三十九夜 飛翔
『闇癡』――。
ぼくの前に三〇センチほどの見慣れない文様が浮かび、淡く発光する。
識者ならば梵字の「マン」に酷似していたと指摘しただろう。
文様を通して得た記録や映像を、完全に記憶できる「力」――「映像記憶」は、ぼくにとってすでになくてはならなかった。
「のちに不安は、あるけどね……」
「力」を通して「視た」記憶は、忘れられないのだ。
イダム卿の婚礼を翌日に控え、ぼくは朝から走り回る。インバネスコートを着て方位磁石と水平器を手に町をうろついた。
住民が遠巻きにし眉根を寄せ……まあ自分でも、怪しい姿だとは思う。
「町のなかほどでいいから水を運べたら、町民の労力は格段に軽くなるんだけど」
しかし残念にも、「はねつるべ」を設置した川は町の低地。一メートルの高さに導管を配置しても、大して距離は稼げそうにない。
川の上流、町の高台に設置するほかないのだ。
「だったら資金はかかっても、新たに水汲み用の水車を導入したほうがいい」
水車建築による労働の効率化と、領民の生活向上による税収の見こみ。領地経営における水準をどのラインに推考するか。
複数の経路を想定し、調査データを元に導管のルートを脳内に描いた。
宿に帰って昼すぎに図面が完成。
蒸留水とカレンデュラオイルの製法も清書し、領主の館に持っていく。けっして昼食時を避けたわけではない。
「一日早いですが婚礼のご進物です、どうぞ受け取ってください」
「これは……これはなんと精巧な町の地図でありましょう! ぜひとも家宝にし、子々孫々伝えさせていただきます!!」
「できれば町の今後に、使用していただけたら……」
次いでろ過し沸騰させた蒸留水も差し出す。
二日沈殿したいけど一日だけとなった。飲んでみて大丈夫だったので勧めると、最初は恐る恐る……そして目をむいて飲み干し驚愕する。
「っこれが水の味、なんですか!?」
「あっありえません! 私の従弟は川の水を飲み、腹痛で亡くなったのですぞ!」
舌で転がして吟味し、お腹を触るも異常はない。家令さんにも飲んでもらうと、イダム卿と二人コップを手に議論となった。
カレンデュラオイルは使用人の方へ。
まずは傷口を水や生理用食塩水で洗い、軟膏として塗る。即効性ではないけど、数日で効果が実感できるに違いない。
「はぁ……昨日のクレーンもそうでした、アユム卿には幾度となく驚かされます。まるで世に噂される錬金術です、水を再生し花を薬に錬成するなんて!」
肉眼で見えない微生物の力を借りる「発酵」は、たしかに錬金術かなあ。
蒸留水はちょっと違うけど。
「この二点を明日、婚礼が催される教会前の広場で発表させてほしいのです」
吟遊詩人や旅芸人を招き、広場ではすでにステージが作られていた。
「そんな! 神の御業を、アユム卿を見せ者に扱えません! けっしてそのような――そうですか? ありがとうございます、なによりの贈り物です!!」
うん……うん、とにかく発表はできそうでよかった。
お風呂と側溝の有用性を、現物がないまでも説明しておく。
特にお風呂はマナスルでも国家事業に繋がっている。つまり税収に大きく関わるのだと知らせると、効果は絶大だった。
井戸や水車もそうだ、所領経営はなにより資金繰りとの戦いである。
「早々に大都市であるサーガラからも、噂は流れてくるだろうけど」
「アラヤシキの少年」も主張しておけば、思考が決定に傾きやすい。
明日の発表会の準備にと、桶を購入し広場へ運んでもらう。
幸い大都市サーガラが近いおかげで、硬貨が使用できるのはありがたい。
小石や木炭、砂利も合わせて用意する。町民に飲んでもらう蒸留水を製造して、わかりやすいスピーチの原稿も考えておく。
早くも日が傾き、残りの下準備に忙しく町を回っていたら――。
「っえ!?」
突如肩越しにコートをつかまれ、路地に引きこまれた。
何事かはわからない、だけど左手で腰の警棒を確認し右手をそえ――。
「……っもう! 怖いですよぉ」
大きくため息をつき、上がった動悸に冷や汗も吹き出る。
へたりこむぼくの前に、漆黒のフードからナイフの光を放つ青い瞳が覗く。
「おまえがウロウロして、宿に戻らないのが悪い!」
ジャーラフさんがイラだたしげに立っていた。
「嗚呼、その無茶苦茶……いいなあ」
なんて反論したくなる気持ちを必死で止める。お腹がモゾモゾと動く、カレシーが驚いて起きちゃったかな?
