表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
M属性 ~嗚呼、あなたに踏まれたい~  作者: 高谷正弘
第一章 城郭都市マナスル
36/188

三十五夜 スーリヤの日記③

 夜間いっぱいかけた召喚の儀のあとも、ステューパ卿はステューパ卿である。

 プレートメイルと膝下のサーコートに着替え、疲労も感じさせずヴィーラ殿下のそばで直立不動の彫刻(オブジェ)となっていた。

 しかし不遜の輩がいれば、今度こそ剣が閃くのは想像に難くない。

「……色々と突っこみはあるけど、この姿勢は立派としか言いようがない」


 王族専用の執務室。

 ヴィーラ殿下も着替えをすませ、こちらは若さかすでに仕事モード。

 現在の活動拠点はほとんどが新王都である。しかしマナスルに滞在する場合は、使い慣れた執務室で過ごされていた。

 持ち主の性格を表してか、整理整頓されチリ一つない部屋。

 離れの椅子に腰をかけ待っている間も、女官が入れ替わりに訪れ判断をあおぎ、そのつど指示とサインをする。

 書類が積み重なった机に向かい、摂政としての職務をまっとうしていた。

「まだ十四歳……多感で遊びたいときや、興味が引かれることもあるだろうに」

 そういえば仕事に対しての愚痴や恨み言など、殿下からこぼれたことはない。

 王族の義務として、ごく当然に受け入れておられるのだ。

「こういうところは、本当に頭が下がるなあ」


「――以上です。まだ混乱が勝るのか会話が噛み合わないことも多く、大した話は聴けませんでした」

 収穫はありましたがと、数枚の蝋板を手渡し報告をすませる。

 蜂蜜酒(ミード)による休憩となり、やっとアユム卿の情報を伝えることができた。

「ア――…ユ、ム?」

 ヴィーラ殿下が美しい眉をひそめ小首をかしげる。

 発音し難かったのかと訂正すると、それ以上は興味を失ったのか虚空を見つめ、ゴブレットを持ったままひと息ついていた。

「暫定的な事情聴取で、よかったのかなあ」

 正式な文書での提出ではなく、口頭での報告を求められる。

 睡眠時間を大幅に削り、責務の遂行に追われ、召喚の間の封印をといてまで強行した結果を確かめるにしては――なんだか簡素すぎではないか。

「別の意図があったのかな?」

「アラヤシキから人材を招くと諸侯たちを召集した。我が国が永世中立国だと高をくくっている奴らに、現状を突きつけ目を覚まさせる」

 卿も謁見の間に随従するように――。

 私の思案をよそに以後の予定を告げる、つまりこれは想定ずみの案件。

 それと――とついでみたいに訊くけど、これが本命だったに違いない。

「マナスル卿に、()はどのように視えた(・・・)?」

 奇妙な質問はしかし、目が笑っていないので重要だと認識する。

 そばに立つステューパ卿の瞳孔が開き、より多くの情報を得ようとしていた。

