五十一夜 小都市おこし
「そろそろマナスルに、石が届いたかなあ」
暦的には五月過ぎが立夏と呼ばれる。気象庁的に六月は夏とされ、天文学的には六月の中旬過ぎからが夏至。
水筒の水を飲みひと息つく、木々の隙間から六月の強い光があふれていた。
「十分暑いので、もう夏と呼びます」
ぼくはひと息入れて、再びバールのようなものを杖代わりに山を登る。
アマゾネスの生活もすっかり慣れた。毎日山を上り下りして体力がついたのか、今では息も乱れていない。
「この季節に山の中でセミの声がしないと、本当に異国なんだと実感するな」
召還して連れてきたら生態系が狂うかなあ、狂うだろうなあ。
日本とは異なり、欧州のセミは特定の地域にだけ生息していた。
「あっアユムさま――っ!」
山あいの少し開けた部分、いたるところに巣箱がならべられた養蜂園につく。
燻煙器を持ったまま、ぼくに気がついた養蜂チームが手を振る。笑って手を振り返すと、弾けた笑いがこだました。
若い男性が珍しいのか、皆さん最初からなにかと構ってきたっけ。
強引さに戸惑ったけど、小学校に戻ったみたいでうれしい。懐かしさに苦笑し、ぼくは少し軽くなったお腹をさする。
小都市おこし――四月にこの街へ来て、即座に着手したのは養蜂だった。
アマゾネスの重要な産業であり、そしてなにより……。
「なにより自然が相手なので、力技が通用しない!」
時期を見誤れば開始すら困難となる。しかし力技が通用しないのは、「発酵」も同じだった。
「カレンデュラオイル」と「レーズンの自家製酵母」である。
こちらは製法を伝達し、市民に以降の製造をお願いした。準備だけすませれば、あとは発酵頼みだから。
カレンデュラは山に入る方につんできてもらい、花部をオリーブオイルに浸しておくだけでOK。あればそれだけで便利なオイルとなる。
ハーブティーに軟膏に香りにと、カレンデュラの便利さを伝えておく。
レーズン酵母も、製法自体はごく簡単。煮沸消毒した壺にレーズンと蒸留水と、砂糖でいいのだがせっかくなので蜂蜜。
常温二十四度前後の場所に蓋をし放置、日に一度殺菌した器具で空気を混ぜる。
数日後に発泡が始まり、レーズンがふくらみ浮き上がれば完成。通常で一週間、すでに酵母液があれば三~四日で完成する。
自転車操業で作っていく感覚。
ただし温度計は一六世紀後期、ガリレオ・ガリレイに頼まなければならない。
簡易的な温度計ならば製作は可能なんだけど、必要となる透明に近いガラスは、貴族ですら高価な品である。
平民が手を出せる金額ではない。
ゆえに体感で補うしかなく、マナスルでは成功した場所に敷きつめていた。
うまくいくかは「勘任せ」であり、そのあと「運任せ」となる。
「快適でほんの少し寒いのが二十四度~と、数値で知っているぼくがこうなのだ。ピクルスなどの発酵食品はあるから、感覚的には理解できるだろうけど……」
一切の指針がない、それがどんなに難しい案件か。
レシピを受け取った商人や屋台持ちたちの、たゆまぬ努力が偲ばれた。
「環境問題とされたペットボトルがここにあれば、黄金以上の価値になるなあ」
そして飲料水やパンにかぎらず必要となる蒸留水。
ぼくが養蜂に関わっている間に、先行して作ってもらう。
「行商人のおじさんや、家令さんに教えたのが活きたかなあ」
説明の仕方が手馴れてきた気がする。だけどぼく以外はエールなどのアルコールを常飲しているので、理解しがたい行為に変わりはない。
毎度の話だけど。
レーズン酵母はあまり持ってきていない。発酵の促進用は取り起き、説明のためノルブリンカとマーラさんにパンの贈呈。
盛大な殴りあ……取り合いとなった。
「女性がお腹を殴るのはどうかと――わかりました、もっと焼きます」
マナスルで食べていたジャーラフは……コラコラ、鼻で笑わない。
なんだか悔しかったので、台所に引っ張り手伝わせた……仕事が増えた。人には向き不向きがあるのだと悟る。
「サーガラの屋台のパンもうまかったけど、格が違う! 怖いくらいだっ!」
「もっと食べたいのに、お腹がいっぱいで悔しい~っ!」
重要性が伝わってありがたいのですが、二人に抱きつかれると砕けます。
