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M属性 ~嗚呼、あなたに踏まれたい~  作者: 高谷正弘
第二章 港湾都市サーガラ
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五十四夜 コンクリート

「マナスル城の謁見の間に使用するため――サーガラより北西にあるターダ山から大理石を切り出した。ナディ川を使用し、バージ船を用いて短時間で搬入することが可能だったためである」

 ……マナスルの歴史。



 ぼくはサーランバ卿と先輩騎士三名、そしてダーナ卿をともない街外れに行く。

 闘技場の白い石壁を説明するなら見せたほうが早い。しかし街のこれからを担う施設でもあり、念のため領主のノルブリンカに是非をうかがう。

「別にいいよ、減るもんじゃなし」

 ……強い方だ。

「まあ確かに、簡単にマネはできないんだけどね」

 住居が少なくなり山が近づくと、通りの両端に白い小石が積まれていた。

 なぜ石が集められてるのか、皆は一種異様な風景を見回しながらついてくる。

「この石……いや、まさかな」

 先輩騎士はなにかに気がつき首を傾げていた。

 ちょうど石を運ぶ背負子を持った数人の市民とすれ違い、手を振って挨拶する。

「お疲れ様です、疲れがたまったりとかケガの問題はないですか?」

「ありませんよ、本当に心配性ですね――アユムさま!」

「もっと気を回さないといけない方、いるんじゃないですか?」

 袖を引き合い、弾けたような笑いが起きた。

「石を運ぶときはグループ行動厳守ですよ。事故の発生には十分注意をして、絶対に無理をしないでくださいね」

「は――――~いっ!!」

 起きてほしくはないけど、万一の事故対策に強く通達してある。

 会釈して別れると、喉で笑い合ったあとものすごい絶叫があがった。

「女性が明るくて元気だと、それだけで楽しくなりますね」

 アマゾネスの女性は本当にはつらつとしてて好感が持てる。

 ただちょっとだけ、噂と想像の伝達率が速すぎるけど……。

「それはわかりますけど……今のは顔見知りでもない平民ですよね? アユム卿は普段からあのように、気さくに話しかけるのですか?」

 サーランバ卿が意外そうに訊いてきた。

 そも上流貴族であれば使用人ですら貴族の弟妹。立場的に平民とは接点がなく、気を遣う以前の話なのだ。

「そうですねえ出会ったら挨拶でしょうか、そのほうがうれしいので頼みました。それに皆さんには本当にお世話になっているので、自然と頭が下がります」

 先輩騎士も貴族で意識の差があるのか、説明しても半信半疑のようだ。

 ダーナ卿だけが面白そうに見ていた。


 積まれた小石の道を通り木立を抜けると、開けた場所に出る。

 鉄を打つハンマーの音が周辺にこだましていた。安全と騒音対策のために街から距離を置いて建てられた、アマゾネスの鍛冶場である。

 石壁に囲まれた木炭高炉からは煙がのぼり、風車からフイゴ送風の音が響く。

 高さ約四メートルで内径約二メートル、平均的な製鉄高炉だった。

「っアユム卿これは……これ(・・)はいったい、なんですか!?」

 息をのんでサーランバ卿が問う。初めて見る者は誰もが凝視してしまうほどの、異様な建造物が隣に(・・)そびえていたのだ。

 高さ約一八メートル――四階の高さで、内径約四メートル。

 中ほどから徐々に絞られ、頭頂部は一メートルの幅となる。外部はレンガ造り、いびつな塔のてっぺんから薄く煙がのぼっていた。

 切り立った崖に、「煙突」がへばりついていたのだ。

「山口県の指定有形文化財であり、国定重要文化財。最古のセメント焼成窯、その形から『徳利(とっくり)窯』と呼ばれています」


「ヤマケン、セメン……トクリ窯?」

 どの部分に注視すれぼいいのか、ただ見上げて口を開けるしかない。

 へばりついているのは、「徳利窯」と「たて窯」をかけ合わせ、半分以上が崖に埋まっているからだ。

 レンガの総数が膨大となるため苦肉の策である。

 周囲を鉄柱で補強しているので、異様さがさらに増していた。自然相手と違い、こちらはかなりの力技を使っている。

