四十九夜 その街、この街
「その街」はかつて王都だった。
しかし新王都への移住や、敵性国家の存在により市民が減り続けていた。
そんなおり街の貴族区に、今や誰もが認める娯楽場が建つ。公衆浴場であり喜びがある世界と謳われる施設は、いつしか「アラヤシキ」と呼ばれる。
周囲には「絶品三食」として名高い屋台がひしめきあっていた。
最初は三軒だったのにレシピの発表とともに増加。「どれが一番うまい」だった議論は、「どの屋台が一番うまい」に変わる。
各屋台ごとに特色が現れ、同じ食品名なのに変化が出てきたのだ。
通常は職人ギルドが規格や価格を統一させるのに、自由競争となっていた。どうやら推奨している節もありそうだ。
「他者よりいい物を製作した方が成功者となれなければ、誰も努力はしません」
レシピの「発案者」が伝えたとされる言葉である。料理人はもっとおいしくと、日々の研究に余念がない。
訪れた市民は「次はあれを食べよう」と、楽しみに帰っていく。
「アラヤシキ」唯一の不満が酒の販売規制だった。
気分よく火照り浴場から出てきて、たった一杯しか販売してくれないのだ。
これではあまりに殺生だと陳情される。しかし「発案者」が領主の訴えも退け、決定していたのだ。
豪胆だと言え、儲けを捨てているとも言え、変な奴だとささやかれた。
「変な奴じゃなきゃ、たっぷりのお湯につかるなんて発想できねえって」
妙に納得のできる口振りで、悪漢にすら見える男が笑う。
領民の不満解消に、そして金儲けに動いたのが商人だった。
「アラヤシキ」の隣に酒場を開こうと、領主に許可を申し出たのだ。噂を聞きつけたのか同じ発想をしていたのか、申請が乱立する。
しかし領主は懸念した。
「酒場はまあいいけど盛り場となって、酔った輩や暴漢が騒いだら……せっかくの娯楽場に立ち寄りにくくなるじゃない、楽しみが減るでしょう?」
酒場とは――食事に酒に宿にと、あらゆる増税収入が見こめる経済拠点。
どうやら領主も、あまり儲けを考慮しない方らしい。
市民はとても思慮深い領主だと称賛する。とはいえ酒飲みの気持ちもわかると、ありがたくも一考された。
周辺に三軒のみ、昼下がりからの営業なら許可すると通達されたのだ。
商人たちもまさか反対されるとは思っていなかった。だがそれでも十分な利益になると見越し、納得して引き下がる。
そのいっぽうで、誰が営むかで大いにもめたのだ。
領主につけ届けし密約する商人もいたそうだが、領主がこれに憤慨するまことに珍しい騒動が勃発。
「領主の美貌を褒めちぎり、金や物で媚びを売る商人が城からたたき出された」
なんとも愉快な領主だ、どうにも話題に事欠かない街だなと、市民は誇らしげに笑いのタネにする。
結果領主は、奇妙な解決方法を提示した。
「くじ引きにより、公明正大に酒場の権利を獲得なさい!」
酒場経営を主張する商人に、数桁のアラビア数字が書かれた木札が配布される。
領主が直々に、回転する〇~九の的を射って当選を決めるのだ。
一号店「南西区」周辺三名
二号店「南東区」周辺三名
三号店「北区」 周辺三名
九名を当選者とし、上位順に店舗の場所を選択していく。
「クジに外れた者も、一ブロック以上離れた場所でなら営業を許可をします――」
これは野外施設での開放イベントとして、大々的に催された。
当日は歩くのも困難な大混雑となる。市民が屋根にのぼって調子をとり、屋台が隙間なく乱立し、過客であふれるお祭り騒ぎとなった。
魔獣の騒動以降、街にたまっていた黒い空気が吹き飛ぶ大熱狂。
当選した商人が手を挙げて歓喜し、外れた商人が地面を踏んで悔しがる。感情の爆発と共感は、それだけで十分以上な盛り上がりを見せるのだ。
「貧困の旅をしてたとき、狩りで獲物を見つけた以上に緊張したわあ」
弓を放つ姿にため息をもらさせた領主が、商人の懇願する目に若干引いていた。
だがメインイベントはこれからである。統一された服装の使用人が舞台に現れ、テキパキと準備を整えていった。
「あの娘らは城の使用人だろ、なんで体に白い布を巻いてんだ?」
「お城の使用人は『メイド』って呼ぶそうだよ、あの服は支給されてんだって」
「貴族の嗜みなのか奇妙だけど、ヒラヒラしてステキだねえ」
