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M属性 ~嗚呼、あなたに踏まれたい~  作者: 高谷正弘
第二章 港湾都市サーガラ
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五十三夜 継承者

「領主の館で食事をする者は無口になる」

 市民の間にそんな噂が流れている。

 本来は腹がふくれれば満足する領主だった。だが「奇天烈な少年」が来てから、()が異様に上がったのだ。

 誰もがおいしさを味わうのに夢中で、会話をしなくなる。

「領主の館」と呼ばれていても、街中にある少し立派な建物だった。過度な装飾を嫌うノルブリンカは、当初普通の住宅を希望していたほどだ。

 申し訳程度に木柵で囲まれてはいるが門はなく、当然門衛もいない。

「留守がちにするからいらないよ」

 笑って断られ、家政婦長は納得と苦悩でかぶりを振る。

 領地を管理する家政婦長は元上流貴族。家令につき従い読み書きの経験もあり、街の帳簿管理を一手にまかされていた。

 兵士に体力や腕力ではなく認められている、稀有な存在でもある。

 目下の悩みは通常なら婚礼をすませていよう妙齢の領主に、どうやって婿を迎えさせ所領の安定を図るかだった。

 二言目には「婿」と口を開く家政婦長と、逃げ回る領主の姿はすでに慣例。

 アユムが来たときは「ついに!」と小躍りしたあと、落胆させる。ほかに使用人はおらず、領主の帰宅時に市民が交代で務めていた。


「今夜はガーリックカルボナーラです、食器(フォーク)をご用意しますね」

 風呂のあと全員が領主の館に誘われ、ホールには食器の音だけが響く。見たこともない料理を、小姓のような少年が運んできたのだ。

 ロングパスタとにんにくに卵黄、厚切りベーコンに細かく磨り潰したチーズ。

 にんにくにベーコン――豚肉を合わせるとビタミンB1の吸収率向上に繋がり、疲労回復や免疫力の向上に役立つ。

 兵士には特に向いていると、生地にもにんにくが練りこんである。

 先輩騎士らは奇妙な配膳に、表情も隠さず眉をひそめた。前菜と称した生ハムのマリネやテリーヌがならび、次いでスープとパンがくわわる。

 どれも信じられないほどおいしいのに、どうにもマナーがなっていない。

「なぜパンが薄切り(スライス)されているのだ、ケチってるのか?」

「護衛をしているからといって、身分が低いと侮ってるのではないだろうな!?」

「だいたい貴族たる我らに、熊手を持てとはどういった了見か!」

 しかしパスタの匂いに刺激され、我慢できず見慣れぬ熊手(フォーク)を握った。

 元は調理器具用に製作された二又のフォーク。以降にパスタを食べやすいよう、弓なりの四又が考案された説もある。

「なっなんだこれは、イットリーヤのニセモノめ! たっぷりと茹で伸びまくってデロデロの麺が正式であり……なっとらん!」

「こうまで似て非なる料理にしおって! 手間がかかる高級な料理を台無しに……まあ不味くはないがな、それにしてもだ!」

「我らだから大人しく食べておるのだぞ……まったく、なあ!」

 つるりとした麺の食感、厚切りベーコンの歯応えに肉汁が口内で暴れ回った。

 ひと口目より二口目……奥深く重なる味に、食べながらも喉が鳴る。フォークに手間取りながら、一部手づかみでがっついた。

「ん"ん"……ああすまぬが少年、このパンをもう二~三枚ほしいのだが」

「ではそれがしも「でしたら拙者も――」


 アユムはイダム卿の婚礼でイットリーヤを食べ、味への要求があふれてしまう。

 ジャーラフに胸の内を叫んでしまったせいもある。言語化して想いを伝えると、脳内が整理され「形」になるのだ。

 しかしパスタの代表格であるトマトがなく、ソースは作れない。

「またトマトか、なにげに重要な野菜だったんだな。さすがは一九世紀に、野菜か果物かで最高裁まで争われただけある」

 当時のアメリカは果物の輸入に関税がなく、トマトは果物だと争ったのだ。

 結果植物的には果物だが、法律的には野菜と判決が下っている。そして唐辛子も一五世紀にならないと欧州に伝来しない。

