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M属性 ~嗚呼、あなたに踏まれたい~  作者: 高谷正弘
第二章 港湾都市サーガラ
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四十夜 初陣

 町民が橋を渡り駆けこんでくる。

 小さな子を抱き手を引いて、老人に肩を貸す。商人がこれだけはと荷をつかみ、吟遊詩人が商売道具のリュートを抱く。

 橋のたもとでは使用人が手を振り誘導していた。

「あの声は、なんだったんだ?」

「領主の許可をもらわず、橋を渡ってもいいのか?」 

「わかんねえ、だけど本当だったら……」

 今回ヴィーラ殿下の名はない。

 幾人かは確認のために何度も振り返っている。それでも盗賊の恐怖が勝るのか、疑問を持ちつつも領主の館へ向かっていた。

「盗賊」は行商人が常に話題にするほど、領民に近しい危機なのだ。

「おっおいやっぱあの声は、マジだったんじゃねえか!?」

 金属音を鳴らし駆け戻ってくる兵士に、町民が息をのむ。


「手の空いてる方――! こちらの準備を手伝ってくださ――い!!」

 石橋の幅は三メートル、馬車が一台通れるくらい。

 イダム卿の馬車を横着けし、町民も手伝い家具を合間に重ねまくった。即席だが防壁(バリケード)である。

 手練れに広範囲を自由に動かれては、素人では対処もできない。

「これで橋を渡り、バリケードに取りつく数人を相手にするだけですみます。兵士の方たちはここで、橋を守ってもらえませんか?」

 雇い主でもない少年の説明に、十名の兵士は疑問と懐疑的な目を向けてきた。

「さっきから勝手をやっているな、なぜ盗賊の動きがわかるのだ?」

「あの異様な声といい……本当に神託なのか? 盗賊が襲ってくるのか!?」

 どうやって知ったのだとつめ寄ってくる――言外に、ぼくを疑っているのだ。

「上空から確認しました」

 などとは言えず口ごもる、また自己の無罪証明も難しい。

 立場が逆ならぼくも疑問を持ったはずだ。だが問答している時間も今は惜しい、事態を掌握できるのは――。

「そも盗賊の襲撃が本当なら、いっそう門を放置するのは危険ではないか!」

「よし数名にわかれて南北の門を固めよう、なに返り討ちにすればすむ話だ!」

「まっ待ってください! 盗賊の規模から、寡兵となっては全滅しかねません!」

 高さ二メートルの石壁なら、乗り越えられて挟撃されかねない。なにより戦力の分散は、ゲリラ戦が得意な盗賊相手には悪手でしかない。

 まずは事実の確認が先決と語尾が強くなるなか、イダム卿が取り持ってくれた。

「もっ問題が発生しても皆に責はあたえない、今はアユム卿に従ってくれないか」

「……(うけたまわ)った! おい、配置につけ!」

「最初からそう言ってもらえれば、こちらとしても……なあ」

 イダム卿が信頼してくれるのは、ぼくがアラヤシキの少年だからだ。「風舌(しんたく)」の前に盗賊の襲撃を、告げていたからにほかならない。

 兵士たちは不承不承を顔に張りつけて橋に向かう。

 兵は主従関係を結び、雇用契約で働く「社員」である。ほかの貴族や王族でも、勤め先ではない上司の命令に従う必要はない。

 警察官や自衛官などの国家公務員と違い、「領民を守る義務」はなかった。


「兵士の姿に立場を失念していました、ありがとうございますイダム卿」

 領主が病で動けない以上、決定権は息子であるイダム卿が担っている。

 助力に額の汗を拭くと、少年が困惑に表情を歪めていた。

「立場か……アユム卿兵の無礼を、お許しください。先ほどからの采配を見れば、マナスルで魔獣を討伐された噂が事実だったとわかります」

 町民を守る立場なのに、どうすればいいのか私に指示を授けてください――。

 ぼくには想像もできない、重い荷を背負う同年代の少年。

「イダム卿、しかしあなたは――…」

「私は知っている(・・・・・)だけです。あの謁見の間でヴィーラ殿下に一歩も譲らず反論する豪胆さ、貴族の末端でしかない私を覚えている記憶力、盗賊の襲撃をいち早く察知する洞察力……浮足立つ私より、この場をまとめるのに適切なのは誰なのかを」