「ゴホン、ではこれより――第一回、マナスル宝くじ大会を開催しますっ!!」
「うおおおおおおお――――~っっ!!!」
領主の宣言により、本日最大の絶叫に空気が震えた。
やり方は商人のときと同じ。木札は大銀貨一枚で販売しており、アラヤシキ計算で一枚約三千円。
けっして安くはない、それでも発表までの数日間いい夢を見られるのだ。
そして当選すれば、夢ではなくなる。
当選は一等~七等まで、木札の総購入額によって当選金額が毎回違う方式。
総購入額が一億円であれば……。
一等が全体の四分の三……七千五百万円の当選。
一等の前後賞が二十分の一……五百万円の当選。
二等が全体の四十分の一……二百五十万円の当選。
三等が全体の二百分の一……五十万円の当選。
四等が全体の四百分の一……二十五万円の当選――…と続く。
当選が出なかった配当金は次回に繰り越し。
「二・四・〇ときて……次は一だ! 一をお願いします領主さま――っ!」
「答えは一だ――っ! あれは一だな!? 間違いないなっ!!」
「四等で十分だから! でもできれば二等……一等が当選したらどうしよう!」
市民は木札に祈りをこめ、領主の矢と的を凝視し叫んだ。
エルフの一撃がいたるところで心に激痛をもたらす。過去これほど盛り上がったイベントは記憶にないと、誰もが驚き見回していた。
徴税官ですら一歩立ち止まる猛烈な絶叫。
ゆえに領主の許可なく、「宝くじおよび類する催し物」の禁止が布告される。
放置をすれば犯罪行為が横行したかもしれない。即座の対応が功を奏したのか、幸い類似行為は抑えられた。
代わりに次回開催の陳情が殺到したが……。
「国が定める催し物として、公平無私に実施されなければなりません」
領主は「発案者」に、一定の線引きが必要だと忠告されていたのだ。
――宝くじは古代ローマに記録が残されている。欧州では一五世紀になり、街の建設資金用に発行されたのが発端。
「百年先をも見通せるとは、彼への言葉ですわね……」
愁いを秘めた美女が想像以上の騒ぎと、それを見越していた忠告にそう称した。
宝くじは市民の息抜きだったが、もう一点意味がふくまれている。
「アラビア数字」の流布だった。
欧州では一三世紀に頭角を現している。ゼロの概念をもたらすアラビア数字は、以降現代まで数字の基本となった。
十桁の記号には意味があり、お金に結びつくのだと興味を持ってもらう。
誰しも生活に直結すれば、知識の吸収率が高まるのだ。
「識字率の低さで文字が読めず書けない、それは最大の悲劇です」
まずは数字からでいいんです、そして計算へ、いずれは文字へ――。
おそらくはその改革が主目的だったのだと、「発案者」を知る者は理解した。
「本を読めれば過去から多くが学べる……道に迷った者を、照らす導となろう」
オレンジの服を着た、貴族にしか見えない男性がうれしそうにうなずいた。
折を見て「第二回宝くじ大会」を開催すると知らせがあり、市民は大いにわく。
一等の木札を販売した商店が注目を集め、あやかりたいと市民がつめかけて売り上げが伸びるオマケまでついた。
一人一人は三千円、それが積もって何千万円となる可能性。
大きな夢が視られるのだ。
「アラヤシキ」の周辺には早くも宿屋兼酒場が建つ。「いつ行っても満席」だと、うれしい悲鳴があがっていた。
少し離れてもいいからと、別の宿屋や酒場も人であふれている。
その街――元王都マナスルは、市民が三千人を切ると言われていた。
それがいつの間にやら、過客合わせて一万人を軽く超えている。
☆
俺はもとより賦役で「この街」へ来た。
「君は確か行商人をしているそうだね。隊商にまじり商品を運べば、それで納税を免除にするがどうかな?」
近ごろ耳にする「炎を吐く魔獣」が暴れた街へ、追従せよとお達しを受ける。
どうやら俺が剣を扱えると知ってか、護衛を兼任させる目論みのようだ。確かに税免除はありがたいとはいえ、魔獣など触らぬ神でしかない。
数年前に町を継承した若き領主。
再び盛り上がる街に習おうとしたのか、あるいは少しでも儲けたいのか。
いやさすがにこれは失礼すぎ、町が発展すれば町民も潤うのだから。なんにしろ領主に「提案」されたら、承諾するしかない。
必ず生きて帰る、それまでどうか待っていてくれ!