養蜂はしているが大切な産業であり、易々と口にできる物ではない。パンの甘さであっても、甘味に飢えるのは老若男女を問わないのだ。
「蒸留水があってこそ作れるんです」
蒸留水作りは速攻で業務となる、食の魅力は実に偉大。
ことごとく人まかせとなったのは、養蜂に関してあまり時間がなかったのだ。
蜂の捕獲は四月上旬なのでギリギリ。
そちらは養蜂チームにおまかせし、ぼくは巣箱の準備にかかっていた。
器用なバンダと街の大工に無理をいい、巣枠式の巣箱を複数作る。巣箱のできが養蜂のすべてと言われるほど、重要な工程なので手は抜けない。
基準サイズを幅四〇センチ、奥行き五〇センチ、高さ三〇センチとした。
内部に隙間を開けスライド式の巣枠を八枚、丁寧に収めていく。巣礎がないので三角錐のガイド式で、ここで蜂に営巣してもらう。
サイズを微調整した複数の巣箱に番号をふり、養蜂園に配置する。
ここで蜂に採蜜作業をおこなってもらうのだ。
この時代は藁で編んだバスケットを利用し、一回ごとに蜂の巣を壊していた。
飼育コロニーを壊滅し巣板を得ていては、蜂を毎期捕獲せねばならない。巣箱の方法が確立されれば、巣枠を回収すればすむ。
飼育や採蜜の作業効率が格段に上がった、近代養蜂の基礎である。
しかし自然はそう甘くない。
ほんの少し場所が変わっただけで、風の流れが変わり蜂の動きが狂う。蜂は非常にデリケートなのだ。
巣のサイズ、隣り合う巣枠の幅、配置場所、水場の距離――。
「やってみないとわからない、基準はあっても正解はない、すべてこれからだ!」
全作業に取り組んでもらい、養蜂チームに段取りの終了を告げる。
彼女たちにとっては、「完成が見えない」ことだらけだったに違いない。
「……確かに意味はわからんけどさ、あたしらに不満はないよ」
「ああちげえねえ、適当な嘘を垂れ流す奴を、姉さんが連れてくるわけない」
「なんたって姐さんが見こんだ男ですから!」
あちらこちらで、ノルブリンカへの巨大な信頼を感じられた。
以後も目が離せず試行錯誤するしかない、うまくいってほしいと願う。五月には女王蜂が卵を産み、働き蜂がせわしなく動き出す。
そして六月、巣枠に蜂蜜がいっぱいになるのを祈り――次の段階だ。
「バンダ――! 遠心分離機を製作しましょう!」
自然相手にひと段落つき、ぼくはやっと街を「視て」周る。
「アラヤシキ」を造るためなんだけど、こちらは想定内だった。主要な道路だけが石畳で、あとは踏み固められた土のままなのだ。
試しにバールを当ててみる。
さすがに硬く川のそばだけあって砂利や小石は多い、だが問題なく掘れた。
「なによりも頼もしいマンパワーに、感謝しなきゃね」
市民が忙しげに働き、新たな建造物用に所狭しとレンガがならべられている。
挨拶をすると汗を拭きながら笑みが返ってきた。あちらこちらから工事の音や、喧騒がわき上がっている。
「元は二百人くらいの町だったそうだ、この力が発展へと繫がったんだな」
街の防衛として、木柵と空堀だけでは不安だった。
だけど市民の急激な膨張に、インフラ整備が対処しきれないのだ。谷間の両端に蓋をする必要があり、どうしても手間がかかる。
「どれだけ無茶でも抑止力を誇示しないと、防衛を果たせなかったんだ……」
先を見越さないと破綻する、領民の命をあずかる所領経営。
領主であるノルブリンカの、人知れぬ苦悩が胸を突いた。
「なにより住民の信頼と協力が、必要不可欠で――~…とっ」
皆の働く姿を頼もしく見ていたら、山の鳥が慌てて飛び立つ。
巨人が地を踏みしめる音……振動が徐々に大きくなってくる。木々の間を巨木が割り進み、鳥が威嚇し鳴いてまとわりついていた。
「まさしく巨人が帰ってきたな」
幾度か見た光景だけど、それでも笑わずにはいられない。森の切れ目に行くと、サンフラワー色のプレートアーマーがゆっくりと現れる。
立派なホワイトアッシュを肩に担ぎ、一歩ごとに地面が凹み足跡が残っていた。
「樹高一〇メートル、胸高直径五〇センチほどかな。気乾比重〇・七前後だから、乾燥前なら余裕で一・五トンを超えてる」
