四十夜 初陣
町民が橋を渡り駆けこんでくる。
小さな子を抱き手を引いて、老人に肩を貸す。商人がこれだけはと荷をつかみ、吟遊詩人が商売道具のリュートを抱く。
橋のたもとでは使用人が手を振り誘導していた。
「あの声は、なんだったんだ?」
「領主の許可をもらわず、橋を渡ってもいいのか?」
「わかんねえ、だけど本当だったら……」
今回ヴィーラ殿下の名はない。
幾人かは確認のために何度も振り返っている。それでも盗賊の恐怖が勝るのか、疑問を持ちつつも領主の館へ向かっていた。
「盗賊」は行商人が常に話題にするほど、領民に近しい危機なのだ。
「おっおいやっぱあの声は、マジだったんじゃねえか!?」
金属音を鳴らし駆け戻ってくる兵士に、町民が息をのむ。
「手の空いてる方――! こちらの準備を手伝ってくださ――い!!」
石橋の幅は三メートル、馬車が一台通れるくらい。
イダム卿の馬車を横着けし、町民も手伝い家具を合間に重ねまくった。即席だが防壁である。
手練れに広範囲を自由に動かれては、素人では対処もできない。
「これで橋を渡り、バリケードに取りつく数人を相手にするだけですみます。兵士の方たちはここで、橋を守ってもらえませんか?」
雇い主でもない少年の説明に、十名の兵士は疑問と懐疑的な目を向けてきた。
「さっきから勝手をやっているな、なぜ盗賊の動きがわかるのだ?」
「あの異様な声といい……本当に神託なのか? 盗賊が襲ってくるのか!?」
どうやって知ったのだとつめ寄ってくる――言外に、ぼくを疑っているのだ。
「上空から確認しました」
などとは言えず口ごもる、また自己の無罪証明も難しい。
立場が逆ならぼくも疑問を持ったはずだ。だが問答している時間も今は惜しい、事態を掌握できるのは――。
「そも盗賊の襲撃が本当なら、いっそう門を放置するのは危険ではないか!」
「よし数名にわかれて南北の門を固めよう、なに返り討ちにすればすむ話だ!」
「まっ待ってください! 盗賊の規模から、寡兵となっては全滅しかねません!」
高さ二メートルの石壁なら、乗り越えられて挟撃されかねない。なにより戦力の分散は、ゲリラ戦が得意な盗賊相手には悪手でしかない。
まずは事実の確認が先決と語尾が強くなるなか、イダム卿が取り持ってくれた。
「もっ問題が発生しても皆に責はあたえない、今はアユム卿に従ってくれないか」
「……承った! おい、配置につけ!」
「最初からそう言ってもらえれば、こちらとしても……なあ」
イダム卿が信頼してくれるのは、ぼくがアラヤシキの少年だからだ。「風舌」の前に盗賊の襲撃を、告げていたからにほかならない。
兵士たちは不承不承を顔に張りつけて橋に向かう。
兵は主従関係を結び、雇用契約で働く「社員」である。ほかの貴族や王族でも、勤め先ではない上司の命令に従う必要はない。
警察官や自衛官などの国家公務員と違い、「領民を守る義務」はなかった。
「兵士の姿に立場を失念していました、ありがとうございますイダム卿」
領主が病で動けない以上、決定権は息子であるイダム卿が担っている。
助力に額の汗を拭くと、少年が困惑に表情を歪めていた。
「立場か……アユム卿兵の無礼を、お許しください。先ほどからの采配を見れば、マナスルで魔獣を討伐された噂が事実だったとわかります」
町民を守る立場なのに、どうすればいいのか私に指示を授けてください――。
ぼくには想像もできない、重い荷を背負う同年代の少年。
「イダム卿、しかしあなたは――…」
「私は知っているだけです。あの謁見の間でヴィーラ殿下に一歩も譲らず反論する豪胆さ、貴族の末端でしかない私を覚えている記憶力、盗賊の襲撃をいち早く察知する洞察力……浮足立つ私より、この場をまとめるのに適切なのは誰なのかを」