最後に婚約者を抱きしめ、想いと足を引きずりながら隊商の列にくわわる。
俺、この旅が終わったら……結婚するんだ。
それだけを心に秘め、恐怖に歯を食いしばった。
――こっちに移住しよう、迎えに帰るまで決心しておいてくれ。
行商人のつてに婚約者への連絡を頼み、今は住居を模索している。
魔獣が暴れたのは本当らしい。ぶ厚い城壁が破壊された跡や、街のあっちこちに焼けた爪痕が残っていた。
つまり英雄が討ったのも本当なのだ、一度ご尊顔を拝見したいな。
しかしなにより、この街は豪華すぎるのだ。
まずメシが信じられないほどおいしい。以前はそれなりの生活をしていたけど、ここまでの料理を口にしたことはなかった。
同じ料理でもライバルが競い合い、常に努力している。
ひととおり屋台を食べ歩き、お気に入りができてはつい目移りしてしまう。
そして領主に欲がないのか、鍛冶屋が変な物を作るのを許可していた。崩された城壁の跡に、何かわからないが「でっかい何か」を造っている。
先日もピストンがどうのと鍛冶職人が怒鳴っていた。
たまに動くと面白く声援が上がる。動くところが見たいと見物人が増えていき、ついには屋台まで建っていた。
変な物の筆頭が公衆浴場だ。
今日も土木作業が終わり、桶を持って「アラヤシキ」に向かっている。
仕事はいくらでもあり、なにより払いがよくて懐も暖かかった。残暑が過ぎても街中で大汗をかき働くのだ、たまの贅沢もいい。
数日に一度、湯船につかって手足を伸ばし肺から息をもらす……極楽だな。
近くて安いのが三号店、遠くて高いがサウナや水風呂もある二号店。だが何より一号店の大理石風呂は、開放感が最高でこたえられない。
そして風呂あがりにエールだ!
今日は酒場に入れるかなあ、まあ帰り道にもあるからいいけど。
気分はすでに喜びがある世界だった。
この街にくるまで湯につかるなんて考えたこともない、婚約者を呼んだら絶対に連れていってやりたいなあ。
町ではそろそろ、冬麦用の種まき時期か。
有名な「側溝通り」を歩く。
側溝を知らない奴らも多い、道の端に掘られている溝だ。今やこの街を代表する設備といっていい、俺も最初は驚いた。
街が違って見えるくらいキレイなんだと、聞いてはいたが信じていなかった。
終始伏し目がちな俺を見かねた戯言だと。
「そうだな行ってみりゃわかる。仕事があってメシもうまい、風呂は最高だぞ絶対に入っておきなよ――~ありゃあまさしくアラヤシキだ!」
行商人のおじさんと道中ですれ違い、帽子を振って笑ってたっけ。
大通りの側溝は完成し、人通りの多い道にも設置され今は路地だな。先に通った路地は俺が掘った側溝だ、硬い石畳に泣きが入りそうだった。
「側溝通り」は最初に整備されたそうだ。
農民区から一号店に向かうには最適なので、誰ともなくそう呼ぶようになったと土木作業の同僚が話してた。
足元を気にせずに歩けるのがこんなにも楽だとは。
もうすぐ「アラヤシキ」だなと、桶を確かめて持ちなおす。
マイ桶にはタオルと石鹸が入ってる。混雑時に手桶が使えないときがあるので、誰かが持ちこみ始めたんだ。
桶を持って入ると「常連」っぽくて、周囲の目が集まった気がして楽しい。
石鹸はけっして安い品物ではなかった。
だが湯につかるだけでも気持ちいいのに、試しに勧められた石鹸で体を洗うと、まさしく「生き返った」気分になる。
働いたあとの体にこびりついた汗と垢を、すっかり流してくれスッキリする。
石鹸にこんな使い方があったなんてな、購入できる値段はありがたい。少しなら繕ってくれるおばさんもいるし、今度は洗濯も頼んでみよう。
一張羅だし大切に着ないと。
ふと前を見ると重そうな角柱の、妙な石を持った男が立っていた。
むき出しの腕には複数の刀傷痕があり、左頬にも一文字の古傷。腰にはベルトと同系色なのでわかりにくいが短剣ではないか。
明らかに貴族じゃないし衛兵にも見えない。
だが悪漢があんな目立つ格好で、誰もが知る有名な場所に堂々といるかなあ……まあ関わらないほうがいいな、うん。
それにしても妙な石だ、光沢は確かに石だけど中がUの字にくり抜かれてる。
わざわざあんな形に削ったんだろうか。
右肩に背負ったUの字の角柱と、左手に対となる石の板。合わせて大人二人分はある石を、軽々と持ってるのも異様だけど。
「アラヤシキ」の横にいるのは男だけではなく、すごい美人のエルフもいる。
新王都にいるって聞いてたけど初めて見た。
それに金髪の美少女と、ダークブラウンの美女。オレンジの服を着た男は完全に貴族だな、おっ影に赤毛の娘もいる。
……どういう集団なんだ。
「――ただしあいつのこった、完成を知ったら『必要なのは大通りです』……とかぬかしたんじゃねえかなあ」
「アハハハッ言いそうですね、平然な顔をしてね」
「それに関しては否定せぬが、卿はもっと言い方に気を使ったらどうだ」
「すでにあきらめてますけど、駄狼には今からでも躾をすべきですわね」
駄狼ってのはなんだっ! と怒鳴っていても、面白かったのか笑っている。
エルフと美女が悪漢に絡まれてるんなら、俺が助太刀を――と腕まくりするが、違うようなので拍子抜けした。
「じゃあ皆の総意! 石枠の側溝は、彼が最初に切り開いたここから始めます!」
「おお――――~っ!!」
叫んで拍手して、なんだか盛り上がってる。
楽しそうだなあ。
だが悪漢がUの字の角柱を、側溝の木枠を取ってそこにはめこんだ。
オイおまえなあ、衛兵が見たら怒鳴られるぞ!? この街は犯罪者が根づかないから安心ってくらい、衛兵の巡回が多いんだぞ!