 額に汗を浮かべ、手が脚が震えていた。

 イダム卿が家令さんから松明(たいまつ)を受け、大きく掲げて町民に向かい宣言する。

「皆の者聴くがいい! ここにおられる少年は、国家存亡の危機と称された魔獣、彼のバジリスクをも討ち果たした英雄であるっ!!」

 それはヴィーラ殿下が広めた……いや、今は利用させてもらおう。

「あれが噂の!?」

「奇天烈な少年と聞いてはいたが!」

「あの妙な服は、確かに……」

 兵士が驚きの声をあげ、なんだか別のことに戸惑いつつぼくを注視する。

 どよめきが波紋を起こし、町民の間に波打ち広がっていく。

「先の神託を授かり、我が領地を救いに降臨されたのだ――っ!!」

「おお……おおお――~っ!!」

 嘆きが歓声となり、疑問の目が救いの目に変わった。

 町民に手を振るイダム卿に感謝する、今はその性格が正直ありがたい。命令系統を一本化しなければ、組織は瓦解する。

「アユム卿、我が町民を! どうかお願いします……っ!」

 イダム卿が手を取り、決意の瞳が重圧を呑みこむ。

「しかしあなたは――立派な領主に、なられるだろう」


松明(たいまつ)を持ち一定間隔で離れてください――! 暗闇のなか離れた距離であれば、それだけで大部隊が集結して見えま――す!」

 町民の成人男性は七十人、松明と領主の館にあるだけの農具を配った。

 (クワ)(スキ)など、柄の長い農具は戦闘の恐怖を和らげる。鉈や斧、鎌でも十分武器になるけど絶対数が足りない。

 農具のない町民には、川を渡ってこようとする賊を迎え撃ってもらう。

 川幅は約一〇メートル、さして広くはないが一足飛びできる距離でもない。

「接近されるまでは皆で足元の石をぶつけてください。足をとられてる相手なら、投石で十分脅威をあたえられます」

 (うね)のそばには、畑から掘り出された石が大量に放置されていた。

 戦国時代に「水役之者」と呼ばれる、投石部隊が存在している。遮蔽物の少ない開けた場所なら、銃にせまる脅威を持つ。

 さらに領主の館は丘の上に建てられており、高所からの投擲は効果が高まる。

 スリングを製作したいけど時間がない。遠距離武器を使用できる、それだけでもここに集まる意味があった。

 ただ一点を除いては、だけど――。

「なにしろ時間がない、盗賊はすでに町に入ってるだろうし……ん?」

 ほかに対処できることはと周囲を見回し、ふいに気がつく。ぼくが墜落(・・)した耕地の奥にも森が広がっていて、暗い闇をまとっている。

 M属性の予感なのか、なぜか気になってしばらく闇を見ていた。

「あの、アユム卿?」

「あっ……ああすみません、そうだ女性と子供だけでも先に館へ入れませんか? 堅く門を閉ざせば、盗賊に籠城の決意をアピールできますし」

「あっそうですね、おい指示を頼む!」

 立場を考えイダム卿に「提案」する。

 そばに控えていた家令さんがうなずいて、不安げに状況を見守っていた女性や、抱きかかえられた子供が誘導されていった。

「な――に大丈夫! バジリスクに比べれば、盗賊など物の数にも入りません!」

 イダム卿がうつったかな、見上げてくる周囲の瞳におどけて返す。

「普段偉そうにしてる、私たち貴族が前面の盾となります。皆さんは後背で支え、奥さんや彼女や好きなあの娘に! たくましい姿を見せてやりましょう――!」

 あちらこちらで鼓舞し、大笑いをくり返す。

 つられて笑い、やってやると盛り上がる男性――萎縮しているよりずっといい。

「よしっあとは桟橋のあるところですね、助走をつけて飛ばれるとやっかいです。何人か見張りをしてもらいましょう」

 確認に向かうと、はねつるべの製作に携わった徒弟三人が端で震えていた。

 ぼくは落ちつくようにと、笑って声をかけにいく。

「ちょっといい? お願いがあるんだけど――」



 ☆



 しばらくしてついに、盗賊が橋の前に集まってくる。