 二人から凝視され、私は一つ咳払いをして答える。

「アユム卿は街中にいる、ごく普通の少年です」

「ほう、普通か……」

「アラヤシキとの常識違いはあるでしょう、こちらの仕様に戸惑いは隠せません。それでも悩み笑う、普通の少年です」

 あるいは、私がそう思いたいだけなのかもしれないけど。

「ふむ、同じM属性としての予感(・・)かな?」

 意地わるそうな笑みで返してきて、ちょっと拗ねたくなった。

「そうです、姉みたいに慕われちゃいましたよ――~」

 かつてのプラーナ様みたいにね。

 少女は虚をつかれて言葉につまり、ふんっと鼻を鳴らしてそっぽを向く。

「だけどアユム卿は、どこかが違う気がするのだ……迷宮を出てからというもの、事態を理解しようと勤めて平素に振る舞っている」

 ほかに召喚者の記録がないから断定はできない。

 けれどもし私が召喚される、異常事態に巻きこまれたら? ああまで落ちついていられるとは思えない。

 すでに見知った地さながらに――。

 まあ報告にしては曖昧だし、心情的すぎるので胸の奥にしまう。二人の第一印象が悪すぎたので、それ以上のマイナスを防いだともいえるけど。

『どうぞゲボクさながらに扱ってください!』

「ゲボクって……『下僕』よねえ?」

 彼はアラヤシキの生態を調べる貴重な検体で、あたら無下にはできない。

 なのになぜことさら低く扱えと言うのか、しかも満面の笑みで嬉しそうに。

「アユム卿は、何かが違う……か」

 私と同じ、M属性の少年――。



「――ヴィーラ殿下の、(いしずえ)となります!!」


「アリエナイ!!」

 周囲の貴族は歓呼しているけど、私は謁見の間で心の底から絶叫していた。

 ――突然別の世界に連れてこられ、我が意にそえと剣を背景に強要する。

 万が一の場合は闇に葬れるよう、ごく少数の目撃者しか作らず。逃亡させぬため窓のない一室に軟禁し、衛兵には危険人物と報せて監視させた。

 あまつさえ懇願ではなく脅迫で追いつめ、無茶苦茶な要求を強要したのだ。

「そんな命令誰が聞くかっ!」

 叫んで暴れたとしても、誰が咎められるのか。

 それを唯々諾々と……っいえ、頬が高揚してる!? むしろ恍惚とした表情で、殿下に膝を折る少年。

 これがどれほど異様な光景か、もしかしたら変た……擬態?

 そう断定したほうが納得がいく。

「本心を隠すにしては、異常すぎる行動だけど……」

 いやそれすらも理の内ならば!?

「ヴィーラ王国は……いえヴィーラ殿下は! けっして懐かぬ『魔獣』を、内懐に抱えこもうとしているのでは――」



 ☆



 城の居館三階には、私専用の「探究部屋」があった。

 どんな風に思われても領主なのだ。ここぞとばかりに「カルマ」の断片を記したスクロールが山をなし、タペストリーが幾重にもカーテンを彩り、S属性の鉱石や武具が所狭しとならべられている。

