三十五夜 スーリヤの日記③
夜間いっぱいかけた召喚の儀のあとも、ステューパ卿はステューパ卿である。
プレートメイルと膝下のサーコートに着替え、疲労も感じさせずヴィーラ殿下のそばで直立不動の彫刻となっていた。
しかし不遜の輩がいれば、今度こそ剣が閃くのは想像に難くない。
「……色々と突っこみはあるけど、この姿勢は立派としか言いようがない」
王族専用の執務室。
ヴィーラ殿下も着替えをすませ、こちらは若さかすでに仕事モード。
現在の活動拠点はほとんどが新王都である。しかしマナスルに滞在する場合は、使い慣れた執務室で過ごされていた。
持ち主の性格を表してか、整理整頓されチリ一つない部屋。
離れの椅子に腰をかけ待っている間も、女官が入れ替わりに訪れ判断をあおぎ、そのつど指示とサインをする。
書類が積み重なった机に向かい、摂政としての職務をまっとうしていた。
「まだ十四歳……多感で遊びたいときや、興味が引かれることもあるだろうに」
そういえば仕事に対しての愚痴や恨み言など、殿下からこぼれたことはない。
王族の義務として、ごく当然に受け入れておられるのだ。
「こういうところは、本当に頭が下がるなあ」
「――以上です。まだ混乱が勝るのか会話が噛み合わないことも多く、大した話は聴けませんでした」
収穫はありましたがと、数枚の蝋板を手渡し報告をすませる。
蜂蜜酒による休憩となり、やっとアユム卿の情報を伝えることができた。
「ア――…ユ、ム?」
ヴィーラ殿下が美しい眉をひそめ小首をかしげる。
発音し難かったのかと訂正すると、それ以上は興味を失ったのか虚空を見つめ、ゴブレットを持ったままひと息ついていた。
「暫定的な事情聴取で、よかったのかなあ」
正式な文書での提出ではなく、口頭での報告を求められる。
睡眠時間を大幅に削り、責務の遂行に追われ、召喚の間の封印をといてまで強行した結果を確かめるにしては――なんだか簡素すぎではないか。
「別の意図があったのかな?」
「アラヤシキから人材を招くと諸侯たちを召集した。我が国が永世中立国だと高をくくっている奴らに、現状を突きつけ目を覚まさせる」
卿も謁見の間に随従するように――。
私の思案をよそに以後の予定を告げる、つまりこれは想定ずみの案件。
それと――とついでみたいに訊くけど、これが本命だったに違いない。
「マナスル卿に、奴はどのように視えた?」
奇妙な質問はしかし、目が笑っていないので重要だと認識する。
そばに立つステューパ卿の瞳孔が開き、より多くの情報を得ようとしていた。
二人から凝視され、私は一つ咳払いをして答える。
「アユム卿は街中にいる、ごく普通の少年です」
「ほう、普通か……」
「アラヤシキとの常識違いはあるでしょう、こちらの仕様に戸惑いは隠せません。それでも悩み笑う、普通の少年です」
あるいは、私がそう思いたいだけなのかもしれないけど。
「ふむ、同じM属性としての予感かな?」
意地わるそうな笑みで返してきて、ちょっと拗ねたくなった。
「そうです、姉みたいに慕われちゃいましたよ――~」
かつてのプラーナ様みたいにね。
少女は虚をつかれて言葉につまり、ふんっと鼻を鳴らしてそっぽを向く。
「だけどアユム卿は、どこかが違う気がするのだ……迷宮を出てからというもの、事態を理解しようと勤めて平素に振る舞っている」
ほかに召喚者の記録がないから断定はできない。
けれどもし私が召喚される、異常事態に巻きこまれたら? ああまで落ちついていられるとは思えない。
すでに見知った地さながらに――。
まあ報告にしては曖昧だし、心情的すぎるので胸の奥にしまう。二人の第一印象が悪すぎたので、それ以上のマイナスを防いだともいえるけど。
『どうぞゲボクさながらに扱ってください!』
「ゲボクって……『下僕』よねえ?」
彼はアラヤシキの生態を調べる貴重な検体で、あたら無下にはできない。
なのになぜことさら低く扱えと言うのか、しかも満面の笑みで嬉しそうに。
「アユム卿は、何かが違う……か」
私と同じ、M属性の少年――。
「――ヴィーラ殿下の、礎となります!!」
「アリエナイ!!」
周囲の貴族は歓呼しているけど、私は謁見の間で心の底から絶叫していた。
――突然別の世界に連れてこられ、我が意にそえと剣を背景に強要する。
万が一の場合は闇に葬れるよう、ごく少数の目撃者しか作らず。逃亡させぬため窓のない一室に軟禁し、衛兵には危険人物と報せて監視させた。
あまつさえ懇願ではなく脅迫で追いつめ、無茶苦茶な要求を強要したのだ。
「そんな命令誰が聞くかっ!」
叫んで暴れたとしても、誰が咎められるのか。
それを唯々諾々と……っいえ、頬が高揚してる!? むしろ恍惚とした表情で、殿下に膝を折る少年。
これがどれほど異様な光景か、もしかしたら変た……擬態?
そう断定したほうが納得がいく。
「本心を隠すにしては、異常すぎる行動だけど……」
いやそれすらも理の内ならば!?