 南北の門は閉まってるのに、門衛も町民もいない……疑問を持ち斥候を走らせ、警戒しながら進んだのだ。

 おかげで時間が稼げ、こちらの準備は整った。

 しかしそれは盗賊の用心深さ――「経験」の深さをにじませている。

 盗賊は全員が大なり小なり、麻袋を担ぎ腰に荷を縛っていた。民家から(・・・・)の略奪も捨ておけなかったとみえる。

「まさしく盗賊だな……目的が領主の命なら、部隊を別けて川を渡り裏手から――ああっ!? あ――っそれか――~っ!!」

 つい叫んでしまい慌てて口を押えた。幸い気がつかれなかったけど、一瞬で背筋が凍り血の気が引く。

 奥の森が気になっていたのは、位置的に挟撃される危険があったからだ。

 敵の意識を正面に向けさせて裏から奇襲する。戦に慣れた軍隊でも、部隊行動を熟知していないとこの陽動をくらった。

 遅まきながら最大の懸念が払拭され、心から安堵する。

 軍隊(せんそう)ではなく盗賊(りゃくだつ)だからこそ、発想がともなわないとは皮肉だ。

「こちらとしては、本当に幸いだったけど」

「オイ聞こえるかっ! 館にある婚礼の品全部と、貴族の婚約者を差し出せ!!」

 盗賊が対岸に怒鳴る、合間に恫喝と恐喝を複数挟むのも忘れない。

 強迫を実行できるだけの迫力も担っていた。

「手をわずらわせやがると、皆殺しにするぞてめえらっ!!」

「ああっ!? 八つ裂きにされてえのかよ!」

「ご令嬢さまもなあ、俺らを相手にしたほうが楽しかろうぜ――!」

 周囲からも揶揄や、下卑たヤジと笑いが飛びかう。

「よっ要求などいっさい呑まないぞ! サーガラから軍隊が向かって来てるのだ、捕まって困るのは貴様らだぞお――~!!」

 ここから(・・・・)見るかぎり、数十の松明(たいまつ)が灯る部隊の集結地。イダム卿が指示通りに、徹底抗戦の声をあげる。

 盗賊は若き領主の返答に一拍置き、顔を見合わせ大笑いした。

 残念ながら貫録や覇気に乏しく、侮る余裕を持たせてしまう。ゆえに彼らは隠れもせず、堂々と姿を現しているのだ。

「つまり盗賊は、そこ(・・)にいる三十六人!」

 敵対者の総数、これほど有益な情報はない。

 多くが革鎧――ブリガンダインを着ており、数人の手足からはチェインメイルが見えている、防御力は町民の比ではない。

「全体の動きや装備から、農民らが身をやつしたのではなく正式な傭兵崩れかな。武器の扱いは手馴れてると見るべきだ」

 ぼくは黒いインバネスコートに包まれ、民家の屋根で影に隠れている。

 独り橋を渡って偵察に来たのだ。


 どうしても一点だけ、確認しなければならなかった。

 開けた場所では投石だけが効果を持つわけではない、当然敵にも当てはまる。

 投槍と弓の所持者――すなわち遠距離武器の存在。

 槍は数人いるけど腰に剣を差していなかった。投擲してしまえば終わりなので、そうは手放さないはずだ。

 しかし弓持ちが二人いる。

「さえぎる物のない川端、弓で射られたら川を渡る賊を阻止できるのか?」

 軍隊であれば弓兵も兵科に分類され訓練をする。しかし傭兵団では農民兵など、下っ端が使う武器とみられていたのだ。

「直接剣をまじえて戦う」意義をこそ彼らは望む。

 そこに期待したんだけど、そううまくはいかないか。ため息が出そうになるのをぐっとこらえる。

「火薬武器……火縄(アーキバス)銃がないだけマシだな。この時代で装備している者がいれば、まさしくチート級の武器だったろうに」

 それもあと百年ほどで開発され改良が進み、一五世紀後期の戦争で一般化してしまうんだけど……。


 盗賊三十六名VS兵士十名&武器防具がない農民男性七十人。


 一見なんとかなりそうではある。しかし傭兵一人で農民数十人の戦力だったと、驚くべきデータが残っていた。

 容赦なく「殺す」ことに手慣れた者は、それだけで脅威となるのだ。

「追い払えても多くの犠牲が出てしまうか……それに人数の多さは利となっても、弱点に転ずる危険性もある」

