三十三夜 スーリヤの日記①
スーリヤは自覚していた、「アリエナイ!!」――と。
私が召喚の儀を担うのは二度目となる。帯電し張りつめた空気、封印が解かれた召喚の間に……再び鼓動が鳴り響いていた。
日暮れ前に儀式を開始し、すでに明け方ではないのか。
炎や鉄などS属性の「返還」とは違う。アラヤシキから直接「物質」を発現させるには、相応の力量を必要とするのだ。
磨きあげられた黒い大理石の床に、見慣れない文様が浮かび淡く発光していた。
描かれた円と三角を模した頂点には、漆黒のローブをまとった三人。手のひらを文様の中心にかざし集中している。
胎動をくり返し膨張する光の繭が暴走しないよう、圧力をかけていた。
徐々に何かが形成されていく……薄く陰る容はなぜか、勾玉を連想させる。
三角形の一角はM属性の私が担当していた。
もう一角はヴィーラ殿下直属の近衛隊長が担当している。O属性であり騎士爵のステューパ卿は、巨漢と呼ぶにふさわしい筋肉と骨格を有していた。
それに反してと言っては失礼だけど、普段は穏やかな口調と優しい物腰である。
劇場で戯曲を朗々と謡いあげているのが似合いそうだ。
ただひとたびヴィーラ殿下の主命が下れば、誰もが恐れおののく命令でも眉一つ動かさずに実行する。
天使と悪魔の顔を持つ彼は、「魔王の子守り唄」の二つ名で呼ばれていた。
特注された漆黒のローブに、なんとか身をちぢこませて入りこんでいる姿には、憐れみと苦笑を覚えるけど……。
そしてもう一角は、件のヴィーラ殿下が担当している。
S属性であるヴィーラ殿下の力を疑うではない。だが十四歳の年齢を顧みれば、「ふさわしい」とはいえない。
凄腕の彫像職人が女神を模して磨きあげた肌に、玉の汗が浮かんでいた。
よく見れば足元も揺れている。
限界が近いのは本人も気がついてた。それなのに赤々と燃える瞳からは、覇気が衰えた様子はまったくない。
むしろ己の限界を察してなお、鬼気なる冷笑を揺らめかせている。
己を鼓舞し、体力的な限界を精神的に従わせてるのだ。点在する宝飾品も着者の意思に呼応し、輝きを増してさえいた。
S、O、M――「カルマ」を冠する三属性。
一角を担当する私たち二人も、周囲で補助をする十七人もあくまで支援。
「物質」を発現させているのは、三角形の最頂点に位置する「ヴィーラ殿下」――その人なのだから。
☆
召喚の儀を担った一度目は、十年前にさかのぼる。
ここ王都マナスルにメンバーが招集され、秘密裏におこなわれた。
オレンジの屋根が連なり活気あふれる都市。遥かに見上げる高き城壁は、城門をくぐるさいに厚さをも体感できる。
「まさしく圧巻だわ……こんな石の壁を、人の手で作りあげたなんて」
ノームに知り合いでもいたのかな――。
私はM属性だったため、記録に興味がわいて調べていたら学者になっていた。
適性があったのか、気づけば「カルマ」研究の第一人者などと呼ばれる。調子に乗って里を飛び出し、世界を巡る探究の旅を始めた。
「力」の痕跡を求め国を渡り歩き、戦争を避けて研究者の声を拾い集める。
「探究と困窮は、苦しむ点で同じだね――~フェッヘッヘッヘッ」
食べ物を恵んでもらい涙し、安酒を傾けて夜を明かす。どれも振り返ってみれば楽しい日々だった。
不思議と里へ帰りたいと思ったことはない。
ある日研究資金に釣られうまい話に食いついたら、召喚の儀を相応するでっかい釣り針がついていたのだ。
兵が囲む謁見の間で国王に懇願されたら、呑みこむしかない。
「未知なるアラヤシキを少しでも記録する、それはきっと最高の研究となる」
どうにか自分を納得させた。
…――結果、召喚自体は成功する。
だがそれによる犠牲も、はなはだ大きかったのだ。
召喚の間は厳重に封印された。
主塔の地下階から直通だった間を、下部城砦を改築し埋め戻す。内郭まで広げて地下室を越え、石壁作りの地下道に繋げる。
複雑怪奇な迷宮へと変貌させた。
そこまでしてなお、召喚の間の破壊だけはしなかったのだ。
「恐怖によってか愛によってか、私には判断できないけど……」
翌年王国の西方中央へと、王が住まう都市――王都移転が発表される。
他国でも王都は国境付近の前線や、辺境の山城なのが普通だった。だがこのごろは物流の関係から、不便のない場所へ移る変化が起きている。
十年をかけ国内外に周知させ、流通網を構築して情報伝達を円滑にするのだ。
ここまで大規模な国家事業に携われるなどめったにない、資料集めや記録取りを命ぜられ夢中で奔走していたら――。
いつの間にか私の、マナスル拝領が「決定」していた。
「どうあれ召喚は成功したのだから、報酬を払わねばメンツの問題となろう」
「伯爵になれとおっしゃるのですか? この私に!?」
自分のことだけ考えてればよかったのに、領地を治め行政やらをしろっての?
探究者である私に!?