 代案でラザニアにして焼いたり、ラビオリのスープにしたりと試行錯誤した。

「試作品ですから、どうぞ召しあがってください」

 ひと口で魅了する料理を惜し気もなく披露するので、いつの間にかアユムが館の料理を一任していたのだ。

「姐さんの婿が――なんて言やいいかわかんねえ、すっげえうまいメシを作る!」

「香辛料とは違う複雑なソースに、舌とほっぺたがとろけ落ちそうでした……」

「坊主のパンには驚くよ、外側の硬い部分が少ししかついてない! マナスルにはあんな軟らかいパンがあるんだなあ」

 アユムさまの手料理だからです――どっちでもいいからまた食いてえな――。

 運よくご相伴にあずかった市民がうっとりと語る。夕方になると館の周りに市民が集まっていたことに、アユムは気がついていただろうか。

 周囲を無我夢中にさせておいて、本人はどうも今ひとつだった。

 生地を麺棒に巻いて切るタリアテッレを作り、悪くはないのだけどと腕を組む。

 麺を打ってはうなり、鍋を睨んでは調理法を描く。

「パンの金型を頼んだりと、なんだか頼ってばかりいて心苦しいのですが」

 この時代のパンは小麦やライ麦に関わらず、丸く焼きあげるのが主流。

 長方形の金型で焼く「山形食パン」が登場するのは、一八世紀である。蓋をせず上部が盛り上がる山形食パンは、気泡により軟らかくなるのが特徴。

「とんでもない! 薪ボイラーやら井戸の工具やら、楽しくって仕方ねえです!」

「俺らの技術でうまいメシが作れるなんて、鍛冶屋冥利につきるってもんス!」

 ついにはセツとバンダに頼み、パスタマシンも製作してもらった。

 ローラーカッター式は歯の手入れが難しい。大量生産するわけでもないし、機構が単純なトコロテンの押し出し式を採用。

 紀元前四世紀ごろ、すでに今と変わらないパスタマシンが出土している。

 こうしてやっと、みじん切りにしたにんにくとオリーブオイルの、単純だが納得できるパスタが食べられたのだ。


「こちらもどうぞ、さくらんぼのカスタードプディング・生クリーム添えです」

 パスタに満足し、感想すら述べず息を吐く客に甘い香りが届く。

 アユムがさらに屋台の試食と称し、新メニューを持参したのだ。

「遠心分離機を使用した生クリームです、熱々プディングに乗せ食べてください。冷えてもおいしいので作り置きし、屋台で販売はできないかと――…」

 誰か話を聞いていただろうか。お腹はいっぱいだが甘味は別とばかり、給仕する女性使用人の手元を全員が凝視していた。

 自分の分を確保し、さらに多くを勝ち取ろうと威嚇しあうのだ。

「酷~いっ! それは私のです――~っ!!」

「うおい、落ちつけマーラっ!!」

 マーラが「炎生(えんじょう)」を使いかけ、取り押さえる戦場と化している。

 人が多くなって姿を隠したジャーラフの分を、先に取り置きしてあるのがアユムの機転と優しさだった。

「数が作れないし、デザートは屋台向きじゃないかなあ。パイやテリーヌのほうが保存の観点から向いてるかも」

 周囲の大騒ぎをよそにアユムが口走る。どうやらクレープの屋台を思い浮かべ、調理してみたようだ。

 試行錯誤する脳内ではすでに、いくつかのメニューがお蔵入りとなっていた。

「アユム卿、どうか我が家の料理人となってはいただけまいか!!」

「いやいや身分を無下にすべきではない、レシピを伝授していただければ――」

其方(そなた)らアユム卿に失礼であろう、私ならば家を挙げ厚遇を約束いたします!」

 先輩騎士たちは高い身分らしく、家に招こうと激しい誘い合戦になる。

「その手があったか!」

 アユムの料理に満足し、高楊枝していたダーナ卿が手を打つ。

 我の強さでは追従を許さない因果伯の三人も、何かをたくらみ顔を見合わせた。

「お気持ちはありがたいんですけど、ヴィーラ殿下とお約束がありまして……」

 有無を言わせぬ方の名が出て、アユムへの勧誘は見事に終息する。



 ☆



 会食騒ぎが幕を閉じ、客は寝室に通された。

