二十九夜 覚悟
「てめえふざけんなっ! 誰の仕事場だと思ってやがるっ!!」
ホーマ親方が向こう鎚を構え、仁王立ちとなる。弟子たちはスーリヤ様を囲み、肉の壁として立ちはだかっていた。
「カルマ」を知らずとも、「男」の異様な気配を察したのだ。
『止まれクソボケ』――っ!
ラヴィが仕事場の入り口に辿りつき叫ぶ。
錫杖の輪にはすでに「タラーク」に酷似した文様が浮かび、淡く発光している。
「綺人」――「言葉」で脳に疑似的な刷りこみを起こす。相手を知れば知るほど、近ければ近いほど効果がある「力」だ。
「ほんの数メートルの距離、これなら相手をよく知らずとも!」
だが「男」はいっさい構わず、刀身が「く」の字に曲がった鉈大の剣を抜く。
のちにククリと呼ばれる、特徴ある大型のナイフ。
「な……っ!?」
「動いた」ことに絶句するラヴィ。
スーリヤ様も大口を開け、唖然としていた。バジリスクさえも押し止めた「力」だと聞いており、ぼくも一瞬戸惑う。
期待が裏切られ、逆に三人の時間が停止する。
「おいおめえら、マナスル伯爵には傷一つ許さねえぞっ!」
「おお――っ!!」
ホーマ親方に殺気が漲る――むしろ親方や弟子は知らないからこそ、剣を抜く「男」に対し瞬時に対応できた。
命のやり取りが身近にある世界、ここまで覚悟の差が出るのか。
「では、頼みましたよ」
時間さえあれば称賛したい男たちを前にぼくも回復し、剣の柄に右手をそえる。
親方が「男」から視線を切らずに頷く。
「アユム!?」
スーリヤ様が疑問を投げかける、どうするつもりなのかと。
「また怒らせてしまうかも、しれないな……」
胸中でスーリヤ様に謝罪する、あと一歩で間合いに入るのだ。
「男」がそれに気がつき、ナイフを構えなおして若干前傾姿勢になった。
「ぼくも、騎士ですので――っ!」
一歩を大きく踏み出し間合いに入る。
そして踏みこんだ反射で体を返し裏口に猛然とダッシュ。扉が開いてるのは横目で確認しており、勢いにまかせ壁を越え路地裏を疾走した。
「――っ騎士を名乗っておきながら、領主を放って逃げるのか!?」
以外にも「男」が疑問の声をあげる。
もしかしたら弟子たちも疑問だったかもしれない、だけどお構いなし。
「速攻で姿を隠す!」
ぼくにできることを、やるだけだ。
「あの場に姿を現した『男』の、目的は三つ……っ」
世間で噂の薪ボイラーの設計図や金銭狙いの強盗なら、人が大勢いる日中現れるわけがないのだからすでに除外対象。
つまり集っていた「誰か」が狙い。
一・領主がターゲットの場合。
ぼくの存在はほぼ関係がない。筋肉の甲冑をまとう鍛冶職人は、剣こそ扱えないだけで兵士に劣る部分はない。
盾となっている間にバクティ卿が駆けつける、むしろぼくは邪魔でしかない。
二・領主とぼくがターゲットの場合。
ぼくが逃げたので「男」は選択を迫られる。ぼくを追うと決めて駆けだしても、今ぼく以上に街を知っている者はいない。
逡巡している間に姿を消せる、領主を先にと決めた場合は一と同じ。
三・ぼくがターゲットの場合――。
後方から追ってくる気配があった。
「逡巡せずにきたのなら三! つまり……スーリヤ様は無事だ!」
ぼくの取れる最善の一手、まずはスーリヤ様の安全確保。
「次いで怒られないためにも、自衛っ!」
対処のため横目で「男」を見ると、懐から木の束を出し前方に投げ捨てた。
『炎生』!
