三十七夜 道
――二日目。
昨日もそうだったけど、休憩ごとに適した広場や小さい沢がある。
過客が長い歳月をかけ、王道の脇を切り開いて生まれたのだ。徒歩の場合は野宿のポイントにもなっているそうだ。
「年々荒れていきましてなあ、どうにかせねばとも思うんですが」
雑草が生い茂り、かつての焚火跡に小動物がうごめく。酷くなっていく行路を、行商人のおじさんが寂しげに見つめた。
建物も同じだ、人が住まないとすぐダメになる。
「往来があるからこそ道は維持される、哲学的だなあ」
ぼくとしては雨を心配していた。
欧州の冬は厚い雲がおおっていてどんより暗い。いつも雨を気にしていたけど、幸いにも側溝掘りのときは豪雨に遭遇していない。
とはいえ小雨でも足が取られ、石畳の上で下手なダンスを披露していたのだ。
土がむき出しよりマシとはいえ、時代を経た石畳には窪みが目立つ。雨が降れば車輪が取られ、場合によっては車軸にも影響が出てしまう。
「川の氾濫、ですか? いや、儂は聞いたことがないですなあ」
話によれば曇りの日が多く、冬でもなければ小雨がぱらつく程度。
二十年行商人をしていたおじさんは、周辺の情報に詳しい。とすればこの地域の雨量はそれほど多くないのか。
「そんな目に合ったら、怖くて川のそばで暮らせませんなあ」
まったくですねと相槌を打つ。
「しかしそうなると、清水や湧き水などの豊富な水量はあてにできない」
標高の高い山があれば雪解け水に期待できる。けれど現状は川のそばでないと、飲料水の確保は難しいと判断すべき。
「こちらも痛し痒しだな、水にここまで苦労するとはね」
蛇口をひねれば水が出る、それがどれだけ恵まれた環境か。現代人の感覚だけどため息をつかずにはいられない。
水はすべての生命線なのだから。
休憩中に行商人と会うと、どちらも積極的に話しかけ情報交換をしていた。
町の噂、道の状況、狼の出現――そして盗賊の目撃談など。情報は商品だけど、危険を回避する支え合いでもある。
「持ちつ持たれつなんだろうなあ」
行商人のおじさんは出発前にも、門をくぐる過客に声をかけていた。
場合によっては滞在期間を延ばしたり、逆に早めて出発したりもする。
「魔獣が暴れた、マナスルに向かうんですか?」
行商人にそれとなく、いやほぼ直球な質問をしてみた。
王都の繁栄を失いプールヴァ帝国の脅威が間近にあるマナスル。せっかく雇用が増えたのに、市民が減ったりしないか心配していたのだ。
「炎を吐くでっかい魔獣だったってなあ、おっかねえ。だけどアラヤシキの少年が倒ちまったんだろ? 英雄がいる街なんて、むしろ頼もしいったらないねえ」
追いはぎのほうがよっぽど怖いわと、笑って荷を背負いなおす。
英雄……誰だろう、聞かなかったことにしよう。
「いいときにマナスルにいくよ。仕事があってメシもうまい、風呂は最高だぞ絶対に入っておきなよ――~ありゃあまさしくアラヤシキだ!」
行商人のおじさんが帽子を振って強調する、ありがたい感想が聞けた。
鍛冶職人の二人が何か言いたげに積荷を見ている。ややこしくなるし今は黙っておこうよと、目で伝えておく。
数日見ているだけで、行商人が国のネットワークをまかなっているとわかる。
異世界に来てからは、貴族に囲まれる生活をしていた。
側溝通りの皆さんには、ぼくが一方的に話していたし……一般的な生活についておじさんと話すのは楽しかった。
「いやしかし、順調な旅ですねえ」
ゆったりとしたおじさんの声に、カッポカッポと馬のひづめが応える。
普段はなにかしらアクシデントが発生するらしい。
「日ごろのおこないがよかったのかな」
「ハハハッそうかもしれませんねえ」
馬車の揺れに身をまかせると、キャンバスに描いたような青い空。
プカリと浮かんだ雲に手が届きそうだ。
「平和だねェ……」
その日の夜も小さな村に宿泊。
ぼくは吐き気をこらえて、馬車から這い出した。
「今後も馬車の移動が続くし、いいかげん慣れてくれないかなあ」
オレンジに染まる空を見上げ、マナスルの英雄に祈ってみる。
――三日目。
馬車は順調に進んで夕方前、今までと比べれば大きな「町」につく。
緑の山あい、流れる川にそって現れる町――ファンタジーの風景。
