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M属性 ~嗚呼、あなたに踏まれたい~  作者: 高谷正弘
第一章 城郭都市マナスル
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二十七夜 けっこう黒かった

「ああ~大切な燕尾服がっ! うはあ、アハハハハハ……よおし、まあまあマシになってきた。よおっしもうひと息――~…ああっ!」

 念のため敷いておいた(わら)に埋まり、力なく首が折れる。

 空にポカリと雲が流れ、鶏が不思議そうにぼくをつつく。軽く頭を押さえながら盛大に散った藁を集め、また燕尾服を繕わなきゃと苦笑がもれた。

「S属性は木片を炎に、土を鉄に返還する……うん、理屈は間違っていない」

 ぼくなら(・・・・)可能な気がするんだよな――。

「あっアユムいた――! ガキ大将がねえ、つき合ってやってもいいって――! あんな規格外を相手に、無茶しないでよ――~!」

 居館の渡り廊下からスーリヤ様が声をかけてくれる。

「アハハハ、は――い! ありがとうございます、スーリヤ様――~!」

 お礼を述べて体の藁を落とし、用意しておいた木剣と盾を手に駆けだした。




「冬来たりなば、春遠からじ……」

 寒い冬が訪れようと、耐え忍べば暖かい春が回ってくる。

 叙情的な詩を呟き、自分の姿と重ねて少し笑う。

「なんだそりゃ?」

 ウールドが木剣を肩に見下ろす。

 マナスル城の井戸周辺は、兵士にとって格好の練習場所である。今日もかけ声と木剣が激しく入り乱れていた。

 汗を流すのに適度な広さがあり、桶で冷やしたエールを飲み休憩する。

 本格的な訓練は野外でおこない、自主練は決まってここだった。城のメイドさんにカッコイイ姿を見せようと、張り切る兵士にとっても……。

「こちらの世界にも、シェリーは生まれるのだろうか」


 暖かな陽気が増え、もうすぐ召喚されて二ヵ月となる。

 骨折の完治は早くて二~三ヵ月。若さゆえかトリコナーの癒しが影響したのか、脚にはまったく違和感がない。

 魔獣――バジリスクとの遭遇。

 ぼくには身を守る術がないと、遅まきながら気がつく。貧相な剣を鍛えるべく、兵士に混ざって数日後。

 寝ながら青い空を眺め、十分に理解する。

「笑えるくらい、役に立てませんね……コレでは」

 鼻血が地面に染みを作り、拭こうにも腕が痛くて上がらない。遠慮せずボコボコにされたのが嬉しく、頬の高揚が止まらなかった。

 肩で激しく息をしながら、上半身を引きずり起こす。

「っっう”! あっくう――~…アハッハハハハ……」

 全身が悲鳴をあげ気持ちよさに恍惚となって、本当に笑ってしまう。

「まあ……笑っちまえ、お前さんにこっち(・・・)で期待はしてねえよ」

 ウールドは汗どころか息も乱さず、口角を上げて笑う。

 軽い散歩より軽くぼくをいたぶり、痛み入る忠告。

「佩刀はしていろ、威嚇にゃなる。ほんで立ち向かう振りをして逃げろ、生き残るために足腰を鍛えるんだ」

 手を引いて起こし、髪をグシャグシャにする。

 軽かった木剣と盾が重くって、そのままにされていた。

「走って走ってメシを食え、いいな!」

 何も聞かずに連日蹴り殴(つきあ)ってくれた、ウールドに感謝する。


「だからその、ぼくは大丈夫ですから――」

 ひと段落つき、スーリヤ様が止めていたアカーシャとメイドさんが走り寄る。

「痛い? 痛い?」

「兵士でもないアユム様に……なんて酷いっ!」

 アカーシャが半べそで、カレンデュラオイルを塗りたくった。気持ちが嬉しく、笑ってさせたいようにする。

 メイドさんが口元の血と鼻血を拭き、青アザに濡れたタオルを当ててくれた。

 すべて軽傷と打撲……よろけて捻挫すらしないよう、手加減された訓練。

「なので露骨にウールドを睨むのは、頼んだ手前勘弁してください」

 タオルに埋もれたぼくを、兵士が羨ましそうに見ていた。

 それにしてもと、骨折で動けず筋肉の落ちた体をさする。