 戦闘経験のない町民に恐怖が強まれば、容易にパニックが波及して総崩れになるのは目に見えていた。

 今ならまだ闇に乗じて帰れる、どうすべきか。

 盗賊の人数と弓の存在を伝え対策を講じて――訓練でボコボコにされるぼくが、町民にプラス一しても現状は変わらない。

 身を守る術がなく、寝ながら青い空を眺めたのだ。

 それは集った町民も同じか。

「ウールドやバクティ卿なら、どうやって切り抜けるかな」

 二人はS属性の因果伯、物の数ではないなと苦笑する。

 因果伯……ぼくは黒いインバネスコートを見て閃き、下賜された剣をたたく。

 鼓動の早さを感じたのか、カレシーが顔を出した。

「シ――~?」

「フフッ……よくやったと褒める殿下に、どう反論しようかってね」

 無理にでも笑いカレシーの頬をなでる。汗が止まらず心臓が高鳴って、それでもおどけてみせた。

 ぼくにやれるだろうか――。

 盗賊の松明(たいまつ)に照らされ、震える右手の手袋を外す。



 橋を挟んだ舌戦は……舌戦と呼べるのなら、盗賊が飽きたのか落としどころなどみつかるわけもなく、殺気が上がるだけに留まる。

 舌打ちと沈黙が支配し、賊数人が剣を肩に無言で橋を渡ってきた。

 ――始まるのだ。

 その気配だけで、対岸にいる町民は逃げ腰になっている。

「うわっ! わあああ――~っ!!」

 雄たけびか悲鳴かわからぬ絶叫に合わせ、バラバラと石が飛んできた。賊は面倒くさそうに避けるか弾き返している。

 意識は完全に橋の向こうに固定されていた。

「うおらあああああ――っっ!!」

 明らかに威嚇だけど、迫力のある打ち下ろしにバリケードが揺れる。

 いっぽうで兵士が剣を弾き、果敢に応戦する剣戟の音もした。

「十分に発達した科学技術は、魔法と見わけがつかない……っ!」

 信じてますよ、クラークの法則。

 ぼくは路地に降りて、橋に近い建物の陰に潜んでいる。襟の裏に仕込んでおいた耳栓を装着して息を弾ませた。

 弓を持つ二人が周囲から数歩距離をとり、矢に手を伸ばす。

「視線はバリケードそばの兵士――やるしか、ないっ!」

 円筒形の筒の安全ピンを抜き、力いっぱい上空へ放り投げる。

 即座に盗賊に向かい全力疾走。


 ――真上で、花火(・・)が上がった。

 太陽が出現したかのような閃光と、鼓膜を震わせる爆音。

「うおっ!?」

「なっなんだあっ!」

 後ろを向いていた盗賊ですら、驚いて全員が飛びあがり身を縮める。

 次いで何事かと振り向き夜空を見上げ、光の残滓に目を瞬かせた。花火の真下にいたぼくは、圧縮された空気にたたかれむしろ加速。

 滑りこんで弓を持つ一人に肉薄し、喉元に警棒を突きつける。

「――~っっ!?」

 モーターが低いうなりをあげ、数千匹の羽虫がけたたましく飛びかう。

 振動が危険を告げるレベルまで達した。何が起こったのかわからないまま、賊は無言で足元に崩れる。

 弓を拾い、二人目に中腰のまま素早く迫り――耳下に警棒を当てた。

 賊が上空を見上げ、思考停止する十数秒が勝負。

「はっ――はああっ!」

 弓をもぎ取り、二つとも川に投げ捨て……やっと呼吸ができた。

 弓が捨てられたのと、川に落ちる音で多くの盗賊が気づく。仲間が二人倒され、黒いインバネスコートが現れたのに。

「あっ……弓の弦を切っちゃえばよかったのか」

 武器を扱い慣れてないと、とっさに行動まで起こせない。

「……んだあてめえはっ!」

「おいガキ! てめえがやったのか!?」

 扱い慣れた剣を手に、数人が向かってくる――前に、ぼくは警棒を向ける。

 連続して光が弾け、空中放電が間近で破裂した。

「ひぃ!?」

「うわあああっ!!」

 これ(・・)を知らぬまでも、警戒心を呼び起こすに十分な雷鳴に賊が飛び下がる。


 ぼくは荒い息を隠し、できるだけ威圧的な声で演じようと――ヴィーラ殿下!