動力を使用せず――なんて呆気にとられたのに、恐ろしいまでの馬力だ。
瞬間的ならいったい何トン持てるのか聞くのが怖い、まあ彼女は例外すぎるか。
『……これを見て、この街を襲おうって盗賊はいないっス』
とある鍛冶職人が目を見開きながら震えていた。
人が持ち上げられる重量は、五〇〇キロが限界と言われている。それ以上はどれだけ筋肉が発達しても、骨が耐えられない。
さすがに限界の三倍は重かったのか、地響きを立てて置くと肩で息をしていた。
「お疲れ様です、ノルブリンカ!」
「いやあ……いけるとは思ったんだ、とはいえきつかったあ――~…」
パリパリとプレートアーマーがはがれ、領主の苦悩なんかどこ吹く風と笑う。
ベリーショートの白い髪からも汗が落ち、膝上で着たチュニックが肌に張りつきあられもない姿になっている。
「スーリヤさまもそうだったけど、少しは恥じらいを持ったほうが……」
「力」によるプレートアーマーは、防具よりも外骨格とみなしているようだ。
引っ越しベルトみたいに全身で重量を支え、衝撃の分散・軽減として。
「いつ見ても見事です、ウールドとどっちがすごいですかねえ」
以前も浮かんだ感想を告げながら、エールを陶器製の壺ごと差し出す。
市民は見慣れているのか、巨木に集まって枝を掃っていた。乾燥させれば硬く、フローリングなどの内装に最適な木材となる。
側溝の木枠に使用するのはもったいないけど、硬く使いまわせる木枠は貴重だ。
「単純な力じゃ敵わないよ、あいつは攻撃力と防御力のバケモンだしね。あたしは持久力を望んだのさ、長く戦いたかったから」
エールをひと息で飲み干すと、少しだけ悔しそうに笑う。
「きっとガキのころから『力』を啓いてたんじゃないかな、体になじんでるんだ」
「え?」
「あっあのこれ、姐さまどうぞ!」
違和感に首を傾げていると、小さな女の子が走ってきた。
真っ赤になってジャグを抱き、腕では支えられず体といっしょに差し出す。
「こっこれこの子は! お二人の邪魔をするんじゃないよ!」
「いやいやかたっ苦しいのは止しとこうぜ、ありがとう嬢ちゃん」
お母さんかな、恐縮するおばさんに片手を上げジャグを受け取る。
女の子は本当にうれしそうに、何度も振り返りながら手を引かれていく。
「あの娘にとっては、信頼以上の存在なんだろうな」
肉体強化もしているそうだ。
外にあふれ出る爆発的な強化ではなく、全身に流れるように巡らす維持的強化。
瞬時に敵を倒さなければならなかったウールド、盗賊を相手取り長期の集団戦をしなければならなかったノルブリンカ。
同じS属性、同じ「邪土」使いでも、求める「力」は別だった。
「……ウールドが『力』を啓いたきっかけを、ノルブリンカは聞いていないのか。因果伯にも知らせてない古傷の由来を、ぼくには話してくれたんだ」
餓狼が口角を上げ、笑っている気がした。
「それにしてもそのウールドの攻撃を数発耐えた、バジリスクのウロコって……」
懐から顔を覗かせていたカレシーを見る。
「シ――~?」
「さすがは国家存亡危機レベルの魔獣、なのかな……ん?」
背後で何かが落ちる音がして視線を向ける。
荷物が落ち、鉄の筒を抱えた男性が呆然と立ちつくしていた。
「セツ、お疲れ様です! 原付が完成したんだね!」
待ち望んだ、待望のアラヤシキをお披露目できる。
「――っ!」
……声もなく凝視している対象は、ノルブリンカ? カレシー?
セツの参戦でアマゾネスの「アラヤシキ化」が飛躍的に進む。
兵士に生理食塩水とカレンデュラオイルを持っていったら、優しい目になった。
レーズン酵母を使用した甘く柔らかいパンを焼いたら、目つきが変わった。
屋台の準備をしてソースを仕込んでの試食で、目が険しくなった。
公衆浴場が完成したときには、いつも女性に取り囲まれていた……。
既婚の女性は外出時に髪を隠す。未婚女性は髪をカールアップにしてしめすのが一般的なんだけど、やたら目にするのは気のせいか。
「未婚なのにベリーショートのノルブリンカは、やっはり珍しいんだな。ラヴィは伸ばしていたし、因果伯独自の仕様じゃないんだろうけど」
戦いにくいからかな――?
