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M属性 ~嗚呼、あなたに踏まれたい~  作者: 高谷正弘
第二章 港湾都市サーガラ
52/188

五十夜 アマゾネス

 サーガラ領領主、サンガ伯爵のモットーは寛容と寛大である。

 馬車で街を通るさい、市民が多くなればスピードを緩めるよう通達してあった。

 飛び出したり倒れたりと、万が一の危険を回避するための配慮である。

 どんなに急いでいてもゆっくり走り、声援に応え手を振るのだ。

 さらに市民に泣いている子や押されて転んだ子がいたら、即座に馬車を止め頭をなでて抱き起こす。

 これを計算やパフォーマンスではなく、ごく当たり前に果たしている。

「かっ閣下! 失礼かと存じますが、どうか話を聞いていただけませんか!」

 なので城館の廊下で領主を呼び止める無礼な行為も、注意するのは衛兵や家令の大切な役目だった。

 サンガ伯爵は皆に感謝し、どうしたのか話をしてみなさいと優しく問うのだ。

『領主が声を荒げ、感情のまま怒鳴る姿など見たことがない』

 それがサーガラ領領主の、サンガ伯爵の評判であり偽りのない人となりである。


愛する(アモ)熱意(ジェルス)……いや、アマゾネスか」

 サンガ伯爵は耳慣れない街の名に記憶を探り、やはり聞き覚えがなかった。

「はいっ! まさに愛と熱意にあふれた、サンガ伯爵令嬢が治める街の名です!」

 廊下で声をかける無礼な行為に恐縮しつつ、若い貴族は説明する。

 娘の名が出て、サンガ伯爵の髭が誰も気がつかないレベルで上がった。

「ふむ……ノルブリンカがまた何かやらかして、迷惑をかけたのかな?」

 しばらく大人しくしていたのにこれだ。父親の立場を考えてほしいと思うのは、過大な要望なのだろうか。

 寛大な領主は心でため息をつく。

 二か月近く前、城館に現れた「奇天烈な少年」のことは完全に失念している。

「いえ、とんでもございません! 市井の片方(・・)はむしろ喜んでいるといいますか、それにより混乱が生じてはと、失礼ながらお声をかけた次第です!」

 手を振り汗を落とし、若い貴族は忙しげに目を泳がせた。

 領主は会議の場で大きくはできない話――と察し、向っていた執務室に招く。

 衛兵に廊下で警備するよう申しつけると、家令には飲み物を頼む。

 若い貴族が佩刀してないとはいえ、領主が面識のない者と二人きりになるなど、安全管理において実に不適格と言わざるを得ない。

 若い貴族は初めて入る執務室に緊張しながら語る。

「それで徐々に噂が広まったのです、アマゾネスはなんだかすごいと――」



「う――~…んアマゾネスのほうがうまかったなあ」

 お客さんが奇天烈ドッグを頬張り、発したひと言からすべてが始まった。

 サーガラで屋台を営む、コールマン髭のおじさんの時間が停止する。

「マナスルのほうがうまかった」

 これは自分でもわかる、悔しいのでどうにか近づけたい。

「二軒隣にある屋台のほうがうまかった」

 百歩譲ってこれなら努力もしよう。

 しかし、聞いたこともない街のホットドッグのほうがうまい?

「アリエナイ!!」

 コールマン髭が天に突き立ち憤る。

 食品に携わり二十数年――行商のかたわら食べ歩き、味を模索した半生。ついに元王都マナスルで、自分が探し求めた味に出会ったのだ。


 噂では料理職人になる夢を見た少年がマナスルにやってきた。ある日なりゆきで狼、猿、鳩をお供にしモルディブに向かう。魔獣を討伐し「絶品三食」のレシピを手に入れたのだという……。

「食材はみんなのために、みんなは胃袋のために!」


 天に感謝した、ここまで洗練された料理はほかになかったと。

 形こそ縦長だがすでにあるパンに、すでにあるソーセージを組み合わせる。

 味気ないキャベツを煮こまず、生で食べるなんて誰が発想できた?

 キャベツとパンに染みこむ、ソーセージがもたらす肉汁のハーモニー。それらを混然と一体化させ、増幅させる恐るべき濃厚なソース。

 単純でいて複雑、簡単でいて複雑。

「パン、具、ソース……三味一体っ!」

 だから特許使用料を払い、自分の力にしていずれ越えてやると、毎日試行錯誤し味を追求しているのだ!