「我は因果伯(・・・)だ……此度(こたび)の狼藉、見逃すわけにはゆかぬな」

 もう一度警棒を賊に向け落雷を轟かす。雷は現代ですら脅威だ、それを発生させ因果伯と名乗る少年。

 冷笑をこめてひと睨みすると、後ずさって後ろの仲間とぶつかっていた。

「因果伯って、あの……!?」

 返答のなさが正解を告げる、盗賊(おれたち)にとっての脅威だと。

「我が『カルマ』にて、お仲間はすでに冥府へと堕ちた。後追いしたい者は?」

 おそらくは気絶しているか、理解不能な痛みで身動きが取れないか。この暗さと状況で正確な判断はできない。

 だけどうまくいけばこれで――。

「しかし翌日は領主の嫡男の婚礼と聞く、門出の道を血で洗うのも好ましくない。早々に立ち去るのなら……我から手向ける生贄(・・)は、この二人だけとしよう」

 警棒を王道に向け振るとコートがはためき、佩刀した剣が明らかになった。

 自分は事実貴族である――止めの一手と、精神の逃げ道を作る。

「――っ!!」

 声色が期待以上殿下に似ており、ハッタリも効いたのか。盗賊の数人が釣られて身動ぎし、周囲の仲間を見回し焦っていた。

 因果伯だぞ、逃げないのかと。

「暴力」に生きる者ならば、「カルマ」の存在を知っていても不思議ではない。

 だが詳細はどうか? 貴族のイダム卿ですら属性を知らず、「風舌(ふうぜつ)」を神託だととらえていたのだ。

 賊は息をのみじりじりと後退していく、きっかけがあれば走りだす緊迫感。

「理解不能な『力』を持つぼくを、因果伯じゃないと言い切れる者はいるか!?」


「――っ違う、因果伯じゃねえ!」

 あっ……いた。

 盗賊の一人が叫んで、ぼくに剣を突きつける。

「このガキは大工見習だ! 川で何かを作ってやがった!!」

 前日偵察に来てた!? そういえば松明(たいまつ)の多さに、怯みもしていなかったっけ!