大丈夫だよと、お腹をさすりながら立ち上がる。
「二度は言わんぞ、今すぐ町を出ろ! 連れには連絡しておいた、急げ!」
それだけ言うと弾けるように跳び、壁に手をつき楽々と屋根にあがった。
ハスター伯爵を迎えた晩餐ホールでもそうだった、気配も見せずそばに寄る姿といい本当に猫みたいだ。
亜人の特性には驚嘆するばかり――いやそれより。
「ジャーラフさん!? それはいったい……」
すでに気配は消えていた、聞こえないのか本当にいないのか。
「連れ……えっ皆に、なにかあった!?」
宿屋への道のり――脳内マップから最短距離を選んで走りだす。
☆
「アユム卿こちらへ! お乗りくださいっ!」
「おじさんっ!」
宿屋に駆けつけると、中庭からおじさんの馬車が出てきた。
ぼくを見つけると声がかかり、なんだかわからないけど荷台に飛び乗る。即座に出発する慌てように、何事かとざわめきが起こっていた。
「なにがあったんです? 誰かケガでも!?」
荷台にいたセツとバンダは、わからないと首を振る。
「おじさん!?」
三人の視線が業者席に座る背に向けられた。
おじさんは無言で馬車を走らせる、伝わるのは緊張と……恐怖? 南門が閉まる直前に駆け抜け、怪しむ門衛の顔が遠ざかっていく。
町を出ると王道が森に線を引いて伸び、おじさんはやっと口を開いた。
「っ先ほど因果伯の方から指示されました、アユム卿を連れてすぐに町を出ろと」
「因果伯って……あの、貴族の?」
セツとバンダはジャーラフさんから話を聞いてないようだ、なぜおじさんだけ?
もう日が暮れる、森を見ればすでに真っ暗。
「でもこんな時間に出発したら、辺りが見えずに危険なんじゃ……」
振り返って町を見ると、妙なことに気がついた。
町の西、山の裾辺りにいくつか粒みたいな光……松明?
蝋燭はもちろん、松明もけっして安い品ではない。ほとんどの領民は日暮れ前に一日の生活を終え、家で食事をして就寝する。
「なぜ、あんなところに――」
疑惑が想像に変わり、一瞬で背筋が凍りつく。
「セツ、バンダ! 目がいいよね、山の光が見える? あれはなんです!?」
「光っスか? 松明……いや、今から山狩りする雰囲気はなかっ――…」
真っ暗になった山中に辛うじて見える光点。目を凝らしていたバンダの顔から、血の気が引いていく。
光が二手にわかれ、町を囲いながら移動していたのだ。
「アユムさまっありゃあ盗賊でさあ! 町が狙われてる!!」
セツが指を突きつけ、尻ごみして叫ぶ。
「おじさん停めてっ!」
やはりそうか――ぼくは装備を確かめ、荷台の縁に足をかけた。
「アユムさま!? どうするんスか!」
ただ騒いで回って誰が信じる? パニックを起こすだけ、中心的人物――。
「――イダム卿の言葉がいる! 知らせてくる、まだ間にあう!!」
「ダメです!!」
おじさんが前を睨みながら、振り向きもせず言葉をつまらせる。
「領主の館に向かって、説明して――その時間がなかったから……っ!」
「この旅に出る前……マナスルで領主様にお会いしたんです。因果伯の方を連れて安宿までこられ、あろうことかこんな儂に頭を下げて――くれぐれもよろしくと、お願いされたんです!」
スーリヤさまが?