 ノルブリンカに頼み、「カルマ」で鉄を生成してもらったのだ。

 高品質の鉄鉱石でも、得られる鉄は約五〇パーセント。しかし土から「邪土(じゃどう)」によって精製される鉄は同質量。

 質量保存の法則を超越していた。

 さらに発現するのは超高純度――「百パーセント」の鉄である。

 鉄は純度を上げると灰色から銀の色彩となり、延性が向上し割れがたく塩酸でも溶けず錆びないといった性質を持つ。

 現代でも製造が難しく、妙な光沢を放って見えるのはそのためだ。

 然るべき場所へ持っていけば価値は計り知れない。あまつさえ不純物を取り出す十八時間の精錬過程がなく、即座に鍛造される。

 そしてマーラさんの「炎生(えんじょう)」で、鉄柱に加工してもらう。

 返還する土や木は山にいれば無数に手に入る。なによりO属性やS属性と違い、肉体や精神へのダメージ皆無がすばらしい。

 便利どころの話ではない、率直にいってすごくうらやましかった。

「鉄がほしいと乞われて引き受けたけどさ……『力』をまんま鉄の生成に利用するなんて発想、アユムだけじゃねえかなあ」

「炉の代わりにされるのも、初めてだわあ」

 得難き御業に対し、少々不敬だったかもしれない。

 二人はさらに肉体強化で崖に穴を穿ち、運搬に設置にと働く。S属性の「力技」によって、短期間での建造を可能にしたのだ。

 むしろお礼に食事を作るだけでは申し訳ない。

「ウールドにも感謝したっけ、ぼくは本当に恵まれている」


「すべての工程をおろそかにするな! 鍛接、鍛造、焼――炎を見定めろ!」

「鉄は熱しすぎると逆に脆くなる! 炎に耳を傾け、炎を受け止めるっス!」 

 鍛冶場を覗くと、セツとバンダがなにやら指示を飛ばしていた。

 二人ともホーマ親方の弟子であり、鍛冶屋ギルドに加盟している職人。技術力を認められ親方加盟金を支払い、徒弟を育てる親方でもある。

 セツとバンダにとり鍛冶が生活の一部なのだ。

 女性に憧れの瞳で見つめられてるのに、仕事場では顔つきが違う。プロなのだと尊敬する一面だった。

「はい! わかりました親方――っ!」

 小都市のアマゾネスでも、職人の組合――ギルドは結成されていない。

 誓約や規則を嫌い、なにより「男性」に当初は警戒心むき出しで接する。しかし元王都で磨かれた技術に、女性鍛冶職人のまなざしは尊敬に変わった。

「心の炎を制すんだ! 雑念をもって当たる奴は、鍛冶場(ここ)からたたき出すぞ!!」

「はっはい――っ!!」

 仕事場にさらなる緊張感が漲った。

 剣闘士競技会の開催が宣言され、兜に鎧にと休む暇もない。

「邪魔しちゃいけないな……」

 ぼくは気がつかれる前に、顔を引っこめて通りすぎる。

 バンダは徳利(とっくり)窯の建設時から、鍛冶職人として培った技術をフル活用していた。

 建設の足場に補強用の鉄柱にと、マーラさんと組んで鉄を打つ。

「鍛冶屋にとっちゃ炎は神様でス、さしずめマーラさまは女神様っスね!」

「お世辞言っちゃて――~っもう」

 つねられた二の腕から血がにじんでいたけど、見なかったことにする。

「俺……アユムさまについてきて、よかったス!」

 うん……うん、その涙はどっちの意味か聞かないでおこう。


「まずはここで七日かけ、原料を焼成し『クリンカ』を精製します」

 徳利(とっくり)窯ではマスクをした数人が忙しげに働いていた。下部の火床を外して中から灰色の塊を運んでは、箱に納めていく。

 排出作業の邪魔にならないよう、離れて説明をする。

 本家(・・)は約一〇トン精製できたそうだ。こちらは焼成過程が悪いのか、五トンしか精製できなかった。

 今はなんとか七トンまで可能となっている。

「原料の大半は道の端にあった、大理石の小石です」

「せっかくの大理石を、灰色の石にしてしまうのか!?」

 クリンカを持ちながら説明すると、先輩騎士が「やはり」と驚いていた。

 言外に信じられない行為、もったいない行為だと見比べている。

「とても石材としては使用できない塊や、はがれた部分ですよ。大理石、方解石の組成は炭酸カルシウム――石灰岩です」

「大理石」は石材名で、鉱物としての名称は「結晶質石灰岩」である。

 石灰岩の不純物が再結晶化で消えて、見事な純白色となるのだ。カルスト地形は石灰岩、セメントの原料となる石灰石で構成された土地を指す。