 月の光で顔が浮き出ている、やっぱりフードつきにしておけばよかった。まさに後悔先に立たず。

 ぼくはコートの中で構えていたスプレーを向け、扇ぎ振ってトリガーを引く。

「ぎゃあああ――っっ!?」

「ああああっ! 目が、目がァ――~!!」

 オレンジ色のガスが広範囲に噴射され、悲鳴と絶叫が合わさった。

 まともにくらった五人が顔をおおって転げまわる。さらに四人が吸引し、痛みと刺激で泣きながら喘ぐ。

 松明の状態から見てほぼ無風とはいえ、一応息を止めていてよかった。

「スプレーの効果は絶大だな……っ」

 頼もしさに感謝しながら、ぼくは反転して速攻逃げる。

「まずは十一人撃退――~っと!」

 騙されたうえに仲間がわけもわからず倒され、頭に血がのぼったのだ。賊は怒気もあらわに追いすがってきた。

「まあぼくの挑発が効いたんだろうけど」


「クソガキが! 追えっブチ殺せ――っっ!!!」

「おっおいこいつらは……」

「ガキにやられやがって、情けねえ! 放っとけっ!!」

 逃げるぼくの背後で、誰にとっても心ない罵声が発せられた。

「愛のない罵倒など、これっぽちも心に届かないなあ」

 ラヴィを見習ってください――盗賊のボルテージが上がる酷評をしながら、路地に逃げこみ適度(・・)に曲がる。

 ナイフや石など、投擲を避けるためでもあるけど……。

 月はまだ低く暗闇が支配する町中。ぼくは記憶を頼りに、できるだけ狭い通りを危なげなく疾走した。

 しかし賊はいたるところでぶつかり、追う速度が鈍って呪詛を吐く。

 樽を転がし木板を倒して動きを止め、追跡の数が減るのを見るや警棒を当てる。

「町を『視て』周った、甲斐があった!」

「ぐがっ……がっ!?」

 モーターがあげる振動に体が弾け、賊は声もなく苦痛に耐えうずくまった。

「これで、十二人っ!」

 数秒とはいえ生じた隙に追いつかれ、視線を人影が横切る。

 警棒はどうしても近接戦となってしまう――。

「うわあっ!?」

 確認もそこそこにきびすを返すと、槍が後頭部をかすめて家屋に突き刺さった。

 槍はそうは手放さないと先入観を持っていたので、驚きすぎて膝をつく。

「怒らせ、すぎたかな……っ」

 もつれる脚をたたき、再度逃走に入る。

「だあっ!?」

「痛っ……この!」

 賊二人が曲がり角で「塊」を踏み、盛大に滑ってもたついた。

 振り返りスプレーを浴びせる。悲鳴をあげ暴れる仲間につまずき、転んだ一人へさらに警棒を当てた。

 側溝のなさで助かるとは、これまた皮肉だ。

「十五……人っ」

「っあ!? なんだっああ痛ええ!!」

 狭い路地のおかげで、舞った粉に自ら飛びこみ咳きこむ賊が三人。

 もう一度噴射し二人まで警棒を当て無力化する。三人目が叫喚しながら、周囲の仲間に構わず剣を振り回した。

 鉢型兜(バシネット)のバイザーを降ろしていて、吸引が少なかったのだ。

「うわあああ、ちくしょう――っ!!」

「痛えっ! クソ、やめろこのバカ!!」

 倒れていた賊が斬られて血が噴き出し、仲間を罵るうなり声があがる。

 無暗に振り回される剣。胴体部はチェインメイルで警棒の効果は期待はできず、首もおおわれていた。

 警棒の攻撃部位は限定されている。

 動きが鈍ってるし十分か、悩む時間も危険と判断して再び逃走に戻った。

「十八、人」

 やっと半分……振り返って確認すると、横合いの路地から剣が降る。


「――っぐ!」

 松明(たいまつ)を持った賊が二人、数にまかせて回りこまれたのだ。

 屈んで辛うじて避ける、動きの止まった背をもう一人に斬りつけられた。

「殺っ……ええっ!?」

 衝撃で息はつまったけど、「持ちこんだ布」が効果を発揮してくれる。

 賊は斬れなかった(・・・・・・)ことに、驚きを隠せないでいた。ぼくは隙を見逃さず、二人に向けてスプレーを噴出。

「ぐっが!? あっああ――っ!!」

「ぎゃあああ――っこ、このガキィ!!」

 賊は両手で顔を押さえ絶叫し、一人はそれでもおおいかぶさってくる。すかさず警棒を振りかぶると、微かに見えてるのか打突部分を握られた。

 苦痛に顔を歪めながらも離さない、強い握力に驚く。

「ウールドほどじゃ、ないけどねっ!」

「――~っっっ!?」

 スイッチを入れると、カレシーに劣らないうなりがあがり無力化する。

 息をする間もないとはこのことか、地面から伝わった新たな振動。もつれこんだ混戦のさなか、さらに賊三人が追いついてしまう。

 おおいかぶさった賊はまだ意識があり警棒を離さない。

 奪い取る間もどかす間もなく、左手だけ伸ばし賊三人にスプレーを向け――。

「……っガス切れ!?」

 あきらめきれず二度三度トリガーを引く、嫌な手応えと半端なガスがもれた。

 観念して寝たままでスプレー缶を投げつける。隙にすらならず軽く剣で弾かれ、返す刀で振りかぶられた。

 合わさる視線、狙いはぼくの頭部。

「ジャ――ッ!!」

「うおっ!?」

 缶を投げた勢いか危険を察したのか、左袖からカレシーが跳び出す。

 賊は突如現れた蛇に驚愕の叫びをあげ、たたらを踏んでよろけた。勢いの弱まる剣を寝たまま賊の肩越しに避け、次の一手を――。

 考えなければいけない、それなのに混濁する意識。

 なんとか這いずり壁に手をつき上半身を起こす。肺が苦しい、鼓動が全身に響き視界に靄がかかる。

「ジャッ! ジャ――ッ!!」

「シーちゃん……」

 ぼくを守るカレシーにさえぎられ、賊は剣を下につめ寄れずにいた。

「なにやってる、そんな蛇早く殺せ!」

「うるせえっ! 毒があっかもしれねえだろ、俺に命令すんな!」

 剣を振り回すのも難しい路地、距離を保ち後ろについた二人がイラだつ。

 賊が落とした松明が地面で燃え、剣の光が揺れる。壁に映ったカレシーの巨大で幻想的な影を、鈍った思考で呆然と魅入っていた。

「……っ影!? こ、こでなら!」

 右手のひらを地面に近づけて影を作り、緩む意識を無理やり集中。

『飛っ翔ォ』――っ!!

