三十六夜 旅
「一年半でヴィーラ王国を磨きあげろ」――ヴィーラ殿下の「命令」である。
召喚されて二か月が経過し、ぼくは次点の「布石」のためサーガラへ向かう。
四月……街の近くでは家畜の放牧が開始され、それもだんだんと見なくなった。
向こうの世界ではないのを、地平へと緩やかに続く緑の丘が実感させる。
――一日目。
旅は順調に進んでいた。
ぼくは体力作りのために、上着を腰で縛り馬車と並走する。剣道部がやっていた練習をマネして、両手に適度な石を持つ。
荷を積んだ馬車は時速一〇キロもない、軽く走るのにいい指針となった。
御者を頼んだ行商人のおじさんが関心して笑い、ホーマ親方の弟子で鍛冶職人の二人が珍しそうに見ている。
「ハハッ……体を鍛えて、おかないと。一応騎士です、ので――!」
なんとなく気恥ずかしくなり、問われてもいないのに言い訳をしてしまう。
古代ならオリンピック大会の競技選手。この時代では兵士や騎士でもなければ、「体を鍛える」なんて考えもしない。
基本的な移動は徒歩であり仕事は肉体労働、日常生活がすでに筋トレなのだ。
「そも太れるだけの食事をとれるのは貴族くらいか。ダイエットやカロリーオフの食品なんか、聞いても想像できないだろうなあ」
『太らないための食べ物!? そっそれはまた……なんとも裕福な貴族ですな』
驚く姿が目に浮かび笑ってしまう。
馬のひづめが規則正しいリズムを鳴らし、筋肉の躍動に発破をかけた。息が弾み通り抜けていく風が心地いい。
「体を気遣えるのも、生活に余裕があってこそ……か」
トレーニング法の原則が確立するのは、二〇世紀である。
それにしてもと、馬車を見ながら自問。
「外から見るとそこまで揺れてはいないよね。なぜぼくが乗ったときは、ああまで跳ねて感じるのか……」
四輪で二頭引きの、ワゴンと呼ばれる荷馬車。
貴族用の馬車――コーチと違い屋根はない。布が貴重な時代で、雨風や日除けの幌はついていなかった。
むろん一四世紀の最先端技術である、懸架式サスペンションもついていない。
移り気な天候や乗り心地はあきらめるしかない。
荷の半分まで薪ボイラー関連の機材を積んでいる。窯の部分は鋳造された無垢鉄なのでかなり重く、水槽や銅パイプもかさばってしまう。
現地の鍛冶屋に設計図を手渡し、製作できれば一番よかった。
ところが元王都で腕を振るった、ホーマ親方に勝る者はそういない。残念だけど親方の量産ラインでしか、製造できなかったのだ。
そして取りつけとメンテナンスに、構造を知る弟子も必要となる。
「薪ボイラーはまだまだ、コストふくめて改良と改善の余地があるなあ」
ほかには行商人のおじさんの荷物と、乗り合わせた者の荷物。
かぎられたスペースに大人が三人乗れば、荷台はいっぱいになった。
「シ――…シ――…」
カレシーは腰で縛った上着の影で、平然と寝ている。
さすがは王冠をかぶった蛇だ、なんとかあやかれないものか。
南にある港湾都市サーガラまで四日の行程。
途中で町に寄るので食料は三日分、パンと干し肉とエールを用意した。
ぼくは一日分の水を個人で持ち、夜半に翌日分の蒸留水を作る予定。
飲料水の大樽は数を積むと、それだけで場所と重さがかかる。量の増減によって馬車のバランス問題も発生するのだ。
王都だったマナスルとサーガラ間には、石畳の立派な王道が通っている。
しかし整備が滞っており、部分的にかなり荒れていた。道を確認し木々を拾い、荷馬車とすれ違うさいは降りて誘導する。
街道よりはマシとはいえ、とても快適とは言いがたい。
「スケジュールが狂ってしまわないか、はからずも現代病が疼くなあ」
「ハハハッ何度も往復している道なので、どうかおまかせください」
「年配者が可能と言った場合、その主張は間違いない――クラークの法則ですね」
また不可能と言った場合、その主張はまず間違っていると続く。SF作家らしい風刺の効いた表現である。
なんの話かと見つめられ、大笑いでごまかす。
「テンションが上がってるのか、妙なことを口走ってしまう……気をつけないと」