 今でもレシピを見てうなり、実地研修を振り返ってうなり……。

 それがぽっと出の街のホットドッグに、味で負けるだと!?

「名を騙っているに違いないっ!!」

 商人や屋台持ちは誰もが口をそろえた。

 だが名を騙ろうと「うまい」のであれば、問題は違ってくる。

「つまりアマゾネスとやらの店は、俺らと同じく特許使用料を払ってる。そのうえで一歩先をいってるのではないか?」

「ほかの製品と違い、この料理は自由競争が推奨されている。認められてる以上、品質規定違反だと訴えるのは筋違い……か」

 お客さんに迫り話を聞くと、「特許使用許可証」が掲げられていた記憶はない。

 しかし幸いにも街までは、無理をすれば馬車で一日の距離。

「マナスルと違いそう遠くはない、皆で旅費を都合して確かめないか!?」

 周囲で切磋琢磨している、同業者(ライバル)の屋台持ちたちに声をかける。小売商ギルドの加盟成員は行動が早かった。

 即座に「絶品三食」のメンバー、「絶品三獣士」を選出しアマゾネスへ向かう。


 襲いかかるように屋台に走り、獣の目つきで睨み注文し――ひと口。

「マナスルの……『本場の味』だっ!」

「久々に食べた、この心を揺さぶられる味は忘れようがない!!」

「以前に勝るとも劣らない、いやより練られてはいないか!?」

 なんとしてでも再現してやると誓った味が、それ以上の味がここにあった。

 コールマン髭がシナリとうな垂れる。

 三人は屋台の前で、食べかけのホットドッグを交差させた――。

「い、いやまだだっ! 鶏の唐揚げ、それにお好みクレープも試さなくては!」

「絶品三獣士」は休むのも忘れ、口を押さえるまで胃につめこんだ。

 潤む目は悔しさか食べすぎか。

 翌日も食べ歩き議論を重ねるが、自分の屋台を閉めっぱなしは問題だし、報告を待ち望む同業者(ライバル)も放ってはおけない。

 なにより一刻も早く「舌」に残る味の、試作に取りかかりたかった。

「絶品三獣士」は盛大に後ろ髪を引かれながら、サーガラへの帰路に就く。


「なんか……屋台の数減ってません?」

 商人がギルドで腕を組み、発したひと言から噂は加速する。

 どうやら近くの街で料理研究をしているようだ。

 ギルド的には市場でもないのに、他領地での商売は認められない。けれど勉強であり食べ歩きなら何も言えない。

 せいぜいアマゾネスの街に行きたいと渋る、行商人をいさめるだけである。

「アマゾネスって、あそこでしょう? 例の……そうそう闘技場の!」

 商人も自分が口ごもっているのは自覚していた。

 どうにも後ろめたい気持ちにはなる、しかし屋台が減っているのは事実。

「別にやましさなどありません――妻子がいるかどうかは関係ないでしょう!」

 話を戻しませんかと、声をひそめ顔を寄せる。

「俺の勘ですが……商売に関わる重大な事件が起きている、つまり投機の話です。これは経済的利益を守る、ギルドの理念に基づいた正当な問題定義です」

 平たく言えば、儲けをフイにするわけにはイカナイデショウ――?