言ってるそばから、ほら衛兵が来た!
……挨拶してる、知り合いかな。
いやずいぶんと緊張して、丁寧に礼をとっている。そうかっオレンジの貴族は、想像以上に高い爵位の方なんだ。
悪漢は衛兵に軽く手を振り、Uの字に蓋をするように石の板を乗せた。
完成とばかり一度蓋を踏んで確かめ、さらに盛り上がる。いやそれよりおまえ、ちょっとは貴族に感謝しろよ。
なぜだか赤毛の娘を褒め、頭をポンポンとなでていた。
悪漢への苦言とは別に、俺は驚いて凝視する。
石の側溝に変え蓋をした部分だけ、石畳と一体化していたのだ。
側溝は確かに優れた設備だ、だけど道に穴が空いてるのは不安だった。馬が通る場所は木の板で蓋がされてるけど、しょっちゅう外れて誰かがなおしてる。
重い石で蓋をすれば、道幅全部が歩けると気がつき改良したんだ!
この街って英雄もいるし、偉い学者先生もいるんだなあ。
呆然と眺めていたら、なんとエルフが声をかけてくれた。やっぱり美人だなあ、それを隠すためか顔に変なモノをくっつけてる。
「あっお風呂入りに来ました? 今日一号店は、定期点検の日ですよ?」
えっ!?
驚いて「アラヤシキ」を見ると、あの特徴ある絵暖簾がかかっていない。側溝にお湯も流れていないし、通りに開いてる屋台もなく市民の流れも少ない。
うわあ、やっちまった――っ!
気分は完全にアラヤシキだったのに、これは凹むわあ。そういやあ前来たとき、何日かあとの斎の日に休みがあると言ってたっけ。
「斎の日」は禁欲が求められ、肉や卵は教義により禁じられた。
有名な「絶品三食」は完全に触れていて開店しない、今日だったのか――…っ。
「三号店は開いてる、間にあう」
落ちこんでいたら、慰める子供の声がする。
舌っ足らずに教えてくれた、ありがとうお嬢ちゃん。
確かにこうしていても仕方がない、桶を持って三号店に歩きだす。
悔しいからエールを多めに飲もうと、気分を盛り上げた。この街のエールって、本当にうまいんだよなあ。
「週一の半日点検と、月一の一日点検。もっと告知できればいいんだけど……」
後ろでエルフが誰かに話してる。
この街の設備は安全点検が多いんだよ。まあそれだけ安心して利用できるから、頼もしくはあるんだけど。
「宝くじのときみたいに、相談しちゃどうだ? きっとなにかしら返事くれるぞ」
「彼は頼られたりお願いされるのに弱いですからね、特に……誰かさんには」
「それが彼の少年の、大いなる弱点だな」
「彼は誰にも優しいんです、特別視してる方がいる発言はよしてくださいまし!」
「美少女なのに女心がわかってない!」
ソプラノボイスが「私は男ですよ――っ!」と叫んでいる。
あの集団に少年がいたっけかな?
「実はカレンダーを広めようって教わったの、アラビア数字の実用性を――…」
今誰かが言ってた、この街には「宝くじ大会」ってのがある。
俺がくる前だから詳しくは知らないが、奇妙な博打だそうだ。土木作業の同僚が数桁の記号を見せ、これが四等になったと自慢していた。
以前習い覚えたローマ数字とまったく違い、最初はかなり混乱しつつも教える。
「六九九一……かな、慣れれば見わけやすいかも」
「いいねえ、これがラッキーナンバーなんだな!」
今度も同じ番号を買おうと、記号をくり返し口ずさむ。
どこの領主も、街を発展させるために対策を講じるもんだ。
面白そうだし早く開催してくれと「提案」して……って単なる行商人のくせに、こんな大きな街の領主に声をかけらんないよ。
次回開催をゆっくり待つとしよう。
ゆるい下り坂の「側溝通り」を夕日に向かって歩く。オレンジに染まる世界に、花の咲いた笑顔が重なった。
ああ早くこの街を、婚約者といっしょに歩きたいな。