 ぼくはターダ山からマナスルに大理石を運んだ歴史を、記憶(・・)している。


 なぜウダカではなく、サーガラなのか。

 第一に塩を、第二にセメントを……コンクリートの製造が絶対に必要だった。

 そしてもう一点、どちらもナディ川を使用し「大量の搬入」が可能なこと。


「このクリンカを粉砕します。今はノルブリンカ……領主が一任していますけど、風車にトリップ・ハンマーを設置する予定です」

 徳利(とっくり)窯のそばに雨除けの、簡易的な小屋が建っている。

 そこには持てそうもない鉄のハンマーと、鉄板が敷いてあった。面白そうだからあたしがやるといって、ノルブリンカが離さなかったのだ。

 黒く煤に塗れた領主の顔が浮かび、想像できたのか全員の顔が引きつる。

 サーランバ卿が持ってみてもまったく動かず断念。なぜか全員がチャレンジし、ダーナ卿だけがなんとか持ち上げられたので拍手が起こった。

「あやつは……バケモノかっ!」

 肉体強化にも向き不向きがあるようだ、悔しそうに笑っている。

「これであとは石膏を混ぜると『セメント』の完成です。袋に入れて運搬し、現地でほかの材料と混ぜ『コンクリート』の型枠に流します」

「これが考える(クォギート)……いえ、コンクリートですか」

 鍛冶屋の前に石枠用の鉄製型がならべてあった。

 製作に携わるも者に「現物」を見せるための、完成試作品である。

 アマゾネスでは側溝掘りで出た砂と砂利を流用していた、足りない分は沢の石を拾い粉砕して使用する。

 まずは大通りから、順次石枠の側溝に切り替えていた。

「二十四時か……一日(・・)でかなり固くなり、七日を基本の硬化時間としています」

 コンクリートは時間の経過で硬化が進み、約一年で百パーセント近く固くなる。

「この石枠とやらも、ハンマーほどではないが重そうだな」

「チャレンジしてみます? 型枠を外せば長さ六〇センチで約六〇キロ――っと、大人一人分の重さですね」

 市民が運びやすいよう引っ越しベルトも製造した。ロープではなく編みこんだ布と補強タオルで縫製し、体の負担を減らす。

 はねつるべを製作したときの経験が役に立っている。


「このコンクリートが壁となり、側溝となり――そして道となるんです」

 マナスルと同様市民の生活が安定するには、住居と利便性と移動の効率性。

 コンクリートはすべてに利用できるのだ。

「王道の白い塊! あれはこの、コンクリートだったんですね!」

「あまりに酷い個所は埋めておきました、馬車の往来が激しいと難しいですが……幸い当時は少なかったので」

 アマゾネスの噂が広まった今だと、困難だろうなあ。

 過去マナスルに大理石を送っていた王道は、幸いにも生きて(・・・)いた。大量の石灰石をサーガラに運び、ナディ川を利用しパージ船でマナスルに送る。

 ウールドの短剣を隠して……。

「皆さんが驚かれた闘技場も、このコンクリートでおおったのです」

「おおっ! やはりこのような技術で、施工された建物だったんですね!!」

「なんとすばらしい、石にしか見えない……っ!」

 先輩騎士がため息をつき、石枠を触って感心していた。

 それを横目に、なにかに気がついたサーランバ卿が恐々と問うてくる。

「ですが王道は国家が管理をする設備です。いかなる理由でも勝手に改修しては、殿下に対して不敬となりませんか?」

 責任問題に発展しないかと、危惧してくれた。

 ぼくは笑って反論する。

「道の整備が末端まで届かず滞ってるのは国の責任です。ヴィーラ殿下の不備と、申し開きしてもいいくらいですよ」

 配慮や注意が行き渡らないのなら、システムを新たに構築すべきなのだ。

 ただ不思議なことに、情報伝達に関してなら一点方法がある。そうおそらくは、握りつぶされてしまった技術が……。

「今度ヴィーラ殿下にお会いしたら、指摘しておきましょう」

 同意を求めて見回したら、全員に目をそらされた。



「――アユムへの報酬が、こんな小石でいいのか?」

 以前申し訳なさそうに、褐色の領主が頭をかいていた。

「なんだったら屋敷に敷けるでっかい大理石だって、持ってってもいいんだぞ? そうだ石工職人を呼んで、新たに切り出そうか!?」