額に汗を浮かべ、手が脚が震えていた。
イダム卿が家令さんから松明を受け、大きく掲げて町民に向かい宣言する。
「皆の者聴くがいい! ここにおられる少年は、国家存亡の危機と称された魔獣、彼のバジリスクをも討ち果たした英雄であるっ!!」
それはヴィーラ殿下が広めた……いや、今は利用させてもらおう。
「あれが噂の!?」
「奇天烈な少年と聞いてはいたが!」
「あの妙な服は、確かに……」
兵士が驚きの声をあげ、なんだか別のことに戸惑いつつぼくを注視する。
どよめきが波紋を起こし、町民の間に波打ち広がっていく。
「先の神託を授かり、我が領地を救いに降臨されたのだ――っ!!」
「おお……おおお――~っ!!」
嘆きが歓声となり、疑問の目が救いの目に変わった。
町民に手を振るイダム卿に感謝する、今はその性格が正直ありがたい。命令系統を一本化しなければ、組織は瓦解する。
「アユム卿、我が町民を! どうかお願いします……っ!」
イダム卿が手を取り、決意の瞳が重圧を呑みこむ。
「しかしあなたは――立派な領主に、なられるだろう」
「松明を持ち一定間隔で離れてください――! 暗闇のなか離れた距離であれば、それだけで大部隊が集結して見えま――す!」
町民の成人男性は七十人、松明と領主の館にあるだけの農具を配った。
鍬や鋤など、柄の長い農具は戦闘の恐怖を和らげる。鉈や斧、鎌でも十分武器になるけど絶対数が足りない。
農具のない町民には、川を渡ってこようとする賊を迎え撃ってもらう。
川幅は約一〇メートル、さして広くはないが一足飛びできる距離でもない。
「接近されるまでは皆で足元の石をぶつけてください。足をとられてる相手なら、投石で十分脅威をあたえられます」
畝のそばには、畑から掘り出された石が大量に放置されていた。
戦国時代に「水役之者」と呼ばれる、投石部隊が存在している。遮蔽物の少ない開けた場所なら、銃にせまる脅威を持つ。
さらに領主の館は丘の上に建てられており、高所からの投擲は効果が高まる。
スリングを製作したいけど時間がない。遠距離武器を使用できる、それだけでもここに集まる意味があった。
ただ一点を除いては、だけど――。
「なにしろ時間がない、盗賊はすでに町に入ってるだろうし……ん?」
ほかに対処できることはと周囲を見回し、ふいに気がつく。ぼくが墜落した耕地の奥にも森が広がっていて、暗い闇をまとっている。
M属性の予感なのか、なぜか気になってしばらく闇を見ていた。
「あの、アユム卿?」
「あっ……ああすみません、そうだ女性と子供だけでも先に館へ入れませんか? 堅く門を閉ざせば、盗賊に籠城の決意をアピールできますし」
「あっそうですね、おい指示を頼む!」
立場を考えイダム卿に「提案」する。
そばに控えていた家令さんがうなずいて、不安げに状況を見守っていた女性や、抱きかかえられた子供が誘導されていった。
「な――に大丈夫! バジリスクに比べれば、盗賊など物の数にも入りません!」
イダム卿がうつったかな、見上げてくる周囲の瞳におどけて返す。
「普段偉そうにしてる、私たち貴族が前面の盾となります。皆さんは後背で支え、奥さんや彼女や好きなあの娘に! たくましい姿を見せてやりましょう――!」
あちらこちらで鼓舞し、大笑いをくり返す。
つられて笑い、やってやると盛り上がる男性――萎縮しているよりずっといい。
「よしっあとは桟橋のあるところですね、助走をつけて飛ばれるとやっかいです。何人か見張りをしてもらいましょう」
確認に向かうと、はねつるべの製作に携わった徒弟三人が端で震えていた。
ぼくは落ちつくようにと、笑って声をかけにいく。
「ちょっといい? お願いがあるんだけど――」
☆
しばらくしてついに、盗賊が橋の前に集まってくる。
