三十八夜 奇天烈な少年……?
「ではサーガラの領主、サンガ伯爵の分家にあたるのですね」
「はい! そのよしみでマナスルの謁見の間に、若輩ながら随行を許されまして」
宿屋でひと目でぼくだとわかったのも、あの場にいたからなのだ。
馬車に乗り会話をすると落ちついたのか、やっと話が見えてきた。
「それではヴィーラ殿下には、さぞかし驚かれたでしょう」
「いえ、むしろ奇――…えっ? あっそうですね驚きました! ええっ!」
よほど怖かったのか視線をそらし、汗を拭っている。
殿下も無茶はぼくだけにしてほしいのにと、まなざしに同情をこめた。
「あの『カルマ』ですか? 卓越した能力とうかがっておりましたが、『炎の鞭』は想像の範囲を超えていましたね」
殿下のS属性のあとだと、ぼくのM属性は見せられないなと苦笑する。
「そういえば床に倒れていましたね、おケガはされませんでした?」
サンガ伯爵がよろけ、支えながら下敷きになっていたのだ。
「えっ私がいたのを……覚えて!?」
「はいもちろん、ヴィーラ殿下も困った方ですよね」
笑って場を和ませたのに、なぜか色を失い流された。
イダム卿は十代中盤で、ぼくとは同年代。
白に近いスカーフに金のベスト、茶系の上着で袖の折り返しも金。少しお腹の肉があまっていても、見事な着こなしは生まれながらの貴族だった。
明るい性格は好ましいけど、若干足が地についていない気もする。
領主の館には石塀があり、鉄柵の門が重々しく開けられていた。馬車から降りて館を見ると、使用人が玄関の両側にならんで出迎える。
男性使用人と女性使用人、合わせて三十人近い。
「なんだか、レッドカーペットが見えてしまいそうですね」
最高の出迎えに称賛したら、イダム卿は息を吐いて大袈裟に喜ばれた。
「いただきます」
「イタ、ダ……アユム卿、今の宣言はなんですか?」
手を合わせ軽く会釈する姿に、イダム卿が首を傾げる。
「食材に対する敬意です。育てた方や調理した方への、感謝をこめた言葉ですね」
「それはすばらしいですね、えっと……イターダキマス」
マネをして手を合わせる姿に、なんだかほころぶ。
しかしやはりこうなったかと、目の前を支配する「果てしなく量が多い」料理に若干だが息をのんだ。
領主であるスーリヤさまもおっしゃっていた。
貴族にとって晩餐は、「権力者の威光」をしめす大切な場である。残飯を貧しい者へのほどこしとする、高位の見栄なのだと。
テーブル上には文字通り、料理の山が無秩序に積まれていた。
豚肉のボイルと兎肉の串焼きロースト、塩漬けニシンとタラがならび、そうかと思えばドライフルーツとチーズが点在する。スープは肉や野菜を一度に煮こみ継ぎ足すので、風味はバラバラだった。小麦の白パンこそ贅沢品でも、スープに浸して食べるので味は左右される。
メインの鳥肉パイすら、香辛料と果物で作ったすっぱいソースが支配していた。
「ぼくも悩んだ点なんだ、基本となる調味料やソースが圧倒的に足りてない」
切り分けられた料理を、取り皿扱いの平たく硬いパンに乗せひと呼吸。
「さて……」
そしてこれらを、素手で食べるのだ。
この時代、食事は基本的に素手である。肉や魚はむろん、スープの具すら素手でかき出す者もいた。
フォークを製作してからは、晩餐に誘われるたびに持ち歩くことになる。
元々余興として「奇天烈な少年」――噂の珍獣を観ようと誘っているのだから、それが「熊手を持つ少年」に変わっても同じなのだ。
手で食べるのが常識の世界で、批判的な目が心地よく突き抜けていたっけ。
『指は神が我らにあたえ給うた最上の道具である』
一七世紀にフランス王ルイ十四世は、手づかみこそ食事のマナーだと訴えた。
広まり続けるフォークの使用を禁じたほど、「異常な行為」なのだ。
しかし余興の会食とは違う、イダム卿は本当にぼくをもてなそうとしている。
彼の気持ちを無下にはできない。
硬い肉を爪先で裂き、魚の皮をえぐって身をほぐす……油でぬめる感触を存分に味わいながら、失礼にならないよう口に運ぶ。
素手といっても、振る舞いとして指遣いが重要だった。