叫びに呼応し周囲に「カーン」に酷似した文様が複数浮かび、淡く発光する。
「『カルマ』を啓いた――!?」
ぼくは驚愕と同時に、興味の声をあげてしまう。
木片が文様に触れ、影に包まれ木の形を保ったまま崩れて消えた。炎をまとった数本の矢が召喚され、ロケット花火の勢いで「発射」される。
ぼくは左の壁を蹴り、右の路地に飛びこむ。
弦を弾く音と光の線を浮かび上がらせ、炎の矢が直進していった。
「木片の一部を炎に――『推力』に返還させ、推進力とした? そんなことが……ハハッそんなことも、できるのか――っ!」
好奇心が混ざる叫び、我ながら嫌になる。
「…――きゃあ!」
炎が壁に当たる音に、小さいが確かに声が――女性の悲鳴が重なった。
「住民がいた!?」
もし「男」が無作為に「力」を使用した場合、街への被害は……。
ぼくは「炎生」を警戒して頻繁に角を曲がる。雑踏に紛れようと街中に向かっていたけど予定を変更し、城壁沿いに戻り瓦礫を一時集積したところへ。
行き止まりになっている場所へ――。
走りながら、右手の手袋を外した。
不安定に積み上げられた瓦礫にぼくの影が浮かぶ。
路地に人影はなく、原形を留める石壁に手をつき振り返る。少しだけ息が弾み、軽く深呼吸して整えた。
近ごろは毎日走りこみをしていて、体力に関していえば以前以上。
「……まっさきに背を見せて逃げるとは、騎士の風上にも置けん」
「曲がりなりの騎士ですので、その辺はご了承を」
「男」が路地から姿を現す、見れば体の内からごく薄くはあるが光がもれている。
S属性をしめす肉体強化の光。
ぼくは腰ベルトに下げた、サイフ代わりの巾着を外す。金貨を一枚つまみ出し、見せつけるように親指で弾いて――受け止める。
そうして袋のほうを、「男」の足元へ投げ捨てた。
袋から数枚の金貨がこぼれて光る……「男」はフードを深くかぶっているので、視線まではわからない。
だけど興味のない様子で一歩進んだ。
「――でしょうねえ」
除外対象にはしていたけど、それでも強盗であってほしかった。
だが「男」は「カルマ」を啓いたのだ。それだけで因果伯の地位につけるのに、金銭目的で賊をする理由がない。
「つまりプールヴァ帝国か、パシュチマ連合王国の刺客……」
なぜごく普通の少年であるぼくを狙ったのか。目的は暗殺か? 拉致か? まあどの道明るい未来ではない。
「男」がにじり寄り、ククリが鈍く光る。
右手に握った金貨が汗でぬめる――ぼくはやっと、覚悟を決めた。
右手を自分の影につけ、集中する。
『カル――…』
「参った――っ!」
「男」はククリを足元に放り捨て、両手を上げて突っ立った。
「マ"?」
我ながら情けない声を出してしまう、状況が飲みこめない。
戸惑うぼくの服が震え、左手の袖口からカレシーが鎌首をもたげる。
「ハァ――~…ッ!」
威嚇の排気に怒気が絡みついていた。
「――ッジャ!」
コンプレッサーの振動にも似た音を轟かせ、ぼくの左腕を発射台に飛びだす。
完全に「男」を敵と認識し、巻きついて締めあげた。
「うおっ蛇……ま、魔獣っ!?」
魔獣? カレシーはちょっと変な蛇にしか見えないはず、なぜそれを。
「……あっ!」
異変に気がついたぼくの視線に、「男」も後ろを振り返り――頭頂部に鈍い音が鳴り響き首が揺れた。
「ぐえ……っ」
「よっし! シーちゃん偉いっ!」
スーリヤ様が追いつき、持ち出した薪ボイラー用の銅パイプで殴ったのだ。
「ふっざけんな爺ィ! やって良いことと悪いことがあるっての!!」
「わっ悪かった、ついお茶目ないたずらを――~…」
言葉尻から知り合いかなと推測はつく。でも言い訳も聞かずスーリヤ様の連打は止まらなかった、結構強いんだよね。
何かありそうだけど刺客ではなさそうだと、胸をなでおろす。
「シーちゃん首絞めろォ! やっちまえ――っ!」
「ジャ――ッ!!」
うん……追いついた弟子の皆さんが口調に驚いてますし、その辺で。
スーリヤ様の権威に陰りがなければいいけど。
☆
「――んっうまい! 最近マナスル産のエールは味が変わったと聞いておったが、いや真実じゃのう。料理もひときわじゃし、なによりパンが最高じゃよ!」
「お褒めにあずかり……感謝いたします」
入浴後の湯気をのぼらせ、「男」ことハスター伯爵が料理を前に上機嫌だった。
銀の髪と同じく銀の立派な髭をたくわえている。目尻のシワが下がった人の好いお爺ちゃんに見え、とても襲ってきた「男」とは一致せず困惑してしまう。
元騎士団総長であり、気配の強さは老いてなお盛んか。
メイドさんのエプロンを見て妙に喜んでいて、なんだか苦笑してしまったけど。