ここであと一日分の食料を準備する予定。
町との区切りといった感じで、二メートル近い石壁が建っていた。梯子があれば越えられそうだし、防衛力はさして高そうにない。
門衛が二人立っており、荷のチェックを受け通行料を払い通る。
しばらくは放牧地が続き、民家が連なって増えていく。道が十字にわかれる町の中央には、石造りの教会が建っていた。
正面に催しをする広場があり、集会なども開くそうだ。
町の離れには一〇メートル近い川が流れている。石橋が架かる対岸、丘の上には領主の館が霞んでいた――。
「すみませんねえ、通りの向こうの宿はまだ空いてたかも」
「おや、こちらもですか」
二軒の宿屋に満室だと断られ、おじさんが困っている。
そういえば過客らしい方が多い。サーガラからの行商人か、大きな荷を背負って忙しげに歩いていた。
三軒目でどうにか空きを確保、お金を払えば馬車の警備もしてくれる。
この二日は村の建物が満員で、馬車のそばで固まって寝たのだ。皆が久々に床で眠れると手をたたいて喜ぶ。
馬車から降りて背を伸ばすと、マナスルとはまた違う町並みに興味がわく。
「夕暮れまでは時間がありそうだし、一人でフラフラと町の探索でもしようかな」
一人……まあどこかで、ジャーラフさんが護衛しているらしいけど。
気配がまったくしないので、たまに忘れてしまう。
「あの……その格好で、うろつくんですかい?」
なぜか申し訳なさそうに、鍛冶職人の一人セツが訊いてくる。
ぼくはいつもの燕尾服を着ていた。
剣のほかに黒い警棒や紐を編んだリストバンド。ベルトにサイフ代わりの巾着袋――小袋を吊るした、燕尾服・旅人バージョン。
人の目があるので正装し、ヴィーラ殿下に恥をかかせないための配慮。
「どこか、変ですか?」
振り返ると通りの方が立ち止まっていて、視線が合うと逃げられた。
過客が珍しいわけでもないだろうに……。
「あっ佩刀してると怖い? でもウールドに、手放すなといわれてるんですよね」
佩刀が許可されるのは貴族か兵。威圧感をあたえるのは得策ではないし、ぼくとしても気詰まりを起こしそうだ。
どうすべきかと悩んでいたら、鍛冶職人の一人バンダが助言してくれる。
「例のマントをはおっちゃどうっス? 服も隠れ……夕方は寒くなりやスよ」
「ああそうですね、ありがとう!」
二人の気づかいに感謝し、馬車からインバネスコートを取り出す。
なぜか安堵のため息をついている、そこまで心配をかけていたのかな。
「もう十四歳なのに、苦労知らずで幼く見えるのかも」
部屋には鏡がなかったので、しばらく顔を見ていないなと頬をさする。
――この時代、十六歳ころまでは「子供」として扱われていた。
といってもすでに労働力としてカウントされている。むしろ人権が認められていないだけ、意思を軽視される年齢といえよう。
「大人」まで生き残れば、親や権力者の意向によって婚礼が定められた。
次の労働力を生み育てなければならないのだ。
王族が十六歳までに婚礼をおこなうのも、より多くの子孫を残すためである。
「これで鹿撃ち帽とパイプを組み合わせれば、名探偵だなあ」
誰が聞いても理解できない独り言。
霧のロンドンを脳内夢想し、剣をステッキに見立て町を適当にぶらつく。石畳とインバネスコートはとても相性がいい。
民家のなかほどに共同のパン焼き窯がある、家で生地をこね持ち寄るのだ。
これは領主への使用料が発生した。
奥さんたちが井戸端ならぬ、窯端会議をしている。ぼくの視線に気づいたのか、なぜか身だしなみを整えだす。
「あらお忍びですか騎士さま~私どもと楽しく、お話しいたしませんか――~!」
「よかったら大人の女性の魅力を、お教えしますわよ――~!」
笑って手を振り歩き去ると、後ろで誘う声があがり少し早足になった。
「やっぱり下賜された大切な剣だし、杖代わりにせず隠しておこう……うんうん」
元王都のマナスルと違い、道に商品をならべる露店も多い。
そうかと見渡せばパン屋も数軒ある。パン専用の小売り業者で、焼きあがりには角笛を吹いて知らせた。
黒く丸いライ麦パン、お腹は減っていなかったけど興味がわき買ってみる。
「……硬っ!」