 スポーツは万能といえなくとも、全般こなしていた。専門で練習をしなくても、レギュラーに選ばれるほどは器用だ。

 なのにまったく役に立たない。

「選択授業で剣道を採っていれば、違ったかなあ」

 剣が未熟なのはわかる、体力や反射神経の問題なのか、それとも……。


 なぜか開始していたウールドとスーリヤ様の練習を眺める。

 ウールドは木剣のみ、スーリヤ様はクォータースタッフを持っていた。

 意外と言ってはなんだが……スーリヤ様は二メートル以上あるスタッフの長さを活かし、的確に攻撃する。

 遠距離から遠心力を効かした打突。

 近寄ればスタッフの真ん中を持ち、上下左右に止まらない連打。木剣を巻き取るように捌き、ウールドもやりにくそうだ。

「マナスルの領主になる前は、何十年と探究の旅をしていたそうだ……実戦を経て覚えたんだろうなあ」

 長い歴史を語るエルフ、長寿とはそれだけで経験が豊富になる。

 いったん仕切りなおしとウールドが下がって距離をとった。その隙を見逃さず、スーリヤ様が一瞬で飛びこみ突きこんだ。

「やあっ!!」

 剣には不可能な距離の攻撃であり、さらにスタッフの断面は非常に小さい。

 ウールドには「点」にしか見えない必殺の突き。しかしクルリと体をかわし易々と懐に入り、二人の動きが止まる。

 木剣がスーリヤ様の喉元に触れていた。

「勝負あり、かねえ」

「うぅ――~…悔しいっ!」

 スーリヤ様が肩で息をし、うな垂れている。

「いや驚いたよエルフのねーちゃん、以外にやるねえ! いったいどこで――…」

 ウールドをスルーし、すでにこちらに向かって歩いていた。

「ごめんねアユム――どうにか仇を討ちたかったんだけど――~」

 うん気持ちは嬉しいけど、ウールドが寂しそうにしてるしその辺で。



「見えてた? ……ああ、エルフのねーちゃんの突きか」

 ありゃあみごとだったなと、狼が大笑いする。

 ウールドの背中を流しながら訊いてみた。にしても身長差はあるけどでかい……まるで壁だ、父親もこんな感じなのかな。

「見えてたと言えば、見えてたのかなあ」

 しばし虚空を見上げ、言葉を探している。

 ひとつうなったあと、左手の上腕部にあるえぐれた傷を見せた。

「これは盗賊やってた槍使いにやられたんだ。遠間から一気に突きかかってきて、捌ききれなかった」

「あの技を、実戦してるんですか!?」

 経験ゆえになせる業なのか。

「そうとも言えるし……ってとこかねえ」

 泡を流し、ウールドにとっては少し小さい桶の浴槽に入る。

 胸までつかり、手を伸ばして震えた。

「っああ、最高だねえ! このごろは青い暖簾(のれん)を見るだけで、足が向いちまうよ。この水の匂い(・・・・)がなんか気に入っちまったなあ」

 さすがは嗅覚の優れた狼の名を冠してる、そんなに喜ばれるとぼくも嬉しい。


 現在城の居館には薪ボイラーが二台ある。

 一台は初期の親方作で、順調に稼働して浴槽用の桶も三つに増えた。もう一台は弟子作で、お湯の排出量が少し弱い……パイプの配置や長さの問題。

 廃棄するのもなんだし、穴を開けた手桶を設置しシャワー用とする。

 お風呂は城勤めの兵にとりご褒美となっていた。夕食前は男性が使用するため、「温泉マーク」を染め抜いた青い暖簾(のれん)がかかる。

 夕食後はメイドさんが使用するため、赤い暖簾がかけられた。

 いつの間にか使い別けがされていたのだ。

 城壁の衛兵から「自分たちにもお風呂を!」と、嬉しい陳情があがっている。


「俺の感覚で言うと、ん――~…一芸に秀でるって言うかなあ」

 どうやら言葉にするのが難しいようだ。

「俺はガキのころから短剣でやってきた。自己流だが生き延びてるのは、それなりの域に達してるからだとうぬぼれてんのよ」

 んで思い返すと――と、天井を見上げ落ちてくる水滴を眺める。

「一つの武器を使いこなせたとき、くらいからか。ほかの武器の特性や有効距離、できるできないがなんとなくわかってきた。短剣は距離のハンデがあらあ、だけど槍の長さもハンデになんねえか? ならあの武器の長所は? ……とかな。なんか興味がわいて観察してたら、初見の相手でも対応できるようになってたんだ」

