが教えていた。
「剣闘士競技会ほどの華々しさは望まないにしても、せめて角笛はほしかったな」
そこまで大仰にはできず、件のプリンスは心底残念そうに肩をすくめる。開始の合図を告げる紋章官もいないため、サーランバ卿を見た。
戦いの発端となった一番歳若い少年に、全員の意識が集中する。
「……っいざァ!!」
サーランバ卿はひとつ頭を振ると、剣を抜き放ち吠えた。
抑えられぬ動悸が震えを増幅し、強く握られすぎた剣まで伝わっている。
「がんばれ――サーランバ――っ!」
「サーランバ……っ!!」
同期の小姓たちが呼応し、二階の廊下で叫ぶ。
悲観をあかす絶叫であり、いっそ泣き声にも聞こえた。戦場に立つ友の小ささが浮き出て見えたのだ。
年上の因果伯たちにも経験と記憶がある、初陣の恐怖と興奮。
「まあいいか、観戦している貴婦人もいないし」
プリンスの軽口に、皆が苦笑を返答とする。
――異口同音に叫ばれた。
『邪土』!
『炎生』!
ノルブリンカの頭上に「カーン」に酷似した文様が浮かび、淡く発光する。
月桂冠が呼応し脈打った。
頭部から胸元へ、そして足先へ文様が通過していく。
『熱いトタン屋根の猫』!
サンフラワー色のプレートアーマーを、全身にまとった姿を現した。
ダーナ卿の前方に「カーン」に酷似した文様が浮かび、淡く発光する。
柄に埋めこまれた白い鉱石が呼応し脈打った。
居合抜きで文様を斬ると、刃先に鈍く輝く鉄の刃文が浮かび上がる。
『磨穿鉄硯』!
鈴の音を鳴らし、再び鞘に納めた。
マーラの足元に「カーン」に酷似した文様が浮かび、淡く発光する。
ハイヒールが呼応し脈打った。
砕け散れとばかりに文様を踏みつけると、青い炎がわき立つ。
『淑女の嫉妬』!
コタルディの裾を持ち、軽くステップを踏むと青い炎が躍った。
プリンスの全身数か所に「カーン」に酷似した文様が浮かび、淡く発光する。
プレートアーマーに埋めこまれた赤い鉱石が呼応し脈打った。
マントを外し高く放りあげると、舞い落ちるマントが一瞬視界を塞ぐ。
『添い寝フレンド』!
再び現れたのは、全身が赤く燃える炎の化身だった。
「うおおおお――――っキタ――――~っっ!!」
「やっぱり『炎生』しかないな! 炎はなんに対しても脅威だろ!」
「弱者を守るべきが騎士道! 守護者たる我らは『邪土』一択!」
「ああっすげえ……俺もいつか、啓くことができたら……っ」
瞬時に顕現した異様ともいえる輝きに、騎士学校生がわき立つ。
「S属性の『邪土』と『炎生』を同時に見られる機会はめったにない。そも戦いにおいて攻撃と防御はどちらも重要だ、それらの特徴を『力』として顕現させるのが『カルマ』であり――」
先輩騎士の幾人かは物知り顔で属性の解説をするが、ほぼ聴かれてはいない。
誰もが異質な「力」に目を奪われていたのだから。
「甲冑を着ればすむ話だ! なにより敵を排除するほうが先決だろ!!」
「攻撃しかできぬ炎より、万能な鉄の優位性すら理解できぬか!!」
喝采と殴り合いのなか、端にいる二人の少年に注目する者はいただろうか。
一方は緊張感のあまり、周囲を見る余裕もない。もう一方は祈るように、右手を胸に当てている。
『門を啓きし者』――!