 一日とはいえ旅の後、幾度も驚愕し風呂に入り食事をすれば、睡魔も襲う。

 夜のしじま、褐色の領主もエールを片手に自室に下がる。ノルブリンカの部屋は彼女を体現して簡素だった。

 外部から見ればガラス入りの高価な窓があり、三又の燭台に蝋燭(ろうそく)が瞬く。

 十二分に貴族の趣を見せてはいる。なのに内部には蓋付きの木箱(チェスト)とベッドしか、備えつけられていないのだ。

 質はどうあれ、内容的には町の宿と大差はない。

 最近ではアユム手製の「ナインメンズモリス」もくわわった。手心を拒否したらボコボコにされ、兵士と特訓しひそかにリベンジを狙っている。

「こっちを先に……いや、こっちを押さえておくべきか……」

 やりかけの盤面にうなり、一手進めては戻したりと頭を抱えて悩む。

『ノルブリンカさまっ! これでは、いくらなんでもでございます!』

 家具の少なさを見かねた家政婦長が強く迫まり、なにかと設えようともした。

『自室であっても……いいえせめて、晩餐用ドレスの数着はお持ちください!』

『着飾る趣味はないしなあ、両手を振って走るのが好きなんだよ』

『趣味で着るのではございませんっ! 領主である矜持をお持ちくださいと――』

 領主のマネをしたのか類が友を呼んだのか……アマゾネスの女性は、特に兵士の大半は質素な生活を好んだ。

 大柄な兵士が家政婦長から逃げ回るのも、感慨深い光景だった。

「あいつの頭には絶対、アバカスがつまってんだ!」

 コマを置いて窓に寄り、街外れから立ち上る煙を確認しニヤリと笑う。エールの入った杯を煙に掲げて敬礼とする。

 アユムは命令をしない。

 それは常に提案であり、彼に触れた者は自分で考える癖がつく。

『坊主に教えてもらったスリングがあるでしょう、これ専用の隊を作れません?』

『弓兵は使い手も数もそろえれねえのが痛かった。盗賊は扱えるようになるまで、待っちゃくれねえしな』

『これなら持ち運びも楽だし弾切れもねえ、どうです姐さん!』

 お風呂や街の整備に、信じられないくらい採れた蜂蜜。ケガの薬や日々の楽しみになった食事。

 よくぞ連れてきてくれたと、いたるところから感謝が届いていた。

 だけど領民が自ら進んで考え、目線を上げて歩こうとする。この意識変化こそ、アユム最大の功労ではなかったか――。

 窓に背をあずけて楽しそうに両指を鳴らす。

「さてこっちはこっちで、剣闘士競技会の盛り上げを考えなきゃね! アユムから聞いたオリンピックってのは面白そうだ、来年から競技を増やそうか――…」

 ノルブリンカはサーガラ領領主、サンガ伯爵令嬢である。

 女性であり継承権はないが、有力者と関係を築くパイプ役にはなり得た。いずれどこかの上流貴族と婚礼するのは、生まれる前からの運命。

 幼少時から礼儀作法を学び、幾多の贈り物を受け、誉めそやかされて育つ。

 息女として淑やかに育てられ、質素倹約とは真逆の境遇と言えよう。しかし誰に言い含められたわけでもなく、ノルブリンカは自由奔放に走り周った。

 それが彼女の「属性」であるかのように。

 領地をほしがり、仕方なく代理として任ずる。それで大人しくなるかと思えば、伯爵令嬢のコネをフル活用して養成所に闘技場建設にと使いこむ。

 勝手に町を造り変えてしまったのだ。

「カルマ」を啓いてからは、完全に手がつけられなくなる。

 

 いっぽうで自由な振る舞いは、なにかに抗っているようにも感じられた。


 眠気と戦いつつ思案していたノルブリンカの部屋に、ノックがする。

『婿さんへのお礼は、夜にもっとしっくりくる方法が――』

「へあ……っ!?」

 マーラの囃しが脳裏に浮かび、動悸が一瞬で跳ねあがった。

「……ノルブリンカ姉さま、お休みになりますか?」

 遠慮がちに顔を覗かせたのは、褐色の肌に黒い巻き毛少年。

 それを喜ぶべきか残念がるべきか、ただ茫然としてしまい首を傾げられる。

「いっいや――~? ハハッ……うん、どうしたいあらたまって」

「姉さまを起こすときは慎重になと、ブリハスパティ兄さまから真顔でうかがっていましたので」

 でもどなたかを、待っておられたのですか――?