大半が女性なので、お風呂場にシャンプーを設置する。
マナスルでは長時間漬けこんだカレンデュラオイルを利用した、でもアマゾネスでは製造してまだ間もない。
そこで大量に出た炭を粉末にし、オリーブオイルに浸す「炭シャンプー」
海に飛びこむ彼女たちにとって、「塩シャンプー」はなんの抵抗もなかった。
養蜂園ならでは、生の蜂蜜を使用した「蜂蜜シャンプー」を製作する。
蜂蜜はやりすぎだとぼくも思う、でも説明するとつめ寄られたのだ。時と場合によって、彼女たちは食事よりも髪が大切だった。
「シャンプーは肌にあったみたいですね、よかった」
……どうやら言いたいことは違うらしい。
そうして薄着の女性が周囲に集まると、ジャーラフが不機嫌になるのだ。
「この因果関係は、どういったことなのか?」
ノルブリンカに訊いても笑って教えてくれず、セツとバンダはジト目をする。
「女心は複雑だからなあ……」
きっと深い感情のもつれとか、なにかあるんだろう。
アマゾネスに滞在して、ぼくもさらに気が回るようになった。
☆
「――アユムさま見てください! こんなに大量の蜂蜜、信じられません!」
養蜂チームが樽いっぱいに採蜜した成果を誇っていた。
蜂を殺さない巣箱での養蜂は、規模・質ともに桁違いの収穫となる。貯蜜枠には白い蜜蓋がびっしりとつまっていた。
設置した巣箱のいくつかは、無事に採蜜作業がおこなえたのだ。
さすがに全部は無理だったけど、満足のいく結果である。成功した巣箱の番号を大工に連絡し、来季から複製していく予定。
手動遠心分離機も問題なく使用でき、手軽さには皆驚いていた。
高さ五〇センチ幅三〇センチ、小振りの樽を台に置いて使う。巣枠をセットし、ギヤ比が調整された上部のハンドルを軽く回すだけ。
下部に蜂蜜がたまり、穴から排出される。
圧搾して蜂蜜を抽出するのに比べ、楽に採蜜をおこなえた。面白そうにハンドルを回すのを見て、内心胸をなでおろす。
「ぼくが失望されるのはいい、ノルブリンカに迷惑がかかるのは避けられたかな」
遠心分離機はなにかと役に立つ、ぼくもほしいしバンダにお願いしておこう。
「姐さんの婿に、こんな生っ白い坊主はねえって思ってた。だけどあたしは認めてやってもいいよ!」
「あらやだよぉ、この娘は――~っ!」
ぼくより幼い少女が進み出て、大人の口調をマネて主張する。大笑いが起こり、なぜ笑われるのかと憮然としていた。
一部引っかかる部分はあっても、ぼくは感情の発露が大好きだ。
うっかり抱きしめてしまいそうになる。だけどどこかにいる、ジャーラフの視線が痛かったのでこらえた。
なのでウールドがよくやっていた、頭をポンポンとなでる。
「ありがとう、がんばったキミと皆のおかげだよ」
悔しそうに顔を真っ赤にされると、なんだかとてもかわいい。
……全員にせがまれた。
「ぼくは国王じゃありませんよ。なにより皆さんはずっと歳う――いえ、なんでもありません」
養蜂は力と根気のいる仕事である。
巣箱は二〇キロ以上の重さで、背負って何度も山を登った。銅製の燻煙器片手に蜂を弱らせ、手早く巣板を外し作業しなければならない。
採蜜後は重い樽を担ぎ、ふもとまで慎重に運び下ろす。
苦労の甲斐が重なり、達成の喜びと充実感が皆の笑顔ににじんでいた。
「子供も認めてる、坊やはもう国王の貫録があるよ」
「一日大汗かいて働いて、今日もアラヤシキにいくぞ――っ!」
山から下りてきたぼくにタオルを放り、煤に塗れたノルブリンカとマーラさんが上機嫌で誘いにきた。
スーリヤさま同様、入浴はかなりお気に入りになったようだ。
マーラさんは長い黒髪を連日いたわり大切にシャンプーしている。ジャーラフは「風呂」と聞いたが最後、絶対に現れないけど……。
カレシーがノルブリンカから飛び降り、ぼくに走り寄って巻きのぼった。
ノルブリンカがやたら寂しそうに見つめるのが面白い。
「いい子にしてたみたいだね、シーちゃん」
「シ――~!」
頬をなでると、くすぐったそうにまぶたを閉じる。
カレシーはベッドの下や梁の上で、寝るようになっていた。マナスルと同じく、アマゾネスも安全だと理解したのだ。
「姐さんの婿候補が連れてる、獣者だそうですけど……危険すぎやしませんか?」