 親方層であるギルド役員に熱く語ってしまい、咳払いをして流す。

「仕方がないので俺が見てきましょう。だから俺があの街に行ったとか、ほかの奴にはけっして公言しないでください……ね?」

 わかりました詳細は帰ったら詳しく教えますからと、袖の下をわたす。

 そうして旅だった商人はなかなか帰ってこなかった。

 ヤキモキして待っていたギルド役員は、ようやく帰ってきた商人につめ寄る。

「いやあ……極楽でしたねえ」

 商人のひと言に、事態はさらに混然としていく。



「――それでは、何もわからないではないか」

 長い話が終わり、執務室でサンガ伯爵が苦笑する。

 手には家令が淹れた蜂蜜酒(ミード)を持っていた。

「若い貴族が緊張するぞ」

 笑って家令を下がらせる、だがそこまで重要な話ではなかったな……。

 暖炉の炎が灯る対面で、若い貴族が緊張しつつ続けた。

「はい……その、サンガ伯爵令嬢の街は例の(・・)――しっ失礼しました! いささか、よその街とは違う部分がおありしましてですね」

 若い貴族は持っていた蜂蜜酒を盛大に震わせ、居住まいをただす。

 サンガ伯爵は気をつけつつも、憮然とした表情になっていたのだ。

 ノルブリンカに勝手を許してしまったせいで、女性が中心となって運営する――常識を疑う領地となっているのだ。

 どこを見ても女性がいて、目移りする街だと影でささやかれていた。

 若い男性なら一度は行ってみたいと……興味を持つなとは言いがたい。税収入的にも今さら止めろと言えず、もっか悩みの種だった。


「街から帰ってきた男たちは多くを語らないのです。それでも酒場では噂が流れ、そしてどこへ行ってるのか察した妻や娘が……その、険悪になると」

 気分的な問題もあるがそれ以上に、六月ともなれば農作業が本格化する。

 休閑地の犂耕(りこう)に飼料用の干し草刈り、羊毛刈りもせねばならず目の回る忙しさとなる時期に――家を空ける理由がそれかと。

 若い貴族がなにを言おうとしているのか、サンガ伯爵はやっと理解ができた。

 しかしさして重要ではなく、落胆を瞳の奥に隠す。

 農作業で数日のずれなど、天候によって日常的に起こる。屋台や商人が減ろうと先日の市場も順調に進行しているし、税収入の減少も気になるほどではない。

 いや(ノルブリンカ)の街で金を落としているのなら、態勢に変化はないと言えた。

「――なるほどよくわかった! 国の未来を憂いた、君の行動こそが誇りだ!」

「いっいえそんな! わっ私はただ……っ」

 サンガ伯爵が椅子から立ち上がり、若い貴族の前まで歩み寄る。

 両手をガッシリと固くつかみ、力をいれて上下に振った。

「私は領主として誓おう! 君の心根をけっして無下にはしない、ありがとう!」

 熱い手のひらと紳士なまなざしを受け、若い貴族は感激のあまり涙するのだ。

 印象により感情の起伏をとらえるのは、上に立つ者の重要な資質だった。なんら具体的な承諾をしなかったと、気がつかれることもなく。


(あれ)にも、困ったものだな」

 緊張と感動で声を震わせた若い貴族が去ると、執務室に静けさが訪れる。

 ため息をつくと市民がけっして見られない、眉の下がった表情が表れた。

「――そうですか? とても姉さまらしいではないですか」

 衝立の影から若い貴族よりさらに若い、十歳をやっとこえた少年が現れ迷いなく領主に歩み寄る。

 佩刀に慣れた立ち振る舞いから、生まれながらの貴族を感じさせた。

「ノルブリンカ姉さまは領地(なにもの)にも縛られぬ、自由な方ですから」

 窓の外に流れる雲に姿を重ねてほほえむ。

「単なる貴族か、あるいは平民だったなら……それでもいいのだが。まあ取り立てるべき点はなかったな、今さらながら娘の道楽ぶりが知れただけだ」

 残った蜂蜜酒(ミード)を飲み干そうとして、それが娘の養蜂園産だったと思い出す。

「……おお、すまぬなサーランバ。騎士学校の生活を聞いてやりたかったのだが、塩田へ視察におもむかねばならん」

 本来は息子とコミュニケーションを取る時間だった。

 せっかく執務室に呼んでおいたのに、つまらぬ時間をとったと自嘲する。

「そうだサーランバよ、同行するかね? それなら馬車で話ができるし、なにより市井に姿を見せるのは領主の勤めだぞ!」

 これはいいアイデアだと、サンガ伯爵は大いに盛り上がった。

「いやだなお父さま、ブリハスパティ兄さまを差しおいてそんなことできません」

 少年が笑って小首をかしげる。

「――うむ、そうだな。兄を立てるのは、いいことだな……」

 サンガ伯爵が表情を隠して扉に向かう。