 街の発展のお礼に、どんな要望でもかなえたいんだ――。

「気にしないでください、国を磨きあげるのがぼくの使命ですから」

 それに所領がありませんので、いただいても使う場所がありませんと笑う。

「姐さん、領主の婿が街のためにきばるのは当然だよ」

 あっその誤解まだ生きてるんだ。

「あたしらが言うのもなんだけどさ。メシはうまいし面白いしで、坊主を狙ってる女むちゃくちゃ多いんだ」

「姐さんはいい体してるし器量もいいんだから。さっさとモノにしちまわないと、未婚女が生殺しんなってますぜ」

「早いとこ元気な子を産んでくださいよ、姐さん!」

 女兵士の集団に取り囲まれ、なかば無理やり横にくっつけられる。

 ジャーラフが怒鳴りこんできて、カレシーが飛び出して大騒ぎになったのまでは覚えてるけど……どう収集つけたのか記憶にない。

「お酒が飲みたくなるのは、ああいうときなのかもなあ」

 街をこんなにも発展させた第一の功労者は、そんなアマゾネスの市民だった。

闇癡(あんち)」を使うまでもなく、ぼくはすべてを記憶している。

「やるぞ――っ!!」

「おお――――~っっ!!!」

 ノルブリンカのひと吠えで、市民千五百人は一も二もなく天に拳を突く。

 建設の意味や理由は何ひとつ聞いてこなかった。なのに悲壮感はなく瞳は輝き、ノルブリンカの背を見上げるのだ。

 確かに四月~五月は、農作業が本格化する前ではあった。

 放牧と養蜂も自然まかせですむのが功を奏したとはいえ、すでに「信じている」の域は超えているのではないか。

 明け方から日暮れまで石を運び、いたるところでレンガを作る。

 闘技場で培ったノウハウを最大限に生かし、レンガ窯に群がり焼いた。

 足腰の弱ったお婆さんが杖を手に座りながら作業をし、子供が文句も言わず走り回って雑用を引き受ける。

 保存していた食料を切り崩し、殉教者となってただ黙々と働く。

「姐さんがいなきゃ、あたしら死んでたから……」

「今こうして働いてメシが食えてる、ありがたくって仕方ねえや!」

 若い娘が泥に染まり、石や木のすり傷にまみれて笑う。

「力技」が使えたのは――石灰石を運び、レンガを焼いた市民の力があったから。

 セツが合流し、お風呂や屋台の準備に入ってくれたおかげで安堵した。ようやく市民へお返しができると。

「ヘロンや他の偉人に勝るとも劣らない、無名の者達による歴史的偉業」

 ぼくには頭を下げるほかない、感謝でいっぱいだった。


「ノルブリンカ円形闘技場の、化粧なおしができませんか!?」

 徳利(とっくり)窯が完成し、市民は自由に形を変える白い石を見て希望する。

 闘技場の石壁は「面積み」だった。大きさの異なる石の面を合せて積む方法で、野趣あふれると言っていい。

 しかしサーガラやマナスルの城壁は、「割石積み」や「切石積み」である。

 割石を使用し形状規格が一定していて、練積みをするとさらに見栄えもいい。

「今のままでも堂々たる迫力と、十分な圧倒感がありますけど……」

 ぼくは壁をおおう必要を感じなかった。だけど「ノルブリンカ円形闘技場」は、全市民が力を合わせて建てた街の象徴。

 我が子と呼ぶべき、特別な思い入れがあったのだ。

「アマゾネスを訪れる過客に、美しい姿を見せてやりたいじゃない!」

 そも酸化鉄の少ない白いコンクリートである。足場を組んで外壁に型枠を立て、鉄芯を入れ固定しコンクリートを流しこむ。

 様子を見ながら七日後に型枠のギプスを外した。

 大きな歓声に輝く白亜の闘技場は――「アマゾネス」の誕生を祝う、白く巨大なデコレーションケーキに生まれ変わる。


「これが領民の力……サーガラもこのように、美しくなるでしょうか」

 闘技場を見上げ、サーランバ卿が感嘆していた。



 ☆



 その日サーガラの中央広場を通る男性は、押しなべて盗み見をする。

 サンフラワー色に月桂冠を染め抜いた旗――剣闘士競技会の開催を表した旗が、風に吹かれはためいていたのだ。

 知る者にとっては一目瞭然、「あの街」のイベントだと。

 確信して通りすぎ、振り返って確かめ、ここぞとばかりに腕を組み思案した。

「どうやって、コッソリ向かおう……」