 少年が部屋に入りがたくしているので、「あれはたたき起こした兄貴が悪い」と軽口をたたきながら、ベッドに腰かけるよう目配せした。

「ああ確かに、こういうときは椅子がいるなあ」

 周囲を見回しても腰かける物がない、家政婦長の「そらご覧なさい!」と呆れる顔が浮かんで苦笑する。

 弟はエールの入ったコップを持って部屋に入り、ひとつを姉に手渡す。

 アユムが知れば、眠気と戦っているときにアルコールって……と呆れただろう。

 この時代の者とっては、常飲している水と同じなのだ。アルコールの分解酵素が多い体質との説もある。

「んっと……イターダキマス」

「おいおいさすがに、飲みもんのときはいらないんじゃないか?」

 サーランバ卿がコップを前に、どうにか手を合わせようと悩む。アユムが食事のときにしていた宣言を、マネしようとしたのだ。

 姉弟が目を合わせて笑う。

「それにしてもアユム卿の料理は、言葉にできないほどおいしいですね! 料理をテーブルに積まない、奇妙な配膳マナーには……正直なところ戸惑いましたが」

 マナスルではこうなのかと不安を隠し、ひと口で世界が変わった。

 弟はコップのエールを眺めながら生唾を飲む。

「なにかこう体のなかを満たしてくれるような、染みこむ温かさを感じました」

「ウチの家政婦長も最初は眉根を寄せてたっけな、今じゃあ待ち遠しいみたいだ。ソースがさらにおいしくなると蜂蜜をもらいにきてさ、速攻で差し出したよ」

「さらに……目覚ましい向上心ですね! 僕と変わらない年齢なのに、ずいぶんと知識が豊富ですし……殿下の覚えがいいのもわかります!」

 なんだか遠すぎて悔しさすらわきませんと、弟の眉が下がる。

「アラヤシキから来た少年」は、誇張や大言壮語として流布されていた。

 アユムが事実として「召喚」されたのは、上だけが知る国家の極秘事項。さすがにこれは話せないと、ノルブリンカは髪をかきながら視線をさ迷わせる。

「……もういっそ蜂蜜を全部ソース作りに回してだなあ、ソースの街として産業を発展できないかと相談したくらいさ」

 アユムに止められたけどねと笑う。

 明るい軽口には、話せない罪悪感も含まれていた。

「それが姉さまの、所領経営ですか……」

 釣られて笑ったサーランバ卿の表情が硬くなり、少し寂しそうにうつむく。

 妙なところで真面目になったなと、ノルブリンカは首を傾げて弟を見る。

「僕も数年後には従騎士となり、立派な騎士となります。姉さまがサンガ伯爵家の恥となっていては困るのです――そう説明して、今日この街を訪れたのです」

 小さな肩が震え、沈痛な面持ちで弟がうつむく。

「そうでもしないと、ノルブリンカ姉さまにお会いできなかったでしょう。変革を嫌い決断しないお父さまは、姉さまを嫌っておいでですから……」

 やはりお父さまからは、たしなめる言葉はいただけませんでした――。

 それはある種の、願いではなかったか。

 イダム卿の町が盗賊に襲われる知らせを受けても、領主であるサンガ伯爵は即座に軍を動かそうとはしなかった。

 城館に武官を呼び、情報の出所を確かめる。

 敵の規模を把握し、軍隊の編成を整え、報酬の確認をして――必要条項を埋める議会を経てから取りかかる。

 自領内の大規模な犯罪行為ですらそうなのだ。

「因果伯」であるノルブリンカが情報確認に飛び出さなければ、最終的に軍を支援していたかも怪しい。


 しかしこれは手順の上で言えば、けっして間違いではない。

 各部署が勝手に判断し行動しては、組織が成り立たない。情報を確認し判断する命令系統の一本化は必須といえた。

 足りないのはリスクマネジメント、とりわけ情報伝達の速度。

 永世中立国として百年の平和、治政の安定化がもたらした「危機感の欠如」――これが最大の懸念となり、現実化しているのだ。

 ヴィーラ殿下が危惧し、因果伯を各領地に派遣しているゆえんである。

 他国において傭兵や敗残兵による略奪や強盗、盗賊行為は「日常」と呼べるほど頻繁に起きていた。

 戦争中に敵地での略奪や焼き払い行為は、合法的な作戦でさえある。

 雇い主の貴族が戦死し給金が取れない傭兵。負け戦から少しでも食い扶持を稼ぎたい傭兵が集い、盗賊団を結成し村を町を襲う。

 たとえ盗賊が捕縛されても、虐殺された領民は生き返りはしない。

 小さな村にも自警団が組織されて、過客は身分証を常に携帯した。怪しまれれば私刑となるのだから……。

 戦争の勝者によって、敗者によって、そして領民によって死が吹き荒れたのだ。


 平和を享受できる国の緩み、危機管理の形骸化。

 サーガラ領はある意味、ヴィーラ王国の縮図とも言えた。


「お父さまは領主を、サンガ伯爵家の四代目を、僕に継承させようとしています」

 姉にとって、そして兄にとってもそれは周知の事実である。