「たっぷりのお湯に浸かるのがあれほどよきとはのう! そうだ風呂にも驚いたがこの妙な配膳も、アラヤシキの少年による提案と? おっとアユム卿なアユム卿、ほれ皆もたんと食いなさい。この鶏肉の香草焼きがまた香ばしい、んん――~…」
すでにフォークを使いこなしているのはさすがだ。
『市場……? ああいや、フォークとな。これまた妙な熊手じゃのう、マナスルの市場で商うておるんかね』
意外にも無かった物が「フォーク」である。常識の違いとは理解しつつ、会食に招待されたさいは大変困っていた。
そこでホーマ親方に形を伝え、鉄のフォークを製作してもらう。
「フォーク」に興味を持ったのは、やはりスーリヤ様である。
「左手のフォークで料理を押さえ、右手のナイフで食べたいだけ切り分ける。途中で手を洗う必要もないし、爪の間にカスも入らず香辛料で肌も荒れない……」
うんうん、これはいいわ――と、自分もほしがった。
貴族の常識に縛られず、探究者らしい合理性を見出したみたいだ。
スーリヤ様へ献上するのならと、銀職人を紹介してもらう。今では銀製のやたら凝った装飾のフォークを愛用されている。
因果伯もフォークの使用をためらわなかった。
王国を巡回する彼らは、使える物ならなんでも利用する効率性があるのだ。
見ればアカーシャだけ、鶏肉と格闘していたけど……。
――フォークが欧州の歴史に登場するのは十一世紀。
しかし主に調理器具であり、「食器」として普及するのは一八世紀である。
「この晩餐ホールも十年ぶりになるのか、狭く感じたもんじゃったがなあ」
晩餐会に呼ばれるかどうかは、家臣にとってのステータスなんじゃと笑う。
城の居館には「騎士の広間」――晩餐会用のホールがある。二階分の吹き抜けでギャラリーがあり、車輪型シャンデリアが輝く。
床は毛足の長い貴重な敷物が重なり、香を焚きしめた香りが漂う。
壁を埋めつくすタペストリーが騎士の物語が描き、城主と家臣の盾が色鮮やかな紋章の華を咲かせていた。
王都だったころは、君主である国王陛下が主賓席の真ん中に座ったそうだ。
今は領主であるスーリヤ様が座り、向かって左にはハスター伯爵。右にはなぜかぼくが座っている。
地位的にどうかと反論したんだけど、因果伯に押しつけられてしまった。
「出自の件があるにしても、ウールドなんか貴族扱いを完全に拒否してるしなあ」
フォークを使ってるのにがっついて食べ、ラヴィとバクティ卿が睨んでいる。
――六名は座れる長方形のテーブルには、白いテーブルクロスが敷かれていた。
コの字形式で主賓席は上座となる。ほかのテーブルは給仕しやすいよう壁側面に配置され、ベンチ式の長椅子が置かれていた。
個別に椅子が用意されるのは、主催者が特別と認める招待客だけである。
向こうの世界を知る者なら会議室かと思うだろう。高級感のあるホールだけど、今はあまり開催されていない。
本来は立場ある方にお越しいただいての晩餐会。
久々にホールを開放し大臣格を招いて盛大に催すべきだった。ところがお忍びの登城だけに騒ぎは避けたいと、関係者だけを招く運びとなる。
給仕長が左手に張りつき、給仕が料理を運び下げていく。
十名もいない現状では、豪華なホールなだけある意味寂しい。かつての華やかな宴を偲ぶべく、楽しげな声だけが響き渡っていた。
「当時も騎士団総長だったのですか!? ……っと、失礼いたしました」
五十七歳とうかがっていたので、十年前に現役だったと聞き驚いてしまった。
向こうの世界なら四十七歳はまだ中年層。でもこの時代の平均寿命からいえば、驚異的といっても過言ではない。
「なに儂はもう引退した身じゃ、単なる隠居爺じゃし遠慮は無用じゃぞ」
口元を拭きながらひょうひょうと話す姿は、確かにお爺ちゃんですけどね。
しかしあらためて地位や立場を振り返れば、ぼく以外は全員「伯爵」である。
「方や領主、方や所領のない因果伯、方や騎士団総長……爵位の幅って広いなあ」
「陛下の右隣が――かつてもこの場所が儂の定位置じゃったのよ。まあ戦争がない国の騎士団総長なぞ、文官にも下に見られる存在じゃったがな」
それくらいのほうがいいのかもしれんが――穏やかな瞳は、憂いか解放か。
「復興中とはいえ街中は活気があるし、話に聞く『側溝通り』を見て目を疑うた。それでつい噂のアユム卿を、試してみたくなってな」
カレシーの存在は殿下からうかがったのだと、何度目かの謝罪をする。
「いえ襲われたときは覚悟を決めましたけど、もう気にしてないですから」
「そうかね、よかったわい」
そういって目を細め笑った。
「まあ十分に、身を守れそうではあったがの」
「こんな爺には、量だけの食事にすればいいのよ」
スーリヤ様はまだご立腹だった。