 射した影に重なり、一〇センチほどの見慣れない文様が浮かび淡く発光する。

 啓くと同時にカレシーへ跳びつき、強く抱きしめた。

 精神が混濁していたせいか想定以上の風が荒れ狂う。路地に集った者を容赦なく吹き散らし、闇の天に突き抜ける。

「――っっ!」

 暴風で耳が痛い、瞬間的に気圧が変化したのか。

 吹き飛ばされないよう、うずくまって必死に耐えた。


 木屑と小石が舞い散るなか、屋根瓦が数枚落ちてくる。

 妙に静かになった世界で、壁の崩れる気配がいたるところでしていた。

「……家の住民に謝って、イダム卿に修理を頼まなきゃ」

 インバネスコートに積もる埃もそのまま、力を入れよろめきながら立ち上がる。

 スプレーを当てた賊二人と追いついた三人は、吹き飛ばされて壁にたたきつけられ落下したのか、瓦礫に埋もれ意識を失っていた。

「やっと……二十三、人」

 残り十三人――ため息と、荒い喘ぎがもれる。

 訓練と命がかかった実戦の違い、数分の攻防で息があがり体が重く引きずった。

 警棒で相手取れるのは一人で、挟まれると終わり。頼りのスプレーはガス切れ、まだ使えてもこの疲労では数で押し包まれる。

「だけどまだ……動けるっ!」

 走って走ってメシを食え――そういって笑った狼に、少しは応えられたかな。

 独白に呼応し、闇を走り回る賊の足音が響く。

「シーちゃん、ありがとう」

 危機を救ってくれたカレシーに感謝し、懐に戻ってもらう。幸い賊が持っていた松明(たいまつ)は消えておらず、瓦礫の中から警棒も拾えた。

 大通りに出て十字路に……松明を振って誘いながら(・・・・・)走り、教会に逃げこむ。

『おいガキなんか放っといて、さっさと領主の館を襲おうぜ!』

『軍隊はねえにしろ、自警団でも呼ばれてちゃ面倒だ!』

 なんてことに、なってなきゃいいけど。

「……ぃこっちだ! いやがったぞ!!」

「教会に逃げこみやがった、囲めっ!!」

 発見の叫び声が扉を挟んで聞こえ息を吐く。

「よかった、投げださずに見つけてくれた」

 ハスター伯爵から身を隠すため、路地裏を走ったときとは状況が違う。各個撃破しつつも、ぼくを追ってもらわねばいけなかったのだ。

 人数の弱点――意識が再び町民に向き、人質に取られるのが怖かった。

「もう少し、数を減らせれば……」

 盗賊三十六名中二十三名、約六割が戦闘不能か。

 部隊の喪失三割で全滅だけど、現代の基本戦略が通じるはずもない。

「動けない仲間を背負い、町をあきらめてくれるのが一番良かったんだけど」


「さして信仰深くもなさそうなのに、荒らされた形跡はないね」

 盗賊団でも神には逆らわないか――。

 慌てて逃げて消し忘れたのか、教会内には数本の蝋燭(ろくそく)が灯っていた。天井近くの小さなステンドグラスが瞬き、色とりどりの花を咲かす。

 汗を拭い松明(たいまつ)の火を消し、陰のなかを奥へと歩く。

「ここにいるのはわかってる、出てこいオラ――っ!!」

「もう逃がさねえぞ、クソガキが覚悟しろよ!」

 入り口の扉を蹴り破る勢いで開け、閉じようとするのをさらにたたく。

「イラだってるなあ……」

 ちょっとやりすぎたかと思ったけどすでに手遅れ。盗賊の松明が壁の前にいる、ぼくの背を浮かび上がらせた。

 有害な怒号を発してるみたいだけど無視し、横目で確かめる。

「――入ってきたのは十三人、これで全員」

 ぼくは腰ベルトに下げた、サイフ代わりの巾着袋を外す。金貨を一枚つまんで、見せつけるように親指で弾き――受け止める。

 そうして袋のほう(・・・・)を、後ろを向いたまま盗賊の足元へ投げ捨てた。

 静かな教会内に、金貨のこぼれる音がこだまする。何のつもりかと、盗賊が眉をひそめる気配が背を刺す。

「それを持って、退散してくれませんか?」

「はあ――っ!?」

 引いてほしかったのだ。

 一拍いおいて……否定と罵りが弾け、悪態と誹謗が空気を振るわせた。

「大工見習のガキがイキってんじゃねえぞ!」

「舐めやがって! まずは耳を落とす、見せしめに斬り刻んでやるっ!!」

「さっさと(ひざまず)け! 命乞いをしろっ!!」

 ぼくがこれからどうなるのかを、嘲笑をこめて丁寧に説明してくれる。