思わずパンを持って、歯型を凝視してしまう。
時間がたつとさらに硬くなるというから驚きだ。
「そういえばウールドに昼食を振る舞ってから、なんだかんだ貴族用に焼かれる、小麦の白パンしか食べてなかったからなあ」
しかしライ麦パンのほうが栄養価が高く、腹持ちもいいのは皮肉といえよう。
「玄米もかつては粗食と言われてた、今では白米より栄養価が高いと見直され――っいかん! ソレに触れてはいけないっ!!」
コーヒーと違い代用はないのだと、意味もなくその場から走って逃げた。
欧州に主食の概念はないけど小麦が代表的。
パン屋は欠かせない職である。けれど貧困ゆえに農民が中心として食べたのは、ポリッジと呼ばれる雑穀のおかゆだった。
パンを硬くするのは水分をできるだけ抜き、日持ちさせ保存するため。
一度に焼くのは薪の節約のためである。パンは日常の糧とされている、それでも平民にとっては高価なのだ。
薪拾いから帰った農民とすれ違う、山に入るにも薪を拾うにも税金がかかる。
民家の離れに近づき、休耕地に家畜が放たれていた。
「王道の周囲では春まき作物の準備かな、忙しそうに耕作をしていたっけ」
畑が広がり建物が少なくなると、合わせたように鍛冶屋の音がしてくる。
覗くとセツとバンダがいてなにやら話しこんでいた。この町の知り合いなのか、やはり鍛冶が生活の中心となっているのだ。
「雑談している風でいて、目つきは真剣だなあ」
石橋の手前まで歩き、丘の上にある領主の館を見上げる。
橋は領主の許可なく渡れない――平たく言うと使用料がかかった。上流の対岸に水車を見つけて左に折れてみる、粉ひき小屋だ。
これも領主独占の施設。
馬車による街道の使用や、町の滞在には租税が徴収される。生活のほぼすべてに税金がかかるシステムだった。
「民家の数から、町民は四百~五百人かな」
川端に腰をかけ、町を眺めて所見を述べる。
小都市と呼ぶには少し小さいけど、中学校の生徒数平均よりは多い。そしてこの町の規模でも井戸はなかった。
川のそばにある町だからは理由にならない。
町の離れや畑に水を運ぼうとしたら、労力がかかるのは目に見えている。
「井戸が掘れるか、水が確保できるか」
それによって城の位置が確定し、国境線が変わるほどの影響力を持つ。
とはいえ井戸掘りは一大事業であり資金と技術がいる。マナスルで井戸を掘るといったときの、徴税官の憤慨は偽りではない。
「この時代で井戸端会議は、難しいなあ」
木製の桟橋が川にせり出し、数人の女性が籠を抱え洗濯をしていた。
小さな子供が川の水を汲み桶で運んでいる。二メートル近くある川への段差を、苦労して何度も上り下りしていた。
「国で掘る井戸を大型トラックとするなら、原付程度でいいんだ」
簡易的な――飲料水にできなくとも家畜用、畑用に使える井戸であればいい。
子供や女性の労力は格段に軽くなる。
「そのために必要なのは――…」
ホームズさながらアブダクションをし、虚空に工具と技術を模索した。
☆
「…――卿っ! アユム卿――~…っ!」
思案の雲に乗っていたので、行商人のおじさんの声に反応が遅れた。
振り返ると通りの向こうから、おじさんがよたつきながら走ってくる。呼び捨てにしてほしいと言ったのに、頑なに敬称をつけていた。
「ああごめんなさい、考えごとをしていました。どうしました?」
まだ夕暮れには早い、心配をかけるほどでもないと思うけど。
「りょ――きっ族……っイ、ダム卿がっお会い……したいっと」
かなり探したらしい、肩で息をしているので謝罪し水筒を手渡す。
「イダム卿ですか? 覚えがないですね、ぼくになんの用でしょう」
「この町を……っ所領されておられる、領主縁の貴族……とのことです」
ますます覚えがない、宿に来ているそうなので放置もできないか。
おじさんは休んでいてと話すと、どうしても供をすると言って聞かない。ならばとできるだけゆっくり歩いてると、せかされた。
「えっ貴族がわざわざ、馬車で?」
看板代わりの旗が吊り下げられた宿屋の前に、貴族用馬車が停まっていて驚く。
チェインメイルの兵士が整列をしている。家令を示唆するおじさんがぼくの姿を見ると、慌てて宿内に声をかける。