南北の門は閉まってるのに、門衛も町民もいない……疑問を持ち斥候を走らせ、警戒しながら進んだのだ。
おかげで時間が稼げ、こちらの準備は整った。
しかしそれは盗賊の用心深さ――「経験」の深さをにじませている。
盗賊は全員が大なり小なり、麻袋を担ぎ腰に荷を縛っていた。民家からの略奪も捨ておけなかったとみえる。
「まさしく盗賊だな……目的が領主の命なら、部隊を別けて川を渡り裏手から――ああっ!? あ――っそれか――~っ!!」
つい叫んでしまい慌てて口を押えた。幸い気がつかれなかったけど、一瞬で背筋が凍り血の気が引く。
奥の森が気になっていたのは、位置的に挟撃される危険があったからだ。
敵の意識を正面に向けさせて裏から奇襲する。戦に慣れた軍隊でも、部隊行動を熟知していないとこの陽動をくらった。
遅まきながら最大の懸念が払拭され、心から安堵する。
軍隊ではなく盗賊だからこそ、発想がともなわないとは皮肉だ。
「こちらとしては、本当に幸いだったけど」
「オイ聞こえるかっ! 館にある婚礼の品全部と、貴族の婚約者を差し出せ!!」
盗賊が対岸に怒鳴る、合間に恫喝と恐喝を複数挟むのも忘れない。
強迫を実行できるだけの迫力も担っていた。
「手をわずらわせやがると、皆殺しにするぞてめえらっ!!」
「ああっ!? 八つ裂きにされてえのかよ!」
「ご令嬢さまもなあ、俺らを相手にしたほうが楽しかろうぜ――!」
周囲からも揶揄や、下卑たヤジと笑いが飛びかう。
「よっ要求などいっさい呑まないぞ! サーガラから軍隊が向かって来てるのだ、捕まって困るのは貴様らだぞお――~!!」
ここから見るかぎり、数十の松明が灯る部隊の集結地。イダム卿が指示通りに、徹底抗戦の声をあげる。
盗賊は若き領主の返答に一拍置き、顔を見合わせ大笑いした。
残念ながら貫録や覇気に乏しく、侮る余裕を持たせてしまう。ゆえに彼らは隠れもせず、堂々と姿を現しているのだ。
「つまり盗賊は、そこにいる三十六人!」
敵対者の総数、これほど有益な情報はない。
多くが革鎧――ブリガンダインを着ており、数人の手足からはチェインメイルが見えている、防御力は町民の比ではない。
「全体の動きや装備から、農民らが身をやつしたのではなく正式な傭兵崩れかな。武器の扱いは手馴れてると見るべきだ」
ぼくは黒いインバネスコートに包まれ、民家の屋根で影に隠れている。
独り橋を渡って偵察に来たのだ。
どうしても一点だけ、確認しなければならなかった。
開けた場所では投石だけが効果を持つわけではない、当然敵にも当てはまる。
投槍と弓の所持者――すなわち遠距離武器の存在。
槍は数人いるけど腰に剣を差していなかった。投擲してしまえば終わりなので、そうは手放さないはずだ。
しかし弓持ちが二人いる。
「さえぎる物のない川端、弓で射られたら川を渡る賊を阻止できるのか?」
軍隊であれば弓兵も兵科に分類され訓練をする。しかし傭兵団では農民兵など、下っ端が使う武器とみられていたのだ。
「直接剣をまじえて戦う」意義をこそ彼らは望む。
そこに期待したんだけど、そううまくはいかないか。ため息が出そうになるのをぐっとこらえる。
「火薬武器……火縄銃がないだけマシだな。この時代で装備している者がいれば、まさしくチート級の武器だったろうに」
それもあと百年ほどで開発され改良が進み、一五世紀後期の戦争で一般化してしまうんだけど……。
盗賊三十六名VS兵士十名&武器防具がない農民男性七十人。
一見なんとかなりそうではある。しかし傭兵一人で農民数十人の戦力だったと、驚くべきデータが残っていた。
容赦なく「殺す」ことに手慣れた者は、それだけで脅威となるのだ。
「追い払えても多くの犠牲が出てしまうか……それに人数の多さは利となっても、弱点に転ずる危険性もある」