 水滴を人差し指で弾き、飛沫が輝く。

 発想の飛躍による視点の違い。命がかかった戦いにも好奇心をもてたからこそ、生き残れたのではないのか。

 尻尾を振って武器にじゃれる狼を想像し、吹き出しそうになった。

「まず何か一つ、得意なモン好きなモンを大きく伸ばす! そしたらほかの部分もなんとなく伸びてるんじゃねえかなあ。まああれだ、属性と同じだな」

 窯を見てくれていたメイドさんにお礼をし、桶の横に座る。

 打撲があるので入浴は控えた、あとで冷やしておこう。

「ウールドはメインが『邪土(じゃどう)』だとうかがいましたが」

「そそっ! そんで『炎生(えんじょう)』は使えなかったのに、いつの間にか啓けてたんだなあ不思議なもんで」

 おっと属性の話はナイショな、怖いねーちゃんに説教食らうぞ――。

 口に指を当ておどけるので、二人して笑う。

「使えたのは同属性の理由もあるんでしょうね、う――~ん」


「アユムもつけ焼き刃に剣を使うより、まずは得意を活かしたほうがいいな」

「それなんですけど、これといって……」

「ほれ例のシートンみたいによ、罠を張ったり巧妙な仕掛けで誘ったり」

「それだとつい、ロボのほうに肩入れしてしまいそうですね」

 違えねえ、ロボ(あいつ)は立派に戦った――まるで見ていたかのように感心され、好きな作品だけになんだか頬が緩む。

「ぼくの得意かあ、M属性だと『予感』になるのかな」

「クックッ……たまに思うが、お前さんほど自分をわかってねえ奴も珍しいな」

 (あご)に手を当て呟くと、呆れたらしく喉で笑われた。

「ええ? それなりに考えて、行動してるつもりですけど」

「それよ――『思考する』のがお前さんの、一番の武器だろ?」

 長し目で苦笑される。

「相手が何をしたいのか、調べ推測し裏をかく。先読みや心理戦がアユムの持ち味なんじゃねえの? 体を張るのは俺らにまかせときな」

 引き締まったたくましい腕に水滴がつたい落ちた。

 よく見れば深い傷が幾重も重なっている。命を張ってきた場数が桁違いなのだ、つけ焼刃が通じる世界じゃない。

 スポーツと比べられるわけがない。

 ぼくは初めから、生死を切り開いてきた覚悟に圧倒されていたんだ。それが身に染みてわかる、そして――。

 そして向こうの世界(アラヤシキ)育ちには、達せないことも。

「ぼくは……ぼくができることで、頑張るしかないですね」

 調査し、想定し、備える、そうすれば皆の役に――。


「そうやって皆の役に立てないかと、居場所を捜してきたんだろ?」

「――っ!?」

「蛇公の情報、嬉しそうに伝えやがって――~!」

 ウールドが人の悪い笑みを見せるので、ギクリと心臓が高鳴った。

『うわあ――~…っ!』

 赤面を隠すように、両手で顔を隠してしまう。

『なんでバレた!? いつ気がつかれた!?』

 ぼくはここにいていいのか、何か役に立てればとつい心配になるのだ。

 だから無茶を頼まれると、不安よりも嬉しさが勝って――子供のすぐバレる嘘を見透かされたような、心を触られたような恥ずかしさ。

「もう、意地悪だなあウールドは……」

「アユムは俺と似たとこあっからな。それなりに考えてるくせに、こうと決めたら後先考えず突っ走っちまう」

 無茶は笑えるが無理だけはすんな――。

 顔を隠したまま呟いたら、胸を上下させて大笑いされた。

「お前さんが隠してる(・・・・)、アラヤシキの『力』……な」

 水滴が落ち、ウールドは視線を虚空に向けたまま続ける。ぼくは驚いて、呆然と横顔を見つめてしまった。

「『カルマ』を啓いて記憶がよくなったって、蛇公を倒せやしねえよ。まあどんなネタかは知んねえけど、黙ってんのは相応の理由があんだろ。

 って皆も気がついちゃいる、信頼してくれてんだ。

 因果伯(こっち)に居場所はなかったな。まあきっと狭すぎるのさ、お前さんは自分の足で歩くのが似合ってらあ」

 ぼくが因果伯になれなかったのを、一番残念がってくれたのは……。

「だがどうにもならなくなる前に、一枚噛ませろよ?」

 狼が片目をつぶり、孤独な心の影に暖かな光りが灯る。

「力」を強要され、精神の逃げ場を失う――ウールドの左頬にある古傷を、ぼくはけっして忘れはしない。

「ぼくは本当に、得難き方たちと出会っていたんだなあ」


 一九世紀前期――いかにも叙情的な心を詩った、パーシー・ビッシ・シェリー。

 だが二十九歳の若さで生涯を閉じるまで、彼の人生は波瀾万丈に富んでいる。

 貴族で国会議員の父親に反発し、反社会的思想を掲げ大学を放校。権威を憎んで解放運動に参加し、危険思想家として監視されていたという。

 各地を転々としながらも、幾多の詩を書き続けた。

「――ああそうだ! ウールドがお風呂あがりにエールをほしがると先読みして、井戸で冷やしてあるんですよ~!」