 悟られていないと振る舞っているのは、当のサンガ伯爵だけだった。

「先輩騎士の方々にも、僕に騎士学校を辞めるよう言い含めている節があります。しかし僕は騎士になるのですっ!」

 肩の震えが大きくなり、ノルブリンカは弟を抱き寄せる。

「幼きころより騎士になるのを望まれたのは、お父さまだったはずです!」

 この時代は世襲制――親の地位を子が受け継ぐのは常識だった。

 農民の息子は畑を耕し、鍛冶屋の息子は鉄を打つ。才能資質に関わらず、領主の息子は領主となる。

 原則的に家督を継げるのは、長男であり嫡男。

 次男以降は家を出て受け継ぐ遺産もない。幼いころから親方を定め徒弟となり、職人見習いとして住みこむ。

 とはいえ貴族の息子なら、一定の教育は受けさせてもらえた。

 成人まで半数が亡くなる時代、長男が無事に育つかわからない。血統を絶やさぬため次男以降は「保険」扱いの処置ともいえよう。

 それでも上流遺族の息子であれば、授かれる領地はある。

 領地を拝領できない場合はいく当てがなくなった。長男に願いでて糧を得るか、側近となりご機嫌うかがいするしかない。

 家督争いが激化する原因となり、血縁者による骨肉の争いに発展する。

 早々に見切りをつけ、身分が低い貴族の婿に入るケースもあった。のちに長男の訃報を知らされたりと、次男としても賭けではあるが……。

 選択のひとつとして騎士爵も挙げられる。

 同じく一定の教育を受けられ、身ひとつでも立身出世がかなう。技量いかんでは貴族に仕え、領地を得られる可能性もあった。


 サーランバ卿も当然のように、兄のブリハスパティ卿がサンガ伯爵家を継承し、サーガラ領を治めると思っていた。

 昨年までは領主である父も、諸侯でさえ言うまでもない事実だったはず。

 ゆえになんら問答もなく、自分を騎士学校へ入れたのだから。

 だが数か月前マナスルに随行を許される。殿下に拝謁はかなわなくとも有力貴族の子として、緊張と興奮で気を張り仕えた。

 たとえ父に仕える貴族の多さを誇示する、単なるコマであっても。

 訪れたマナスル城で、「因果伯」に目通りする。

「O属性……」

 赤毛の幼女が舌足らずの声でささやき、運命の歯車が変わる音がした――。

「アカーシャ(もう)でか……まだやってんのか親父(おやじ)は」

 苦笑すらできず、ノルブリンカはため息をつく。

 通常は「カルマ」を啓くまで、個人の属性はわからない。唯一確かめる方法は、M属性の「予感」である。

 役立たず属性と揶揄しながら、いっぽうで頼る姿勢には賛同しかねたのだ。

 属性を確かめるためマナスルにつめかけ、アカーシャに目通りを願う。一時期に流行った「アカーシャ詣で」であった。

「カルマ」を啓ける者はそう多くはない。

 ゆえに属性婚など無意味であり、眉唾とのそしりもある。だが世間の「常識」となれば、細い糸にもしがみつくのだ。

 平民には関係なくとも、貴族には魅力的な資質――。


 O属性――「力ある言葉」によって、周囲に影響をおよぼせる「王の属性」


 サンガ伯爵はS属性である。

 それゆえ迎える妻はO属性を求めた、兄弟全員母親が違う。属性婚をくり返し、ついにO属性の息子を得たのだ。

「僕に資質があり領主を望まれるのなら努力もします。ところが理由は『O属性』である、それだけなのです……っ」

 騎士となるため同期と歯を食いしばり、泣き笑った五年が侮辱されて感じた。

 しかし兵士に求められるのはS属性なのもわかる。姉が因果伯となったように、ひとたび「カルマ」が啓けば一騎当千となれるのだ。

 自分は騎士に向いていないのでは、そんな理性を感情が許さない。

「僕は……絶対、皆と騎士に……」

 家督を継ぐ者は「カルマ」が啓こうと、因果伯へは任命されない例外はあった。

 ブリハスパティ卿は継承権の放棄表明として因果伯となる。幼いころから貴族間の争いより、職人への――彫金士への憧れが強かったのだ。

 しかしそれを認めるでもなく放逐するでもなく、サンガ伯爵はただ先送りした。

 サーランバ卿がO属性とわかるや、では次男に継承するとも公言はしない。ただ流れにまかせている。

 サーランバ卿に、プレッシャーだけをあたえて。


 旅の疲れか感情の発露か、サーランバ卿がうつむいて寝息を立てていた。

 姉に気持ちをぶつけて、安心したのかもしれない。言語化して想いを伝えると、脳内が整理され「形」になるのだ。

 プラスの影響をもたらすかは別問題だが……。

「先送りし続けた結果、絡まった糸はとけないほどもつれてる」

 親父(おやじ)が完全に間違っているとは言えない。

「だけど……正しくはないっ!」

 姉は残ったエールをひと息で飲み干すと、弟を自分のベッドへ静かに寝かせた。

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