あのあとハスター伯爵は件の謝罪をして回る。元騎士団総長に忠義を称賛され、ホーマ親方や弟子たちはむしろ戸惑っていた。
「ス――…マナスル卿は、ハスター卿をご存じなのですか?」
カレシーに用意してもらった、生肉を別けながら訊いてみる。ぼくを守るためかハスター伯爵を睨み、膝の上から動かない。
「十年前、王都だったころちょっとね。当時から『好々爺ぶって寝首をかく』ってのが得意だったのよ、磨きがかかっちゃってもう」
「マナスル卿はちっとも変わらんな、顔に変なのをつけとっても美しいままじゃ」
「そういうお世辞は聞き飽きてます。いいシーちゃん爺がなにかしたら、ガブーッとやっちゃいなさい!」
「シ――ッ!」
変なことを教えないでください、仲良くなったのは嬉しいけど。
威嚇するカレシーの頬を、落ちつくようになでる。頭には王冠があるし、最初はどこをなでようか戸惑ったのが懐かしい。
「勘弁してくれ、蛇が苦手なのは知っとるじゃろう」
知りません――と流しながらも、幾分真剣な顔で問う。
「はぁ……『魔神の矢』ともあろうお方が突然登城されたんです、いったいなんの御用でしょうか?」
「なにヴィーラ殿下にお願いをされてな、ちょいと老骨に鞭打ったわけさね」
殿下の名前が出た途端、我関せずと食事をしていた因果伯たちが注視した。
「え――~…っと薪ボロラーとパンとジャンプと……なんじゃったかのう」
役に立たない……と、四つ視線が遠慮なくハスター伯爵に突き刺さる。
「役に立たない爺ね」
『スーリヤ様――声に出てますからっ!』
「ええいっど忘れじゃろうが! マナスルに着いてから一度話してしもうたんで、安心したんじゃよ!」
そういうときあるじゃろうと、若干の憂いをこめ同意を迫られた。
「ええまあ、そういうときもありますね」
「そうじゃろそうじゃろ、お~い猫さんや、覚えとるかいね!」
ハスター伯爵が少し大きな声で、虚空を見上げて問う……猫?
二階のギャラリーから、「得体のしれない影」が音もなくホールに降り立つ。
漆黒のマントをはおった、痩身のフード。
「わっ!」
「ええっ!?」
腰を浮かし椅子が鳴き声をあげたのは、ぼくとスーリヤ様だけだった。
四人の因果伯は誰もが察していたのか、視線を向けただけ。アカーシャは鶏肉と第二ラウンド目に突入してたけど……。
「この方かいる――ことに、気がついていたんですか?」
「んまあ、こんだけ近けりゃなあ」
誰ともなしに問うと、ウールドがこともなげに答える。
感覚の違いか、瞬時に高まった鼓動で汗が噴き出していた。
「言っといてよもう、怖いから――~…」
スーリヤ様も同じだったのか、机に両手をつきうな垂れている。
「カレンデュラオイルです、ハスター卿」
痩身のフードが頭を下げ、礼をとった姿勢で簡素に答えた。
あれ、この声……?
「おお、それそれ! そのカレン――~…を早急に送れとの話じゃよ」
薪ボイラー、パン、シャンプー、カレンデュラオイル、すべてぼく絡みの品。
因果伯の四人は緊急な主命ではないと理解し、緊張をとく。
これも覚悟の差なのか。ただ女性の美容に関して軽く考えてると、しっぺ返しを食らいますよ。
「それに関しては、少し相談もありますが――猫さんの声、路地で聞きました」
そういえば「風舌」の声も、スピーカー越しだったが似てはいなかったか。
どういう符丁でしょうとハスター伯爵に尋ねる。あのあとで路地を探したけど、ケガをした女性はいなかったのだ。
痩身のフードが数舜止まる、ぼくを凝視してる?
「ちょいとお前さんを誘導するため、いたずらにつき合うてもらったんじゃよ」
ハスター伯爵が額に手を当てうなった。
「しかし真実、記憶力がよいのう」
「つい先ほどの話ですから」
笑って答えたけどやはりそうなのか。漆黒のマントは因果伯の、痩身のフードはあのとき女の子を託した――。
彼女がフードを取ると、ウェーブのかかった黒髪が揺れ猫の耳が跳ねる。
十八歳ほどかな、ぼくよりも年上。黒のレザーに酷似した紐を幾重も体に巻き、革鎧みたいになっている。黒猫を思わせる姿に、フルテイルの尻尾が踊った。
ワーキャット……記憶が種族を答える。
「初めましてアユム卿、ボクはジャーラフ。一応、因果伯の一人です」
どこかで聞いた言い回しに、ウールドが苦笑する。
六人目の――ぼくは感謝と興味の表情を浮かべ、まずは挨拶をと席を立つ。
「騒動のさいには助けていただき、ありがとうござい――」
「ボクはお前が嫌いだ」
ジャーラフさんが体を大きく屈ませ、一足飛びで跳ねる。
ギャラリーの手すりにフックつきの革紐をかけ越えると、音もなく消え去った。
「まっし……た?」
突然の否定に、またしても情けない声を出してしまう。