「なぬっ!?」

 どうしようかな――と、下から盗み見て反論する。

 虚を突かれたのか、波瀾万丈な人生を送っている狼が吹き出して降参した。

「っあ――負け! それは俺の負けだわっ!」


「アユムが来てくれて、ほんと毎日が面白えや」



 ☆



「おお――い! 人手が足んねえ、こっちに一人回してくれ――!」

「資材を粗末に扱うな――神様を悲しませるぞ――!」

 マナスルのあちらこちらで、工事と喧騒の音が響きわたる。

 十年前(かつて)を思わせる賑わいを見せているそうだ。

「お母さんが子供だったころは、いつもこんな騒ぎだったのよ」

 新王都へ行かなかった住民らしい。一人を抱き一人の手を引き、珍しそうに工事を眺めている子に説明していた。

 ――欧州において一三~一四世紀の平均寿命は、三十歳ほどである。

 女性は十六歳までには婚礼し、残りをほぼ妊娠と出産で過ごす。分娩中の死亡や出産後の合併症による死亡など、まさしく命がけだった。

 そも現代と比較して、乳児や子供の死亡率は非常に高い。

 さらに成人するまで約半数が病やケガ、食糧問題で亡くなる。戦争で死ぬより、出産と育児で死ぬほうが多い時代。

 そのため子を多く望む。

 亡くなるのが前提の多産世界、それが「当たり前」の世界。懐かしそうに喧騒をながめるお母さんに、たくましさと願いが重なった。

「清潔な環境により、乳幼児の死者が半減したデータもある。この工事が少しでも悲劇を減らせる、躍進となれば……」

 工事の監督責任者や衛兵は、同様の羊皮紙を所持している。指定にそって瓦礫の排除や道の整備をし、側溝を設ける準備をしていた。

 羊皮紙には番号が振ってあり、所持者を明記した帳簿と照合できる。

 毎回返却が義務づけられているのだ。また他者に閲覧や書き写しをさせた場合、厳重な罰則規定も課されていた。

「やりすぎかなとも思うけど、どんな人(・・・・)がいるかわからないしね」

 ごく普通の街並みが突如として、異様な雰囲気を発してる気がしてしまう。

 復興には時間がかかるけど、マナスルに行けば仕事があり食事に風呂があると、各所から領民が集まっている。

 なにしろ「資金」は潤沢にあるのだから――。



今で(・・)なければ、遂行できない事業なんです」

 午前中におこなわれる領主の業務――領地の情報や報告、納税に関して議論する会議に出席させてもらう。

 本来は一介の騎士が立ち入れる場所ではない。

 ましてや魔獣の襲来による残務処理は、まだ終了してはいないのだ。

「いいわよ楽しくはないけどね、クリーム多めでもう一枚お願い――~」

 さっそくハンドミキサーを活用させてもらってる。

 バターと牛乳、小麦粉で作る代用生クリーム、「苺と林檎のフルーツクレープ」を口いっぱいに頬張りながら了承された。

 スーリヤ様には毎度頭が下がる。


「なぜこの少年がいるのだ!?」

 出席した宮中伯や法官、儀典長に徴税官と司教、領主に資料を提示する家令。

 会議室に現れた全員がぼくに驚きと疑問を持つ。

「そういえばアラヤシキから、殿下(・・)が招いた方だったな……」

 次いで思考が上書きされ、誰もが視線をそらす。

 そんな気配に胸躍らせながら、ぼくは妙な違和感を覚えていた。

「あっそうか! 誰もたばこを吸っていないんだ!」

「タ……バコ?」

 交渉官として入室されたバクティ卿が瞬き、手を振って挨拶する。いつの時代も他国との交渉は上級職(エリート)が果たす、因果伯が相当するのは当然か。

 万が一に備えても……。

 集った諸侯たちは部屋の両脇にしつらえた椅子に座り、雑談をしていた。

 ぼくのイメージでは紫煙が漂い、灰皿に山と積まれた吸い殻。だが誰一人としてそんなそぶりを見せてはいない。

 むろん禁煙の努力義務ではなく、欧州にたばこが持ちこまれたのは一六世紀。

 あろうことか万能薬だと説き、百年をかけて世に広めたのだ。

「なぜわざわざ、煙を吸わなければならないのだ?」

「さあ……?」

 年齢的にぼくも吸ったことはない。

 バクティ卿の素朴な疑問に答えられず、二人で首を傾げる。

「今から禁煙の予防線を張っておいたら、歴史が狂うかなあ……狂うだろうなあ」

 それが良いか悪いかは置いといて。

「一つ、よろしいでしょうか?」

 スーリヤ様が入室し、一段高くなったダイスに設えた椅子に座る。

 所領の大臣格が集って会議が始まる直前。宮中伯が厳格な面持ちで立ち上がり、領主のスーリヤ様に意見具申を求めた。

「あ――領主が許可されたそうなので、私などが言うべき件ではございませんが。一介の騎士が参画する事例は控えていただきたい。たとえ(・・・)アラヤシキから招かれた方といえど、権威に陰りがあっては問題となりかねません」