戦闘経験のない町民に恐怖が強まれば、容易にパニックが波及して総崩れになるのは目に見えていた。
今ならまだ闇に乗じて帰れる、どうすべきか。
盗賊の人数と弓の存在を伝え対策を講じて――訓練でボコボコにされるぼくが、町民にプラス一しても現状は変わらない。
身を守る術がなく、寝ながら青い空を眺めたのだ。
それは集った町民も同じか。
「ウールドやバクティ卿なら、どうやって切り抜けるかな」
二人はS属性の因果伯、物の数ではないなと苦笑する。
因果伯……ぼくは黒いインバネスコートを見て閃き、下賜された剣をたたく。
鼓動の早さを感じたのか、カレシーが顔を出した。
「シ――~?」
「フフッ……よくやったと褒める殿下に、どう反論しようかってね」
無理にでも笑いカレシーの頬をなでる。汗が止まらず心臓が高鳴って、それでもおどけてみせた。
ぼくにやれるだろうか――。
盗賊の松明に照らされ、震える右手の手袋を外す。
橋を挟んだ舌戦は……舌戦と呼べるのなら、盗賊が飽きたのか落としどころなどみつかるわけもなく、殺気が上がるだけに留まる。
舌打ちと沈黙が支配し、賊数人が剣を肩に無言で橋を渡ってきた。
――始まるのだ。
その気配だけで、対岸にいる町民は逃げ腰になっている。
「うわっ! わあああ――~っ!!」
雄たけびか悲鳴かわからぬ絶叫に合わせ、バラバラと石が飛んできた。賊は面倒くさそうに避けるか弾き返している。
意識は完全に橋の向こうに固定されていた。
「うおらあああああ――っっ!!」
明らかに威嚇だけど、迫力のある打ち下ろしにバリケードが揺れる。
いっぽうで兵士が剣を弾き、果敢に応戦する剣戟の音もした。
「十分に発達した科学技術は、魔法と見わけがつかない……っ!」
信じてますよ、クラークの法則。
ぼくは路地に降りて、橋に近い建物の陰に潜んでいる。襟の裏に仕込んでおいた耳栓を装着して息を弾ませた。
弓を持つ二人が周囲から数歩距離をとり、矢に手を伸ばす。
「視線はバリケードそばの兵士――やるしか、ないっ!」
円筒形の筒の安全ピンを抜き、力いっぱい上空へ放り投げる。
即座に盗賊に向かい全力疾走。
――真上で、花火が上がった。
太陽が出現したかのような閃光と、鼓膜を震わせる爆音。
「うおっ!?」
「なっなんだあっ!」
後ろを向いていた盗賊ですら、驚いて全員が飛びあがり身を縮める。
次いで何事かと振り向き夜空を見上げ、光の残滓に目を瞬かせた。花火の真下にいたぼくは、圧縮された空気にたたかれむしろ加速。
滑りこんで弓を持つ一人に肉薄し、喉元に警棒を突きつける。
「――~っっ!?」
モーターが低いうなりをあげ、数千匹の羽虫がけたたましく飛びかう。
振動が危険を告げるレベルまで達した。何が起こったのかわからないまま、賊は無言で足元に崩れる。
弓を拾い、二人目に中腰のまま素早く迫り――耳下に警棒を当てた。
賊が上空を見上げ、思考停止する十数秒が勝負。
「はっ――はああっ!」
弓をもぎ取り、二つとも川に投げ捨て……やっと呼吸ができた。
弓が捨てられたのと、川に落ちる音で多くの盗賊が気づく。仲間が二人倒され、黒いインバネスコートが現れたのに。
「あっ……弓の弦を切っちゃえばよかったのか」
武器を扱い慣れてないと、とっさに行動まで起こせない。
「……んだあてめえはっ!」
「おいガキ! てめえがやったのか!?」
扱い慣れた剣を手に、数人が向かってくる――前に、ぼくは警棒を向ける。
連続して光が弾け、空中放電が間近で破裂した。
「ひぃ!?」
「うわあああっ!!」
これを知らぬまでも、警戒心を呼び起こすに十分な雷鳴に賊が飛び下がる。
ぼくは荒い息を隠し、できるだけ威圧的な声で演じようと――ヴィーラ殿下!