ぼくの心配などお構いなく、これも想定ずみとばかりに馬車はゆっくり進む。
二時間歩いて三十分の小休憩、また歩いて一時間半の大休憩。これは人に対してではなく馬のための休憩。
「おじさ――ん、何かお手伝いさせてくださ――い!」
行商人のおじさんが大切に馬の世話をしていて、子供みたいについて回った。
馬は大切な財産であり、仕事を担う相棒なのだ。
「こんにちは――~!」
「お――元気だなあ坊主、ハハハッ」
幾度かマナスルに向かう、徒歩の行商人とすれ違い挨拶をする。
視界を狭める高い建物はない、車に注意を払う必要や排気ガスもない。なんだかどこまでも駆けて、青空に吸いこまれそうだ。
ふと細身の少女が軽やかに横を飛びすぎ、髪がひるがえった。
「あれ……もしかして今の、風の精霊――?」
いたずらされたのか、なんだかクスクスと笑っている気配を感じる。
またね――と手を振ると、笑顔が風のなかに消えていく。
「本当に、異世界なんだなあ――…」
未知なる空の下を走る、それだけで楽しかった。
「ヴィーラ王国」の国土は、下弦の月に似ている。
南東から西へ、緩やかな三角江海岸で形成されているのだ。良港も多く他国との貿易も盛んな国といえよう。
だが長年にわたる、隣国との軋轢もうかがえた。
東は覇権政策を採る「プールヴァ帝国」が睨みを利かせ、北西は複数の国家から成り立つ「パシュチマ連合王国」がそびえている。
そして北東には国の霊山、「モルディブ」が静かにたたずむ。
「ヴィーラ王国」は、両大国と人跡未踏の地に挟まれているのだ。
幸いにもといっていいのか……「プールヴァ帝国」と「パシュチマ連合王国」の国力は拮抗していた。
それゆえ両国とも、「ヴィーラ王国」には手を出せない状況である。
争いとなってどちらかの陣営に組されては、世界のバランスが崩れるのだ。
くわえて挟撃されないのは、「モルディブ」の存在が大きい。ふもとの樹海には魔獣が生息しており、その数は何千とも何万ともいわれ実質不明。
地獄と繋がっている――などの説を唱える有識者もいるそうだ。
先日の襲撃を想定すれば、けっして放置できる状況ではない。
しかし良きにつけ悪しきにつけ……「理解不能」な存在が眠っている場所では、大規模な争いが勃発しがたいのも事実。
余計な刺激は魔獣を、未知なる脅威をたたき起こす恐怖を孕んでいる。
それゆえに「ヴィーラ王国」は、永世中立国を掲げられた。ヴィーラ殿下が我が世の春とおっしゃったゆえんである。
安定か停滞か、すでに百年が経過していた――。
☆
日の出に合わせ準備をして出発、暗くなる前に目的地につく。
ヘッドライトも外灯もない、夜間の馬車移動はたいへん危険だ。くり返され確立された手順は見事というほかない。
集落があった痕跡か、崩れた石垣を越え少し進む。
沢沿いに木柵で囲まれた、大きなサービスエリアほどの「村」に到着した。
道を挟んで影を落とす数軒はすべて一階建て。藁ぶきを葺いた屋根の、いわゆる農家の住居である。
数年で建て替えが必要で、修繕にも手間がかかるが仮宿なら十分か。
共同の窯が設置され、薪さえ用意すれば自由に使えた。使用した者がかたづけ、修復して次の者に受けわたす。
暗黙の了解か、これも「縁」なのだ。
「なのだァ……ううっ……」
気分とは裏腹に、ぼくは吐き気をこらえて馬車から這い出した。
「おいどうした坊主、馬車に乗るのは初めてか?」
「荷物を背負って歩かないだけ楽だろ、文句を言っちゃ罰が当たるぞ」
「まったく……そのとおり、ですね」
笑いながら声をかけてくれる村人に会釈を返す。
「板バネ式サスペンションなら、馬車に取りつけてもそう目立たないかも」
耳元で悪魔がささやく……。
――板バネ式は懸架式の開発よりさらに遠く、一七世紀後期である。
「この村」に名称はない。
そも村や町の規模では、名を呼ぶ者もいなかった。自分が生まれ育った土地……通常は領地から一歩も出ずに、生涯を終えるのだから。
どうしても必要な場合は領主の名を冠する。
村といっても今では「集落」に近く、十数人しか住んでいない。以前は王都への中継地点で賑わう、二百人の町だったそうだ。