「アユム卿は国の未来なのだと……大切な方なのだと! 目に涙をため震える声で頼まれたんです、絶対に停めませんっ!!」
おじさんもわかってるんだ、町がどうなるのか。蒸留水をあげていた子供たちがどうなるのか。
それでもぼくを、選んでくれたんだ。
「……国の未来だからこそ、なんです」
ごめんなさいおじさん、スーリヤさま――。
ぼくは馬車から飛び降り、石畳に一転して着地。
「アユム卿!?」
おじさんが絶望した声で叫び、馬車を急停止させるべく鞭を上げる。
「貴族として命じる! 馬車を停めてはならんっ!」
ぼくにできる、せめてものお礼。
「皆には伝令を申しつける! サーガラへおもむき、領主へ事態を報告せよ!! 町の窮地を救えるのは皆だけだ、夜間の移動に気をつけて絶対に無理をするな――いいな命令だっ!!」
時には命令されたほうが指針となる。
遠ざかる馬車の荷台で、セツとバンダの目がうなずいていた。わかってくれる、本当にありがとう。
ぼくは振り返って町に走り――。
「……けっして! けっして命を粗末に、しないでくださいっ!!」
背におじさんの声を受ける。
「はいっ!」
せめて元気に、返事をした。
「どういうつもりだっ!」
町に走り――出せなかったのだ。
眼前に仁王立ちで、鬼の形相をしたジャーラフさんが現れたから。ぼくはむしろ冷静になり、遠ざかっていく馬車の音に安堵していた。
「ハァ――~…ッ!」
「わっと! 大丈夫だよ、シーちゃん」
カレシーがジャーラフさんの怒気にあてられ、胸元から顔を出す。
「イダム卿に盗賊の襲撃を知らせます! 町民を領主の館に集め橋を封鎖すれば、軍隊の到着まで時間を稼げます。館の石塀も助けになるでしょう!」
カレシーをあやしながら、取れるべき選択を検討する。
軍隊の行進速度は一日に二〇数キロで、即日の到着は期待できそうにない。だがこの時期に現れたんだ、盗賊の目的は婚礼の品ではないのか。
すでに教会や広場には婚礼の準備が整っていた。
領主の館にこもって防御を固め、徹底抗戦の意思を見せる。盗賊とて無用の被害を避けるかもしれない。
「抵抗されるよりはと、教会や広場から略奪して撤収する可能性はあります!」
「ふざけるなっ! ハスター伯爵が襲ったときはまっさきに逃げたじゃないか! 今とどこが違うっ!!」
「残って領主を守る――なんて自己満足を強行しなかっただけです、対応できたのなら対処していました」
ぼくにやれることを、このまま町を放ってはおけない。
「M属性になにができる!!」
「国を磨け、殿下のご命令に従うだけです」
「……っ馬車は無理でも、軍隊がくるまで大人しくしててもらう! 危険とわかる場所に向かわせたりするものか、絶対にここを通さない!」
鉄板の両端にある輪に人差し指と小指を通し、第二関節で握る。ジャーラフさんの両手に、銀に鈍く光る三本の鉤爪が現れた。
手の中に納まる小さな隠し武器――「バグ・ナウ」である。
「あの爪を壁などに引っかけて、跳ねていたんだ」
興味はつきないけど、今は町の対策が先。
一刻も早くイダム卿に事態を報告し、打つ手を講じないといけない。でも彼女に隙はなく、決意が青い瞳に光を宿す。
「ぼくの安全を第一にと考えてくれるのは、本当に感謝しかありません! ですがマナスルで市民を――」
「おまえがどこで死のうとどうでもいいっ!!」
うつむくジャーラフさんの、肩が全身が震えていた。
耳が反って尻尾の毛が大きくふくらみ、喉から低いうなり声が鳴る。
「命令に従うといったな、ボクは護衛を命じられてる! おまえが盗賊に斬り殺されようと知ったことか! だけど今だけは、何よりも優先されるっ!!」
殿下との、お約束なのだ――喉から絞り出す苦しいうめき。