少年のささやきは歓声にかき消えていた。
服に映った右手の影に「キリーク」に酷似した文様が浮かび、淡く発光する。
じわりと湿度が高まり、胸から発生した白い煙が中庭をおおっていく。
「おい、アユム!?」
「何事か……面妖なっ!」
「あら~観戦しにくくなっちゃうわねえ」
「アユム卿は「木口」が使えるのか!?」
瞬時に反応したのはやはり因果伯たちだった。叫ぶ間もあれ白い煙は止まらず、完全に中庭を包み隠してしまう。
空気を水蒸気を大量にふくんだ、飽和状態に返還したのだ――「濃霧」である。
「ええ――――~…おい、おいっ? おい――――っっ!?」
「ぎゃあああ――――っなんだよこれェ!!」
霧のプールとなった中庭で、観戦者が絶望の悲鳴をあげた。
手を伸ばすと指が薄く見えるほど、視界が完全に白くおおわれている。おそらく「カルマ」による作用なのだが、何が起こったのかわからない。
一階で観戦していた先輩騎士は、頭を抱え地団駄を踏む。
皮肉にも二階や三階にいた、従騎士と小姓のほうが観やすかった。アユムチームがおこなっている奇妙な動きも……。
――ダーナ卿は動けなかった。
対面のノルブリンカは武器を所持していなかったのだ、つまり徒手の攻撃。
有効範囲は短いが武器の重さがなく、速度は反射神経を凌駕する。濃霧によって視界は数メートル……徒手の距離だった。
しかもバケモノのごとき怪力を、アマゾネスで目の当たりにしている。
死角から予期せぬ打撃を受ければ、一撃で昏倒させられるに違いない。軽々とはつめていけなかったのだ。
「ふぅ……攻撃に対して、抜刀を合わせる!」
しかしダーナ卿は、己の刀速に絶対の自信を持っていた。
霧に集中して気配をとらえ、どんな攻撃にもカウンターを――考える間もなく、左斜めから青い炎が撃ちこまれる。
「――っ!?」
驚愕の言葉すら抑え、剣を抜き打ち消した。
熱波が半身をかけ抜け、呑んだ息を静かに吐き出す。切っ先が鞘に残った状態、剣を下げる左だからこそ寸前でかわし得たのだ。
予想外の攻撃に、くらえば終わっていたと理解する。
「動かないでくれて、助かったわ~」
霧のなかから意外な言葉と、意外な姿が合わさった。
コタルディの裾を上げ、やけに色っぽい女性が――マーラが現れる。
「ダーナ卿の日本刀――剣に、刃先はついていません」
アユムはアマゾネスで、ダーナ卿の抜刀を「視て」いた。
誰もが状況に困惑するなか、抜き手も見えない刹那を無意識に切り取っている。
「炎生」か「邪土」かはわからない。だけど特殊な様相であり、関わりがあるのは確かだと推測していた。
ノルブリンカのプレートアーマーとて、「カルマ」による産物。
だけど「力」は相殺できても、達人レベルの速度に対応できるかはわからない。
徒手の怪力を主とするノルブリンカとは、相性が悪すぎるのだ。
「そこでどのようにならぼうと、ダーナ卿にはマーラさんが対応してください」
速度に対しては手数で相対。
こちらもアマゾネスで、重機と見紛う連打を見ている。
「んじゃあたしはプリンスと、同じ甲冑対決か!」
ノルブリンカが月桂冠を見上げ、二の腕に気合を入れてたたく。
「……プレートアーマーって、着るのに従者の手を借りて十数分かかるんです」
「ジュースウ……なんて?」
重量は肉体強化で補えても、防具であるのは変えられない。
小首をかしげるノルブリンカに、同じではないですよと笑ってつけ足す。
「でも目の前で交代してたら、対策してると気がつかれるんじゃな~い? 素直に見逃すかしらねえ~?」
マーラのもっともな反論に、少年は少し困って頭をかく。
「まあ、なんとかします」
作戦と呼べるほどでもないですけど、因果伯が足を止めるくらいの効果は――。
「本当になんとかしちゃうんだから、変~な子ねえ」
マーラが笑いながら青い炎をまとうハイヒールを揺らす。ハイヒールそれ自体が「偸金」で生産された、複数の返還価値を内包する特注品。
突如発生した霧には驚いても、作戦通りに位置を変えたのだ。
「――はっ!」
一転風切り音が鳴り炎が弓引かれる。コタルディの裾をたくし上げ、腰を切って右に左に蹴りを放ち炎が舞い飛ぶ。
音楽が鳴っていれば、フラメンコかカポエイラを連想させ得た。
アユムが若干だが覚えていた違和感。マーラはハイヒールによる、「蹴り技」を得意としていたのだ。
「おおおっ!」
ダーナ卿とて並ではない。混乱からは即座に回復し、視界の悪い霧のなかで残像を起こす蹴りを剣でさばく。
しかし刃先から、鉄の輝きが鈍っていた。
マーラの炎によって溶け潰されたのだ。アユムが「視た」とおり、ダーナ卿の剣は模造刀であり刃はついていない。
甲冑に対応したロングソードなど、切れ味を求めず殴打する武器もある。
「カルマ」を啓かず使用するさいは、それで十分だった。
「邪土」によって限界まで研ぎすまされた刃先、そして肉体強化によって瞬発力を中心に高めた抜刀術。
「斬る」ことに特化した戦闘スタイル――それがダーナ卿の選択した道。
『邪土』!
再びダーナ卿の前方に文様が浮かび、斬って鉄の刃文を浮かび上がらせる。
『炎生』!
マーラの前方に文様が浮かび、蹴り飛ばす勢いで撃ち抜く。
青い炎が放たれ、受けた刀身の刃文が歪む。
「ぬう……っ」
ダーナ卿に苦悶の表情が浮かんでいた。
炎をまとったハイヒールと、模造刀が鈍い打撃音を奏でる。体さばきだけでは、マーラの蹴りの速さに対応できないのだ。
どうしても剣で受けざるを得なくなり、刃先が変形してしまう。
「こやつも、バケモノかっ!」
さすがに面と向かって言えず、心で叫んだ。
「うふふ~っ『炎生』は鉄の溶融や加工に適してる……なんて奇天烈な発想する、少年を知ってるう?」
「鉄の……溶融!?」
マーラの炎は鉄を溶かす炉である。
ダーナ卿にとっては、最悪の相性といえた。