王都移転にともない行商人が激減し、仕事を求めよそへ移住していく。
新たに住む者も現れず、徐々に廃村になっていく。空き家を薪代わりに解体し、十年かけて村は小さくなっていった。
「驚かれてますか? 商いしながら『マナスル←→サーガラ』間を往来するなら、ナディ川沿いがお勧めです。そちらなら数千人の領民がいる街を二度通るので」
周囲を見回すぼくに、行商人のおじさんが説明してくれる。
今回は最短距離を測りたかったので、直通の経路を選んでもらった。
「国家が管理維持するべき王道がこれでは……ないよりマシとはいえ、宿駅として活用するのも難しいですね」
「シュークエキ……ですか?」
廃れる前はこの村でも食料の買い足しができて、荷物も少なくてすんだ。
過客にとっては必要な村であり、惜しむ声も聞こえる。そこで領主に村長を任命していただき、村の形態を維持してもらう。
建物や土地の管理をお願いしたのだ。
過客は食料を支払い、村人は対価として情報を伝える。寝床と情報の物々交換でやりくりしているそうだ。
以前は畑だったのか、周囲の開かれた土地が放置され荒れていた。
「お――まだ生きてたか! しぶてえなあワッハッハッハッ!!」
「ガハハハッおたがいになあ! そういやあ聞いたかい、マナスルで――…」
村には次々と人が集まり、あちらこちらでエールが酌み交わされる。野太い声と響く笑い声は、時代を経てもあまり変わらないなと和んだ。
すでに泊まる準備をしている方に火をもらい、ぼくは食事の支度。
スーリヤさまは火打ち石を使わないのは楽そうだと、「炎生」を学んだそうだ。
確かに旅をしてると何度か実感した。
「あっそうか、火を用意しなきゃ!」
向こうの世界には電化製品が多く、着火を意識したことはない。
異世界ではなにかと必要で、毎回の点火にストレスがかかる。日常生活なのに、毎日キャンプをしているようなものだ。
「ありがとうございます」
「おっなんだい丁寧なガキだなあ、いいとこの出か――はっはっはっ」
互いに助け合うのが当然の日々、当たり前に感謝の言葉が出る。
現在も使用される便利なライターは、一七世紀後期にフリントロック式の銃から発想を得て開発された。
マッチの誕生は一九世紀であり、進歩の順番が逆の気がして面白い。
「技術の発明は戦争から、進展は戦争の道具から……科学者のジレンマだなあ」
筋肉を得るために食べなくてはならない、チーズと干し肉を炙りパンに挟む。
ついでに沈殿ろ過しておいた沢の水を沸騰させ、蒸留水を作った。
「まあこれは、争いの道具にはならないか」
直径一五センチの鉄の輪に可動式の足が三本、使わないときは鍵束みたいに閉じどこにでも収納可能――「組み立て式簡易五徳」である。
旅に持ち運べるよう、キャンプ用品を製作してもらう。
鍋を置けるし石窯も組まなくてすむ、路肩でのちょっとした煮炊きには最適。
「う――~ん考えないようにしてたけど、やっぱりコーヒーがほしいなあ」
独りハーブティーを飲みながら、食事後の口寂しさに息を吐く。
向こうの世界では毎日飲んでいた。このさい代用でもいいかなと、道端で黄色い花を咲かせるたんぽぽを指で揺らす。
今は一三~一四世紀だと推測している。
欧州でコーヒーが知られたのは一六世紀後期で、一八世紀中期になると爆発的なヒット商品となった。
取引や情報交換の場として喫茶店が立ちならぶ。
三角貿易により同時に砂糖とたばこも大量に消費され、貿易船が競って建造して海をおおいつくす――「産業革命」である。
「コーヒーはともかく、たばこの蔓延は止めたい気もするけど。いやこれもまた、人類が歩んだ貿易の歴史か」
「おい坊主、変わったもん持ってるな……なんだそれ?」
行商人が五徳を珍しげに見るので、説明したら実用性に称賛された。
「便利ですよ、マナスルの鍛冶職人『ホーマ親方作』です」
はからずも宣伝となり苦笑する。
「技術の革新、これも小さな産業革命かなあ」
最終的には過客と村人を合わせ、四十数人が集まった。