ごまかすようにかぶりを振り、ジャーラフさんは手で顔を隠す。
「おまえはそうやって、マナスルで死にかけただろ、なんで勝手に行動するんだ」
指の隙間から見える危険な光が崩れた、今にも泣きそうな光に。
「おまえさえマナスルにいなきゃ、あんなに『風舌』を使わずにすんだんだぞ……ボクの『力』はすべて殿下へ捧げてるっ! 限界がきてお役に立てなくなったら、どうするんだよっ!!」
視力を失ったラヴィの顔がよみがえる。
「おまえ、にゃんか――大っ嫌いだっ!!」
青い瞳に涙があふれこぼれ落ちる、だけどぼくはうれしかった。
感情をぶつけてくれた、ジャーラフさんに感謝する。
おそらく彼女は、盗賊の接近を把握していた。だけどぼくがイダム卿と再会し、館に招かれるほど懇意となってしまう。
領主へ警告を発すれば確実にぼくの耳に届く、それは避けたかったのだ。
この事態を伝えてはならない、ぼくがどうするか……わかっていたから。
「――S属性は木片を炎に、土を鉄に返還します。しかし『物質』を必要としない『圧力』……ここにも質量はあるんです」
「なに……を?」
突然の講義に、ジャーラフさんが虚を突かれ目を瞬く。
ぼくは一度空を指さしクルリと回す、そうして燕尾服のダブルボタンを外した。
上着と白いベストが一体化していて、白い上半身が月の下に浮かぶ。
「なにを言って――いや、なにをしてる!?」
突然素肌を晒すぼくの行動に、意味不明なのか戸惑っていた。
けっして露出狂ではありませんからね。
「因果伯が啓く門は、たったひとつなんです……シーちゃんつかまって!」
カレシーがマフラーみたいに首へ巻きつく。
彼女を走って突破するのは難しい、かけてる時間もない……ならば。
『カルマ』っ!!
ぼくの背と上着の間が淡く発光する。
強風が上着とコートをはためかせ、足元の石畳をたたく。小石が飛び散り、砂埃が輪を描いて広がった。
王道そばの木々まで揺れ、大気が歪んで見える「暴風」となる。
「にゃ――っ!?」
ジャーラフさんの驚愕の叫び。
『空を自由に飛ぶ、便利だな。属性で言えばなんの――』
ウールドに物語を話していたとき、そんな感想を聞いた。確かにS、O、Mどの属性でも、人を飛ばせるだけの出力は得られない。
ハスター伯爵が「推力」に返還した炎の矢で、この時代では十分脅威なんだ。
だけどぼくなら可能ではないのか? そんな予感から幾度か練習はしてたけど、ほぼぶっつけ本番だな。
「ジャーラフさん……ぼくは歴史を変えている、罪深さを感じていたんだ。悲劇が起ころうと、それは必要な犠牲ではないのかと」
常識の違いによる嫌悪、魔獣の存在、人々の死亡率の高さ。ぼくの身は余りにもいたらない、それはマナスルで嫌なほど学んだ。
それでもやれることがあるのなら、ぼくは手を差し伸べたい――。
「ヴィーラ殿下も盗賊の襲撃を知ったら、守れとおっしゃるんじゃないかなあ……フフッ怒鳴りながらね」
想像したら笑えてしまった、なんだこんな簡単に決心がつくのか。
「……っ! おまえに、そんなことっ!」
ジャーラフさんが動揺して目をそらす、優しい娘なんだ。
一度身を屈め、重心を移動させる。
「ジャーラフ……さん、時には歩くよりまず走れだ」
時間がない、やるしかない!
「いいか、いくぞ――三・二・」
「おいっなにを――…」
「一っっ!!」
暴風に弾かれ、ぼくは飛翔した。
風を切り裂き、夕暮れに赤き空を疾走する。ジャーラフさんの愕然とした表情と叫び声は、すでに遠く点となっていた。
「っうううイエェ――――~…アハハハハ――――ッッ!!」
上空五〇メートルで水平飛行に移る。
約十五階建ての高さを生身で飛ぶ恐怖。なにより上半身むき出しで、肌に当たる風が寒いのを通り越し――痛気持ちいいっ!