「我は因果伯だ……此度の狼藉、見逃すわけにはゆかぬな」
もう一度警棒を賊に向け落雷を轟かす。雷は現代ですら脅威だ、それを発生させ因果伯と名乗る少年。
冷笑をこめてひと睨みすると、後ずさって後ろの仲間とぶつかっていた。
「因果伯って、あの……!?」
返答のなさが正解を告げる、盗賊にとっての脅威だと。
「我が『カルマ』にて、お仲間はすでに冥府へと堕ちた。後追いしたい者は?」
おそらくは気絶しているか、理解不能な痛みで身動きが取れないか。この暗さと状況で正確な判断はできない。
だけどうまくいけばこれで――。
「しかし翌日は領主の嫡男の婚礼と聞く、門出の道を血で洗うのも好ましくない。早々に立ち去るのなら……我から手向ける生贄は、この二人だけとしよう」
警棒を王道に向け振るとコートがはためき、佩刀した剣が明らかになった。
自分は事実貴族である――止めの一手と、精神の逃げ道を作る。
「――っ!!」
声色が期待以上殿下に似ており、ハッタリも効いたのか。盗賊の数人が釣られて身動ぎし、周囲の仲間を見回し焦っていた。
因果伯だぞ、逃げないのかと。
「暴力」に生きる者ならば、「カルマ」の存在を知っていても不思議ではない。
だが詳細はどうか? 貴族のイダム卿ですら属性を知らず、「風舌」を神託だととらえていたのだ。
賊は息をのみじりじりと後退していく、きっかけがあれば走りだす緊迫感。
「理解不能な『力』を持つぼくを、因果伯じゃないと言い切れる者はいるか!?」
「――っ違う、因果伯じゃねえ!」
あっ……いた。
盗賊の一人が叫んで、ぼくに剣を突きつける。
「このガキは大工見習だ! 川で何かを作ってやがった!!」
前日偵察に来てた!? そういえば松明の多さに、怯みもしていなかったっけ!
月の光で顔が浮き出ている、やっぱりフードつきにしておけばよかった。まさに後悔先に立たず。
ぼくはコートの中で構えていたスプレーを向け、扇ぎ振ってトリガーを引く。
「ぎゃあああ――っっ!?」
「ああああっ! 目が、目がァ――~!!」
オレンジ色のガスが広範囲に噴射され、悲鳴と絶叫が合わさった。
まともにくらった五人が顔をおおって転げまわる。さらに四人が吸引し、痛みと刺激で泣きながら喘ぐ。
松明の状態から見てほぼ無風とはいえ、一応息を止めていてよかった。
「スプレーの効果は絶大だな……っ」
頼もしさに感謝しながら、ぼくは反転して速攻逃げる。
「まずは十一人撃退――~っと!」
騙されたうえに仲間がわけもわからず倒され、頭に血がのぼったのだ。賊は怒気もあらわに追いすがってきた。
「まあぼくの挑発が効いたんだろうけど」
「クソガキが! 追えっブチ殺せ――っっ!!!」
「おっおいこいつらは……」
「ガキにやられやがって、情けねえ! 放っとけっ!!」
逃げるぼくの背後で、誰にとっても心ない罵声が発せられた。
「愛のない罵倒など、これっぽちも心に届かないなあ」
ラヴィを見習ってください――盗賊のボルテージが上がる酷評をしながら、路地に逃げこみ適度に曲がる。
ナイフや石など、投擲を避けるためでもあるけど……。
月はまだ低く暗闇が支配する町中。ぼくは記憶を頼りに、できるだけ狭い通りを危なげなく疾走した。
しかし賊はいたるところでぶつかり、追う速度が鈍って呪詛を吐く。
樽を転がし木板を倒して動きを止め、追跡の数が減るのを見るや警棒を当てる。
「町を『視て』周った、甲斐があった!」
「ぐがっ……がっ!?」
モーターがあげる振動に体が弾け、賊は声もなく苦痛に耐えうずくまった。
「これで、十二人っ!」
数秒とはいえ生じた隙に追いつかれ、視線を人影が横切る。
警棒はどうしても近接戦となってしまう――。
「うわあっ!?」
確認もそこそこにきびすを返すと、槍が後頭部をかすめて家屋に突き刺さった。