 いつぞやの昼食会のように――と、幾分皮肉をつけ足して主張。

 周囲を見回し同意を求めると、数人が賛同の声をあげ頷いていた。目をそらしたのはあの日以降、メイドさんに酵母パンを運ばせてる方たちかな。

「まあ見目麗しい少年ですからな、城の使用人には相当な人気だとか」

「兵にもうまく取り入ったようですぞ、あの奇妙な設備で――」

 澄んでいた部屋の空気が紫煙ではなく、失笑とあざけりで濁った。

 暗に「出ていけ」と非難の目がぼくに集中し……うわァ興奮する。


「威勢がよいな――脅威(・・)に対し、部屋に閉じこもり震えていたとは思えん」

 小さいが響く音と声がし、全員が注視した。

 スーリヤ様が葉っぱがついた指示棒の柄を、ひじかけにたたきつけたのだ。

「彼はマナスルを救いし最大の立役者、領地を挙げ感謝すべき尊き存在である……彼を侮辱するは、領主である私を愚弄するのと同義だ!」

 覚悟あっての嘲笑か――誰もが目を引く美貌の持ち主が優美な眉を上げる。

 幾人かが迫力に喉を鳴らし、居住まいをただすと沈黙した。やはり伊達や酔狂で十年も領主は務まらないのだ。

 感嘆してスーリヤ様を見ると、手のひらで指し「どうぞ」とほほえんでいる。

 ぼくは一つ咳払いをし、いったん全員を視界に映す。バクティ卿がこの展開を、なぜか楽しそうに眺めていた。

「ぼく……私は皆さんに、提案を持ってきました。それも税収入が大いに(・・・)見こめる事業に関してです」

 税収入と耳をくすぐられ、意識が一瞬「聴く」ほうへと傾く。

 それをお伝えすれば退散いたします――と部屋の真ん中に小さな机を持ち出し、所持してきた一枚の羊皮紙を広げる。

 それは等高線……傾斜と寸法を明記した、精巧な俯瞰図。

「マナスル城郭内の地図」だった。

 会議室に掲げられている「ヴィーラ王国」の絵画的なタペストリーとは、一線を画した緻密さと情報量。

「こ……これは、マナスル!?」

「いっいや、まさかこんな……っ!」

 地方行政を務める方たちでも、初めて見る精巧さ。思わず椅子から立ち上がり、机を囲んでざわめきが広がる。

 疑問の視線がぼくに集中したので、再び一つ咳払い。

「ぼくの『カルマ』を使用して、作成いたしました」

 ニコリと笑う姿がどう見えるかまで計算した演出に、息を呑む音が続いた。


 側溝のとき必要だった、「都市部の簡易マップ」を流用。

 丘の上部から細い路地にいたるまで、方位磁石と水平器を片手に「闇癡(あんち)」を使い「視て」周る。

 脳内に正確な立体モデルを構築し、地図として再現したのだ。

 魔獣は倒せなくても、使い方一つでとっても便利。

 この場で「カルマ」を理解できるのは、スーリヤ様とバクティ卿だけ。ほかの者にとっては未知の理である。

 まずは税収入の飴を見せ、次いで呑んでかかりましょう。

「現在――瓦礫を内側城壁付近に運んでいますが、二度手間になってしまいます。なぜなら今一度焼却するため、運びなおさないといけないからです」

「そっそれはわかっておる! しかしまずは市民の生活を安定させねばならん!」

 先ほど意見した宮中伯が返答する、周囲でも相槌が起こった。

 全員が立ち上がって小さな机を囲む、椅子に座っているのはスーリヤ様だけ。

「……それです」

 下からねめつけて発し、驚いた宮中伯の目が揺れる。

地図(・・)をご覧ください――魔獣バジリスクの進行被害は、東の城壁から北西のウッティ門へ、次いで西の農民区へと拡大しました。