シルフが驚いたのか道を開け、空気の羽が体を滑り抜けていく。
「ごっごめんね――! ひょっ氷結が起きて故障の恐れはい、いけ――~っ!!」
黒いインバネスコートをはためかせ、燕尾服を着ての飛翔。
誰かが見上げて発見したら、ドラキュラがいたって噂になるかな。
「せめてヴァンパイアと呼びなよ――」
犬歯を光らせ奥歯を鳴らしながらセルフツッコミしてみた。爆風に連動するほど動悸が激しくなり、呼吸が荒い。
カレシーは怖くないのか、赤いマントをなびかせ地上を見ている。
「やっやっぱりカレシーは、おっ大物だなあ!」
上空からだと山の裾を動く小さな光がよく見えた。
間隔をおいて灯った松明が六本ある。一本に五~七人の気配があるので、盗賊は三十~四十人か。
南北に別れて門を目指し、石壁を越えず大周りしていた。
「もし直進で襲撃していたら、すでに被害が出ていたな……」
町の門はすでに閉まったはずだけど、門衛はたったの二人。軍隊が宿営しているわけではなく、制圧はさして難しくない。
そして門からの封鎖は、「町民を一人も逃がさない」との意思を示唆していた。
「領主の館が見えてきた……着地が一番、難しい……っ!」
馬車の何倍の速さか、一分も飛ばないうちに領主の館につく。
周囲には直営地の耕地が広がっており、使用人が数人帰り支度をしている。
「シーちゃんこらえてっ!!」
「シ――ッ!」
「ぅあああああ……あああああ――――~…っっ!!」
雑草が茂っている丘の上に、跳ね転がって墜落。
勢いが止まらず畑の畝をいくつも壊しながら、バウンドしてやっと停止した。
「う……っ」
息が荒れ喉がつまる、なんとかあお向けになったが……故障したかもしれない。
「冗談になってない、テンションが上がりすぎた……足での着地を、練習しよう」
「きゃあああああ――――っっ!!」
突然降ってきた影に驚き、使用人が悲鳴をあげる。
畝を壊して、ごめんなさい。
「盗賊が――っ? そっそれは、本当ですか!?」
領主の館に飛びこみ、無礼をお詫びしながらもイダム卿に取り次ぐ。
「いっいえアユム卿を疑うわけではありません! 突然すぎるお話で……ええっとでしたらすぐにでも、兵士を集めたほうがいいです……ね?」
ぼくの主張に混乱して当然だ、申し訳ありません。
窓の戸板を開け見渡せば、すでに日は落ちている。ここからでは建物に重なり、山の裾に展開する小さな光までは把握しにくい。
「……兵士は今、何名いるんですか?」
「兵士は十名雇っております、今屋敷には――~そうそう門を閉めたあとは夜勤と交代しまして、町を巡回してから帰って来ます」
今は全員出払っておりますと、横にいる家令さんが補足してくれた。
この時代の兵士は、人口の〇・五~二パーセントとされている。四百~五百人の町で十名ならいいほうだ。
学校経験がなく、避難訓練をしたこともない数百の町民――どうする。
「ではすぐに携帯……いや伝令を放ち、兵士を召集してください! 同時に町民を館へ緊急避難させる許可をいただきたい! 戸惑いは当然ですが一刻を争います、どうか信じていただけないでしょうか!?」
盗賊はすぐに門へ到着する、今さら伝令を放っても遅すぎるのでは? これ以上犠牲を増やすより、バリケードを張り館だけでも守るべきではないのか!
全町民を見捨てて――!?
気持ちだけ焦ってうまく説明できない。
状況を正しく伝えるだけの証拠がなく、事実の「証明」が困難なのだ。つめ寄るぼくに驚き、イダム卿がなかば手を上げた。
「アっアユム卿の言葉ならむろん信じるに足ります、まっまずは私に詳しく……」
『皆の者心して聴け!』
突然耳にではなく、脳に声が響く。
「風舌」――痛いくらいの強制介入は周囲にも届いてるのか、石化し時が止まる。
『盗賊が町を襲撃すべく移動している。身ひとつでいい、急ぎ領主の館へ走れ! 全兵士も一度帰還し、のちの指示をあおげ! 盗賊が襲ってくる、急げ!』
二度くらいでは慣れないのか、ぼくは肩で息をしながら頭を振る。
「――っふう、ただ聴けばいいだけなのに、どうにも苦手だなあ」
「今……神託が下りました、盗賊が襲ってくると――~…おおっ!」
イダム卿が跪く勢いで手を組んでいる。家令さんや従者も感動し、そして事態に気がついたのか慌てだす。
「カルマ」を知らない方には神の御業、なによりの援護だ。
「ありがとう……!」
ぼくはどこかにいる、ジャーラフさんに感謝した。