手でつかむのではなく、指三本でつまむのだ。深皿やコップなどを汚さぬよう、フィンガーボールで指を洗う。口の周りをテーブルクロスで拭き、咀嚼音はさせず食べ物を噛みながら話さない。
現代感があれば一部に引っかかるのではないか。
まさしく「がっつく」と呼ぶのにふさわしい、貴族の晩餐マナーである。
「お気持ちはたいへんありがたいんです、けれどもやっぱり慣れない。申し訳ないけどフォークは常に持ち歩くようにしよう」
いつも飲んでいたハーブティーも当然ない。
代わりというのもなんだけど、初めてワインを試してみた。
「うん……アルコールだ」
鼻に抜けるアルコール以外の何物でもない。
ワインは非常に高価であり、貴族でなければ収穫祭などでしか飲めない。平民に聞かれたら眉をひそめ、睨まれそうな感想を口にする。
「ただのアルコール……だね」
胸に落ちていく熱い広がり、喉から漂うアルコール臭に息も熱い。
ぼくはなんとなく、甘くまろやかでおいしい飲み物だと想像していたのだ。
「常飲すれば、そのうちおいしいと感じられるのかなあ」
酔って上機嫌に踊っていたスーリヤさまが浮かび、ふと笑った。
「――それで私も晴れて婚礼の歳となりました、正式に男爵家を継承いたします。できの悪い息子ですが、これで父上に安心していただけるでしょう」
イダム卿の饒舌は食事の間も止まらない。周囲の方は意外な顔をしてないので、通常運転のようだ。
横には件の婚約者か、ひと目で貴族とわかる美女がほほえむ。
女性は晩餐に列席しても、飲み物だけで料理は召しあがらない。幸いにも美女が「がっつく」姿を見ずにすんだ。
最初は食べない方を前に飲み食いするのに、かなり抵抗があったっけ。
「それはおめでとうございますイダム卿、心よりお慶び申しあげます」
「ありがとうございますアユム卿」
三日後に婚約公示期間の四十日が明け、町中の教会で結婚式を挙げる。
本来は祝日の多い、五月に催すことが多いそうだ。今回は一日も早く父上に安堵してもらおうとの心づかいだった。
「馬車や行商人が多かったのは、領主の息子の婚礼準備ににぎわっていたからか」
独りで納得し、ぼくは祝辞を述べる。
サンガ伯爵からお祝いの品が届き、華やかな婚礼となるのではないか。年齢的にぼくとさして違わず、まだ幼さの残る顔立ち。
「中学生が領主となり、数百の町民を支える存在となる」
常識の違いには何度も驚いてしまう。
ヴィーラ殿下のご婚礼は王族の例外にしても……多くが十四歳で婚礼していたと記録として知っているだけで、実感の意味ではかなり違う。
必要があっての旅だけど、折に触れて勉強になっていた。
「アユム卿もしよかったら息子の婚礼に、列席してはいただけないでしょうか?」
現領主が視線を向け、静かな声で語りかける。
五十すぎに見えるけど、嫡男の年齢からすれば四十代かもしれない。数年前から病気がちで、今も外出はできないそうだ。
闘病生活のせいだとしても、ぼくのイメージより老けている。
「いやそれは、異世界の方々全般に言えるな。かけ足の生活が人生を縮めるのか、濃くしているのか……」
本来なら領主が主賓席の真ん中に座る。
とはいえすでに、イダム卿が男爵家を盛りたてていた。周知させるように離れ、領主の肩書きを降ろしているのだ。
「父上無茶をおっしゃらないでください。アユム卿はヴィーラ殿下がお招きした、唯一無二のお方なのです。屋敷にお招きできただけでも存外の名誉なのですから」
「それは『魔王の子守り唄』の前では、絶対に言わないでくださいね?」
ある狼が恐ろしげな逸話として話していたので……。
『耳をふさいでんのに、どこか遠~くに連れていかれる気分になる。あらあ一種の攻城兵器だな、ドラゴンの巣に特攻するほうがはるかにマシだ』
「私でよければ、ぜひ参列させてください」
異世界の結婚式に興味があったし、川端で浮かんだ技術を試せるかな。
丁寧に会釈すると、現領主は目を細めて優しくほほえんだ。
「いやそんな――ええ、そうですか!? ありがとうございます! 我が男爵家に語り継がれる誉となりますね、父上!」
婚約者に笑いかけ、ここぞとばかりに盛大に杯を掲げ周囲にアピール。
イダム卿、もしかして狙ってました?