 幾分影が射したのは、見間違いではない。

「では視察でしばらく留守にする。話は今度聞こう、楽しみにしておるよ」

「ああそうですお父さま。代わりではありませんが、先ほど話に出た姉さまの街、アマゾネスに行ってみてもいいですか?」

 少年が笑顔を作り背中に声をかける。

 家令を呼び部屋を出ようとした父は、息子の意外な提案に振り返った。

「サーランパよ、内情はどうあれ今は騎士学校の生徒。おまえまでそう自由に振る舞うべきではない、そうしたいのなら――…」

「僕も数年後には従騎士となり、立派な騎士となります。姉さまがサンガ伯爵家の恥となっていては困るのです、それに……いずれは所領経営も学びたいですし」

 胸を張ってはいるがどこか不安げで、少し陰のある視線が父親を見つめる。

 佩刀した剣が光り、そこだけは若き騎士の姿に映っていた。

「ほう……ノルブリンカをいさめ、所領経営の実地研修……か」

 そも代理とはいえ女の身で、領主をやっているのが間違いなのだ。因果伯の立場もあるし、集中させたほうが殿下の覚えもよかろう。

 娘の街は確か市民千五百人ほど、サーランバが治めるには手頃だ。

 まずは経験を積み、そしていずれは――…。

「大人になれば分別をわきまえ、騎士になるとは言わなくなろう」

 それはとてもいいアイデアだと、サンガ伯爵は一人で何度もうなずいた。

「――ふむいいだろう、騎士学校には私から通達しておく、誰ぞ護衛にも回そう。どこの地であってもサンガ伯爵家を継――…の息子だと、忘れぬでないぞ!」

 肩に手を置き、理解ある父親として若き息子を送り出す。

「ありがとうございます、お父さま!」


 サーランバと呼ばれた少年は父を見送ると、息を吐いて執務室を出る。

 廊下の奥、柱の影に話をしていた若い貴族が立っていた。

「あの……あれで、よろしかったのでしょうか?」

 若いと言っても二十代。

 頭ひとつ低い少年の気分を害さぬよう、ご機嫌を取っている。気遣わし気な姿が上流階級を匂わせた。

「はい、ありがとうございます。父もたいへん感謝をしておりました!」

 半分以上は偽りのない本心である。盗賊の襲撃も騎士学校へ知らせてもらえた、おかげで姉さまに伝えられたのだ。

 若い貴族は少年の笑顔の返答に、あからさまに胸をなでおろす。

「できればこれからも、よろしくお願いします」

 杯を下げにきた使用人が執務室から出てきたのを見て、父の杯を受け取る。

 蜂蜜酒(ミード)が残されているのに気がついたのだ。

「ノルブリンカ姉さまの養蜂園から運ばれたと知って、飲み干さなかった?」

 それは期待か、失望か。

 ひと息に飲み干すと、少年は廊下を早足に歩き出した。



 ☆



「サーランバ卿、いかがした?」

 騎馬を駆る五名が早朝サーガラを出立し、王道にひづめを鳴らして数刻。

 少年が首を捻っているのに気がつき、護衛が声をかける。

「いえ……道がやたら走りやすいので、なぜかなと――ほらっあそこ!」

 サーランバ卿の視線は石畳ではなく、舗装された「白い塊」に向けられていた。

 問題なく通過し、振り返りながら今一度確かめる。

「実は以前通ったときはもっと荒れていたんです。全体的に古く寂れているのに、妙に走りやすくなんだか変だなと」

 かつて姉の街へ訪れた記憶に照らしていたのだ。

 人知れず整備された王道――「異変」は、すでにここから起こっていた。

「走りやすいのなら、問題ないのでは?」

 意味が理解できず、護衛を任じられた騎士があくびをする。

 サーランバ卿が小姓を務める騎士学校の先輩たち三名。気心の知れた騎士(ごえい)のほうがよかろうと、サンガ伯爵が気を回したのだ。

「しかし主要道の変化に気がつくなど、サーランバ卿は実に所領経営向きですな」

「うむっ貴重な資質だ、立場は違っても市井を守る騎士といえよう」

「いずれ彼の方と同じく、領民の生活を支える存在となるのが目に見えるようだ」

 今のうちに顔を売っておくか――。

 徒歩の過客を追い越し、太い笑い声が響く。

 領主直々の命令とはいえ先輩騎士たちは気楽だった。女だけの街だと噂に聞き、田舎へ物見遊山にいく雰囲気すらある。

 街の領主は主君のご令嬢であり、なにより「因果伯」の一人。

「あの……黄鬼(オーガ)が治める街」

 サンフラワー色のプレートアーマーを指した、ノルブリンカの二つ名である。

 女性名称の「オーグリス」としないところに、複雑な心理が見え隠れしていた。

「ふん……だがしょせん女に、なにができるものか」

 騎士学校の出身なら、彼女の存在は痛いほど身に染みている。なのにそういった意識があったのは否めない。