「噂では元王都を襲った『炎を吐く魔獣』も、蛇だったそうですし……」
市民はかなり懐疑的で、特に子供は近寄ってこない。領主であるノルブリンカが気楽に接してるので、どうにか黙認していたのだ。
しかしある日カレシーが狩りにも出かけ、どうやらひと騒動が起こる。
「獣から守ってくれる、赤マントさん!」
「でっかい狼をね、赤マントさんが倒しちゃったんだ!」
子供たちがキラキラした瞳で語り、いつの間にやら都市伝説化してしまう。
認めてもらうのはうれしい反面、何があったのか聞くのは怖い。そのため養蜂園に向かうとき、カレシーは街にいてもらうことにした。
養蜂チームが蜂に刺され、痛がる姿にカレシーはどう反応するのか。
魔獣の縄張り――気配がどこまで効果を持つかわからない、蜂に悪影響を与えた場合取り返しのつかない大問題となる。
どんなにかわいく懐いてはいても、カレシーは魔獣……「蛇の王」なのだから。
日が傾いた街中に、賑やかな喧噪が流れていた。
このごろはアマゾネスにくる過客でごった返している。宿屋は常に満員で住宅を宿にしても足りず、藁の仮小屋で寝起きする者も多い。
連日屋台につめかけ、研究に余念がない行商人。
物珍しさで覗きにきて、居並ぶ女性と食事と公衆浴場で極楽と喜ぶ過客。
行動が速い領主によって、住居の建設に着手はしていた。だがそうなるとまた、防衛用の木柵や空堀が後回しとされる。
「……所領経営って、本当に難しいんだなあ」
「そういやあマーラ、また結婚を申しこまれたんだって?」
ぼくの心配をよそに、ノルブリンカがふくみ笑いしながら訊いていた。
「殴ってみてよ~気にいったら考えてあげる、って言ったら逃げてったわァ」
さして関心もなかったのか、肩をすくめて返す。
マーラさんは「力」の気配が強いのだ。遠目に見ても美貌を底上げし、惹きつけて離さない魅力を発している。
「まあひと言会話をすれば、只者ではないと理解できるけど」
近ごろは市民の結婚の申しこみが続発しているそうだ。
他領の商人による、商売目的の移住希望だった。領主が認めていないとはいえ、たいへん不遜な行為といえよう。
「まったく失礼です、マーラさんそんな輩は相手にしなくていいですよ! 自分の態度を省みて、敬意と真心で接してほしいですよね!」
なんだか皆が軽んじられた気がして、憤りが隠せない。
マーラさんは驚いたのか、ありがとうとぼくの腕をつねる。千切れそうに腫れあがった……なんだか胸が熱くなる、いい方だ。
「アユムが声を荒らげるなんてな、アマゾネスの婿として矜持でも芽生えたか?」
ノルブリンカが歯を見せ、ちゃかして笑う。
「領主自らが真っ黒になって働いてるんです、こんなステキな街はありません! ノルブリンカ連れて来てくれて、本当にありがとうございます!」
「――っ!」
マナスルの側溝掘りでも感じた、皆で支え合い取り組む喜び。過ぎていく日々が惜しいと笑えるほど、記憶が心に染みこんでいた。
笑顔で感謝を告げると、なぜかノルブリンカが口元を押さえ目をそらす。
夕日にはまだ早いのに、頬が赤く染まっている。
「ノルブリンカ?」
「んん……まあ、うん……いや感謝するのは、あたしのほうで……」
ノルブリンカが消え入りそうな声で顔をそむけ、マーラさんが盛大に吹き出す。
「あらどうしたんです、ノルブリンカさん~婿さんの笑顔に見惚れちゃった~? 婿さんへのお礼は、夜にもっとしっくりくる方法があるんじゃないですか~?」
「っマーラ! てめえぶん殴るぞっ!!」
大笑いしながら逃げだすマーラさんと、追いかけるノルブリンカ。
どういう意味かなと首を傾げてると、巡回兵士の隊長さんが声をかけてきた。
「姐さ――ん! サーランバ坊ちゃんが来ましたよ――~!」
後ろに頭ひとつ小さい少年と、四つの影がついて来ている。
少年は十一~十二歳、ぼくより少し下かな。
褐色の肌に巻き毛の黒い髪。黒っぽいプールポワンとそろいの黒い半ズボンも、少年っぽさを印象づけていた。佩刀しており、一見して若い貴族に見える。
チェインメイルの上にサーコート、騎士の出で立ちをした三名は護衛かな。
ノルブリンカを見て直立不動になっていた。
「異国に……セミが……」
そして今一人に、ぼくは目を見張る――。