「向いてるわけがございませんっ!」
私は大反対した。
いい歳こいてここぞとばかりに泣き叫び、髪を振り乱して大暴れ。ついには逃げ出したが捕まった。
連日大騒ぎする私に観念したのか、研究は自由にしてもいいと言質をもぎ取る。
誰も褒めてくれないので自分で褒めておこう。
「やったねスーリヤ!」
そう単に「スーリヤ」と呼ばれてた。
なんの因果でこうなったのか、笑えない。勅許状を受け「マナスル伯爵」なんて領地に由来した、そのまんまの栄誉称号と爵位を拝命。
「絶対に逃がさない……そんな呪いすら、こもってる気がする」
マナスルはヴィーラ王国の東に位置し、プールヴァ帝国に対する防衛線の役割を課せられた城郭都市である。
マナスル周辺を直営地とし、ほかの貴族を庇護下に納める誰もが羨むべき地位。
本来なら重要な軍事力を有する地域の支配は、侯爵が準じていた。実際に侯爵が奏上しかなりもめたそうだが、陛下が頑として強行したそうだ。
しかし数年後、陛下の体調不良に次いでの悲劇が起こる。
魔獣による経済的損失や家系の断絶により、侯爵家が相次いで没落するのだ。
王族を除く貴族の最高位である「侯爵」位が廃し、地方領主である「伯爵」位が横ならびとなることで、むしろ富の集中がなく国家は安定が保たれた。
「大貴族の台頭は国土が荒れ国を別ける。これを見越しての采配だったのなら……あの陛下、けっこう名君なのかもねえ」
それに王都移転が完了するまで、マナスルは名目上まだ「王都」であり、陛下に納めていただけるそうだ。
その間に貴族としての立ち振る舞いを学べとの配慮らしい。
「十年経ってもまだ慣れない、名ばかりの伯爵だけど」
「――召喚は我が国にとって、よき事案ではございません」
私にとってとは言わない、主語を大きくするのが会議上での得策と学んだ。
王族専用の執務室には数人の侍女が忙しげに、しかしけっして焦らず整然と立ち働いており、表情には畏怖があった。
低気圧の中心は当然、ヴィーラ殿下。
侍女に持たせた鏡の前で、漆黒のローブの試着をくり返している。宝飾品の配置なども事細かに指示をしていた。
意中の騎士を前にした少女の姿であり、年ごろの愛らしさも垣間見える。
「ヴィーラ殿下、どうかご再考願えませんでしょうか」
もう二度と、あの悲劇をくり返してはならないのだ。
「もう決めたことだ」
そっけなく言い放つ。
「近衛を随行させ備えを万全にせよと、ステューパ卿にも伝えてある。我とて同じ災厄をまねく気はない、其方らの理解ある対応に感謝する」
顔をそむけ表情を見られないように……拗ねる、私が話を聞かないからだ。
「こういうところは、幼少からちっとも変わっておられないなあ」
すでに「プラーナ様」が四歳からのおつき合いとなる。
子供のころはよくいっしょに遊んでいた。
当初は乳母代わり、次いで家庭教師代わりに。この国以外の光景……広い世界に興味を持ち、せがまれてよく話をした。
そして陛下に、それとなく注意される。
『プラーナは王太女であり、生涯この国から出ることはないのだ』
これはすでに定まっている、因果なのだと。
『あたえられない菓子を見せびらかすのは酷だ――』
いつしかプラーナ様はちっとも笑わなくなり、私とも距離をおくようになった。
「やっぱり王族であり、殿下と呼ばれるレベルになると色々大変なのだ」
頼まれても嫌ですね。
しかもこうなると頑として譲らなくなる、召喚の儀は「決定」なのだ。
であるならヴィーラ王国の伯爵として、主君の命には従わねばならない。説得はあきらめるしかないと息を吐く。
「それにしても……そういう頑固なとこ、ほんと陛下に似てますね」
などとは絶対に言えない。
火山の噴火口に飛びこむのは勇気とは言わない。たとえでも陛下の名を出せば、「炎の蛇」が荒れ狂う惨状となりかねない。
仲の悪い親子はどこにでもいる、王族とて変わりはないのだ。
退室を告げ自分の準備に取りかかる。
「因果伯には通達されているし、近衛兵を配すれば襲撃への対応は十分できるか。なら私は整髪し服を整え、あっそうだミサもしないと――~…」
方向が決まれば、かつての手順や段取りが浮かぶ。
家令に指示を出しながら――それでも心のどこかで、予感がしていた。
「召喚の儀、悪い印象が更新されないといいのだけど」
――光の繭が割れ、産まれ落ちたのは少年だった。
見目麗しいとはいえ、若さは知性と技術的な素養の低さを内包する。しかし何はともあれ召喚は成功したといってよく、胸をなでおろす。
ヴィーラ殿下の望みは、わからないけれど。
M属性だと知らされたときの、殿下と周囲のため息。同じM属性の私にとって、複雑な心境だったと言える。
そんな心理と召喚の疲労が思考を乱し、鈍くさせていたのは否めない。
殿下を見上げていた少年が一つ身震いし、居住まいをただすと頭を下げる。
平伏には近いと思ってたら、さらに近寄ってローブをまくろうとしたのだ。
近衛隊長のステューパ卿が即座に剣に手を伸ばし、一刀のもとに――自分が丸腰のローブ姿であると気がつく――前に目で制す!
疑問の視線を返されるが当然だと言いたい、少年こそが丸腰なのだ。
ステューパ卿を相手に素手でも組み伏せられたら、こんな細い少年はそれだけで絶命するかも――。
ヴィーラ殿下が少年の頭を踏みつぶしたあ!
「ああもう、どうすればいいのか――~…っ」