 声高に批判はできなくとも、所領経営は別だろうと――。


 騎士学校には貴族や富豪商人の次男、あるいは庶子が送りこまれる。

 長子は自宅に家庭教師を呼び、教育を受けるのが一般的だった。血縁であっても身分差が生じるのは、物心つく前からの常識である。

 サーランバ卿も七歳のころに親元から離れ、いち小姓として騎士学校に入った。

 先輩騎士の武具の手入れから、雑用に使い走りまで。領主の息子として何不自由のない生活から、使用人扱いされる生活へと変わる。

 合間に読み書きの勉強もしなければならない。

 すでに五年……寝食をともにしたかけがえのない同期たち。皆似通った境遇で、喧嘩をして仲なおりをし、泣き笑ったのだ。

 あと二~三年がんばれば従騎士となる、先輩騎士の槍持ちとして戦場へいく。

 こっそりと剣を構え槍を掲げ、英雄となるその日を夢見ていた。夢を見るしか、なかったから。

 領地を拝領できなければ、残された道は兵士しかない。


 サーランバ卿がO属性だと、判明するまでは。


 姉の街に到着し、騎馬の五名は我が目を疑う。

「アマゾネス」は明らかに……認めたくはないが明らかに、サーガラより発展して見えたのだ。

 文字通り輝いていたのは、夕暮れが近かったからだけではない。

 街に近づき、見えてくるによって「異変」は増幅していった。完全に街の全貌をとらえたときには、「しょせん田舎」の願望は打ち砕かれている。

「サーガラのほうが……田舎に見える」

 誰の私見か、しかし反論はなかった。

 疑問を浮かばせ木柵と空掘りの市門を通る。五名は周囲を幾度も見回しながら、混雑の合間を縫い馬を進めていく。

「今日は市があったのでしょうか……?」

 サーランバ卿の問いに答えはなかった、それだけ賑わっていたのだ。

 通りを歩く頭巾をかぶった女性の、かすかに見える髪が光っていた。サーガラから来たのか男性が肩を組み、すでに千鳥足だ。

 そこかしこから笑い声と、活気のある喧騒がこだましている。

 風に乗っておいしそうな匂いがし、お腹が自己主張をくり返してしまう。

「屋台に駆け寄るか、宿屋を探すか!」

 先輩騎士はあふれる気持ちと胃袋を、なんとかごまかすのに精いっぱいだった。

 そしてどこからともなく流れてくる、料理とは違うよい香り――カレンデュラと呼ばれるハーブの香りであり、人々の肌から漂っているのだ。

 熱気と湯気が街を包んでいた。

 そうしてやっと気がつく、道が見たこともないほど美しいことに。

 石畳が王道で見た白い塊で補修され、汚物は存在すらもしていない。主要道路の端には側溝が掘られ、木枠に水が流れている。

 誰も「塊」を避けるそぶりがなく、踏まないように気をつける必要もなかった。

 輝いて見える理由がわかったと、朧気ながら納得する。


 そうして「ノルブリンカ円形闘技場」にたどりつく。

 遠目に丸く巨大な建造物は圧巻で、さらにすべてが白くおおわれていた。見事なたたずまいは「白亜の豪邸」を連想させる。

「……漆喰(しっくい)?」

「何か」を塗装して見えるが漆喰ほど薄くはない。以前は完成前だったとはいえ、石を積み上げただけではなかったか。

 見上げる壁は半円形状の、白い一枚岩にしか見えなかったのだ。 

「サーガラが勝っているのは、街の大きさと石の城壁だけ……」

 愕然とした重い空気が漂い、口を開けたまま石化する。

「どうしました? 馬の調子か、どなたかご気分が悪いのですか?」

「――はっ! あ、いや……ゴホン」

 闘技場のそばで、乗馬したまま立ち止まっている集団。

 巡回中の女性衛兵が声をかけると、先輩騎士は自然に礼で返した。衛兵は見事に規律が守られ、整然としていたのだ。

 左胸に当ててしまった右手を振り、今の雇い主のサーランバ卿に顔を向ける。

「いえあまりにも街が立派なので、つい見とれていました」

 少年の率直な感想に、認めたくない先輩騎士たちの表情は曇った。

「そうでしたか、ご覧のように過客で賑わってます。宿にかぎりがありますから、なるべく早く部屋を取ったほうがいいですよ」

 にこやかな対応だったが、細部まで観察する目つきや厳格な雰囲気。サーガラの衛兵と遜色がない立ち振る舞い。

「使えそうな兵士だ――…っ!?」

 先輩騎士は高い技量を把握し、相手は女性だったと思い返して混乱する。


「――あれ? やっぱり、サーランバ坊ちゃんですね!」

 少年の声に反応し、巡回兵士の隊長格が振り向いた。

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