「いやまあ、いいですけど……あっそうだ。ただですね、皆と相談してから決めていいでしょうか?」
ぼくの一存で滞在を延期するとは言えないと説明したら、妙な顔をされる。
「従者に相談するのですか?」
「彼らは従者ではありません、そうですね……旅の仲間です!」
笑ってポイント違いを訂正しても、ふに落ちない様子だった。
では早速と退席をほのめかすと、宿泊の準備をしてると引き留められる。失礼にならないよう丁寧に固辞した。
もしや朝食も――だったらと想像しただけで、すでに胸やけが発生しそうで。
ごめんなさい。
「ははあなるほど、平民の生活を視察……」
心底残念がるイダム卿に、歩かせてしまった家令さんが何事かささやいている。
納得してもらえるのならそれでいいのですが、貴族の思考はやはり難しい。
「それで滞在が決まりましたら、お願いがあるのですが――」
☆
「――アユム卿のよろしいように」
行商人のおじさんが帽子を取って答えた。
「それよりもアユム卿をこのような安宿にお泊めするなど、たいへん申し訳なく」
宿は六畳の小部屋。
小さめの板窓と脚つきの長持ちに干し草のベッド。床に寝藁とシーツを敷けば、大人四人でゆっくり寝ることができる。
おじさんがぼくの個室にしようとしたのを、皆で使おうとなんとか説得した。
ぼくだけ特別扱いは嫌だし、この二日は半野宿だったから、個室なだけで周囲が気にならず存外快適なのだ。
行商人は通常大部屋の雑魚寝であり、雨露をしのげれば御の字だった。
婚礼で混んでいる時期、宿に無理させるのもなんだしね。
「もちろん伸びた分の滞在費や、御者の費用もお出ししますから。セツとバンダはどうでしょうか?」
あと一日でサーガラにつくんだし、早く帰りたいでしょう。
「いや、俺っちは別に……なあ」
「へえ問題もなにも、アユムさまが決めたんスからそれで」
「そういうわけにはいかないですよ、皆で旅をしてきたんだから皆で決めないと」
しかし滞在してもいいみたいなので感謝。長持ちをテーブルにし、明日設置する設備の設計図を書く。
ワインを飲んだので眠気と戦っていると、なぜか三人は顔を見合わせていた。
「大工のギルドはないんですか?」
「ええ町に職人の組合はありませんね、大工はおりますので連絡しておきます」
村や町の規模だと、職人ギルドの結成は少ない。
都市で必要とされる職種との違いもある。だが何よりギルドは誓約条項で縛り、閉鎖的な傾向がみられたのだ。
経済的利益を守るため競争を避け、結束意識は高いが独自性が薄い。
市場に停滞をもたらす要因にもなった。
地方の職人は都市ギルドの干渉に反発し、独自に市場を開拓していく。皮肉にもシェア争いの刺激により、技術革新にいたった傾向まである。
ぼくも屋台のレシピには、自由競争を推奨していた。
「そう単純な話でもないのか。ギルドは流通を厳しく管理しているし、質の低下を抑える結果にもなってる」
あちらを立てればこちらが立たず、両方立てれば身が立たぬか。
「ああ聞いた聞いた兄ちゃんかい。何に使うのか知んねえけど、乾燥させてるのに使えるのがあったら持ってきな」
翌日家令さんに教えてもらった、大工の仕事場にお邪魔して相談する。
特殊な仕事だけど領主の、イダム卿の許可はいただいてる。保存してある木材で使えそうなのは杭用しかなく、残りは山へ伐りに行くことになった。
技術はいらないので、住みこみの大工見習い――徒弟を三人就けてもらう。
皆若く十代前半、そしてなぜかセツとバンダもついてくる。
「せっかく休めるんですから、ノンビリしていればいいのに」
「それ、アユムさまが言いまス?」
バンダの反論に言葉がつまり、笑ってしまう。
「そっか、ぼくも変な奴ですね――」
うん……あんまり頷かれると、少し寂しいかな。
「できればムクや樫――っと強度があり、しなりのある木が理想です。一本は直径一〇センチで五メートル。もう一本は直径二〇センチで四メートル、こちらは先が『Y』の字にわかれているのを探してください」
「はい――っ!」