まさしく「バタバタ」と飛び出す若い――ああ、彼だ。
「アっアユム卿――ご挨拶が遅れ、たいへん申し訳ございません! 領主の息子、イダムと申します。若輩がお出迎えするなどご不快とは存じます、不手際にあたり我が身を持ってお詫びいたします! どうか、どうかお許し願いますよう――~」
息を切らしながらひと息で叫び、跪きそうなので慌てて止めた。
「あっあの挨拶もなにも、そもそも領主とお会いする予定はなかったので……」
イダム卿がなぜか悲痛な面持ちとなる。
再び跪きそうな勢いに、なんだかわからないがとにかく陽気に笑う。
「不快なんて感じず、楽しく町を見てました! なんの問題もありませんよ~!」
「そっそれは、それはよう……ございました」
それでどうにか、安堵してくれた。
――欧州において「貴族」とは、「称号を持つ者」を指す。
嫡男でも厳密にいえば貴族ではない。あくまでも継承権があり、暫定的に貴族とされているだけである。
ゆえに爵位を継承するまでは、貴族の末端である騎士のほうが地位的には上。
しかし騎士は名誉称号であり、一代かぎりで引継ぎもできない。貴族と平民との中間に属し、ある程度の特権や経済基盤を持つ身分――。
「準貴族」と呼ばれたりもした。
行政官の役職に就き、軍役代納金を納めて参陣しない騎士。資金繰りに難航し、甲冑や馬を担保に出し軍役につけない貧窮騎士。
二か月前に召喚された、少年騎士だっているのだ。
貴族の爵位は本当に種々雑多な世界で、一概に判断はできない。なのでイダム卿の態度は、ちょっと異常ではなかろうか。
「あのうぼく……私は、ごく普通の少年ですから」
念のため強調したのに、目を見開いて凝視される。
「マナスルに滞在しておられたアユム卿には田舎でしょう。せめてものもてなしと晩餐の準備をいたしております、どうぞ我が家へご足労いただけたらと願います」
「晩餐……いえいえ、そこまで気を使っていただかなくとも!」
手を振って辞退したくても、目を合わせず下にも置かず――といった物腰で頭を下げられては、それ以上断れない。
どうしようかと目が泳ぐと、一歩離れていたおじさんと目があう。
いつの間にか集まった群衆に混ざり、他人事みたいに見ていたセツとバンダにも視線があう。
「そっそうだ! 皆さんもごいっしょに――…」
言い終わらぬうちに、三人そろって「どうぞどうぞ」と頭を下げられた。
「私が同席するなど、とんでもございません」
なんだかうやむやになり馬車に追われると、家令さんが相乗りを固辞。
――十分身にしみているけど、この時代の馬車は非常に乗り心地が悪い。
王道すらアレなのだから察せる。大量の荷を運ぶ「輸送手段」として、荷馬車に使用するのが主流だった。
貴族や裕福な商人であれば、もっぱら移動は騎士を模しての騎馬である。
高齢だと体力的にきつく馬車を利用したが、幼少時から乗馬を嗜みとして習い、日常の足としていたのだ。
歩くより早いし荒地も走破可能で、なにより一目で高い地位を誇示できた。
「それなのに馬ではなく馬車でこられたのだ。あまり姿を公にはできないぼくに、気を使われているのかな」
苦肉の策が見て取れる、この件だけでもイダム卿の深慮深さがうかがえた。
どんなに近距離でも歩かせれば、「身分が低いと侮っている!」と気分を害する貴族もいるそうだ。
しかし遠慮されてる家令さんを、それこそ歩いて帰らせるのは申し訳ない。
「では私は町を見ながら歩いて向かい――あっハイ、乗ります乗ります!」
なにも泣きそうな顔をしなくとも……。
兵士の騎馬が護衛に並走し、やんごとない集団が町を駆ける。ぼくは馬車の跳ねも揺れも気にならないほど、この状況に困惑していた。
イダム卿は対面に座りながら、汗をかき隙間を空けずに話を続けている。
「とにかくやたら、丁寧な扱いを受けてるのだけはわかる。父親……領主が厳しい方なのかもしれない」
なんだか怖がってるようにも見えるけど――。
どうも町へ買い物に出た使用人が奇……変わった服装をした少年を見かけ、特徴を聞いて「心当たり」慌てて駆けつけたそうだ。
「これも日ごろのおこないか……」
ウールドが貴族扱いを面倒くさがるはずだと、実感していた。