槍はそうは手放さないと先入観を持っていたので、驚きすぎて膝をつく。
「怒らせ、すぎたかな……っ」
もつれる脚をたたき、再度逃走に入る。
「だあっ!?」
「痛っ……この!」
賊二人が曲がり角で「塊」を踏み、盛大に滑ってもたついた。
振り返りスプレーを浴びせる。悲鳴をあげ暴れる仲間につまずき、転んだ一人へさらに警棒を当てた。
側溝のなさで助かるとは、これまた皮肉だ。
「十五……人っ」
「っあ!? なんだっああ痛ええ!!」
狭い路地のおかげで、舞った粉に自ら飛びこみ咳きこむ賊が三人。
もう一度噴射し二人まで警棒を当て無力化する。三人目が叫喚しながら、周囲の仲間に構わず剣を振り回した。
鉢型兜のバイザーを降ろしていて、吸引が少なかったのだ。
「うわあああ、ちくしょう――っ!!」
「痛えっ! クソ、やめろこのバカ!!」
倒れていた賊が斬られて血が噴き出し、仲間を罵るうなり声があがる。
無暗に振り回される剣。胴体部はチェインメイルで警棒の効果は期待はできず、首もおおわれていた。
警棒の攻撃部位は限定されている。
動きが鈍ってるし十分か、悩む時間も危険と判断して再び逃走に戻った。
「十八、人」
やっと半分……振り返って確認すると、横合いの路地から剣が降る。
「――っぐ!」
松明を持った賊が二人、数にまかせて回りこまれたのだ。
屈んで辛うじて避ける、動きの止まった背をもう一人に斬りつけられた。
「殺っ……ええっ!?」
衝撃で息はつまったけど、「持ちこんだ布」が効果を発揮してくれる。
賊は斬れなかったことに、驚きを隠せないでいた。ぼくは隙を見逃さず、二人に向けてスプレーを噴出。
「ぐっが!? あっああ――っ!!」
「ぎゃあああ――っこ、このガキィ!!」
賊は両手で顔を押さえ絶叫し、一人はそれでもおおいかぶさってくる。すかさず警棒を振りかぶると、微かに見えてるのか打突部分を握られた。
苦痛に顔を歪めながらも離さない、強い握力に驚く。
「ウールドほどじゃ、ないけどねっ!」
「――~っっっ!?」
スイッチを入れると、カレシーに劣らないうなりがあがり無力化する。
息をする間もないとはこのことか、地面から伝わった新たな振動。もつれこんだ混戦のさなか、さらに賊三人が追いついてしまう。
おおいかぶさった賊はまだ意識があり警棒を離さない。
奪い取る間もどかす間もなく、左手だけ伸ばし賊三人にスプレーを向け――。
「……っガス切れ!?」
あきらめきれず二度三度トリガーを引く、嫌な手応えと半端なガスがもれた。
観念して寝たままでスプレー缶を投げつける。隙にすらならず軽く剣で弾かれ、返す刀で振りかぶられた。
合わさる視線、狙いはぼくの頭部。
「ジャ――ッ!!」
「うおっ!?」
缶を投げた勢いか危険を察したのか、左袖からカレシーが跳び出す。
賊は突如現れた蛇に驚愕の叫びをあげ、たたらを踏んでよろけた。勢いの弱まる剣を寝たまま賊の肩越しに避け、次の一手を――。
考えなければいけない、それなのに混濁する意識。
なんとか這いずり壁に手をつき上半身を起こす。肺が苦しい、鼓動が全身に響き視界に靄がかかる。
「ジャッ! ジャ――ッ!!」
「シーちゃん……」
ぼくを守るカレシーにさえぎられ、賊は剣を下につめ寄れずにいた。
「なにやってる、そんな蛇早く殺せ!」
「うるせえっ! 毒があっかもしれねえだろ、俺に命令すんな!」
剣を振り回すのも難しい路地、距離を保ち後ろについた二人がイラだつ。
賊が落とした松明が地面で燃え、剣の光が揺れる。壁に映ったカレシーの巨大で幻想的な影を、鈍った思考で呆然と魅入っていた。
「……っ影!? こ、こでなら!」
右手のひらを地面に近づけて影を作り、緩む意識を無理やり集中。
『飛っ翔ォ』――っ!!