 つまり北西部分はほぼ壊滅状態なのです。

 そこで北西の住民に移住してもらい、瓦礫の集積地とします。解体・廃棄焼却もおこなえるよう、国で作業場を建設します。

 聞きこみをしたところすでに家屋も古く、移住自体は問題ないそうです。

 ほかにも点在して住まわれている方を、同一区画に移動してもらいます。当然ですが移住の資金は(こちら)持ち。

 全員喜んで移りたいそうです。

 そして大通りを中心に、木枠を使用した長期利用の側溝を整備します。合わせて下水処理設備も国で公助しましょう。

 これにより中央区から北西のウッティ門へ、道路工事を一本に集中できます。

 陳情が集中している公衆浴場への、新たな経路が開かれるのです。市民の生活が安定するには、住居と利便性と移動の効率性――道路の整備です」

 災害時、優先的に復旧しなければならないのは「生活インフラ」である。

 場当たり的な整備より、必要なのは合理性。地図を指し示しながら、この時代にそぐわない説明を続けた。

「市民を同一区画に集めるのは別の理由もあります、住民基本台帳を作るのです」

「ジュウメ、ンキ?」

 聞き慣れない名称に宮中伯がオウム返しする。

「住民の家族構成や年齢、性別などを記した調書です。このたびプールヴァ帝国の『男』が容易に潜伏できたのはなぜですか?」

「それは……空き家が多く」

 すっかり返答する役になってしまい、宮中伯は周囲を見ながら答えた。

「そうですね。それと国がどこに誰がいるか、把握していなかった点です」

 何万何十万と市民がいるなら別だけど、せっかく巡回の衛兵がいるのに空き家の封鎖や管理、把握さえできていなかったのだ。

 今も賦役や行商人が勝手に入りこみ、騒いだり汚すので問題となっている。

「これではどんな人(・・・・)が忍びこんでも、今後も捕捉は難しいでしょう」

 想像した法官が青い顔をしていた。


「大きく崩れた東の外側城壁には、製作中の蒸気エンジンを備えつけます。ここは水車の整備もなく、日々使用する水の確保すら大変な場所ですから」

「ジョウキエン……?」

 ついに誰も、相槌も打たなくなった。

「そして北の職人の住居区には井戸を掘ります。これによりすべての排水が側溝を流れる手筈となり、汚物の溜まりも防げるでしょう」

 井戸は城にあるだけ、火事など万一を想定すれば街中にも必須といえる。

「まっ待ってください井戸ですって? そんな財政資金がどこにあるんですか!」

 聞き慣れた言葉が出たせいか徴税官が叫ぶ、宮中伯がほっとしていた。

「マナスルは城に井戸が設置してあります――元王都ですからね、井戸を掘るのは一大事業なのですよ? ほかにも国が支払うとか言ってましたね、いくら市民から増税する気ですか!? 貴族が反乱を起こします、国が滅びますよっ!!」

 新しく街を創ったほうがまだマシだと、憤慨して叫ぶ。

 ぼくは平然と反論する。

「嫌だな、これは魔獣被害(・・・・)の復興です。当然プールヴァ帝国が支払うのです」

 そして市民に支払われる賃金から、国は「税収入」が得られるのだ。

 だからこそ今で(・・)なければ、遂行できない事業だった。机を囲んだ貴族全員が……面白そうに見ていたバクティ卿まで、唖然とした顔をする。

 いかがでしょうかスーリヤ様――と、振り返って領主にほほえんだ。

「アユムって……けっこう、黒いわね」


 ……んん?

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