拾った枯れ木で長さを、地面に線を引き形を説明。
「なあセーンチとかメルトってなんだ?」
「さあ……貴族の造語だろ」
耳慣れない指示にざわつきはしたけど、どうにか理解してもらう。
皆はそれぞれに広がり、木々を見上げながら山へ入っていく。本来なら探すのは自分でやりたいけど時間がない。
今回は人海戦術、つまり金の力。
ぼくは騎士として国から俸給をいただいている……正確にはヴィーラ殿下直属の家臣であり、殿下からいただいているのだが。
アラヤシキ計算で月給約七十二万円、さらに三か月ごとに二百四十万円の賞与。
年収約千八百万円は、大企業の課長クラスと言っていい。
本来なら甲冑をそろえたり軍馬を維持したりと、貴族に仕える職業軍人。俸給の高額さから、戦に備える「騎士」がどれだけ重要な爵位かをしめしていた。
そしてぼくには特許使用料まで入ってくる。
特許に関してはマナスルの徴税官におまかせし、銀行預かりなので不明だけど。
歩きながら聞くと徒弟に給与はなく心づけ程度。その代わり衣食住のすべてを、親方にまかなってもらう。
専門技術を修めて職人になっても、月給は約五万円ほど。
物価を考慮してもそう裕福な収入とは言えない。一本立ちして親方とならねば、暮らしはかなり厳しいといえよう。
ぼくは所領がない身でありながら、ずいぶんと高級取りになっていた。
「そうでもないと、石鹸製造なんて国家事業の施策に参入できなかったけど……」
なんて考えていたら、音もなく背後に気配が生まれる。
「――どういうつもりだ」
振り向かないでもわかる、不機嫌なジャーラフさんの声。
「――ですのでこれから向かうサーガラの領主、サンガ伯爵の分家に当たる方を、無下に扱うわけにはいかなかったんです」
まあ婚礼も見たかったんですけどね――と、振った軽口はスルー。
「……ふんっ! だがこれ以上余計な手間をかけさせるなよ、終わったら大人しくサーガラへ向かえ! いいなっ!!」
指を突きつけ睨んでくる、ぼくは少しでも話ができてうれしかった。
顔に出たのか、また睨まれる。
「それと薪を振るようなマネはよせ、盗賊の密偵と疑われるぞ」
あっやっぱり見てたんだ、プロですねえ。
「アユムさま、あの木はどうで……あれ、今誰かと話してました?」
セツが後ろを指さしつつ坂を下りてきた。
振り返るとジャーラフさんは、すでに木々の合間に消えている。
頼もしい護衛とね――と笑ったら、首を傾げていた。
「う”……っ!」
直径一〇センチで五メートル、比重〇・八なら三〇キロ。こちらはまだいい。
直径二〇センチで四メートル、同比重だと……一〇〇キロとなる。
ロープを組み「引っ越しベルト」に見立て、全身を使って持ち上げた。それでもうなり声をあげるほどの労力を費やす。
「セツとバンダが、手伝いにきてくれて、助かったよ――~」
「結局これは、なんに、使うんっスか?」
「二人はサーガラ、出身だっけ、なら、知ってるかも――…」
休憩を挟みながら、六人でえっちらおっちらと町中まで運ぶ。目的地である川の桟橋がある左側、上流側に汗と共に置く。
――すでに昼を過ぎていた。
行商人のおじさんが食事を持ち、蒸留水作りの準備をして待っている。こちらの作業と並行してできないので、おじさんに頼んでおいたのだ。
食事は味の問題だから我慢すればいい、けど水は作らないとどうしようもない。
まず水を汲み、半日でもいいから沈殿させる。桶を購入して、ろ過装置の準備と沸騰のために窯の用意を――意味もわからないのに勧んでやってくれた。
側溝のときもそうだった、自分の非力さを知るたび仲間の助けに頭が下がる。
『もっと周りを頼りなさい、人は完璧じゃないから国を創ったの!』
口元を汚しデニッシュのカスがこぼれた服で、美人のお母さんが笑っていた。
「さ――って、うまくいくかなあ!」
食事をしてひと息つき、脳内設計図を地面に描いて再現する。
肩と首を回し、農民服の袖をまくって気合を入れた。そういえば佩刀してても、今日は誰も注視しない……慣れたのかな?