射した影に重なり、一〇センチほどの見慣れない文様が浮かび淡く発光する。
啓くと同時にカレシーへ跳びつき、強く抱きしめた。
精神が混濁していたせいか想定以上の風が荒れ狂う。路地に集った者を容赦なく吹き散らし、闇の天に突き抜ける。
「――っっ!」
暴風で耳が痛い、瞬間的に気圧が変化したのか。
吹き飛ばされないよう、うずくまって必死に耐えた。
木屑と小石が舞い散るなか、屋根瓦が数枚落ちてくる。
妙に静かになった世界で、壁の崩れる気配がいたるところでしていた。
「……家の住民に謝って、イダム卿に修理を頼まなきゃ」
インバネスコートに積もる埃もそのまま、力を入れよろめきながら立ち上がる。
スプレーを当てた賊二人と追いついた三人は、吹き飛ばされて壁にたたきつけられ落下したのか、瓦礫に埋もれ意識を失っていた。
「やっと……二十三、人」
残り十三人――ため息と、荒い喘ぎがもれる。
訓練と命がかかった実戦の違い、数分の攻防で息があがり体が重く引きずった。
警棒で相手取れるのは一人で、挟まれると終わり。頼りのスプレーはガス切れ、まだ使えてもこの疲労では数で押し包まれる。
「だけどまだ……動けるっ!」
走って走ってメシを食え――そういって笑った狼に、少しは応えられたかな。
独白に呼応し、闇を走り回る賊の足音が響く。
「シーちゃん、ありがとう」
危機を救ってくれたカレシーに感謝し、懐に戻ってもらう。幸い賊が持っていた松明は消えておらず、瓦礫の中から警棒も拾えた。
大通りに出て十字路に……松明を振って誘いながら走り、教会に逃げこむ。
『おいガキなんか放っといて、さっさと領主の館を襲おうぜ!』
『軍隊はねえにしろ、自警団でも呼ばれてちゃ面倒だ!』
なんてことに、なってなきゃいいけど。
「……ぃこっちだ! いやがったぞ!!」
「教会に逃げこみやがった、囲めっ!!」
発見の叫び声が扉を挟んで聞こえ息を吐く。
「よかった、投げださずに見つけてくれた」
ハスター伯爵から身を隠すため、路地裏を走ったときとは状況が違う。各個撃破しつつも、ぼくを追ってもらわねばいけなかったのだ。
人数の弱点――意識が再び町民に向き、人質に取られるのが怖かった。
「もう少し、数を減らせれば……」
盗賊三十六名中二十三名、約六割が戦闘不能か。
部隊の喪失三割で全滅だけど、現代の基本戦略が通じるはずもない。
「動けない仲間を背負い、町をあきらめてくれるのが一番良かったんだけど」
「さして信仰深くもなさそうなのに、荒らされた形跡はないね」
盗賊団でも神には逆らわないか――。
慌てて逃げて消し忘れたのか、教会内には数本の蝋燭が灯っていた。天井近くの小さなステンドグラスが瞬き、色とりどりの花を咲かす。
汗を拭い松明の火を消し、陰のなかを奥へと歩く。
「ここにいるのはわかってる、出てこいオラ――っ!!」
「もう逃がさねえぞ、クソガキが覚悟しろよ!」
入り口の扉を蹴り破る勢いで開け、閉じようとするのをさらにたたく。
「イラだってるなあ……」
ちょっとやりすぎたかと思ったけどすでに手遅れ。盗賊の松明が壁の前にいる、ぼくの背を浮かび上がらせた。
有害な怒号を発してるみたいだけど無視し、横目で確かめる。
「――入ってきたのは十三人、これで全員」
ぼくは腰ベルトに下げた、サイフ代わりの巾着袋を外す。金貨を一枚つまんで、見せつけるように親指で弾き――受け止める。
そうして袋のほうを、後ろを向いたまま盗賊の足元へ投げ捨てた。
静かな教会内に、金貨のこぼれる音がこだまする。何のつもりかと、盗賊が眉をひそめる気配が背を刺す。
「それを持って、退散してくれませんか?」
「はあ――っ!?」
引いてほしかったのだ。
一拍いおいて……否定と罵りが弾け、悪態と誹謗が空気を振るわせた。
「大工見習のガキがイキってんじゃねえぞ!」
「舐めやがって! まずは耳を落とす、見せしめに斬り刻んでやるっ!!」
「さっさと跪け! 命乞いをしろっ!!」
ぼくがこれからどうなるのかを、嘲笑をこめて丁寧に説明してくれる。
絶対的強者の立場となったとき、人は本性を表す。
彼らにどんな理由があろうと、町を襲い暴力を手段に略奪をし、命を巻き散らす行為が許されるわけではない。
それでも相手は「魔獣」ではない、「人」なのだ。
ぼくはまた、悩んでしまう。
容姿端麗、色白で犬歯が長く、成績はトップ、教師の覚えもよく将来の懸念などまるでない――ごく普通の少年なのだ。
「ハァ――~…ッ!」
懐からカレシーが威嚇の排気をあげる、大丈夫だよと見つめた。
カレシーのおかげでずいぶんと落ちつける。
「キミのほうがよっぽど、言葉が通じるよね」
盗賊は剣をぶら下げあるいは肩に担ぎ、今度は逃がさないと半包囲で近づく。
右手に握った金貨を確かめ、ぼくは――覚悟を決めた。
『門を啓きし者』!