 絶対的強者の立場となったとき、人は本性を表す。

 彼らにどんな理由があろうと、町を襲い暴力を手段に略奪をし、命を巻き散らす行為が許されるわけではない。

 それでも相手は「魔獣」ではない、「人」なのだ。

 ぼくはまた、悩んでしまう。

 容姿端麗(ようしたんれい)、色白で犬歯が長く、成績はトップ、教師の覚えもよく将来の懸念などまるでない――ごく普通の少年なのだ。

「ハァ――~…ッ!」

 懐からカレシーが威嚇の排気をあげる、大丈夫だよと見つめた。

 カレシーのおかげでずいぶんと落ちつける。

「キミのほうがよっぽど、言葉(・・)が通じるよね」

 盗賊は剣をぶら下げあるいは肩に担ぎ、今度は逃がさないと半包囲で近づく。

 右手に握った金貨を確かめ、ぼくは――覚悟を決めた。



門を啓きし者(カルマ)』!

 壁に射す右手の影に、一〇センチほどの見慣れない文様が浮かび淡く発光する。

 識者ならば梵字の「キリーク」に酷似していたと指摘しただろう。

 触れた金貨が影に包まれ、金貨の形を保ったまま崩れて消えた。

 文様から一五センチほどの円筒形の筒が召喚(・・)され、ピンに指を引っかけると勢いのまま後方へ弾いて飛び――。

 世界が光におおわれた。

 仕切りのない外部で起爆させた場合、光と音だけの寂しい花火(・・)でしかない。

 だが室内ではその凶暴さが猛威を振るう。

 一五メートルの範囲で一〇〇万カンデラの強烈な閃光、一八〇デシベルの爆発音を発生させる。判断力や視覚を低下させ、意識障害を起こさせる非致死性兵器。

「スタングレネード」である。



 ――耳鳴りがした。

 時間的にはほんの一瞬とはいえ、背を向け目をつむっていてもまぶたに残る光。

 ぼくは最初のスタングレネードを投げる前に耳栓(・・)をした。軍用のイヤープラグは騒音のみをカットし、かけ声や通常の会話は可能である。

 カレシーに衝撃と振動が伝わらないよう抱き、閃光もさえぎった。

 振り向くと盗賊の全員がうずくまり、低くうめいてる。何人かはピクリともせず完全に昏倒していた。

「もう少し、数を減らせれば……」

 非致死性兵器とはいえ失明や難聴、衝撃で心肺停止しないとは言い切れない。

 日常の明かりが松明(たいまつ)蝋燭(ろくそく)しかなく、火薬の爆発音が珍しい時代でこの衝撃は、想像以上の効果をもたらすとわかっていたのだ。

「直接剣をまじえて戦わないのは不正(チート)だ、なんて批判されたら反論しにくいなあ」

 命を奪う者に甘いなと苦笑しつつ、巾着袋を拾い硬貨を入れる。見える範囲の剣を賊から蹴り離して教会を出た。

 外の空気が心地よく深呼吸すると、橋を越えた兵士の影が見える。

 二度目の爆発音が響いたら教会にきてと、徒弟の三人にお願いしておいたのだ。

「こちらです! よろしくお願いしま――す!」

 手を振って教会内の様子を見せ、町中で無力化した盗賊の場所も知らせた。

 スプレーを浴びせた賊は、動けても極度に行動力は低くなっている。警棒のみは回復が早いけど、今なら十分取り押さえられるはずだ。

「あの……これを、お独りで?」

 疲れていたのでただうなずき、二人一組で町を見て周ってはと「提案」した。

 今度は妙に、恐々と従ってくれる。


 盗賊三十六名――全員が広場に引き立てられた。

 弱々しく抵抗する者もいるが、ほとんどは呆然と縛られている。あるいは畏怖に怯えた目でぼくを見ていた。

 瞬間的な武器であり、効果の持続はさして長くはない。

 だが彼らの意識障害……「理解不能な恐怖」は精神に残り、今日が脳裏をよぎるたびに震えるのだ。

 強いショックがトラウマとなり、心を蝕むストレス障害……PTSD。

 盗賊の横暴を回避し、寄せつけなくするには手段を講じる必要がある。可能なら今夜の戦いを、町の抑止力としてしめせないだろうか。

 力を見せつけ、「手を出したら損をするぞ」と示威に繋げれば――。

「盗賊にとってぼくは、魔獣……バジリスクに見えてるのかもな」

 ヴィーラ殿下の、炎に輝く瞳が浮かんだ。

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