 酒場で、仕事場で、街角で――極秘に練りあげられる作戦。

「アあ、ソウイエば出張があってサア」

 それとなく、ごく自然に語られる数日会えないとの会話。

 恋人や妻子に意味もなさそうにプレゼントを贈る。不審がりながら受け取られ、別になにもないよと陽気に笑う。

「大丈夫、バレてない!」


 合わせて街から、小麦粉や豚鶏肉や野菜が飛ぶように売れていた。

「あの街」の関係者がイベントのため買い漁っているのだ。負けずに屋台持ちまで競い買うので、品切れとなる倉庫まであった。

 商人からすれば売り上げが伸びていい話なのに、なにか不気味だ。

 普段の客がどこかで金を落としているのか、総利益が減ってはいなかったか?

 週に一回の市場で、あきらかに屋台が少なくなってはいないか?

 いつも混みあっていたはずが、歩きやすくはなかったか?

「そういえば……」

 いったん疑問を持つと、節々に違和感がつきまう。

 加速する噂は職人ギルドにも向けられた。

「規定は、守られている……」

 小売商ギルドの役員が重い口を開き、どうにかそれだけの返答を返す。

 喜んでいるのは、「あの街」に向かう行商人だけだった。

「絶品三獣士が!? 市場扱いとなったのか……急がなくてはいけないな!」

「オイ、声が大きいっ!」

 会話を聞かれた行商人が口を押え、慌ててギルドから出ていく。

 サーガラに店を構える地元商人や個人商人は、取り残された面持ちになった。

あの街(・・・)が絡んでいるとはいえ、いち地方の催し物(イベント)……だよなあ?」

 誰ともない疑問に、答えは返ってこない。


 何かが起きようとしていた。



 サーガラ領領主、サンガ伯爵の朝は早い。

 六時には起床し、スケジュールに合わせて整髪し、衣服を整えてミサを捧げる。

 日課である市民の陳情を聞き、手順通りに処理を下す――はずだったが、血相をかえた家令が早足で中庭に現れた。

「おおいかがした、其方(そなた)が慌てると市民が緊張してしまうぞ」

 珍しく戸惑う姿に、サンガ伯爵はあくまで優しく問いかけると耳打ちされる。

 頼もしさと軽口に起こった笑い。集まっていた市民は、領主の髭が上がったのに気がついただろうか。

 少し早いが問題が起こり、退席するむねを市民に謝罪。

「なにも心配はない、これからもサーガラの基盤は揺るぎはしない!」

 豪快に笑う。この大きく太い笑いを、市民は支持しているのだ。


「職人ギルドから、本日開かれる市場の商品リストが届けられました。どうも記載もれがあるようで、早朝から確認に走っていたのですが……」

 サンガ伯爵が城館に常備されている、四頭立ての貴族用馬車(コーチ)に乗りこむ。

 即座に詳しい話を、家令に問いただしていた。なぜか差し出されたリストには、街頭商人や行商人が扱う商品がほぼなかったのだ。

「なんだこれは、出店名簿はどうなっておるのだ? ここ数年はさしたる変化も、なかったはずだが」

 市場でも場所取りや縄張りは存在する。

 中央に近いと客の流れが集中するため、区画による出店料が異なった。いわゆる「地割」も職人ギルドが仕切っており、新規参入は難しい。

 それがサーガラの地元商人や個人商人しか載っていない。

「これはその……噂で、ございますが」

 年老いた家令が歯切れも悪く切り出す。

「サンガ伯爵令嬢の、旗が立っていたと……」

「――ノルブリンカの!?」

 馬車が中央広場につく。

 違和感はまず、馬車が一度もスピードを緩めずに走った。

 次いで、いつもなら騒がしいまでの喧騒が響いてこなかった。

 サンガ伯爵は馬車の窓から見ても信じられず、降りて確かめた。


 今日は市場の日である、旗もしっかり立っている。

 しかし普段の日より市民がまばらで、主婦や女性だけが所在なげに歩いていた。

 商店の主人がうなだれ、頭を抱えている。

 サンガ伯爵の顔から血の気が引き、体が疑問に震えだした。

『領主が声を荒げ、感情のまま怒鳴る姿など見たことがない』

 それがサーガラ領領主の、サンガ伯爵の評判であり――…。


「これはいったいっ! どうしたことだ――っ!!」

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