 徴税官に嫌味を言われながら集めた蔵書は、背表紙に触れるだけで胸が躍った。

 床の焦げ跡は――これは何年前の実験だったかな、まあいいや。完全自分専用、趣味百パーセントのお気に入りスペースである。

 かつてここに入り浸ったのは、今は殿下と呼ばれる少女だけだった。


 アユム卿――アユムにヴィーラ殿下が使用した「カルマ」について教えてほしいと頼まれ、了承して探究部屋の鍵を手渡す。

 舌をうならせるパン、街が輝く側溝、蛮族の風習お風呂、妙に惹かれる熱い瞳。

 最後のは置いといても、かえって底が見えずまだ怖かったりする。だけど殿下に一任された以上は、主君の命には従わねばならない。

 つまり仕方がないのである。

「さって方向が決まれば、何から教えるべきかだろうねえ」

 教壇に立つのは何年ぶりかなあ、んん? なんだかワクワクしてきたぞ! うん初心者なんだから、やっぱり個々の属性の説明からがいいか。

 長くなるけどやむを得ないよね。

 アユムはアラヤシキの知識のみならず、教養の高さがうかがえた。きっと高度な教育を受けていたのだろう。

 ならば発生の過程を順次に教授しても、ついてこれるはず。

 そも三属性といっても、結局は得手不得手なんだよねえ。全属性は因果によって深く結びついてるから、関連はし合ってるんだけど。

「そういえばドゥルガーの研究、まだ焼いてなかったなあ――~…」

「――では閣下、早急に修復の必要な謁見の間に関してです。ガラス職人には通達しましたので、あとはバージ船を用いてサーガラから大理石を……閣下!?」

「あっ! ハイハイ、そのように進めてくださ――~い!」

 会議中に(ふけ)っていたら、また徴税官に睨まれた。

「……閣下大変恐縮ではございますが、自身の所領にもう少しでいいので、関心を持っていただきたい。どうか何卒、何卒よろしくお願います……っ!」

「あっはいはい……っとごめん、ちょっと予定があるので退席します」

「閣下ァ――っ!?」

「アラヤシキの少年を待たせてるの、冷遇するわけにはいかないでしょう?」

「――っ!」

 殿下が自ら招き、謁見の間で大々的にお披露目し、爵位を授けられた少年。

 媚びを売るには子供すぎ、頭を抑えるには立場がありすぎと、目下は触れるのもはばかられる黙認状態である。

 大臣連中は眉を吊り上げたまま、息と批判を呑みこんだ。

「これが目的だったんだろうな……あの少女は、無駄なことをなさらない」


『奴の行動その一切を誰にも(・・・)妨げさせるなっ! せいぜい気分よく踊らせてやれ、役に立たなければ処分しても構わん――』

 殿下から下知を受け、「マナスル伯爵の許可証」を与えるようおおせつかった。

 口調は妙に冷たいにもかかわらず、王族の権利に比肩するバックアップ。それは期待の裏返しか、言葉通りの使い捨てか。

 かつての教え子ながら、ときにあの少女が何者かわからなくなる。

 ついでに会議での決定を公式文書に起こし、殿下に決済していただこう。すでに自由裁量権は領主である私にあるけど、もうちょっと頼みたい。

「立ってるものは親でも使えってね――~ひっひっひっ」


 探究部屋の扉を開けると、アユムはすでに来ていた。

 左の頬を机につけて頭で腕を組み、顔の光をさえぎりつっぷしている。憂い気なまつ毛が伏して陽光と混ざり合い、この場を一枚の絵画にしていた。

「……本当に普通の少年よねえ、まあ見目麗しいから普通以上(・・)ではあるんだけど」

 例の「エンビフク」と呼んでいる奇妙な服が、椅子に収まらず羽ばたいている。

「これがなければ……」

 自分で突っこみをつけ足す。

 新作パンを手土産にしてくれたのか、バスケットから喉が鳴る香りが漂う。

「あなたはわかってないけど、おいしいってそれだけでステキな奇跡なんだよ?」

 そう思うのは、探究の旅がひもじかったからだろうか――。

 私が来ても起きる気配はなく、顔を覗くと軽い寝息を立てていた。

 安心されるのは警戒して話もできないよりありがたい、でもここまで無防備だとなんだか逆に怪しいような。

「きめ細かな肌、色白だね」

 ヴィーラ殿下もキレイな肌だけど、これも若さなのかねえ――無意識にアユムの乱れた髪を払い、召喚の間でぶつけたおでこをなでる。

 うん、大丈夫みたいだ。

「クスクス」と鈴が転がるような笑い声。

「えっ……あっ手え冷たかったかな、起こしちゃった?」

 なんだか照れてしまって飛び退いた。

「ん――~…」

 アユムは椅子の背に体重をかけて座りなおすと、両腕をめいっぱい伸ばす。

 ひとつ背伸びをすると半眼になった瞳に光が反射し、一筋頬を伝った。

「ああ、ごめんなさいスーリヤ様。ヴィーラ殿下のお話を聴けるのが嬉しくって、昨日はあまり寝られなかったんです」

「アリエナイ」少年は、驚くほど爽やかに笑って平然と頭を下げる。

 やっぱりごく普通の少年――よねえ? 彼に馴染むほど、心がほぐされていくのが自分でもわかる。

「魔獣だなんて、取り越し苦労だったのかなあ」


 属性用のタペストリーを掲げ、愛用の葉っぱがついた指示棒を手に持つと覚醒し身が引き締まる。

 プラーナ様の家庭教師をしていたころを思い出す。

 やっぱり私は探究者なのだと独り言ちて、アユムの視線が気になった。

 ひとつ咳払い。

「じゃあさっそく、『カルマ』について教えるわね――!」

「よろしくお願いします!」

 とっても優秀な生徒が心弾む返事をする。


 ――顔を見合わせ、楽しそうな笑顔が重なった。

 今日もいい天気になりそうだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