壁に射す右手の影に、一〇センチほどの見慣れない文様が浮かび淡く発光する。
識者ならば梵字の「キリーク」に酷似していたと指摘しただろう。
触れた金貨が影に包まれ、金貨の形を保ったまま崩れて消えた。
文様から一五センチほどの円筒形の筒が召喚され、ピンに指を引っかけると勢いのまま後方へ弾いて飛び――。
世界が光におおわれた。
仕切りのない外部で起爆させた場合、光と音だけの寂しい花火でしかない。
だが室内ではその凶暴さが猛威を振るう。
一五メートルの範囲で一〇〇万カンデラの強烈な閃光、一八〇デシベルの爆発音を発生させる。判断力や視覚を低下させ、意識障害を起こさせる非致死性兵器。
「スタングレネード」である。
――耳鳴りがした。
時間的にはほんの一瞬とはいえ、背を向け目をつむっていてもまぶたに残る光。
ぼくは最初のスタングレネードを投げる前に耳栓をした。軍用のイヤープラグは騒音のみをカットし、かけ声や通常の会話は可能である。
カレシーに衝撃と振動が伝わらないよう抱き、閃光もさえぎった。
振り向くと盗賊の全員がうずくまり、低くうめいてる。何人かはピクリともせず完全に昏倒していた。
「もう少し、数を減らせれば……」
非致死性兵器とはいえ失明や難聴、衝撃で心肺停止しないとは言い切れない。
日常の明かりが松明や蝋燭しかなく、火薬の爆発音が珍しい時代でこの衝撃は、想像以上の効果をもたらすとわかっていたのだ。
「直接剣をまじえて戦わないのは不正だ、なんて批判されたら反論しにくいなあ」
命を奪う者に甘いなと苦笑しつつ、巾着袋を拾い硬貨を入れる。見える範囲の剣を賊から蹴り離して教会を出た。
外の空気が心地よく深呼吸すると、橋を越えた兵士の影が見える。
二度目の爆発音が響いたら教会にきてと、徒弟の三人にお願いしておいたのだ。
「こちらです! よろしくお願いしま――す!」
手を振って教会内の様子を見せ、町中で無力化した盗賊の場所も知らせた。
スプレーを浴びせた賊は、動けても極度に行動力は低くなっている。警棒のみは回復が早いけど、今なら十分取り押さえられるはずだ。
「あの……これを、お独りで?」
疲れていたのでただうなずき、二人一組で町を見て周ってはと「提案」した。
今度は妙に、恐々と従ってくれる。
盗賊三十六名――全員が広場に引き立てられた。
弱々しく抵抗する者もいるが、ほとんどは呆然と縛られている。あるいは畏怖に怯えた目でぼくを見ていた。
瞬間的な武器であり、効果の持続はさして長くはない。
だが彼らの意識障害……「理解不能な恐怖」は精神に残り、今日が脳裏をよぎるたびに震えるのだ。
強いショックがトラウマとなり、心を蝕むストレス障害……PTSD。
盗賊の横暴を回避し、寄せつけなくするには手段を講じる必要がある。可能なら今夜の戦いを、町の抑止力としてしめせないだろうか。
力を見せつけ、「手を出したら損をするぞ」と示威に繋げれば――。
「盗賊にとってぼくは、魔獣……バジリスクに見えてるのかもな」
ヴィーラ殿下の、炎に輝く瞳が浮かんだ。