このごろは五十人を超えるのも珍しくはないと盛り上がる、元王都のマナスルが再注目されているのだ。
「マナスル←→サーガラ」間を拠点とする行商人にとって、うれしい情報だろう。
行商人も商いの縄張りがある。
小売商の同職組合――職人ギルドが行商人の流通を、厳しく管理していたのだ。
政治に参画するほどの影響力があり、税金の優遇措置も受けられた。
行商人は定められたルートにそいながら、己の裁量で商品の売買を営む。各地を巡回する国の血液と言っていい。
『このルートはうま味がなくなったから、他領を周ることにする』
など勝手は許されない、ギルドの誓約条項に反すれば裁判ざたとなる。除名処分ならまだしも、同業者間の刃傷沙汰にも発展したのだ。
「暖かくなればマナスルに移住する領民も、増えるかもしれねえなあ」
「ああ、違えねえ!」
誰かの前向きな見通しに、明るい返答が重なった。
「おお――い、代表者は集まってくれ! 見回りを決めっちまおう!!」
村長らしき方が夜間警備を決めると、荷馬車付近や集団に声をかけている。
盗賊の襲撃に備えるためだ。
ヴィーラ王国は永世中立国だが、国境付近の村や町では小競りあいが発生した。
仕えた領主が敗れ、給金を得られなかった傭兵が集団で落ちのびる。戦争中の国と比べ少ないとはいえ、盗賊へと身をやつす者もいた。
ここは平地なのでまだいい、山や森に近いと接近に気がつきにくい。
夕食時や寝こみや明け方など、家に集まっているときが一番危ないそうだ。
「華やかになれば、光目当てに盗賊が増える……痛し痒しだ」
兵士が雇えない村や小さな町では、住人と過客が警備をおこなう。周囲の慣れたやり取りに関心と興味を覚えた。
「お手数をおかけします、アユム卿よろしくお願いします」
ぼくに代表者として集合に参加してくれと、頭を下げられるが断る。
「旅のプロである行商人のおじさんに、すべておまかせすべきです!」
後ろ髪を引かれながら代表者として出席するおじさんに、エールの笑顔。
鍛冶職人の二人に、不可解な視線を向けられてしまう。
「トレーニングのあとで、いつもの燕尾服を着ていないからかなあ」
気を使ってもらったのか、ぼくは一番最初の夜勤六名に選ばれた。
行商人のおじさんが申し訳なさそうにしている。だけど途中で起こされるより、最初か最後が楽なのでむしろ感謝しかない。
馬車からフードと袖のない黒い外套、「インバネスコート」を取り出しはおる。
夜や朝方はまだ寒い、毛布代わりにもなると縫製してみたのだ。
「……因果伯みたいだ」
漆黒のローブを模して見え、召喚の間を思い出す。
南北にある村の門に三名ずつわかれ、柵で囲った警備用の詰所で焚火をした。
虫の声すらしない、爆ぜる薪だけが存在をしめす静かな夜。道路を走る車も家庭の生活音もないと、驚くほど空気が澄みわたる。
「山にキャンプへいったときも、街の喧騒は流れて聞こえた。こんなに静かな夜は始めてかもなあ」
――建物や馬車から速攻でいびきがもれ、少し笑う。
二人が村を巡回してくるので、慣れていないぼくは焚火の守り。
「カレシー、遊んできなよ――」
今なら大丈夫かなと、お腹のカレシーに声をかけた。
「カレシー?」
動きがなかった、寝てるのかな?
……いや。
「シーちゃん、遊んできなよ――」
「シ――~!」
左袖から躍り出るや、草をわけて走り回る。
アカーシャやスーリヤさまが「シーちゃん」と呼び、遊んでくれてたからなあ。
なんだかいろいろと負けた気がした。
カレシーは気温を気にせず暖かいほうが好きな程度。食事も三~四日に一度で、しかも自分で狩ってるので手がかからない。
「それを考えると……マナスル城から害虫が消えたのは、カレシーが狩りつくしたのではなく逃げ出したのかも」
魔獣の縄張りから――。
振り返ってぼくがいるのを確かめたので、手を降り返す。
ちょっとひらめき、火のついた薪を持って丸く振ってみた。どこかにいるだろうジャーラフさんに、合図を送ってみたのだ。
「……うん返信がないのは、わかっていたけどね」
「シ――~?」