「まずは一本目、よいしょ――っ!」
杭打ち用ハンマーを振り上げ、三角形を描いて三か所に杭を設置する。
徒弟の三人には中心となる部分に、一・五メートルの穴を――なるべく周囲を崩さずに掘ってもらう。
セツとバンダはやはり器用だ。
杭の先を尖らせたり補強したりと、細々な作業を苦もなくやってくれた。
「二人には何か、お礼をしなきゃなあ」
中心の穴に、先が「Y」の字になった棒を立てる。
棒の約三分の一が埋まり、周囲をハンマーで突き固めてガッチリと固定。さらに三本の杭を使い、八つ掛け支柱で安定させた。
ちょっとやそっとではビクともしない柱となる。
五メートルの棒を三対一の割合で「Y」の又にかけ半固定。長いほうを川に向け桶のついた紐を垂らし、短いほうの先端に一〇〇キロ強の重りをくくった。
てこの原理を応用した水汲み装置――「はねつるべ」である。
「わあ――っ水が入ってるのに、すっごい軽――い!」
屈んで腕の力で持ち上げるのとは、比べものにならない手軽さ。
桶に水が入っても、重りの力で簡単に汲み上げられるのだ。二メートルの段差を上り下りせずにすみ、それだけでもかなり楽になる。
桟橋に来ていた子供たちは、はしゃぎながら水汲みをしていた。
刺激の少ない時代では、「てこの原理」も十分な娯楽に入る。
「いかがでしょう。何度か試して不都合があったら、重さを変えてみてください」
洗濯をしにきた奥さんたちにも試してもらう。
どうしていいかわからないけど、とにかく便利だと称賛してくれた。
「すばらしいっ! これは以前サーガラで見ました、クレーンですね!?」
話を聞きつけてイダム卿が参上。
若いだけフットワークが軽いのか、現領主が動けないぶん頑張っている。
一三世紀には石工建設や港湾作業のクレーンが存在していた。人力や水車動力によって、巨大建造物の作業効率が向上したのだ。
ヴィーラ王国最大の港湾都市サーガラなら、あっても不思議ではない。
「こちらは重力を利用します、単純な機構ですので修理も楽におこなえますよ」
「なるほど、さすがはアラヤシキの御わ――…っと失礼いたしました!」
騒ぎになると面倒なので、片目をつむり察してもらう。
「本来生木でなく十分乾燥した木材が望ましいのです。破損したり増やすさいは、大工の徒弟たちが準備から設置まで関わっております」
所在なげに突っ立っていた三人を紹介。
「おおっよき若者だな、我が領地の大切な職人候補だ! これからも大いに励み、皆の暮らしをよくしていってほしい。頼むぞ、未来の親方たちよ!」
三人は貴族に褒められて困り、照れながら恐縮している。
ぼくもふくめ全員が十代前半、どうにもお芝居っぽく見えてしまうけど……。
「所領の山から木を伐る、川のそばに設置する。すべてイダム卿が私のお願いを、聞き入れてくださったからこそ果たせました」
ぼくもつられて大げさに会釈し、手を差し出した。
「握手という友好をしめす挨拶です、ありがとうございましたイダム卿」
「アク……おおなるほど! いやアユム卿の英知と行動力は、町民の生活に笑顔と活気をもたらします! これ以上の喜びはございません! よくぞ我が領地へ来てくださった、ありがとうございます!!」
ぼくの手を取って熱く感謝する、よい方なのだなイダム卿――。
集まった民衆に取った手を振りアピールすると、割れんばかりの拍手が起こる。
さすがは次期領主、うまいですねイダム卿――。
ついでに蒸留水を作るろ過装置と、カレンデュラオイルの製法も伝えた。
僭越かなと遠慮するより、いい機会なので広めておきたい。
後ろに控えている家令さんが記憶しようと眉根を寄せてるので、あとで羊皮紙に清書しお渡ししよう。
おじさんに作ってもらったろ過装置は問題なく使用できる。
知識があれば誰でも製造できる証明となった。蒸留水を子供に分けてあげたり、おじさんも楽しそうに笑っている。
おじさんは桶の片づけで別れ、徒弟の三人に工具を返して解散となった。
大工の親方に、すでに仕事の賃金は払ってある。徒弟たちは無事勤めた報酬に、何かごほうびをもらえればいいけど。
「宿に帰ってお風呂――はないんだっけ、タオルで拭くだけになっちゃいますね」
木を運んで準備に設置にと、一日汗をかいたので心底残念だ。ポンプを手渡せば早かったんだけど、補助部品の補充はいつできるかわからない。