「ヴィーラ王国は……いえヴィーラ殿下は! けっして懐かぬ『魔獣』を、内懐に抱えこもうとしているのでは――」
☆
城の居館三階には、私専用の「探究部屋」があった。
どんな風に思われても領主なのだ。ここぞとばかりに「カルマ」の断片を記したスクロールが山をなし、タペストリーが幾重にもカーテンを彩り、S属性の鉱石や武具が所狭しとならべられている。
徴税官に嫌味を言われながら集めた蔵書は、背表紙に触れるだけで胸が躍った。
床の焦げ跡は――これは何年前の実験だったかな、まあいいや。完全自分専用、趣味百パーセントのお気に入りスペースである。
かつてここに入り浸ったのは、今は殿下と呼ばれる少女だけだった。
アユム卿――アユムにヴィーラ殿下が使用した「カルマ」について教えてほしいと頼まれ、了承して探究部屋の鍵を手渡す。
舌をうならせるパン、街が輝く側溝、蛮族の風習お風呂、妙に惹かれる熱い瞳。
最後のは置いといても、かえって底が見えずまだ怖かったりする。だけど殿下に一任された以上は、主君の命には従わねばならない。
つまり仕方がないのである。
「さって方向が決まれば、何から教えるべきかだろうねえ」
教壇に立つのは何年ぶりかなあ、んん? なんだかワクワクしてきたぞ! うん初心者なんだから、やっぱり個々の属性の説明からがいいか。
長くなるけどやむを得ないよね。
アユムはアラヤシキの知識のみならず、教養の高さがうかがえた。きっと高度な教育を受けていたのだろう。
ならば発生の過程を順次に教授しても、ついてこれるはず。
そも三属性といっても、結局は得手不得手なんだよねえ。全属性は因果によって深く結びついてるから、関連はし合ってるんだけど。
「そういえばドゥルガーの研究、まだ焼いてなかったなあ――~…」
「――では閣下、早急に修復の必要な謁見の間に関してです。ガラス職人には通達しましたので、あとはバージ船を用いてサーガラから大理石を……閣下!?」
「あっ! ハイハイ、そのように進めてくださ――~い!」
会議中に耽っていたら、また徴税官に睨まれた。
「……閣下大変恐縮ではございますが、自身の所領にもう少しでいいので、関心を持っていただきたい。どうか何卒、何卒よろしくお願います……っ!」
「あっはいはい……っとごめん、ちょっと予定があるので退席します」
「閣下ァ――っ!?」
「アラヤシキの少年を待たせてるの、冷遇するわけにはいかないでしょう?」
「――っ!」
殿下が自ら招き、謁見の間で大々的にお披露目し、爵位を授けられた少年。
媚びを売るには子供すぎ、頭を抑えるには立場がありすぎと、目下は触れるのもはばかられる黙認状態である。
大臣連中は眉を吊り上げたまま、息と批判を呑みこんだ。
「これが目的だったんだろうな……あの少女は、無駄なことをなさらない」
『奴の行動その一切を誰にも妨げさせるなっ! せいぜい気分よく踊らせてやれ、役に立たなければ処分しても構わん――』
殿下から下知を受け、「マナスル伯爵の許可証」を与えるようおおせつかった。
口調は妙に冷たいにもかかわらず、王族の権利に比肩するバックアップ。それは期待の裏返しか、言葉通りの使い捨てか。
かつての教え子ながら、ときにあの少女が何者かわからなくなる。
ついでに会議での決定を公式文書に起こし、殿下に決済していただこう。すでに自由裁量権は領主である私にあるけど、もうちょっと頼みたい。
「立ってるものは親でも使えってね――~ひっひっひっ」
探究部屋の扉を開けると、アユムはすでに来ていた。
左の頬を机につけて頭で腕を組み、顔の光をさえぎりつっぷしている。憂い気なまつ毛が伏して陽光と混ざり合い、この場を一枚の絵画にしていた。
「……本当に普通の少年よねえ、まあ見目麗しいから普通以上ではあるんだけど」
例の「エンビフク」と呼んでいる奇妙な服が、椅子に収まらず羽ばたいている。
「これがなければ……」
自分で突っこみをつけ足す。
新作パンを手土産にしてくれたのか、バスケットから喉が鳴る香りが漂う。
「あなたはわかってないけど、おいしいってそれだけでステキな奇跡なんだよ?」
そう思うのは、探究の旅がひもじかったからだろうか――。
私が来ても起きる気配はなく、顔を覗くと軽い寝息を立てていた。
安心されるのは警戒して話もできないよりありがたい、でもここまで無防備だとなんだか逆に怪しいような。
「きめ細かな肌、色白だね」
ヴィーラ殿下もキレイな肌だけど、これも若さなのかねえ――無意識にアユムの乱れた髪を払い、召喚の間でぶつけたおでこをなでる。
うん、大丈夫みたいだ。
「クスクス」と鈴が転がるような笑い声。
「えっ……あっ手え冷たかったかな、起こしちゃった?」
なんだか照れてしまって飛び退いた。
「ん――~…」
アユムは椅子の背に体重をかけて座りなおすと、両腕をめいっぱい伸ばす。
ひとつ背伸びをすると半眼になった瞳に光が反射し、一筋頬を伝った。
「ああ、ごめんなさいスーリヤ様。ヴィーラ殿下のお話を聴けるのが嬉しくって、昨日はあまり寝られなかったんです」
「アリエナイ」少年は、驚くほど爽やかに笑って平然と頭を下げる。
やっぱりごく普通の少年――よねえ? 彼に馴染むほど、心がほぐされていくのが自分でもわかる。
「魔獣だなんて、取り越し苦労だったのかなあ」
属性用のタペストリーを掲げ、愛用の葉っぱがついた指示棒を手に持つと覚醒し身が引き締まる。
プラーナ様の家庭教師をしていたころを思い出す。
やっぱり私は探究者なのだと独り言ちて、アユムの視線が気になった。
ひとつ咳払い。
「じゃあさっそく、『カルマ』について教えるわね――!」
「よろしくお願いします!」
とっても優秀な生徒が心弾む返事をする。
――顔を見合わせ、楽しそうな笑顔が重なった。
今日もいい天気になりそうだ。