こればかりは仕方がないと、振り向いてセツとバンダに笑いかけた。
「二人とも本当に助かりました、お手伝いありがとうございます!」
同じく手を差し出すと、なにやら顔を見合わせている。
「あのうアユムさま、手は鍛冶屋の魂です。そいつが何を触ったかわからんのに、あずけっちまうのは……どうもすんません」
セツが頭をかき、申し訳なさそうに拒否した。
職人にはそういう感じ方もあるか、軽率だったかな。
「それよりもアユムさま、今日やったことなんスけど……」
バンダは顎に手をやり、別の意味でモヤモヤしていたようだ。
旅の仲間に敬称はいらないと、何度も言ってるんだけど。
「金と労力を使い、作りたかったのはあのクレーン……水汲み装置っスか?」
「おじさんに頼んだ蒸留水もね、皆喜んでいましたね」
「いや……そうっスけど! いや本当に、すげえんスけどね!?」
「貴族ってなあそんなことしないんでさ、ほどこしだって誰かにやらせるもんだ。てか得にならねえなら、俺らだってしやしませんぜ」
セツが苦笑して捕捉し、バンダが大きく頷いている。
「自分がすべての中心だといばりちらし、下のモンに相談も礼もしないもんス! 第一あんな見事な、クレーンなんてタダで教える技術じゃねえでしょ!!」
「ああ十分に金が取れらあ、逆に金払って苦労して……なあ、信じらんねえよ!」
「ひと財産できるってのに、なんであんな……っもったいねえっス!!」
「アユムさまには、調子が狂っちまうよ! ス!」
ええ――~とこれは、どういう反応かな。
「はあっ……ホーマ親方が何度も言ってたけど、本当に奇天烈なお人っス」
「金鎚を振るったこともねえ坊主の話を、なんで聞いちまうのかってな。そりゃあこんな手腕を見せられちまっちゃ、放っとくわけにもいかねえじゃねえか!」
「まったくタダ働きっスよ、奇天烈なのは服だけにしといてくだせえ!」
「でもまあ、いいほうの奇天烈だけどな」
違えねえ――と、二人で笑い合っている。
褒められてるのか呆れられてるのか、判断に迷うなあ。
「ぼくは命令するのって嫌なんです、それよりもいっしょに考え学びたい」
他者の心を知りたいのは、知ってほしい心の裏返しか。
「それに一応得……ではないにしても、目標はあるんですよ?」
ぽつりつぶやくと想像以上にくいつかれた。
「アユムさま、なんスかそれ!?」
「世界を変えるとか、ぶっ飛んだ目標がありそうですぜ!?」
恥ずかしくて頬も高揚してたけど……男同士だしと、内心を告白してみた。
「ヴィーラ殿下にっ! 踏んでいただきたいんですっ!!」
「一度は踏んでいただけたんですけどね、でもそれからはずっと放置なんです! 鞭で打ってももらえなくて……なので国を磨くご命令を忠実に遂行し、お褒めいただいたときにすかさず反論すれば! 激昂なさってきっと『炎生』のご褒美を――あれセツ、バンダ――?」
なぜか二人とも視線を落とし、スタスタと宿屋に歩いていってしまう。
「命令したくねえってのは、されてえってことっスか……」
「どっかがぶっ飛んでるよ、どんだけ踏まれてえんだ……」
小走りに追いかけると、川のほうからはねつるべで遊ぶ子供の声がこだました。
町に備えられた奇妙な道具は、訪れる過客の目に留まる。
現在すでにある技術の応用であり、理解は得られやすい。噂となり構造を調べ、試行錯誤が各地の職人に伝達される。
確立された地方の技術がギルドの流通経路を通り、互いに活性化しあえば――。
「そんなにうまくいくとも、思ってないけどね」
時間がかかっても広まってくれればうれしい。井戸がなくて水汲みがたいへんな子供や女性の労力は、かなり軽くなる。
生活に生じた余裕は、思考の改革をもたらしていくのだ。
世界を即座に変える「力」ではない。けれど子供たちにとっては、意識が変わるくらいの変化があったのか。
夕日に薄く、この町の未来を想い描いた。
――町では迫った領主の息子の婚礼準備で、夜半でも喧騒と笑い声が絶えない。
石壁の向こうに広がる森まで明かりと声が届いていた。
草木が揺れ、マントをはおった男たちが照らし出される。何事かをささやくと、一本の松明に数人がしたがい姿を消す。
旗が吊り下げられた宿屋の屋根。
目を凝らしても視認できない、漆黒の塊があった。青い瞳がナイフの光を放ち、消えていく男たちを見据えている。
「にや――~ん……」




